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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第二章【財宝都市編】
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第46話 ノアとユーステティア 中編

 ユスティがシーナで短剣を貰ったのだが、他にも必要な武器防具の類いを見たいと思っていたところ、腹が減ったため、先に食事する事となった。

 この都市では色んな流通ルートがある事から、世界の料理を食べられる。

 そして俺達は小洒落た料理店へと来た。


「この前見つけた米料理のある店だ」

「「こめ?」」


 え、米知らないのか?

 メレーノ獣王国では普通に栽培され、米料理が食されているというのに、その美味しさを知らないとは何と勿体無き事か。

 いや、まぁ稲は寒い環境に弱いため、雪国ではまず見掛けないだろう。

 リノの故郷が何処なのかは詳しくは知らないので、米の無い土地なのだろう。

 折角グラットポートに来たんだから、暇なら料理ではなく米俵でも探してみようか。


(あ、キースのとこにも行かなくちゃな)


 俺が用事あるのはキースではなくダイガルトの方だ。

 内容は迷宮都市へと向かう日取りを決めるため、それから幾つかの条件を交わしておきたいのと、プラスして一つ頼み事をしておきたい。


 クゥゥゥ……


 脳内で纏めていると、何か可愛い音が聞こえてきた。

 後ろを振り返るとユスティが腹に手を当てて恥ずかしそうにしていた。

 腹が鳴ったのだなと分かる仕草だ。

 まさに女子、リノよりも女の子らし――


「あの……頬抓るの、止めてくんない?」

「今、貴殿は我に対して失礼な事を考えただろう?」

「考えてません。考えないから離してください。あの、痛いんだけど……」


 より強く頬を抓られていく。

 しかも頬を捻ってくるため、こういうところだぞと思った瞬間、更にキツく抓られてしまった。

 どうやら女の勘はリノの方が鋭いらしい。

 これ以上、リノを女の子扱いしないと俺が制裁を受けてしまいそうなので、考える事を放棄した。


「とにかく入るか」

「そうだな、我も腹が空いたところだ」


 ここは奴隷入店禁止ではないので、恐らくはさっきのような暴動にはならないだろう。

 なったところで、殆どの人間に俺を傷付けたりする事は不可能に近い。

 この身体は強靭となったが、それ以上に再生能力と錬金術師の修復能力があるから、傷付いたところで再生させれば、なんて考えるが、これは痛みを勘定に入れない場合の話なのだ。

 痛いものは痛い。


「いらっしゃいませ、三名様でよろしいでしょうか?」

「あぁ」

「では、ご案内致します」


 店員がユスティとリノを見ても特段何かある訳ではなかったので、とにかく安心した。

 純白の癖っ毛多い髪を腰まで垂らしており、見違えるように清潔となったユスティだ、もう誰も薄汚いとは言わないだろう。

 後は目さえ回復させれば彼女は完璧となろう。

 目が見えなくとも生活に問題無いというのも凄いと思うのだが、さも当たり前のように行動して、迷わず地面を踏んでいる。


(本当に見えてるみたいだな)


 目を瞑った状態での地形把握は難しい。

 熟練の獣人の冒険者でも地形を把握するのは簡単ではないため、まるで包帯の下が無傷なのではないかと思えるくらいだ。

 しかし彼女自身が嘘を吐いてないために、目を焼かれたのは本当だろう。

 一応、包帯の下は見ていない。

 火傷を負ったからと言って彼女を差別するつもりもない訳だし、たとえ包帯が無くとも俺の彼女に対する反応は変わらなかったと思う。

 自分の身体の傷跡の方が、彼女より酷く醜く穢らわしいから、嫌悪感とかは全く以って無い。


「こちらになります」


 結構人がいるようで、人気の店であるのは周囲から伝わってくる。

 俺もリノも、案内された丸テーブルのとこの椅子に座ったのだが、何故かユスティだけが俺の後ろに立って待機状態となっていた。

 腹の虫を知らせてた張本人が立ってるって可笑しいだろう。

 そう思った時、再び彼女の腹が鳴った。


「ユスティお前、そこで何してんの?」

「ご、ご主人様のお食事を邪魔しないように、と……」


 腹が鳴って羞恥心が顔に表れている。

 普通に座れば良いのに、どうして座ろうとしないのかと不思議に思ってしまった。


「あぁ、奴隷だから主人と一緒に食えないってアレか。席に座って一緒に食うぞ、これは命令だ」

「は、はい」


 衣食住の保証はしっかりとしなければならないが、本当は主人と奴隷が同じ席に着く事は禁じられてるらしい。

 そんな項目もあったなと思いながら、俺は彼女を椅子へと座らせた。

 目が見えないので、メニューとかは分からないだろう。

 そう思ってメニューを読んでやる。


「どれにする?」


 リゾットや丼、カレー、チャーハンやピラフ、オムライス、パエリア、オニギリとか定食、寿司や肉巻きロールのような料理とかもあって、非常にバリエーションが豊富だった。

 デザートとしては米で作ったライスクッキーやライスドーナッツ、マフィンやワッフルとかもあった。

 どれも美味そうな写真が貼られているため、食べた事の無い人でも安心して選べるようになってる。

  

「で、では……ご主人様と同じものをお願いします」


 自分では選ばなかった、いや目が見えないから選べなかったという方が正しい。

 どれも食べた事が無いのと、見た事が無いからこそ、初めは他人のを食べてみようってところだろう。


「苦手なものとかは?」

「いえ、特にありません」

「そうか」


 こういうのはじっくり選ぶタイプなので、何にしようか悩んでしまう。

 何せ、久し振りに食べる米料理だからな。

 情報は影鼠を走らせて得ただけなのでまだ食べてなかったけど、今日こうして来れた。


「海鮮丼にするか……」

「それは美味しいのか?」

「美味いとは思うが、味覚は人それぞれだから保証はできんぞ」

「いや、ノア殿の味覚を信じよう」


 味音痴ではないと思うのだが、俺はそこまで繊細な人間でもないため、庶民的な味しか知らない。

 いや、庶民の味もそこまで味わった事無いな。

 前世とは違って、今世では捨てられて孤児院やスラムで生きてきたため、信用されても責任までは持てないぞ、良いのか?


「海鮮丼三つ、頼む」

「畏まりました」


 水を持ってきた店員へと料理の注文をして、海鮮丼三つができあがるまでは会話に花を咲かせる事となった。


「あの、失礼を承知でお聞きしたいのですが、服屋さんで腕を捥ぎ取った攻撃は何だったのでしょうか?」

「何だと言われても、単なる錬金術としか――」

「錬金術師は低級ポーションしか作れないものだと聞きましたが……」


 正確には錬金ではなく、錬成の類いだ。

 物理限界を超えた力なのかは正直使っている本人でさえ把握できてない部分もあり、構築と破壊の相反する二つを扱えている、そんな認識なのだ。

 強力すぎるからこそ、大昔に教会によって情報が秘匿された上、今では手酷い扱いだ。


(それが雪国にまで伝わってるとは思ってなかったな)


 低級ポーションを作れるのは本当だが、それしか作れないものだと思われている。

 心外だ。

 遺憾だ。

 腹立たしい。

 だが、錬金術師なんて職業を持つ者は世界に二十人といないだろうし、錬金術師が弱いという固定概念はそのままでも不利益を被る事はもう無い。


「俺も最初はそうだったさ。まぁ今では、錬成や錬金で物質構成そのものを変化させる事は可能だ」


 人体を上手く操れるのならば変装だってできるし、肉体改造も普通に行える。

 神経を弄れば反射神経も上昇するし、他にも視界や視覚的距離感、思考力上昇にも繋がるし、逆に痛覚遮断や痛覚鈍化といった事もできてしまう。

 つまり人の身体を自在に操れる。

 それには明確なイメージが必要となるが、それは解決済みだ。


「錬金術の一つに、魔眼錬成というものがある」

「魔眼錬成?」

「あぁ、ユスティの目、治した上で更に能力を付与する事ができる」


 その言葉に彼女は信じられないものを見た、というような表情を尻尾とケモミミが示した。

 魔眼は先天的なものであり、後天的習得はほぼ不可能とされてきた。

 だが、後天的習得を可能にするのが錬金術師だ。

 彼女の焼けた目をベースに、魔眼付与に必要な素材を掻き集める必要があるため、教会に行くのと同時に探すつもりでいる。


「ま、待ってください! この目を治すって――」

「嫌なら別に良い。これはリスクのある行為だからな」


 失敗したところで文句を言われる筋合いは無い。

 そもそも彼女は奴隷だし、元から目が見えないのでリスクなんて殆ど無いようなものだ。


「その目を戒めとしたいんなら俺は手を加えない。それを決めるのはお前だ」

「戒め……」


 自分のせいで両親を失ってしまったと思い込んでる彼女だが、それは違う。

 たとえ幸運も不幸も、死の運命でさえ引き寄せたとしても、結局はそれが運命だったというだけの話であり、彼女が引き寄せたのかは明確ではない。

 自分のせいだと背負い込む必要は無いのだ。

 しかし、一度自分のせいなのかもしれない、と考えてしまうと厄介なもので、それがトラウマとなって精神に纏わり付いてくる。


「お前の両親が死んだのはお前のせいじゃない。人はいつか死ぬ、狩りをしてたなら分かるはずだ」


 自らが危険に向かっていく行為であり、それと同じくして命を奪って命を食す行為でもあるため、彼女が何に悩んでいるのかを俺は理解しない。

 彼女の問題は彼女がケリを付けなければならない。

 もしも他人が解決したとしても、心に蟠りが残ったりする事もある。

 よって、この事については彼女が決めるべきだと思ったのだ。


「目を治すか、それとも焼かれたままにするか。お前がこのままで良いというのなら、今後俺は治さない。今回限りのチャンスだ」


 人は変わる。

 今治さなくて良いと言って、後になって心境の変化があって治したいと言うかもしれない。

 それは大いに結構だ。

 彼女はトラウマを抱えた状態でいるため、今後どうするかは彼女が決めるべき事柄であり、そして心境の変化に応じて俺が治すというのも考えてる。

 今回限りのチャンスではないのだが、これは後に引く程に決心が固まってしまうかもしれないため、俺は敢えて一度きりだと伝えた。


「お……お願い、します!」

「治す、で良いんだな?」

「はい」


 彼女がどういう決意をしたのかは読み取れない。

 ただ、魔眼で見る限りでは迷いが払拭されたように、彼女の周囲から不安が消えていた。


「分かった。なら、宿に帰ったら早速始めよう」


 魔眼錬成の前に、彼女の癒着した目を何とかしなければならない。

 火傷した皮膚を修復するところから始めると約三時間くらい掛かるだろうし、魔眼が完成するかは分からないのが現状なのだ。

 希望から絶望へと落とさないようにしなければ……


「お待たせ致しました、海の幸たっぷりの特製海鮮丼三つになります。ごゆっくりお召し上がりください」


 大きな丼に、マグロやサーモンやエビのような大きな刺身が溢れんばかりに飾られている。

 美味しそうな海鮮丼、海が近いからこそ漁業も行われているし、氷魔法があるからこそ遠方からでも魚介類を仕入れる事も簡単にできる。

 本当に美味そうだと思い、食べる。


「いただきます」

「豊穣と天恵を司る女神ルヴィス様に感謝の祈りを捧げます、いただきます」


 俺に合わせてリノも手を合わせ、女神への感謝の祈りと命への感謝を込めて、食べ始めた。


「……いただきます?」


 俺の動きを感知したのか、ユスティも不思議そうにしながらも海鮮丼へと手を付ける。

 プリプリと脂の乗った刺身に米、醤油の濃い味付けにワサビのピリッと辛い美味しさ、久々に海の幸を食べた、選んで良かった。

 イクラがキラキラと丼の頂上に添えられているのも海鮮丼っぽい。

 後は海苔まである。

 これは見た時から美味しいと感じさせてくれる海の幸たっぷりの海鮮丼だ。


「……ぅぅ……」


 食べ進めていく途中、隣でユスティが呻き声を上げていた。

 苦しそうにしているのかと思ったが、違うようだ。

 尻尾がユラユラと動き、目元へと手を当てて肩を震わせている。

 泣いてる?

 目が焼けて、涙は出ないはずだが……

 

「美味いか?」

「……はい、とっても」


 頬が緩んでいるのを見た。

 本心からそう思っているようで、彼女は海鮮丼を味わうようにしてゆっくり咀嚼していく。


「これが海鮮丼とやらか、初めて食べたが美味しい」

「だろ?」

「うむ。特にこのツヤツヤした赤い魚と米が合う。噛むごとに魚介類の旨味が溢れ出てくるようだ」


 し、食レポ……

 まるで玉手箱のようや〜みたいなノリか、これ?


「まるで宝石箱のようだな」


 玉手箱ではなかったが、確かに刺身も米も艶やかに輝いてるし、イクラなんか本当に宝石のようであるので、リノの言ってる事も納得できる。

 それだけ美味かった。

 煌びやかな海鮮丼を腹に入れ、感謝の意を込めて手を合わせた。


「ご馳走様でした」


 もしも時間があるのならば再び来ようかと思い、欠伸を噛み殺す。

 腹一杯になると睡眠欲求が訴え掛けてくる。

 帰ってベッドで身体と脳を休めたいのだが、それはやる事全てやってからだ。


「俺は魔眼のための素材を幾つか探しに行くが、リノはどうする?」

「我はギルドで少し情報を集めようと思ってる」

「ギルドで?」


 冒険者ギルドでは世界情勢が分かるように、情報が管理されている。

 しかも通信室からの情報のやり取りによって、常に世界の最新情報――特に犯罪や重大な事件等――が管理されているため、それをギルドカードのランクに応じて見たりもできる。

 Fランク程度なら世界の犯罪や重大事件等の大して関わりの無い情報とかのみなのだが、Sランクにまで登り詰めると知り合いの冒険者の居場所だったり、国際指名手配犯名簿(ブラックリスト)の奥深くまで見たりできる。


「魔天楼の動きを、な」


 襲われた組織については知ってるらしいが、彼女は自身の故郷が滅んでいる事を知らないはずだ。

 行かせても良いものかと一瞬迷ったが、いずれ知る事となるのならばと考え直し、俺は余計な事を何も言わないよう口を噤んだ。


「では我はここで失礼する。ユスティ殿、また後でな」

「はい、お気を付けて」


 リノがギルドの方へと向かっていってしまった。

 これで二人……いや、ステラも合わせれば三人か、今は何故か出てこないので実質二人だな。


「あ、リノの野郎、金も払わず出ていきやがった」


 自然と出て行ったため、最初っから俺に払わせるつもりだったのかもしれない。

 後で請求するとして、飯も食って腹が膨れたので素材探しに出掛けよう。


「行くか」

「はい」


 勘定を済ませ、俺達は外へと出た。

 多くの人間が街を行き交い、喧騒がそこかしこから聞こえてくる中で、俺は一歩を踏み出していく。

 笑い合う人々を見て、何となく斜め後ろから付いてくるユスティの方へと視線をやると、少し口角が上がっているように見えた。

 この楽しい空間に連れて笑ったのか、それとも……


(いや、考えなくて良っか)


 笑う事に理由なんて必要無い、ただ笑えるのならば、ただ楽しいと思えるのならば……それで充分だ。





 魔眼というものは、脳から発せられる特殊なエネルギーによって形成されているのだそうだ。

 生まれた時から目に力が宿っているのは体内魔力に変化があったから、魔力の一部が魔眼として発現したのだと言われている。

 未来を見たり、遠くを見たり、壁の向こう側を見たり、見えない何かを見たり、中には運命さえも見える魔眼もあるのだが、魔眼を創造するというのは前代未聞だ。

 知識としてでしか知らない。

 ユスティには、どのような瞳が合うだろうか?


「あの……一つ、聞いてもよろしいでしょうか?」


 後ろから声が聞こえてきて、俺は一旦思考を停止させて振り向いた。


「……私を、八十三億ノルドもの金額で購入された理由は何でしょうか? 私自身、そこまでの価値を見出だせません」


 彼女が自分にそこまでの価値は無いと思い込んでるのが分かった。

 確かに彼女の運命を引き寄せる『福音の月聖堂ルンブラン・ディア・フラーム』は魅力的、使い方次第では八十三億ノルドなんて目じゃないくらいの力を秘めているだろう。

 しかし、もしも彼女にその力が無かったとしたら?

 彼女が運命を引き寄せる力を持っていなかったら?

 ただの獣人としての彼女の価値はどれ程あっただろうかと考えた場合、恐らくはもっと低い値段となっていた事だろう。


「価値基準は人によって異なる。何故か分かるか?」

「それは……考え方が全員違うからですか?」

「あぁ、似たような考えでも何処かが異なっている、それは俺達が考える生き物だからだ」


 生きるからこそ俺達はそれぞれ他人を自分の判断基準で物事を測る。

 彼女の能力も、俺には必要無いと思っていても他の者からしたら必要だと思っているからこそ、俺は他人の金額の少し上の金額を提示しただけで、実際には俺が八十三億もの価値を見出だした訳じゃない。

 他人が八十二億もの金額を提示したから、俺は一億プラスして吊り上げた。


「そもそもお前にとって『価値』って何だ?」

「え!? え、えっと……えぇっと……」


 どういった基準で価値が決まるのか。

 富、名声、性格、容姿、運動能力、対話スキル、個性、家柄、身分、異能、魔力量……

 今挙げた他にも数多くの価値基準がある。

 しかし、価値基準は他人が決めるものだろう。


「わ、分かりません……」


 シュンと項垂れてしまった。

 耳と尻尾が垂れてるところが何だか子犬のようで可愛らしい。

 価値が何なのか分からないというのは仕方のない事だと思う反面、だったら何故そんな事を聞いてきたのかという疑問がある。

 何て答えるべきか悩んでしまうが、自分の考えを述べておこう。


「まず、俺がお前を競り落とした理由は、お前が俺の錬金術の実験台に相応しかったからだ」

「……?」

「目を焼かれて何も見えず、そして戦闘能力が高く、俺の護衛を任せる事もできる優良物件だった。だから俺はお前を買おうと決意した」


 だが、それなら他の奴隷でも良かったのではないか、と聞きたそうにしていたので、先んじて言葉を発した。


「お前を選んだもう一つの理由は……直感だ」

「ち、直感ですか?」

「あぁ。カタログを見た時に気になったからな。是非とも欲しいと、そう思った」


 そこにどれだけの価値が見出だされたのか、そんなのは俺にも分からない。

 欲しかったから、他人より多くの金を掛けただけだし。

 価値は目に見えないため、説明下手となってしまう。

 つまり、俺にも分かってない部分が多いという事で、彼女を納得させる言葉は今の俺には持ち合わせていない。


「価値を決めるのは他人だ。オークションではそれが顕著に現れてる。その奴隷の価値を吊り上げていき、買われた時点でその値段がそのまま価値となる」

「ですが……八十三億ノルドなんて、私には――」

「それは今後のお前次第だ」


 現在の彼女の容姿は目に包帯を巻いてるだけで、他の人と大差無いにも関わらず、他人から好奇の視線を寄せられている。

 道行く人々も彼女に見惚れている。

 証拠に、過ぎ去った人達のうち何人かは二度見したりしてたため、少なくとも他の人からしたら、それだけの価値が彼女にはあるという事だ。


「そもそもオークションの価値なんて当てにならん」

「えぇ!? な、なら今までの会話は何の意味が?」


 意味ならある。


「お前は単に自信が無いだけだ。さっきも言ったが、価値を決めるのは他人だ。だが、その過程にはお前の行動も入ってる」

「つ、つまりどういう事ですか?」

「要するに、価値のある人間になれ、って事だ」


 価値は他人が決める、しかしその価値を他人へと植え付けるのは本人だ。

 必要とされるために、自分がこんなにも価値のある人間だったのだと周囲へと知らしめるために、彼女は努力しなければならない。

 それが彼女の生きる指針となろう。


「努力して、研鑽して、強くなって、そして八十三億ノルドをも超える自分になれ。そうすればきっと……お前はもう一人じゃない」


 それは自分に言った言葉だったのか、一円の価値も無い俺へと言った言葉なのか、これを彼女に言う資格なんて持ち合わせていないだろう。

 偉そうに言っておきながら、俺は彼女の足元にも及ばない価値しか無い。

 紙同然のペラッペラな薄い人間、社会に害しか与えないゴミとして生まれてきた無価値な人間、それが俺だ。


「だから……お前は自分の信じる道を歩け。そうすれば進んできた道を振り向いた時には、多くの人間がお前に手を貸しているはずだ」

「は、はい!」

「良い返事だ」


 俺は彼女に期待しているのかもしれない。

 無価値な人間として、奴隷だった彼女がどのように這い上がっていくのか、見てみたかったのかもしれない。

 俺には無かった、這い上がるという力を……


「ご主人様は……ご主人様の価値はどれだけあるのでしょうか?」

「さっきも言ったろ、他人が決めるもんだ」


 だからこそ、忌み嫌われた俺には価値が無い。

 ユスティにとって俺が価値ある存在だと思っていても、大多数の人間にとって俺は社会の害だ。


「まぁ、少なくとも大多数の人間からは俺は忌み嫌われた存在だったからな、一ノルドの価値も無いだろう」


 今でこそ暗黒龍ゼアンの力を授かったが、もしも違う道を進んでいたら?

 俺には価値が無かっただろう。

 それこそ、ユスティと同じ悩みを抱えている状態となるだろうな。


「ま、とにかく……ユスティ、価値を見出だしたいなら、強くなれ」


 今の俺に言える事はそれくらいしか無い。

 忌み子として生まれ、育ち、そして神子を買う、それは何と因果なものか。

 俺は彼女に何を託そうとしているのか、何を願っているのか、それを見極めるのはもう少し先になりそうだ。


「はい!」


 嬉しそうに彼女は微笑む。

 その笑顔は暖かく、凍り付いた心を溶かしてくれるような心地良さを持っていた。

 価値を手に入れた人間(ユーステティア)と、価値を(ノア=)持たない人間(ヴァルシュナーク)、これからどう変わっていくのか、俺には想像もできなかった。






本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。

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