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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第一章【冒険者編】
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第7話 星夜の一時を

 ガタゴトと揺れていたはずの馬車は、いつの間にか街道沿いに駐車していた。

 外から喧騒が聞こえてくる。

 馬車は蛻の殻、冒険者達も全員が外に出て、キャンプファイヤーと洒落込んでるようで、外から火の光が差し込んできていた。

 馬車で休息を取った俺は、目を擦って外の景色へと意識をやった。

 太陽が完全に沈み、夜の世界が広がっていた。

 三日月が先に起床して、今は営業中らしい。

 星々が瞬いて、それはもう異世界だと言わんばかりの満天で無窮に広がり続ける空が、綺麗で美しく、その万光の下へ自然と誘われた。

 馬車に乗っていたのは俺だけで、無数の星の下に降り立つと、すでに炎を囲って食事が執り行われていた。

 火柱が上がり、パチパチと火の弾ける音が談笑に混ざっては音楽のように奏でられていた。


「おぉ、ノアか。随分とグッスリだったな」


 そうライオットに言われ、彼等へと視線を向けると、何かをモソモソと口に運んでいた。

 魔物の肉を乾燥させた、干し肉だ。

 食いにくそうにしながらも、奥歯で食い千切るという豪快な食べ方に多少驚き困惑しつつも、他の乗客達の方へと視線を移すと、全員が同じような携帯食を貪っていた。

 肉を乾燥させて、塩とかで味付けするだけの美味しくない干し肉だ。

 昔は保存食用に干し肉を購入して、それを旅の途中で食ってたが、確かに不味かった。

 何が不味いのか、まず固い。

 噛み切るのすら難しくて顎が痛くなる固さだから、食用に向かない。

 それに味付けが塩のみ、というのは流石に美味しくないのは当たり前、冒険者としては旅の保存食等で腹を満たすのは結構辛い。

 前世の記憶を持ってるため、現在は美味しい干し肉を保存食用に作れるが、旅としてはシチューや普通の料理を食べたい時もある。

 それに腹に溜まる料理としては、干し肉では物足りないと感じてしまうため、俺は旅では干し肉を食さない。


「干し肉か……」

「ノアもいるか?」

「遠慮しとく」


 魔境には大量のハーブや薬草、木の実等が自生していたので、オリジナルの調味料とかを作ったりしてたが、半年くらい前から肉以外に魚や他の料理とかも作って舌を肥えさせたものだ。

 探索範囲を広げた結果だ。

 そのお陰で肉と野菜ばかりの食生活が一変して、魚や珍しいキノコ料理とかも食べたりした。

 スープを凝縮冷凍したりした、錬金術師にしかできないスープキューブを作ったので、お湯に入れて掻き混ぜれば簡単にシチューとかもできるようになった。

 正直、影魔法の『ブラックストレージ』があるお陰で、そんな面倒をする必要は皆無なのだが、これも旅を楽しむための一環だ。

 その中に入れておくと時が止まってるのか、温かな料理は一週間後でも温もりが保たれている。


「さて、やるか」


 今日は料理をしたい気分だった。

 まずは錬金術師の能力でテーブルを即興で錬成した。

 ストレージ内から、現代で作られてるのと同じ小型キャンプ用ランタンを取り出してスイッチを入れ、それをテーブルの上に置く。

 このランタンだが、日本で使われていたキャンプ用品とかを従兄弟から貰って、それを分解したりして構造を理解していたので、錬金術で必要な素材を集めて設計した。

 魔工技師ではないのだが、知識と技能があれば何とか作れたりする。

 因みに燃料は魔石だ。

 魔境にいたモンスターの魔石はどれも内包する魔力量が圧倒的に大きいため、その放出量を調整してはエネルギーとして作用している。

 他にもガスコンロとか、冷蔵庫とか、魔石という電池があるので、ほぼ魔導具を作って快適な日常生活を送ったりもしていた。

 魔境にいたモンスターから魔石を入手し、それを機械に設置し、動かしている。

 バックパックから調理器具を取り出して、シチュー作りを手順良く遂行していく。


「の、ノア? 何してんだ?」

「何って、料理に決まってるだろ」


 干し肉を食い終わったらしいライオットが、興味本位でこちらへと来た。

 まぁ、こんな草原のど真ん中で料理するなんて普通なら非常識も良いところだろうが、美味しいものを食うためには必要な作業だ。

 欲を馬鹿にしてはならない。

 人間の三大欲求の一つである食欲を満たすために、料理に関しては手を抜かない。

 料理に関しても、自分の持つ能力は大いに役立っている。

 錬金術師の能力で土台や釜等の錬成、精霊術による火加減の調節ができるが、今回はコンロを使用する。

 森にいた頃は、精霊術で火加減の調節をしたものだ。


(『錬成アルター』)


 心の中で自己暗示を唱え、地面に意識を集中して鍋を置くための台が完成した。

 立派な台、そこにガスコンロを設置して圧力鍋を置き、調理を開始する。


「こりゃ何だ?」

「圧力鍋、内部を加圧して調理の時間を短縮するものだ。仕組みに関しては説明を省かせてもらう。言っても分からんだろうしな」


 この世界には化学の概念が乏しいので、加圧したところで、その原理や意味は分からないだろう。

 加圧によって内部の水分子同士が……なんて説明したところで半分も理解してくれないと思うので、このまま黙って調理を続けていく。

 調理をしていく途中、良い匂いが漂っていき、周囲の人達がこっちへと寄ってきて調理をジロジロと無遠慮に凝視してくるが、気にせず無視して料理を進めていく。

 材料は魔境で採れた、人参やジャガイモ、玉葱にブロッコリー、魔境で採れたキノコ類数種類、それから昼間に倒したクギバチドリの鳥肉を使って調理している。

 今日の晩飯をシチューにした理由の一つが、このクギバチドリの鶏肉だ。

 昔、好きだった子の好物がシチューだった。

 互いにもう死んでしまったので、二度と彼女の作ってくれたシチューを味わえないのは残念だが、とても遠い過去のようで懐かしく感じた。

 さて、後はバターや牛乳、そして精霊術による純水も加えてあるので、こんな何も無い場所で作れる夕食というのは何故だか最高に楽しい。

 これぞ旅だ、と体感している。

 勇者パーティーの頃は全然楽しくなかったが、こんなにも自由を謳歌できる今、楽しんだ者勝ちだろう。


(本当に懐かしいな)


 日本にいた頃は友人とキャンプしたりして楽しい思い出を幾つも作っていたはずだが、もうその友人達の顔すらも全く思い出せない。

 ただ、キャンプの知識は覚えている。

 友人との楽しかった思い出を脳裏に浮かべながら、俺は調理を終えて一人食事に有り付く。

 シチューを掬って、お椀に盛る。

 湯気が立ち昇り、夜空へと儚く消えてゆく。


「ちょっと待て!!」

「何だよ」

「いや、ここは普通、『お前達も食うか?』って聞くとこじゃないか!?」


 ライオットの被害妄想に、俺は疑問符を頭に浮かべてしまった。

 コイツ、何言ってんだ?

 さっき飯食っただろうに。


「干し肉があるだろ」

「いや、まぁ、あるけど……」


 別に意地悪から言ってるのではなく、一度贅沢を覚えてしまうと次からの食事が苦しくなるからこそ、俺は全員に食べるかとは聞かないのだ。

 冒険者ならば連日連夜、野宿しながら敵を狩ったりする場合もあるので、オススメはしない。

 その場での即興調理ができるのは、錬金術師でしっかり血抜きをし、鳥を倒した自分のお陰、裁量権は俺にあると言っても過言ではない。

 干し肉とシチュー。

 どちらが良いのか、そんなのはシチューに決まってる。

 必要栄養素の観点から、干し肉だけだと体調を崩しやすいと思われる。

 別に俺は暴君でもなければ聖人君子でもない、ただの一般市民でしかないので、無償で分け与えるなんて善良な行動は選択しない。

 一度無料で分けてしまうと、次からは『前は無料タダだったじゃないか!』と難癖付けられたりする可能性もあり、人間は欲深くて醜い生き物だと知ってるから、俺は等価交換を要求する。


「食いたいなら金を払え」

「おまっ――」

「当然だろう。レストランとかで無料で食事を配ってるとこを見た経験でもあるのか? それと同じだ」


 レストランが毎日無料で飯を作ってたら赤字となってしまうし、店も収益のために料理を客人に振る舞ってるため、人としての当然の権利を捨てる馬鹿は、そうそういないし、そんな考えを持つ人間も愚かだ。

 試食ならまだしも、ライオットのは、完全に腹を満たそうとした行為言葉から来ているので、俺は決して譲らないと誓っている。

 友達だからとか、一緒に馬車に乗ってる人だからとか、それは店とは何の関係も無い事柄であるので、それと同じ理由を述べているに過ぎない。

 その至極真っ当な正論に対して怒りをぶつけるのは筋違いというもので、もしもそれで怒った場合、ソイツは単なる自己中心的な人間と認識される。

 実際に、それは泥棒と何等変わりない。

 それに材料は全て自分で手に入れたものだし、その材料が高級食材ばかりなので、本来なら家庭料理ではあるものの数万円は下らない程の料理となっている。

 搾取されないよう、しかし逆に敵意を向けられないよう、その場を収める魔法のような方法はある。

 それが金銭的遣り取りだ。


「だ、だが――」

「くどい」


 シチューを食うための椅子を用意して、そこへと座って衆人環視の中、食べ始める。

 うん、コクがあって美味いし、身体が温まる。

 やはりシチューは最高だ。

 今度はカレーにも挑戦してみよう、生憎とスパイスは影に全部収納されている。


「俺は善人じゃない。金を払うんなら分けてやるし、金を払わない者に食わせる気は無い」


 人とは常に平等にできていない。

 世界は不平等、それが自然だ。

 不平等だからこそ分相応の立場があり、俺も彼等と同じ側だった時もあるし、仲間が食ってる中で俺は一人我慢していた時もあった。

 それが許せないとは思わなかったし、仕方ないと思って耐え忍んだものだが、別にここで食わずに耐えてろだなんて強要する気も無い。

 視線が鬱陶しいし、これでは飯が不味くなる。

 ただ、俺の場合は金を払えとも言われず、近寄るな、だったのだが……


「幾らだ?」

「大人一人千ノルド、子供一人五百ノルドだ。サービスしてやるよ」


 本当ならば十倍以上の値段なのだが、そこまで性格は歪んでないため、そう言うや否や、即座に金を渡してくる人達で殺到した。

 俺は金を貰えて嬉しい、客達は俺の作った料理を食べられて嬉しい、これでウィンウィンの関係だ。

 前世でも一人で料理を作っていたが、それも経験として蓄積されているのが今、目の前で見られた。

 料理を食べる人達皆、顔を綻ばせている。

 美味しい、温かい、そんな称賛の声が所々で上がって、少々意外だとも思った。

 自分の料理を他人に食べて貰って、喜ばれる経験も滅多に無かったから、不思議な感覚だ。


「美味っ!?」

「凄いですね。野菜は柔らかくて口の中で溶けていきますし、鶏肉はフワッフワで弾力もあって素晴らしい出来栄えです。ホルンの作る料理とは雲泥の差ですね」

「ちょっとミゼルカ!? い、いや、でもまぁ、悔しいけど……この美味しさには敵わないわ」

「戦闘も料理もできて、流石ノアさん」


 『黄昏の光』のメンバー達も随分と過大評価をしてくれるようだ。

 結局全員が金を払って食べていたので、俺としても臨時収入が手に入ってウハウハだが、金銭感覚が狂わないような設定で良かった。

 それに皆が笑顔となっているので、作った甲斐があったものだと納得した。


(こんな夜に食うのも悪くないな……)


 周囲に人がいて、数多の星が見下ろす中で食べる食事というのは、結構美味しいものだ。

 夜空を見上げると、そこには大きな三日月と数多の星々が煌めいており、無窮の夜空を明るく彩って、黒く塗り潰された世界が輝いて見える。

 日本とは全く違った星座が暗闇に浮かんでいるので、異世界なのだなと感じさせてくれる。

 綺麗だという言葉の賛辞はきっと、焚き火のような熱を孕んで、空へと押し上げられて、夜の絵画に滑りゆく流星群に乗って駆けていくのだろう。

 その絶景は、心を満たしていく。

 あぁ、旅を始めて良かった、とそう思える。


「……」


 言葉が出てこないくらいに夜空が美しい。

 三日月も日本の時に見るような大きさではなく、その何倍もの巨体を誇っては輝きを放っている。

 太陽光を反射していると思われるが、月の魔力が世界に降り注いで、幻想的な光景を何処かに生み出していると思うと、見てみたくなる。

 そんな力が、月にはある。

 周囲の星々が煌めいた。

 パンをシチューに浸してから口に運び、夜空の流れ星を眺めながら言葉ごと飲み込んでいく。

 単に『美しい』と一言呟くのすら烏滸がましいような気がしたからこそ、残されたパンを千切って、その言葉と一緒に喉奥へと流し込んでいった。

 不思議なものだ、こんなにも夜空が綺麗だったなんて、何故今まで気付かなかったんだろうか。


「不思議だな……」


 手が届きそうなのに届かない、掴めそうなのに掴めない、そんな光景だからこそ手を伸ばし続けたいと、そんなどうしようもない衝動に駆られてしまう。

 前世の地球も、あの星々が鏤められた宇宙の何処かにあるのだろうか。

 あの光景の中に地球はあるのだろうか。

 もし存在しているのだとしたら、どれが本物の地球なのだろうか。

 無いのだとしたら、俺はこの広大な宇宙の中の何処にいるのだろうか。

 誰に問い掛けるでもなく、自問自答が心の中で自己完結されていった。









 飯を食い終わった後は各自で自由時間を過ごす羽目になったのだが、特段用事がある訳でも、何かする必要も無かった俺は乗客の子供達に精霊術の芸を披露して一緒に遊んでやり、時間を潰した後は馬車の中で睡眠を取らせてもらう手筈だった。

 夜番はライオット達四人が交代でするらしく、俺は夜番しなくて良いのだが、昼間寝てしまった影響か、寝れないので少し離れた場所へと移動する。

 下車して、夜に降り注ぐ月星の灯火のままに、小高い丘へと少し登る。

 数分もすれば、見晴らしの良い場所へ出る。

 夜風は優しく薙いで、耳朶に残る草木の音が、夜の静寂を物語る。

 昼間の休息睡眠によって俺には眠気が消え失せており、緑で敷き詰められた絨毯へと腰を下ろしては、寝転がって百点満点の星達を眺めた。


『ノア?』


 夜空をただ意味も無く視界に入れていると、その視界の上端からひょっこりと顔を覗かせて、精霊ステラが不思議そうな表情を浮かべて現れた。

 浮遊している彼女は、周囲を飛び回っている。

 緑色の燐光から光纏う鱗粉が振り撒かれ、元気付けようとしてるのが窺えた。

 一体何がしたいのか、彼女を目で追い掛ける。

 けれども彼女の意図がまるで分からず、俺は直接質問を口にしていた。


「ステラ、どうした?」

『ノア、何だか元気無いなぁって』


 元気が無い事もないのだが、久方振りに友人だった奴等を思い出して、その記憶を懐かしんでいただけだ。

 そして同じく、一人の少女を俺は追憶に身を委ねているところだった。

 日本人としての記憶は残っているのだが、もう会えないと思うと寂寥感が込み上げてくるもので、星をただ眺めながら懐かしの少女との思い出に浸っていた。

 彼女の記憶は殆ど残っていないが、こうして星を眺めた大切な思い出は、この脳裏にある。


「昔さ、友達と天体観測しに行ったんだ。ここよりも星は綺麗には見えなかったけど、こうして寝転がって一緒に星を眺めたんだ」


 星を眺めるのが大好きだった。

 田舎にあった実家に夏休みとかに行って、その裏にあったスポットで星を眺めたりもした。

 そんな掠れた記憶が、俺と彼女とを繋ぐ起源。

 都会では見られなかった星の数々に子供の頃は感動したものだが、そんな田舎にも友達がいて、彼女に会っては一緒に星を眺めて語り合ったりした。


「アイツとはもうずっと会ってないな。彼女の顔も、何を話したのかも、どんな奴だったのかも、今じゃ何一つ覚えちゃいないんだ」

『ノア……』

「でも、彼女との過ごした時間は、俺にとっては大切な思い出だったんだよ」


 しかし、俺は死んでしまった。

 彼女は俺が死んだ事実を知ってしまったのだろうか、それとも伸び伸びと過ごしているだろうか、元気でやってるだろうか、そんな無駄な思考が働いてしまう。

 大人になって、時が経って、いずれ脳裏から俺という存在は過去となって、彼女の中から消えてしまう。

 悲しい事実だが、もう俺はこの異世界に来てしまったのだから、二度と彼女とは会えないだろう。

 俺は何故死んでしまったのだろうか……

 確かに中学時代や高校時代を過ごしていたが、その後どうなったかは自分の記憶に無かった。

 もしかして、思い出すな、と神様が言ってるのだろうか。

 だとしても自分がこの世界にいる、それには何か理由があるのかと考えてしまう。


「……はぁ……」


 溜め息が零れ落ちる。

 俺には彼女の様子を確認する手立ては持ち合わせてないので、俺が死んだ後どうなったのか、知りたい気持ちはあれども、その願いは叶わない。

 そもそも、死ぬって何だろう。

 こうして転生するという事象なのだろうか?

 こうして世界を超越する事実なのだろうか?

 こうして記憶を保持した状態で他者の肉体に入り込んだ状況を指すのだろうか?

 異世界なんて場所があるんだから、天国だって地獄だってあるのかもしれない。

 ならば何故、俺はそこへは行かずにこうして別の身体へと転生したのだろうか。

 疑問は尽きない。

 罪を犯したとしたら、ここは罪を濯ぐための世界、しかし前世の記憶を持つのは俺一人だけ、その可能性はあみりにも低かろう。

 逆に天国なのだとしたら、この世界には死が多い。

 天国とは裏腹に、この十数年間は地獄だったと言えるくらいの過去を、俺は生きてきた。

 ならば、ここは一体何なのか。

 ただの異世界なのか、それとも神様の箱庭なのか、誰かの用意した実験場なのか、そんな考えに解答をくれる人間はここには存在しない。


(いや、こんな下らない事考えるのは止めよう……)


 どうせ答えなんか分からないのだから、幾ら考えても無駄に決まっている。

 しかし、この世界が何なのか、重要に思えた。

 不思議と自分の転生に関係しているのでは、そんな思考を頭の片隅にでも追い遣って、俺はステラを労る。


「心配してくれてありがとな、ステラ」

『う、うん』


 当たり前だが、いつかは俺の目の前にも死が訪れるのだろう。

 本来なら一度目の、だが。

 天寿を全うして逝去するのが人間らしい最後であると俺は思うのだが、この異世界は日本に住んでいた頃よりも『死』と隣り合わせな日常だ。

 モンスターがいて、不思議な力があって、差別迫害も多くて、だからこそ死亡率も前世より遥かに高いのは理解しているが、そんな弱気な思考をしているとステラに再度心配されてしまうだろうから、これ以上は頭の片隅へと置いて思考を一旦止めておいた。


「お、流れ星……」


 視界の端から端へと流星が横切っていった。

 光の尾を黒いキャンバスに描き残して瞬間的に消えていき、その残光は眩い光星を猛追して、黒い夜空の何処かへと旅立っていく。

 この異世界という舞台は、理不尽が多い。

 耐え難い苦痛も、人の死も、結構軽く発生する。

 今も何処かで誰かが苦痛に藻掻き、誰かが天寿を全うし、誰かが悲壮感に暮れ、誰かは死を悼んで、それでも星々は変わらず瞬いている。

 それでも、今日という一日が静かに日を跨ぐ。

 この世界の多い不条理と裏腹に、こうした絶景が世界中何処にでも存在して、冒険者になったら、それを追い求めて世界中を旅しよう。

 そして、自分の役割を探そう。

 自分が何のために生まれ、こうして生き残ったのか。

 何のために人の死を踏み越えて、ここまで辿り着いたのか。

 自分とは何なのか……

 そう思慮に耽っていると、瞬く間に次の流星が流れて、その数は次第に数百と増えていった。


『うわぁ……綺麗………』


 感嘆の声を漏らしたステラの気持ちも理解できよう、それだけ綺麗な世界が夜天に広がっているのだから。

 絶景美、流星のシャワーが、それはもう一夜の夢のように幻想に絆されて、背中を起こした自分は無窮へと嘆息を漏らし、その一言に想いを集約させた。


「壮観だな」

『うん!!』


 流星群を眺められるとは、旅始めの景色としては最高の一枚として記憶に残るだろう。

 麗しの星々に、願いを込める。

 順風満帆な旅ができますように、と。

 波瀾万丈な旅になりませんように、と。

 叶う気がしないのは気のせいだと思いたいが、本当の願いは別にある気がした。

 まだ分からない、その『想い』を流れ星へと願い渡して、この夜空を彩っていく宇宙を旅する流星群は、しばらくの間、この異世界に降り止む事は無かった。

 絶景を眺めては、一喜一憂し、小さな隣人と一緒に星の上映会を満喫する。

 星と月が織り成す一夜限りの夢は、やがて終わりを見せ始めた。


「さてと、そろそろ戻るか」

『うん。ステラ、もう寝るね』


 ずっと寝てばかりな気もするが、そんな俺の考えを気にせずに、小さな精霊は精霊紋へと消えていった。

 俺も馬車へと戻って適当に時間を潰そうかと思っていると、キャンプファイヤーの周囲には女子達が夜番をして、紅蓮の炎をジッと見つめて座っていた。

 時間帯は午前一時を回っており、俺が錬成した椅子で腰を休めていたのは二人、神官のミゼルカ、それから魔導師のホルンだった。

 暇なので、俺もそこへ足を運ぶ。

 敢えて気配や足音を消さずに近付くと、案の定、少女達はこちらに気付いた。


「あら、あんたまだ寝てなかったの?」

「昼の間、ずっと寝てましたもんね」


 俺の足音を背後に、身体を捻るのすら面倒臭がって、首だけ多少動かして一瞥に留めた少女が、悪態吐くように話し掛けてきた。

 早く寝ろよ、なんて言われてる気がした。

 気のせいだよな?

 冗談はさて置き、退屈凌ぎのための話し相手確保のために会話を持ち掛けてきたと見ても良さそうで、俺も寝るまでの暇潰しのために、二人の近くに椅子を錬成して、会話の席に着いた。


「しばらくは俺も夜番させてもらおう」

「そりゃ助かるけど……」

「良いではありませんか、ホルン。現に、彼は私達を救ってくださいましたし、私達よりもお強いです」


 ホルンは俺の事を信用してないらしいが、俺も同じく彼等をそこまで信用してない。

 それが一般的で正解だ。

 警戒する者の方が、この世界では生き残れる。

 悪知恵もあれば尚良しだが、他人にそこまで気持ちを求めていない。

 寝てる時も魔力を常に周囲へと放って、周辺の危険探知網を敷いていたので、もし夜襲に遭遇したところで対処するのは簡単だ。

 魔境で身に付けた技能の一つだ。

 そうしなければ、夜も襲ってきたし。

 魔境では何日間か掛けて探索に出ていた時もあり、周囲に魔力を放出してないと危険だと理解していた。

 そもそも夜に寝るのすら、自殺行為だが。

 あの場所はそういった常識の通じない場所だった。

 特に最深部、あそこは錬金術師の能力でも苦戦する相手ばかりだった。


「あんた何者?」


 魔境での一年間に想いを馳せていると、急にホルンから鋭い視線を向けられて、その質問に対する回答を思考が選出し始めていた。

 何て答えるべきか、脊髄反射のように考えを纏めていた。

 だが、そもそも今の質問の意図が分からない。


「何者って言われてもなぁ……」


 だから先に彼女の真意を探ってみる。

 何者なのかと問われて俺が答えたとして、彼女が何かをしようとしても、その前に俺の錬成刃の方が速く、確実に相手の首へと届くだろう。

 そして相手の首を一撃で狩り取れる。

 ワザワザ腕輪の武器錬成を駆使せずとも、一歩も動かずに攻撃もできる。

 俺は足が地面に着いてるので、その着地点から地面を経由して錬成を発動させれば、一瞬で棘を地面から出して攻撃、或いは捕縛するのも可能。

 遠隔錬成と言っても、空気を伝っては無理だ。

 現時点での能力として、精々十数メートル圏内でしか、地面や物体を伝って錬成できないから、もっと修練が必要ではあるのだが……

 あの魔境では、モンスターばかりだった。

 だから今度は対人戦や、冒険で色々と培うつもりで旅に出たのだ。


「街を出発した時は乗ってなかったのに、いきなり何処からか現れて私達を助けてくれた。けど、それが自作自演だったらどう?」


 彼女の回答は、俺が考慮に入れていた内容と一緒だった。

 要するにだ、彼女はパーティーを守るために、思慮を巡らせ続けていた。

 俺と同じタイプだ。

 考えて、試行錯誤して、弱いからこそ彼女は警戒する。

 生物としては及第点だが、弱いからこそ警戒は解かず、また俺にその質問をぶつけるリスクも考えるべきだが、若干後先考えていない。

 それは過ごした時間から見て取れる。

 まだ出会って数時間だ、そんな質問に意味なんて無い。


「つまり、俺がクギバチドリを操って奇襲させた、と言いたい訳か」

「違うって言うなら、証拠見せてよ」


 証拠を見せろと言われても、見せられるのなら見せているところだ。

 魔法は習えば誰でも扱えるのだが、洗脳魔法とかは奴隷とかに使ったりするもので、たとえ俺が錬金術師だったところで関係無い。

 そもそも適性が無いので、俺には魔法が使えない。

 生活魔法程度ならまだしも、初級や中級、俺の魔力は絶望的に魔法に関する才能が欠如している。

 中には普通の商人が奴隷商を営んでる者もいるし、魔法職でない者が魔法を使う事自体は珍しくないだろうし、彼女の推測も、推測としては合っている。

 よって、俺がモンスターを操って襲わせた、なんて邪推もできてしまう。


(『錬成アルター』)


 俺は地面を錬成させて、これを証明とした。

 魔法分野には精通してないので、職業と魔法との区分が今一よく分かってないが、俺がもしクギバチドリで奇襲を仕掛けようものなら、そんな手間に時間を浪費する必要が皆無だと知らしめる良い機会だ。

 こうして彼女を念じるだけで殺せてしまう。


「なっ!?」


 それに対して彼女は、目を白黒させていた。

 たった一言念じるだけで、ホルンの首数ミリ近くに鋭い土棘が、目にも止まらぬ速さで出現した。

 これが証拠と言えるだろう。

 何故なら浪費した時間を、こうして地面を錬成したりして馬車を横転させて、その隙に首を狙うだけで殺せるのだから。

 人の命が軽い理由も、こうした職業の乱用も原因の一つかもしれない。


「な、何すんのよ!!」


 傍から見れば、俺が相手の口論に負けて自棄に走ったとも思えるだろうが、そうではない。

 言及しようと唇を動かす瞬間、隣の神官が理解する。


「成る程、クギバチドリを操らなくても全員を殺して、完全に証拠隠滅を図れる、という訳ですね」

「理解が早くて助かるよ、神官」

「い、いえ……」


 苦笑いしているところから、彼女もホルンと同じ考えだったのかと思った。

 まぁ、急に現れた訳の分からない男を信用しろ、だなんて無理な話だし、俺がパーティーを断った理由の一つに、彼女から睨まれていたから、というのもある。

 信頼関係の有無はパーティー結成、パーティー参加には必要不可欠な要素でもある。

 強さの種類の話になってしまうが、人を疑うのも強さだ。


「ま、疑いたいなら勝手に疑ってれば良いさ」


 実害が無ければ疑われても構わないが、もしも俺の邪魔をするのならば、今度は土棘を寸止めしない。

 そのまま首に風穴が空くだろう。


「俺が何者であろうとも、お前達が攻撃してこない限り、俺も攻撃するつもりは無い」


 基本、誰もがそう思っているだろう。

 街行く人々も、隣の人がいきなり襲い掛かってくるだなんて思ってないだろうし、だからこそ帯剣していても気にせずにすれ違う。

 相手が攻撃してきたらガードするか、避けて逃げるか、或いは反撃するか、そういった選択肢がある。

 相手に攻撃されない限り、普通の人は、戦ったりしないだろう。


「……はぁ、分かったわよ。疑って悪かったわね」

「別に疑うのは仕方ない。疑う行為は知能ある生き物の特権だからな」


 知性ある生き物だから、悪行に身を窶す奴等もいるし、ソイツ等から自衛するために疑う行為は正しい判断だ。

 だから、馬車でライオットが俺にパーティー加入を勧めてきた時は、何を馬鹿な……と感じてしまったし、彼女達も俺と同じ気持ちだろう。

 疑わない、相手を信じる人間というのは美徳かもしれないが、それで社会を正しく生きられるかと考えたが、殆どの場合は無理だ。


(前世と同じだな)


 前世でも詐欺や架空請求、ネットの匿名による犯罪、そういったものも多かった。

 どの世界でも悪質な事を考える奴はいるものだ。

 この異世界でも、理不尽の中に存在している。

 他者に嘲られ、迫害され、石を投げ付けられて、それでも俺は他者を信じ続け、しかし結果として最後に裏切られて殺されそうになる。

 それが、俺が生まれてきてからの十七年間だった。

 俺が、こうした特徴、外見を持ってたから。

 俺は……忌み子だから。

 黒髪黒目、厄災の象徴であり、神から見放された存在であると言い伝えられているらしい。

 だから、俺は迫害の嵐の中で、耐え忍んで生きてきた。

 信じ続けてきたウォルニスは、終局には仲間だと思っていた奴等に裏切り行為に遭い、ノアが目醒めた。

 今は両目が蒼碧とした色合いなので、忌み子とは思われないだろう。


「俺を信じるかは……ホルン、お前に任せる。無理して信じる必要も無いしな」

「いいえ、一応信じてあげるわ。助けられたのはホントだしね」


 上から目線なのが気になるところだが、信じてくれるならそれに越した事は無い。


「冒険者になるんでしょ? だったら、強い人と繋がりを持っておいても損は無いもの」


 ちゃっかりしてらっしゃるが、彼女の言う通り、俺も勇者パーティーに役立ってくれる強い人材を探したり交渉に持ち込んだりしたので、気持ちは分かる。

 それにパーティーでなくとも、即興で組んだりする依頼があったり、上級冒険者になればギルドからの指定依頼が来る場合もあるため、確かに繋がりは必要だ。

 このパーティーが強くなるかは知らないが、こうした小さな出来事から大きく繋がっていくと知っている。


「なぁ、冒険者の後輩として色々教えてくれよ、先輩」

「ふふん、分かってるじゃない。良いわ、たっぷりと教えてあげる」


 胸を張りながら彼女は威張っていた。

 機嫌を取って、俺はホルンとミゼルカの二人から世界情勢を仕入れていく。

 夜が更けて静まり返った闇の中、パチパチと熱く燃え盛るキャンプファイヤーを囲んで、俺は先輩二人から色々な話を聞いて退屈を凌いだ。








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思い出のアイツ。。。(つд;*)誰。。。 俺は忌み子だから。。。 日本人特性がっ?! この二点を1話にぶっこむことにより厨二属性爆上がりします。
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