第6話 馬車に揺られながら
クギバチドリ襲撃の理由を探すべく馬車を調べたが、特に怪しいものが産出される、とはならなかった。
基本的に商売道具の類いや書類、そういったものが乗ってるだけで、普通の商人と変わらない。
そんな馬車に狙い定めて、モンスターが大群となって襲ってきた。
幾ら何でも不自然すぎる。
馬車でないなら、目的は人、つまり御者に座っていた恰幅良い商人っぽい男となる。
クギバチドリの親玉の死骸には『使役魔法』という、ビーストテイマー、調教師のような職業の使う魔法が埋め込まれていたので、この襲撃が作為的なものだという手掛かりは掴めた。
俺の予想した通り、人為的だったな。
使役したのは人間、狙われたのが馬車ではなく人間だとしたら、この商人が他の商会から刺客を送り込まれた、という状況に遭遇してしまった訳だ。
共鳴によって手下を親玉が操り、その親鳥を討伐したから統率力は消え、手下の鳥達は四方八方に逃げ去った。
「それで、アンタが御者の団長……なんだよな?」
「はい、この度は我々の馬車と乗客を救ってくださり、誠に感謝しますよ、旅のお方」
恭しくお辞儀する男は、こちらを値踏みする。
裕福そうな服を着ている小太りな御者が、商人のように俺を品定めするようにジロジロと凝視してくるため、非常に鬱陶しいものだ。
助けるべきではなかった、か?
少しばかり後悔の念を抱くが、服装や馬車に乗せている物資を見る限り、かなりの有能さを控えてるらしい。
「ご挨拶が遅れました。私はユグランド商会の会長を務めております、キース=ユグランドと申します、以後お見知り置きを」
優雅に、そして優しい雰囲気を醸し出しながら丁寧に挨拶してくるので、何処か胡散臭いと思ってしまったが、この男は有名な商会の商会長らしい。
ユグランド商会は大商会とまで言われるくらい、富と名声が揃っている企業で、ガルクブールにも拠点を構えているそうなのだ。
勇者パーティーにいた頃にも、聞いた名前だ。
噂でも稀に耳に入るくらい、やり手の男。
「ぅ……ノア、そう呼んでくれ」
「分かりました、ノアさん」
一瞬本名で名乗りそうになったのだが、本名はもう捨てたので名乗らない。
俺はウォルニスではなく、ノアだから。
しかし、一年経過した今も名乗りそうになるとは、気を付けねばならない。
何処で誰に再会するか、予想できないからだ。
「さっきも説明した通り、モンスターに使役魔法が使われていた。アンタを狙っての犯行なのかどうかは分からないが、心当たりとかってあるか?」
「心当たりですか……いやぁ、商売敵とかでしょうか。勝手に恨まれたりする事もあるので何とも……」
商売をするという事は、ライバル店を蹴落として自分が成り上がるという競争にも繋がり得るため、恨まれても仕方ない職業だと笑っていた。
その心意気には感心するが、今のところは手掛かり無しと言ったところか、脅威は一度ならず二度、三度とあるかもしれないので、警戒だけでもしておく必要がある。
商会の中には、際どいラインを狙って犯行スレスレの行為に及んだり、こうして暗殺者を差し向けてくる場合もある。
つまり、バレなければ裏で何しても良い。
そんな解釈が商人社会ににも根付いてるのだろう、貴族と同じだ。
表では表情を繕い、作法を披露して、扇子で口を隠して微笑んでいるが、その裏の顔は醜悪なものであり、それは一般人にも言える内容でもある。
人を傷付け、石を投げ、邪魔だと罵り、罵詈雑言を叫び散らす、そんな邪悪な奴等も普通にいるから、キースのような商人でも対処は結構厳しい。
「まぁ、アンタの問題なら自分で解決してくれ」
しかし、俺にはどうしようもできないので、ここは自己解決に任せるしかない。
金で雇われたりした訳でもなく、俺としても助ける義理も人情も存在しないので、解決するための手伝いには絶対に協力しない。
今度襲われた場合は、自衛以外は他の冒険者に任せれば良いだけだ。
だから話題を終えて、切り替える。
「それより、俺も馬車に乗せてくれないか?」
「馬車に?」
「そうだ。この馬車の方向からすると多分、ガルクブールに向かってるんだろ?」
「えぇ、助けてくださった恩もございますので構いませんよ。ご一緒しましょう。是非とも、この恩の一部でも返させてください」
向かう方向が同じなので、この際だから馬車でゆったりと旅でも満喫しようと考えた。
乗客は全員無事、冒険者も重傷者一人だったが回復魔法で治療を済ませたようなので、今現在は馬車の中で静かに眠っているのだ。
その冒険者達はCランクパーティーだったらしく、あの群れを対処するのは初めから無理だったのだ。
年齢層から見ると俺と同じか、それより下か、未熟なパーティーであるのは先程のクギバチドリ戦で身に染みて理解させられたものだ。
職業を満足に扱えていない。
それが問題なのだが、職業は使い続けると成長していくから、戦うべきだ。
今回は相手が悪かった、それだけだ。
俺は冒険者資格を持ってないから雇われたりする心配も皆無である、要するに俺はただの一般人であり、普通の乗客と何等変わりないという意味だ。
だから歩き走りを終えて、文明を頼るとしよう。
「では、出発しますよ〜!!」
そんなこんなで、馬車の旅が始まった。
とは言っても一、二日程度の旅でしかないのだが、馬車に乗ったりするのも久し振りだし、人と一緒に座るのも随分と懐かしいため、妙に落ち着かない。
俺が乗せられたのは、先程の冒険者も乗っていた真ん中の馬車、つまり前から三つ目の馬車であり、気絶した神官は馬車の中でスヤスヤと睡眠中のようで、魔導師の女が献身的に看病している。
腰を下ろして、その少女を心晶眼を通して内部を診察していくが、異常は見られない。
気絶状態から目を覚ますまで、時間はそう掛からないだろう。
「……」
ただ座ってるだけなのだが、冒険者達から好奇の視線を向けられてしまい、居心地が非常に悪い。
勇者達と旅をしていた頃は他人から注目されるのには慣れていたが、その時の自分は不相応だったので、その分だけ肩身が狭かった。
逆に今は分相応の力を手に入れて、錬金術師の能力も開花させたから、見られるのは当然として一年は引き籠もってた影響か、視線が鬱陶しく感じられる。
睥睨するのだが、その視線に動じない。
「ねぇ、ちょっと聞いても良いかな?」
そんな時、向かい側に座っていた魔弓術師の少年がこちらへと話し掛けてきた。
「何だ?」
「えっと、ノアさん……だったよね。ノアさんの職業は一体何なのかな?」
俺は職業を誰にも伝えていない、それは俺が錬金術師だからだ。
一年で世界の情勢がどう移ろい変化したのか、それとも変化していないのか、それを知らない現状では迂闊な言動は控えるべきだ。
言えば怪しまれるのは当然だし。
それに勇者パーティーの進行状況はどうなのか、魔王はもう倒されたのか、魔族達はどうなったのか、国は無事なのか、疑問が尽きない。
逆に聞きたいのは俺の方だ。
俺的にそこまで国に関心は無いのだが、死んだ人間が生きてるのは何かと不都合だろうし、向こうから何かちょっかいを掛けられると億劫だ。
話が脱線したが、今回の質問は職業について、いきなり核心的な質問をされて少し思考が鈍ってしまったが、元より考えていた回答がある。
用意しておいた内容を、そのまま口にした。
「普通の精霊術師だ」
そう言っておけば、色々と言い訳しやすい。
精霊と契約した者は精霊師、精霊術を扱える者は精霊『術』師と言い方が異なっているが、そこ等辺は希少職業なので、エルフでなければ誤魔化すのは簡単だ。
似たような職業なんて結構あるし。
ここにエルフはいない。
よって、俺が精霊術師と名乗っていても不思議じゃないと言える。
この世界では、職業を偽ったところで罪には問われないし、職業報告の自由とでも言えるだろう。
ただ、今後の活動方針で俺がどんなスタンスで挑むかによって、多分変わっていくのだろう。
「精霊術師?」
「そうだ。火や水、土とかを操る事のできる職業だ。魔法職と似たようなもんだが、自然操作が基本だな」
魔法とは違って詠唱したりする必要が無いので、連射性能や威力調整、追尾や圧縮、色んな特徴を付与して扱える便利なものだ。
なので、野宿やサバイバルといったアウトドアにも使えるし、モンスター討伐や周囲の地形把握、多くの精霊力を使えば天気さえも操れる。
生活において役立ってくれているが、空間や時間といった魔法とは違い、時間軸や空間軸には干渉できない。
だがしかし、物理法則を捻じ曲げる力があるのが職業という神からの贈り物だから、それを使い熟せば時間空間や因果に作用するのでは無かろうか。
職業は未知数な部分が最も多く、それでも人は職業を求め続ける。
「だから今回の戦闘においては、土の精霊術で馬車を覆って守りを固め、風の精霊術で探知してクギバチドリの攻撃を避けれたんだ。それに探知範囲を広げて、親玉らしき鳥も討伐できたしな」
「へぇ、便利な能力だね」
まぁ、全部嘘なんだが……
土を操ったのは錬金術による物質錬成、攻撃を避けられたのは魔力探知と魔眼のお陰、一応精霊術でも同等の操作ができるのだが、今回は一切使用しなかった。
今回は影を披露しなかったが、自分が暗黒龍と契約したという内容を伏せる意味も含めて、影は操作せず、遠距離手段を封じたままの縛りプレイに興じた。
錬金術師としては変則的な戦い方なのだが、基本オールラウンダーな職業と自負しているので、前衛、中衛、そして後衛、何処の配置でも戦える。
俺の戦闘は大きく四つに分けられる。
一つは魔力を使った肉弾戦、一つは精霊力を使った補助戦闘、一つは暗黒龍から授かった影魔法を使った遠距離攻撃、そして一つは錬金術師の能力を使った武器錬成だ。
扱う武器は、腕輪を錬成して形を変化させた短剣や剣、槍や弓といった様々な武器だ。
他にも分解能力や物質の形状変化、化学融合とか色々使えるのだが、俺は俺でまだ未熟だ。
「逆に俺から質問させてもらおう。お前の職業は?」
「ま、魔弓術師……」
装備や弓の形状から、大体は職業を判別できる。
中には俺のように特定の武器を持たない、見た目だけで判別不明な職業持ちもいるが、今回の場合は若輩者であるため、職業詐称は無いだろう。
心晶眼があるし、嘘看破はお手の物だ。
嘘を言ってないのは間違いない。
それにしては先程の戦闘、一切役に立たなかった。
本来の魔弓術師の戦い方は、自分の魔力を矢に変えて射るものだ。
他にも魔法を矢に付与して戦ったりもできるはずだが、まだ職業儀式を終えたばかりで、実戦経験も大してして来なかったと思える。
「年齢は十五、六くらいか?」
「う、うん、十五歳」
やはり、『職業選別の儀式』を終えたばかりの素人って訳だ。
なら、その弱さには納得だ。
魔弓術師には幾つかの強力な遠距離系技能が存在したと思うのだが、それを習得するためには並ならぬ修練や実戦経験が必要となる。
「武技は使わなかったのか?」
職業を授かった瞬間に手に入るものもあり、魔弓術師ならば『マルチショット』『スナイプショット』等の基礎的武技は覚えているはず。
職業を授かると共に脳裏に刻まれるはずだが、俺の場合は武技と呼べる能力が無かった。
代わりに錬金術師の職業と共に授かったのは、低級ポーションの作り方のレシピのみで、現在使用している錬成能力や分解、融合分離、沢山の技能を行使可能となった。
それを武技と呼べるのだろう。
だが、それは俺達が名乗ってるだけで、特定の名称は本来無いのだ。
誰が最初に名付けたのか、魔弓術師にも沢山の技能が存在するはずだ。
「クルトは選別を終えたばかりでな、コイツにとっては今回が初めての依頼だったんだが……まさかあんな事になるとは思ってなかった」
鎧甲冑のライオットが、眼前に座る少年の頭を撫でていたが、今の説明で大体を理解した。
経緯はどうあれど、彼が今後パーティーとして活躍するためには練習あるのみだ。
ただ的を狙って矢を射れば良いという訳でもなく、魔弓術師としての数々の経験、場数が必要となるので残念ながら今すぐの強化は不可能。
焦って得られる程、甘くない。
それに武技は戦闘スタイルによって変わってきたり、教えられて手に入れたりする場合もあり、冒険者として活動するのは良い判断と言える。
一年前まで活躍していた連中だけでなく、この一年で頭角を表した人物達も動き出しているだろうし、何より職業を得る人間は今も増えている。
だから、俺には情報がいる。
「そういや、こっちの自己紹介がまだだったな。さっきも言った通り、俺がライオット、ちっこいのがクルト、そこで寝てる神官がミゼルカ、そして魔導師のホルン。Cランクパーティー『黄昏の光』のメンバーだ」
知らないパーティー名だった。
俺が知ってるのは少なくともBランク以上の人物やパーティー達、或いは大多数組織のクランのみで、勇者パーティー時代で協力関係に持ち込めるようにと思って重点的に調べておいたものだったが、一年経過してどのように変化したかを俺は知らない。
ただ、現在Cランクパーティーなら俺が知らないのは当然であり、まだまだ若いパーティーなのだろうと予測して彼等を観察する。
このパーティーの要は二人、一人は結界魔法を使える神官のミゼルカ、彼女が仲間に魔法を付与して守り、もう一人の要であるホルンが高火力の魔法で相手を圧倒する、そんな勝ちパターンが発生しているのだろう。
それにミゼルカ程度の神官なら結界は連続して使えないだろうし、その間の繋ぎとしてライオットが攻撃を受け止めていたはず。
そこにクルトが介入した。
魔弓術師であり、遠距離からの攻撃が得意である彼は、明確に近接戦が不得意だろう。
「そうか」
だからこそ弱点も簡単に露見するが、ちゃんとした戦闘を俺は見ていないので何とも言えない。
もしも彼等の戦闘を見ていたところで、結局俺は冒険者登録すらしていない一般人なので、彼等にアドバイス、助言は絶対しない。
これ等の弱点は赤の他人に教える必要性も感じられないので、俺は彼等に対して口を噤んだ。
必要以上に軋轢を生まずに済むし、彼等が俺の話を聞くとも限らないから、胸の奥底に秘めておく。
「なぁ、ノアって冒険者なのか?」
「いや、まだ登録はしていない」
「そうなのか……」
冒険者登録は、俺にとって今一番必要な身分証明であると考えている。
住民登録とかせず、何処へでも行ける冒険者という組織組合に登録すれば、一応の身分を取得できるから、目的の候補に入れていた。
しかし、この質問が来るという事は、この後の展開は予想しやすい。
「なら、俺達のパーティーに入らないか?」
軽率な判断だと今の俺なら分かる。
会ったばかりの奴を信用するのはほぼ不可能に近く、俺もパーティーに入るのはお断りだ。
それに俺にメリットが無い。
パーティーに入る互いのデメリットは、俺が悪人だった場合であり、背後から首を狩って宝を独り占めできる、とか画策してるかもしれない、そう考えられる。
信じる方が馬鹿を見る。
俺が生きてきた十数年で学んだ最も重要な要素、信じるなら確証を得てからだ。
ライオットのようなパーティーがいて、迷宮とかで財宝を持ち逃げされた事例だってある。
それだと持ち逃げした奴が得するが、財宝に興味の無い俺にとってのデメリットは、先頭における足手纏い、お荷物が入ってるという状態だ。
これなら一人の方が安全であるし、隠し事や信用云々も過剰に反応せずに済む。
だから答えも決まっている。
「止めておこう」
魔眼で相手が完全なる善人と見えなければ、誘われても絶対に組まない。
いや、眼前に善意で動く人間なんて、普通いない。
誰だって物欲に溺れ、穢らわしい心を佩帯し、胸中に隠するのが人類、皆共通であり、俺が嫌う人種でもあるから、他者を信用しない。
ただし、相手が俺と奴隷関係にあるのならば話は別で、こっちから『嘘を吐くな』『裏切るな』『俺に危害を加えるな』と命令を与えておけば、少なくとも後ろから刺されるという懸念は無くなる。
が、偶発的状況を作り上げて奴隷に殺された、なんて噂も何処かから煙が立っている。
俺が欲しい戦闘のパートナーは前衛、或いは後衛のどちらかだ。
もしも奴隷を買う場合は、奴隷の職業によって俺の戦闘スタイルを変更させれば良いだけなので、俺の戦闘をサポートしてくれて、かつ信頼できる相手ならば戦闘位置は何処でも構わない。
ただ、望みを言うと前衛が好ましい。
後衛の方が精霊術を扱いやすいし、危険が及べば奴隷を身代わりにできる。
だがまぁ、折角買った奴隷を身代わりとかに代用する気は無いだろう。
「……ぅぁ……」
「ミゼルカ!!」
神官の女が微かに唸り声を漏らして、両の瞼を震わせていた。
そして、そんな彼女の少しの動きと声に反応したホルンが揺さぶって声を掛けていた。
そして綺麗な金色の瞳が瞼の下から現れて、ミゼルカが身体を起こして周囲を見渡し、近くに座って様子を眺めていた俺と視線が重なった。
「あ、貴方は……」
「目が覚めたか。一応、これも飲んどけ」
腰に装備したアイテムポーチに手を突っ込んで、秘密裏に影魔法のストレージ内から、青白い色をした液体の入ってる薬瓶を取り出した。
身体の体力と魔力回復のための特殊な二重回復薬を投げ渡して、それを両手で慌てて受け取った彼女へと、かるく説明しておく。
「俺が調合した上級の二重回復薬だ。念の為使っておけ」
「は、はい」
味を変えようと思えば変えられるのだが、良薬は口に苦し、という言葉通りに苦いままにしてある。
薬草の味そのままだ。
簡単に言えば、薬草汁の味。
しかし効果は充分あるから、飲めば速攻回復間違いない、魔境産のノア印回復薬である。
そして案の定、飲み始めた彼女の顔が徐々に渋くなっていったのと、目に見えて体力と魔力が回復しているのが分かったため、やはり錬金術師が様々な分野に精通していると実感できた。
苦悶の表情を繕った彼女は、文句を垂れる。
「ま、不味いです……」
「まぁ、薬草数種類をそのまま調合したからな、不味いのは当然だが、良薬の証拠だ。黙って飲め」
因みにだが、影の中には大量の調合物資や錬金素材、魔境で手に入れたり創造したりした物資が大量に収納してあるので、それ等一部を売り捌いただけでも一生分の金銭が手に入ると思う。
また、戦闘に役立つ身体強化剤や、相手を弱体化させるための麻痺薬、数滴でモンスターや人を屠れる毒薬、多くの薬品が揃っている。
回復薬のみならず、魔境では沢山調合を試した。
勿論、効果は魔境のモンスター、それと自分でだ。
秘薬の類いも影の中に眠ってるが、状態から見てそこまでせずとも体内は回復しているので、普通の二重回復薬を取り出して飲ませたのだ。
だがまぁ、効果は上級位だ。
「なぁホルン、二重回復薬って貴重な薬品だよな?」
「え、えぇ、そのはずよ……」
ライオットとホルンが顔を見合わせて、俺の方を一度だけチラッと見てきた。
金を催促されるとでも思ったのだろうが、すでにクギバチドリの死骸を沢山頂いたため、こちらからは金は貰わないよう決めている。
それに依頼を横取りしたの俺だし。
それに、コイツ等に払えるとも思ってない。
「何だ、俺が金を要求するとでも思ったか?」
「いや、そうじゃなくて……」
「二重回復薬って、かなり貴重な薬品でしょ? それを調合できる人間なんて殆どいないわ。だから少しビックリしてて……」
言われてみれば確かに、二重回復薬は世間では製法が確立してないもので、偶然作れたぜラッキー、くらいの認識が世間にある。
失敗した、という状況下で生まれる偶然の産物、だから本来なら高値で売られている。
しかしレシピを公開したら、薬物関連の職業使い達にとっては大騒動に発展しかねないため、製法に関しては黙認しようと思っていた。
しかし一年の間ずっと魔境に籠もっていたので、自分の中での常識がすっかりと抜け落ちていたらしい。
魔境には多くの薬草類が自生しており、片っ端から錬金術で調合を繰り返していたためか、すっかり魔境暮らしに慣れてしまった影響もあって、その常識が何処かへと旅立ってしまったようだ。
「製法は秘匿事項だが、効果は保証する」
二重回復薬の製法の中には、加熱作業や冷却の他に、薬草類の抽出、攪拌、融合、錬金術師ならではの作り方があるため、確実に成功させられるのは俺一人だけ。
偶然作れるというのは、単に上級の薬を作ろうとして失敗し、その失敗が偶然にも二重回復薬と似たものができてしまうといったものなので、実質二重回復薬ではない失敗作を、世間一般では二重回復薬だと言ってるのだ。
つまり失敗作と俺の調合した本物では、製法や効能、持続時間や回復速度もかなり違う。
つまり、今ミゼルカが飲用したのが本物の二重性能の回復薬であり、薬剤師系統の職業持ち達の創薬した二重回復薬は、紛い物と呼べる。
「凄い回復力……調合したというのは本当のようですね。ありがとうございます、お陰で倦怠感が消えました」
「それは良かったな」
単なるお節介なので、気にされても困る。
こちらもメリットがあったし。
魔力切れを引き起こすと長時間の倦怠感が肉体に蓄積されていくので、回復するなら早め早めの方が、後に引き摺らないはずだ。
魔力を回復させる方法は主に二つ、回復薬で回復させるか、或いは自然回復のみとなる。
自分の魔力を他人に譲渡すれば良いのではないか?
という疑問も一般的にあったそうなのだが、魔力を他人に渡したり他人から魔力を受け取ったところで体質に適合しないため、その瞬間に魔力を受け取った側の体内に、悶絶する程の激痛が伴う。
なので普通は譲渡不可能となる。
その回避方法は未だ発見されてないらしい。
「自己紹介が送れました。神官の職を授かりました、ミゼルカと申します。どうぞよしなに」
神に祈るようなポーズをしている彼女は、何処となく上品そうな雰囲気を醸し出しているが、神様に敬虔な使徒、俺の嫌いな人種だ。
神様に祈れば救われる、そんな戯言を平気で宣う連中だからだ。
神様がいないとは思わないが、神祈ったところで救われた試しが無いため、俺は神には祈らない。
しかし、その憎悪を一個人に向けるべきではない。
時と場を弁えている。
だから自己紹介に戻り、名前と職業を述べた。
「ノア、精霊術師だ」
「ノアさん……私と、それから仲間、馬車に乗っている人達を救ってくださった事、誠に感謝致します」
慇懃とお辞儀をしているのだが、そこまで感謝されるような事はしていない。
単に彼女と俺とでは価値観が異なっているため、彼女としては俺に礼を述べるのは当然の行為なのだろうが、俺にとっては別に感謝されるような何かをしたと思ってないので、返答に困ってしまった。
それに、感謝なんて人生の中で殆どされた経験が存在しなかった。
だから、何と言えば良いのやら……
「それで、ノアさんはガルクブールに何かご用事でも?」
どう返答すべきか迷っていると、話題がガラッと変わってしまった。
ガルクブールに用事は無い。
強いて言うなら冒険者登録するために立ち寄って、それから依頼を幾つか受けるくらいだろう。
旅をして、街を巡って、冒険者ギルドで依頼を受けて、また旅をする。
それを今は夢見ている。
「特に用事は無い。当ての無い旅をしてるだけでな」
「旅、ですか?」
「あぁ、色んな国を巡って冒険してるんだ」
色んな国を巡ったのは本当だが、第二の人生として歩み始めたのはつい数時間前だ。
勇者パーティーにいた頃もあるので、様々な国を巡って冒険したという話自体に嘘は混じっていないが、第二の人生としてはガルクブールが旅の第一歩となる。
そこに待ち受けてる何か。
観光して、楽しんで、それで自分を探す。
行く当ての無い旅、自分がこれから旅をするに際し、何を目標として、何のために冒険するべきなのか、そこをちゃんと見据えている訳ではないので、これは謂わば『自分探しの旅』だ。
好きな時に好きな場所へと行けるのだから、自分の役割を見つけるために旅を決意し、魔境という大森林を出た。
「色んな景色を見て、色んなものを食べ、そして色んな出会いと別れがある。そういう一期一会な旅が好きで、こうして旅してるんだよ」
「それはまた、壮大な想いですね」
「成る程な、そんで今度は俺達と出会ったって訳か」
「まぁ、そうだな」
この出会いもきっといつかは別れが訪れる、そう俺は予感している。
星の数だけ出会いがあり、星の数だけ思いが紡がれ、そして星の数だけ別れが巡ってくる。
そんな人生を俺は歩んでいきたいのだと心の底からそう思えたが、何故かこの瞬間、そんな呑気な人生を歩んでいけるのか、唐突に不安が押し寄せた。
分からない、けれども前に進む。
それが今できるノアとしての人生だから。
「少し寝させてもらう、何かあれば起こしてくれ」
「おぉ、分かった」
俺は瞼を下ろして、馬車の中を吹き抜けていく風を感じながら意識を暗闇へと落として、心地良い幌馬車という動く揺り籠の旅をゆったりと堪能する。
頬を撫で、髪を靡かせ、風は別れを告げて過ぎ去って、一期一会の旅は続いていく。
この草原に吹く風を追い掛けて、馬車はガタゴトと俺達を乗せて、一つの都市へと続く街道を進んでいった。
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
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