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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第二章【財宝都市編】
63/275

第59.5話 一射に全てを賭けて

今回は二話同時投稿しました。

まだ読んでない人は59話も読んでみてください。

 身体が揺れているのが分かった。

 次第に目を開けたところで、私は担架で何処かに運ばれているのが分かった。


『あ、やっと起きた〜』


 目の前に精霊のステラちゃんがいる。


「わ、私は……」

『大丈夫?』


 妙に頭がボンヤリとしているけど、何とか状況が分かった。

 そうだ、私は負けたんだ。

 そして気が付いたらお父様に抱き抱えられて……


「大丈夫かい?」

「あ、貴方は魔槍の人……」

「一応、体内の薬の効果は私が消したのですよ」


 炎の子もいる。

 私は何をしてたのだろうか、まだ頭に靄が掛かったかのように何も見えない。

 その時、私の視界の端ではチカチカと光る何かが空に見えた。


「空?」

「あぁ、君のご主人君が必死になって戦ってるよ」


 ご主人君?

 そうだ、ご主人様だ。

 昨日今日でこんな事になるなんて、夢にも思ってなかったのだが、本当に彼は何者なのかと思ってしまう。

 昨日、私はご主人様に買われた。

 そして今日、成り行きでナトラ商会に行って戦う事になったけど、リノさんがお腹を貫かれて……


「あ、あの、リノさんは!?」

「大丈夫、レイカが命を繋ぎ止めたよ」


 良かった、命を賭けた甲斐があったというものだ。

 誰も死ななくてホッとしたのだが、視界に映るご主人様の姿は何処か必死に見えた。

 目が良いため、地上からでも分かる。


「私は何処に運ばれてるのですか?」

「東端の医療場、治療院なんだけど……あぁ、やっぱり」


 何だろうかと思っていると、東端の大きな治療院にはすでに多くの患者が運び込まれていた。

 顔を向けずとも、音だけで状況が鮮明に分かる。

 慌ただしく東奔西走する医療班の人々、医療場のベッドが足りず地面に寝かされている患者達、そして患者に寄り添っている家族か友人か、ともかく私達八人の媒体だった者達は入れそうもないらしい。


「ヤッホー、ユスティ」

「み、ミレットさん?」

「うん、そうだよ。ミレットちゃんだよ〜」


 修道服を着た金髪碧眼の人が顔を覗き込んでいた。

 綺麗な青色の瞳とニッコリとした笑顔を絶やさない可愛らしい顔が、私の目に映った。

 しかしミレットさんは、空を見上げて恍惚とした表情をしていた。

 何かブツブツと呟いていたのだが、周囲の騒がしい声に彼女の言葉が聞こえなかった。


「黒龍神様……」

「ミレットさん?」


 辛うじて、その言葉だけが聞こえた。

 黒龍神様というのは、この世界を創造したとされる九神龍様の事だろうけど、何でこの場面でその名前が出てくるのかが分からなかった。


「あ、いや、何でもないよ。それより大丈夫?」

「はい……気絶してただけですので」


 後ろから手刀で気絶させられたのは知っている。

 その後は何も知らないので、今のところ状況がどう進行しているのかが分からないのだ。


「あぁ違う違う、ノアが八人の奴隷達を一気に蘇生させたんだよ」

「蘇生!?」


 その言葉が辺りに響いたかと思うと、一瞬で静寂が訪れた。

 家族や友人が死んでしまった人もいるだろう。

 その唯一の救いが蘇生、ご主人様の能力を以ってすればできるかもしれない。

 けど、八人もの人を蘇生させるなんて、無茶だ。

 それができて、その上活発に動いてるなんて普通は有り得ない。


「あ、ご、ごめんね、引き留めちゃって。でも、もうここも人で溢れてるから、全員匿うのはギリギリでね」

「いえ、大丈夫です。大分回復してきましたので」


 ようやく身体が動くようになってきた。

 それに状況もようやく分かるようになってきたので、最初にリノさんと合流しようと思った。

 恐らく気絶したままだろうけど……


「リノさん……青髪に赤い瞳の女性が何処にいるか知りませんか?」

「青い髪……あぁ、腕折ってたあの人だね。こっち」


 担架で運んでくれた人にお礼を言って、ステラちゃんも私の頭の上に座って一緒にミレットさんに付いていく。

 治療院には多くの人達でごった返していた。

 身体の大きな種族や小さな種族、羽の生えた人や角のある人もいる。

 エルフやドワーフだっているし、回復魔法を使える冒険者も駆り出されているようで、数多くの人が犇めいている光景は圧倒されてしまう。


「ここだよ」

「リノさん……」


 床に毛布が敷かれており、そこで寝かされている案内人の彼女がいた。

 三人の人達に回復魔法を掛けられていたそうで、今は普通に眠っている。


「一命を取り留めて、もう少ししたら起きるって」

「そうでしたか……良かったぁ」


 私のせいでリノさんが傷付いてしまったので、本当に無事で良かった。

 いや、無事じゃないのかな。

 まだ意識不明なので、私にはどうしようもできない。


「済まない。僕が彼女に魔族との戦闘を任せたのが悪かったんだ」

「いえ……」


 化け物と戦っていたら、全滅していたのは間違いない。

 それに私達が弱かったのが悪いので、魔槍使いさんのせいではない。


「そういえば、まだ名乗ってませんでしたね。私はユーステティア、ユスティと呼んでください」

「僕はシグマ、この子はレイカだ。よろしく」

「よろしくなのです」


 不思議な二人組だが、良い人達なのは何となく分かる。

 疑うべきなのかもしれないけど、今はそんな事を考えている場合じゃない。

 ご主人様に死相が出ているらしいからこそ、私が何とかしなければならない。


「私ミレット、よろしく〜」

「うん、よろしく。それより君は医療班だよね、働かなくて良いのかい?」

「そうだった。じゃ、また後でねユスティ!」

「あ、はい」


 颯爽と何処かへと行ってしまった。

 教会員が主導となって応急手当てが行われており、ミレットさんも他の人と一緒になって治療に当たっていたけれども、傷の癒えていく者、そして癒やそうとしても回復せずに死んでしまう者に分かれる。

 人の死で溢れている。

 それが堪らなく怖かった。

 いつ、誰が、何処で亡くなるのか、それは生きているうちは分からない。

 未来予知を持ってるリノさんでも、傷付き、眠っているのだ。


「ぅぁ……こ、ここは……」


 ルビーのような瞳が周囲を見渡していた。


「ここは治療院だそうです」

「治療院……だ、ダイト殿は!?」

「その叔父さんなら隣で寝てるよ、ほら」


 私も今気付いたが、隣でダイトさんがグッスリと眠っていた。

 身体に包帯を巻かれているのだが、レイカちゃんが回復したとの事で、一命を取り留めたと聞いたけど、内臓までバッサリ斬られた事で、未だに意識が戻らないそうだ。


「戦いは……終わった、のか?」

「まだだよ。後は魔神のみなんだけど、それをノアが倒そうと戦って――」


 言葉が途切れたと同時に、地震によって大きな治療院が揺れていた。

 辺りでパニックに陥ったりする者もいる。

 しかし、それも仕方のない事、脅威が去った訳ではないのだから。


「おい! 誰かが降ってきたぞ!」

「血塗れじゃないか!? 君! すぐに手当てを――」


 外が騒がしい。

 治療院付近で誰かが降ってきたという声が聞こえて、そちらへと集中して音を集めると、そこには確かにご主人様がいた。

 しかし、すぐに翼を生やして空へと飛んでいく。

 怪我をしていた、息も乱れていた、身体がもう限界を超えている事くらい分かる。


「ご主人様……」


 あのままでは死んでしまう、けど何をすれば私はご主人様を助けられるのだろうか。


『助けたいなら塔を登ると良いかもね』


 ミレットさんに言われた事、これが一つのアドバイスである事は知っている。

 けど、ここに塔なんて無い。

 自分に何かできるのではないか、そう思っていると後ろから誰かに肩を叩かれた。


「ここにいたであるか」


 その人に見覚えは無かったけど、でも声なら一度聞いたので覚えている。

 昨日の夕方から夜に掛けて、自棄酒してた人達だ。


「あ、えっと……自棄酒してたエルフの人!」

「それはグローリア、吾輩はオズウェルである」


 名前を知らなかったため、変な風に言ってしまった。

 緑色の民族衣装に、緑色の髪、編み目のカチューシャをしている男の人だ。

 目が見えるようになったけど、何だか慣れない。


「それで、私に何か御用でしょうか?」

「コルメチアが君を呼んでいるのだよ」

「コルメチアさんが?」


 どうやら私以外にも目覚めた人がいるようだが、ここを離れても良いものかと思ってリノさんの方を横目に、どうするべきなのかを考える。

 今はご主人様を助けなければならない。

 リノさんは起きたばかりだけど、まだ少し心配だ。

 コルメチアさんも起きて見に行きたい気持ちもある。

 ど、どうしよう……


「ユスティ殿……我も後で貴殿を追い掛ける。だから気にせず行け」

「リノさん……はい、行ってきます」


 彼女に気を遣わせてしまった。

 私の身体はもうほぼ回復したので動けるけど、まだリノさんは動く事は難しそうだ。

 けど、後で追い掛けると言ったので、その言葉を信じて私はオズウェルさんの後を付いていった。


「あの、オズウェルさんは何故ここに?」

「吾輩達は昨日、君達に帰ると言ったのだったな。だが、今はグラットポート全土に結界が張られているせいでな、出られんのだよ」


 言われてみれば、確かに外壁の外から都市全体を覆っている結界が見える。

 だから逃げられずに、ここにいるという事なのだろう。


「吾輩とグローリアは、都市を出るための馬車に乗ろうとしたのだが、急に光の柱が立って都市が結界に覆われたと気付いた時には、脱出できなくなっていた」

「そうだったんですね……」

「グローリアは被災に遭い、頭を負傷している。応急手当てをしてもらったが、今は何処も物資が足りてないのだそうで、回復魔法にも限界があるそうだ」


 確かに、ここには百人二百人程度の人数がいる訳ではないのだ、食糧、医療器具、回復薬、寝かせるための場所、全てが圧倒的に足りない。

 だから応急手当てに留められた、そう愚痴を零した。

 回復魔法に必要な魔力は怪我の大きさによるものであり、ただの切り傷なら少ない魔力で、部位欠損等の大怪我ならば大量の魔力が必要となる。


「それに、回復魔法は個人の技量が物を言うのだ。知識、魔法適性、そして魔力量、基本三種が合わさって魔法は発動されるが、流石に数百人の回復に使うだけの魔力を持ち合わせている者はそうそういない」

「はぁ……」

「済まない、余計な話をしたのである」


 回復魔法は系統外の魔法に分類されるらしい。

 普通の属性魔法ではないそうなのだが、自分の属性魔法と狩猟魔法以外は知らない。


「ここである」


 辿り着いた先では、七人の元奴隷達が未だ意識不明となっているスペースがあった。

 いや、意識はあるようだけど……


『ルゥ』

『コルメチアさん、意識が戻ったんですね』


 弱々しく伸ばした彼女の手を掴んだ。

 握り返される手は仄かに温かく、彼女は下手な笑みを浮かべていた。


『何がどうなったの?』

『私達は召喚儀式の媒体として利用されたそうです。気が付いた時には、私達はここに運ばれてました』

『そう、なのね……』


 私が気付いた時の事を簡単に説明した。

 簡単な説明なので抜けている部分もあるけれど、それは私も分かってないところがあるので、説明できない。

 まだ戦いは終わってない。

 私達がこうして休んでいる間も、ご主人様だけが未だ戦闘に身を置いている。


『どうしたの?』

『あ、いえ……上空には私達が媒体となって召喚されたモンスターがいるんですけど、ご主人様が未だお一人で足止めされていて……』


 今も剣戟がここまで聞こえてくる。

 地響きも酷い。

 何度か地面に叩き落とされているのだろう、建物が揺れている。


『それで、私に何かご用事でしょうか?』

『いえ、貴方の顔が見たかったの。儀式召喚の前に魔狼族の子も媒体に使うって話してたのを聞いたから。無事で良かったわ』

『いえ、一度死んじゃいましたけど、ご主人様に蘇生してもらったようです、私達』


 この都市で何が起こっているのか、この都市がこれからどうなっていくのか、心配である。


『そっか。それで、これからどうするの?』

『え?』

『貴方のご主人様を助けるのか、それともこのまま逃げるのか』


 助けるためには塔を登らなければならない。

 けど、その塔が何処にも無いのだ。

 それに助けると言っても何をどう助ければ良いのかが分からない。


『助けたいと思います。ですが、助けるためには塔に登る必要があるそうで、それも見つかりませんし、登ったところで遠距離からの援護だけ、弓を扱えない私には打つ手無しです』

『塔……』


 私の説明を聞いたコルメチアさんは何かを考えるように唸り始め、やがて一つの答えを導き出した。


『塔が何なのか分かんないけど、でも、とにかく行動する事が大事よ』

『ですが――』

『弓を扱えないって言うなら、私が教えてあげる。諦めちゃ駄目よ』


 彼女の身体はさっきまで死んでいたのだ、教えると言われても何をどうすれば良いのか皆目見当が付かない。



 キュォォォォォォォォォ!!!



 突如として、その怒号のような声が近くで響き渡った。

 治療院内はパニックとなり、慌てている人が大勢いるのが分かる。


『ルゥ、目を閉じて頭を空っぽにして、深呼吸』

『ぇ、ぁ……はい……』


 彼女の言われた通りにする。

 思考をクリアにして、コルメチアさんに言われた通りに息を吸い、そして吐いた。

 心を落ち着けさせ、何も考えずに彼女の目を見た。


『そう、大事なのは落ち着く事、私の弓の知識を与えてあげる』

『え?』

『大丈夫、念話魔法は思考伝達もできるの。だから……貴方に託すわね』


 彼女の弓の記憶がどんどんと体内へと入ってくる。

 弓の全ての技術が私の身体へと入り込んでくるのが分かったけど、何だか気持ち悪い。

 知識に、技術に、そして血肉に、彼女の弓の真髄が私へと同調していく。

 数百時間とも取れる知識量が、数分に集約されて私の全てとなった。


(凄い……これなら、何とかなるかも)


 弓の能力、これは本人の技量によるものだと改めて再認識させられた。

 動く的に当てるコツ、弓の作り方、魔法による射程強化等が脳裏に刻み込まれたのだ。


『行ってきなさい、貴方の進むべき道のために』

『はい!』


 やはり私は運が良いらしい。

 良い人と出会えたのは幸運だった。

 立ち上がった私は、外へと出ようと考えて出口の方へと走り出した。


「ユスティ殿」

「リノさん、それにシグマさんにレイカちゃんも」


 リノさんに肩を貸しているシグマさん、それから後ろをレイカちゃんが付いてきてた。

 まだ少し、身体の自由が利かないらしい。

 けど、少しの間に大分回復したそうだ。


「ノア殿からポーションの類いを買ったのだ。特別料金でな」

「そ、そうですか……」


 仲間のリノさんでも容赦無くポーションを売り付けるというのは流石なのか、それとも単に酷いのか、それでも効果があったそうだ。

 もう普通に立ち上がって歩けるようにはなっている。

 真実を見抜く水晶眼を使えば、身体が回復しているのも見て取れた。


「僕はやる事があるから、ここでお別れだね。彼を助けに行くんなら、これを渡しといてよ」

「えっと……これは?」


 シグマさんから手渡された物を受け取った。

 手には銀色をした組み紐のペンダントだった。

 紐が切れているところを見ると誰かの落とし物のように思えるのだが、彼の口振りからするとご主人様のペンダントなのかな?

 銀色に輝きを放つ小さなクリスタルのような石を手に、それをポケットに仕舞った。


「じゃ、お互い生きてたら、また」

「また、なのです!」

「あぁ」

「はい」


 二人は治療院の中へと戻っていった。

 何をするのかは知らないけど、余裕の無い今はリノさんとステラちゃんと三人で外へと出た。


「ガッ――ダッ――ブハッ!?」


 外へと出ると、地面を何度も跳ねていくご主人様の姿が見えた。

 右腕が千切れており、銀の短剣と黒刀も近くにあった。

 血溜まりを作り、心身共にズタボロとなっていた。

 こんなの見てられない。


「ご主人様!?」

「ゅ……ゆす、てぃ……ゲフッ」


 血を吐きながら、ご主人様の瞳に私が映った。

 こんなにも身体が傷付いてるのに、私はご主人様の戦いを止められない。

 歯痒いものだ。

 出会って一日しか経ってないのに、私の目を治してくれたし、生活の不自由をさせないと約束してくれた。

 良い人なのは分かる。


「ま、まだ戦うつもりなのですか?」

「……あぁ」


 ご主人様の返事は私の想像通りだった。

 そして立ち上がって、落ちてる右腕を拾っていた。


「『修復リジェネレイト』」


 腕がくっ付いた。

 魔眼さえ創ってしまうのだ、部位の再生や修復ができるとは分かっていたが、実際に見てみると驚く事に奇跡とさえ思えてしまう。

 左手に短剣を、右手に黒刀を持って、こちらへと振り向いた。


「ユスティ……お前、これからどうすんだ?」


 どうするのか、具体的には考えていなかった。

 塔を登れというミレットさんの予言があるため、塔を探しに行こうかと思っていた。


「わ、私もご主人様のサポートを……弓もコルメチアさんに教えてもらいましたから」


 コルメチアさんから弓の技術を教えてもらった。

 だから私は弓でサポートする事にした。

 

「なら、弓が使えるって事で良いか?」

「はい」


 私が頷いたと同時に何かを考えるような仕草を取り、そして導かれた言葉は私の意外なものだった。


「……見張り台だ」

「へ?」

「非常事態だからな、登っても問題無い。何か問題があっても俺が責任取るから安心しろ、見張り台から弓で狙え。ステラ、お前も風でサポートしてやれ」

『うん……分かった』


 見張り台というのは、盲点だった。

 ステラちゃんも手伝う事には同意してるけど、何だか納得してないような悲しそうな表情だった。


「合図は――」

「我に任せろ」

「……リノ、お前腹ぶち抜かれたって聞いたぞ。まだ動いて良い身体じゃないだろ」

「まだ身体に倦怠感が残っているが、貴殿がそんなにボロボロとなって戦っているのにジッとなどしていられる訳が無かろう」

「そうか……なら、頼む」

「承知した」


 リノさんの予知能力なら、合図してくれるだろう。

 私は彼女の指示に従って矢を射れば良いのだから。


「ご、ご主人様……」

「ん?」


 先程貰った銀色のペンダントを渡そうとしたけど、彼の物ではない可能性もあるため、渡せずにいた。


「ぁ…ぃぇ……き、気を付けてくださいね、ご主人様」


 私の切な願いに返事は無かった。

 けど、それで良い、心に留めておいて欲しかっただけなのだから。

 空へと飛んでいったご主人様を横目に、私達は行動を開始する。

 目指すは見張り台、そこに向かおう。


「行くぞ、ユスティ殿」

「はい」





 東の見張り台は治療院から少し離れていたので数分の時間を要したが、何とか辿り着いた。

 普通に登っても良かったけど見張りの人に申し訳ないので、リノさんを抱えて魔力強化で一気に見張り台の屋根の上へと跳躍した。


「お、おぉ……凄まじい跳躍力だな」

「はい」


 結構な高さだと思ったところで、ご主人様が地面に突き落とされたのを見た。

 早く準備しなければならない。

 私は両手を前に出して弓の構えを取った。


「『命を狩る者なりて この手に顕現するは魔弓 我が眼前にて実像を示したまえ マテリアライズ』」


 魔力によって形成された弓を持つ。

 基本的に私が使うのは湾刀ショーテルなのだが今回は特別、今回は大きな弓を創り出して空を見上げた。


「ユスティ殿、矢は?」

「今から特別な矢(・・・・)を詠唱で創ります」


 必要なのは普通の矢ではなく、魔力に属性の付与されたものが良いだろう。

 私の持つ属性は二つ、氷と光、そのうちの光属性の魔法を使う。


「『夜明け導きし光明の契り 焼けし朝に煌めくは流星 月は消え 浮かぶは陽光 目醒め 繰り返し やがて消え行く輪廻の矢よ この手に顕現し 敵を全て屠りたまえ オーブアロー』」


 手に浮かぶは虹色の十字矢、これは聖なる力を持つものであるため、邪悪な魔神には効果があるはずなのだ。

 それに当たれば強力な一手となるのは間違いない。


「凄いな、ユスティ殿は……」

「はい?」

「あぁいや、急に変な事を言ってしまい済まない。我は何もできず、貴殿も助けられなかった。それなのに貴殿は自分の主人を助けようと力を発揮している。正直、羨ましいものだ」


 羨ましい。

 私はそう思われたいとは思わない。

 やはり彼女も――


「だからこそ、我もユスティ殿の隣に立ちたい。我はもっと強くなりたいのだ」

「リノさん……」

「まぁ、今はノア殿の助太刀に尽力するぞ。早速未来を見るとしよう」


 彼女が私の未来を予知しているようだけど、その予知能力の詳細を私は知らない。

 彼女が言うには、無数に伸びる道が見えるらしい。

 その道の先に何があるのかを見通し、その通りに行動する事で未来を変革させられるそうなのだ。


「矢を番えてくれ」

「はい」


 魔力で形成した弦に矢を番えて、左手の指の上に矢を置いた。

 リノさんの指示通りに狙いを定めた。


「ステラ殿」

『うん、任せて〜』


 私の矢に風が付与されていき、射程距離と貫通力が上昇した。


「『黎明・月刀華』!!」


 眩ゆい雷と、その雷に相反する影が刀から伸びていた。

 ここからでも分かるくらい、尋常でない濃度の魔力と電圧に身震いした。

 あの強さは異常だと、化け物だと思った。

 私なんかじゃ比にならないくらいの怪物だけど、何だか様子が変だ。


「あの、ご主人様って普段から笑いますか?」

「ん? いや、笑ったところは見た事が無いな」


 ご主人様が笑っている。

 それも戦闘を楽しむかのような満面の笑顔を面に貼り付けているのが見える。

 目が良くなった事で彼の表情の機敏が分かり、その彼の表情に変化があり、彼の右目が黒く、そして赤く不気味に染まっているのも見れた。

 戦闘を楽しんでいるようだ。

 影で自動防御し、その影の能力で大空を自由に翔け回る姿を捉えるのが難しい。


(は、速い)


 その戦闘は私には付いていくのがやっと、いや、もしかしたら付いていけないかもしれない。

 私を買ったご主人様の考えてる事が分からない。

 私は必要だったのだろうか?


(いや、今は考えなくて良いんだ……)


 風を纏わせた刃を振るったご主人様の行動で、絶好のチャンスがやってきた。

 巨体が近付いてきた。

 気配を断ち、肩の力を抜いて意識を極限まで集中させていく。


「今だ!!」

「『スラッグ・オーブショット』」


 リノさんの合図によって私は魔神の背中へと武技アーツを使って狙撃した。

 上手く魔力が纏われ、それが飛んでいく。

 狙い通り、吸い込まれるようにして消えていった回転する矢と共に、動きの鈍った魔神へとご主人様の攻撃が炸裂した。


「『黎明・蒼龍牙刀』!!」


 ご主人様の放たれた蒼炎の攻撃によって、魔石が両断されたのだと魔眼で感知できた。



 キュォォォォォォォォォ………



 魔神から魂が放たれ、ご主人様の掌からも蒼白い球が幾つも空へと昇っていく。


「倒せたな」

「はい!」


 リノさんとハイタッチして、早速ご主人様の元へと馳せ参じた。


「ご主人様!!」


 彼は、血に塗れた手を空へと伸ばしていた。

 死んでいない、彼は生きているのだと、そう思った。


(良かった、助かったんだ……)


 ご主人様に死相が出ているとミレットさんが言ってたけども、何とかなった。

 嬉しさに浮き足立ちながら側へと駆け寄った。

 しかし、助かったと思ったのは少し早計だったのだと現実を突き付けられる。


「ノア殿!?」

「そ、そんな……」


 彼の周囲には大量の、それも人の流して良いレベルをとっくに超えた血が海を作っていた。

 安らかな表情とは裏腹に、彼の身体は痛々しい。

 傷だらけで、古傷らしきところが開いて血が漏れているのだ。


「ご主人様! ご主人様!!」


 揺すっても返事が返ってこない。

 呼吸も浅く、心音も弱くなっている。

 光魔法にも回復の詠唱文があるのだが、私はそれを会得していないために、ご主人様の傷を癒せない。

 傷も回復している様子は見受けられない。

 超回復も機能していないかのようで、このままでは彼が死んでしまうと思ったため、近くの治療院へと運ぼうかと思っていると、人がワラワラと集まってきた。


「嬢ちゃん、その人は大丈夫なのか?」

「え、いや、あの――」

「魔神にたった一人で立ち向かったんだ、俺達も何とかしなきゃって思ってね」

「って、死にかけてんじゃねぇかよ!? 早く治療院に運ぶぞ! 誰か手伝ってくれ!」


 あっという間に人の群れができあがり、担架によってご主人様が運ばれていく。

 一体、どうなってるのだろう。

 野次馬の殆どが冒険者や一般市民だったので、驚いてしまっている。


「こ、これは……」

「あの化け物を倒してくれたんだ。俺達の英雄を死なせて堪るか!!」

「無駄口叩いてねぇで運ぶ事だけ考えろ!!」

「分ぁってるよ!!」


 化け物だと見放しても可笑しくなかったはずの戦いだったと思う。

 それなのに戦士を労るようにして、彼等はご主人様を重傷患者として治療院へと運び込んでいった。


「ぁ……」


 ポケットに入ったペンダントを渡しそびれた。

 この気持ちは何だろう、不甲斐無さや後悔、無力感がごっちゃ混ぜとなったような、そんな感覚が心の中で渦巻いている。

 そんな中、私は彼をただ見送る事しかできなかった。


「ユスティ殿、ノア殿はきっと無事だ。祈ろう」

「リノさん」


 顔色が優れないため、助かる見込みの無い未来もあるのかもしれない。

 けど、私は運命を引き寄せる魔狼族、銀色のペンダントを両手で包み、手を組んで祈る。

 大丈夫、きっとご主人様は良くなる。

 だから私に、力をお貸しください……






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