第54話 燃え上がる都市 ナトラ商会前の戦い
混戦状態となったナトラ商会に集いし五人は、それぞれの武器を手に戦いを繰り広げる。
「僕とレイカで化け物の相手するから三人はそっちを頼むよ!」
即座に状況を判断して、自分が化け物の相手をした方が良いと考えたシグマは、そのまま商会の屋根へと飛び乗ろうとした。
しかし、そこには儀式魔法陣があり、それを壊されると困るのは魔族側であるため、リンドメークがそちらへと向かおうとするが、それをユーステティアによって食い止められる。
「行かせませんよ」
「あらあらぁ、奴隷ちゃんの分際で随分と生意気なものねぇ」
「えぇ、ご主人様のお陰です」
三日月のように反ったショーテルを構えて、獲物を見定めるユーステティアの目は、まさに狩人の目をしていた。
ただ獲物を狩るためにする殺生、そう考えて、彼女は特攻する。
「あらぁ、魔術師に近接戦は危険よぉ?」
接近した瞬間、目の前に魔法陣が現れて三体のモンスターが姿を現した。
狼の顔に人間の身体を持ったモンスター、コボルトと呼ばれる基本弱いモンスターであるが、集団統率によった強さがあるため、三対一の戦いとなる。
「さぁて、貴方は同族を殺すのかしらぁ?」
「同族?」
見た目としては狼であり、彼女も獣人ではあるが狼の血も持ち合わせている。
しかし、それは今の彼女にとっては気にする事柄でも無かったため、迷いの無い攻撃を仕掛けて、目にも止まらぬ速さで三体の首を掻っ切った。
しかも驚くべきは彼女は目の前にいたにも関わらず、モンスター達が彼女を見失っていたというところだ。
「私はモンスターではありませんよ」
三体のコボルトの首が飛び、その身体が何処かへと消えてしまった。
召喚魔法によってこの世界に召喚された存在は、基本的には殺されても元の世界に戻るだけなので、本当に死んだ訳ではない。
しかし彼女にとって、それは些細な問題である。
今は、出てきたモンスターと召喚術師であるリンドメークを倒す事が最優先事項であるため、彼女は死んだ犬に目もくれず、ただ一つに刃を向ける。
「凄まじい戦闘能力ねぇ……気配を消すってレベルじゃ無かったけどぉ?」
「よく狩りをしてましたから」
慣れたものだと、彼女はサラッと受け流した。
しかし、普通の人間にはそのような芸当は難しく、魔力も使わずに気配を絶つ彼女は、狩人よりも暗殺者に向いている、そうリンドメークは思わされた。
「何故このような事をするんですか?」
「……出て来なさぁい、スケルトン達!!」
リンドメークが召喚したのは大量の兵士、それも白骨化したモンスター達だった。
カタカタと骨を鳴らして襲い掛かってくる敵を斬り伏せるも、まるで念力のように元の形へと戻って、武器を手に取って再び攻撃へと転じてくる。
避け、受け流し、そして攻撃に転じるが、白い兵士達に囲まれてしまう。
「殺してしまいなさぁい!!」
術者を倒せばモンスターも原形を保っていられないのではないか、そう思ったため、手に持っていたショーテルをブーメランの要領で投擲する。
曲線を描きながら回転する武器は、白骨兵士によって払い落とされてしまう。
「なら――」
攻撃を避け続けながら、彼女は氷結魔法の詠唱を行なっていく。
「『インパクト』!!」
詠唱途中に地響きが伝わってきて、そちらへと目を向けるとスケルトンの軍勢が宙へと舞い上がっていた。
見ると、そこには剣を振り下ろしたまま固まってしまっているリィズノインがいる。
彼女は何をしているのかと疑問に思ったが、その前に接近してきた影に対処するため、氷結魔法の詠唱をキャンセルして、更に高速詠唱によって生み出したショーテルを駆使して、振り下ろされた何かを弾き飛ばした。
「クッ……流石ねぇ、狼ちゃん」
持っていた大きな杖で殴り掛かってくるという魔術師に有るまじき攻撃に驚きつつも、しっかりと距離を取って案内人を回収する。
ユーステティアを助けるためにスケルトンを何とかしようとしたが、逆に手を借りてしまった。
腕に激痛が走り、骨に罅が入る程の衝撃が彼女を襲う。
「無茶しないで下さい、リノさん」
「す、済まない……」
「大丈夫ですよ。一緒に倒しましょう」
ユーステティアは彼女を糾弾したりせずに、逆に鼓舞して次の一手へと導いていく。
一人の女魔族と二人の人間が戦っている最中、少し離れた場所ではダイガルトがミルミトと連続で切り結び、片方は余裕の表情を浮かべていた。
「どうした、先程の威勢は何処に行った?」
「クッソ、何だこの機動力……」
建物の壁を蹴って立体的な動きを繰り広げるミルミトに対して、ダイガルトは何とか攻撃を回避するか、或いは受け流すのに神経を研ぎ澄ませていた。
攻撃しようにも、相手の動きが速すぎて捉えられない。
連続して迫り来る斬撃を何とか避け続ける。
「『オートサーチ・スフィア』」
やむを得ず、彼は球状の自動探査魔法を駆使した。
周囲に網を張って、その魔力の漂う空間に入ってきた敵を即座に知覚できる。
ただし魔力消費が多いため、乱用できない。
目を閉じて相手が何処から空間に入ってくるかを探り、最低限の動きだけで横に少し傾いた。
「フッ!!」
横を素早く通り過ぎるミルミトに向かって、持っていた短剣を突き刺して同時に蹴りを入れた。
ナイフが腹に刺さるが、血は出てこない。
蹴りも両腕をクロスさせてガードされてしまった。
「この身体も限界か……」
「あぁ? 何を訳分かんねぇ事を――」
ミルミトの本体であるギーレッドメルトの身体に亀裂が入った。
顔に罅が入り、その亀裂はより深く身体中にまで広がっていく。
「何しようってのか知らねぇが、隙だらけだぜ!!」
動かなくなった身体へと短剣を深々と突き刺そうと突貫していくダイガルトだが、相も変わらず逃げようとも受けようともせずに、立ち尽くすミルミト。
そのナイフが心臓部へと穿たれた時、心臓を中心として亀裂が一気に広がり、そこから眩ゆい光が迸った。
眩しさに目を閉じてしまった。
その隙が致命的となり、重たい一撃を身体に受けたという感覚と、背中を強打した感覚が同時に襲ってきた。
「ガハッ!?」
音速をも超えるスピードで建物へと飛んでいったダイガルトだったが、危機感知に加えて発動していた魔法で後ろへと跳躍して勢いを殺す事には成功した。
もし、何もせずに棒立ちとなっていたら死んでいたであろう。
「ダイト殿!!」
「だ、大丈夫だ……ゲホッ……クソが、一撃で肋三本持っていきやがったか……」
内臓も損傷しているのか、吐き出した咳に血が混じっている。
下手すれば、内臓に肋骨が刺さって怪我が甚大となる。
下手に動くべきでないのは百も承知だが、それでも目の前にいる敵が回復を許してくれる訳でもなく、震える身体に鞭打って、立ち上がり、構える。
「今の一撃で倒れても可笑しくないはずなのだが……私とした事が、どうやら手加減していたらしい」
割れた身体から現れたのは、青白い肌に黒い眼球と黄色い瞳、二本の大きな角、身長が高く、擬態していた時とはまるで別人のような細い体格をしている一人の男、本体のミルミトである。
異空間から眼鏡を取り出し、身に付けた。
まるで学者のような風貌に、ダイガルトは違和感を覚えていた。
「テメェ、武闘士じゃねぇのか?」
「見た目に惑わされるとは、人族は猿並みの脳しか無いようだな」
「なっ……いや、挑発したってそうは行かねぇぞ!」
「事実を述べたまでだ」
何処までも見下したような侮蔑の瞳は、ダイガルトのプライドを傷付ける。
しかしSランクである彼は幾つもの修羅場を潜ってきた猛者であり、挑発されても平常心を保つ余裕はあった。
しかし、それも痛みによる意識転換によって、怒るどころではないというだけなのだが、彼は目の前の魔族に対して警戒心を更に強めた。
「本物の商会長は何処だ?」
「その質問を今しても無意味だろうが、無知な人間に教えてやろう」
そう言って、地面に落ちた殻の一部を拾って、右目へと被せるようにして手に持った。
丁度右目だった殻によって、左右非対称な瞳がダイガルトを見ている。
「私は擬態族と呼ばれる魔族、擬態とは言っても人の死骸に乗り移って操る類いのものだがね」
「じ、じゃあ……」
「そう、本物の商会長を殺して、乗り移っていたのだよ」
そして、その残骸が地面に落ちている。
手に持っていた欠片を地面へと落として、それを力の限り踏み付けた。
人を殺す事に対して迷いの無い証拠、その気迫にダイガルトは少し気圧される。
「人が大勢死んでいくのは何とも気持ちの良いものだ。快感さえ覚えるくらいにな」
その顔には復讐と快感が綯い交ぜとなった、人間にはできそうもない醜悪な表情で、その瞳には闇が渦巻いているようにダイガルトには見えていた。
過去にも似たような者がいたと回想していたが、これ程までに執着した者はいなかった。
それもそのはず、彼は魔族であり、人間と考え方が異なっている。
「下衆野郎が……」
しかし人を襲う事を許せるはずもなく、ダイガルトはミルミトを罵倒する。
「クッ……ククク……フハハハハハハハハハハ!!」
その罵りによって、ミルミトは急に笑い出した。
何故急に笑うのか分からず、彼の表情は更に翳りを見せて狂い咲く笑い声が辺りへと轟く。
天へと届きそうな笑いは、最早嗤い、人を馬鹿にしたような声だ。
「貴様に一つ聞こう。貴様等人族は魔族を絶対悪とするようだが、それは我等からしたら悪なのは貴様等人族だ。そもそも弱肉強食の世界、食って食われてが常だ。だが、貴様等は卑劣な手を使い、我等が同胞を殺した!!」
「……」
「その報いを受けるのは至極当然の話だろう」
人族が嫌い、人族が悪である、その言葉は唐突に一人の男の言葉を思い浮かべる。
『俺は人間が嫌いだ。このまま滅びるのも良いかもしれないな』
通信でノアがダイガルトへと言った言葉だった。
人を憎み、そして忌み嫌う、目の前の男はノアと何処となく似ているのかもしれないと、そう感じた。
人を恨んでいる、人を信用しない、それが今の結果に繋がっているのだとダイガルトは考えた。
そしてミルミトの言葉も気掛かりな事が一つ。
「テメェの同胞ってのは誰の事だ?」
自分達人族のせいでグラットポートがこのような事態となってしまったのならば、それは人間が悪いのか、と気持ちが揺らぐ。
だから、今回の出来事についてより詳しく知っておかなければと考えたが、それは彼等の琴線に触れる言葉でもあった。
「それを貴様が知る必要は無い」
「ガッ――」
拒否され、紡がれた言葉と同時に首根っこも片手で掴まれて持ち上げられる。
首が締まり、息できず、肺に酸素を取り入れられない。
片腕で持ち上げられる程、ダイガルトは軽くないが、それでもミルミトには簡単にできる。
「ダイトさん!」
後ろから白狼が迫り来る。
ショーテルの反りを外側にして斬り掛かり、鋭い斬撃がミルミトの右腕を抉る。
だが外皮が硬すぎるのか、金属音が鳴り、回し蹴りによって横腹を蹴り飛ばされる。
「ウッ……」
防御して空中で勢いを殺したが、それでも対人戦が慣れてないせいで遅れが出たり、判断が鈍ったりしてしまう。
そして首を掴まれて持ち上げらていたダイガルトは、地面へと投げ落とされた。
「ダッ――」
「貴様には分かるまい、この心の苦しみがな」
「ブハッ!!」
地面に背中を強打して、更に浮いた身体に足を割り込ませて一気に打ち上げられる。
打撲による一瞬の失神から、高く上げられた身体と死の瞬間、今まで味わった中でも特段辛い痛みが臓物や骨、筋肉に伝わった。
走馬灯が見える。
今まで体験した事、その全てを目紛しく思い出し、力の入らない身体が地面へと潰れたかと思った刹那、その身体を案内人が見事キャッチした。
「り、リノの嬢ちゃん……済まねぇ、助かったぜ」
「いや、ギリギリだった」
助かったのも束の間、そこにはリンドメークが召喚していたスケルトンの軍勢がワラワラ集まっていた。
リィズノインが立ち上がろうとするが、その上から質量という質量が積み上がっていく。
スケルトン達は、先程まで近くで戦っていた女魔族の指示によって、ダイガルトの上へと乗っていく。
「クッ……うぅ……あぁぁぁぁぁ!!」
魔力操作で身体能力を強化し、スケルトン達を空へと跳ね上げた。
かなり無理をしたが、スケルトン達が地面に激突した衝撃でバラバラとなっていた。
「くぅぅ」
罅の入っていた腕が見事に折れ、痛みで悶絶する。
目尻には涙が浮かんでいるが、それでも直剣だけは手放さなかった。
これくらいの痛みは何だ、身体を食われた少女に比べたら何の事も無い。
「ダイト殿……た、立てるか?」
「あぁ……何とか」
二人が立ち上がろうとしているところを不意打ちで襲ったりしていない。
隙だらけの二人を攻撃する事もできたミルミト達だったのだが、単に攻撃をせずとも倒せると分かっているからなのだ。
つまり、彼女達は舐められている。
二人よりもスペックの高いユーステティアでも、攻め切れずにいる。
「神クラスの職業を授かったと聞いた、私は密かに期待していたのだが、とんだ期待外れだな。その武器を見るに、狩人か」
核心を突かれて、彼女は表情に変化を見せた。
何故分かったのだろう、と。
「貴様等は弱い。もう少し本気を出したらどうだ」
「クソッ、調子乗りやがって……」
だが、ここまで手酷くやられているため、言い返す事ができない。
本気を出している、いや、死なないようにしていると言えば正しいだろう。
彼等は無意識のうちに手加減している。
人を殺す事に戸惑っていると言えるが、それは傲慢な考え方であるとミルミトには分かっていた。
「来ないのなら……こちらから行くぞ!」
「うっ」
渾身のパンチがダイガルトの鳩尾へと放たれる。
一瞬で左手をパンチに合わせるようにして受け止めたが、それでも強い衝撃波でかなり後ろへと飛ばされてしまったダイガルトは、体勢を立て直すために腰のポーチから薬瓶を取り出して、呷る。
身体の骨身に染み渡る味が口の中を包み込み、身体が一気に回復した。
(上級ポーション、買っといて良かったぜ)
薬師によって作られたポーションは普通の錬金術師よりも高位の力を持つが、対照的に生成に時間が掛かる。
それを知り合いの薬師から買っていたが、直ぐ様使ってしまうと思っていなかったため、何だか勿体無いと感じてしまっていた。
一方で近くにいたリィズノインも、反撃とばかりに左手に持ち直した直剣を振るい、連続で攻撃を仕掛ける。
が、それを全て軽々と躱されてしまい、肩を踏み付けられる。
「貴様は後だ」
「ガッ!?」
地面へと縫い付けられ、そのままダイガルトへと跳び上がった。
「ま、待て――」
「余所見は駄目だって言ったでしょう?」
「リノさん!!」
ミルミトの足止めをリンドメークが務める。
二対一を簡単に覆せるからこそ彼女が適任なのだと、目配せさえせずに、ミルミト達は互いに連携をしっかり取っている。
そして召喚された二体は、武器を持った二足歩行の巨大蜥蜴だった。
「リザードバーバリアン、結構乱暴なのよぉ?」
敵を見定めたかのように、緑色をした蜥蜴達はそれぞれに向かって攻撃を仕掛ける。
片手剣に丸い盾を装備しており、更に動物の骨を被った奇怪なモンスター達が二人へと迫っていくが、リィズノインは片腕が折れたままであるため、ユーステティアが助けに入ろうとする。
しかし目の前には一体のモンスターがいるため、それを殺して早く彼女のところへ向かわねばと思い、武器を構えて戦う。
「そこを退いてください!」
「ギギャ!」
仲間のところへ駆けようとするが、それを阻むべくして蜥蜴の蛮族が片手剣を振り下ろす。
火花が散り、互いに身体が弾かれてしまう。
運動神経の良い獣人である彼女は、バク宙で即座に体勢を整えて攻撃に入った。
「ギャ!!」
攻撃が来ると分かったからなのか、盾を構えて守りに徹しようとする。
彼女はショーテルの反りを内側にして、そのまま横薙ぎで首を掻っ切った。
「ギャ?」
「湾刀相手に盾で構えちゃ駄目ですよ」
反りがあるために、盾を躱して攻撃が可能だった。
だから彼女はモンスターの首を斬る事ができ、その蜥蜴モンスターは一瞬で消え去ってしまう。
「リノさん! しゃがんでください!」
仲間の背中に向かって指示を出し、ユーステティアは仲間を傷付ける事無くもう一体のモンスターへと攻撃を繰り出す事に成功した。
そして首を斬り裂かれ、召喚された二体のモンスターは姿を消した。
「助かった」
「どう致しまして」
二人は魔族と対峙する。
一瞬の油断が隙となる、それを全員分かっていたから彼女達は武器を握る手に力を込めて、左右から挟撃する。
「挟み撃ちできるかしらぁ?」
「なっ!?」
何と、リンドメークが背中に大きな翼を生やして空を飛んだ。
挟み撃ちできる状態でなくなったのと、更に空から召喚魔法によってモンスターが降ってきたため、一気に手が届かなくなった。
「降りてこい卑怯者!!」
リィズノインの言葉を無視して更にモンスターを召喚するのだが、連続でモンスターを召喚したせいで魔力が大量に減っていた。
平静を装ってはいるが、かなり辛い。
だから彼女は空へと逃げた。
その行動は彼女達には逃亡に見えた事だろうが、卑怯者という言葉は気に食わない。
「卑怯者ぉ? 戦いに卑怯なんてものは無いのよねぇ。それも分からないなんてぇ……やっぱり人族って馬鹿ねぇ」
「何だと貴様!!」
互いに罵り合うが、その間にユーステティアは魔法の詠唱を開始する。
「『我 冠するは雪原の狼 吹雪く白銀の世界にて 降り注ぐは氷刃の雨』」
小さく呟きながら彼女は魔法の詠唱文を唱え終わり、最後の魔法名を口にする。
狙いを定めて掌を魔族へ向けて、氷の魔法を放った。
「『フリージングレイン』!!」
魔法陣が目の前に現れて、そこから大量の氷棘が射出される。
いきなりの魔法によって、空中で飛んでいたリンドメークは翼に穴を開けて、地面へと不時着する。
翼が凍り、落ちたところに狼少女が湾刀を構えている。
「一歩でも動いたり、或いは召喚魔法を使おうものなら即座に首を斬り落とします」
「……」
ユーステティアの目は本気だった。
本気の目ではあるが、彼女が魔族である自分の事を狩りの獲物としか見ていないように思えて、リンドメークは人間の恐ろしさを垣間見た。
これが本物の化け物なのか、と。
人を喰らう悪魔よりも、よっぽど悪魔っぽく、その彼女の瞳は魔族だろうと人だろうと、容赦しないと物語っているのだ。
「ぐぁ!?」
その恐怖の目が、背後へと向けられた。
そこには、ミルミトの手刀によって身体をバッサリ斬り裂かれたダイガルトの姿があった。
魔力を纏わせた手刀に、為す術無く左肩から右脇腹に大きく斬られた。
その場に大の字に倒れる。
そして大量の血が服を赤く染め上げて、命の源が散っていく。
「リンドメーク、手加減するな。魔眼を使えば一瞬だったはずだ。何故使わない?」
後ろから返り血を浴びたミルミトが、そして目の前に魔眼の持ち主が立ち、挟み撃ちとなってしまった。
片方は腕が折れ、もう片方は戦えるものの一人で二人を相手取るのは難しく、万事休すである。
「使っちゃったら面白くないじゃなぁい?」
「……まぁ良い。サッサと殺して悪魔の餌になってもらおうか」
にじり寄ってくるミルミトに対して、どうするか考えていたリィズノインだったが、対応策が浮かばない。
しかし、ユーステティアには一つだけアイディアがあった。
「あの……」
「何だ、命乞いなら受け付けないぞ」
「いえ、私の命一つで良いのでしたら、リノさんは見逃してもらえませんか?」
「なっ――」
それは自己犠牲だった。
ノアからは、このような複雑な状況下では自分の判断に任せると言われていた彼女なので、この自己犠牲という方法が浮かんだのだ。
しかし、それを彼女は望まない。
ただの少女の自己満足、自分を犠牲にして他人を助けようとするなんて、と驚いてしまう。
「……良いだろう。だが、もし貴様が暴れでもしたら即座に女を殺す」
「はい」
「巫山戯るな!」
勝手に話を纏められ、流石に黙っていられなかった。
助かりたい気持ちはあれど、仲間を売ってまでして助かったところで意味は無い、それを彼女は知っているからこそ願っていなかった。
だから、足掻くために左手に握った直剣を思いっきりミルミト目掛けて振り下ろした。
「『インパクト』!!」
左腕も犠牲にした一撃を、ミルミトへとお見舞いしようとしたリィズノイン、その瞬間に大量の血が宙を舞った。
「リノさん!!」
少女の叫び声が聞こえる。
痺れによって、下ろした手から直剣が離れていった。
足掻きに足掻いた結果、腕に過負荷が掛かり、骨に罅が入る。
だがそれは些末な問題であり、ミルミトは平然とした顔で腕を伸ばしている。
倒し切れなかったと理解した。
「愚かだな」
ミルミトの腕には大量の血が付いて、その腕は彼女の腹を貫いていた。
逆に、剣は首筋の皮一枚を斬り裂いただけ、致命傷には程遠い。
「ゲフッ……あ、れ……」
腕を引き抜かれ、彼女は地面へと崩れ落ちた。
腹から臓腑が飛び出ているのが見え、同時に寒さを覚えていた。
寒い、力が抜けていく、その通り、彼女はダイガルトと同じように死へと近付いている。
「行くぞ」
「ぁ、ぃゃ……リノさん!! リノさぁぁぁぁぁん!!」
腕を引っ張られ、ユーステティアは死の間際の少女へと近付く事さえできない。
酷い仕打ちだ、そう思った少女は無意識のうちに詠唱もせずに武器を生み出し、それをミルミトへと突き立てる。
怒りが為せる技だった。
それでも、ショーテルがミルミトを斬り裂く事は無い。
硬い外皮に包まれているせいなのか、冷静に考える事もできずに、一心不乱に掴まれている手を振り解こうと藻掻き続ける。
「放してください! 放し――」
強い衝撃を脳に加えられ、ユーステティアは気絶してしまった。
ミルミトによって抱えられ、少女は連れていかれる。
「…ま…て……」
掻き消えそうな声は届かず、伸ばした手は何も掴めず、ただ少女が拐われるのを見ているだけ。
寒さと意識の低下により、彼女の見た最後の光景は瞼によって閉じられたのだった。
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
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