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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第二章番外編
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第67話 ユスティのご主人様観察記録 前編

 朝、まだ太陽が昇る前の時間帯、物音が聞こえてきて私は目を覚ました。


「ご、しゅ…じん……さま?」


 物音、それは建て直された宿屋で借りてる部屋の扉が閉まる音だった。

 寝惚け眼を擦り、欠伸を漏らした。

 眠たいけど、私はご主人様が何処にいったのかを音波探知で確かめて、裏庭へと行ったのだと理解し、その裏庭を見下ろせる窓から覗いてみる。


「『錬成アルター』」


 その声が聞こえてきて、ご主人様の手首にある腕輪が瞬間的に短剣二刀へと変化していた。

 錬金術師は本来、低級ポーションしか作れない外れ職業であると聞いた事があったけど、ご主人様を見ていると私の中にあった固定概念がガラガラと音を立てて崩れていくのが聞こえた。

 二刀を振るいながら、地面を動かして創り出した的を連続で斬り裂いていく。


(凄い動きだなぁ……)


 ご主人様の動きは獣人の中でもトップクラスの動きをしている。

 持っている二刀を投擲したり魔力の糸で引き寄せたり、短剣の扱いが物凄い熟練度に達しているのは見れば一目で分かる。

 錬金術のみでの戦いであれだけの動きができれば、Aランク冒険者くらいすぐになれると思う。

 一気にCランクまで上げれたはずなのに断ってたし、昨日は私に『殺してくれ』と言っていたので、彼が何を考えているのか、まるで分からなかった。

 ご主人様が何者なのか物凄い気になるため、これから日記を付ける事にした。

 そして今朝、ご主人様の修行を目撃するところから私の一日が始まった。


「『雷獲流(カミエナガレ)』!!」


 地面へと放った雷が一気に周囲へと広がっていった。

 放電によって裏庭全体が完全に黒焦げとなってしまっていたので、それだけ精霊術が強力である事を意味しているけど、あれを初見で避けたりは無理だろう。

 それに金属が近くにあれば感電してしまうと思う。

 蒼白い強力な雷が発生して、周囲へと迸っていた。


「ユスティ! 見てるんだろ! なら俺の組み手に付き合ってくれないか〜?」


 ば、バレてた……

 視線に敏感なのだろうけど、私は聴覚を頼りにしていたので異常な程の察知能力だ。

 服をすぐに着替えて、窓に足を掛けて一気に裏庭へと飛び降りた。


「ご主人様、申し訳ございません」

「ん? 何で謝るんだよ?」

「いえ、私はご主人様の修行のお邪魔をしてしまいましたので」


 無表情で感情が読み取りにくいご主人様だが、困惑したような声で首を傾げていた。

 怒りの感情が一切見受けられない。

 常にポーカーフェイスを取り繕っているご主人様が笑ったところは戦闘中以外見た事が無いし、これからも見られるかどうかは微妙だ。

 でも……一回で良いから優しそうに笑う姿を私は見てみたい。


「まぁ、何でも良い。それより、俺と組み手に付き合ってくれよ」

「はい、私でよろしければ」


 組み手はそこまで得意ではないけど、ご主人様のご命令には従わなければならない。


「俺は体術のみで戦う。お前は魔法、武器、何でも使ってきて構わん」

「で、ですが――」

「俺とお前じゃ実力差がありすぎる、これくらいが丁度良いハンデだ。そっちから来い」


 何だか舐められている。

 ならば、ご主人様に一泡吹かせるつもりで戦闘に臨むとしよう。

 脳を戦闘モードへと切り替える。


「『命を狩る者なりて この手に顕現するは湾刀 我が眼前にて実像を示したまえ マテリアライズ』」


 今までで一番使ってきた魔法であり、そして一番使っている武器を生み出した。

 本気でご主人様に攻撃しないと私の攻撃は絶対に当たらないだろうから、全力の一歩を踏み締めて一瞬で懐へと入っていった。


「ハッ!!」

「よっ、と」


 横薙ぎの一閃は軽々とバックステップで避けられ、更に間髪入れずに蹴りが飛んできた。


「うっ……」


 炸裂したキックを腕でガードし、少し後退する。

 後ろへと跳躍した事で衝撃を緩和できたが、それでも腕が痺れている。

 それだけ強い蹴りだったという事だ。


「動きを止めるな。剣振り抜いたら即座に移動、或いは追撃なり回避なりしろ。止まってたら格好の的だぞ」

「は、はい!」


 もしも今回が実戦だった場合、殺されていた事だろう。

 対人戦はあまりした事が無いので、ここで学べればと思って私は勇猛果敢に攻めていく。

 連続して刃を振るって攻撃を加えていくのだが、紙一重で避けられる上に、湾刀を持った私の手首を掴まれて引っ張られたと思ったら、気が付いた時にはもう視界が反転していた。

 投げられた!?

 その戦闘技術を何処で手に入れたのか、投げ飛ばされた私は空中で身体を回転させて着地に成功した。


(危なかった……)


 もしも身体を捻ってなかったら、頭から地面へとダイブしていただろう。

 投げられる瞬間、足を払われたのは感触で分かった。

 けど、認識するまでに時間を要するくらい、その技術は本当に自然に行われた。


「『我 冠するは雪原の狼 吹雪く白銀の――」

「詠唱してる間も周囲に警戒しろ。常に詠唱ができるとは限らん、最終目標は無詠唱で魔法を使えるようになれ」


 詠唱途中に接近され、詠唱を中断せざるを得なかった。

 無詠唱なんて私にできるのだろうか?

 そう考えながら、近接で迫り来る拳の数々を避けて払って徐々に後退していく。

 反撃の隙を窺うも、攻められない。

 連続で行われる激しい攻防の中で、詠唱しようとすると即座に接近してくるので、何とかして隙を作らなければと思った。


「やっ!!」


 手に持っていたショーテルを投げたけど、簡単に避けられてしまった。

 けど、それで良い。

 一瞬でも視線を逸らせるのならば。


「自ら武器を捨てるとは――」

「『我 冠するは雪原の狼 吹雪く白銀の世界にて 降り注ぐは氷刃の雨 フリージングレイン』!!」


 上空に大量の氷刃を生成して、一気に振り下ろした。

 それに気付いたご主人様は左右に避けたり、前進や後退を繰り返して全ての氷刃を避け切った。

 ランダムに降ってるはずなのに、何で避けられるのだろうか?


「他事考えてて良いのか?」

「あ――」

「フッ!!」


 ハッとした瞬間、ご主人様が懐へと入ってきて私の腹へと掌底打ちを浴びせ……


「あ、あれ?」


 腹へと衝撃が来る事は無かった。

 閉じていた目を開けると、寸前のところで止められていたのだと理解できた。

 手加減されていたなんて、やっぱり私もまだまだだな。

 これではご主人様を守る事はできない。


「目を閉じるな、常に相手を見据えろ、戦闘の基本だぞ」

「す、すみません……」

「さ、次だ。お前を強くするために、これから毎日組み手や模擬戦をしようと思う。付いてこれるか?」


 これで『無理です』、だなんて言えるはずがないではないか。

 強くなるためなら、私は貪欲になろうと思う。

 そうしなければご主人様を守れないから、そうしなければご主人様の側にはいられないと思ったから。


「お、お願いします!」

「良い返事だ。しばらく俺は能力を一つも使わないで戦う。まずは対人戦闘になれるところからだ」

「はい!」


 私の事をしっかりと見ているようで、対人戦が苦手な事も知られていたようだ。

 対モンスター戦では狩人としての力を十全に発揮できるけど、対人戦ではどうしても躊躇してしまう。


「安心しろ。殺せ、なんて命令はしない。そこはお前の判断に任せる」


 心を読んだかのような返答にビックリしてしまったが、その言葉はつまり、私が自由に決めて良いと言ってるようなものだ。

 奴隷なのに奴隷として扱われないとは、驚きだ。

 常識がどんどんと破られていく。

 ご主人様の戦い方も、その考え方も、そして彼の持つ力さえも、常識の埒外にあると思わされる。


「だから、俺を失望させてくれるなよ?」

「は、はい!」


 プレッシャーを掛けられるが、それでも今の言葉を裏返すと期待している、そう聞こえた。

 だから私は、高みへと挑むために我が主人へと斬り込んでいった。





 つ、疲れた……

 午前中の殆どの時間を模擬戦に費やしたので、自信あった体力も底を尽きた。

 しかし、ご主人様は息を切らさず飄々とした無愛想な表情で立っていた。


「今日はここまでにしよう」

「は、はひ……」


 まさか午前中ずっと戦う事になろうとは思わなかった。

 ご主人様の身体が完全に回復した事で、更に強くなるために朝起きて修行を始めた、ところだろうか。


「あ、そういえばずっと渡す機会が無かったのですが……これ、ご主人様のですか?」


 コートのポケットに入れていたのをご主人様に見せた。

 銀色に輝く小さな原石のペンダントには切れた組紐が繋がっている。

 これはシグマさんから預かっているもので、ご主人様に渡しておいてくれと頼まれたものだ。


「ん? あれ、何でお前が……あぁそうか、あの薬剤師の魔族に心臓貫かれた時か。それで紐が切れて落ちたってところかな」

「ご、ご主人様?」

「あぁ、それは俺のだな。失くしてたから探してたんだ、助かった」


 綺麗な石のペンダントを手にして、切れた組紐に何かの生地を近付けていた。


「『錬成アルター』」


 バチバチと音を立てながら、その何かの生地が組紐へと組み変わっていく。

 凄い技術能力だと思う。

 そして数秒後には組紐が完全に修復されており、それを首へと掛け、服の中へと仕舞った。


「そのペンダントは?」

「あぁ、これは前にな、ある人から貰ったものだ。銀星玉っていうアイテムでな、希少なんだ」


 スターバレットって鳥モンスターから採取される涙が結晶化したものだったっけ?

 けど、希少故に採取がかなり難しいはずだ。

 そのため、冒険者に依頼した場合はAランク以上となるだろう。


「それより、俺はこれからキースのとこ行ってくるが、お前はどうする?」

「あ、なら私もお供します」

「分かった。なら早速行くか」


 そう言って、ご主人様は唐突に精霊術で水玉を生成して、それが私の頭上へと運ばれる。

 そして水玉が弾けて頭から水を被った。

 冷たい、けれども気持ち良い。

 雪国だった故郷でこんな事したら凍ってしまうのだが、この地で、そしてずっと訓練して汗を掻いていた事もあって気持ち良かった。

 ご主人様も水を被り、水が滴る。


「どうした?」

「い、いえ……何でも、ない……です」


 一瞬、見惚れてしまった。

 一週間が経過して、もう見慣れた顔のはずだったが、凛とした表情は多くの女性を虜にするだろう。

 実際に一昨日、つまりは目覚めた日の翌日に街中を歩いていたところ、ご主人様は数多くの女性から好意を寄せられていた。

 それでも鬱陶しそうにして見向きもせず、誰からの誘いも受けず、そして逃げるようにして屋根を飛び越えたりしていたのを目撃した。

 女性が嫌いなのだろうか?

 だとしたら私はそもそも異性として見られていない?

 それはそれで何だか物悲しい。


「ほら、行くぞ〜」

「あ、はい」


 水操作でなのか、服が完璧に乾いていた。

 そしてベタついた感触が無くなったため、多彩な能力を持ってるご主人様の動向を目で追い掛け、私は後を付いていく。

 ご主人様はグラットポートで出会った人達へと別れの挨拶をするそうだ。

 とは言っても、会う人は限られてくる。

 知り合った者は殆どおらず、私の場合はライトエルフのコルメチアさんと別れて思い残すところは何も無い。

 なので、暇潰しに付いていく。

 ご主人様から行動の自由は貰っているため、彼そのものに興味のあった私は、ただ後ろ姿を追躡する。


「あの、リノさんは?」

「多分、今日もギルドだろ。何しに行ったのかは知らんがな」


 午前中の模擬戦を終えたところで、すでに部屋は蛻の殻となっていた。

 リノさんが出ていくのを音で聞いてたから知ってたけど、もしもギルドだったら、何の用なのかと気に掛かる。


「まぁ、今日一日くらい好きにさせとけ。どうせアイツの故郷は……いや、何でもない」

「故郷?」

「詳しい事は奴に聞け。俺はそこまで内情を知らんし、アイツに掛けるべき言葉を俺は持ち合わせてないからな」


 背中から語られた声に、返事する事ができなかった。

 何故だろうか、とても悲しい声に聞こえてしまう。

 リノさんの過去、そしてご主人様の過去は、私の過去よりもきっと酷いものだったのだろうという事くらいしか想像できない。

 詮索は禁じられている。

 だからこそ、私は聞く事ができない。


「……」


 口を開けども、喉元にある言葉を吐き出せない。

 聞きたいけれど私はご主人様の奴隷であるため、何も聞く事ができなかった。


「わぷっ!?」


 考え事しながら歩いているせいで、ご主人様の背中へと顔を埋めてしまった。

 石鹸の良い匂いがする……


「おい、ユスティ。いつまでそうしてるつもりだ?」

「あ、す、すみません!!」

「いや別に、怒ってないんだが……」


 物凄く恥ずかしく、恥を掻いた気分となってしまった。

 羞恥心が込み上げてくるが、急に立ち止まってしまったのには何か意味が――


「何か聞きたそうな顔だな」

「あ、いや、その……」

「俺の詮索はするなと命じた。もう俺の過去を考えるのは止めろ」


 そう言われても、気になってしまうのだから仕方ない。


「仕方ない、って顔だな」

「すみません……」


 目を逸らすと、溜め息が聞こえてきた。


「まぁ、人間としての探究心や好奇心に忠実なのは別に構わんし、止める気は無い。しかし人には知らない方が幸せな事もある。引き際だけは弁えておけ、取り返しのつかない事になる前にな」

「……はい」

「俺の逆鱗に触れるな」


 それはつまり彼の原点が過去にあるという事、それは彼の根底にある全てが過去に繋がっているという事だ。

 冷たい視線が私を射抜く。

 感情が一切伝わってこない表情と視線、彼を構成する精神に異常がある証拠だ。


「はぁ……俺を異常だと思うのは気にしないが、そんな事は考えるだけ時間の無駄だ」


 そのまま再び歩き始めた。

 ご主人様にはご主人様なりの考えがあり、私には私なりの考えがある、それは分かりきっていた事だし実際に人それぞれ違う事も知っている。

 それでもご主人様の考えは、ハッキリ言って淡白だ。

 自分に関する全てに興味が無いような、そんな様子が窺えた。

 自分を異常だと分かっている口振り、そして自分の事について考えたところで、思考する時間を浪費してしまうだけだと言った。


(異常……いや、本来あるはずの人間の感情が半分以上欠落してるのかな?)


 紅い魔眼の影響か、それか別の影響か、ご主人様の喜怒哀楽は全て失われてしまったように思える。

 喜びもせず、怒りもせず、哀しみもなく、そして楽しいという感情も湧いてこない面を表に出している、私からしたら悲しい事だ。

 人間は感情を晒す事で自己を表現する。

 しかし、それをしない、いやできないのだろう。

 感情を、精神を犠牲に勝った、それにどれだけの価値があったのだろうか。

 何処でご主人様は歪んでしまったのだろうか。


「あの、一つお聞きしてもよろしいですか?」

「何だ?」

「ご主人様は……辛くはないのですか?」


 私が問い掛けた質問に、彼は立ち止まった。


「……もう、俺には『辛い』という感情は無い」


 再び歩き出して、私達の距離は広がっていく。

 彼は孤独で険しい道を駆けていくのだろう、リノさんも、そして私も置いて。


(ご主人様、貴方は今、何をお考えなのですか……)


 私は彼の事をまだしっかりと理解しきれていなかった。

 感情の見えない貴方は、何処へと歩いていくのでしょうかと、その時の私はそう思ったのだった。





 ユグランド商会、ご主人様の知り合いであるキースという方が経営している商会だ。

 その建物は魔法建築が終わっていたのか、もう普通に営業されていた。

 しかし都市の甚大なダメージによって中はがらんどうとなっていたので、もしかして新築の住居なのだろうかと錯覚する程だ。


「おや、ノアさんとユスティさんではありませんか」


 辺りを見回していると、二階の階段から少し肥えた男の人が降りてきた。


「本日はどのような御用件で?」

「明日出立するからな、アンタに挨拶に来たんだ」

「おや、珍しいですな。ノアさんがそのような事をされるとは意外でした」

「うるせぇ。ついでに餓鬼共の様子も見に来たんだよ」

「そうでしたか」


 朗らかな笑みを浮かべているキースさんに対し、ご主人様は一切の感情を浮かべず、面倒そうにしながらもショルダーバッグから大きな紙袋を合計して三つ程取り出して、手渡していた。

 甘い香りが漂っており、中身が菓子類であるのはすぐに知覚できた。


「これは?」

「出会ってから何度か世話になったからな、その礼とでも思ってくれ。中にはドーナツが入ってる、餓鬼共や使用人達と食ってくれ」

「これはこれはどうも、ご丁寧に」


 物腰柔らかく、キースさんはドーナツを受け取っていた。


「で、餓鬼共はどうだ?」

「はい。お陰様で皆さん元気ですよ。特にリヒトの努力は目を見張るものがあります。よろしければですが、見ていかれますか?」

「見るって?」

「勿論、リヒトの特訓の様子ですよ」


 付いてきてください、と言葉にせずに勝手に奥へと向かっていってしまった。

 どうするのかと思ってたけど、何も語らずにご主人様はキースさんの後ろを付いていく。


「リヒトって確か十歳だったよな?」

「はい。五年後が楽しみですよ。職業が何であれ、彼等は前途ある若者、成長を間近で見られるのは嬉しいものですからねぇ」

「そういうもんか……まぁ、そうかもな」


 裏庭へとやって来た。

 そこでは冒険者らしき人がリヒトという子供に剣技を教えているところだった。

 まだまだ粗削りではあったが、木剣を両手に構えて果敢に攻め込んでいた。


「やっ!!」


 大薙の一撃は簡単に避けられて、隙を晒してしまう。

 その空いた腹へとパンチが入り、吹き飛ばされる。

 しかし即座に体勢を立て直し、再度相手へと攻め込んでいった。


「ほぅ、もう魔力操作ができてんのか……やっぱアイツ、才能あったか」

「へ?」


 どうやら魔力で身体をガードしていたらしい。

 私も水晶眼を使って見てみると、少年の身体を蒼白い魔力が纏わっていた。


「霊王眼は全てが見える眼、相手の実力、魔法適性、魔力量や筋力、健康面や耐性の有無、性格から内面の状態まで何でも見えるのが分かった。今なら、もっと奥深くまでリヒトの状態が見える」


 それが、左目の能力?

 確か最初は『心晶眼』だと言ってたらしいけど、名前が変わっている。

 何かあったのか、それとも文献とかで見つけた?

 霊王眼、確かに綺麗な青い瞳だと私は思う。

 自分の左目は水色に近い青だけど、ご主人様の瞳は透き通った綺麗な青、精悍な顔立ちに鋭い雰囲気を纏わせているのだ。

 この世の人間とは思えないくらいの美貌と実力を兼ね備えている。

 獣人としての本能が、彼に服従すべきだと訴えてくるように聞こえるのだ。


「俺の顔をマジマジ見て、どうしたんだ?」

「いえ、何でもありません」


 人の全てが見える、瞳だけでも凄まじい能力だ。

 なら未来とか過去も見えるのだろうか?


「あ、ノア!」

「よぅ、リヒト。調子はどうだ?」

「おぅ! やっと魔力を操れるようになったんだ! 見てくれよ、ほっ!!」


 少年が魔力を纏わせて跳躍した事で、建物を軽々と越えるような大ジャンプとなった。

 空を見上げると、落ちてくる少年が慌てている。

 落ちたら確実に骨を負ってしまう事だろうが、助けるべきなのかと躊躇してしまった。


「うわっ!?」

「お前……着地できないんなら跳ぶなよ」

「ご、ごめん」


 影がクッションとなって、少年の身体が少し沈んだだけで済んだ。


「それで、何の用だよ?」

「少しお前達の様子を見に、な。明日の朝、出発するから別れの挨拶にって思ってな」

「……そっか、もう行っちゃうんだな」


 悲しそうな表情を浮かべている少年は、小指を出してご主人様へと何かの合図をするように、向けていた。

 それに気付いた彼が少年と小指を結んで、約束の指切りをした。


「絶対にまた会おうな!」

「あぁ、お前が成長するのを楽しみにしてるよ、リヒト」


 二人の約束が今、交わされた。

 歳が離れていようとも、何処で生きていようとも、その誓いという約束事は決して切れる事は無いだろう。

 その二人の友人達は、互いに約束を胸に、脳裏に、心に刻んで別れを告げる。

 また会える日まで、さようなら、と。


「エリックとハンナにもよろしくな」

「うん!」


 頭を撫でて、彼は無表情ながらも何処か優しそうな雰囲気を醸し出していた。

 慈しむような、そんな感情が垣間見えたような気がしたのだ。


「じゃあ、またな、キース」

「えぇ。ノアさんも、旅の安全をお祈りしております」


 握手してご主人様はユグランド商会を後にした。

 出会いと別れは繰り返され、その中で私は何を見つけるだろうか。

 ご主人様の側でもっと観察しようと考えた。

 雪国で育って来た白狼であり、今はご主人様の奴隷であり、そして幸運を授かった神子として、彼の道を私もなぞるように走り出した。

 息を切らしながらも止まる事無く、ただ真っ直ぐと光を見据えて……今日も一日が過ぎていく。

 さて、次は何処へ行くのだろう。






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