第58話 天翔ける決戦 前編
空へと飛び上がったは良いが、これでは格好の的となってしまう。
連続して浴びせられる砲撃を躱す。
三つある口から超広範囲の電撃ブレス攻撃が来ているのだが、電龍族の力だな。
『竜の息吹』という異能の類いだが、これは龍神族なら誰でも使えるものだ。
空を飛びながら連射される攻撃をずっと躱し続け、撃ち落とされないようにしていくのだが、攻撃しようとすると雷のブレス攻撃によって痺れさせられる。
(やはり媒体の力を取り入れてる訳か……)
だとするなら八種族全ての能力を受け継いでいる事になるのだが、それが未知数だ。
霊魂を練り上げる能力も誰かの能力かもしれない。
空を飛んでいるのも能力の一つなのかもしれない。
もしかしたら再生能力を持っているかもしれない。
少なくとも八属性の自然現象は操れると考えても良いだろう。
そう思いながら飛んでると、咆哮を上げて突如として魔神が消えた。
「き、消えた?」
一瞬で背後に現れ、背中から斬り裂かれ、縦に思いっきり振り下ろされた。
肩に超重たい不意打ちを喰らい、地面へと落とされる。
「グアッ!?」
影翼の形状を変えてガードしたのだが、気が付いた時にはすでに弾丸の如く瓦礫へと突っ込んでいた。
今のは空間転移……天狗族の使う『神隠し』という異能の類いか。
天狗族は空を飛ぶだけでなく、風を操り、人を攫うという言い伝えから、神隠しという瞬間移動の能力を備えていると言われているのだ。
「ゲフッ……」
ガードしたはずなのに、吐血してしまった。
肺に衝撃波が加えられたせいなのだが、影で守ったはずなのだ。
なのに攻撃されたのは、海人族の『海鳴る琴』という衝撃波攻撃の異能によるものであり、人体は水袋、つまり衝撃波が通ったのだ。
霊魂を取り込んで進化を繰り返す化け物が扱える異能というのは、その召喚儀式で使われた媒体となる霊魂八体のだろう。
要するに妖狐族、ドワーフ、魔狼族、ライトエルフ、ダークエルフの五人の異能も使われる可能性があるのだ。
「もう、ここまで進行してたのか……」
今目に見えて分かっているのは、空間転移に衝撃波、竜の息吹に浮遊能力、霊魂による武器創造の五つだ。
ユスティの霊魂は後から捧げられたと考え、同時に魔眼で確かめてみると定着率は半分にも満たなかったので、能力は使えないと見て良いだろう。
だから、まだ分かってない異能は残り二つだ。
キュォォォォォォォォォ!!!
声が聞こえた瞬間、俺の身体は遥か高くへと押し上げられていった。
空中で何度も回転しながら上がっていき、そして次第に勢いが消えて、俺は頭を下にした状態で化け物を見据えていた。
「クソッ、ドワーフの重力操作か!?」
このまま重力を加えられて再び地面へと落とされるのは不味いため、錬成して大きな槍斧を生み出した。
頭を下にした状態から身体を捻って、目の前にいる魔神に槍斧を振るった。
「よし、手応えあ――なっ!?」
俺と同じような超回復能力によって、斬られた身体がボコボコと肉体を生み出して再生していく。
あれはライトエルフの能力か。
名前は確か……『天の祝福』だったか。
ライトエルフの中の一部が持つ再生能力の異能、それは俺の能力よりも劣化版である事は分かっていたため、攻撃し続けていけば、いずれは倒せるだろう。
(理論上は、だが……)
そう、問題となるのはタイムリミット。
魔神は進化し続けているため、長期戦に持ち込むと俺でも手を出せなくなってしまうからこそ、今のうちが最善なのだ。
霊魂を喰らい進化する毎に、より強力な力となる。
そして媒体となった霊魂を解放すれば弱体化するだろうと心晶眼で理解するが、俺も相応の覚悟が必要だ。
「ダッ――」
再び神隠しで移動し、大剣が振り下ろされる。
が、今度はギリギリ後ろを向いて槍斧から二刀の短剣へと変化させて、何とか受け止める事ができた。
「クッ……」
影翼で空を飛んでいるのだが、大剣に押し潰されそうになって身体が悲鳴を上げている。
骨が軋み、筋肉が震え、ガチガチと刃が鳴り響く。
歯を食い縛って空へと飛ぼうと踏ん張るが、骨が砕けそうだ。
「ヌゥゥゥゥゥ……フンッ!!」
クロスさせた二刀を上へと押し上げて大剣を弾いた。
そのまま上空へと翔けていき、急旋回して短剣で魔神の首一つ斬り裂く事に成功した。
が、首が取れたにも関わらず他の顔二つが攻撃してきた上に、その血が噴き出していた首がボコボコと細胞分裂を繰り返して、一気に再生した。
口だけの龍の顔が地面へと落ちる。
しかし、落ちた顔は蒸発して溶けてしまった。
「うおっと!?」
俺が首を吹き飛ばした事で標的と認識したのか、瞬間移動ではなく、何故か重力操作を駆使して猛スピードで追い掛けてくる。
弓を構えて鏃を向け、霊魂の矢を連射してきた。
当たらないように空を翔け、同時に地上に矛が向けられないように俺は危険に身を晒され続けている。
キュォォォォォォォォォ!!!
今度は俺の進行方向に現れて、左手に持っていた大鎌で薙ぎ飛ばされる。
巨大な武装の数々に翻弄される。
一発でも凌ぎ切れなかったら、身体が真っ二つとなって上半身と下半身がおさらばしてしまうだろうが、それだけは絶対に嫌だ。
回復が面倒臭い。
それに身体機能の殆どが停止してしまうので、それはそれで厄介なのだ。
「イッタタ……」
また、飛ばされて倒壊した建物に突っ込んでしまったらしい。
瓦礫を退かして立ち上がったが、ここ何処だ?
「き、急に人が空から降ってきやがった……」
「鬼人族の男? つまり、ここは西地区か。随分と飛ばしやがって、あの魔神め」
身体を強打した事で腕がへし折れてしまっていた。
なので、骨を正常な位置へと戻して骨折を無理矢理にでも治したが、怪我してばっかだな、俺。
しかし、西地区も聞いてたより酷い状況だった。
人の死骸に溢れており、肉塊の焼けた臭いが辺りに充満しているのだが、更に最悪な事に、元凶とも言える魔神が俺を追い掛けてきた事で、避難していた者達やゾンビ兵士達を喰らい始めた。
「助けた奴をまた喰らうのかテメェ!!」
「おい馬鹿! よせ!!」
突っ込んでいく鬼人族の男を止めようとするが、止める間も無く飛び出していった。
刀を扱うらしく、鬼人族特有の筋力で飛んでいった。
だが、左手に持っていた霊魂の盾によって防がれ、上へと弾かれ、更に大剣を振るわれた。
「はぁ……」
光の速さで鬼人族の男が俺の近くまで飛ばされた。
刀がクルクルと回転しながら、折れた刃が地面へと突き刺さった。
死んではいないため、目の前の戦闘に目を向けねば……
「『堕天使の影翼』!!」
やはり、地上付近で戦うのは危険だ。
空で戦った方が誰も巻き込まずに済むだろうし、全力出すのには丁度良い。
「付いてこい怪物!」
天空へと羽ばたいていく俺を魔神が追跡してくる。
やはり俺を付け狙っているらしいが、何故だ?
本能に従っているからこそ俺を狙っているというのは理解できなくもないのだが、何だか妙だと思った。
暗黒龍の力が呼応しているのか、さっき一度だけ暗黒龍から声が聞こえてきた。
(いや、今は戦闘に集中しろ、ノア)
自分に言い聞かせながら、二刀の短剣を構える。
普通の攻撃では効かないというのは分かっているが、影で創った黒刀を出すためには翼を消さなければならず、精霊術での空中戦は安定が悪すぎるため、打つ手はあまり残されていない。
俺が戦える戦法は恐らく二パターンのみ、一つは黒刀を使っての戦闘、もう一つは短剣に錬金術の能力を使った戦い方だ。
キュォォォォォォォォォ!!!
また咆哮を上げた。
攻撃が来ると思った瞬間には、すでに斬撃の嵐が四方八方から迫ってきていた。
霊魂の武器と短剣が交わるが、魔神の攻撃が強すぎる。
俺が敵であると知覚したからこそ、こうして魔神が容赦無い連撃の太刀を俺の身体目掛けて浴びせてきているのだと思うが、一撃一撃の重さは両腕で受けても受け流し切れない。
死が目の前にある。
一歩でも選択を誤ると死んでしまう、その緊張感が衝撃として伝わってきた。
「この……」
『委ねよ』
まただ。
脳内に響くようにして聞こえてくる幻聴、渋い男のような声が脳裏に轟く。
止めろ、それは最終手段だ。
『我に……委ねよ』
至近距離からの袈裟斬りや横薙ぎ、兜割りを受け流すのだが、『海鳴る琴』の力によって、衝撃が身体を駆け抜けていく。
腕の骨に罅が入り、神経も何本か切れる。
「クッ!?」
筋肉疲労で腕が上がらないが、腕を上げなければ首を掻っ切られ、俺の身体はただの肉塊に成り下がる。
風圧だけでも身体が飛んでいきそうになるが、身体を上手く回転させながら二刀を弾き、少しずつ俺の刃が身体を斬り裂き始める。
逆に俺の身体も霊魂の武具によって、壊れ、回復し、更に壊れていく。
「ウッ……」
苦悶の声が漏れる。
とうとう左腕が超重量に耐え切れなくなり、完全に粉砕骨折してしまった。
目前に火花が見えるようにチカチカする。
左手に持っていた短剣が落ちていくため、それを追い掛けて錬成して鎖に戻す。
「ハァ……ハァ……」
魔力消耗が激しいが、燃費の悪い固有魔法を持っているのは最初っから知ってた事であり、それによって俺は生きているのも事実だ。
しかし、決め手に欠ける。
決定打を与える方法も無くはない。
それでも、自分の死を秤に掛けて更なる能力を得る、今はまだそれができない。
理由は主に三つある。
一つは、能力を使えば俺の意識が消えてしまうから。
一つは、使った後の反動が自身の死だからだ。
一つは、ユスティ達を蘇らせなければならないからだ。
「ジリ貧だな」
この右目を使えば問題は即座に解決するかもしれない。
だが、それによって自我を失い、命を喰われ、何が起こるのかが俺にも予測不能だから、未だ躊躇している。
(どうする……)
錬金術の中には霊魂干渉による霊魂操作もある。
奪えるかは一か八か、どうなるかは賭けだが、やってみるか。
「フッ!!」
天へと昇っていく黒煙に沿うように天空へと上昇し、一気に急降下する。
捨て身の特攻、自重に任せた自由落下によって俺は瞬きする間に魔神の攻撃圏内に入っていた。
振われる刃を、最低限の動きだけで紙一重の神回避を成し遂げて、発動させていた魔眼からユスティ達と繋がっている霊魂八つを探し求める。
(見つけた!)
落ちる身体を影翼で操作して、魔神の身体へと手を着こうとした瞬間、神隠しを使って真上に移動していた。
「しまっ――」
振り向いた時には、すでに俺の身体は大槍に肩付近を抉られて投擲された大槍が地面へと落ちていく。
槍の穂先が腕から抜けず、引っ張られる。
このままでは俺も地面に激突すると思ったが、後ろから誰かに押されていた。
「は、早く抜くのですよ!!」
「鳥の餓鬼……『錬成』!!」
腕輪を短剣へと錬成する。
「な、何する気なのです?」
「こうするのさ!」
短剣の刃を自身の腕へと置いて、そのまま下へと落とした。
目の前が真っ赤に染まるが、お陰で大槍から逃げれた。
斬り落とした左腕を即座に再生、構築する。
「『再構築』」
バチバチと雷が鳴り、傷だらけの腕が再生した。
手の動作確認を終え、同じく空を飛んでいる少女へと目を向けた。
「お前、何でここにいる?」
「お助けするのですよ!」
「なら俺じゃなく自分の主人守れ。俺は魔神から霊魂を取り返すからな。ハァ!!」
翼を広げて再び化け物へと挑んでいく。
俺、何でこんなにも必死になって戦ってるのだろう。
それが分からずに困惑してしまうが考えてしまうと、痛みに苛まれる戦場へ向かう決心が鈍りそうなので、今だけは戦いに身を置く事に専念しよう。
決心が鈍れば、刃に迷いが生じる。
刃には感情が表れるもので、死から逃げてしまえば何も斬る事はできない。
「スピードが足りないか……」
ならばと思い、風の精霊術で速度を上げて空気抵抗も後ろへと逸らしていく。
ジェットの如く黒い翼が空を駆け抜ける。
空間転移には一つの弱点があると看破したので、俺は殺気を奴にぶつけ、そのまま突貫する。
「行くぞ化け物!!」
精霊力を解放し、それを風へと変換して加速する。
俺から攻撃が来ると思ったのか、咆哮と共に瞬間移動して真横に現れる。
(掛かった……)
攻撃される前に圏内から抜け、旋回して魔神の真下から一気に背中へと突っ込んだ。
「『霊魂干渉』」
蒼白い雷が身体に走る。
右腕に鈍い痛みが刺さるが、八つの霊魂を間接的に掴んだところで引っ張り上げる。
キュォォォォォォォォォ!!?
逃げようと暴れるが、それを防ぐために左腕を魔神の身体へと突っ込んで固定、ゆっくりと定着していた霊魂を肉体から引き剥がしていく。
背中側から抜き取っているため、こっちに攻撃が届かない。
神隠しも、俺が触れている時点で一緒に移動してしまうために、魔神は俺に対して重力を発動させていた。
「グッ……か、身体が……」
重力操作で身体を圧縮される。
内臓が潰れ、脳も締め付けられ、身体の穴という穴から血が噴き出てくる。
蒼白い光玉が八つあり、その八つの霊魂を下へと運んで蘇生させれば完璧だが、そのためには少しだけでも隙を作らねばならない。
錬金術の極意、見せてやる。
「『錬成』」
人体構想と似たような物質であるのを理解し、俺は魔神の体内から硝酸カリウム、硫黄、そして炭素を配合比率を気にしながら化学的に錬成する。
黒色火薬というものがある。
述べた三つの材料を用いた原始火薬の一つであり、酸化剤の硝酸カリウム、燃焼促進のための炭素を硫黄と融合させる事で生まれるものだ。
それに電撃を浴びせ、魔神の身体を吹っ飛ばした。
その衝撃を身に受けて、そのまま商会の屋上へと落ちていった。
「シグマ!」
「あ、ノア〜!」
嬉しそうに手を振る魔槍使いのところへと降り立った。
側では女魔族が倒れていたので、何とか倒せたってところだろう。
身体中傷だらけだし。
「あの魔神をやっつけるなんて凄いね」
「いや、いずれ再生する。霊魂を引き抜く事はできたが、どうやら霊魂から能力を解析して使ってたらしい。空を見てみろ」
魔神を見上げると身体の再生がすでに始まっており、再生能力を備えている。
同時に手元には霊魂で創られた武器もあり、浮いてもいるため、能力を取り込んで解析、そして自身の肉体に定着させたってところだろう。
まぁ、霊魂を元の身体に還元してやれば、彼女達は元通り能力を使えるだろう。
「でも弱体化したんだろ?」
「それはどうかな。あの身体にはグラットポートで吸収した数千人分の霊魂が詰まってる。俺が引き抜いたのは、その中の八つの媒体のみだ。ある意味、枷が解放されたとも言えるだろう」
それよりも、今は魔法陣で寝かされている八体の死体達を何とかする。
「『物質還元』」
魔法陣の中央に立ち、霊魂全てをそれぞれ戻していく。
フワフワと浮かんだ霊魂八つが心臓部へと吸い込まれていき、全員に鎖を繋げた短剣を突き刺した。
霊魂は元に戻せたが、まだ身体は死んだ状態である。
だから生への起源を辿り、魔力回復ポーションを飲みながら順番に蘇生術を行った。
「『人体蘇生』」
全員の死を追体験し、その起源を遡っていく。
記憶として読んでしまい、脳から心臓へと刺激が与えられて、激痛により蝕まれていく。
呼吸困難となり、地面へと膝を着いた。
「ハァ……ハァ……い、生きてる……」
「大丈夫かい!?」
「……問題無い」
心臓に手を当てて、心音が聞こえてくるのを確認して安心した。
今ので殆どの魔力を使ってしまったが、これで後は目覚めるのを待つだけだ。
汗を拭い、立ち上がった。
「シグマ、レイカ、お前等はこの八人を保護しろ。近くに医療班がいるだろうから、ソイツ等と一緒に近くの医療場にでも運んでやれ」
「わ、分かったけど……本当に平気なのかい?」
心配するように俺の身体を労ってくるのだが、身体に倦怠感が表れているだけで、問題は無い。
しかし減った魔力をポーションで回復させて更に一気に魔力を使い、それを二、三回繰り返していると身体もバテてしまう。
「八人も蘇生させたんだ。君には膨大な代償があるはずだよ?」
「……」
コイツ、本当に何者だろうか。
何を知っていて何を考えているのか、こんなところにいるのも何だか偶然に思えない。
キュォォォォォォォォォ!!!
完全に再生しやがったか。
それに八人の枷が抜き取られたから、暴走が始まったらしい。
屋上に描かれていた魔法陣が一瞬光を放った。
その光が消えたと思ったら、サラサラと魔法陣自体も消えてしまった。
「一体何が……」
「完全に暴走が始まったな。まぁ、俺のせいでもあるが」
この特殊召喚で召喚された悪魔が媒体とした八体の霊魂は俺が引き抜いて、元の身体へと還元した。
要するに、その八つの霊魂が管理していた一般市民の魂が一気に管理されずに統制が取れなくなった、と見て良いだろう。
そして暴走が始まり、独自に動き始める。
「ふ…フフ……」
「何が可笑しい?」
近くで倒れていた女魔族へと目を向けるが、仰向けに彼女は魔神へと手を伸ばしていた。
崇拝する神様が現れた事に喜ぶような狂気的な笑顔だ。
「貴方……錬金術師よねぇ?」
「あぁ」
「人を蘇生させるなんて……自分の命が惜しくないのかしらぁ?」
どうやら彼女も、俺の使う蘇生に対するリスクを承知してるのだろう。
しかも蘇生リスクは蘇生対象者ではなく、蘇生術使用者にある。
「別に、死ねないのは理解してるからな、八人蘇生させるくらい造作もない」
「……なら、シド君を蘇らせてよ」
「何?」
「蘇生、できるんでしょう?」
俺の蘇生には、幾つもの条件が必要となる。
そのうちの一つに抵触するため、俺はシドなる人物を治す事ができない。
「蘇生できる時間は三日間、最長七十二時間だ。そうでなくとも人の奴隷勝手に使いやがった奴等を誰が治すかよ。寝言は寝て言え」
「そう……」
人の運命というのは変えられない。
俺は三日という期限の中で、糸を手繰り寄せて軌道修正しているに過ぎない。
死ぬ時は死ぬ、それが人だ。
だったら死ねない俺は人ではないのか?
「ま…まっ……て……」
掠れたような声が聞こえてきた。
そちらへと目を向けると、這いずりながらユスティが俺へと近寄ってきていた。
「無茶するな、ジッとしてろ」
蘇生前に筋弛緩剤に似た特殊薬品を打ち込まれていたのを記憶で読み取ったので、彼女の身体はまだ動かない。
手が震えており、目も半開きだ。
息切れも激しく、体力が著しく低下している。
死んだ事によるストレスも精神的負荷として加えられているはずだ。
「い……かな…い……で……とう、さ……ま」
父様、か。
記憶が混濁しているようだが、父親の存在が心の中にいるというのは、羨ましいものだ。
俺なんて肉親が一人もいなかったしな。
前世でも両親の記憶が曖昧となっているし、何より会話内容や思い出とかは一切覚えてない。
だから俺は、なけなしの良心を振り絞って彼女に注ぐ事にした。
「少し休んでろ。後は俺が……全て片付けてやるから」
伸ばしていた手を優しく包み込み、彼女の頭をゆっくりと撫でてやる。
次第に目が閉じられ、寝息を立てて眠ってしまった。
幸せそうな寝顔だ。
父親はもういないが、せめて今だけは安らかに眠ってれば良い、後は俺が魔神を滅ぼしてケリ付けて、全てを終わらせてやるから。
苦しむのは俺だけで充分だ。
「ステラ、お前はユスティの側に付いててやれ」
『うん、気を付けてね、ノア』
「勿論」
右手甲から精霊であるステラを呼び出した。
ここからの戦いでは彼女は危険すぎるからな、もしかしたら俺の影が喰らってしまうかもしれない。
だったら、このままユスティに付き添っててもらった方が俺としても安心する。
「コイツ等を頼む」
「う、うん」
シグマへと頼み、影の翼を生やした俺は再度上空へと上がっていく。
最早、俺に迷いは無かった。
黒刀を使うためには影翼を消さなければならないが、同時に出した状態で使うために、俺は右目へと手を添えて魔眼を発動させる。
「さて……戦おうか、最後のな」
ここが正念場となろう。
だから俺は彼女に全ての良心を預けて、残された冷徹な心のみで戦いへと臨んだ。
「『竜煌眼』、起動」
右目の虹彩が真っ赤に染まり、結膜が白から黒へと変色する。
禍々しい暗黒龍と同じ瞳になった。
赤い瞳に縦線が入り、竜の目のような紅色の綺麗な瞳が姿を現したのだ。
その影響で影が増幅され、翼が更に大きくなっていく。
身体に力が漲り、今ならば魔神を倒せそうだ。
「さぁ、白黒ハッキリ付けようぜ!」
虚空から一振りの黒刀『悪喰の剣』を生み出して、突っ込んでいった。
笑顔の表情を貼り付けて、ただ前へ突き進む。
精神が影に蝕まれ始めたのを感じ取ったが、それでも構わない。
たとえ魔神が相手だろうが、この剣で運命なんざ斬り伏せて、俺の進むべき道を進むだけである。
一振りの刀を握り締めて強大な魔神へと刃を振るい、武器同士の奏でる金属音が、最後の決戦の始まりを告げたのだった。
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
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