第47話 ノアとユーステティア 後編
魔眼を生み出すために幾つかの素材を探し求め、必要素材を全て購入した。
まずは彼女の魔眼に必要な魔石、それから彼女の目を構成するための錬金素材を幾つかだ。
「よし、それじゃあ帰るとするか」
「はい」
俺達は帰路に着いた。
現在は夕方の五時くらいであり、茜色に染まった世界が遠くの方に見えている。
この時間帯は、冒険者達が騒ぎ出す直前の静けさがあるため、静寂が辺りを包み込んでいる。
「「……」」
互いに何かを話す事は無かった。
俺も、ユスティも、口を閉じた状態のままで何も話そうとしない。
喧嘩とかではないのだが、主人と奴隷という立場上の関係なのか、彼女から会話してくる事はあまり無い。
さっきまでは質問とかしてきたのに、不思議な子だ。
これで俺より二つ下だってんだから、俺の時とは大違いである。
「なぁんでよ〜!!」
聞き覚えのある声が聞こえてきた。
道の途中、ギルドが提携している酒場を通り掛かったところで、一人の女性が酒を飲んですでに酔っ払っている様子を見せていた。
関わらないでおこ――
「ノア〜!! 待ってよ〜!!」
「クソッ、捕まったか……」
緑色の髪、長い耳、緑色の民族衣装が特徴のエルフが酒に酔っていた。
「ノア、奇遇なのである」
「オズウェル……」
エルフを競り落とせなかったエルシードのエルフ二人が酒を飲んでいる様子だった。
テーブルには木製のジョッキが幾つも置かれており、しかも飲んでたのはグローリアの方だというのが分かる通り、彼女の方にジョッキが寄せられている。
酒臭いな。
「こんなとこで酒盛りか?」
「昼間からずっとこの調子なのである」
あの後ここに飲みに来て、その面倒をずっと見続けているのだと溜め息混じりに言った。
そして手元にあったジョッキを呷る。
入ってたのは葡萄酒らしく、ゆっくりと飲んでいるオズウェルとは対照的にグローリアは一気飲みを繰り返しているため、非常に酒癖が悪い。
しかも……
「アヒャヒャヒャ!! ノアが八人いる〜!!」
「良い加減離せクソエルフ!!」
「いやだぁぁぁぁ!!」
腰にしがみついてきて、同時に酒を飲んでいる。
帰りたいのにマジで邪魔だ。
無理やり引っ剥がそうとすると、必死に抵抗してくるのでイラッとしてしまう。
「コイツ、本当にグローリアか? 昼間と全然雰囲気違うんだが……」
「吾輩より酒癖が相当悪いからな、しばらくは止まらん」
「邪魔なんだよ退けろ!!」
「押さないでぇぇぇぇ!!」
鬱陶しい。
邪魔どころの話ではない。
このまま帰ると魔眼錬成の邪魔となるし、それに酒癖悪い奴を連れてくのは嫌だな、吐かれたら掃除が面倒だしベッドは一つしか無い。
まぁ、床に寝かせれば……いや違う、しっかりと引っ剥がそう。
「ご主人様から離れてください!!」
「ンギギギ……」
ユスティがグローリアの身体を思いっきり引っ張ろうとする。
それに対抗するかのように酔っ払いが必死にしがみついてくるため、俺も踏ん張らなければならないのだが、絡み酒程鬱陶しいものは無い。
「痛っ」
後ろに引っ張っていたユスティが手を滑らせて尻餅着いてしまい、泣き上戸となっていたグローリアが単独で俺の身体を掴んでくる。
こうなったら多少強引にでも引き剥がすしかないな、我慢してもらおう。
「『纏威電』」
「アバババババババババ!!?」
精霊術の中でも強力な蒼白い雷を帯電させて、俺に抱き着いてきてたグローリアも感電する。
それによって蝉が落ちるかのように、ポトッと地面に倒れた。
死に至らしめるだけの電力は使われてないので、気絶する程度のはずなのだが、ピクピクとしながら地面に伸びているものの気絶はしていなかった。
「目ぇ覚めたかよ?」
「う、うん……」
絡み酒にはこれが一番効く。
バチバチと手元に雷が迸っており、この技は雷を自在に操る事ができない代わりに、こうして抱き着いてたり接触したりする相手を感電させられる。
雷を操る技もあるが、ここでは使わない。
精霊力操作を止め、地面に腰を下ろしてたユスティの手を取って立ち上がらせる。
「大丈夫か?」
「は、はい、すみません」
このエルフ、一時的な身体強化によってユスティの膂力を上回っていた。
酔っ払いは恐ろしい。
無意識のうちに魔力を身体に纏わせているのだから、下手したら死人が出るぞ。
「お前等、数時間も飲んでたのか?」
「吾輩は殆ど飲んでいないのだが、グローリアは数時間ぶっ通しで飲んでいたのである」
「そんでこんな酔っ払ってたのか」
自棄酒ってやつだな。
昼間の事が相当精神に響いてたんだな、それで酒に溺れるとは、典型的なダメ人間だ。
酒は現実逃避にしかならないし、身体に害だ。
とは言っても俺は飲んだところで肝臓の解毒作用によってアルコールを毒と認識して解毒してしまい、酔っ払う事ができないため、ある意味ではグローリアの酔っ払えるというのは羨ましい。
しかし、絡み酒というのは流石に迷惑だ。
現に帰ろうとするのを必死に抵抗して邪魔してきて、さっきも雷で攻撃してしまった。
「酒に頼るのはコイツの自由だが、あの奴隷の事は忘れた方が楽なんじゃないか?」
「あの奴隷?」
「あぁそっか、ユスティは知らないんだったか」
彼女も奴隷だったので、知らないのは当然の事だ。
そもそも、目の前の二人のエルフの事も何も知らない状況にいるため、俺は今までの事のあらましを彼女へと説明しておいた。
「成る程、それでエルフの同胞を買おうと……エルフの奴隷ですか?」
「そうだ」
「えっと、詳しい事は知りませんけど、コルメチアさんとなら私、何度かお話ししました」
コルメチア?
奴隷には名前を名乗る事が禁じられているはずで、ユスティも本名があったはずだが、俺は聞いてない。
今は聞く必要も無い。
それよりもどうして名前を名乗る事ができたのだろうかと視線をユスティへと向け、目で問い掛ける。
「あ、はい。コルメチアさんは念話魔法を使えるそうで、檻の中で魔法を介して会話してました」
逃げてはならないというだけで魔法自体は使用制限されていないため、そうやって抜け道の如く念話という形で会話が成立していた。
そして、お互いの事について色々と話して時間を潰していたのだと教えてもらった。
「喉を、ねぇ……」
吟遊詩人が喉をやられるというのは、重大な欠陥を意味する。
吟遊詩人は喉が命であり、歌う事でパーティーの仲間達を支援するという支援術師のような職業ではあるが、ハープとかオカリナとかの楽器を使って、音楽を頼りに力を発揮したりもするとか。
残念ながら、マニアックな職業はあんま詳しくない。
「まぁ、ナトラ商会に買われちまったし、他人の奴隷に手を出すのは御法度だからな、俺にはどうしようもない」
もしも俺がナトラ商会を襲撃したら俺が犯罪者となり、ユスティも賠償として商会に取られてしまう可能性が極めて高い。
それでは駄目だ。
それにオークションでのルールにもあったように、表向きは闇討ちとかは禁止されている。
闇討ちに表も裏も無いのだが、バレたら大事だ。
「んで、お前等はこれからどうすんだ? もうオークションは終わったろ?」
「ひとまずは故郷へと帰ろうかと思っているのである」
「精霊の鏡はゲットしたからね……」
酔いが覚めたと思ったら、今度は魂の抜け殻のような表情と声となっており、相当落ち込んでるようだ。
しかし、精霊の渡り鏡というのは競売品に無かった。
代わりに競り落としたのは一つのブレスレット、綺麗な宝石が連なっている。
「それが精霊の渡り鏡?」
「うむ。身に付けた者が精霊界への鏡を生み出し、次元を超える事ができるらしいのだ」
らしい、って事は試した事無いのか?
「吾輩達では発動しなかった。これには神の精霊の血が必要となるのだ」
普通のエルフでは発動しないというのは理解できたが、その精霊界へと行くための媒体が何処にも無い。
近くに精霊界への扉があるのに鍵が無いために先へと進めないという絶望感、進めないとなると別の方法を考えるべきか。
「なぁ、神の精霊って『原初の精霊』の事か?」
「知ってるのであるか」
「まぁ、伝説の存在だし、そういうのに多少なりとも興味あったからな」
勇者パーティー時代では勇者特権を乱用して本ばかり漁っていたものだ。
色んな場所で本を読み漁った。
その中で、古代文献について偶然手を付けた事がある。
「ご主人様、その、しゃはる……というのは?」
「世界を創造した九神龍、それと同じように夜明けを導いたとされる原初の精霊、最初の精霊達がいたらしい」
暗闇が世界を支配していた大昔の時代の話、その精霊達は夜明けを導くために奮闘したそうで、世界が夜に沈む時に現れて変革を齎す、と後世に伝わっている。
その精霊は四体いた。
それこそが後の原初の精霊と謳われるようになる精霊達である。
「癒しを与える聖霊母マリアベル、星を創りし精霊王ハルヴァーニア、世界を見下ろす晴霊鳥セル・アイン、癒し、創り、そして見守る三体の精霊、それから……悪夢を喰らう製霊獣ドゥルーマ、その四体だ」
その言葉の通り、それぞれに権能を携えている。
ただし、ドゥルーマだけは夢の世界の獣らしく、現世に滅多に姿を現さない。
「数千年前の話だからな、今では眉唾物だろう」
「……博識なんですね」
「まぁ、生き残るためには学ぶしかなかったしな」
そう、勇者パーティーで役に立つには勉強して、戦えないなりにサポートするしか方法は残ってなかった。
いや、最初っからその道しか存在しなかったと言うべきだろうが、それが今役に立っているとは何という皮肉なのだろう。
役に立つべきところでは役に立たなかったのに、必要無い時に知識がある。
「少し酒でも酌み交わすであるか?」
「……いや、止めとく」
酒に良い思い出なんて無いしな。
酒に溺れる人間を沢山見てきたからこそ、酒を飲むのは嫌いだ。
酔う事もできない。
百薬の長であるはずの酒は、俺にとっては毒と認識するだけの害でしかない。
「む? ようやく寝たであるか」
気付けば、グローリアが泣き疲れたかのように眠ってしまっていた。
途中から会話に入ってきてないと思ったら……
呑気な奴だな。
「ノア、ずっと気になっていたのだが、その娘が?」
「自己紹介してなかったか……ユスティ」
「はい。ご主人様にお仕えする事となった、ユーステティアと申します。よろしくお願いします」
恭しく彼女はお辞儀する。
思ったんだが、礼儀とかを何処で習ったのだろうか?
「そうであるか……良い主人と巡り会えたようだな」
「……はい」
何故こうも俺を信じようとするのか、理解に苦しむ。
オズウェルは出会って半月、しかしユスティは出会ってまだ数時間しか経過していない。
何処をどう見たら俺を信じようと思うのか、本当に不思議だ。
(そもそも見えてないだろ、お前)
まだ視界が真っ暗なままのはずだが、コイツは俺を信じるような言動をしており、嘘とか一切吐いてない。
その濁りすら全く見えない。
臭いとかでは嘘かどうかの判別も難しかろうし、俺を信じる要素が何処にも見当たらないからこそ、コイツの考えてる事が分からなくて焦れったい。
「俺はこのまま帰るとするよ。じゃあな」
「失礼します」
「あぁ、また、なのである」
また、その言葉に俺は答える事ができなかった。
また会えるとするならば……
「ノア」
後ろから声が聞こえてくる。
「今度は酒を酌み交わそう」
酒を酌み交わす事のできる日が来るのはきっと、俺が本当に相手を信じられるまではお預けだな。
その日が来るとは限らないが。
彼の言葉に返事せず、俺は帰り道を進む。
影が伸び、次第に夜の帳が下りていき、空には煌びやかな数々の星と一つの大きな月が浮かび上がる。
「返事しなくて良かったのですか?」
「良いさ。こういうのに、返事は野暮ってもんさ」
と、良い風に纏めてみたのだが、ただ返事ができなかっただけだ。
(結局、俺は誰も信じれてないのか……)
魔眼があったからこそ、こうして冷静に言葉の真偽判定に加えて自身で言葉の真偽に関して考える事ができたのだが、もし俺に魔眼が無かったら完全な人間不信に陥ってただろう。
魔眼を通して人を判断する。
こうして考えると、やはり俺は誰も信じてない。
ユスティには嘘を吐いたり裏切ったりとかを封じているが、足を掬われないように魔眼を常時発動状態にして使っている。
「お前は何故俺を信じる?」
「へ?」
歩いている最中の突然の質問、予想ていなかったかのように呆けた表情をしていた。
「俺は人の性質、特に嘘が分かる。その中でもハッキリ言ってお前は異質だ」
「異質、ですか?」
「あぁ、黒い靄が見えると嘘を吐いてると分かるんだが、お前の場合は逆だ。俺に対して真っ白、曇りの欠片も見えない」
それが逆に異質すぎる。
信頼しきっている証拠、靄が滲み出ていればまだ分かるのだが、それが一切見受けられない。
つまり、彼女は他人に対して優しいという意味を持つ。
「俺を信用する理由は何だ?」
完全なる善人なんていない、それが人間というものだ。
彼女は純粋すぎる。
もしかして俺が善人だと思っている?
「ご主人様からは悪意を一切感じません。獣人の第六感がそう告げるんです」
そんな曖昧なものを信じてるのか……
「それに多少の会話からでも、ご主人様が悪い人には思えません」
「会話から?」
そんな会話なんてしただろうかと、今までの会話を振り返ってみるが、良い人であるという証拠は何処にも無いと思った。
ならば、彼女は何処で判断したのか。
「はい。最初、ご主人様は私に名前を聞きましたよね。そこから奴隷に対しての認識が普通の人とは違う、そう思いました」
「単に揶揄っただけって考え方もある」
「確かにそうかもしれませんが、その次に私のお願いを聞いてくださいました」
彼女に名前を付けるという願い事を叶えた。
たったそれだけの事だし、それで俺が良い人なのかを判断するには材料が足りなさすぎるはずだ。
いや、だからこその第六感、か。
「相手が何を思っているのかは分かりません。けど卓越した獣耳を使えば、心臓の音で嘘を吐いてるかは分かりますし、運命で引き寄せた相手ならば信用できます」
「つまり、それを使って引き寄せたのが俺、って事か?」
「はい」
だからと言って全幅の信頼を寄せられるというのも、落ち着かないな。
逆に何か企んでいるのではないか、と考えてしまう。
「ですから、私はご主人様を信頼しております」
「そんな信用されてもなぁ……」
「ご安心ください。粉骨砕身、ご主人様のために誠心誠意尽くしますから」
そういう事を言いたいのではない。
そこまで信用する必要は無いよ、と言いたいのだ。
出会って一日も経過してない相手を信じるというのはリスクが大きすぎる上に、だいたい彼女は奴隷であるために人権が無いのだ。
俺が酷い事とかをしないと何故言い切れるのか、それが不思議だ。
「そもそも、そういった事を聞いてくる時点で、ご主人様が私に危害を加えようとはしないと思いまして」
「……もう少し男ってもんを疑った方が良い」
「ご主人様の事を疑った方が宜しいのですか?」
「いや、別にそういう事言ってる訳じゃないが……」
何というか少し天然っぽいな、ユスティって。
常識を持ち合わせているのは確かだが、不思議そうにしながら俺の言った事を間に受けている。
「まぁ、それがお前の美徳か。済まない、今の言葉は忘れてくれ」
これから時間を掛けて俺の事を知るのではなく、何も知らずに初めから俺を信じている。
嬉しいという気持ちが出てくる前に困惑が顔を覗かせるのだが、彼女は真っ白なままの方が彼女らしいと思い、俺は言葉を撤回した。
そして、そのまま歩き続けて、現在泊まっている宿へと辿り着いた。
「着いたぞ」
「ここが……ご主人様の借りてる宿なのですか?」
「あぁ、『小鳥の巣立ち』っていう宿らしい」
外観は結構大きい。
ここは意外と安くてセキュリティ設備も整っており、治安良い場所にあるため、ここをリノが選んだ。
「あら〜、お帰りなさ〜い」
茶色い髪を肩に垂らした糸目の女性が、運んでいた料理を他の客のところへと置いた後、笑顔を張り付けたまま俺達の方へと寄ってきた。
ここの店員だ。
俺より一つ下なのに物凄い世話焼きなため、ノアちゃんなんて呼ばれている。
「ノアちゃん、遅かったですね〜。はい鍵どうぞ〜……あらあら〜、そちらの可愛らしいお嬢さんは誰かしら〜?」
「奴隷だ。食事は後で二人分貰おう」
「は〜い、分かったわ〜。何時くらいに持ってけば良いかしら〜?」
大体二、三時間あれば魔眼はできあがる。
だが、念のためにもう一時間くらいは誰も入ってこないようにしようと、時間ギリギリに設定しておく。
「なら、九時過ぎに持ってきてくれ」
「りょうか〜い。腕振るっちゃうわね〜!」
ルンルンと嬉しそうに鼻歌歌いながら、厨房の奥へと向かっていった。
「さ、こっちだ」
「はい」
この建物は五階建てで、階段は吹き抜けとなっている。
周囲の人間達がユスティを見るが、服屋の時のような毛嫌いとかはされず、見惚れたりしているだけだった。
ただし、目を見た瞬間に不思議そうな表情へと変化していたため、やはり目立つものだ。
魔眼にしたら目立たなくなるはずだが、それは目の色によって変わるだろう。
紅、蒼、翡翠、琥珀、紫紺、灰、色々ある。
四階へと辿り着いて、最奥の部屋の鍵を開ける。
「し、失礼します……」
暗い部屋の壁へと手を当てて、仕掛けられていた魔法陣へと魔力を流すと、明かりが付いた。
「早速始めようか。数時間経ったら目が回復してるのかを確かめるから、ベッドに仰向けに寝てくれ」
「はい」
仰向けになって、ベッドへと身体を預ける。
ソワソワしている尻尾を見れば分かるように、緊張しているのだろう。
「緊張するか?」
「いえ、そうではなくて……再び見えるようになるとは思いませんでしたから」
「まだ確定じゃないからな」
「大丈夫です。『福音の月聖堂』を使います」
祈るように手を組み合わせて、彼女は黙りこくってしまった。
しかし彼女の身体が淡く輝いていき、その瞬間、彼女の気配が濃厚なものとなった。
肌で感じる、自分の幸運を引き寄せているという事を。
彼女は確実に成功させるために力を使っていた。
「行くぞ、ユスティ」
「はい」
彼女へと手を伸ばした。
影から必要な素材を全て取り出して、作業を開始していく。
包帯を取ると、そこには目全体が醜く焼け焦げており、皮膚が爛れた姿が露わとなった。
彼女のコンプレックス、彼女のトラウマ、それを今日で断ち切ろう。
「『錬成』」
その言葉と共に、俺は作業を開始した。
集中して作業を続けていると、あっという間に時間が過ぎていった。
「……できた」
神経を張り詰めらせると息も詰まるもので、本当に三時間掛かってしまった。
ベッドでは、皮膚が焼け爛れていない綺麗な肌へと変化した、目を閉じた美少女が眠っている。
魔眼に使ったのは魔石だけでなく、目を負傷しても即座に治るように再生速度を上げるための薬草類や、再生力の高い錬金素材数種、それを錬成して加工、焼けた目と融合させた。
精神にドッと疲れが蓄積される。
「はぁ」
溜め息も零れ落ちる。
取り敢えず、魔眼錬成は成功した。
視神経全てを新しいものへと置き換える必要があったので、錬成を繰り返し駆使して、彼女の眼は完成した。
(これで、後は魔眼を使えるか、だな)
魔眼が完成したと言っても、扱えるかどうかは別の話となる。
そのため、彼女の意思で魔眼を操れた時、本当に見えたと言える。
「……ぅ……」
瞼を震わせて、ユスティが目を覚ました。
盲目だった双眸をゆっくりと開き、二つの綺麗な瞳が現れる。
「……ごしゅじん……さま?」
「どうだ調子は?」
「大丈夫、です……」
寝惚けていた脳が覚醒し、二、三度程目をパチクリさせた後、確認するように手で目元を触った。
「自分で見てみな」
用意していた手鏡を渡し、彼女は恐る恐る自分の容姿を覗いた。
映った彼女の双眸は、美しく輝いていた。
右目は翡翠色、左目は俺よりも明るい青色であり、俺と同じように両方共が魔眼の能力を有している。
瞳には細かなラメが入ったように、夜空に浮かぶ数々の星のような綺麗な模様を映している。
「綺麗な色……」
自然と漏れた言葉と同じく、瞳から雫も流れ落ちる。
涙腺も機能しているようで、安心した。
「ありがとうございます、ご主人さ…ま……」
ようやく俺の方を見たユスティだったが、言葉尻が弱くなって消えていった。
「ユスティ?」
「は、はい!! ななな何でしゅか!?」
何故か噛みまくってる。
頬も赤く染まって最初の時よりも慌てていたので、魔眼錬成の影響で熱でも出たのかと思い、額を合わせて熱を測った。
三十六度五分……平熱だな。
「あ、あの……」
「あぁ済まない。それより、目はちゃんと見えてるか?」
「はい、それはまぁ、問題無い、です」
気不味そうに目を逸らされる。
しかし目が見えるのならば、ひとまずは実験成功という事だ。
後は魔眼が発動すれば……いや、今日はもう夜遅いので明日確認しようか。
「ご主人様」
「ん?」
「私に目をくださり、本当にありがとうございます……大事にしますね!」
涙が地面へと消えていく。
その笑顔はまるで百合のように、彼女は咲き誇る。
星の下に咲く一輪の花は、風に揺られながら何処までも綺麗に咲き続けるだろう。
だから俺は彼女を見守り続けるとしよう、その花が摘み取られないように、その花が枯れないように、その花が散らないように。
俺は、華麗な花へと希望という名の水を与えた。
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
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