第60話 燃え広がる都市 崩壊
ご主人様が治療院へと運び込まれた。
助かる見込みがあるのかは、リノさんでも読み切れないのだそうで、ただ祈る事しかできなかった。
「誰か! こっちで人が二人下敷きになってる! 手伝ってくれ!!」
その声は治療院出入り口から見て、斜め右手側から聞こえてきた。
多くの人達が集まる中で、私達も野次馬に乗じる。
「逃げ遅れた人でしょうか?」
「さぁな」
音を頼りに私は周囲の探知を図った。
すると、建物の下敷きとなっている二人の人族がいる事が分かったのだが、支柱が今にも壊れそうで、もしかしたら二次被害となるかもしれない。
それに奥には小さな子供が一人いて、その子供も瓦礫に足を挟まれている様子だった。
「俺に任せろ」
現れたのは、牛のような角を持った身体の大きな獣人族だった。
闘牛族だったかな、確か。
身体の皮膚が頑丈で、腕力も強いのが特徴である闘牛族の彼は、武人のような佇まいをしている。
「フンッ!!」
持ち上げた大きな瓦礫を退かしていき、どんどんと撤去作業が行われていく。
水晶眼を使ってみると、エネルギーが闘牛族の人から発せられており、それによって肉体強化されているのが見えた。
綺麗な青い光だ。
さっきの空へと昇っていく霊魂のようだと思った。
「凄まじい怪力だな」
「ですね……」
しかし、怪力だったとしても炎が後ろから迫っていたので逃げるべきだ。
火の手が回っているせいで少々息苦しい。
「コホッ」
風が空高く北東の方へと吹いているため、黒煙も風に乗って北東へと向かっている。
太陽光だけでなく、炎によって気温も上がっている。
汗を掻いて、服が背中に貼っついて気持ち悪い。
「崩れるぞ! 離れろ!!」
闘牛族の人の指示によって群衆が引いていく。
戦いは終わっても、これからしなければならないのは街の復興作業だろう。
街中は壊滅状態となっている上、まだ祝融の災いが周囲でクネクネ踊っている。
物凄く暑い。
魔狼族は雪国出身、暑さにそこまで強くない。
「大丈夫か?」
「はい……少し暑いだけですから」
バテてしまいそうだ。
暑さにクラクラしてしまいそうなので、ここは魔力を使って周囲の空気を冷やすとしよう。
「『我 冠するは雪原の狼 凍土となりて現る静寂 生まれしは氷河の地 オーシャンフリーズ』」
地面に魔法陣が現れ、周囲の空気が冷やされて炎が全て凍り付いた。
凍てつく風が心地良い。
全てが凍ったため、倒壊しそうな建物も固定された。
子供も無事だ。
「一面真っ白だな……」
「氷結魔法です。雪国では重宝しました」
私が持つ魔法の中でも特に使っていた魔法、基本属性である火、水、土、風とは違い、希少属性の氷を使う事ができる。
そして同じくらい希少なのが光属性の魔法、中には回復や解毒といった効果の魔法もある。
けど、そういったものは今まで必要としなかったので、覚えなかった。
「リノさんは魔法とかは使わないのですか?」
「我は……火と闇の適性があるのだが、魔法を教えてもらう前に父と死別してな」
「す、すみません」
「いや、良いんだ。気にするな」
まだ詳しい話を聞けてないので、リノさんの事情も知らない。
彼女が倒壊した街を物憂げな様子で見ていた。
今朝もずっと宿で籠っていたし、彼女の抱えている問題は私よりもずっと辛いものだろう。
凍り付いた建物から子供が出てきた。
さっき感知した子供だ。
「お母様……」
親子の抱き合っている姿を見て、胸に込み上げてくる何かが分からず、私は背を向けた。
もう母親はいない。
もう父親もいない。
家族が一人もいないからこそ、家族の微笑ましい姿が妙に脳に焼き付いて、涙腺が刺激される。
「お父様……」
「ユスティ殿?」
「い、いえ、何でも、ありません……ご主人様のところに戻りますね」
これ以上は私の心が保たない。
色々あって、ここまで来てもまだ私の中では感情が綯い交ぜになってグチャグチャだ。
今日はきっと、私の新たな門出となるだろう。
そのためにも、ご主人様が目覚めるまで側にいようと思うが、その前に心の整理だけでもしなければならない、こんな顔ではご主人様が起きた時に心配されてしまう。
私を救ってくれた人のために、私の御心のままに、気持ちを整えておこう。
治療院には数百と人間がいる。
グラットポートでは種族問わず、差別せずが普通なのだと知った。
服屋さんでは差別されたけど、その人はご主人様の能力で片腕を千切られていた。
理屈は分からないが、あれは凄かった。
(けど……)
魔神戦での最後の三つの攻撃が一番度肝を抜かれた。
魔眼じゃないと言ったのに右目も魔眼のようだったし、何よりご主人様の持つ能力の底が知れない。
雷に風、そして炎、三つの属性を自在に操る力に加えて影をも加えた剣閃は、凄い以外の言葉が出てこない。
単純に私の語彙力が足りない。
『ルゥ』
「コルメチア……さん?」
ライトエルフのコルメチアさんが、建物の縁に座って街の様子を見ているようだった。
起き上がっても良いのだろうかと思ったけど、私と同じ境遇にいた友達が声を掛けてきたのだ、無視する訳にはいかない。
私も治療院の屋上へと跳んで、そこに辿り着いた。
『私の知識は、お役に立ったかしら?』
『はい、お陰でご主人様のサポートに徹する事ができました……』
でもご主人様が瀕死の重傷となっている今、素直に喜ぶ事ができないでいた。
ポンポンと、隣に座るよう手と目で語り掛けてくる。
素直に座ると、子供のように頭を撫でられた。
『き、急に何を――』
『ルゥ、何か悩みでもある?』
『へ?』
核心を突くような発言に心臓がドキッとしてしまった。
悩みが無いという訳ではないが、これが悩みなのかどうかというのは私にも分からないのだ。
『私で良かったら相談に乗るわよ?』
エルフは長寿だからこそ、見た目通りの年齢とは限らないのだ。
コルメチアさんも、三百八十六歳という年齢だそうだ。
私の何十倍もの時間を生きてきたからこそ、人生相談は適任だろうと思う。
『コルメチアさんにはご両親はいますか?』
『いえ、大分前に死んじゃったわ。私の家族、人族に殺されたから』
人族に殺された、それを聞いて私は何も言えなくなってしまった。
何て返せば良いのか分からず、言葉を失った。
『良いの良いの、仕方ない事だから。それで、さっきの親子の抱擁に涙しちゃった?』
『み、見てたんですか!?』
『えぇ、ここから見えるからね』
指差した先では確かに闘牛族の人達が瓦礫の撤去作業をしているのが見えたので、ここからずっと私を観察していたようだ。
視線には敏感だと思ってたけど、気付かなかった。
それだけ私が追い詰められているからなのかもしれないと考えた。
『それで?』
『あ、はい……今日までに色んな事が起こって、正直、気持ちの整理がつかないんです』
『気持ちの整理?』
『両親は目の前で死んで、そして目を失い、ご主人様に買われました。別に不満はありませんけど、私はまだ両親の死を引き摺っている、そう思うんです』
けど、両親が私を本当に愛してくれたのか、私がいたからこそ死んでしまったのだと恨んでやしないのか、そう思うと怖いのだ。
心が騒めいている。
モヤモヤとした気持ちが身体に纏わり付いてるみたいで気味が悪い。
『まぁ、目の前で大切な人を失う悲しさは痛いくらい分かるわ。私だって何十年も苦しんだもの。でもね、苦しんで当たり前、無理に解決するものでもないわよ』
『……』
『エルフは長寿だから長い時間を掛けて精神を癒すわ。でも他種族にはあまり理解されない考えなの』
確かに理解しようとしても難しいだろう。
種族の違いによって価値観は変わってくるものだし、同じ種族間でも個人の価値観にはズレがある。
『でも、不安は一人で抱え込んじゃ駄目。私で良かったらまた相談に乗ってあげるから、今はただ一つだけ、貴方に覚えといてほしいの』
『覚えておいてほしい事、ですか?』
両手が頬へと添えられる。
彼女に包まれているという、不思議な安心感がそこにはあった。
『貴方は一人じゃないわ』
慈愛を込めた笑みを浮かべ、コルメチアさんは大人らしい雰囲気でそう言った。
私は一人じゃない、確かにそうかもしれない。
少なくとも今の私には友人と呼べる人が二人、私の主人が一人いる。
『どう? 安心できた?』
『……はい』
『貴方は優しい子、すぐに沢山の大切なものを見つけられるわ。それを大事に、前を向いて生きなさい』
過去を振り返るな、そう言いたいのだろうか?
それとも真っ直ぐ自分の見据える未来を見極めて突き進めと言いたいのだろうか?
今の私には難しい。
雪国から出て色々あったけど、私はまだ未熟な人間だからこそ、ご主人様の背中を追い掛けて自分を見つけていくしかない。
『前にエルシードに行った事があるの』
『エルシードに、ですか?』
『そう。そこに住んでたハイエルフの人がね、こう言ってたわ』
ハイエルフ、つまりは高貴なエルフの事だ。
王族や貴族、強い神の血を持った人もいるらしい。
その貴族様とライトエルフのコルメチアさんが交流を持つのは別に不思議な事じゃない。
ライトエルフは普通のエルフより希少だし、エルフの国同士で貴族交流があっても可笑しくないだろう、集まりとかでエルシードと関係を持ったのだと思う。
その人が何を言ったのか、妙に気になっていた。
『『人間は生涯掛けて未熟者だ』ってね』
『生涯掛けて……』
『そ。人は完璧にはなれない、だからこそ私達は未熟で、未熟だからこそ学び、生き、そして完璧に近付いていき、散っていく。それが人の美しさだって言ってたわ』
私は自分が未熟だから、成長しなければならないと思っていた。
けど、その人は違った考えを持っていた。
未熟であり、そして完璧に近付きながら生きているからこそ美しいのだと考えており、その考えはとても素晴らしいものだと思ってしまった。
『それに彼女はこうも言ってたわ。『人間は悲しみの数だけ大きく成長する』って』
『それは……』
悲しみを経験して、私は成長しているのだろうか。
成長していない、むしろ退化しているような気がする。
膝を抱えて私は考えた。
『私は……成長してるのでしょうか?』
『『人間は記憶する生き物だ』、そう言ってたわ』
人間は記憶する生き物、それは私達が記憶能力を持っている事を指しているのだろうけど、成長と何の関係があるのかはさっぱり分からなかった。
考えても結論が出てこない。
『月日が経っても歩んできた日々は全て覚えてる。だから生きてきた年数だけ、貴方の糧になってるはずよ』
それが人の本来の姿である、らしい。
私の歩んできた全てが糧となって今の私を構成しているのだと彼女は教えてくれた。
それが成長している事なのか、私にはまだ深くは理解できない。
けど、今は分からなくて良いのかもしれない。
『悩みは解決した?』
『分かりません。でも……何となく、自分のすべき事が見えた気がしました』
『うん、それは良かった』
自分がこれから何を為していくのか、これからどう生きていくのかは決まっていないけど、その光明は垣間見えた気がする。
果てしない道の先に何が待ち受けているのか、少しワクワクしてきた。
『あの、コルメチアさんはこれからどうするのですか?』
『グローリアとオズウェルから提案を受けてね、国に帰る事にしたんだけど、他にも同胞が捕まったりしてるから、そのお手伝いね』
オズウェルさんの情報屋という職業で、エルフの捕まっている情報を追い掛け、同胞を助けるのだそうだ。
国はかなり遠い場所にあるらしく、その道はかなり困難なのだとか。
『気付いたら奴隷紋が消えてたから私達七人は自由なんだけど……』
『何かあったんですか?』
『七人中、一人だけが何処かに消えちゃってね』
消えた、というのはつまり、逃げたという事だろうか。
詳しい事は知らないけど、どうやらダークエルフの人がいなくなってしまったとかで、探す人手がいないので捜査もできないそうだ。
逃げるのも自由だが、奴隷だった者達は冒険者ギルドが一時的に保護してくれるらしい。
『まぁ、ダークエルフの考えてる事なんて私には分かんないから、どうでも良いけどね』
『そ、そうですか……』
エルフとダークエルフの関係性は険悪である。
宗教上によるものらしいが、彼女の話す様子は淡白な反応だった。
それにしても、何のために逃げ出したのかな?
ダークエルフの人と面識は無いので、何とも言えないところであるし、これ以上は考えても無駄か。
『ねぇ、ルゥはこれからどうするの?』
『どうするも何も、私はご主人様の奴隷ですから、ご主人様の決定に従いますよ』
私に行き先を決める権利は無い。
もう里の皆には私が死んだと思われているだろうし、今更帰ったところで私に居場所なんて無いだろう。
もしかしたらお墓まで作られてたり……無いか。
『あ、それと私の名前、ルゥシェノーラではなくユーステティアと名乗ってますので、良かったらコルメチアさんも私の事はユスティ、そう呼んでください』
『名前を付けてもらったのね。分かった、これからはユスティって呼ばせてもらうわ』
私の名前は正義を司る女神様から名を捩ったユーステティア、盲目だった風貌に正義を象徴する白、それが私の名前の由来となったそうだ。
ステラちゃんもご主人様が名付けられたそうだ。
ステラ、星を意味すると言ってたような気がする。
「コルメチア〜、そろそろ行こ〜」
『うん、分かった〜!』
治療院前に立っていた二人組、グローリアさんとオズウェルさんが荷物を持っていた。
もう出ていくのだろう。
いつの間にか結界は解けてたので、国を出ていく事は可能であろう。
『ねぇ、ユスティ』
『はい』
『私達の国に来たら歓迎するわ。とは言ってもブレスヴァンはあんまり友好的じゃないから、行くんならエルシードかリングレアね』
エルフの歴史は長い。
人族との抗争も何度あった事か、エルフの歴史は戦争の歴史とも言われるくらいだ。
ブレスヴァンも何かあったのかもしれない。
『約束ね』
『はい、約束です』
小指を交わし、私達は別れる事となった。
風の魔法で下へと降りた彼女は、そのまま三人で北へと向かっていってしまった。
北門から出るのだろう、見送りは不要。
交わした約束が再会を結び付けてくれる、そう私は予感していた。
「さて……」
気掛かりなのはご主人様だ。
獣人としての聴力を活かしてご主人様の治療室を探るが、逼迫しているようで回復魔法に加えて薬品投与、止血縫合とかも行っているが効果は今一つ。
細胞が崩壊と再生を繰り返し続けているせいで、あまり治せないでいる。
「……」
回復魔導師も魔力をガリガリ削っているようで、寝かされているご主人様の心音が弱々しい。
今にも消え入りそうな音が聞こえてくる。
穏やかで、それでいて静かだ。
立体的に、そして明確に感知し把握する事ができるが、ご主人様の肉体が再生する側から破壊されて血が溢れ出ているため、予断を許さない。
(回復能力は機能してる……けど、何かの代償を支払ったって事なのかな?)
何故か身体が崩壊し続けている。
普通ならば崩壊して死んでしまうだろうけど、ご主人様の持つ超回復作用によって崩壊と共に回復し、それが延々とループしている。
右目の影響なのか、それとも何かしらの切っ掛けによるものなのか、どちらにせよ、ご主人様の命の危機に何もできないでいる。
この目の恩もまだ返せていないのに、私は何もできないのだ。
「神様、どうかご主人様に『福音の月聖堂』の力を分け与えくださいませ」
そう願いを込める。
叶えてもらえないかもしれないが、私には祈る事しかできないがために、歯痒い思いだった。
リノさんの未来予知にしても、そう。
彼女の見る未来は不確定な道が多数伸びている訳で、私達が手を出せない今、ご主人様が助かるのか死んでしまうのかは、未来を予知していても分からないはず。
予知するだけ、その未来へと運ぼうにも行動で何かが変わる訳ではない。
「ユスティ殿、こんなところで何してるのだ?」
「リノさん」
屋上の縁に腰を下ろし、しばらくの間、祈りながら燃えた街の遠くを眺めていると、背後からリノさんの声が聞こえてきた。
いつの間にか治療院に戻っていたようだけど、全く気付かなかった。
祈りに集中しすぎたようだ。
「神様に祈りを捧げてました」
「そ、そうか」
治癒の女神ウルミレス様に祈りを捧げていた。
ご主人様の怪我が早く治りますように、と。
「私は一度宿屋の方へと戻ろうかと思ってたのだが、ユスティ殿も一緒にどうだ?」
「宿に、ですか?」
「あぁ、荷物を置いたままだしな」
そうだ。
部屋の片隅に置いてあったご主人様の大きな荷物を取りに行かなきゃならない。
私も付いて行こうと考え、リノさんの後を追い掛けた。
「それにしても被害は甚大だな。よく生き残れたものだ」
そう彼女は言ったが、本当なら私達は死んだままだっただろう。
私はご主人様に、リノさんはレイカちゃんに、それぞれ癒してもらった。
だから私達は生きている。
「先程、ナトラ商会を見に行ったのだが、魔族の生き残りは誰一人いなかった」
「え、それはどういう……」
「一人は氷漬け、一人は後ろ手に外れない手錠を嵌められた状態で絶命、一人は心臓を抉られていた」
何があったのかはさっぱり分からない状況だが、三人の魔族に共通した死に方ではないのは確かだ。
それに外れない手錠とか心臓を抉られていたとかは、恐らくご主人様の錬金術とシグマさんの魔槍だ。
「あの、手錠を嵌められた魔族の死因は分かりますか?」
「あぁ、歯に仕込んだ毒を飲んだそうだ」
歯に仕込んだ毒、それは絶命用に用意された物と見て間違い無さそうだ。
けど……
「何でリノさんはそこまで知ってるのです?」
「ギルドの調査隊がナトラ商会に到着してな、その捜査に参加してたのだ」
「調査隊?」
「あぁ、ノア殿が調べた事をユグランド商会のキース殿に伝え、それを冒険者ギルドへと渡していたそうなのだ」
情報がたらい回しにされて、冒険者ギルドの耳に入ったという事なのか。
「ギルドマスターの男が教えてくれたのだ」
「成る程……」
ならば今頃ナトラ商会は家宅捜査されてるというところなのだろう。
恐らく私達にも後で話を、となるかもしれない。
私達は被害者であるが、同時に奴隷なので話せる事も限られてくる。
一番内情を知ってるのはご主人様では無かろうか。
「偶然にも多くの冒険者が滞在していたお陰で商会の捜査が捗っているとの事だ」
「リノさんは何故そこに、そして何を調べに行ったんですか?」
「……少し気になっただけだ」
何かを見に行った、それか何かを取りに行った、と考えられる。
しかし、それを隠しているようだった。
お互いに会話する事が無くなってしまったので、そのまま宿屋へと着くまでは何も話す事もせず、少しばかりの静寂が訪れた。
「ぁ……」
リノさんの小さな声に、私は彼女の視線の先へと目を向けた。
そこには倒壊した宿屋があった。
ご主人様達の泊まっている宿だったが、燃えてなかったのでご主人様の荷物があるかもしれないと思い、瓦礫を退かしていく。
「あった」
「ノア殿のリュックか、相変わらず色々な物が入ってるな」
「でも、所々穴が空いてますね」
本当に使い古した物らしく、縫い付けてある箇所が幾つもあった。
ご主人様が縫ったんだろうか?
「我の荷物も何とか無事だ。それより……ノア殿が目覚めるまでどうするか、だな」
「……まずは寝床ですね」
避難所が幾つも開設されているので、しばらくは雑魚寝の日々が続くだろう。
奴隷として檻に入れられていたので慣れている。
だが、火事場泥棒がいるかもしれないので、注意は必要だと思った。
「多くの人が死んだのだな……」
「そう、ですね……」
私達の視線の先には、瓦礫に押し潰された人の死体が幾つも転がっていた。
虚しい気持ちが込み上げてくる。
けど、吐き気を催す事は無かった。
しかし、脳に焼き付く前に目を逸らして私達は立ち上がった。
「……行こう」
「……はい」
それぞれが哀しみを胸に抱え、死んだ者達へと背を向けて歩き出した。
命と向き合う事を恐れるように。
そしてその日、燃えた都市グラットポートの夜はずっと昼間のように明るかった。
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
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