第52話 燃え上がる都市 東西の戦い
建物が瓦解していく。
四体に分裂した化け物、星喰らう歪んだ悪魔が多くの人間を取り込んで、次第に人間の数が減っていく。
「どうしたの?」
西地区、そこでは二人の人物が騒ぎの渦中にいた。
一人は琥珀色の瞳に桃色の髪をおさげにしている奴隷の鬼人族、動きやすい和風の戦闘服を身に纏い、無気力な目が映し出すのは彼女を十二億ノルドで競り落とした一人の鬼人族の青年だった。
腰には業物の刀を差し、凛とした雰囲気と表情をして、近くにいる化け物を見ていた。
「……」
「ギル?」
「いや、何でもない」
武士に関する職業を持っているギル、もといギルバードは眼下に見える化け物の弱点を探っていた。
多くの人間が犠牲となっている今、自分が何もしないという事に対して気が引けていたため、自分で倒してしまおうと考えた。
そして弱点らしい弱点が無いと思いながらも、腰を低くして構えを取る。
「『鬼神二十四境戦刀術・七星斬』」
鬼神二十四境というのは、歴代二十四人の『鬼神』と恐れられた鬼人族最強の戦士達が到達した神境地、つまり化境に入った鬼人族達を指す。
屋上から飛び降りて抜刀より刹那、化け物の身体に七箇所のバツ印が刻み付けられ、その七つの傷が蒼白い輝きを放ち始めて、魔力が怪物の体内で爆発する。
爆発によって、化け物の身体が弾け飛んだ。
彼は抜き放った刀に魔力を込めて、一瞬のうちに七連続で斬り裂き、魔力を流し込んだのだ。
しかし吹き飛んだ肉片がモゾモゾ動き始め、それは一気に本体へと集まっていく。
「チッ、再生持ちか……」
悍ましい存在から無数の手がまるで千手観音のように伸びてくる。
それを連続して斬り落としながら、少しずつ後退していく。
「ランカ、アレを倒すから協力しろ」
「……嫌」
ランカと呼ばれた鬼人族の少女は、伸びる腕から逃げているだけで戦おうとはしていなかった。
彼女は相手の実力をハッキリと理解していたため、戦う必要性や義務、メリットやデメリット等を全て精査して結果を導き出していた。
戦わない方が良いのだと、そう思っていた。
「だが、奴のせいで国から出られない。あの光の柱のせいなのか、結界が張られてるしな」
西地区の外壁には、薄っすらと光の壁のようなものが張られており、それによって外へと出る事ができずに、一般人の殆どが食い尽くされてしまっていた。
召喚時に出現した東西南北の光柱が壁を形成した。
獲物を逃がさないように、という措置だ。
つまり、その悪魔を倒さない限り、誰も外へと出る事ができないのである。
「他、任せる?」
「駄目だ。その間にも人を喰らってるからな」
正義感の強い彼ならばこそ、ここで倒さなければならないと使命感に震えている。
ここで止めなければ更に厄介な事になってしまう。
今でもブクブク膨れ続けているため、何が溢れ出してくるかは皆目見当が付かない。
今がチャンスなのだと考えている。
「……逃げるべき」
「だろうな」
「……ギル、逃げない?」
「あぁ、勿論」
武士として、戦う者として逃げ出すのは臆病者のする事だと分かっていた。
分かっていながらランカは逃げようと提案した。
しかしギルバードは聞き入れない。
臆病者になりたくないから、強い自分ならば倒せると信じているからだ。
「一度戦いから逃げちまうと、逃げ癖が付いちまう。大切な人も守れねぇんなら……ソイツはただの腰抜け野郎だ。俺は臆病者はなりたくねぇ、だから刀を構えるんだ」
刀を地面と水平にして構えを取った。
深呼吸して筋肉をフル稼働させて、一気にモンスターへと向かっていった。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
無数の手が宙へと飛び上がったギルバードへと迫っていく。
一本、二本、三本と、どんどんと増えていく手を自慢の刀術で斬り伏せた。
袈裟斬りを加え、切り返し、横薙ぎに兜割り、大回転からの連続斬り、それによって全ての泥の手を斬り飛ばしていく。
だが背後から一つ迫ってきていた手を斬れる体勢ではなかったため、そのまま捕まってしまうのかと思ったギルバードは必死になって名前を呼んだ。
「ランカ!!」
「……ん」
真剣な表情で言われ、彼女は言い返す事ができず、了承してしまった。
奴隷契約に関して同胞を縛るのを嫌がったギルバードによって解除され、今では普通に自由に動く事ができる元奴隷ランカ、戦いたくないという気持ちを抑えて、戦闘準備に入る。
屋根から飛び上がって、何度も回転を繰り返す。
「『鬼神二十四境武功術・月砕』」
回転力の加わった渾身の踵落としを泥の手へとぶつけ、その手が一気に膨れて破裂してしまった。
鬼人族は体術を一番得意とし、魔力による浸透勁を扱っている。
足に集中させた魔力を一気に泥の手へと送り込んだ。
それにより、ギルバードは九死に一生を得た。
「助かった」
「油断大敵」
「分かってる」
二人で化け物の本体目掛けて走り出す。
無数の手が行く手を阻むが、二人は持ち前の身体能力で避けて斬ってを繰り返し、一気に接近した。
「助けてくれ!!」
「き、斬らないでくれぇぇぇ……」
「「ッ!?」」
次の攻撃を斬ろうとした時、盾にするように人を掴んでいた手を出して殴り掛かってきたため、二人は一瞬で後ろへと飛び下がる。
対応できたのは僥倖だったが、そのせいでチャンスを逃してしまう。
(人を犠牲に……知恵もあるのか、この化け物)
刀を強く握り、この事態を解決するにはどうすれば良いのか脳内でシミュレートし続ける。
攻撃しても再生してしまい、人質も取って自身を守ろうとしている化け物に対して、ギルバードは落ち着かなければならないと理性では考えていた。
しかしそれとは裏腹に、本能では時間が経てば経つ程に不利となるのを理解していた。
(アレを使うとしばらく動けなくなるし……この状況をどう打破する、俺?)
自身に問い掛け、人質に当てないように攻撃するだけだとシンプルな答えが出てくるが、それは言うは易く行うは難し、失敗すれば人質を殺してしまう。
こういった大規模な戦闘経験をした事の無かったギルバードは中々に踏み出せずにいた。
考えが纏まらない。
思考が鈍くなっていく。
周りも見えなくなっていた。
だから、目の前に迫ってきた巨大な手に反応が少しばかり遅れてしまった。
「うわっ!?」
避けようと考えたが避ける間も無く、そのまま潰されそうになった。
「『鬼神二十四境武功術・月掌』」
掌底打ちから繰り出される衝撃波は、その巨大な手をいとも容易く破壊した。
攻撃したのはランカ、小さな身体から発せられたとは思えない程の威力があり、他の腕も一緒に破壊する事に成功した。
それにより、捕まっていた一人の男性が地面に落ちた。
「ギル、考えすぎ」
「……悪い、昔からの癖でな」
目頭を押さえて、深呼吸を繰り返す。
まだまだ修行の身である彼は、力はあるものの重要な一手に対して踏み込めない。
それが自分の欠点だと分かっていながらも、どうすべきか迷ってしまう。
自分のせいで他の人が死んでしまったら、攻撃が失敗してしまったら、彼はネガティブな思考をしているため、より考えに嵌っていく。
しかし敵は待ってくれない。
キェェェェェェェェェェ!!!
再び雄叫びが上がったと思ったら、その怪物の背中部分がボコボコ膨れ上がっていく。
何が起こるのだろうかと考えていた二人だったが、そのモンスターの強さを間近で感じ、即座に何処かへと逃げなければと本能が叫んでいた。
「な、何だ……あれ……」
膨れ上がって形成されたのは巨大な翼、その翼を動かして空へと飛び上がっていく化け物は、より多くの人間が避難している場所を見定める。
そして、その方向へと飛んでいこうかという場面、逃したらより多くの人が殺されると分かったから、ギルバードとランカは己が身体能力で飛び上がる。
「逃がすか!!」
垂れ下がっていた巨大な手を掴んで、一気に腕を駆け上がっていく。
空に浮かんだ異形の怪物に、ギルバードはランカと目配せして更に上へと跳んだ。
刀を肩に担ぎ、魔力を凝縮させていく。
同じようにランカも拳に魔力を集中させて、二人は自重に従って落ちていく。
「『鬼神二十四境戦刀術・流星落とし』!!」
「『鬼神二十四境武功術・月蝕』」
右翼を斬り落とし、左翼を根元から抉り取る。
二人の攻撃によって地面へと縛り付けられた化け物は怒り狂って無作為に腕を伸ばしていく。
逃げ遅れた人間達から捕まって、そして取り込まれていく。
慟哭からの捕食、そして建物の破壊行為、それによって身体もより大きく成長し続けている。
「そこの二人組! 儂等はギルドの援軍だ! ここからは儂等も参加する!!」
戦っていると、いつの間にか多くの冒険者達がそれぞれ陣形を組んで捕食活動を阻止していた。
盾を持つ職業は前衛へと出て伸びていた手を押し返し、建物の上に登っていた弓職は補助に回り、他の冒険者達も戦いへと参加する。
「遅れて済まなかった。状況を教えてくれ」
ギルバードへと話し掛けるのは、洗練とされた肉体と雰囲気を持つ強面の男、互いに名乗る事はせずに、情報交換だけに留める。
「……成る程、人を喰らうと大きくなるモンスターか」
「あぁ、人を取り込んでより大きくなる。さっきは翼を生やしてた」
「そうか……分かった、情報感謝する」
その男の号令によって、普段バラバラのはずの冒険者達が統率される。
盾職の者は、前に出て牽制しろ!
弓職の者は、常に攻撃し続けろ!
魔法職達は、攻撃魔法を一点に!
それぞれが命令された事に忠実に従うという、普段ならば目にしない光景が広がっていた。
「アンタの能力か?」
「む? あぁ、儂の職業が軍師なものでね、命令を素直に聞いてくれるような、一種の統率洗脳だ」
軍師の命令は絶対、逆らう事はできない。
他にも将軍や将校といった存在は、戦闘を常に俯瞰して命令を下す司令塔、失うと一気に瓦解するのは誰しもが認知している事だ。
故に、その化け物が身体の上部から腕を数本生み出して伸ばし、軍師の男へと攻撃しようとしている事に気付いて慌ててしまう。
「俺に任せろ。フッ!!」
横薙ぎ一閃、その男を守る事に成功したギルバードは、ランカの方へと走っていき、彼女に命令を下す。
「ランカ! 俺を天高く飛ばせ!」
「ん!」
ランカが手を組んで足場を作り、そこへと足を掛けてギルバードは跳び上がる。
「んぅ!!」
「らぁ!!」
二人の連携によってギルバードは一気に上空へと跳躍を果たした。
一人ならば絶対に届かないであろう高さまで跳んだ彼は、腕を引いて刀の切っ先を敵へと向ける。
自然と左腕を伸ばして刀へと沿わせて、構えていた。
そのまま地面へと落下していく。
力を切っ先一点に込め、その攻撃が化け物の身体を貫いていった。
「ふん!!」
突き刺さる刀、噴き出してくる血飛沫、その身に浴びながら彼は魔力を内部解放した。
「『鬼神二十四境戦刀術・一刀星』!!」
一点に集中させた魔力を解放して、内部から全てを破壊する絶技、身体から無数の蒼白い光が見えて、その悪魔の身体は周囲へと四散した。
「おぉ! スゲェ!」
「何だ今の!?」
「化け物も粉々だな……」
冒険者からの視線が集中する。
羨望や嫉妬、色んな感情が入り混じる中、ランカは落ちていた化け物の肉片が動いているのに気付いていた。
「ギル」
「どうし――まだ死んでねぇのか、これ……」
先程の攻撃は、大抵の敵を体内から爆破させて破壊する技なのだが、それすらも再生能力には敵わない。
いつかは再生してしまうからこそ、どうするべきなのかと悩む。
「おい! しっかりしろ!!」
と、思考に割って入るように、冒険者の誰かが悲痛な叫びを上げていた。
振り向くと、そこには一般市民と見える者が冒険者へと攻撃しているところだった。
「何が――」
「ギル」
「うおっ!?」
そちらへと向かおうとしたところで、ランカに引っ張られる。
その横を粗末な剣が振り下ろされた。
そこには虚ろな目をしたボロボロの格好をしている一般市民で、その者は内臓が腹から出ている。
(死体が動いてるのか……)
化け物を退治したと思ったら、今度は何故か冒険者達を攻撃しようとする死骸達が出現、逃げ遅れた市民がこのような無惨な姿になったのかと思ったが、そうでもないとすぐに分かった。
その一番の理由は、その一般市民達の肉が腐っていたからだ。
先程の化け物に食われただけならば、こんな風に腐敗したりしないだろう。
だが、現に腐敗している。
つまり、死霊術師がいるという事になり、それを探すために屋根の上へと登った。
「どうなってやがる……」
その死骸達が何処からかゾロゾロとやってきて、冒険者達へと遅い動きで攻撃を繰り出していた。
避ける事は雑作も無いが、こちらから攻撃しても良いものかと躊躇してしまう。
しかし、松明を持った一般市民の死骸が建物へと火を付けて回っているせいで、グラットポートの西地区全体が火の海へと変わっていった。
「術者がいないな。何処だ?」
「……自律稼働」
「それは……有り得るのか」
魔法に精通してる者ならば、死骸を使って実験したりする事もできる。
要するに、幾ら探しても無意味という事だ。
ならば、できる事は一つ、動きを止めるために足を斬るのみだ。
「誰がこんな酷い事を……」
「……魔族?」
「だが、こんなとこで魔族が暴れる理由なんざ無いだろ? あったとしても魔族は群れない、これを一人でやったって言うのか?」
核心に近付いていたが、常識が邪魔をする。
しかし、このまま動かなければ何も変わらないため、二人は再び下へと降りて死骸へと攻撃を仕掛ける。
「ごめんな」
その言葉を残して、ギルバードは己の持つ刀を死んだ市民へと振り下ろす。
胸糞悪いと思うように、他の冒険者達も参っている。
死体を弄ぶというのは、人間の尊厳に反する。
しかし術者が分からないからもどかしい、怒りや悲しみ、不安や困惑等を綯い交ぜにしたまま、彼は手に残る感触を味わいながら、一人ずつ土へと還していった。
西とは反対側、東地区でも似たような状況が繰り広げられていた。
多くの冒険者達が集まって、モンスターを倒す事には成功したが、被害は甚大となっていた。
「クソッ! どうなってやがる!?」
ダイガルトは連続して短剣を振るい、後ろに控えているキースを守りながら、目の前でゾンビのように動いている死体へと攻撃を繰り出した。
その攻撃によって亡き骸の首が飛び、数歩前へと進んだところで身体は地面へと倒れた。
「ダイトさん、貴方だけでも逃げてください」
ダイガルトが守っているのは、ユグランド商会の商会長であるキースである。
側にはノアとの約束で、商会で働かせてもらっているリヒト、エリック、そしてハンナの三人がいる。
全員守らなければならないが、一人で全員を守るのはかなり厳しい。
「んな事できるかよ!」
依頼主を置いて逃げる事はSランク冒険者がしたら、それは名誉に傷を付ける行為に相当する。
自身のプライドが許さず、混乱状態となってる今でも冒険者として冷静に対処していた。
しかしながら、幾ら依頼主を守るためとは言え、一般市民を殺すというのは不快感を募らせていくため、自身の手を汚す事に関して考えさせられる。
これが正しいのか、と。
「ダイトの兄ちゃん……ノアは?」
リヒトがノアはどうしているのか、ここに来てくれるのかを聞く。
「リヒト……アイツは来ねぇよ」
「な、何でだよ!?」
「さぁな、何考えてんのか読めねぇ、それが奴だ。さっき通信で言ってたよ、逃げるって」
彼は嘘偽り無く、本当の事を伝えた。
ノアは来ない、それが子供達にとってどのように聞こえるのか、ダイガルトは簡単に想像できた。
敵前逃亡、それは子供達には理解できない事である。
しかし本当の強者は、逃げる選択肢を選べるというところだと彼は知っている。
「残念だが、俺ちゃんにもどうしようもないからな。文句は奴に言ってやれ」
しかし、それも生き残ってからの話だ。
この状況で生き残れるかどうかは、ダイガルト次第であるため、状況の打開のために魔法陣を壊しに行きたいと思っていた。
だが、目の前に大量の死骸が動いている中、依頼主達を放置していく事はできない。
(どうする……俺一人だったら何とかなるが、他の冒険者達も満身創痍だし……あぁ、アレがあったな)
腰に装備したポーチから、長方形のお札を四枚取り出して手渡した。
「これは俺が制作した護符だ。身に付けると護符が守ってくれるように魔法陣を組み込んだ」
「これは……前に私に使ってくださったものですな。貴重な物ではないのですか?」
「気にすんな。命あっての物種って言うだろ? 死んじまったら意味が無ぇからな」
ダイガルトはノアの蘇生を知っているが、確実に蘇生してくれるか分からず、こうして命を大事にしている。
それに、本来は大聖女でもなければ蘇生は不可能、しかも自分の命を犠牲にするものであるため、リスク無しでの蘇生ができるノアが凄いと考えていた。
しかし知らないだけで、ノア自身使う度に身体を壊していき、更に回復してしまうと同時に鮮明に死体の記憶を追体験するため、精神異常を来たす。
つまり、自分も同じ目に合うと錯覚するのだ。
首吊りならば同じ首吊りを、火炙りなら同じ火炙りを、胴体切断なら同じ胴体切断を、痛みと苦しみを以って体験する。
そして超回復により、身体の激痛と共に精神苦痛も回復するが、痛みの記憶は忘れられない。
「それに、こんな事早く終わらせてフラバルドに行きてぇしな、ノアから貰った情報でナトラ商会の門を叩きに行くのも有りかもな」
「ダイトさん……」
「なぁに、心配すんなよ。まだアンタから報酬貰ってねぇしな」
ニカッと笑って、ダイガルトは大量にいるゾンビ兵達へと突っ込んでいく。
器用に短剣を手元で回し、順手逆手と持ち替えながら斬り刻んでいく。
左腕をノアに再生してもらった事で戦いの幅も失う前と同じくらい、いやそれ以上に増えたため、こうしてSランク以上の仕事をこなせている。
ただ、そのせいでより多くの死体へと斬り込んでいるために、人を斬る感触も人一倍感じていた。
(どうなってんだ、マジで……)
何人も斬り伏せているのに、敵の数は一向に減ってはいなかった。
もしかして幻影なのか?
それとも何か魔法でも仕掛けられているのか?
確認しない事には分からないので、ダイガルトは体力を温存するために、できるだけ戦闘を避けながらナトラ商会へと向かっていく。
(熱っ)
途中、燃えている建物を横切った事で、火の粉が肌に当たって痛みを感じた。
周囲を見渡すと、すでに大半が燃え広がってしまっており、グラットポートという国全体が明るいキャンプファイアのように激しく燃え盛っている。
問題なのは松明を持った複数人の屍達で、それ等は好き放題に火を付けて回っている。
だから、現在では東西南の三箇所で激しく炎が天へと昇っている。
「ここももう……終わりだな」
熱さによって温存するはずの体力も奪われていく。
それだけならまだしも、火事によって建物が倒壊して道が塞がっていたりする。
飛び越えられたとしても、身体に相当な火傷を負うのは必至だったため、立ち往生している間にもゾロゾロと生きた屍が集まってくる。
八方塞がりとなったダイガルトは逃げ場を失った。
(しまった、迂闊だったか)
炎と屍、その二つに囲まれてしまった彼は、生き残るためにはどうすべきか、脳をフル回転させて考え始めた。
体力全消耗覚悟で戦うか、別の道を探すか、或いは神にでも頼むか、こんな時だからこそ神様でも来ないかと自嘲気味に笑ってしまった。
「来る訳無ぇか」
今までだって、自分で何とかしてきた。
腕を食い千切られた時も一人で生還したと、その時の情景を思い浮かべて彼は覚悟を決めて、二刀の短剣を逆手に持って対峙する。
数十人の屍達が一人の男へと虚ろな視線を向ける。
手には剣や槍等の普通の武器や、石や木片、その辺に落ちた物までもがあった。
「ふぅ……よし、行――」
「『フリージングレイン』!!」
――くぞ、そう言い終わる前に、空から大量の氷刃の雨が降り注がれた。
その雨は屍に着弾し、全てが凍り付いていた。
「な、何だ!?」
意気込んだ気概が四散してしまった。
そして魔法らしき攻撃が飛んできた方を見ると、少し遠くの屋根の上には、この黒煙噴き上がる中でハッキリ見える真っ白なシルエットだ。
その白い姿がダイガルトの近くに降り立った。
「め、女神様……か?」
その姿は神々しく、さながら女神のように見えた。
自分の祈りが届いたのかと錯覚するくらい、切迫した状況の中での救いの一手だった。
「はい? 私はただの獣人ですよ」
「お、おぉ、そうか……ん? アンタ……」
ダイガルトには彼女に見覚えがあった。
オークションで見た最後の商品、ノアが八十三億もの金を積んで競り落とした幸運を呼ぶ少女。
「ノアの奴隷か」
現れたのは、ノアの命令に従ってリィズノインと合流しようと南へと向かっていた獣人の少女、ユーステティアだった。
「ご主人様のお知り合いの方ですか?」
「まぁな。一ヶ月程度の付き合いだが……それより助かったが、何でこんなとこにいんだ?」
「えっと、北で口だけお化けと冒険者の方が戦っていましたので、リノさんって人と合流するために東へと逃げて、南の宿の方に行こうかと」
彼女はミレットの予言を唐突に思い出して、他の冒険者達に戦闘を任せて、屋根を伝いながら東へと逃げたのだ。
互いに簡単に情報を交換して、ダイガルトはナトラ商会へと向かう旨を、ユーステティアはリィズノインと合流する旨を伝えた。
「リノの嬢ちゃんは見てない。南に行くか?」
「……いえ、ナトラ商会まで同行してもよろしいでしょうか?」
「ん? まぁ、構わんが……良いのか?」
「はい、気になる事もあるので」
彼女が気になる事、それは友人についてだった。
ナトラ商会へと買われていったエルフの友人を探すため、彼女はダイガルトに同行する。
「俺ちゃん、ダイガルト=コナーってんだ。ダイトって呼んでくれや」
「私はユーステティア、ご主人様に頂いた名前です。ユスティ、そう呼んでください」
二人は一時的な協力関係を構築した。
そして二人は渦中の中心となるナトラ商会へと向かう事となった。
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
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