第65話 燃え尽きた都市 戦闘の果ての休息
龍栄祭についての説明を少し書き換えました。申し訳ありません
「おう! ノア!」
ギルドホームの本館一階ロビーへと戻ってきたところ、威勢の良い大きな声がホール内に響き渡った。
誰かとは言うまでも無い。
「ダイトのおっさん……相変わらずデカい声だな」
「ハハッ、悪りぃ悪りぃ。俺ちゃん友達の顔見るとつい声掛けたくなっちまうんだ」
友達って……
そう思ってくれてるとは考えてもみなかったが、嘘を吐いてないのは確かだった。
本気で俺の事を友達と思ってるらしい。
霊王眼で確かめてみるのだが、ダイガルトの言葉は全て真実として俺の目に映り、真っ直ぐ馬鹿正直であるという事実が俺の心を掻き乱す。
(何で……何で俺なんかを……)
人を簡単に信じる者は必ず裏切られる、それは善人が馬鹿を見るという事だ。
世の中は、善人から餌にされる。
世の中は、悪人が賢く生き残る。
そう創られているのだと、俺は知っている。
「さて、それじゃあ少し話そうぜ。酒でも飲みながらな」
「あぁ……酒?」
「何だよノア? まさかオメェ、酒が飲めねぇってんじゃねぇだろうな?」
いや、酒を飲みながら会話するような事でもないと思うのだが。
それに俺は酒が嫌いなので、飲みたいと思わない。
しかし興味津々なのが二人、後ろから目を輝かせながらこっちを見てくる。
「お前等……酒、飲みたいのか?」
「勿論だ。酒は嗜好品だからな」
「の、飲んだ事ありませんが、興味はありますね」
前世で酒を飲んだ記憶は無いが、もしかしたら大人になって飲んでいたかもしれない。
しかし今は酒が嫌いなので、正直飲みたくない。
どっちにせよ、俺は今後の話をするために酒に溺れるつもりは無い。
「さ、飲もうぜ!」
「アンタ、瀕死の重傷だったんだろ? 酒なんて飲んでも平気なのかよ?」
病人に酒っていうのは、流石に身体に悪すぎる。
もう一週間が経過しているのと、この世界には魔法という便利な能力があるので、酒を飲む事くらい平気なのかもしれない。
話では、左肩から右脇腹へと大きく斬られたのだとか。
内臓も一緒に斬れてたそうなので、身体に障るぞと思ったのだが、本人の自由だな、どうなっても俺には一切関係無いしな。
「酒は万能薬って言うじゃねぇか」
「いや言わねぇよ。酒は百薬の長、だろ?」
「そう、それ!」
ワザと間違えたようには見えなかったので、意外に馬鹿なのかもしれない。
これがSランクか、ちょっと幻滅だな。
まぁ、世界には色んな人がいるものだし、ダイガルトはこんな性格なのだと覚えておこう。
「ってかアンタ、魔族に負けたんだろ?」
「……まぁな、片腕を失ってから半年のブランクがあったからな。やっぱ鈍っちまったかなぁ」
何処か悲しそうな表情で、自分の手を見ていたダイガルトはギルドと併設されていた酒場へと向かっていった。
俺達三人も一緒に付いていく。
酒場も壊れていたそうなのだが、やはり魔法での建築のお陰なのか殆ど建て直されており、すでに酒場として経営されていた。
何処から酒や飯が出てきているのかと思ったが、恐らく食糧庫からだろう。
「フラバルドで、半年分のブランクを何とかしなきゃ駄目だって思ったんだが……」
「何か問題でもあるのか?」
「大有りだ。エレンに殺されちまうぜ」
エレン=スプライトだったか。
若くしてSランク冒険者となった鳴雷という異名を持つ冒険者だ。
職業はユスティと同じく『神』の職業である剣神、雷の魔法を得意としているために鳴雷と呼ばれている。
タイプとしてはリノっぽい感じだな。
慇懃であり、そして自分にも他人にも厳しく、弱い冒険者が嫌いらしい。
(あの女、苦手なんだよなぁ……)
一度だけ見た事があり、会った事もある。
だが、彼女は俺を錬金術師だと知ると、俺が前線に出ている事や勇者パーティーとして行動している事に対して、こう言った。
『その力ではいずれ足を引っ張るぞ、少年。何故こんなところにいる?』
彼女は『剣神』という職業を手に入れたからこそ、強者だからこそ言える言葉だ。
今でもその言葉を覚えている。
強者は全てを持っている、弱者は何も手に入らない、それが現実だ。
俺は何も持っていなかったからこそ、全てを持っている人間の言葉は心に響いた、苦しかった、とても悲しくて辛くて、自分が嫌になった。
だがしかし、彼女を憎むのは筋違いである。
彼女は俺が死なないようにと、敢えて現実を突き付けているのだと後に知った。
(だが……余計なお世話だよ、エレン=スプライト)
彼女にも苦しみがある。
辛い過去を持っている。
それがエレンという女だ。
「あの、エレンって誰ですか?」
「エレン殿は史上最年少でSランクになった天才剣士、職業はユスティ殿と同じく『神』の職業を持つ剣神なのだ。女性冒険者達の憧れらしいな」
「へぇ、凄そうな人ですね……」
本当にそう思ってるのだろうか?
凄そうな人、と言いながらもユスティの反応は至って普通だった。
「俺ちゃんはSランクだからな。エレンに、フラバルドで一緒にダンジョンに潜らないかって誘われてさ、そんでもってノアも連れてこうって思った訳よ」
フラバルドには興味があったのと、ダンジョンで自分の実力がどれ程なのか確かめる良い切っ掛けだったから、ダイガルトの提案を受けた。
本来ならば一週間前にユスティを競り落とし、そのまま一、二日滞在した後にフラバルドへと経つつもりだったのだが、その前に魔神騒動が勃発、俺は倒れて五日後に目覚め、今日までに一週間が経過してしまった。
一ヶ月以内にフラバルドへと来いと言ってたそうなので、まだ時間はあるが後五日だ。
(この世界は何故か三十日統制なんだよなぁ……)
基本、この世界では一ヶ月三十日となっているのだが、余った五日は十三月という月に回され、大晦日から元旦までの間に五日間入っているのだ。
これも異世界の影響なのかもしれない。
ってか、誰が暦を作ったんだろうか?
まさか異世界転移者とかが、『面倒だから三十日で統制しちゃえば良っか』みたいなノリで言ったのだろうか。
「そんで、いつ出立するんだ?」
「う〜ん、そうだなぁ……二日後ってのはどうだ?」
二日後、つまり明後日の二十七日に出立したいのか。
大体は三、四日くらいで辿り着くと考えると、まぁ妥当だな。
「だが、船は出ないんだろ?」
「いんや、少しずつだがライフラインは確かに回復してきてるぜ。だが西地区の船が殆ど壊されちまって、一日二本しか出ないってよ」
その二本がは午前十時、そして午後六時の二本だったそうだ。
そして西の方へと向かっていく。
乗船時間は約一日、下船後は二日、三日くらい掛けてラガロット湿地帯を超えていく事になる。
(ラガロット湿地帯は結構な広さだったし、小さな街を一つ経由するからなぁ、そこで一泊するだろうし、まぁ明後日で大丈夫か)
それまでに、やるべき用事を済ませておこう。
それに身体も大分回復したが、まだ油断できない状況であるため、一日休みが貰えるのは有り難い事だ。
三日もあれば完全回復する。
「分かった。なら二十七日の午前十時までに、船着き場に集合、それで良いか?」
「あぁ、俺ちゃんも問題無しだ」
これは俺とダイガルトで勝手に決めたものなので、隣に座っている二人へと視線を向けた。
「お前等もそれで良いか?」
「ノア殿に任せる」
「はい、ご主人様の意のままに」
どうやら決定権を全て俺へと委ねているらしい。
ユスティはともかくとして、リノは故郷の事が気掛かりだったはずだ。
それなのに俺に付いてくるという。
それか単に忘れているだけなのか……
「さぁて飲むぞ〜! エールをジョッキで頼むぜ〜姉ちゃん!!」
「は〜い、畏まりました〜」
活発そうな女の店員が、ダイガルトの一声に反応を示して注文を受け付けた。
昼間っからビールを飲む大人が目の前に一人いる。
どうせなら、ここで昼食を取るのも悪くないだろう。
「我はこのラガーというのにしよう。それから、ミノタウロスステーキを一つ頼む」
ジューシーな肉厚ステーキを頼んだリノは、そのままメニューへと視線を落としていた。
まだ頼む気だな。
ビールにステーキとは、飯が進みそうだな。
「あの、ご主人様、どれを選べば良いでしょうか? そこまでお酒に詳しくなくて……」
いや、俺もそこまで詳しい訳ではない。
知ってるとしたら、酒の作り方とか種類とかの知識くらいだろうか。
「いや、俺もそこまで詳しくは……あ、なら俺が作った醸造酒でも飲んでみるか?」
「良いのですか?」
「あぁ、勿論」
酒樽を作って、そこに大量に酒を入れてあるが、これも錬金術の一つ、蒸留させる事や発酵させる事も錬金術で可能なのだ。
つくづく便利な能力だと思う。
ドワーフ達が知ったら喉から手が出る程に欲しがる能力でもあるだろう。
アルコールを調整してあって酒に弱い人にも飲めるようになっているので、影から樽を取り出してグラスへと注いでやった。
「感想を聞きたい。飲んでみてくれ」
「は、はい……では、頂きます」
小さな口へと入っていく綺麗な葡萄色のワイン、五感の敏感な獣人族なら鮮明に感じ取れるだろう。
不味かったら全て捨てよう。
「美味しいです。飲みやすいですね、これ」
どうやら捨てずに済んだようだ。
「そりゃ良かった」
この世界にある葡萄は、普通のよりも味が濃くて美味しいので、それを発酵させるだけで物凄く上品な味わいへと変化する。
それも魔力を吸収して、それを栄養分へと変換しているからだ。
魔境にあった葡萄は巨大だったので大量に作りすぎた。
影に仕舞っているので時間経過とかの心配は無いが、俺はそもそも飲まないし、市場とかに売り出すのも良いかもしれない。
「サンディオット諸島で獲れるトコヤシの実から作られる美酒が美味いって聞いたぜ。ま、飲んだ事ねぇけどなぁ、アッハハハ!!」
「も、もう酔ってるし、このおっさん……」
しかし、それを聞くと更にサンディオット諸島に興味が湧いてきた。
ガルクブール周辺の地図を師匠のところで見た事があったが、ジュラグーン霊魔海にある巨大な渦潮によって、最近では景気が悪いそうだ。
一説によると、深海龍リクドの怒りなのだとか。
ゼアンの仲間である九神龍へと、太陽と海と自然の恵みに感謝して行われる伝統儀式があるらしい。
(確か……『龍栄祭』だったか)
どんな儀式なのか、詳細は知らない。
三つの島々で大きく祭りが行われるものだそうで、例年数多くの観光客や冒険者が集まったりしている。
「お前等、サンディオットに行くのか〜?」
「まぁ、フラバルドの後はどうしようかって考えててな。候補としてはサンディオット、エルシード、ミルシュヴァーナ、それからメレーノ、かな」
ここから一番近いのはサンディオット諸島だが、そこまでの道のりにも幾つか街があったはずだ。
「メレーノって、極東の国じゃなかったか?」
「あぁ、米の名産地だからな」
米のためなら西へ東へ、何処までも行くつもりだ。
だが、ここからだと少し遠すぎるので、今のところは行く予定に組み込んでいない。
近場だとフラバルドだが、グランドマスターがミルシュヴァーナに来い、みたいな事を言ってたらしいのをギルマスから教えてもらった。
グランドマスター、一体何を考えてるんだか。
(ま、後回しでも良いか)
俺は自由を象徴とする冒険者、しがらみに囚われず、自由を束縛されず、ただ好きなように生きるのをモットーにしている。
自由に生き、自分を探す、それが今の俺の目標だ。
だから、相手の召集命令に従う気は無い。
「で、期間はどれくらいだ?」
「期間って何だよ?」
この男は何を言ってるのだろうか?
期間を設定する事くらい普通だろう、これは一つのパーティー契約なのだから。
「アンタとパーティー組んでダンジョンに潜るんだ。どれくらいの期間で攻略するかって聞いてんだ」
「あぁ、そういう事か……二ヶ月、それでどうだ?」
五月と六月を犠牲にダンジョン攻略か。
急ピッチだが、どうしようか。
まぁ、切羽詰まってる訳でもないので、二ヶ月くらいならばと判断して脳裏に留めておく。
「聞いておきたいんだが、フラバルドのダンジョンは何階層あるんだ?」
「知らね。最高記録で八十八階層だってのは聞いたがな」
「エレンはアンタと組んで何階層を目指すんだ?」
「アイツは確か六十階層を攻略したいって言ってたぜ」
エレンという女は孤高の戦士である。
よって、彼女は常に一人で戦いに臨んでいる。
ソロでそこまで行けるという事は、よっぽど強い力を持っている証拠にもなる。
しかし彼女の性格上、自分にも他人にも厳しい性格が災いして他人との衝突も何度もあったものだ。
「強い奴としか組みたがらないからなぁ、アイツ」
そうらしい。
「あの女らしいな」
当時の勇者パーティーは、まだ弱かった。
だからこそ、彼女は俺達が強者に値しないと判断して一人で任務に参加していた。
協力も無く、ただ一人で戦っていた。
自分の回復アイテムが無くなっても手を借りず、俺が一度渡そうとした自作ポーションを払い落とし、彼女は俺に対して一言口にした。
『邪魔だ、少年』
前だけを見据え、他人の顔色も窺わない人間だった。
それが、俺の感じたエレンという女だ。
「ノア殿はエレン殿と会った事があるのか?」
「……一度だけな」
恐らくは俺の事など覚えてないだろう。
弱者に興味無いように、今の俺は彼女に大した興味を抱かない。
時が経つというのは早いものだ。
当時の俺は強さに憧れを抱いていたが、その冷たい強さに戦慄させられた。
「お待たせしました、当店のサービスでございます」
その時、俺の目の前に料理が置かれた。
美味しそうな鶏の香草焼きの香ばしい香りが漂ってきて腹が鳴った。
美味そうなのだが、こんなのを頼んだ覚えは無い。
「サービス……って、アンタ何してんだよ?」
「仕事です」
目の前には先程のメイドがいた。
黒い髪を後ろで纏めている綺麗な琥珀色の瞳を持つメイドさん、アダマンドの所有するメイドなのだろうが、接待も頼んでない。
「お、サブマスじゃねぇか」
「……は?」
ダイガルトが俺の側に立ってるメイドへと視線を向け、驚いたような顔をしていた。
まさか、この女が……サブギルドマスター?
「ノアお前、彼女が誰かも知らねぇの?」
「知らん」
「お前なぁ……無知にも程があるぜ? 彼女はアダマンドのおっさんを支えるサブギルドマスター、メリッサ=カルーユさんだ」
「どうぞお見知り置きを」
だから俺達にリブロの隠し倉庫の中身を持ってけって言えたのか。
ただのメイドじゃなかったのは分かったが……
「何でメイド服?」
「私、戦闘メイドですので」
「へ、へぇ……」
太腿に巻いたレッグポーチからクナイを取り出して構えていた。
暗殺者のような瞳を持っている。
何人も人を殺したような目、ギルマスよりも強いのを肌で感じたが、さっきまでは近くにいても殺気にすら気付かなかった。
強い人間というのは、実力を隠すのが上手い。
だからこそ、彼女の内包する実力は俺にも見通すのが非常に難しかった。
(霊王眼で改めて見るみると、肉体は完璧に鍛え上げられてる……ここにいる冒険者達の誰よりも強いな)
影や錬金術を使わなかったら絶対に負けてしまうだろうと思い知らされる。
それだけ技術に差がありすぎる。
だが、何故戦おうとしなかったのか、それは彼女が対人戦闘に秀でているからだろう。
対魔神ではなく、人ならではの戦いに秀でているために分野が違うのだろうが、だとしたら魔族戦に参加しなかった訳が分からない。
「アンタ、何で戦おうとしなかったんだ?」
「いえ、戦いましたよ?」
戦った?
「そうか、シグマだって思ってた魔族の傷、心臓抉ったのはアンタだったのか……」
「はい、尋問の末に心臓を一突きし、殺害しました」
飯の時にする話じゃないな。
それに、戦ったって言うのか?
「申し訳ありません。ですが、一つお聞きしたいのです」
「答えられるかは知らんぞ?」
「構いませんよ。ザインの黄金杯が何者かによって木っ端微塵となっておりました。壊したのは貴方ですか?」
いや、それこそがシグマが成した事なのかもしれない。
ザインの黄金杯を壊していったのが先、その後行方を眩ましたシグマと霊鳥の女について、そこまで情報を得てないので殆ど知らない。
まぁ、壊してくれたのは都合が良い。
「俺じゃない。恐らくシグマって魔槍使いだろう」
「シグマ……あぁ、あの愛くるしい霊鳥族の子の主人である方ですね」
愛くるしいかどうかは分からないが、彼等がやってくれたのは間違いなさそうだ。
「冷めてしまいますよ?」
「ん? あぁ」
飯が目の前にあるのに食べないのは勿体無い。
香草焼きを口へと運ぶ。
温かな感触が口の中に広がり、肉汁が溢れてくる。
(ライフラインが回復してるってのは本当らしいな)
でなければ、まともな食事が出てくる訳がない。
美味しい、のだが……
「あの、ずっと見られると食べづらいんだが?」
「いえ、お構い無く」
俺の背後に立って、俺の食べる姿をジッと観察しているようで、視線が物凄く濃く感じられる。
飯は美味いのだが、気になって仕方ない。
味わうどころではないので、本当に背後に立つのは止めてもらいたい。
いつの間にかテーブルには料理の数々が並んでおり、他の三人も美味しそうに食ってる。
「一週間前に都市が潰れたとは思えませんね、ご主人様」
「まぁ、確かにな。俺の場合は五日間も眠ってたから、そこまで実感湧かないけどな」
ただ、覚えているのは、戦闘中に多くの死者が出た事と街が黒煙を噴いていた事、そして戦闘によって建物が瓦解した事だ。
その街並みが記憶に残っている。
その街は一週間で大分元通りに戻ってきているが、人が少なくなったという実感もある。
「結果的に魔神騒動は収まったが、実際に数多くの犠牲者は出ちまったからな……」
「貴方のせいではありませんよ。誰が何と言おうとも、貴方は魔神を倒した英雄に変わりありません」
メリッサはそう言うが、俺は英雄ではない。
魔神と戦っている時、俺が考えていた事は人間の事ではなかったし、人間のために戦った訳でもない。
「俺は英雄としての器じゃないんだ」
「ご主人様……」
「でも、別に良いさ。それはとうの昔に諦めたからな」
俺が選ばれた人間ではないのは承知している。
俺は世界には選ばれなかったのだと、神に愛されなかったのだと知っている。
「だから……俺は英雄にはなれない」
人が大量に死んだが、それは俺がもっと善戦したら被害を最小限に抑えられたのではないか、なんて声も中には聞こえてくる。
身勝手な声に、俺は失望してしまった。
まぁ、元から失望していたので精神的に大した変化は無いが。
「そもそも、人間の英雄になんてなりたくねぇしな」
「貴方は……人間がお嫌いなのですか?」
勿論、大嫌いだ。
「意外か?」
「いえ、そういう訳では――」
「分かってるさ、揶揄っただけだ」
どういうつもりでも、言葉は取り消せない。
だから口に出す言葉は選ばなくてはならない、それが会話の鉄則だ。
「これ以上聞くんなら、命を賭けろ」
殺気を漏らし、警告を口にする。
言葉を選ぶ、それは何も普通の会話だけではない。
脅迫も、オブラートに包むか、それとも直接言葉にするのかによって効果が変わってくる。
「い、いえ……申し訳ありません」
漏れ出た殺気を全身で体感したメリッサは、唾を飲み込んでいた。
これ以上は危険である、そう認識して。
賢明な判断で本当に助かった。
質問によっては彼女の命では釣り合いが取れないため、これ以上聞いてこないようにするため、敢えて脅しを掛けて牽制したのだ。
「ま、知らぬが仏ってやつだな」
英雄になれない青年は、只人として生きている。
今更過去を掘り返されるのも嫌なので、これ以上は口を噤んで飯を口内へと詰め込んだ。
(うん、やっぱ美味いな)
食事中くらいは嫌な事をすっぱり忘れて、ただ楽しむとしよう。
香ばしい香りが辺りに漂い、俺の腹を満たしていく。
休息となる一日を過ごして、俺達はまた明日を生きる。
そのために命を喰らい、腹を満たし、そして命の尊さに感謝の祈りを込める。
「ご馳走様でした」
手を合わせ、立ち上がった。
さて、まだ時間はたっぷりあるし、これから共同墓地にでも行くとしよう。
「飯代、ここに置いとくぜ」
「あ、いえ、お代は――」
魔神騒動の鎮圧に対する報酬はもう得ている。
更にサービスされるのも何だかむず痒いので、これで貸し借り無しだ。
ウルックの遺体をしっかりと火葬し、明後日の旅立ちまでに準備を済ませるか。
「じゃあな」
約束の日程も決まったし、これでグラットポートでのやり残しは殆ど無くなったため、俺はギルドを出ていった。
「の、ノア殿!」
「ま、待ってくださいよ〜!」
ゆっくりしてても良いんだが、好きにさせておこう。
付いてくる二人を横目に、俺は荒れ果てた後の街中を練り歩いて墓地へと向かった。
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
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