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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第二章【財宝都市編】
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第66話 燃え尽きた都市 戦闘の果てに失ったもの

 財宝都市魔族襲撃事件によって生まれた死、彼等の死体はグラットポートより北にある大きな岬にて、共同墓地が改めて造られた。

 北の門を出てから数分のところで、共同墓地があった。

 その墓地には数千人の人が全て埋葬されているのだが、やはり魔族の墓は無かった。


(当たり前か)


 敵である魔族の墓なんざ建てたら一日でぶっ壊されるだろうし、当然の結果だろう。

 大きな墓地の中央に巨大な結晶のモニュメントが建てられており、綺麗な桃色の結晶が夕陽に照らされて輝きを誇っている。

 綺麗だな、どうやって作ったんだろ……


「それで、ノア殿はここで魔族を弔うのか?」

「あぁ」


 岬の先には綺麗な海が広がっている。

 潮風が涼しげだが、ここに墓地を建てるのは大丈夫なのだろうか?

 潮風は塩害を及ぼすため、墓石は塩害に強いのを選ばなければならない。

 そうしなければ、すぐに壊れる。

 コンクリート製の墓石は、潮風によってすぐに劣化してボロボロとなるし、大理石の場合は主成分がカルシウムであるために柔らかく、墓石に適さない。

 全て石造りとなっているため、魔法技術の発展によるものだろう。


(材質は……霊界石か)


 霊界にあるとされる冷たい青黒い石だ。

 僅かに魔力が籠っているのだが、潮風に耐えれるだけの強度もあるため、考えられてるようだ。


「さて、火葬して海にでも骨を撒いてやるとしよう」


 影魔法(ブラックストレージ)を起動させて、ウルックの遺体を影から出した。

 安らかな永久の眠りに着いている。

 気鬱や哀愁、蕭索や寂寞といった感情は大して湧いてこないのだが、引導を渡した相手に敬意を評して荼毘に付してやるのが、戦った者のせめてもの礼儀だろう。


「『蒼白炎(シリウスフレア)』」


 掌に生み出した炎が潮風に揺めきながら、蒼白く火花を散って輝いている。

 この揺らぎは心の表れなのかもしれない。

 そんな事を考えながら、その炎を亡き骸へと焚べて大きく燃やしていく。


「「「……」」」


 誰もが無言、静寂が風に流れてゆく。

 二人は手を組み、目を閉じて、冥福を祈っている。

 死者の弔いは敵味方関係無く、こうして二人のように祈る事が大事だとされてきたが、俺の役目はただ奴の骨を海に撒いてやる事だけ。

 パチパチと燃え盛る蒼炎は、まるでウルックの心情を見せているかのようだった。


「……儚いもんだな」


 ポツリと言葉が漏れた。


「ご主人様?」

「いや……死んだ奴等は何処に行くんだろうって考えちまってな」


 死者は何処へと誘われるのだろうか、それは死者にしか分かり得ない事だろう。

 それは冥界か、或いは天国か、それか地獄か。

 どれが正解なのか俺には知りようも無い事であり、静かに、そして激しく燃ゆる蒼炎は魂を具現したように見え、途端に儚さが込み上げてきた。

 奴は復讐と戦闘欲、その二つを秤に掛け、同時に命も賭けて俺に挑んできて、そして俺は奴に引導を渡し、最後に笑いながら死後の世界へと召された。

 死んだ者は現世に留まれない。

 その者達が何処へと旅立っていくのか、気になってしまった。


「ここで死んでいった奴等は、きっと俺の事を恨んでるだろうな」


 たとえそれが筋違いの怨念だったとしても、俺は彼等を見捨てる選択肢を選んだのだ。

 それに魔族を弔うという、人間からしたら理解不能な事をしている。

 当然の事だな。

 人間は誰かを恨まずにはいられない、何処かに感情の矛先を向けなければ潰れてしまう、だから人は美しく、そして醜い生き物なのだ。


(アンタ達は……何処に行ったんだ?)


 墓の数々が一面に広がっているが、それだけ都市での状況が悲惨だった事を証明している。

 死者は土に還る、それは肉体の話だ。

 霊魂は土には還らず、空へと昇っていく。

 突然降り掛かった厄災に巻き込まれて死んでいった者達は一体、何処へと消えて行ったのだろうか、ずっと謎めいたままだ。


「よし、火葬は済んだな。骨を海にばら撒くとするか」


 散骨するために、俺は燃え残った骨を掻き集めて、それを海へと流していく。

 残された魔族の角の片方を拾って、それだけ影へと仕舞っておいた。

 何かに使えるかもしれないしな。

 海の中へと消えていく骨を見ながら、俺は一人思考を巡らせる。


(アンタは強かったよ)


 戦いで得られるものは少ない。

 勝者が得られるものは勝ったという事実、それから胸に刻まれた想い、そしてこの手に残る斬ったという生々しい感触だけ。

 空虚なものだ。

 そして逆に失ったものもある。

 いや、そっちの方が多いのかもしれないな。

 戦う度に、何か大切なものを取り零していってるような気がして、不安が募っていくが、自分でも何を取り零したのかが見えていない。

 戦いで失ったものは何なのか、俺は何を失くしてしまったのか、分からない。


「……」


 この手は、蘇生も、分解も、自由自在だ。

 錬金術師として職を貰い、こうして力を振るう事ができているが、この力は自分の何かを捨てていく行為のように思える。

 便利ではあるが、この力は人の死という概念を超越する能力だ。

 今でもウルックを吹き飛ばした時の、身体を斬った時の感触が手に残っている。

 人を斬ったという感触を絶対に忘れてはならない、もしも忘れてしまったら……それは単なる殺人鬼と変わりないからだ。

 命を摘んだ者の責務だ。


「ご主人様……大丈夫ですか?」

「……あぁ、問題無い」


 生き物を殺すという、この世界では当たり前の事が物凄く恐ろしい。

 手が血に染まっていく。

 それも、酷く真っ赤に……


「人は……何故死ぬんだろうな」

「……難しい問題だな。答えが無いではないか」


 そう、答えが無いからこそ、人の死という概念を完璧に理解する事ができない。

 人を殺すという行為、それは忌むべきものだ。

 だが今回のように殺さなければならない時は、俺は正しい事をしたと誇れるのだろうか、そう自己矛盾が心の中に生まれた。

 殺す事に対する正当性、殺す事が倫理に反しているという事実、その二つが鬩ぎ合っている。


(俺らしくないな)


 矛盾を心に孕んで、俺は二本のうちの残った魔族の角を海へと投げ撒いた。

 角が暗い海へと沈んでいく。

 俺の殺した命が、目の前で完全に永遠の眠りに着いた事を意味していた。


「安らかに眠れ……ウルック」


 これで彼の供養は終わった。

 もう二度とここに来る事は無いだろうが、せめて俺だけは覚えておこう。

 勇敢に立ち向かった魔族の戦士、ウルックの名と、その彼の生き様を。

 波が打ち寄せ、さざ波の音が聞こえてくる。

 綺麗な海が夕陽に照らされて、光をキラキラと反射している。


「不思議だな……」

「何がですか?」

「こうして全てが終わって振り返ってみるとさ、何だか一瞬の出来事だったのかなって思ってな……あっという間に全てが終わっちまった」


 砂浜へと腰を下ろして、夕焼け空を眺める事にした。

 真っ赤な太陽が地平線の向こう側へと沈み始めているのが見えた。

 穏やかに吹き抜ける風が、髪を揺らしていく。

 隣にユスティも腰を下ろして、二人一緒に夕陽を眺める事となった。


「ご主人様は……」

「ん?」

「ご主人様は魔族の方を殺して……その、後悔なさっているのですか?」


 それはどうだろうか。

 殺した事に対する気持ちはあまり良いものではないと体感したが、それでも戦い、勝ち負けが決まり、静かに息を引き取っていった彼の生き様は美しいとさえ思った。

 自分の信念に従って、思うままに行動する奴の生涯最後の相手として俺を選んだ事には、何か意味があったのではと考えたりする。

 それに俺に挑んできて、それで満足して死んでいった敵に対して後悔とは、失礼だろう。


「後悔はしてないな。俺の邪魔をする奴は誰であろうと刃を振るう、そう決めたから」

「でしたら……何を悩んでるのですか?」


 何を悩んでいるのか、正直俺にもよく分かっていないので明確な答えを持ち合わせていない。

 何て答えるべきなのだろうな。

 今の彼女には、俺が悩んでいるように見えてるらしい。


「悩んでるって訳じゃないんだが……今後同じような事が起こったら、俺はどうするんだろうなって」

「どうするのです?」

「う〜ん、多分だが今までと変わらないだろうな」


 俺の邪魔にならなければ殺さないし、俺の邪魔をすれば容赦はしない。


「俺の手は血で汚れちまった。人を殺すために存在してる穢れた手だ。けど、引き返す事はできないって知ってるから、俺は前に進むのさ」

「……」


 この手は真っ赤に他人の血で染め上げられているだけでなく、自分をも犠牲にしているため、自分の血も付いてしまっているのだろう。

 この世界で生き抜くために、この世界で自分が何者なのかを見つけるために、俺は刃を振るう。

 そう思っていると、俺よりも小さくて、真っ白で、綺麗な手が俺の右手を包み込んだ。


「……」


 彼女は慈愛を込めたような表情をしていた。

 雰囲気が何処となく大人びているように見え、言葉が思い浮かばず、出てこなかった。


「あったかい手、ですね」

「ぇ……」

「ご主人様の手は大きくて、暖かくて、そして私を救ってくださいました。穢れてなんかいませんよ」


 彼女は俺の言葉を否定する。

 真っ直ぐに、正直に、実直に、ただ真実を言葉へと残していく。


「ご主人様の手は大切な人を守る為に存在している、そう思います。引き返せないのなら、私がその手を掴みます。間違った方向に進むものなら私が導きます。何処まで行っても、私は絶対に貴方の手を離しません」

「ユスティ……」

「それが、ご主人様への恩返しですから」


 朗らかに笑った彼女は夕陽に染まっていて、とても綺麗だった。

 その言葉の数々が、胸に残った。

 霊王眼を使わずとも、彼女の言葉が真実である事は容易に感じ取れた。


「ノア殿は我の命も救ってくれた。我等のために血に汚れたのなら、我等も一緒に汚れよう。ノア殿が一人で突き進むのなら、我等は共に貴殿の手を取ろう。この身は貴殿と一蓮托生だ」

「リノ……」

「だから自分を卑下するな。貴殿のお陰で救われた命が二つ、ここにあるのだからな」


 両手が、それぞれの少女達の仄かな熱に包まれた。

 清らかな心だ、そう生きられたのなら俺はどれだけ楽だった事だろう。

 けれど、この身は未だ一人、暗闇を彷徨っている。

 足元も見えない道を俺は歩み続けている、そんな気がしている。


「……ありがとな、二人共」


 その言葉を捻り出すので精一杯だった。


「あぁ」

「はい!」


 二人は夕陽の沈む地平線へと視線を向けていたが、その間もずっと、俺の手を離さなかった。

 しかし俺は、握り返す事ができなかった。


(けど……ごめんな、その道にお前達を連れては行けないんだよ)


 傷付くのは俺一人で充分だ。

 二人はもう、充分に傷付いてしまったのだから、羽を休めていれば良い。

 恐らく、この手は更に多くの死者を築き上げていくのだろうが、それでも俺はがむしゃらに進んでいかなければならない。

 それが間違っていたとしても、きっと俺は躊躇せずに殺すのだろう。


(それに、俺が忌み子だって知ったらきっと……)


 信じたい気持ちもあるが、それがどれだけ危険なのかを知っているから、俺は何も言えなかった。

 言葉に出そうと思っても、喉元に引っ掛かる。

 言葉に出せないもどかしさを覚えながら、俺は太陽の沈む果ての世界を見た。

 そして、夜がやってきた。

 真っ暗なキャンバスに明かりが灯されていき、その星空は静かに星屑を零していく。


「こんな風に星を眺めるのも、中々風情があって良いものだな」


 リノの言葉に一理あるが、近くには墓地があるので風情があるかどうかは微妙だな。

 リノとは試験の時に星空を眺めたし、ユスティはつい二日前に星空の下を散歩した。


「私、星空が好きなんです」

「綺麗だからか?」

「いえ、そうではありません。星はそれぞれ違う輝きを持っていて、それぞれが主張し合って一つの大きな世界を見せてくれますから」

「確かに、ユスティ殿の言う通り、一つの世界だな」


 一つの大きな世界、か。

 目の前に広がっている世界は、とても明るい。

 闇の中で光を纏っている星屑達は、遠くの地へと旅立っていく。

 輝いていて、幻想的な世界を生み出している。

 さざ波が何度も打ち寄せて、波の声と風の調べ、そして星の戯れが心を癒していくようだった。


(やっぱ空気が澄んでんのか、綺麗に見えるな)


 こんなにも色取り取りの星があるとは、世界というのは広く、まだまだ自分には知らない事が沢山あるのだなと実感する。

 赤、青、黄、緑、白、紫、橙……様々な色が夜空に浮かんでいて、どれも煌びやかだ。

 まさに宝石箱のような光景が目前に鏤められ、それは俺達の心を鷲掴みにして離さない。


(そういや、前にもこんな事があったような……)


 前世で少女と交わした約束、それを約束した時もこんな風に手を取り合っていたような気がした。

 少しずつ記憶が覚醒し始めているようだ。

 良い兆候なのか悪い兆候なのか、どっちにしろ俺は全てを思い出したい。


『ねぇ、乃亜くん』


 星を見ながら、意識を記憶へと放り投げる。

 すると彼女に会う事ができたが、これは記憶であるために話し掛けても返事が帰ってこない。


『お母さんが言ってたの。人は死ぬと、魂がお空へと昇っていって、そしてお星様になるんだって』


 そうだ、彼女はそう言っていた。

 しかし未だに顔は見えず、彼女の名前も分からずじまいだった。

 それでも彼女に会えただけで、俺は満足している。

 しかし、気が付くと彼女の口元がキュッと引き結ばれていた。


『ねぇ、もしも……もしも、だよ? 私が、その、死んじゃったら、さ……乃亜くん、お星様になった私の事、探してくれる?』


 その言葉に対する俺の答えは無言だった。

 唐突に言われた言葉だったから、その言葉が意味する事を理解してしまったからこそ、俺は何も答える事ができずにいた。

 要するに、彼女は……


『約束だよ』


 小指と小指を掛け結び、俺達は約束を交わす。

 下手な笑みが見えた気がしたが、彼女の顔は窺い知れない。

 俺が死んだら彼女が俺を、彼女が死んだら俺が彼女を、お互いに探し合うという約束をした。

 そして頭痛と同時に一つの事を思い出した。


(あぁ、そうか……君は俺の前から……いなくなったんだったな)


 その光景はノイズだらけで殆ど見えなかったが、辛うじて見えたのは、黒い服を着た人達が沢山いて、多くの花束に囲まれながら彼女が屈託無い笑顔を咲かせていたというところだった。

 確か彼女が何かを言ってた気がするが、詳しい事は思い出せずにいた。


(何で思い出せないんだ……クソッ)


 少しずつ記憶が解凍されていくような感覚に、もっと速く溶けて俺に全てを見せてくれと、そう願う。

 だが、思い通りにはならず、目の前にいた彼女の姿は掻き消えていく。

 行かないでくれ、まだ俺は君を見つけられていない、だからまだ何処にも……


「ご主人様? 何処か具合でも悪いのですか?」

「は?」


 隣にいたユスティが心配するように、俺へと手を伸ばしてきた。

 何をしてくるのかと身構えるが、目元を少し擦るようにして出ていた涙を拭っていた。

 自分でも泣いてた事に気付かなかった。

 呼吸が荒く、まるで悪夢に魘されていたかのようで、汗を掻いてしまって背中に服が貼っ付いてくる。


「俺は……泣いてたのか?」

「まだ身体が回復していないのではないか?」

「ぁ、ぃゃ……」


 僅かだが、目尻に涙が溜まっていた。

 悲しくて、胸が締め付けられて、心の中がグチャグチャになっていく。

 冷徹な感情と、この悲しい感情が掻き混ぜられて、自分の感情が少し漏れた。

 名前を思い出せないからこそ、苛立ちも加わった。


「少しばかり……昔を思い出していた」

「昔、ですか?」

「あぁ、思い出みたいなものだ」


 気になる、と言わんばかりの表情を見せる二人だが、これ以上は話したくない。

 たとえ仲間だと思ってくれていても、俺は他人を信じる事ができない。

 重症、と言われるかもしれないが、これが今の俺だ。

 残念ながら、この性格を矯正するのはほぼ不可能であるだろう。

 霊王眼が無ければ生涯森に籠ったままだったかもしれないし、力が無ければ俺は何もできなかったであろう、この暗黒龍ゼアンの力もリスクが高いからこそ、特に右目は無闇に使えない。


「昔、こうして星を眺めていた」

「星を、ですか?」

「あぁ、よく建物の屋上に登って星を見上げてたよ」


 その時の光景はまだ殆ど思い出せておらず、その記憶の一部だけが脳裏に残っている。

 欠けたピースは未だ嵌まらず、懐かしき記憶は穴だらけとなっている。


「ならば何故泣いてたのだ?」

「さぁ、俺でもよく分からん」


 涙を流していた理由が分からない。

 本当に人間としての感情を失ってしまったようで、泣いた理由を理解できない。

 

(本当に人間から乖離してるのか、俺は……)


 心臓を潰されたとしても生きている、精神が砕けても身体を動かせる、霊魂が消滅しても再び超回復で元通りに戻ってしまう。

 この身体には痛覚はある。

 だから激痛が身体を支配したりして、何度も死を追体験した事もある。

 強靭な肉体に精神が備わっているが、それでも拷問を受けているような感覚は顔を歪ませる。

 だが、たったそれだけ。

 人間からどんどんと離れているが、まだ自分は人間でいるつもりだと、そう思っていたが……とうとう心までもが失われてきた。


「俺は……いつ俺でなくなっちまうんだろうな」

「へ?」


 砂浜へと寝転がって、星空を視界一杯に埋め尽くす。

 夜は静かでとても落ち着く。

 子供の頃は雷が怖くて孤児院とかでも震えてたのに、今では夜は一番好きな時間帯となったが、恐らくはこれも暗黒龍の影響なのかもしれない。

 奴は影や闇を担う一角なのだ、暗い世界を好くようになっても可笑しくない。

 最早、どれが自分の本当の心なのか、どれが暗黒龍の心なのか、もう分からなくなってしまった。


「はぁ……」


 魂で契約が結ばれているため、根深いとこまで肉体や能力、精神が侵蝕されている。

 肉体の細胞も遺伝子レベルで暗黒龍のようになってきているため、恐らくこのまま右目を使い続けていけば完全に自己破綻して崩れる。

 それに今は身体に呪詛が根付いてるせいで、どんな異常が起こるか不透明である以上、自分がいつ消えてしまうのかが見通せない。

 霊王眼でさえ、自分の未来が見えない。

 不安が雪のように降り積もっていく。

 しかしながら治す手立ては今のところ見つかっておらず、暗黒龍も何処にいるのかさっぱり。

 八方塞がっちまってるな、マジで……


「もし……もし俺が誤った道に進んじまったら……お前等は俺を止めてくれるか?」

「はい、勿論です!」

「あぁ、約束しよう」


 彼女達の止める、と俺の止める、ではニュアンスが異なっているように思える。


「そうか。なら、もし俺が完全に自我を失っちまったら殺してくれ」

「そ、それは……」

「何を、言ってるのだ……」


 まさか殺せ、と言われるとは思ってなかったような顔をしている。

 だが、頼めるのはコイツ等しかいない。

 俺が我を忘れてしまったら、完全に暴走して暗黒龍の力が暴走してしまう事を意味する。

 ならば、俺を殺して全てを終わらせてほしい。

 暴れるくらいならば死んだ方がまだマシだ。


「頼んだぜ」

「「……」」


 二人は困惑したような表情で、互いを見合っていた。

 いきなり変な事を言ってるという自覚はあるが、それでも彼女達に命を預ける事に決めた。

 信じる信じないではない、これはただの保険だ。


「そろそろ戻ろう」

「あ、はい……」

「わ、分かった……」


 感情も次第に風化していく。

 心の変動がより小さくなっているような感覚が胸に残っており、一度精神が瓦解した事で再度構築された自分は動じなくなってきていた。

 感情がどんどんと消えていると言った方が良いのか、もう昔のように笑ったりはできないだろう。

 まだ悲しみと怒りの感情があるだけマシだろうが、その感情でさえも薄れていくような、自分が消えそうな予感があるのだ。

 喜怒哀楽、そのどれもが薄れている実感がある。

 自己が消えるのも、もう時間の問題だった。


(自己が消え始めてるのか……まぁ(・・)別に良いか(・・・・・)


 しかしそれでも構わないと、そう思った。

 右目を解放した事で、自分を構築している肉体、精神、そして霊魂の全てが歪んでしまった事を知った。

 自分という核が崩れていくような音を聞きながら、共同墓地を後にし、感情の色を見せない顔で壊れた都市へと戻っていく。

 自分が消えようとも、自己が失われようとも、精神が瓦解しようとも、俺は自分の道を進んでいく……ただ、それだけだ。






本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。

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