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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第二章【財宝都市編】
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第59話 天翔ける決戦 後編

今回は二話同時投稿しました。

是非とも、59.5話も読んでみてください。

 俺の右目『竜煌眼』は常時発動型ではない。

 ユスティに右目の事を聞かれた時は歯切れ悪く答えたのだが、『俺の右目は魔眼なのか?』という質問に対して、俺は(その時点では(・・・・・・))魔眼ではない、と暈して答えた。

 この右目の能力効果は大きく分けて三つ、一つは身体のリミッターを全解除してウルック以上の超人的な力を生み出す事ができるものだ。

 身体のリミッターを外す事で起こる弊害は幾つかあるのだが、それは今は割愛しよう。

 効果二つ目は、暗黒龍の影の力をより高めてくれるところであり、簡単に言えば魔法の並列起動(マルチキャスト)が可能なのだ。

 効果三つ目は、左目の魔眼と錬金術の大幅な強化だ。


「……ゲホッ」


 この目は危険すぎるからこそ、ミレットがユスティに伝えた死相が出ている事について、一つ納得していた。

 この目の代償は身体の崩壊、再生はするが発動時は常に激痛が走る。

 この魔眼については説明しない方が良いと判断した理由は二つ、危険すぎるという事と、俺が暗黒龍と契約した事を隠すためだ。

 ユスティ達を回復させてから、もう三十分は経過しただろう。

 斬って防いで避けて逃げて、繰り返す攻防戦によってギリギリの戦いが繰り広げられる。


(クソッ、やっぱ身体がイテェ……)


 片手で黒刀を振るい、大剣を弾き飛ばした。

 しかし、身体から血が噴き出す。

 筋肉に異常な力が流れ込んでいき、それによって大剣を片腕で弾く事ができたのだが、細胞の破壊・再生速度が同時に上がっている。

 とっくの昔に限界なんざ超えていたのだ。


「フッ!!」


 連続で幾つかの武器を弾き上げ、刃を傷として刻み付けていくと同時に、その傷から漏れる霊魂を刀が吸収していく。

 霊魂を喰らう剣、それが俺の持つ影の刀だ。

 しかし体内が影に蝕まれており、鼓動が一瞬跳ねて心臓が締め付けられる。



 キュォォォォォォォォォ!!!



 神隠し能力によって、動きの鈍った俺の死角へと空間転移して攻撃が飛んでくる。

 ただ、魔眼のリミッター解除効果によって反射速度が遥かに上昇していたので、身体を半回転させて槍の横薙ぎを力任せに弾き飛ばす事には成功した。

 が、重力操作により地面へと突き落とされ、瓦礫の山にダイブした。


(……身体が熱いな)


 左目で自分の身体の異変を確かめた。

 身体の熱が全く下がらないし、発狂しても良いくらいの痛みが常時巡っているため、かなり苦しい戦いだ。

 先に精神が死にそうだ。

 解析すると、心臓部から影が蝕んで全身へと侵攻しているようなのが見えた。


(根、か……)


 影が塊となって体内に巣食っている。

 影の動力たる腫瘍が心臓に引っ付いて根を張り、竜の目が発動している間は常時蝕まれ続けている。

 これは一つの呪詛、つまり呪いと同じなのだ。

 それだけのリスクがあって、ようやく力が手に入るという訳なのだが、無限に拷問を受けているとさえ錯覚してしまう。


『我に委ねよ』


 未だ抵抗し続けているが、意識にも影響を及ぼしているため、後十分もすれば俺の精神は完全に消え失せてしまうだろう。

 委ねるのは簡単だろうが、それをすれば二度と戻って来られなくなりそうな気がする。

 それに、俺もまだ完全には能力を把握しきれていない。

 どんな効果メリット副作用リスクがあるのか分からないのだ。


「博打に出――クッ!?」


 目の前にいる敵へと攻撃を加えた。

 身体を真っ二つに斬り裂いたと思ったら、その魔神の身体が幻影のように消えてしまった。

 そして背中に空間転移して攻撃しようとしてきたため、危機感知でギリギリ受ける事ができた。


「……今の、妖狐族の『陽炎』か、失念してた」


 妖狐族は妖術を使う種族で、特に妖狐族は炎によって幻影体を近くに生み出したり、或いは変化によって自由に姿形を変える事ができる。

 成る程、陽炎で誘き寄せて神隠しで死角から攻撃、このコンボは危険すぎる。

 しかも重力操作の影響なのか、大剣が非常に重たく、耐え切れずに地面へと着弾する。


「ガッ!?」


 身体が血塗れとなって全身の骨も罅が入ったりしているため、身体を動かすにも気力がいる。

 今すぐにでも背中からベッドにダイブしたいくらいだ。

 黒刀を地面に突き刺して、杖代わりに立ち上がるが、身体が震え、意識も朦朧としてきた。

 身体が熱いせいだな。


「おい! 誰かが降ってきたぞ!」

「血塗れじゃないか!? 君! すぐに手当てを――」


 常に限界を越えた力を内包し続けるのだ、これは覚悟していた事だ。

 ただ、相手が中々隙を見せず、六つの腕が邪魔だ。

 それに斬ろうにも素早くて防戦一方となる。


「『堕天使の影翼(ゼアーラ)』」


 影が解けたので、再び生やした。

 身体の再生速度をより上昇させて、一気に空へと翔け出した。

 血が滴り落ちる。

 命が失われていく。

 それでも俺には役目がある。

 勇者の尻拭いをするのではない、俺の邪魔になると判断したからこその戦闘だと思――いや、これは言い訳にすぎないのかもしれない。


(俺は……怒ってるのか?)


 昔のように感情を面に出せない今、感情を認識する過程において、俺は自分を誤魔化していたのかもしれない。

 違う、そうじゃないか。

 自分を偽っていた事さえ俺は気付いてなかった。

 心の奥底に燻る瞋恚の炎は激しく燃え盛り、それが俺の原動力となっているのが、今分かった気がする。

 切歯し、刀を構え、敵を見据える。


「……ハァ…ハァ……」


 息苦しさが肺に溜まっていき、鉄の味がする。

 体力も消耗し続けるのは身体機能の保持のためだが、長期戦は俺にとって不利となるものだ。

 何か決め手か、或いは隙があれば身体を斬り裂く事ができるだろう。


「行くぞ!!」


 大空に羽ばたく鷲や鷹のように、自由飛行して大きな獲物へと立ち向かっていく。

 真ん中の腕二本で矢が放たれていき、それを斬り落として悪喰の剣が吸収していくと、血が脈打つように赤い模様が鼓動する。

 剣が生きているかのようだ。

 連射が終わり、盾を構えながら槍で身体を貫こうとしてくる攻撃に、斬り上げるようにして不快な金属音を出して逸らしていく。


「盾が邪魔だな……」


 それ等の武器は全て、ダークエルフの持つ『御霊廻り』というやつだろう。

 霊魂を操り、武具として形成するものだ。

 文献でしか読んだ事が無いのだが、攻撃しても武器として形成されてるせいで吸収できない。

 このままでは俺が負ける。



 キュォォォォォォォォォ!!!



 その咆哮が聞こえた瞬間、俺は一気に上空へと昇った。

 咆哮が上がる度に神隠しが使われているのが分かるが、何処へと転移するか分からないのだから、俺は上空に逃げて様子見しようとした。

 が、太陽が雲に隠れるような暗さとなった。

 嫌な予感がして無意識のうちに空へと剣を振るうと、その予感が正しかったのか、その剣にぶつかるようにして大鎌が振り下ろされる。

 肩に過負荷が掛かり、右の骨が逝った。


「イダッ!?」


 骨が砕ける音が聞こえた。

 だが、何とか弾く事ができ、俺は負傷した身体を癒すために空を翔けて避け続ける。

 さっきまで剣閃を弾けたのに、やはり取り込んだ分の霊魂を惜しげもなくエネルギーとして使っているせいか、攻撃力がどんどんと上昇していく。

 更にスピードも徐々に上がっているのか、逃げる俺の速度に追い付かれる。


「『錬成アルター』!!」


 追い付かれて受けそうになる攻撃を間一髪防げた。

 しかし無理な体勢で受け止めたせいなのと、左腕のみで受けた事で、受けた短剣に傷が付かずとも身体の方が限界を迎えた。

 棺桶に一歩足を突っ込んだ状態だ。

 右肩、そして左腕が壊れ、無防備を晒した俺へと槍で脇腹を抉り、大鎌で右腕をぶった斬り、大剣を左肩へと振るい、傷だらけとなった。

 右腕が落ちていったのを追い掛けるように、俺も落ちていった。


「ガッ――ダッ――ブハッ!?」


 何度かバウンドして、未だに残っていた建物へと減り込んだ。

 進化し続けているせいだ、しかも急速に。

 右腕、黒刀、銀の短剣が近くに落ちており、身体も血に沈んだ。


「ご主人様!?」

「ゅ……ゆす、てぃ……ゲフッ」


 白いシルエットと、その声でユスティがいるのが分かったが、気絶した状態のままだったはずなのに、何故彼女がここにいるのだろうか?

 まさか幻覚?

 それとも夢?

 いつの間に俺は眠ってしまったのか、意識が蝕まれている影響なのか、感覚も無くなっていく中で彼女の手が妙に温かく感じられた。

 まぁしかし、まだ休む訳にはいかないので、限界の身体を引き摺って立った。


「ま、まだ戦うつもりなのですか?」

「……あぁ」


 空高く吠えている魔神を地面へと堕とすために、俺は一歩ずつ命を零しながら武器と千切れた腕のところへと行く。


「『修復リジェネレイト』」


 落ちていた右腕をくっ付けて、すでに回復していた左の手に短剣、右手に黒刀を持つ。


「ユスティ……お前、これからどうすんだ?」

「わ、私もご主人様のサポートを……弓もコルメチアさんに教えてもらいましたから」


 媒体となったエルフの事だったな。

 媒体となった八人全員が起きたと見て良いだろうが、すでに三十分は経過しているので、別に何も可笑しくはないだろう。

 それにしても、どうやって彼女に弓の技術を教える事ができたのだろう。


「なら、弓が使えるって事で良いか?」

「はい」


 嘘は吐いてない。

 そもそも彼女には俺に嘘を吐くなと言ったので、嘘は吐かないだろうが。


「……見張り台だ」

「へ?」


 ミレットの言葉を鵜呑みにするのなら、この都市に残ってる一番高い建物は外壁の見張り台だ。

 それしかないだろう。

 殆ど崩れてしまったのだから。

 基本、外壁には幾つかの役割があるのだが、そのうちの一つに監視塔の役割を持っているため、高く設置されている事もある。

 この都市は金が大きく動くため、中央に幾つか、そして外壁に幾つかあったのだが、中央付近のは建物の瓦解によって全て消えてしまった。


「非常事態だからな、登っても問題無い。何か問題があっても俺が責任取るから安心しろ、見張り台から弓で狙え。ステラ、お前も風でサポートしてやれ」

『うん……分かった』


 歯切れ悪い返事だったが、今はそれを気にしてる場合でもない。

 何故か上空で佇んでいる怪物がいつ都市を攻撃するか。

 気にしていても仕方ないが、了承してくれたので彼女達が隙を作ってくれる事を祈るとしよう。


「合図は――」

「我に任せろ」

「……リノ、お前腹ぶち抜かれたって聞いたぞ。まだ動いて良い身体じゃないだろ」


 腹をぶち抜かれた事で、彼女は瀕死の重傷となっていたはずなのだが、何故かここにいる。


「まだ身体に倦怠感が残っているが、貴殿がそんなにボロボロとなって戦っているのに、ジッとなどしていられる訳が無かろう」


 全く、殊勝な事だな。


「そうか……なら、頼む」

「承知した」


 このまま逃げても良いだろうが、あれと戦えるのは今は俺だけだ。

 それに魔族達の計画を潰さなければ俺の気が済まない。

 まぁ、この怪我と計画を潰すメリットを考えても割に合わないが。


「ご、ご主人様……」

「ん?」

「ぁ…ぃぇ……」


 何かを発言しようとしており、コートのポケットを掴んでいるが、残念ながら俺は彼女に構ってられる程、余裕じゃないのだ。


「き、気を付けてくださいね、ご主人様」

「……『堕天使の影翼(ゼアーラ)』」


 心配する彼女を他所に、俺は空へと逃げるようにして飛んでいった。

 彼女の言葉に頷く事はできなかった。

 その忠告を心に留めて魔神の目の前にやってくると、俺を捉えたようで再び動き始めた。


(コイツ、俺だけを敵に見据えてんのか?)


 俺が空へと来てくれた事を喜ぶように、巨体が突っ込んでくる。

 心無しか笑っているような気がする。

 俺が上へと避けようとしたところ、雷のブレスで逃げ道を一つ防がれ、否応無く下へと逃げるが、下から円を描くように鎌が上がってきた。

 それを後ろへと後退して避けたが、衝撃波で身体を深々と斬り裂かれる。


(クソッ、内臓をやられた!?)


 両目を常時発動させているため、俺は身体を逐一観察する事ができる。

 そちらへと視線を向けると、肺や胃に斬撃が届き、血で染まっている。


「クッ……」


 やはり一刀では防ぎ切るのは難しい。

 俺は能力をしっかりと扱い切れていないのではないかと考え、少し離れた場所で刀を前に出して地面と水平にし、脳にイメージを浮かばせた。


「『錬成アルター』!!」


 左手も添え、一振りの黒刀の持ち手を二つにして二刀へと増やした。

 影は幾らでもあるため、それを駆使した。

 やはり、俺は一刀よりも二刀の方が性に合っている。


「ふぅ……」


 深呼吸して、向かってくる敵へと俺の方からも突っ込んでいく。

 仲間が隙を作ってくれると信じて、俺は立ち向かう。

 魔神の持つ近接武器は三つ、剣と槍と鎌、遠距離なのは弓矢、そして厄介なのが大きな蒼白い盾、連続で振われた武器を二刀で弾く。



 キュォォォォォォォォォ!!!



 また来る。

 思考が一点へと向かい、神隠し能力が来ると思ったが、来たのは重力操作だった。

 身体が引き寄せられて剣が直撃しそうになる。


「食らって……堪るか!!」


 その剣が俺の頬を掠めたが、ギリギリのところで身体を横に逸らして回避に成功し、そのまま懐へと潜って二刀を突き刺した。


「悪喰の剣、霊魂を喰らいやがれ!!」


 数千人分の霊魂が少しずつ二刀へと吸収されていく。

 霊魂を喰らう力は恐ろしいものだが、この魔神の場合も俺と同じで、霊魂の持つエネルギーを原動力として動いている。

 ならば、そのエネルギーを奪ってしまえば良い。

 それか、回復不能な程の攻撃を加えてやれば、こっちとしても勝ち目が出てくるだろう。


「ゲフッ……」


 しかし、こっちとしても身体が限界を迎えているので、何処まで足止めし、霊魂を奪取できるかは不明瞭だ。

 暴れるモンスターがさっきと同じように重力操作で俺の身体を潰そうとしてくるが、魔力で肉体強化を図っているために、まだ耐えられる。

 けど、全身から聞こえてはならない音が聞こえてきている。

 骨が砕け、肉が潰れ、血が圧迫された事で傷口から噴水のように出てきた。


「クソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 黒刀を掴んで、それを左右に動かしていく。

 ギャァァァ、と魔神が痛みに慟哭を上げ、その身体を斜め十字に斬り伏せる。


「ハァ……大分吸収できたが……まだか」


 残された命は僅か、それはお互い様だ。

 息を整えて、再度同じ攻撃を試みるが、同じ手は通じないぞと言わんばかりに盾を構えていた。


「その盾ごと斬り裂いてやる!!」


 黒刀に黒と金の雷を纏わせて、身体機能の全てを底上げした神速の一撃を喰らわせる。


「『月陰クロヅチ』!!」


 神速の剣が盾と魔神の首を二つ、吹き飛ばす。

 残された一つの首がブレスで攻撃し、通り過ぎた俺の身体を捕まえるべくして背中へと槍を投擲してきた。

 何とか躱すも、阿修羅の如く繰り出される連撃にとうとう受け切れなくなり、腹を捌かれ、盾攻撃(シールドバッシュ)による衝撃が身体を突き抜けた。


「ぁ……」


 視界が揺らぐ。

 空が遠くなる。

 駄目だ、やはり全てをかなぐり捨てないと勝てない相手だったようだ。

 だが、もう身体も限界、精神もズタズタ、惰眠を貪りたい気分に駆られる。


「ま…だ……」


 終わってない、そう手を伸ばした先では止めの一撃を食らわせようとする魔神の姿が目に映った。

 ここで俺は死ぬのかと、妙に諦めがついた。

 いや、死に場所としては相応しくないと思うが、それでも奮闘した方じゃないか。


『我に全てを委ねよ、小僧』

「……良いだろう、テメェに委ねて勝てるんなら構いやしねぇよ、今の俺にはどう足掻いても勝てねぇしな」


 視界が黒く染まる。

 全てが消えていくが、もうどうでも良い。

 なぁ、ゼアン……俺は、何でこうして戦っているんだろうな。

 託す思いも何も無いため、恥ずかしいものだ。


「『刻まれし深淵の扉 鍵を穿ち 我 解き放たれん』」


 この影の魔法のたった一つの詠唱、暗黒龍をこの身体に顕現させるための一つの(まじな)いを、綴る。

 きっとこれが正しいのだと思いながら、深い深い闇の中へと俺の意識は引き摺り込まれていき、その光の漏れる扉が音を立てて閉まった。

 そこで、俺の意識は途切れたのだった。





 捨てられたかのように落ちたノアの身体は、地面へと横たわっていた。

 彼女達が見張り台へと登ったところでノアは消え失せた。

 そして再び起こした身体とは別に、身体の中にいる個体はノアとは全くの別物だった。


「ほぅ、あの怪物と戦っていたのか、小僧は……」


 ノアの声、ノアの身体、ノアの顔を持っている彼は、紛れなく暗黒龍ゼアンそのものだった。

 影を操り、側に落ちていた二刀を手にして、それを軽く素振りして状態を確かめる。


「フッ、鍛えてはいたらしいな。随分と傷だらけの身体ではあるが……」


 目の前の敵を見据える眼光はノアよりも鋭く、敵を射殺さんとする双眸と狂気に満ちた不敵な笑みに、魔神は狼狽えるようにして攻撃する。

 身体の傷は全て修復し、ノアもといゼアンは二刀を手に神速の大槍を跳躍して躱し、その柄を足場に駆け登っていった。


「フン、こんな鈍間な敵を相手に奮闘したとはな……ヴィルよ、少し考えが甘いのではないか?」


 登った柄の先にあった腕一本を斬り落とし、黒刀に発動させていた錬金術で腕の再生を阻止する。

 ノアは防戦一方となっていたために簡単な事にさえ気付く事ができなかったが、ノアに渡した力は暗黒龍の意識が組み込まれていたため、それが委ねられた今、ゼアンはノアの本分たる錬金術師の能力も惜しげもなく使う事ができるのだ。


「小僧が死なれると我も困るのだ、大人しく魔界へ帰るが良い!!」


 そのゼアンの言葉が伝わったかのように、魔神が恐怖に怯えていた。

 だから、迷いを振り払うように果敢に攻める。

 それは暗黒龍たるゼアンが強大すぎる力を有していたからこそ、それを肌で感じ取ったのだ。

 空へと羽ばたき、ノアの時よりも素早い動きで魔神を翻弄する。


「暗黒龍の力、とくと見よ!!」


 刹那の動きで背後へと回り、黒刀を振り上げたゼアンは影と雷を纏わせる。

 その影に含まれていた魔力濃度、そして超高電圧となっている雷が尋常でない事を理解した魔神が必死になって背後を振り返り襲い掛かろうとするが、それよりもゼアンの攻撃が到達する。


「『黎明・月刀華』!!」


 月夜に咲く一輪の花、月を斬り、夜明けの花を咲かせるように魔神の身体を左肩から右脇腹へと斬り裂いた。

 しかし、また回復しようとしていた。

 この技はノアのものではなく、ゼアンが昔に使っていた技の一つだった。

 これに倒れない者は今までにいなかったとまで豪語できるくらいの強力な一撃だったが、それに対して魔神は離れ掛けた身体を癒着させて超再生し、ゼアンへと再度反撃を加える。


「ぬっ? 今ので倒れんとは……小僧が勝てんのも無理無いか。更に深く斬らんと死なぬようだ」


 影で自動防御し、空高く舞い上がる。

 強者でさえ捉えきれないスピードの応酬に、地上から見上げる数々の者達も暗黒龍の再来に気付き始める。

 隠そうとして無意識に力をセーブしていたノアと違い、ゼアンには隠す理由が無い。

 だからこそ全力全開で戦えるのだ。


「久しい戦闘だ、もう少し楽しんだらどうだ、魔神よ」


 焦りを左目の魔眼で確認しているからこそ、相手の感情をより鮮明に見極める事ができる。

 それに加えて、右目の竜煌眼によって左目も強化されているため、感情の機敏を察知できるようになっており、感情を深く観察可能となる。

 弱点も同じだった。

 だから、彼は弱点を見つけて、そこを責める。


「我が『霊王眼』に見通せぬものは無い!」


 ノアが勝手に命名した心晶眼というものは、本来は霊王眼という名前であり、それはゼアンが何百年と使ってきた魔眼である。

 そのため、使い方も知っている。

 弱点である心臓の核は、ノアが媒体の霊魂を抜き取った事で丸裸となっていた。


「所詮はモンスター、我の前では無能な獣に過ぎん」


 ゼアンは両目をフル稼働させて、全ての能力を強化すると同時にノアの身体に宿る精霊術と錬金術も駆使する。

 錬金術によって黒刀を錬成し、精霊術で一刀へと風を付与する。

 その風の剣を振り被った。


「『風龍扇』!」


 風刃が魔神の身体を横一文字に斬り裂いた。

 その巨体が暴風によって落ちていき、身体が地上へと近付いていく。


「今だ小娘共!!」


 まるでゼアンには分かっていたかのようであり、ノアの思考を読み、隙を作るために吹き飛ばした。

 瞬間、死角から一つの光る矢が魔神の身体を背中側より貫かれる。


「気配も無く攻撃するとは……」


 光の矢には一切の気配が乗っておらず、それにゼアンでさえも気付く事が非常に難しかった。

 だが、まさに絶好のチャンス、それを逃がす程にゼアンは甘くない。


「『黎明・蒼龍牙刀』!!」


 影と蒼白い焔を纏わせて逆袈裟の攻撃を放ち、蒼炎が円を描いて、その先にある核を一刀両断した。



 キュォォォォォォォォォ………



 弱々しく鳴いた魔神が地面へと落ちていく。

 それを見下すゼアンは溜め息を吐き、これ以上の意識の保持が難しい事を理解し、刀を仕舞う。


「これで我の役目も果たされたというものだ」


 ゼアンは地上へと降り立った。

 目の前には魔神が横たわっており、斬られた身体の断面から霊魂が空へと逃げていく。


「ふむ、どうやら核を潰した事で魂が解放されたか。こちらも解放するとしよう」


 ゼアンの手から吸収した分の霊魂が空へと飛んでいく。

 蒼白い霊魂に対応する肉体は魔神によって取り込まれてしまったため、帰るべき場所が無く、生き返らせる事はまず不可能だった。

 ゼアンも、ノアも、この身体に生き返らせる能力があるのは分かっているが、それでも限界だってある。

 それに取り込まれた肉体は消化され、魔神の原料となってしまった。

 肉体を蘇生させる事はできないのだ。


「人間よ、貴様等は脆弱だ。その中でどう足掻くのか、我等九神龍に……見せてみよ」


 その言葉と小さな笑みが零れ落ちた。

 笑わないノアとは対照的に、ゼアンは笑みを浮かべる。

 しかしながら身体の崩壊によって、ゼアンは限界を迎える事を知った。


「……ヴィルよ、貴様に身体を返すとしよう。まだ貴様には役割があるだろうからな」


 ゼアンは右目を解除して蒼眼へと戻した。

 黒かった部分も白く戻り、ゼアンは身体を血に塗れた大地へ倒れる。

 満足したかのように、笑顔を貼り付けて。

 限界を迎えた身体が内部崩壊を始め、ノアの今までの傷が細胞崩壊によって全て開き、そこから大量の血が漏れ出ていく。

 そして空を見上げ、彼は目醒める。


「……終わった、のか?」


 ゼアンの意識が閉じられ、ノアの意識が戻ってきた。

 死に損ねた、訳ではない。

 彼の心は完全に瓦解してしまい、実際には精神的に死んだも同然なのだが、超回復の対象は精神にも影響を及ぼしたため、意識が完全なる崩壊から蘇った。


「……ゼアン……ありがとな」


 先程まで飛んでいた大空へと右手を伸ばした。

 しかし、血だらけの手が見えて綺麗な青空を掴むには穢れすぎていた。

 眠気がやってきて瞼が重たく下がっていく。


「ゲフッ」


 血が口から溢れ、やがて彼の命は桜のように儚く散っていく。

 右手が地面に垂れ落ち、彼は意識を閉ざして、そのまま深い眠りに着いた。

 これが後に『財宝都市魔族襲撃事件』と称され、暗黒龍の後継者が現れたと目されるようになる事件の、一つの幕引きだった。

 空は憎らしく晴れやかであり、雲一つ無い陽光が彼の身体へ降り注ぎ、そよそよ吹く風が終わりと新たな旅立ちを残して頬を撫でる。


 その表情は、何処か安らかだった……






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