第56話 燃え上がる都市 北の戦い
時刻は、ノアがユーステティアと別れたところまで巻き戻る。
ここは北地区、暗黒龍の力を受け継いだノア、そして魔族の中の武闘派であるウルックが対峙しており、激戦によって北へと派遣された冒険者達が一切近付けずにいた。
熾烈極まる戦いに入れば、まず間違い無く命は狩られてしまうだろう。
戦闘に入って僅か数分で、辺り一帯はクレーターと崩壊した建物だらけとなっていた。
「オラァ!!」
拳が振り抜かれ、空気を叩いただけで三階建ての建物が破砕されてしまう。
それを避けて、ノアは地面へと手を着いた。
「フッ!!」
対するノアの攻撃、地面を錬成して建物を上空へと押し上げ、ウルックを質量で押し潰す。
それを破壊の拳で悉く粉砕したが、粉砕された建物に紛れていたノアが突貫し、錬成で創った短剣をウルックの右肩へと突き刺した。
「ば、化け物達だ……」
遠くから望遠鏡で覗いていた冒険者の斥候達から漏れた言葉は、最早人間同士の戦いではないと認めるようなものだった。
力と力、技と技がぶつかり合うだけで、建物の一、二軒が簡単に消えていく。
まるでグラットポートなどどうでも良いかのように、錬成者は周辺の物を手当たり次第に武器としていく。
逆に、魔族の方は拳一つで対峙している。
最早化け物としか言いようが無いではないか、そう思わされてしまう。
「あそこに飛び込んだら死んじまうぜ」
「賛成だが、あの青年一人に任せるのか?」
「そうは言ってもよぉ……」
二人の斥候は少し離れた場所から戦いの様子を見ていたのだが、あの二人の戦闘は人知を遥かに逸脱していた。
飛び込めば、確実に死んでしまう。
命が幾つあっても足りないというのを肌で感じ取っていたのだ。
しかし、斥候の二人よりも遥かに若そうな青年に戦いを押し付けている事実は、彼等に焦りを生ませ、どうするべきかを考え始める。
「ガッハッハッハ!! 楽しいなぁオイ!!」
「別に楽しかねぇよ」
拳が振り抜かれ、それぞれの拳が頬に直撃し、建物の壁に背中から突っ込んでいく。
力量差があるのか、ウルックの身体が三つの建物を壊していき、ノアの身体が二つの建物を破壊していった。
壁を何枚も破った事で、建物が倒壊してしまった。
「クソッ、支柱をぶち抜いたか……」
瓦礫から影の塊が出てきた。
影魔法によって崩れた瓦礫から身体を守ったノアは、精霊術で全てを吹き飛ばし、身体を起こした。
「よっ、と……ったく、アイツ一体何なんだ?」
急に仕掛けられた戦闘によって仕方なく戦ってはいるものの、彼としては早めに逃げ出したい気持ちで一杯だった。
しかし逃げようにも背中を向けた瞬間、攻撃が飛んでくるため戦わざるを得ない状況となっていた。
「ガハハハ! 強ぇなぁ錬金術師!!」
「……何で俺の職業を知ってる?」
「さぁ、な!!」
距離を詰めたウルックが腕を引いて再び殴打の構えを取っていたため、ノアは足を設置点として錬成術を発動、地面に軽い穴を開けて落とし穴を形成、そこにウルックが片足を嵌まらせた。
その状態から再び錬成して、片足の周囲にある石の分子構成を組み換えて固めた。
「うおっ!? 何じゃこりゃ!?」
抜け出そうにも抜け出せない足に手間取っていたウルックは、目の前から来るノアに対応しきれずにいた。
「ほらよ、プレゼントだ」
「テメ――」
腹に掌を当てて、魔力による衝撃波を体内へと送り込んだ。
「ゲフッ!?」
固定されていた足場にも亀裂が入り、遠くへと吹き飛ばされてしまったウルックは、内臓を損傷して血反吐を撒き散らした。
飄々としたノアとは対照的に、冷や汗を浮かべるウルックは本気を出さなければ負けてしまうと考えて、敵であるノアを見据えた。
しかしながら、彼は面倒臭そうな表情で溜め息を吐いていた。
「テメェ……まだ本気出してねぇだろ!」
自身の勘がそう言ってる。
その本能に従って彼に本気を出させて、その上で勝ちたいと考えていたが、本気を出すどころか手加減さえ手を抜いているようだと分かった。
避けようと思えば全て避けられるはずなのに、何度かは相打ち覚悟で避けようとしない。
ただの勘だったが、それでも数々の強敵との戦闘によって身に付いた強者の実力測定は、殆ど正確である。
「オメェ如きに本気なんざ出すかよ、馬鹿馬鹿しい」
「なら……本気出させてやる!!」
人間とは違って魔族には強靭な肉体があるため、身体の痛みを無視して無理にでも笑みを取り繕う。
闘志に火がついた。
鋼鉄の拳を胸の前で搗ち合わせて、目の前の強大なる敵へと武技を発動させて殴り掛かる。
「『バーニングフィスト』!!」
真っ赤に熱されたような灼鉄の拳がノアを襲うが、周囲の空気を燃やしながら向かっていく拳を、冷静に受け流し続けて反撃しない。
拳を受け流し、服を掴んで捻り、そして足を払って地面へ叩き落とす。
何の力も込めず、相手の動きに合わせるようにして転がしたノアの実力を、ウルックは計り知れずにいた。
「早く立てよ。本気、出させるんだろ?」
「あぁ、そうだな!!」
地面に手を着いて身体を捻って回転しながら蹴りを放ったが、それをしゃがんで躱したノアは、逆立ち状態の身体から放たれる攻撃に掌底打ちで真上へ打ち上げた。
脛に精霊術を当て、宙へと浮いた無防備な逆さまな身体に蹴りを叩き込む。
「ガッ――」
「弱いな、お前」
何処までも無関心な瞳がウルックを見ていた。
眼中に無い、そう言われているような気がした彼は怒りに打ち震えていたが、それでも青年の目には彼が映っていない。
戦う者として、戦っている最中に自分を見られていないというのは、それは屈辱以外の何者でもなかった。
「世界には俺よりも強ぇ奴なんざゴロゴロいる。アンタじゃ俺には勝てねぇよ」
そのまま逃げるために宿屋の方へと向かおうとする。
背中を向けてそのまま南へと向かっていくノアに、背後から不意の一撃を浴びせようとする。
「俺様を見やがれぇぇぇぇぇ!!」
「だから……無駄だって」
バチバチと雷が迸り、足元から生えた巨大な手に身体を掴まれる。
錬成の本質は『干渉』、現在地面で間接的にノアと繋がっているウルックは、彼に命を握られているのと同義である事を理解した。
振り向いた彼の蒼眼に浮かぶは深淵より深く、そして広く濃い闇、射殺すような鋭い眼光に一瞬恐怖した。
「怖いか?」
「ッ――」
その声、その眼、その殺意、彼を構成する全てに対し、細胞が逃げろと訴える。
同時に、その死に最も近しい場所にいる事に対して快楽を得ていた魔族の男は、死んだような顔へと唾を吐きつけた。
「プッ」
「……」
挑発するようにして吐いた唾を避け、そのまま背を向けるノアには最早ウルックに興味も目的も無い。
真面目に戦った結果、戦うに値しないと判断したのだ。
「だ、誰か儂の娘を助けてくれぇ!!」
「ん?」
突如として現れたのは髭の生やした豪奢な初老の男だった。
煌びやかな服装から察するに貴族か豪商、年齢も四、五十代の人族、白髪に弱そうで少し肥えた身体をした男だったが、ノアには見覚えがあった。
「おぉ! そこの黒髪の男! 丁度良かった、儂の娘が瓦礫の下敷きになってしまっておる。助けてくれ!」
その男がノアへと近付いていき、彼の服を掴んだ。
しかしながら彼は男の手を振り払って、その男を見下すのみだった。
ノアは苛立ちを覚えていた。
自分の心をコントロールする事が得意な彼であっても、今の状況に流石に心が乱される。
「デルストリム王国第二十七世、リンスバン=フォン=デルストリム、だな」
「な、何故儂の名を……」
勇者パーティーに入っていたノアは、当然ながら謁見した事もあるため、お互いに知り合いではある。
しかしノアの姿は昔の面影はもう殆ど残されていないために、彼だけが一方に知っている。
だから、この状況下にあっても情報を得ようとした。
「ヴィルは元気か?」
自分がウォルニスだとは名乗らない。
名乗ったら勇者に生きている事が知られてしまうかもしれないからだ。
だからこそ、自分の正体を隠す。
「お、お主は一体……その黒髪はまさか……」
昔と同じ黒髪だからこそ、バレる可能性があった。
だが、リンスバンはノアの正体を見抜けない。
「ヴィル君の兄弟か!?」
「……まぁ、似たようなものだ。それで、アルバートのパーティーにいるはずのヴィルは元気か?」
ノアには心を読み取る魔眼を持つ上、自分の事は全て知っているからこそ、ここで嘘は絶対に通じない。
だが、その事を知らないリンスバンは、娘の事を考えた上で事実を隠して言葉を発した。
「も、勿論元気じゃよ。しっかりと勇者様のお役に立っておる」
「……そうか」
ノアの表情に変化は無かった。
それは、目の前の男が嘘を吐くと分かっていたからだ。
自分のためなら、家族のためなら相手を利用するために嘘さえ吐いて真実を隠そうとする。
それがリンスバンだった。
「ガハハ……まさかテメェが勇者と少なからず関係あったとはなぁ!! 錬金術師!!」
ウルックは怒りに身を任せ、大きな石の手を破った。
「こ、この魔族は――」
ウルックの標的が一瞬で変わった。
リンスバンの首を掴んで持ち上げ、それを助ける事もせずにノアはただ見ているだけだった。
「おい錬金術師、何でコイツを助けねぇ?」
同じ人族のはず、圧倒的にノアの方が強いと分かっているのに、何故か男一人助けようとしない。
それが不思議だった。
人族とは、人間とはそういう生き物なのだとウルックは知っていたが、ノアは普通の人族とは何処か違うものだと思ってしまう。
「何故? コイツが嘘を吐いたからだ」
「嘘、だと?」
「あぁ、さっき俺は聞いたな、ウォルニスは元気か、と。この愚王は俺に対して嘘を撒き散らしたから、助けるに値しないと判断した」
冷徹な性格、非情な思考、本当に人族なのかと疑ってしまったウルックとリンスバンだったが、何故嘘が分かったのかが分からず、リンスバンはノアへと視線を向けた。
ノアの顔が、その面影が、ウォルニスの顔と重なって見えた。
「ま、まさか、お主がヴ――」
――ィル君なのか?
そう聞こうとした矢先、首のへし折れる音が聞こえ、リンスバンは宙へと投げ飛ばされた。
呆気無い復讐の一幕が終わりを迎えた。
「お、とう、さ、ま……」
二人の向けた顔の先には一人の少女が立っていた。
見目麗しく、国王と同じような装飾品を身に付けている王女が埃まみれとなっていた。
「お父様!?」
悲鳴とも呼べる彼女の言葉は二人には届く事は無く、そのまま戦闘を開始する。
ウルックから攻撃を仕掛け、ノアが身体を捻りながら後ろへと跳んで下がっていく。
「ガッハッハ! 人を殺した俺様も大概だが助けられたはずのテメェも見殺しにした! 皮肉なもんだねぇ! 勇者を所有してるはずの男が人族に見捨てられて魔族に殺されるとはな!!」
助ける、助けない、それを裁く権利は誰にも無い。
命を奪われるのは弱いからであり、強くてもホラ吹きを助ける義理も人情も持ち合わせていない、それがノアという男だった。
連続で攻撃を加えていく男の言葉が真実かは不明。
だが、それ等を知らない王女はウルックの言葉を聞き、ノアへと怒りの眼差しを向ける。
「な、何ですって……」
「悪いな王女様、助けるの面倒で見殺しにしちまったよ」
攻撃を上手く交わしながら適当に謝るノアに、怒りが芽生えた。
助けられたはず、そして今繰り広げられている戦闘に強さは見れば分かる。
それが許せなかった。
「巫山戯――ヒッ」
目が合った瞬間、その闇を垣間見て殺意に包まれる。
死神の鎌が首に添えられているような冷たい感覚に襲われて、何も言えなくなってしまった。
「なぁ、ウルックとやら」
「あ?」
王女を黙らせるために、ノアは聞きたい事を聞いていく。
「テメェ等は『シド』って男の仇討ちを企てたんだよな、勇者に殺された魔族の」
「何でテメェが知ってんだ!?」
「さぁ、な」
先程の言葉と同じように返すノア、互いに知っている情報もあれば知らない情報もある。
それを理解しているからこその会話だった。
「魔族十二将星、だったか」
魔境を出て最初に訪れたガルクブールという都市で、シドという言葉を聞いた。
そして同じ言葉をナトラ商会にネズミを侵入させた時にリンドメークが話していた。
それによって首謀者達が魔族であると知ったノア、この計画も勇者によって生み出された復讐という事も知っていたため、王女も関わり無い訳ではない。
しかし、計画を止めるつもりは無かった。
それをする必要を感じなかったからだ。
「その魔族が勇者に殺された事で起こった復讐、つまり火種はテメェ等勇者と、その勇者を管理してるはずの国の問題だ」
「そんな……」
「つまり、そこに転がってるリンスバンは勇者のせいって訳だ」
責任の所在は何処にあるのか、悪いのは魔族なのか、それとも勇者なのか、或いは見殺しにした青年なのか、誰にも分からない。
しかし、その責任を一点へと向ける事はできる。
それは先手を打ち、言葉を発したノアに優先権が与えられるというものだ。
「俺が見殺しにした理由は二つ、一つはリンスバンが俺に嘘を吐いたから」
「う、嘘?」
「もう一つは俺が、勇者、そして人間を嫌ってるからだ」
それだけの理由で人一人を見殺しにする青年、最早人間ではない、そう王女は思った。
骸の服を怒りのままに掴んで、叫び声を上げる。
「あ、貴方も人間でしょ!!」
それが精一杯の抵抗だった。
しかし、ノアは表情も動かさずに、ただ冷たい目を死骸へと向けた。
「あぁ……だから、俺を含めて人間が嫌いなんだよ」
傲慢で、卑しく、醜くある人間、それを自分含めて嫌っていた。
俺も卑しい人間の血があるのだと、彼は分かっていた。
「俺は人間が嫌いだ。だから別に復讐を止めるつもりも無ければ、邪魔しようだなんて思っちゃいない」
「……」
「だが、もし俺の邪魔をするのなら、たとえ魔王だろうと勇者だろうと容赦無く潰すぞ」
その殺意は、凍えるような冷たさだった。
凍てつく風が辺りに吹く。
キェェェェェェェェェェ!!!
風と共に恐怖が迫り来る、悲鳴のような金切り声が空へと届いた。
南から建物を壊しながら突き進んできたのは、星喰らう口だけの悪魔だった。
「うわっ、何だよあれ? 気持ち悪りぃ……」
ボコボコと膨れている肉塊のような生物が動いている事実に嫌悪感が催してくる。
そして、こちらへと向かってきている悪魔の前では、その悪魔から逃げるように走っている何人かの人間がいて、助けを乞うていた。
しかし、王女が動く前に逃げていた三人の人間の上半身が無くなった。
「人を食ってんのか……」
見れば、口には血が垂れており、ムシャムシャと汚ならしい音が聞こえてくる。
「ガッハッハ! とうとう始まりやがったぜ!」
嬉しそうに空へと笑い、ウルックはノアへと攻撃を仕掛ける。
そして同時に腹を空かせた怪物がノアという巨大な生命力へと目を付けて、音を立てながら次第に駆けてくる。
そして隣にいるウルックにも見境無く攻撃していく。
「おい! 何だありゃ!?」
「何だったか……確かエーヴェウ何とかってやつだ!!」
「グッ……」
それぞれが避けるが、避けた上でウルックはノアへと攻撃する。
殴り、蹴り、そして避けて戦いを進めていく。
ガードした身体は吹き飛んで瓦礫の山へと突っ込んでいき、怪我と再生を繰り返す。
「『星喰らう歪んだ悪魔』だろ」
「知ってんのか! へっ、博識じゃねぇか!」
「何てもん呼びやがるんだアホ共……」
その化け物の本当の恐ろしさを彼は知っていた。
命を喰らい、魂を取り込み、そして進化を繰り返し続けるという、いずれ神をも超える神の天敵がこの世に顕現した事を意味していたのだ。
「分かってるのか? それを呼び出したって事は、この星そのものを壊す、『神喰らい』を意味するんだぞ?」
この星を創り出したのは神であり、その星を破壊して喰らうというのは、ノアの言葉の通り神を喰らう行為に相当するものである。
しかも、そのモンスターの恐るべき生態は、喰らう毎に急成長し続けるところにある。
戦闘が長引くと不利になっていき、やがて手の届かない場所にまで力が蓄積されて、誰にも止められなくなる。
証拠に、術者の仲間であるはずの魔族にまで攻撃が行き及んでいるところを見たノアは、すでに術者の創り出した枷が外されている事も理解した。
今や、言う事も聞かない自由となった化け物だ。
「そんなもん知ったこっちゃねぇよ、ただ俺様は強者と戦いたいだけだ!! 『リミットブレイク』!!」
魔力が解放される。
強大な力がウルックの身体を循環し、異常に筋力が膨れていく。
骨が軋み、筋肉が喚き、内臓が悲鳴を上げる。
強化された脚力で飛び出した事で、目にも止まらぬ速さでノアへと襲い掛かる。
「クッ……『錬成』!!」
銀の腕輪を大きな盾に変えて、攻撃を防ぐ。
連続で受け続ける攻撃に、手が痺れていく。
踏ん張りが利かず、再び住居へと吹き飛ばされた彼へと追撃を加えるためにノアへと特攻する。
「クソッ、死ぬぞお前!」
限界を超えるウルックの持つ唯一の強化魔法、それがリミットブレイク、脳のリミッターを解除して身体を壊していく代わりに、超人的な力を得る諸刃の剣を発動させた。
身体を巡る魔力が筋肉へと作用する。
しかし、動く度に肉体が次第に壊れていく。
盾がひしゃげていくが、ひしゃげる度に更に強靭に組み換え続ける。
「チッ、埒が明かねぇな!」
「『錬成』」
大盾を二つの短剣へと変形させ、より高熱となった鉄拳へと剣をぶつける。
火花が散り、金属音が鳴り、剣戟が辺りに響き渡る。
歯を食い縛り、衝撃が突き抜け、そして拳と短剣が弾かれながらも何度もぶつかり合う。
「ラァ!!」
「フッ!!」
右拳に短剣で防ぐ。
カチャカチャと鉄拳と短剣が震え鳴り、鍔迫り合いの状態へと発展する。
「それが本気……じゃねぇな」
「いや、ある意味本気だぜ? 俺が武器として一番使ってるのが、この二刀流だからな」
互いに、得物に短剣に魔力を纏わせて攻撃していく。
攻撃力、斬撃力、そして防御力の上がった、それぞれの武器が激しく残光を蒼白く描いていく。
鉄を叩き、光を砕き、己のために戦う。
本気の相手に本気を出すのが戦いの礼儀、それを分かっていながらノアは本気を出せずにいた。
「テメェ、ホント何もんだ?」
「言ってる意味が分からんな」
「人間かって聞い――」
途中、化け物から手が伸びてきて、二人は一定の距離を離れた。
「邪魔するな」
片方の短剣を腕輪へと戻して、空いた右手を天空へと構えたノアは、精霊紋から精霊を強制的に呼び出して使役する。
「おいステラ、手伝え」
『いやだ〜!!』
「駄々捏ねるな、少しは真面目に戦ってくれ」
ノアの右手甲に浮かび上がっている契約の紋章、精霊紋から一人の小さな精霊が現れる。
戦う事が苦手な少女で、積極的に戦ったりしない。
そのため、ノアは彼女に対してヤル気を出させるために一つの約束を提案する。
「なら、今度美味い飯屋に連れてってやるよ」
『ホント!?』
「勿論、俺が生きてたらな」
『なら……やる』
ステラの了承を得た彼は、意思疎通によって攻撃の様子を思い浮かべる。
それを感じ取った彼女が空気を操作していき、風を操っていく。
『行くよ〜』
「あぁ、一撃で凍らせる!!」
邪魔されるのは御免だと言わんばかりに、咆哮の代わりに風で形成した槍をお見舞いする。
「『風天槍』!!」
天空の風を地へと落とす。
その一撃は氷点下をも下回り、一瞬にて化け物が凍り付いてしまった。
上空の気温というものは地上のような適温ではなく、マイナスに突入するくらいの寒さを持つ。
それを槍にして一気に化け物へと落とした。
それによって周囲の環境が一変し、火事となっていた北地区は一瞬で凍てついたのだ。
「ヒュ〜、やっぱ本気じゃなかったなぁ錬金術師」
口笛を吹きながら、ウルックはチャンスとばかりにノアへと拳を振り抜いた。
「こんなもん至近距離で放てるか!」
近接戦闘を試みるウルックに今の攻撃を放った瞬間、自身も氷漬けとなってしまうのは目に見えていたため、それをしなかった。
そして再び戦いに身を投げる二人、拳を受け止める短剣に力が込められる。
「ハッ!!」
そして相手の攻撃を弾き飛ばした。
相手が限界を超える力で戦ってきているため、避ける隙は見つからず、敢えて受け止めている。
しかしながら、腕が悲鳴を訴えて短剣を握れない。
「『錬成』」
だから腕輪へと戻した後、短剣を先へと付けた鎖で勝負する事にした。
「鎖? んなもんでどうやって戦うってんだ!!」
嬉しそうに突っ込んでいくウルックは、どのような攻撃が来るのかとワクワクしていた。
そして再び彼等は互いの命を賭けた戦いを繰り広げていく。
ウルックの攻撃を邪魔するように鎖を防御に利用し、鎖を伸ばして遠距離から攻撃したり、或いは近距離で足を引っ掛けたりして戦ったりする。
「今まで錬金術師と戦った事は無いのか?」
「あるぜ、一度だけな。頭を鷲掴みにして潰してやったぜ」
それをノアにもしようと、腕を伸ばしていく。
そうはさせまいと左手で上へと受け流すと同時に懐へと入って、鎖に繋がれている短剣の柄を持って身体へと斬撃を繰り出した。
「イッテェなぁ!!」
「おっ、と」
力任せに地面へとパンチを出して、まるで爆発のような衝撃が地面を揺らして辺りに大きなクレーターを形成していた。
ノアは、その近くに着地する。
受けていたら骨が完全に砕けていたであろう攻撃は、ギリギリのところで回避されたのだ。
「あぁクソッ! 動くんじゃねぇよ!!」
攻撃を当てられない事に苛立ちを覚えながらも、ウルックは果敢に攻撃し続けていく。
いつか綻びが生じるかもしれない、そう思って。
拳だけでなく蹴りも加えてより熾烈さを増していく二人の戦いに、遠くから見ていた者達も逃げ出す程となっていた。
眼前に飛んでくる拳を躱し、背負い投げを繰り出して地に落とす。
「グァ!?」
必死になって戦う姿は泥臭いものだったが、何故そうまでして戦うのかを理解できずにいた。
「死ぬまで戦う気か?」
「当たりめぇだ。だからテメェも本気出しやが――」
しかし、攻撃がいつまでも続く訳ではなかった。
「うっ……」
突如として、地面に膝を着く事となったのはウルックだった。
「リミッターを解除し続けてたんだ、そうなる事は分かってたさ」
「……時間か」
力及ばず、目の前の壁は大きかった。
それでも健闘したウルックの姿は、何処か美しく、そして何処か儚かった。
リミッターを外した影響で、解放された魔力に身体が追い付かずに少しずつ自壊していく。
「なら、この命を捨ててでも最後の一撃!! テメェに一泡吹かせてやるぜ!!」
身体の感覚が次第に消えていく。
それでも最後の一撃を喰らわせて、無愛想な表情を崩してやろうと画策する。
「逃げねぇよなぁ錬金術師!!」
普通ならば、その挑発を聞き流す事ができた。
その言葉が心の奥底で引っ掛かりを覚え、ノアは無言で錬成を発動させて腕輪へと戻した。
「おい巫山戯んな! 武器を構えやがれ!!」
「あぁ、だからこそ構えてやるよ、俺の持ってるもう一つの武器でな」
影が揺らめく。
「『悪喰の剣』」
手を翳し、一つの反りの無い黒刀が影から伸びてくる。
その刀の内包する途轍もない魔力量に、ウルックは戦慄した。
しかし、途端に本気を出しても勝てるか分からないスリルが身を包み込んだ。
「良いねぇ、こうでなくちゃなぁ!!」
嬉しさに震慄するウルックは、生命力をも攻撃へと転換する。
目の前の敵を放置しておくと危険だと、そう思った。
だからノアも面倒だ何だという気持ちを抑え、黒刀に雷の精霊術を纏わせ、腰溜めに抜刀の構えを取った。
二人の収束させる熱量が、発光する。
一拳と一刀が衝突すれば辺りは焦土と化す。
だから、側でリンスバンに寄り添っていた王女は身の危険を感じて、彼を背負って遠くへと逃げた。
「行くぞ!!」
「あぁ」
その身体が瞬刻の間に、空いていた距離がゼロ距離へ縮まる。
「『灼帝拳』!!」
「『月陰』」
数千度を誇る白拳を相手へと打擲し、同時に雷の如く神速の太刀を相手へと刻み、信念同士の戦いが一つの決着を迎える。
激突した二つの力が押し合い、僅かな静寂の後に衝撃となって轟音と斥力が生まれ、地面に巨大な穴が発生した。
バチバチと音を奏でながら、ノアの一振りの黒刀がウルックの拳を後方遥か遠くへと打ち飛ばした。
音速で飛んでいく身体が壁を何枚も突き破っていき、そして外壁に背中を打ち付ける。
「ガハッ……」
土埃が舞い上がり、外壁に埋まったウルックの身体が瓦礫と共に落ち、心が粉々に砕け散った。
漂う煙を纏い、ノアが死に掛けている男の側に立った。
「俺の勝ちだ」
「ぁ……ぁぁ……そ、うだ…な……」
辛うじて残っていた意識が、勝者を見上げた。
一つの復讐を終え、納得の行く戦いを完遂できたからこそ、太陽の降り注ぐ元で最後に一言を告げた。
「あ…り、が……と…よ…………」
「……あぁ」
目から光が失われ、心臓が止まる。
ウルックが死んだ。
人の死が溢れる都市で男は生涯を終え、燦然と輝く空の下で彼は刀を影へと仕舞った。
「アンタの事、忘れねぇよ、ウルック」
その男に届いたのか、一瞬彼の口角が上がったような、そんな気がしたのだった。
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
『面白い!』『この小説良いな!』等と思って頂けましたら、下にある評価、ブックマーク、感想をよろしくお願い致します。
感想を下さった方、評価を下さった方、ブックマーク登録して下さった方、本当にありがとうございます、大変励みになります!




