第5話 草原を駆け抜けて
魔境を北東へと走り続けて約五時間が経過し、ようやく森の端へと辿り着いた。
森が途切れ、その緑の結界の向こうは日差しを充分に受けた広大な土地が延々と続き、その世界へと一歩を踏み出す俺達は、この時新しい旅立ちを意味した。
森の外は一面草原となっており、吹く風が草花を優しく揺らしていた。
『うわぁ! 広〜い!!』
フヨフヨと頭から地面へと舞い降りた精霊の少女は、ワザワザ身体を大人のサイズに変身させて、野山を駆け行く子犬の如く走り回っていた。
裸足で踏み締める芝生、鈴を転がしたように表情も驚きや笑顔を繰り返す。
しかしリアクションが過剰すぎる、そう感じた。
だから、もしかしたらと思って、俺は素朴な質問を切り出した。
「お前、草原を見たの初めてか?」
『ずっとあのお花畑にいたんだもの。へぇ、これが草原って言うのね……』
本当に楽しげに身体を緑のカーペットへと沈ませているが、ここまで草原目にしただけで喜んでる奴見るの、俺は初めてである。
だが、草原を駆け回るというのは確かに爽快感がありそうだし、開放感溢れるのは確かだ。
彼女に共感する。
草原で遊ぶために来た訳ではないので、彼女の横を通り過ぎて街道へと歩き続けるが、のんびり旅なので急ぐ予定も特に無い。
だから空を飛んで都市に向かったり、何かに乗って向かったりもせずに、都市に向かうまでの道のりも楽しんでいこうと思っていた。
徒歩、馬車、そういったファンタジー的な旅の醍醐味を現在堪能していた。
置いてかれると思ったのか、元のサイズに戻った彼女は、俺の頭へと飛び乗った。
『ねぇ、ノア。都市の名前、ガルク……何だっけ?』
「ガルクブールな。それがどうした?」
『その何たらブールって何が有名なの?』
俺達の向かっているガルクブールという都市、有名なのは古代の英雄の名が刻まれた慰霊碑、美味しい魚の獲れる漁港、物流多い商業区、そして強い職業を授かるので知られている教会だ。
強い職業を授かるのは、単に多くの人間が十五歳になって『職業選別の儀式』を行い、その大多数の中に何人かが強い職業を授かっている、というだけの話だ。
確率変数的に、何処も一緒だ。
場所で職業が決まるなら、あの時の俺も別の場所で職業選別の儀式を受けていたであろう。
「一番有名なのは教会だが、都市が海に面してて多くの輸入品が流れてくるから、レストランとかでは色んな料理が食えるんだそうだ」
『物知りね』
「あぁ……まぁな」
勇者パーティー時代に沢山勉強してたので、基本的な情報ならば教えられるだろう。
その情報が合ってるのか、それとも間違ってるのかは行ってみれば分かる。
ガルクブールには個人的に興味もあったが、魔族殲滅のための旅では立ち寄らなかったので今回その機会が回ってきて、ステラ同様、こちらも結構ワクワクしている。
太陽が西へと傾き始めているので、この広大な土地を歩き続けるのを考えると、大体二、三日は野宿しなければならないだろう。
だが、それも旅の醍醐味だ。
今や一人自由に生きて行けるから、どう生きるのも俺の自由である。
だから今しばらくは、旅という娯楽に興じる。
『ねぇノア、あのモンスター何かな?』
今後の旅行計画を熟考していると、唐突に進行方向先の空へと指を向けて何かがいると教えてくれたが、俺には何も見えない。
常に風を感じ取っている彼女だからこそ何かがいるのを感知したようで、魔力で視力を底上げして北東の空を観察してみる。
しかし残念、この位置からではまだ小粒の何かが大量に動いてるとこしか見えなかった。
「もう少し近くで見てみないと分からんな。面白そうだし行ってみるか」
空には旋回している何かが多く、この場所より遥か先の地点へとダイブしている様子も窺えた。
獲物でも見つけたのならば納得できるが、距離からして街道の真上か少し逸れた場所のはずで、まさか人間を獲物にしてるのだろうか。
つまり、誰かが襲われている?
そう考えると、ますます好奇心に唆されて俺は、草原を蹴って駆け出した。
「『風纏』」
足に風を纏わせて推進力を高めて、目的地へとスタートダッシュした。
言葉にする事で意識を高められる一種の自己暗示だが、毎日口にしてると使う度に言葉に出してしまい、日本人としての記憶を持ってるものだから何だか厨二病拗らせた人みたいで恥ずかしい。
あれだ、我が右腕に封印されし邪神の力よ、ってやつ、暗黒龍の異能を授かったし右手には精霊紋も刻まれてるので、強ち間違いじゃないかもしれない。
芽生える羞恥心を他所に走り続けるが、そんな表情を見抜いたのか、反転したステラの頭が視界上に入る。
『難しい顔してどうしたの?』
「……何でもない」
これ以上は考えないようにしよう。
他事を考えてると風がブレてしまうかもしれないため、意識を足に集中させて草原を駆け抜けていく。
今までは森だったので直進するのが難しかったが、この大草原は広々として足場も安定してるので走りやすく、もっと速度を上げても衝突する障害物も無いので、風をより高密度に集めて放つ。
『は、速っ!?』
「しっかり捕まってろよ」
空気抵抗も後ろへと流して、同時に魔力操作で身体能力と動体視力を上げ、疾風の如く突き進む。
そのスピードを以って、俺達は何かの大群の元へと向かっていった。
剣戟の音が周囲に響き渡る。
激しい戦闘音、乱れる息遣いが状況の逼迫さをより強調しており、かなり危険な状態であるのは、視覚情報から判別可能だった。
聞こえてくる阿鼻叫喚の声。
斬り裂くは鋭利な風。
風の精霊術で集音してみると、剣戟や風切る音だけでなく人の声、特に恐怖による叫び声や不安感情の嵐が右耳へと入ってくる。
「おい! 馬車から出るんじゃね〜ぞ!!」
「皆さんは隠れててください!!」
「クソッたれ! 何でよりにもよって『クギバチドリ』の群れがこんなとこにいやがるんだ!?」
遠くから見ていて分かる通り、体毛が銀色をした嘴の鋭い小さな鳥の群勢が、列を成した馬車へと襲い掛かっているところだ。
あれは……クギバチドリか?
結構厄介な相手を引き寄せたものだ。
馬車が連なってるのでキャラバンかなと思うような光景だが、注目すべきは冒険者の一人が結界を発動させているところで、神官服を身に纏った女性冒険者が懸命に結界魔法で乗客を守っている。
素晴らしい力だ。
しかし、強度が足りていない。
あのままだと、いずれモンスターの攻撃に突破されてしまうだろう。
『助けに行かないの?』
そう聞かれたので、どうしようかと迷った。
漫画とかの主人公ならば『助太刀する!』とか言って颯爽と戦闘に入り込んだりするのだろうが、初対面の相手に守られて果たして向こうはどう思うだろうか、と相手の顔色を窺ってしまう。
迷惑がられたり、逆に何かしらの難癖付けられたりしたら気持ちが滅入る。
良い人か悪い人かを判断するための魔眼があるので、それを使って確認を取ると、善人でも悪人でもない普通の人達だと判断した。
俺の考え過ぎなのは分かってるが、一年前と同じ轍を踏まないように慎重に相手を観察する。
「少し様子を見よう」
今は土を錬成して地面に穴を開けて、そこへと身を隠している。
所謂、この堀は落とし穴である。
ここに身を隠してるため、鳥達からは死角となっているのだが、結構ギリギリだ。
立体的に魔力探知してクギバチドリの居場所、それから動きを感知していると、俺の魔力に気付いたクギバチドリの一個体が弾丸のように滑空して、地面へと飛んできた。
「しまっ――『錬成』!!」
壁に手を着いて土を動かし、穴を即座に閉じる。
その穴の土蓋に多くの棘が生えたようにクギバチドリの嘴が突き刺さって、それを自力で抜けた事で穴から外界の陽光が入ってくる。
魔力に敏感なのが何体かいるらしい。
突っ込んでくるが、嘴が鋭いため当たれば胴体に穴でも空きそうだ。
「あっぶな……」
クギバチドリの弾丸のような突進攻撃には貫通力があるので、非常に危険だ。
しかし、普段は温厚なモンスターのはずなので一個体では危険度Cに設定されているが、群れると危険度は跳ね上がって危険度A並みとなる。
即興で錬成した天井、即興イメージだったので錬成が甘く、クギバチドリ程度の攻撃力で多くの穴が開いてしまい、何個か突き刺さったままだ。
それをステラが指で突つきながら、こちらへと視線を向けてきた。
『クギバチドリってどんなモンスターなの?』
「簡単に説明すると、釘のような鋭い嘴で硬いものさえ貫く小鳥だ。蝶のように舞い、蜂のように刺す、しかも素早い動きで『狩人泣かせ』って言われてる。弓矢で射れれば一人前だろうな」
普通の弓矢では実質当たらないので、空中を自由に飛び回るクギバチドリを射れたら、パーティーに引くて数多となるだろう。
それにしても、クギバチドリの群れに対して冒険者達の対応が何十秒と遅い。
神官の子は結界で手一杯、周囲には三人の冒険者が必死で守っている。
騎士職一人、魔弓術師一人、そして魔導師一人、少し後衛寄りのパーティーだが連携は取れている。
取れてはいるんだが、後衛二人の矢と魔法はすばしっこい敵に掠りもしない。
矢を魔力で包んでいるので魔弓術師だと判断したが命中率が悪いようで、それは魔導師も同様、杖から出ている魔法の連射性能には目を見張るものがあるが、当たらなければ意味が無い。
(遠距離の精度が低いのか……)
こっそりと頭を出して覗いてみると、上空から滑空して冒険者達へと襲い掛かるクギバチドリが半数、残りの半数は何故か馬車へと飛び込もうとして、少女の張ったままの結界に阻まれている状況だ。
徐々に罅が入ってるため、限界は近いだろう。
年齢的に考えて、神官の少女は儀式を受けたばかりか、精々一、二年程度しか職業を使って来なかったのか、防御膜の精度はまだ未熟だ。
連携は良いが、後手に回っている時点で彼等の勝機は薄そうだ。
「クソッ!! これ以上守れねぇぞ!?」
「もう矢は無いよ!!」
「わ、私も結界が、もう……」
「ちょっ――ミゼルカ!? もう少し耐えなさい!」
俺の読み通り、ミゼルカという神官の少女が今にも限界を迎えそうで、結界の魔法『ホーリーバリア』の維持が切れかかってる。
俺達が視認する前から使っていたとすると、尋常でない魔力を消費したと簡単に予想が付く。
魔眼で見る限り、冒険者四名の体内魔力は殆どスッカラカンとなっているので、後数分もすれば身体を貫かれて、馬車にも被害が及ぶだろう。
ギルドのクエストだろうが、護衛依頼では依頼主の安全護送が基本条件、他者の介入で依頼失敗だと伝える依頼主もいる。
入るべきか、入らざるべきか。
介入しない方が良いかもしれない、が、そんな悠長に考えてる間にも、結界へと大きく亀裂が刻まれていた。
「ひゃぁ!?」
そして、とうとう結界が切れて、馬車を守っていたはずの神官へと攻撃の雨が降り注ぐ。
魔力切れを引き起こしてフラフラしてるところで攻撃を受けてしまったらしく、嘴が身体へと当たって馬車の方へと吹き飛ばされていた。
身体が貫通してないので、服の下に鎖帷子でも仕込んでると思われる。
用意周到だな。
「ミゼルカ!? しっかりしなさい!!」
それでも衝撃が強かったらしく、そのまま気絶してしまったようだ。
戦闘中に気絶すると、その間その人物は無防備となる。
魔導師が気絶した神官へと近付くが、クギバチドリの背後からの攻撃に気付いておらず、少し離れた場所にいた仲間が庇おうとしているのも見えた。
必死になって身を呈そうとしている。
駄目だ、それでは間に合わない。
それに間に合ったところで、結局庇った人間が犠牲になり、背中を貫かれる。
だから貸しを作る意味でも、俺は穴から出て攻撃線上に飛び込んだ。
「フッ!!」
魔導師と神官の前に立ち、手に持った銀色の短剣二つを十字に振って鳥を四つの肉塊に斬り裂いた。
つい余計な事をしてしまったが、やはり単体だとCランク程度の力しか無いようで、見切るために動体視力を上げておけば何とかなる。
動体視力向上により、飛翔運動や抜けた羽のジグザグに落ちる落下運動も、その場の時間がゆったり進行しているみたいに映る。
一匹の鳥を殺したためか、俺を危険指定したみたいで、鳴き声を撒き散らして周囲へと伝達させていた。
俺の他にも狙いがある。
だから地面を錬成して馬車を土砂で包み込んでガッチリ固めておいたので、俺が死なない限りは突破する事はできないはずだ。
それに、俺が死んだところで解除されたりしない。
この錬成能力は物質を変形させた後、一定時間を置いても元には戻らないからだ。
「あ、あんた――」
「余所見すんな!!」
上空では大量のクギバチドリが、こちらを敵と認識して機会を窺っている。
俺が獲物か、はたまた鳥達が獲物か。
向こう鳥達は、天空を覆い尽くしている。
クギバチドリの習性の一つは共鳴、鳴き声で連絡を取り合って戦ったりする不思議な生態なので、危険度はAまで上がっている。
武器も構えずに呆けている場合ではないので、後ろの魔導師へと命令を下す。
「来るぞ!!」
多くのクギバチドリが地面へと急降下してきたため、二つの短剣で連続して両断していく。
一匹、二匹、三、四匹、一気に七匹、と斬り飛ばしていくと、俺や冒険者達の背後に慣性を引いたまま、大量の肉塊が地面を汚らしく穢していく。
ドリルのように回転しながら飛んでくるので、真正面から受けると反動で手が痺れてしまう。
連続して飛んでくる攻撃、しかし最早自害と変わらない。
傍迷惑な突進自殺だな。
こちらとしては連続飛来する物体を斬り伏せ、数を減らしていくだけの体力がある。
それに何度も斬り伏せれば、身体も慣れる。
それに相手は直線攻撃しかしてこないから、結構単純な相手で助かる。
直線位置に刃を置くだけで、勝手に斬れてくれる。
モンスターの核となる魔石をなるべく狙っていき、身体を捻って避けたりしながら無駄な動きを削ぎ落として、カウンターの一撃を加えていく。
「す、凄い……」
そんな感想述べてる余裕や暇があるのならば、戦うか、逃げるか、守るか、回復させるか、どれかにしてほしい。
と言うより、どれでも良いので行動に移せ。
いや、戦闘慣れしてないのか。
だったら俺が指揮しよう、その方が戦闘の邪魔にならないだろうし。
「そこの魔導師の女、回復魔法は使えるか?」
「つ、使えるけど――」
「なら神官を診てやれ。衝撃で肋骨に罅が入ってる」
回復魔導師では無さそうだが、多少なりとも回復魔法を使えるのならば神官を診て治療してやるべきだ。
魔力探知で詳しく調べたのだが、魔力切れを引き起こした状態で攻撃を喰らったせいで、まともに防御するのもままならなかったのだろう。
弾丸の如く飛んでくるクギバチドリを見切って、その動きに合わせて剣を振るい、どんどんと鳥達の個体数を減らしていった。
その傍らで、神官を抱いて魔導師の女が魔法を掛け、治療している。
「ミゼルカ! しっかりして!」
魔導師が回復魔法で骨の罅を修復しながら、気絶した仲間へと声を掛け続けている。
だが、起きる気配は無い。
何度も声を荒げて心配を表層に出しているが、揺さぶるのは流石に悪手だ。
今回は俺が心晶眼で診察したが、俺の目が全部正確である保証も無ければ、俺の言葉を鵜呑みにするのも冒険者としてどうなのか。
手助けする側も問題だが、される側も思慮を巡らせるのを停止させ、この激動に身を任せているだけ。
魔導師の回復魔法が効いたのか、呼吸は安定しているので命に別状は無さそうだが、もしも死んだなら蘇生させれば良いだけだ。
それくらい、錬金術師の能力なら可能だ。
「お、俺達も加勢するぞ!」
「でも矢が――」
騎士と魔弓術師の二人が俺の戦闘に感化されたのか、戦闘に参加しようと武器を手にする。
しかし片方の背負う矢筒には矢が一本も入ってなかったので、魔弓術師としての本領はこれから発揮されるだろう、と思ったのだが、一体どうしたのだろう。
矢が無いと騒いでいる。
魔弓術師は自分の魔力を矢へと形質変換させて射出する職業のはずだが、自分の矢を形質変換すれば魔力操作で追尾機能も付けられたはず。
矢が無くなったり、或いはより強力なのを撃つ場合に使ったりするのだが、それをしないという事は、そこまでの技量が彼には無いのか、単に隠しているかだ。
まぁ、隠しても現状ではメリットは無さそうなので、前者の理由によって射撃精度が低すぎて当たらないだけかもしれない。
つまり職業を得たばかりの新人、戦闘において全く役に立たない。
かの有名なナポレオン曰く、真に恐れるべきは有能な敵ではなく無能な味方である、だそうだ。
有名な言葉、誰だって一度くらいは聞いた事があるだろう格言で、敵が有能なら自身を成長させる糧となるが、無能な味方は足手纏いという意味以上に今回ならばお荷物、という言葉を贈れる。
更にタチが悪いのは、無能な味方の中でも働き者だ。
無能でも怠け者なら、まだ荷物を守護するだけで負担は少ないが、働き者なら俺の負担がより増える。
理由は単純明快、無能な働き者は味方の邪魔をして状況を悪化させるからだ。
「そこの盾持ってる奴、加勢は必要無いから代わりに後ろの二人を守ってやれ」
「ぇ、あ――」
「それと弓矢の奴、魔力を矢の形にできるんなら、やれ。できないんなら下がってろ」
加勢されても連携が取れないので、結局は邪魔になってしまう。
それに、実力を出しすぎて悪目立ちしたくないので、短剣に魔力を纏わせて戦うくらいしかしてない。
本来の能力で言えば、敵を屠るのに影や錬金術師の能力を併用すれば、地上からチマチマと攻撃せずに空飛んで行けるのだが、力を誇示する気は毛頭ない。
まだ、彼等を信じられる要素が魔眼だけだから。
一年前の裏切りが自身を縛る。
昔と違って現在は背後にも気を配って、味方からの攻撃も警戒しているため、護衛の冒険者達からは二、三歩以上は離れている。
ステラも警戒してるのか精霊紋から出て来なくなっていたので、精霊術も今は使わない方向で、目の前の戦いを進めていく。
(それより……百匹以上いる光景は初めてだな)
クギバチドリの大群が空を飛ぶのは普通だが、それは二十〜三十匹くらいの話で、百匹を超える大群が馬車を襲うなんてものはまず考えられない。
理由としては百匹を超える場合、統率ができないから。
統率するための実力が突出したクギバチドリのリーダーがいれば話は別だが、それでも記録上は最大でも四十匹程度の群れでしかなかったそうだ。
それから、特定の馬車に突進してるため、何かしらの要因があるとすれば、馬車の中身かもしれない。
モンスターを誘発するアイテムが荷物に紛れていたりする、なんて事故とかもあるので、速やかに撤去しなければならない。
戦闘の最中、並列して魔力探知を駆使して馬車の中を探ってはみたのだが、人以外に魔力に反応するものが見当たらなかった。
要するに、魔導具や呪具のような類いではないという意味合いに取られ、ならば原因は何なのかと考えながら戦闘を続ける。
予測の範疇として、今回は何等かの人為的要因が作用している可能性も浮上する。
「キリが無ぇな」
統率の取れた攻撃の数々に翻弄されながらも、周囲の探知は怠らずに回避と反撃に専念する。
「……」
斬り伏せていくと、徐々に斬れ味が悪くなる。
魔力を纏ってるとは言え、刃が肉塊を斬ってれば斬った分だけ肉がこびり付く。
それに刃が血塗れとなっていく。
それでも諦めないのか、クギバチドリ達は身を顧みずに徒党を組んで突っ込んでくる。
鬱陶しいが、知能の低い敵は諦めが悪い。
いつしか隙が生まれる、そう思われてるのか、自分の身体を隠して背後に仲間を引き連れてきたりして、斬った瞬間を狙う奴もいる。
だが、俺は二刀持っている。
更には魔力探知、動体視力を上げた状態だから、万が一にも攻撃を受けたりはしない。
しかしだ、こうも統率が取れているとなると、群体の中に上位の存在がいるに違いない。
連続して向かってくる小鳥を捌きながら、俺は精密な探知範囲を広げて試みる。
「……アイツか」
一匹だけ停滞して指示を出してるのがいた。
他よりも少し身体が大きな個体で、周囲を俯瞰しているようだ。
魔力量も僅かながらに大きい。
ほんの誤差だ。
それに気付かないとは俺もまだまだ未熟だが、嘆いてる訳にもいくまい。
ここから攻撃を届かせる手段は幾つもあるが、一番手っ取り早い方法、乾坤一擲の手法だ。
それには俺の技能精度に懸かっている。
魔力を糸にして、右手に持った短剣の柄に巻き付け、準備を済ませる。
飛んできた一匹を斬った動作から足捌きで、そのまま右足を軸に反時計回りに回転し、斬った状態から空間に置き捨てた腕が身体の回転で、自然と投げのポーズになる。
それに気付いた親鳥が、仲間を肉壁に陣形を整えようとしたが、その間を狙い定める。
手に持った短剣を思い切ってリーダー目掛けて投擲し、スピードの乗った短剣が親鳥の身体へと突き刺さって、一撃で屠った。
それが、短剣の自重で地面へと落ちていく。
「な、何だ!?」
「急にクギバチドリが……」
仲間を守っていた冒険者のうち二人が、驚きながら上空を見上げていた。
先程まで指示を出していたのが急に消えたため、統率が取れなくなってバラバラに逃げていく。
散会する様を眺めながら、戦闘終了後の周囲の様子を念の為に確認する。
怪我人は冒険者のみ。
他は無傷だろう、土砂で囲ったのだから。
クギバチドリの何匹かは、そこで突き刺さった状態だったのだが、何とか抜け出して逃げ出した。
後追いはしない。
普段は温厚な性格の鳥だから、多くの人間がいる場所からいち早く逃げたいと思ったのかもしれない。
投げる前に結び付けておいた魔力糸を引っ張って、地面に落ちた短剣を手繰り寄せると、同時に短剣で突き刺していたクギバチドリの親玉も釣れた。
空中釣り、と言ったところか。
空のヌシを釣り上げたぞ、と誰かに報告するのも虚しく、その鳥から短剣を引き抜いた。
「結局何だったんだ?」
何故馬車を襲ったのかはまだ分かってないので、一件落着とはならない。
原因を調べなければならないからだ。
そこまでする義理は無いが、気になったなら、とことん調べようと思う。
二つの短剣を錬成して腕輪へと戻し、馬車を覆っていた土も解体するとボロボロと土砂が崩れて、小さなドームから出てきた五つの馬車と、馬車に乗っていた乗客達と御者の人達が、何事かと馬車から降りてくる。
どうやら、全員無傷で済んだらしい。
「な、なぁ!!」
原因を探るために一つ目の馬車へと乗り込もうとしたところで、後ろから誰かに呼び止められる。
俺を呼び止めたのは騎士っぽい鎧装備を身に付けている、見た目熱血そうな男、真っ赤な髪にバンダナをした大剣使いで、その彼が俺へと呼び掛けてきたために何の用件かと視線を向けた。
視線だけを向けて、対応する。
「さっき仲間を助けてくれて助かった。ありがとな」
「え、あぁ……」
俺は少し驚きながらも、頭を下げている男へと身体を向けた。
まさか感謝されるとは思ってなかった。
俺のような人間に感謝、か。
裏がある、そのような予想を胸に抱きながら、俺は彼の謝意を受け取った。
「俺はライオット、お前さんは?」
「……ただの旅人だ」
人と話すのは久し振りだが、やはり一年前の裏切り事件があるので、やはり何だか慣れない。
正直、信用するかどうか、見極めねばならない。
そのためにも俺は警戒心を解かずに、ライオットという男を一瞥する。
しかし今は原因の究明が先なので、俺は素っ気無く対応して馬車にいる御者と会話、交渉しながら中を調べさせてもらう事として、原因を探った。
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
『面白い!』『この小説良いな!』等と思って頂けましたら、下にある評価、ブックマーク、感想をよろしくお願い致します。
感想を下さった方、評価を下さった方、ブックマーク登録して下さった方、本当にありがとうございます、大変励みになります!




