第51話 戦闘の火蓋は切られて
とある屋敷の屋上では、一人の女が巨大な魔法陣を完成させて、その巨大魔法陣に繋がってる小さな魔法陣の中に一人ずつ奴隷を配置していき、全員を寝かせる。
全員の身体は冷たく、すでに死んでいた。
中央の石台には、オークションで競り落とした金色に輝いているザインの黄金杯が置かれており、その杯には七人分の力が混じり合った血が溜まっている。
「これで準備完了よぉ、ミルミト」
魔族の女であるリンドメークは儀式の準備を済ませ、後はその儀式を行うだけとなっていた。
この計画のリーダーを務めているミルミトは屋上で成り行きを見守っていたが、まだ連絡が来ていないために、儀式に必要な素材を待っている。
「もう七人分の魂があるんだからぁ、良いんじゃない?」
「まだ駄目だ。これでは四体が限界だと言ったであろう」
「四体じゃ駄目なのかよ?」
同じく隣にいたウルックも話に加わる。
彼は戦闘担当であるため、作戦について殆ど何も知らなかった。
だからこそ彼等の話をあまり理解していない。
「四体では心許ないからな。それに、あの魔狼族の餓鬼が一人加わるだけで七体になるからこそ、必要なのだ」
「何で数が分かんだよ?」
「この儀式の本来の数が七体だからだ」
儀式によって彼等は国を滅ぼそうとしている。
しかしながらウルックには儀式の内容や、四体七体という言葉の意味すら理解していなかった。
それもそのはず、ミルミトが詳しい事をウルックに話していないからだ。
話したところで途中で寝てしまう、それがウルックだ。
だからこそ説明が無駄であると理解した上で、こうして話さずに今日まで来た。
「ま、どうでも良いぜ。んな事より、早く戦いたくてウズウズしやがる」
「黙れ、戦闘狂」
「良いじゃねぇかよぉ、少しくらい」
反省の色が全く見えないウルックに、二人は溜め息を吐いていた。
そこに一つの足跡が聞こえてきた。
屋上の扉が開いて現れたのは、長身に加えて長い髪が垂れている顔を隠した女、額と左掌に目がある『四つ目族』という種族の未来視である。
「イグラ、何処に行っていた?」
「……」
ミルミトが話し掛けるが、返事が返ってこない。
無口であるため、返事が返ってこないのは当たり前と誰もが認識しているため、基本は放置されている。
しかし未来視能力は魅力的な能力のうちの一つであると誰もが知っているため、ミルミトは再度同じ質問をする。
「何処に行っていた?」
「……狼」
「それで、作戦は成功したか?」
「……失敗」
「この計画は上手く行くか?」
「……」
それだけでミルミトとイグラは会話を終了させた。
理由は、その二つの言葉と一つの沈黙だけで状況が全て分かったからである。
「結局、白い子は捕まえられなかったのねぇ」
「あぁ、使えない人間共に頼ったのが間違いだった」
魔族である彼等は人間よりも遥かに強い力を有しているのだが、基本的に魔族は群れないため、こうした人数不足を補うために変装擬態をして、戦力不足を補っていた。
その弊害がこの大事な場面で起こるとは、と何度めかの溜め息を漏らして、ミルミトは指示を出した。
「リンドメーク、始めろ」
「えぇ、分かったわぁ」
彼女は持っていた杖を掲げて、醜悪な喜びの表情を面に現しながら、儀式のための詠唱を始めていく。
「『我等 悠久の時を生きる魔族なり 古より伝わりし歴史を紐解き ここに今 供物を授ける』」
魔法陣が怪しげな紫色の輝きを持ち始め、七人の口から蒼白い球体が出ていく。
プカプカと浮かんでいた霊魂は、ザインの杯に注がれた血へと入っていく。
「『肉喰らいし悪魔 人呪いし悪霊 血汐汲みし悪鬼 骨焼きし悪神 復讐に彩られし我等の願い ここに届く』」
友を殺した人間への復讐のため、彼等はこの世界に呼んではならない異物を呼び覚まそうとしている。
それを分かっていながらも、彼等は計画を止めない。
これは復讐、これは自己満足、その果てに見えるものは何なのかを彼等は考えない。
「『この身体が滅びようとも この霊魂が朽ち果てようとも この憎悪は根源深く蝕み続けよう』」
復讐の花は黒く、そして赤く彩られる。
血と憎悪に塗れた儀式は、ようやく完成を迎える。
「『出でよ魔界の扉 召喚するは星喰らう歪んだ悪魔』!」
魔法陣が巨大な光柱を発生させ、連動するように東西南北四方に四色の光柱が出現した。
五つの光が天へと昇っていき、リンドメークの頭上に亀裂が入る。
「あぁ……ようやくなのねぇ! ようやく始まるのねぇ! 血の惨劇がぁ! ウフフフ……ア〜ッハハハハハハハハハハハハハハ!!」
狂気じみた笑い声は高らかに響いた。
その声に反応するかのように、亀裂から巨大な獣のような手が這い出てきて、亀裂を抉じ開けていく。
空が黒く染まり、亀裂が更に大きくなっていく。
空間が歪んでいき、無理矢理に抉じ開けられた異空間の先から現れたのは、巨大な皺だらけの物体に異形な大口が付いた気味の悪い生き物だった。
巨大な手足を持ち、四足歩行の本物の化け物がこの世界へとやって来た。
目も鼻も無く、異形の化け物が生まれ落ち、黄金杯の血を取り込んだ。
キェェェェェェェェェェ!!!
その雄叫びはまるで慟哭のように、悲鳴のような叫びが周囲へと響き届く。
街中の様子も混乱と恐怖に包まれ、人々の逃げ惑う姿が目下に見えた。
「良いわぁ。もっと……もっと人を喰らいなさぁい!!」
眼前に広がるのは、建物を壊しながら人を捕らえて喰らう化け物の姿だった。
人、獣人、そして亜人、グラットポートに存在する種族という種族が貪り尽くされていく。
「だ、誰か……た、助け――」
「うわぁぁぁぁぁ!!」
「に、逃げろぉぉぉぉぉ!!」
一人が喰われた事で、それが起点となって恐怖が伝播していく。
腹を食い千切られ、首を噛み取られ、胴体、腕、足、身体のパーツがバリボリと咀嚼されていく。
雫が建物を赤く染め、地面に捨てられた死骸は枯れ木のように皺だらけとなり、街は破壊の限りを尽くされ、そして都市は死と恐怖に包まれた。
「おい、向こうで煙が上がってるが、ありゃ何だ?」
「私が送った暗殺組織が失敗した時の合図だ。自滅したのだろう」
実際にその通り、ノアを殺すために爆発させた訳だが、それによって魔狼族の少女が生きているかは不明、確認が取れていない。
しかし幸運能力があるならば生きているだろうと考え、使えない無能について脳内から除外する。
「ウルック、この国にまだ四人の強者がいるか?」
計画の邪魔をされてしまっては意味が無い。
そのため、勘の鋭いウルックに直接聞いたのだが、予期していない答えが返ってくる。
「あぁ。それに、一人増えた」
「……増えた、だと?」
「あぁ、ついさっきだ。神の臭いだ」
それはつまり、誰かが神様から恩恵を得たという意味を持つ。
考えられるのは、職業を得た人間がいるという事だ。
それがどういう意味を持つのか、ミルミトはよく分かっていた。
「神クラスの職業を持つ者、か……面倒だな」
もしも自分達の敵になったらと考え、邪魔な存在となるであろうと理解していた。
更に神クラスの職業には限界が無いと言われており、生まれたばかりの今であっても強力な力を発揮する事ができるのは彼等も知っていた。
「だが、まだ手に入れたばっかだろ。俺様の敵じゃねぇ」
「油断は禁物だ。職業によっては手も足も出ない可能性がある」
例えば空間転移を利用する職業なら、文字通り手も足も出せない。
そういった事を危惧しているのだ。
しかし、手に入れたばかりの職業に振り回される人間は非常に多い。
「とにかく、今はこの儀式の成り行きを――」
少し離れた場所で、召喚された悪魔が立ち止まった。
「リンドメーク、急に立ち止まったぞ。何があった?」
「私のせいじゃないわよぉ?」
召喚されたモンスターに関しては、召喚主であるリンドメークの制御下にあるため、立ち止まらせた理由を問い質そうとした。
だが、彼女のせいではない。
つまりモンスター自身が何らかの理由で立ち止まったのである。
それはブクブクと急激な膨張を果たし、一つの形へと変化した。
「何だありゃ?」
「私に聞くな。知らん」
人を大量に喰らった影響で、その悪魔は異様に成長を果たした。
遺伝子を取り込み、それによって身体が超巨大化して、身体から無数の手が伸びて更なる人間を取り込み続ける。
「あれを制御できるのか?」
「そんな事はぁ、どうでも良いじゃない」
恍惚とした表情で、リンドメークはそれに魅了されているようだった。
制御下にあるという言葉が本当だったとして、それが本当に自分達の危険にならないのかというのは微妙なところであると考えたミルミトだったが……
瞬間、イグラによって身体を抱えられ、その場から離れた。
「イグラ!?」
「……見て」
イグラの示した場所では、無数の手が伸びてきているところだった。
リンドメークはウルックによって抱えられ、制御下にあるはずのモンスターに襲われたと全員が理解するに数秒の時間を要した。
「リンドメーク! 貴様私達に攻撃など――」
「ち、違うわぁ……私じゃないのよぉ……」
リンドメークの言葉に、三人は理解した。
その言葉が紡がれた時、無数の泥のような手が四人の魔族を狙い始める。
「なぁミルミト! あれと戦っちゃ駄目か!?」
「それだけは駄目よぉ。私が許さないからねぇ」
「リンドメークの言う通りだ」
全員がその場を離れ、遠くから化け物の様子を眺める。
暴れ狂っている怪物が生きた人間だけを襲っては、逃げている者達を掴んで食べ、そして大きくなった身体は二つへと分裂した。
「あれは何だ?」
「『星喰らう歪んだ悪魔』、魔界に封じられた合成悪魔でぇ、キメラみたいなものよぉ」
「私は最初っから四つ召喚できると思ったのだが?」
「あらぁ、いつ私がそんな事言ったのかしらぁ?」
仲間にも儀式の詳細を黙っていたリンドメークは嬉しそうに、子供の成長を見守る母親のように、その化け物を遠くから溺愛していた。
もっと食べろ、もっと成長しろ、何せここには大量の餌があるのだから。
そういった考えの下、彼女は行動を命令する。
「さぁ! もっと食べなさぁい! もっと暴れなさぁい! そしてこの国を完全に壊すのよぉ!! アハハハハハハハハハハ!!」
キェェェェェェェェェェ!!!
空へと上がる雄叫びが更なる混乱を生み、その喧騒を知覚した悪魔が人のいる場所へと向かっていく。
「んじゃ、俺様もちょっと遊びに行こうかねっと!」
「待てウルック! 勝手な行動は――」
止める暇も無く、ウルックはそのまま何処かへと姿を消してしまった。
自由行動が過ぎるが、止められなかったのは仕方ない。
気持ちを切り替えて、事の成り行きを見守ろうと決めた彼は建物の屋上で見下ろした。
「リンドメーク、魔法陣の方はどうなってる?」
「無事よぉ」
指差した方には魔法陣を守るようにして、二体のうち一体の化け物が佇んでいた。
身体が大きいために、建物の横でジッとしているが。
代わりに大量の手が伸びて、動かずとも人を喰らっている。
「あれは自分の命が分かってるのねぇ。だから守ろうとしてるのよぉ」
「そうか。なら、しばらくは放置で良いのか」
「えぇ」
二人の会話にイグラは静かに聞いていた。
その眼下では、更に二つに分裂して合計四体となった異形の悪魔が、一体を残してそれぞれ北、南、そして西へと向かっていった。
「……」
イグラは一人、何も喋らず、何も語らず、ただ人を喰らう怪物の成長を見ていた。
目も、耳も、口以外のパーツが見当たらない不気味な悪魔が蠢いている。
その怪物が自分達も狙ってきたと先程判明したため、何処かに身を隠そうかと思いながら、彼女は他の魔族達から一歩距離を置いて未来を見る。
(……駄目か)
イグラは未来の全てを読み取った。
この先何があるのかが全て見えた。
その未来を変えられないのを知っている彼女は、何をするでもなく、ただ運命を受け入れる事に決めたのだった。
影で咄嗟にガードしたお陰で俺達は爆発に巻き込まれずに済んだ。
しかし、大爆発で全ての証拠は消え失せてしまった。
こっちとしてもユスティを狙った連中が本当にナトラ商会の刺客だったのかを確かめたかったが、まさか自滅するとは予想外だ。
「早く教会に行きましょう!」
「教会? あぁ、これか」
矢が身体に数本刺さっていたので、治療のために教会で見てもらおうと提案されたのだが、俺は矢を一つずつ引き抜いていく。
腹に一つ、左肩に一つ、右腕に一つ刺さっている。
それを引き抜くのだが、鏃に返しが付いてるため、肉が抉り取られる。
「クッ……」
苦痛を感じるが、これは生きている証拠だ。
痛みを知っているからこそ、俺は相手に刃を振るう覚悟を持っている。
「ご主人様、手当を――」
彼女が言葉を無くしたため、どうしたのかと思って顔色を窺ったが、不思議そうな表情となっていた。
超回復が珍しいのだろう。
「き、傷が……」
救急セットがアイテムポーチに入ってたらしく、それを俺に使おうとしていたが、手当ては必要無い。
俺には超回復によって体力や魔力、傷や病気、精神までも回復してしまうから、さっきの奴等が化け物だと言っていた事も頷けてしまう。
俺は人間なのか、それとも化け物に成り下がったのか、どっちなんだろうか。
「俺には超回復の異能が備わってる。だから心配する必要は無い」
「で、ですが……」
不安そうな表情のまま、彼女は何かを危惧しているように見える。
まだ一日、これから俺の事を知ってもらおうと思うが、それよりさっきの大爆発によって多くの人が野次馬として集まってきている。
ここは屋根の上なので一般人には見つかっておらず、見られているような気配も感じない。
「あまり力を見せるのは得策じゃないからな。お前も切り札があるんなら隠しといた方が良い」
何かがある気がする。
何かが起ころうとしている。
そう考えて俺は今後どうするかを考えていた時、ゾワッと背筋が凍り付くような感覚に襲われた。
「……今のは……」
キェェェェェェェェェェ!!!
その慟哭が何処からともなく聞こえてきて、その不快感を催すような音が耳に響く。
何かの鳴き声が国中に広がったところで、少し離れた場所に口だけの化け物が出現しており、人を口へと含んでムシャムシャ食っていた。
「な、何でしょうか、あれ……」
「さぁな」
オークションの時から影鼠を送り込んだのだが、さっき影で身体を守ったせいで、先に使っていた魔法がキャンセルされてしまった。
そのせいで、会話が全く聞こえない。
やはり並列起動ができないせいで、今まで偵察とかに使ってたのが全て消えてしまったらしい。
「……それで、これからどうしますか?」
どうするって言われても、逃げる選択が普通だ。
ここには知り合いも多少できたが、どうせ逃げてるだろうし戦っても利益にはならない。
「逃げるか」
「なら、東に向かうと良いってミレットさんが言ってましたね」
ミレット……あぁ、あの教会にいた神官の事か。
「天啓か?」
「はい。ご主人様に死相が出てるって言ってましたので、逃げるなら東へ、助けたいなら塔を登れ、と」
俺に死相が出てるってのも驚きだが、塔を登れって比喩表現が何なのか、それが微妙に分からない。
それに塔なんて何処にあるんだよ。
比喩表現である以上、高い位置に行け、という事かもしれないが。
「俺が死ぬってのも妙に不思議な感覚だな。だが、東に向かえってのは少し嫌だな」
グラットポートを出るんなら、このまま西に行って迷宮都市に向かった方が安全に思える。
いやでも、西は海路か。
それに東に向かうとお告げが出たのはユスティのみ、俺は適応されないだろう。
「……よし、一旦リノと合流しよう」
「はい」
アイツの予知能力を以ってすれば、状況を打開できるはずだ。
あの化け物はまだこちらには気付いてないので、このまま状況を見るか、或いは逃げるか、それか遠くから一撃をお見舞いするか。
取り敢えずはリノと合流しようか。
その場から移動しようとした時、ギルドカードの通信機能が働いてるのに気付いた。
(便利だな、これ)
携帯電話のような振動とか着信音は無いのだが、魔力反応で分かるようになってるので、ポーチから取り出して通話に答える。
「もしもし」
『ん? 何だその言葉は?』
つい、言ってしまった。
もしもしは、これから話すぞって意味で、申す、申すが変化したのだそうだ。
この世界には普及してないらしいが。
「それより何の用だよ、ダイトのおっさん?」
『そうだった! お前さん今何処にいる!?』
「何処って……ここ何処だ?」
屋根の上にいるので辺りを見渡してみると、ここはグラットポートの北側らしいと分かったので、それを伝える。
『こっちに化け物が現れたんだ! 手伝ってくれ!』
「護衛だろ、アンタ。他の護衛はどうした?」
『他の市民を助けて喰われちまったよ!』
護衛が主人守らず喰われるって、意味分からん。
「俺は逃げようかと思ってる」
『はぁ!?』
逆に何で戦おうと考えているのだろうか、そっちの方が気になる。
だから、俺は自分の思うままを言葉にした。
「俺の利益にならんからな」
『なっ……いや、お前さんはそういう性格だったな』
よく分かってくれているようで安心した。
そう、俺は基本戦いたいと思ってないのでユスティを買ったし、面倒事は御免被りたい。
それに今も見えてるのだが、アレと戦うとなると右目も解放しなければならなさそうなので、どちらかと言うと戦わずに逃げるべきだろう。
グラットポートを見捨てる選択肢を選んだ。
勿論、対価を支払ってくれるのならば、俺は冒険者として全力で戦おう。
「この問題の責任は誰に行くんだ?」
『ん? どういう事だ?』
「これを解決したら誰が俺達に金を払ってくれるのかって話だ。国か? ギルドか?」
ギルドの制度的にはFランクである俺に戦う権利は無いため、こうして様子見を決め込んでいる。
たとえ倒せても俺が暗黒龍の使徒だと思われても困る。
更に俺が錬金術師である事もバレたら非常に面倒な事になるのは分かってるので、精霊術と魔力のみでの戦闘だと流石にキツいし、戦うメリットが今のところ俺には存在しないのだ。
「見ず知らずの人間を助けて俺の利益になるんなら、助けよう」
『お前なぁ……』
「無償で戦うとどうなるか、Sランク冒険者が一番分かってるはずだぞ」
何故商品に値段が付いてるのか、それと一緒だ。
無料で提供したら、次も無料で出せ、だなんて無理言う人間が必ずいるからだ。
それに助けても裏切られる可能性もある。
「俺は人間が嫌いだ。このまま滅びるのも良いかもしれないな」
『……』
このまま通信を切っても良かったのだが、俺は一つだけアドバイスしておく事にした。
どう転ぶのか見てみるのも面白い。
「一つ、これを解決する方法があるはずだ」
『ホントか!?』
案の定、食い付いてきた。
「あぁ、これは恐らくナトラ商会の仕業だ。アビスクラーケンが船を襲ったのは覚えてるだろ?」
『あぁ、あの時はヒヤヒヤしたぜ。それが?』
「アビスクラーケンは召喚魔法でしか見ない。野生にはいないんだよ」
つまりナトラ商会には、召喚術師がいるという事だ。
ユグランド商会を襲った奴等はリーテールというモンスターに記憶を一部消され、クギバチドリというモンスターも召喚されたために、モンスター達の脳裏に魔法陣があったのだろう。
そして今回の異形な化け物も、恐らく魔界から召喚された事で現れたと推測される。
「だから、魔法陣を破壊すれば怪物は消えるはずだ」
それにナトラ商会のお抱え召喚術師の持つ魔眼は、相手を惑わす『誘惑の瞳』、これは魔族の中のサキュバスが持つ魔眼だったはずだ。
つまり、ナトラ商会に魔族が潜んでる事になる。
召喚術師の女魔族が魔法陣を構築して召喚したはずで、それには媒体となる霊魂を必要とし、その霊魂は奴隷から獲ったのだろう。
(あの大きさだもんな……)
それらの推測を彼に伝えた。
「後はアンタ次第だ」
『分かった。できれば一緒に戦いたかったが、無理強いできねぇからな』
一緒に戦うような能力を俺は持ち合わせてない。
そうか、ダイガルトは特攻探索師、攻撃主体じゃないから苦戦してるって事か。
一緒に戦えそうだが、戦う気は無い。
巻き込まれる可能性が高そうで嫌だが、こればかりはどうなるか先は読めない。
『生きてたら一緒にフラバルド行こうぜ!』
「……あぁ」
そのまま通信が途切れてしまった。
Sランク冒険者ならば知識も豊富だろうし、何も気にしなくても大丈夫だと思う。
「さて、行――」
「うらぁ!!」
背後から猛スピードで迫ってきた何かに殴られた。
鉄拳が迫ってきて、ガードした両腕が焼けるような熱さと衝撃によって、俺は屋根から建物の一階へと殴り落とされる。
「ご主人様!?」
少し遠くからユスティの声が聞こえてきて、天井を打ち抜いて地面に落とされたらしいと理解する。
誰かに殴られた。
骨が砕けて皮膚が焼けてたが、それが回復していく。
ガラガラと崩れ落ちる瓦礫を風の精霊術で吹き飛ばして一気に屋上へと戻ってきた。
「俺様のパンチ食らって生きてるなんてよぉ、殺し甲斐あるじゃねぇか!!」
「チッ、魔族か」
剛腕と炎を纏った拳を持つ男、二メートルを超える巨躯に鬣のような髪、鋭く強者然とした笑みを浮かべているのだが、商会にいた魔族だな。
角とか尻尾も見えるし隠す気無いな、コイツ。
こんなとこに何の用だろう?
「俺様の初見を受け止め、魔族だって見破るたぁ、やっぱ只もんじゃねぇな。テメェと戦いたくて来ちまったぜ」
「迷惑な奴だな。俺は戦う気は無い」
向こうからの殺気が肌で感じられる。
敵意を込めた視線、非常に恐ろしいものだが、どうして俺のとこに来たのかが分からない。
「ハッ! なら死ね!!」
拳を振り上げて俺の方へと来るかと思ったが、狙いはユスティだったので、ユスティの前に回って右拳で相手の右拳を受け止める。
人質でも取ろうとしたのか、或いはこうすれば俺が受け止めるって分かったか、どっちにしろ厄介だ。
「グッ……」
「オラオラどうしたぁ!! もっと力出さねぇと後ろの奴殺しちまうぜ!?」
連続で拳を放ってくるので、こっちも連続でパンチを繰り出していく。
「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」」
拳同士がぶつかり合い、そして最後の一撃とばかりに腰を捻って俺達は拳を振り抜いた。
「「オラァ!!」」
拳がぶつかった衝撃で、周囲の建物の窓ガラスが全て割れていく。
空気が震え、建物に亀裂が入り、俺と目の前の魔族が背中側へと弾き飛ばされていった。
瓦礫に突っ込み、音を立てながら俺は起き上がった。
「ユスティ、先にリノと合流してくれ」
「で、ですが――」
「ここにいると邪魔だ。まだお前が戦えるレベルじゃないからな、俺が対処する。さ、行け!」
彼女が不安げな表情で、苦渋の決断をするかのように名残惜しそうに宿屋の方へと向かっていった。
「ブハッ! 良いねぇ、強ぇ奴は大好きだぜ!」
好かれても困るな。
まぁ、そんな事は今は気にするだけ無駄だな。
瓦礫から飛び出して、俺の前までやってきた男は勝手に名乗り始めた。
「俺様はウルック! テメェの名前を聞かせろや!」
名前を教える気にはならないな。
教えて情報漏洩した場合、面倒事が更に増えるからな、名乗るつもりは無い。
「俺に勝てたら教えてやるよ」
「ハッ、良い度胸だなぁテメェ! なら完膚無きまで叩き潰してやるぜ! 行くぞオラァ!!」
獲物を狩るような狂気的な笑みを浮かべながら、ウルックとやらは跳躍して殴り掛かってきたため、俺も覚悟を決めて右拳を振り被って戦いの火蓋を自ら切った。
容赦はしない。
殺す気で来るのだ、俺も殺す気で戦うとしよう。
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
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