第62話 燃え尽きた都市 星空の下の邂逅
五日間ずっと眠ってたせいもあって、全く眠る事ができなかった。
目覚めてから数時間が経過して、超回復も機能し始めたので動けるくらいには回復したが、流石に遠出はできないために屋上へと足を運んだ。
焦げた匂いが鼻腔を突き抜けるが、夜空一面、無窮の星が描かれていた。
(北斗七星は……流石に見えないか)
ここは日本とは違うのだ、見えるはずも無いか。
夜風が吹いて、身体の熱を冷ましていく。
前世でも昔からよく都会のビルの屋上から望遠鏡携えて夜空を観測していたものだ。
まぁ、都会の空気は濁っていたのか見えなかったが。
ここでは望遠鏡無しでも星団が綺麗に見え、夜空に煌めく星々が、残光を引いて何処かに消えていく。
「……」
昔もよく田舎で星を眺めていた。
親友だった少女と一緒に星を眺めていたが、今でも彼女の顔を思い出せない。
思い出す切っ掛けとなったのは、ギルド試験の最中だったな。
(白いワンピースを着ていた……よく笑う子だった……顔は思い出せないか……)
引っ掛かりを覚える。
前世の記憶の一端が蘇りそうだが、まだ思い出す切っ掛けとしては乏しいようだ。
彼女が何者なのか、それを知りたいが手掛かりは今のところ無い。
彼女の言葉は前に思い出したが、テント設営の際に夜空を見上げていた時だったか、彼女の名前も、彼女の顔も、そして彼女との約束も……約束?
何か約束をしていたような気もするが、駄目だ、何も記憶が浮かび上がってこない。
「はぁ……俺、何で転生したんだろ?」
自分の事についても、そこまで知っている訳ではない。
いつ死んだのか、どうやって死んだのか、どうして俺は転生したのか、それを考えながら地面へと腰を下ろした。
(やっぱ田舎より綺麗に見えるな)
都会であっても、自然豊かな世界であるのを実感する。
人の盛んな都市だったが、多くの人の弔いもまだ終わっていないようだというのが分かった。
夜になっても作業している人も大勢いる。
「錬金術くらいなら流石に使えるか……」
影の能力をあまり使うべきでないというのは、身体を見れば明らかだ。
包帯を取ってみると、身体の表面に黒い謎の紋様が心臓部に描かれており、呪詛であるのはすぐに分かったが、その文様は心臓部から左肩と脇腹にまで伸びている。
左腕までは届いてなかったが、根を張ってるのかもしれない。
錬金術に影響も無いし、簡単な影魔法なら使えるのも理解できた。
(無茶は禁物だな)
しばらくは安静にしていた方が良いのかもしれないが、五日が経過してグラットポートがどうなったのかを確かめたかった。
しかし、上半身裸で夜の街を彷徨くのは恥ずかしい。
なので、影からインナーにシャツ、そして金の刺繍が袖や裾等に施された黒いコートを取り出した。
ジッパーを上げると、口元が隠れて丁度良い。
フードも付いてるので雨を凌いだりする事もできるし、隠密機能もある。
「しばらく使ってなかったが……まぁ、これで良っか」
少し解れてたりするのだが、大きなコートは今の身体とサイズがピッタリとなっている。
袖を通してみると、手首辺りに袖がある。
本当に丁度で、身体が小さかった時はブカブカだったのに何だか複雑な気分だ。
(さて……少しだけ散歩でもするか)
屋上から飛び降りようとしたが、身体の骨がまだ回復してないので、このまま降りたら完全に砕ける。
身体能力が強化されているとは言え、労わる必要があるだろう。
かなり不便だが、代償なら諦めよう。
「『錬成』」
足を設置点として建物を介して地面を錬成し、そこに飛び乗って足場を低くしていった。
エレベーターをイメージしたが、成功したようだ。
地面へと到達したところで、能力を解除して都市の中央へと歩き始める。
(酷いな)
魔眼を駆使して夜間でも見えるように明かりを調節していく。
周囲を見渡してみるが、瓦礫が積み上がってる。
街並みは前と比べるまでもなく、完全に街としての機能を失っている。
まるで台風が過ぎ去ったかのような光景に、戦慄させられる。
近くに人がいたので、フードを被って目元以外は全て隠して横を通り過ぎていくのだが、彼等から発せられる感情は怒りと悲しみ、知り合いか、大切な人を亡くしたのだろうと思った。
(魔族の復讐で、こうなったんだったな……)
街の様子は暗い。
街灯すら無いのだから、星明かりが頼りとなっている。
空はキラキラと輝いてるのに、地上では鬱蒼とした雰囲気さえ漂っているようだ。
それも当然、人の死で溢れていたからだろう。
五日も経過して遺体がそのままとなっていたら、今頃は腐敗臭で辺りも歩けなかった事だろうが、周囲を探っても遺体の一つも見当たらない。
何処かに埋葬されたか。
(誰かいるな……何してんだ?)
中央広場、つまりオークション会場前にあったオブジェの前で一人の少女が跪いて、その石像へと静かに祈りを捧げていた。
その石像は金の動く都市ならではの神、商業と財宝を司る神ウィンゼルクの像だ。
「お前、ミレットか?」
見覚えのあるシルエットと神官服から垂れる金色の髪で、彼女が教会で働くミレットだと思った。
「あ、お目覚めになられたのですね」
慇懃な態度でこちらへと近寄ってくる彼女は、何処か不思議な雰囲気を纏っていた。
糸目となった彼女の微笑みは何処か妖艶さを兼ね備えているように見えてしまった。
どうやら俺は目まで悪くなってしまったらしい。
だが、勇者パーティーにいる聖女ケイティも、似たような表情をたまにしていた気がする。
「つい数時間前にな。それで、夜更けにこんなところで何してたんだ?」
「少しばかりの感謝の祈りを込めておりました」
「そ、そうか」
都市がこんな惨状となってるのに、感謝の祈りとは一体何を考えているのか。
やはり、女の考えてる事はよく分からん。
しかも感謝の祈りに商業の神様ウィンゼルクに祈るってどういう事だろうか。
何か金運的な良い事でもあったのか?
「貴方様のお陰で街は救われました。誠にありがとうございます」
「別に都市の奴等のために戦った訳じゃない。俺は俺のために戦ったんだ。そこだけは履き違えるなよな」
「はい、畏まりました」
様子、というか態度が微妙に可笑しい。
ここは教会ではなく、ただの広場である。
それなのに、先程から固い態度を取っているミレットに違和感を持った。
それを確かめる。
「敬語は止めろ。俺とお前は対等の立場だろ」
「とんでもございません。私如きが黒龍神様に砕けた口調で話すというのは失礼に当たりますので」
やはり彼女は俺の正体に気付いてたようだ。
だから、最初っから俺に対して固い口調と柔和で崩そうともしない笑みを浮かべている。
しかし黒龍神か、確かに奴は暗黒龍ゼアンではあるが、世界を創造した九神龍の一角なのだから、そう呼ばれても可笑しくはない。
が、それは俺ではなくゼアンだ。
俺に対して丁寧口調も必要無いし、そもそも俺は忌み子で錬金術師という、最悪の組み合わせなのだ。
「その取り繕った表現は止めろ」
「ご命令ですね!? あぁ、何という事でしょう、黒龍神様からご命令を頂けるとは……今日は人生の中でも最高の一日です!!」
悪意は無いのだろうが、その陶酔したような形相に身の危険を感じ取った。
この女は危険である、そう直感が囁いてくる。
俺は無意識のうちに腕輪を錬成して、二刀を構えて警戒する。
「お前……黒龍協会の手の者か?」
「まさか私達の存在まで認知なされていたとは……教祖様より先に私が出会ってしまい、申し訳ない気持ちで一杯ですよ、ウフフ」
言葉と面構えが一致しておらず、月明かりの穏やかな笑みは恐怖さえ纏わせているようだ。
「これ、何だか分かりますか?」
「それは……成る程、それがシンボルマークって訳か」
彼女が首元から取り出したのは、チェーンに繋がっている暗黒龍の形を模した小さなペンダントだった。
それが黒龍協会の会員証なのだと分かったが、何故それを俺に見せたかが謎で、本当に怖い。
「黒龍協会の会員の証であり、私達の象徴でもあるのですよ」
「……何故協会の人間がこんなところにいるんだ?」
「何故、と仰られましても、単なる偶然としか言いようがございません。私はアルテシア教会員として派遣されただけですので」
何故アルテシア教の者が黒龍協会なんて物騒な会に入信してるのだろうか。
「ご安心くださいませ、私は黒龍神様の味方でございますので」
「味方、だと?」
「はい。黒龍神様のご命令には付き従いましょう。身体も心も魂さえも、貴方様のお好きになさってください。それでしたら何処か人のいない場所で――」
俺は純真たる殺意を彼女へと向けた。
その言葉は、俺をそういった目で見ているという事の裏返しにもなる。
今代の勇者のように種だけ蒔いて捨てるのは好まない。
愛するのならば生涯を掛ける事にしているが、人を信じ切れない今の俺からしたら、そういった肉体関係になるつもりも無いし、興味も無い。
「勘違いするなよ、テメェの身体にも心にも魂にも興味は無い。俺は宗教ってものを信じてなくてね、正直言って嫌いなんだ」
「それは……残念ですね」
本気で落ち込んでいる。
まぁ、そもそも烏滸がましいって感情も彼女には含まれているのだろう。
馬鹿馬鹿しいと一蹴する事は簡単だろうが、ああいった人間は厄介だ。
「ミレット」
「はい、何でしょう?」
花が咲いたように、沈んでいた雰囲気を一気に開花させて笑顔を見せたミレットは、やはり折り目正しく振る舞っている。
それが悪い事だとは思わないが、肩肘張っても意味無いだろうと思う。
俺は平民……いや下民の冒険者だからな。
まぁ、本人の好きにさせておこう。
「お前は……何故、黒龍協会に入信したんだ?」
「それは、暗黒龍様が私の村をお救い下さったからです。私の故郷では貧困、それから疫病が流行っておりました。それをお救い下さったのが暗黒龍様です。そして黒龍協会に入信し、そして五日前、貴方様が私達をお救い下さりました。あぁ、何という僥倖、これも何かのお導きなのかもしれませんねぇ」
捲し立てるようにして彼女は語った。
俺が救ったのと暗黒龍が救ったのとでは訳が違うが、そんな事は些細なものだと言って、彼女は俺の手を取って祈るように胸の前へと両手を持っていった。
「この出会いに……祝福とご加護を」
祈り、感謝し、そして今に至るまで、彼女は二つの大きな力に助けられた。
それによって彼女が歪んでしまったのだろう。
俺に向けられる好意はハッキリ言って異常だ。
好意とは言っても、これは恋愛だとか純愛だとか、そういった感情ではなく歪んだ不気味な敬愛だ。
「ッ!? 離せ!!」
「ぁ……」
されるがままとなってしまったが、よく考えると手を握られているのは物凄く不快である。
何を考えているのかが分からず、彼女の手から離れた。
月夜に浮かぶ青い瞳は、怪しい光を放っていた。
彼女の口元は三日月のような形となり、少しずつ近付いてくる彼女に対し、俺は一歩ずつ後退する。
「どうして逃げるのですか?」
「……」
関われば危険だと、そう第六感が告げてくる。
「あぁ、ユスティが羨ましい」
「は?」
「だって、彼女は能力に恵まれて、主人にも恵まれて、環境に恵まれて……嫉妬してしまいそうです」
羨ましい、その言葉は恐らくユスティにとっては真逆に聞こえるだろう。
全てを得たからこそ全てを失った少女、何という皮肉だろうか。
運命を引き寄せる。
それが彼女にとっては全てを失ってしまったと同義なのだと俺は思う。
「嫉妬、か……醜い感情だな」
「私は貴方様とは違い、人間ですから」
それはつまり、俺を人間と見做してないという事か。
俺を化け物と思ってるのか、それとも俺を神様と思ってるのか、何とも歪な感情を向けられたものだ。
身の危険をこんなに感じたのは一体いつ以来だろうか。
「俺も人間だ。勝手に腫れ物扱いしてんじゃねぇよ」
「そういう風に仰った訳ではありませんが……黒龍神様は人間という枠組みを超えた高次元の存在、人間程度と同列に扱うのは失礼かと」
「結局は化け物扱いかよ」
俺はまだ人間辞めたつもりは無い。
俺は、自分も含めて大嫌いな人間のつもりだ。
「まぁ良い。それより一つだけ聞かせろ」
「はい、何でございましょう?」
「俺の正体を……俺がゼアンの使徒だって事を黒龍協会に伝えるか?」
使徒なのか後継者なのか、どっちなのか俺も知り得ない事だが、どちらも一緒だ。
大して違いない。
「お伝えするまでもなく、すでに貴方様が黒龍神様だと噂が広まってますよ」
「……そうか」
嘘は吐いてない。
ならばこそ、より面倒な事となったようだ。
いや、俺が目を覚ます前からもうすでに面倒事は都市全土へと、その外側へと広まっているのだと知った。
噂は人から人へと伝わっていく毎に尾鰭や背鰭がどんどんと付け足されていくものであり、人の噂は七十五日、厄介な事に消えやしない。
もう、『ノア』という偽名も使えないかもしれない。
別の名前を用意すべきだろうし、影や錬成を使って容姿だって変えるべきだろう。
「なら、すぐにこの国を出た方が良いのかもな」
「次は何処へ行くのですか?」
「テメェが知る必要は無い」
知られたら確実に面倒な事になるからな。
それにいつ出立するかは決まってないし、ダイガルトや他の奴等も回復してからだ。
俺も、このままでは出発できない。
身体が保たないしな。
「黒龍神様、貴方は一体何者ですか?」
「何者って言われてもなぁ……」
「貴方様のお名前は今までの全ての職業記録にありませんでした。偽名、ですよね?」
ワザワザ調べたという事か。
俺が職業選別の儀式を行う時には『ウォルニス』として登録したので、無いのは当たり前だ。
調べる手立ては無い。
理由は俺の素性は俺だけが知っているからであり、ノアとウォルニスが同一人物であると知ってる人間が少ないからだ。
「だったら何だ。俺が正直に話すとでも?」
「いえ、話してはもらえないでしょうね。だからこそ残念なのですよ」
本気で言ってるのか巫山戯てるのか、どっちなのか魔眼で確かめても、それは不明だった。
彼女の言葉は空っぽでしかない。
だから、魔眼でも確かめるのは非常に難しい。
まだ魔眼を使いこなせてないって理由もあるが。
「……ですが、構いません。これも神様のお導きなのでしょう」
暗黒龍のペンダントを手に、彼女は夜空を仰ぎ見た。
神の導きというのは何だか曖昧な表現だな、薄気味悪くて反吐が出そうだ。
「今日はこれで失礼致します。お話しできて嬉しかったですよ、黒龍神様」
やはり最後まで自分の口調や声色、表情を貫き通したようだ。
態度を崩さず、血相一つ変えず、ただ嬉しそうだった。
彼女は厄介な敵になりそうだ。
逃げられる前に殺して――
「ご主人様〜!!」
少し遠くからユスティの声が聞こえてきた。
一瞬の気の緩みを突いて、ミレットはその場から姿を消していた。
音も無く、気配も感じさせずに行方を眩ませた。
何者かを聞くのは俺の方だろうに。
手に持っていた二刀を腕輪へと戻し、俺は先程の彼女の言葉を思い出していた。
『今日はこれで失礼致します』
そう言った。
つまり、また何処かで会いましょう、と言いたいのだろうな。
こっちとしては会いたくない相手だが、何処かで再び会う可能性の方が高そうだ。
黒龍協会、これからは用心しなきゃ駄目だな。
「こんなところで何してるんですかご主人様は!? さぁ帰りますよ!!」
何故か頬を膨らませながら、駆け寄ってきた白狼少女が俺の胸倉を掴んで引っ張っていく。
「ゆ、ユスティさん……お、怒ってらっしゃる?」
「当たり前です! 重傷の身体で何処ほっつき歩いてるんですか!? 当分は外出禁止です!!」
「ぅ……はい」
まさか外出するだけで怒られてしまうとは思ってなかった。
しかも奴隷に。
まぁ、俺に対する暴言とかは特に禁止してないので怒られても問題無いのだが、ここまで怒鳴られるとは非常に驚いている。
「済まなかった、少し現状を見ておこうと思ったんだよ。流石に寝れなくてな」
「もう……でしたら一言、私にお声掛けくださいよ」
「悪かった。だから掴んでる手、離してくれないか?」
胸倉を掴まれた状態で歩くのも辛い。
確かに護衛を放っぽって徘徊するのは不味かった、今度からは気を付けるとしよう。
「それで、ミレットさんと何をお話ししてたんですか?」
「……匂い、か」
「はい」
流石は獣人族、嗅覚も鋭いものだ。
「まぁ、ちょっとな」
彼女に俺が暗黒龍である事を教える必要も無いし、彼女が黒龍協会の会員である以上、これは俺の問題だ。
彼女を巻き込む訳にはいかない。
だから教えない。
それに教えたところで、彼女にはどうしようもない問題でもあるしな。
「それより、何で俺が外に出たのが分かったんだ?」
「それはですね……これです」
「お札?」
彼女がポーチから取り出したのは、魔法文字の書かれた一枚の護符だった。
「まさか……クソッ、ダイトの野郎……」
ズボンのポケットに小さな人型の紙でできた護符が入っていた。
同じような魔法文字が刻まれているところを見ると、探知に使われていたと思われる。
ダイガルトの作った護符だな、これ。
つまり、俺はずっと監視されていた事になる。
「お前等……寝てる間にポケットに入れやがったな?」
「はい。ダイトさんが、ご主人様は起きたら絶対に徘徊するだろうって言ってましたから」
行動を読まれてたとは何だかムカつくな、ダイガルトのくせに。
念の為だろうとしても、舐めた真似しやがって……
その紙人形を握り潰して、潰したゴミに蒼炎を生み出し燃やし尽くした。
「はぁ……それより、ちゃんと寝たのか?」
「はい。六時間程寝させてもらいましたので、もう大丈夫です」
ぐっすり眠ってたので簡単に抜け出せたのだが、戦いの疲れとかも取れてないのに看病で殆ど寝てなかったのが目の下に表れていた。
それを六時間程度で完全回復とは、獣人の能力……いや違うな、彼女の持つ潜在能力か。
自己治癒力も強いとは、本当に彼女は神様に選ばれた存在なのかもしれないが、考えすぎかな。
「リノは?」
「リノさんはまだ腕の傷が治ってませんし、お腹に空けられた傷の治癒のために体力を大分消耗しましたから、まだ眠ったままですよ」
「……そうか」
腕を怪我してるって事は、俺の渡した魔法剣を無理して使ったのだろう。
怪我していたのは右腕、そして骨折だった。
つまり『インパクト』を連続して使い、骨や筋肉に過負荷を掛けて折った、という事だ。
インターバルを挟んで使うべきだと念押ししといたのだが、やはり彼女の持つ精霊剣が一番相性が良いので、精霊界を早めに探すべきか……
「とにかく今は療養が先だな」
「でしたら、サンディオット諸島にでも行きますか?」
「は?」
「あそこは温泉街もありますから」
あぁ、あそこは火山地帯も近くにあり、太い魔力の流れである『龍脈』と呼ばれる地脈が染み出して源泉を作り出してるのだとか。
あそこは観光名所であり、身体の傷を癒す効能の温泉もあるかもしれない。
だが、確か俺の師匠であるラナの話からすると、ガルクブールの地図より北のジュラグーン霊魔海では大渦潮が発生していたはずで、その諸島に住む漁師達が仕事に支障が出てるってボヤいてたんじゃなかったっけ?
「いや、しばらくしたら超回復も復活するから、必要無いだろう。リノの怪我も錬金術で治せるしな」
「そう、ですか……」
「まぁ、サンディオット諸島にはフラバルドの後に行くつもりだったしな。頭の片隅にでも留めておこう」
サンディオット諸島は正確には西大陸の一部という事になってるのだが、あそこは少し特殊な事情があるため、南大陸との貿易地点でもある。
観光名所であるため、そこに発生する金銭的問題でもトラブルが起こっているらしいが、詳しくは知らない。
「ふわぁ……凄い綺麗ですよ、ご主人様!」
「ん?」
「星です星!」
あれこれ考えていると、彼女が綺麗な星空を見上げながらクルクルと回っている。
目が再び見えるようになって、こんなにも鏤められた夜空を目の当たりにして、嬉しくなったようだ。
尻尾の振りも大きい。
彼女は先程の怒りも忘れてしまったかのように、笑顔を見せていた。
「流れ星も一杯ですね!」
「そう、だな……」
流星群が地平線の向こう側へと降り注がれる。
黄金色に輝く星屑達が、光の線を描きながら黒い荒野を駆け巡っていた。
日本にいた頃でも滅多に見る事の無かった流れ星の数々が景色として目の前に映し出されていて、それは奇跡のような一枚だと思った。
とても美しく、とても儚い。
何処から現れて、何処へと消えていくのか、それを目でしか追い掛けられない。
だが、その軌跡は金雨のように黒空を彩っていく。
『ねぇ、乃亜くん』
ユスティの姿が俺の親友の少女と重なって見え、彼女に呼ばれたような気がした。
『流れ星はね、私達の願いを乗せていくんだって』
彼女の声がハッキリと脳裏に呼び覚まされた。
その時、俺は『何処に行くの?』と彼女に聞いた。
『何処までも、神様に私達の願いが届くまで……きっと何処までも宇宙を旅するの』
そうだ、そうだった。
彼女はそう答えたのだったな。
『だから、一緒に願い事しましょ?』
『うん』
そう俺達は、星の沢山見える丘の上で一緒にお願い事をしたのだ。
星に祈り、願い、何かを叶えてもらうために。
『乃亜くんは何を願ったの?』
「僕は……いや、俺は君とまた一緒に……星を見たいって願ったよ。君は何を願ったんだ?」
『私はねぇ…………』
嬉しそうに僕へと話すが、それが聞こえない。
彼女の顔も見えず、口だけが動いている光景、君は何者なのだろうか。
俺は君との約束を果たせたのだろうか。
その先を覚えていないからこそ、俺は死ぬまでに彼女との約束を果たせたのだろうかと考えた。
「ご主人様!!」
「ぁ、ぉぅ……」
彼女が俺の異変に気付いて両肩を揺さぶってきた。
そのお陰で意識から現実へと引き戻された。
「大丈夫ですか?」
思い出そうと精神の奥深くへと介入しようとしていたためなのか、少し唖然としている。
急激なる喪失感が襲ってきて、悲しみが心の中で漏れそうになったが、何とか堪えた。
ポッカリと空いてしまった空虚な心の穴を塞ぐように、俺は何とか言葉を発した。
「大丈夫……」
「何処か具合でも悪いのではないですか?」
「いや、本当に大丈夫だ。ありがとう」
あの子は一体何者なのだろうかと気になりはするが、今はこれ以上記憶を引き出せないので諦める事とし、再び帰路を辿る。
流星群が星空を明るく染め、何処かへと旅立っていく。
それが何処か寂しくて、悲しくて、この気持ちと同じように彼方へと消えていった。
「ご主人様?」
「……何でもない。さ、帰ろう」
「はい」
今は考える事を止めよう。
また、切っ掛けで思い出すだろうし。
そう思う事にして、俺は自身の胸に巣食う悲哀の感情を押さえ込み、前を歩く少女に付いていく。
夜も更け、星達は燦爛と煌めいて、俺達をただ静かに照らしていた。
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
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