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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第二章【財宝都市編】
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第55話 燃え上がる都市 ナトラ商会内の戦い

「レイカ!」

「了解なのです!」


 ナトラ商会近く、二人の冒険者が星喰らう化け物へと戦いを挑む。

 連続で毒の魔槍を振るい、更に体勢を崩したシグマをレイカが空を飛んで手を掴む。

 戦いが苦手なレイカでも、戦闘力自体は高い。

 そのため、重たい男性の身体を持ち上げる事も可能。


「駄目だ、毒耐性でもあるみたいだね」

「どうするのです?」

「う〜ん、どうしようか」


 攻略方法が見つからない。

 それ以上に、沢山人を喰らっているせいなのか、南で戦った個体よりも強く大きくなっている。

 しかし本体そのものが動く事は無く、鎮座している。

 チャンス、と思う事勿れ、攻撃できる隙が殆ど見つからないのだ。


「『聖炎の蒼翼』!」


 伸びてくる無数の手を蒼白い炎で燃やすのだが、熱耐性も備わっているせいで燃やしても大したダメージとはならなかった。

 加えて、外皮も硬くなっている。

 よって毒槍を投擲しても毒が浸透せず、傷も浅く、再生して怪我も見受けられない。


「僕達には無理なんじゃないかな……」

「諦めるのです?」

「諦めはしないさ。どんなものにも、必ず弱点があるはずだからね」


 どうすれば攻略できるのか、どうすれば倒せるのか、それを考えていると不意に空から一人の魔族が急降下してきた。

 手に持っているのは二本の剣、宙に浮いている二人へと攻撃を仕掛けるは、未来視を持つイグラだった。


「……死ね」


 二刀での攻撃が放たれるが、直前になって二人から距離を取るようにして飛び上がった。


「『守護の蒼翼』!」


 レイカは超高温の蒼炎を纏い、周囲を燃やし尽くす。

 逆に炎に包まれたシグマには蒼炎の熱が感じられなかった。


「やっぱり凄いね、君の炎は」

「そ、そんな……」


 守護の炎が周囲を青く彩る。

 蒼白い火の粉が鱗粉のように周囲へと飛び、主人を脅威から守ろうとしている。


「けど、レイカが炎を出す前に躱したね……君、彼女と同じ案内人かい?」

「……」


 近くで二刀を引っ提げているイグラへと質問するが、軽く無視したイグラが二刀のうちの片方の剣を投擲した。


「うわっ!?」


 紙一重で避けるも、その避けた先にいたイグラが横一文字を繰り出した。

 大きな金属音と火花が飛び散り、魔槍を上手く駆使して弾き落とし、腕へと蹴りを入れた。


「ゆ、揺れるのです……」

「もうちょっとだけ我慢してくれ!」


 今は空中で手を繋いで支えられている状態であるため、支えている側のレイカの負担が増える。

 更に背後から人を喰らい続けて大きくなった化け物のブレス攻撃が迫ってくる。


「『焼滅の蒼炎』!!」


 守りとは別に、彼女は周囲の空気を燃やし続ける。

 気温はどんどんと上昇し、吸い込めば肺が焼けてしまう程の熱量を体内に孕んでいた。

 体内の熱量が数千度にもなる霊鳥族だが、彼女にも限界はある。


「ま、まだ……」

「もう良い。後は僕が何とかするよ。二つ共解除してくれるかい?」

「はい、なのです」


 守護と焼滅の力を解除して、主人を商会の屋根の上へと降ろした。

 そこには七体の遺体が魔法陣に寝かされており、全ての屍に生気は無く、そして中央に置かれている黄金色の杯が血に塗まっていた。

 しかし中身は空っぽで、八つある小さな魔法陣の一つだけが空白となっている。


「成る程、狼の子をここに置く気だったのかな……」


 大きな魔法陣に繋がっている小さな魔法陣の合計数は八つだった。

 その八つのうちの七つが使われている。

 それとは別に、一つだけが使われずに光を失ったかのように機能していないのがあった。


「ともかくこれを壊せば――」

「主様!!」


 レイカの言葉によって、屋上に現れた二人の人物と、その片割れが抱えている一人の人物に気付いた。

 無造作に捨てられた狼少女を見ていたせいで、その隙を突かれる。


「クッ……」

「反応が良いな。下の奴と同等のレベルか」


 ミルミトが足に力を込めて、シグマとの距離を瞬きする間に詰めた。

 拳を振り、シグマは彼の拳を槍でガードして後ろへ下がった。

 仲間らしき者達に任せたはずの二人の敵、そして仲間らしき一人がこの場にいるという状況はつまり、自分達の戦力が押し負けてしまったという事を示す。

 負けた者達がどうなったのかを確かめるため、二人は屋上から見下ろした。


「案内人さん!!」


 レイカが屋上から飛び降りる。

 着地したところには、すでに大量の血が地面を濡らしていた。

 側には腹に穴を開けた状態で動かないリィズノインと、身体の正面を大きく斬り裂かれたダイガルトが地面に突っ伏していた。

 二人の身体に触れずとも体温を感じ取れる彼女には、まだ二人が辛うじて生きている事が分かった。


(でも……何でこれで生きてるのです?)


 腹に穴が空いている人間が生きている事に違和感を感じていた。

 魔力が循環している。

 それも不自然なくらい流麗に、まるで魔力回路が予め計算されて造られたかのように。

 しかし、そのお陰で命を繋ぐ事ができる。

 ダイガルトをリィズノインの側へと運んで、蒼翼をバッと広げた。


「『輪廻の蒼翼』」


 蒼炎が二人の傷口へと浸透する。

 燃えた傷口が徐々に回復し、ダイガルトの斬痕はすぐに消え去った。

 しかし、リィズノインの腹の傷は再生に時間を掛けている。

 いや、時間が掛かってしまう。

 そして同時に、レイカは身体に残っている魔力を温存させる事も無く注ぎ込み、有りったけの力を込めて死から生へと呼び戻そうと試みる。


「……参ったなぁ、僕一人で三人相手取るのは流石に厳しいね」


 魔槍を肩に担いで、シグマは冷や汗を掻いていた。

 三人の敵、そして一体の巨大な化け物、四面楚歌となってしまい、命の危機が目の前にある中、表情とは裏腹に必死になって脳を回転させていた。

 この場に来て、自分はどうするべきなのかと考える。

 現状で勝てると思える程に馬鹿ではない。

 勝てないのは分かっているが、それでも死なないようにするためにはどうするべきか。


(逃げたら見逃してくれるかもしれないけど……ポリシーに反するってね)


 不敵な笑みを浮かべ、毒の魔槍へと魔力を流していく。

 武器を構え、切っ先を向け、突っ込んでいく。


「ここで止めてみせる!!」


 確固たる意思を持って強大な敵へと向かっていく。

 何もしなければ結局は、この国以外でも更に被害が拡大してしまうからこそ、ここで止めなければならないのだと言い聞かせる。

 震える手足に気付かないフリをした。


「人というものは愚かだな」

「ガハッ!?」


 正確に腹へと拳を飛ばしたミルミトは、そのままシグマを屋上の手摺りに背中を強打させ、彼は肺から強制的に酸素を吐き出してしまう。

 魔族であったとしても、高すぎる身体能力に翻弄されてしまう。

 魔槍を所有する彼には、ある程度の身体能力の上昇が付与されているが、その能力上昇を上回るパワーとスピードを見せつけられる。


「い、一体……何の職業なのかな?」

「何の職業だと思う?」


 答える気が無いために上空へと蹴り飛ばす。

 魔族である彼には翼があるため、空中で四方八方からの暴力に晒されたシグマは身体に無数の傷跡を生み出していった。

 魔力を防御のみに集中させて、彼は魔族の攻撃を防ぎ続ける。

 しかし痛いものは痛いため、拳や蹴りを受け流そうとするが、魔槍を握る手も衝撃によって痺れてしまい、反撃ができない。


(息する暇もくれないとは……かなりのハードモードだ)


 魔槍で拳を弾こうにも、更に別の角度から攻撃が向かってくるため、背中を殴られて弓形に背中を反らした彼は地面へと腹から激突した。

 ボロボロな身体を引き摺りながら、立ち上がって血を流していく。

 命懸けで足止めした二人の分も、次の一撃に乗せる。


「なっ……」


 それでも、目の前の壁を越える事ができなかった。

 簡単に槍を掴まれ、振り回され、そして地面に振り下ろされる。

 屋上より天井を打ち抜いて一階まで、力の限りを尽くして投げ飛ばしたミルミトは、リンドメークとイグラへと指示を出す。


「リンドメークは狼を魔法陣に組み込め。イグラはウルックの代わりに護衛しろ」

「はぁい」

「……」


 止めなければならないのに身体に力が入らず、瓦礫に包まれる彼が天井を見上げると、上からミルミトがキラキラと光を帯びて降りてくるのが見えた。

 ゆっくり降下してくる様子は、自分の死が近付いているように感じ、無理にでも身体を起こした。


「まだ立てるとは……やはり人間は侮れん」


 しかし、立てるだけの力しか残されていない。


「き、君達が……何故こんな事を、してるのか……僕には分からない」


 しかし人の命を奪うのは倫理に反する行為であり、その命を弄ぶ権利は彼等には無い。

 だからシグマは己の信念に従って、槍を握っている。

 額から血が流れ、鼻から頬へ、そして顎へ、最後には地面へと消える。


「けど……人の命を弄ぶ権利なんて誰も持っちゃいないんだよ!」


 食い縛った歯が軋み、怒りが込み上げてくる。

 相手の理由は知らない、知らないが故に言える事はそこまで多くはない。


「さっき君は『人というものは愚かだ』と、そう言ったね」

「そうだな」

「本当に愚かなのは、一体どっちだろうね?」


 その言葉に見え隠れした嘲りの感情を、ミルミトは正確に読み取った。

 しかし、自分が愚かであるという自覚もしていたため、その言葉に対して威圧的になったり、負の感情が湧いてくる事は無かった。


「愚かだろうがそうで無かろうが、人間は根絶する。人間の魂は私が有効に使ってやろう」


 何処までも冷めた視線が栗色の瞳に映った。

 命を奪う事に抵抗が無い以上に、弱い命は淘汰されるべきだろうと思っている節が見受けられる。

 ここは弱肉強食の世界である。

 弱き者は強き者に蹂躙されるだけ、顕著に現れているのが職業淘汰であり、人が人の命を弄ぶ権利が無いのを分かっていながら、人は命を差別する。


「下賤な人間の魂、我等魔族の踏み台となる事をむしろ誇りに思ってもらいたいものだ」


 理不尽な物言い、しかし人は差別し、虐め、そして排斥する。

 それが醜い一面であるとミルミトは深く理解している。

 目の前の槍使いが並べているのは所詮は綺麗事、自身の心に染み渡る事なんて有りはしない。


「踏み躙られて良い命なんて何処にも無い!」


 その言葉が飾られただけの、中身の無いものであるように聞こえた。

 その台詞は、ただ怒りに任せて出た言葉でしかない。

 それでも、正鵠を射る言葉でもあるのは間違いない。

 その言葉を聞いたミルミトは、ならばと彼へと質問を浴びせる。


「ならば……ならば貴様は、魔族を受け入れられるか?」

「……ぇ?」


 僅かな静寂が訪れる。

 パラパラと天井から降ってくる小さな瓦礫が光を浴びてシグマだけを照らす。

 落ちた瓦礫が、辺りの粉塵を舞い上げる。

 濁った空気に少し咽せてしまうシグマだったが、それを気にする事は無かった。


「人間と和平を結ぼうとしていた命、それを奪ったのは間違いなく貴様等人間だった。踏み躙られて良い命など無いだと? 笑わせるな!!」


 吐いて捨てた言葉は、熱が込められている。

 冷め切った視線とは別で、感情の籠った言葉に、シグマは困惑する。


「なら貴様は、踏み躙られた命に対してどう贖うのだ?」

「それは……」


 人の尊厳を奪われる事など、しばしばある。


「歴史の中で、大国と呼ばれた国々がどうやって大きくなったか、貴様は知っているか?」

「唐突に何を――」


 真剣な面をしていたミルミトに対し、答えないのは失礼だと感じ取ったシグマは少し考える素振りを見せて、自分の意見を述べた。


「人が集まったら大きくなるんじゃ……」


 人が集まれば、より大きな事業を成せる。

 人が集まれば、より多くの知恵を出せる。

 人が多ければ多い程に、より国は大きく発展していくのだとシグマは考えた。


「違う」


 しかし、あっさりと意見を斬り捨てられる。

 そして彼なりの答えがそこにあった。


「人の命を踏み躙り、そして奪ったからだ」

「なっ――」


 人の命を弄び、踏み躙り、そして略奪した事で大国は成り立ってきたのだと、そう魔族の彼は言った。

 しかし、到底理解できるものでもない。

 シグマは世迷い言だと切り捨てようとしが、何故だかできなかった。


「人はそれを『戦争』と呼ぶ」

「……」


 そして明白な言葉が単語で表される。

 人と人が争い、奪い合い、血で血を洗う戦争、それを経験していない者には到底分からないであろう、そこに消えていった人々の悲しみをミルミトは知っていた。

 生を受けて十八年しか生きていないシグマが、綺麗事を並べたところで悲しみは消えない。

 もしかしたら今も復讐の種が何処かで芽吹いているかもしれない。

 そう彼は言葉にした。


「数千年数万年と続く歴史の中で、踏み躙られた命が一体どれ程あるのだろうな」

「……」

「貴様が並べた言葉は、どれも無責任で、傲慢で、そして空虚なガラクタでしかない」


 自分の言葉が全て否定されていく。

 ガラクタだと、中身が無く意味を持たない単なる言葉の羅列でしかない、そう突き付けられる。


「貴様も所詮、蹂躙される側だったな」

「僕は……」


 拳が眼前へと迫り来る。

 魔族の命を奪ったのが人間、そして自分の言った言葉が正しいのだとするならば、それは魔族を差別しているという事に他ならないと気付いてしまった。

 無意識のうちに、魔族は悪だ、と思っていた。

 実際に魔族が人の命を奪っているから、このような事態となっている訳だが、周りが見えなくなっているシグマには何が正しいのか、何が間違いなのか、分からなくなっていた。

 思考が鈍り、感覚も少しずつ無くなっていく。


(僕は、死ぬのかな……)


 連続でパンチを身体に受けた。

 受ける痛みも全て自分が弱いからだと、そう思考の海へと沈んでいく。


(痛い…痛いな……)


 目の前にある拳が遅く見える。

 しかし、最後の一撃も避ける気にはならなかった。


「主様!!」


 業火が二人の間に噴き上がった。


「れ、レイカ……」

「相手の言葉を聞いちゃ駄目なのです! 結局は今、悪い事してるのは魔族なのですよ!」


 突然現れたレイカによって、諭される。

 自分は何を考えていたのだろうか、と。

 過去の偉人達が尊厳を弄ばれたからと言って、それが今も行われていて良い訳がないのだ。

 そして自分には過去の者達へと贖う事ができないから、今ある命達を、今失われようとしている命達を大切にするのだと、再確認する事ができた。

 そもそも、過去の罪は過去の者が持つものである。

 彼には関係の無い話だ。


「チッ、余計な事を……」


 話術に長けたミルミトだったが、後一歩のところでシグマは立ち直ってしまった。


「主様に何をしたのです!?」

「レイカ?」


 一体何を言ってるのだろうかと、シグマは不思議な表情をしてしまった。

 彼女が何を言ってるのかを理解できずにいた。

 まだ頭が混乱している。


「主様、この空気に気付かないのです?」

「空気?」


 周囲を見渡してみるが、単に空気が濁っているだけ。

 粉塵が舞い上がっており、彼女の蒼翼によって空気が焼かれていく。


「……何かの薬が撒かれてるのです。体内に入った瞬間、分かったのです」

「薬?」

「ほぅ、初見で見破るとは大したものだ」


 つまり、辺りに舞っている粉塵が全てがミルミトの放った毒薬であると、今更ながらに気付いた。

 しかし身体には何も変化は起こっていない。

 自身の身体を見たシグマだったが、毒魔槍を扱う彼にとって毒だとしたら即座に気付けただろう。


「僕に何をしたんだ?」

「簡単だ。気化する薬を降りてくる時に撒いただけだ。比重を空気より重くしておけば、下へと落ちながら辺りに広がっていく」


 空気より比重が微妙に重くなっていた事で、瓦礫が落ちた時に粉塵が舞い上がり、それを吸い込んだ事で薬を体内へと取り込んでしまった。

 そう説明されて、何故毒耐性が働かなかったのだろうかと疑問に思った。


「ククク……これは麻薬の類いだが、特殊な効果も持っていてな。私が調合したものだ、毒耐性では防げん」

「ま、麻薬!?」


 咄嗟に口元を押さえるが、吸い込んでしまったものはどうしようもない。

 そう思っていると、レイカがシグマへと火を付けた。


「『聖炎の蒼翼』なのです」

「う、うん……ありがとう」


 麻薬の成分さえも体内の熱を引き上げて消し去った。

 特殊調合した薬物オリジナルには本人しか知らない効能があるため、基本的には吸い込まないのが定石だが、それでも吸い込んでしまった場合はポーション等で中和しようと試みたりするものだ。

 しかし、そんな手間さえ掛けずに、彼女は自身の炎で主人を燃やして守った。

 そして、パンチで受けた傷も回復していった。


「あの二人は?」

「冒険者の方々が増援に来たので、医療班とやらに任せたのですよ」


 重傷を負った二人のうち片方は身体を大きく斬り裂かれた状態だった。

 もう片方も腹に穴を開けるという瀕死の重傷で、二人共ギリギリ生きられるレベルにまで回復させた。

 それでも意識が目覚めないため、医療班に任せてきたと伝えた。

 医療班というのは、冒険者ギルドに呼ばれた教会員の事を指し、ユーステティアの職業選別を見届けた神官ミレットを含め、多くの人員が現場に急行していた。


「上昇するですよ!」


 後ろからシグマの両脇を抱えてレイカは一気に屋上へと上昇した。

 それをミルミトは追い掛ける。

 上空へと上がったところで、眩ゆい光が柱となって空へと昇っていくのを目の当たりにした。



 キェェェェェェェェェェ!!!



 八つ目の魔法陣には、狼の少女ユーステティアが目を閉じて眠っている。

 中央では杯を掲げたリンドメークが詠唱を終えていた。


「さぁさぁ、生まれなさぁい! 今度こそ完全なる七体の悪魔、『星喰らう歪んだ悪魔エーヴェウグル・ディーヴァ・ジーレ』よ!!」


 恍惚とした笑顔が浮かんでいた。

 ザインの黄金杯に入っていた一つの血が天へと昇り、その血が巨大な魔法陣を形成する。

 本体の悪魔が、黒煙の空に浮かぶ血の魔法陣へとゆっくりと浮揚する。

 そして、本体の悪魔が魔法陣を取り込んで身体が更に大きく膨れ上がる。



 キュォォォォォォォォォ!!!



 悪魔が咆哮を上げる。

 魔法陣を取り込んだ事で大きくなった身体が分裂し、同じ個体が空に三つ浮かんでいる。


「おいリンドメーク、七体のはずだろう。何故個体が六つなのだ?」


 北、南、そして西に一体ずつ、中央付近東の空に浮かんでいるのは三体、合計六体となっている。


「……何かが足りないのかしら?」


 この魔法が完全だった場合、生まれるはずの悪魔の本来の数は七体、しかし生まれ落ちたのは六体、一体足りない理由が何なのかが分からない。

 八体の媒体のうちの一体が遅れて魔法に干渉したためなのか、それとも採取された血液量の不足か、或いは媒体に必要な何かが足りないのか、ともかく不完全な魔法となってしまった。


「まぁ良いわぁ、一体増えるか増えないかなんて問題じゃないでしょう?」

「……チッ」


 完璧を追い求める男としては、些細な問題を気にしない女の考えている事を受け入れられない。

 が、不完全を完全にするための条件が不明な以上、魔法発動に関して文句を言ったところで無意味であるのも理解していた。


「な、何だよ、あれ……」

「禍々しい気配を感じるのです……」


 絶望が都市に、都市の上空にいる。

 雄叫びが空へと打ち上がり、都市は混乱と恐怖、血と死体で埋め尽くされる。

 まるで、この世の終わりを目にしているかのような、そんな惨劇が黒煙噴き上がる空に浮いている。


「ねぇミルミト」

「何だ」

「北に向かった個体も倒されちゃったみたいよぉ? どうするのぉ?」


 東の空を除く三体の化け物が倒された、これは予想していなかった異常事態である。

 まだ打てる手は残されているが決定権はリーダーに委ねられ、どうするのかをミルミトへと問うた彼女へ返された答え、それはたった一つだった。


「この国を完全に破壊する。アレを使え」

「えぇ、分かったわぁ」


 嬉しそうに、リンドメークはブーツのヒールを鳴らして中央の魔法陣へと立った。

 杖を構えて、詠唱を開始する。


「『七つの魂集まりて 今宵 我が宿願果たされる』」


 詠唱開始と共に、その詠唱が危険であるとすぐに分かった二人は一斉に攻撃を仕掛けようとするが、シグマはイグラに、レイカはミルミトによって阻まれる。

 七つの魂、それは本来の数である悪魔の心臓の数を指し示していた。

 宿願、それは彼女達が望んでいた人間に対する復讐。

 黒煙噴き上がる空は夜のように暗く、そしてこの黒い空には三体の化け物が分裂した状態で待機していた。


「『死と生喰らいて蘇り 悪魔はそらへと駆けてゆく』」


 シグマ達は詠唱を止めるために目の前の敵を倒そうと考えるが、時間が無い。

 更に勝てない相手であるため、このままだと魔法が完成してしまう。


「『歪みし世界を修正し 新たなる邪神が誕生す』」


 生み出すのは邪悪なる神、間違った世界を正すために彼女達が誕生させる。


「『八つの供物が揃いし時 破壊の歴史が綴られる』」


 八人の奴隷達が供物として捧げられた。

 供物として殺され、魂を奪われ、ここから終わりと始まりの物語が綴られるのだと、全員が暗雲立ち込める空を見上げた。

 三体の化け物が淡く光を纏って、一つの大きな光繭へと変化する。

 北、南、そして西から光が伸びて巨大繭へと当たり、六体の悪魔が今、融合する。


「『ここに全てが集結し 胎動の繭より生まれ出ずる』」


 繭が砕け始め、そこから赤黒く明滅する巨大な魔神の腕が飛び出してきた。


「『の記憶は無く 空白より天の裁きを下す者なり』」


 生まれた存在は、赤黒い全身をした正真正銘の化け物だった。

 口だけだった顔のパーツはそのままに、三つに伸びる首に付いている顔は龍顎あぎとを彷彿とさせる。

 人間らしき大きな足に六本の腕、右手には霊魂で形成された大剣と矢、そして大槍が、左手には盾と弓、鎌が握られている。

 青白く輝く武器と、赤黒く明滅する化け物、それは命の胎動のように見えた。


「『その名は 霊魂喰(スクリオス)らいし破壊の(・ディーヴァヘルム・)魔神ジーレ』!!」



 キュォォォォォォォォォ!!!



 彼女の呼び声に答えるかのように悪魔は、いや魔神は悲鳴のような叫び声を空に向けて放った。

 三つの龍の首は、それぞれ別の形をしていた。

 右腕の大剣が縦一閃を繰り出し、直線上に斬撃が伸びて一瞬で大量の市民が殺される。


「何だありゃ、まるで世界の終わりみたいだ……」


 遠くから、一人の男が魔神を眺めていた。

 周囲に建物は一つも無く、瓦解した北地区の一角で、黒髪の青年は地面に転がっている魔族へと憐れみの視線を向けた。


「さて、行くか」


 手には二刀の銀色をした短剣が握られていた。

 それを腕輪へと戻して、土埃を払い、彼は背中に一対の漆黒の翼を生やした。


「『堕天使の影翼(ゼアーラ)』」


 夜闇を象った翼を羽ばたかせ、彼は空へと躍り出る。

 目指すは魔神の発生源である儀式魔法陣が仕掛けられたナトラ商会、胸騒ぎを振り払って彼は目的地へと全速力で目指していく。

 自分が何処へと進んでいるのか、これが本当に正しいのかと迷いながら、(ノア)龍神の使徒(=ヴァルシュナーク)は黒煙の空を駆け抜けた。






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