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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第二章【財宝都市編】
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第45話 ノアとユーステティア 前編

 魔狼族にとって、環境厳しい雪国での生活で欠かせないのは、越冬する分の食糧だそうだ。

 強靭な肉体故に、滅多な事では風邪を引いたり何か病気になったりする事は無く、食糧確保は越冬できるかというサバイバルにおいて超重要だと、ユスティは言った。

 彼女は十歳頃から狩猟に参加していたらしい。

 幸運能力に加え、彼女の戦闘における素質が極めて高いと里全体が認識していたからだとか。


「へぇ、狩猟経験はある、と?」

「短剣一本あれば何とか……弓矢は百発一中、とでも言いましょうか」

「なら、近接戦が得意って感じか」

「はい」


 目が見えないが音を頼りにしているようで、戦闘能力に支障は無いらしい。

 しかし、ユスティの現在の服装は奴隷服一枚という何とも悲しい事となっていたので、俺達は最初に服屋へと向かっている。


「今まで何を狩ってきたんだ?」

「よく狩っていたのは、『北王熊』という身の丈四メートル近くある巨大な白熊です。解体技術は両親から学びましたし、戦闘でならお役に立てると思います」

「成る程、それは期待できる」


 それならば、もう俺が無理して戦ったりする必要は無くなるな。

 適材適所、非戦闘職は後ろに引っ込んでるだけだ。


「他には、罠を張って『ホワイトディアー』を落とし穴に追い込んだり、『雪玉ウサギ』を吊るしたり、『フロストイーグル』や『コールドホーク』を氷魔法の弾丸で狩ったり、色々ですね」


 鹿に兎に鷲に鷹、色んな動物モンスターを狩ってるのは分かったが、肉生活ばっかりだと流石に飽きたりしないのだろうかと思った。

 それに太ったり、食生活が偏ったりして病気になったりとかは無いのだろうか。


「氷の下には魚がいますし、寒さに強い品種の野菜も沢山ありましたから」


 雪国とは言っても年中吹雪ではなく、春や夏では雪解けの季節となって花々が咲き誇るらしい。

 しかし、それも数日間の事であり、殆どが雪の降る世界だと。

 ふむ、行ってみたいな。

 もし機会があれば行ってみるのも良いかもな。


「魔法も使えるんだよな?」

「はい、水と氷魔法が得意です」


 魔法も使えるとは……万能な種族だな。

 人族とは大違いだ。

 俺は暗黒龍の力を手に入れたが、彼女は初めから全てを持っていた。

 それで嫉妬されるとは、贅沢な悩みだ。

 人は持ってない者を欲しがる生き物ではあるが、今では俺は他人の持ってる物を欲しがったりしない。


「他に何か得意な事とかは無いのか?」

「他、ですか……」


 彼女が考える仕草をしながら歩いている。

 人混みを見えているかのように避けながら進んでいるのは凄いと思うんだが、両目包帯に加えて奴隷服一枚という格好のせいなのか、変に目立ってる。


(服装に武器防具に食事に日用品、それから人体実験のための材料調達と教会での職業選別の儀式……やる事は色々あるが……)


 一日でできそうもないな。

 ユスティの体力ならば一日でも構わないと普通なら考えるところだが、急激なる生活環境の変化は身体にストレスを与えるものだ。

 今日は幾つかに絞るべきだと考えて、武器防具に関しては明日に回して、実験のための材料調達は途中途中でできるだろう。


「あ、あの……編み物なら得意です……」


 モジモジしながら答えたユスティだったが、何故恥ずかしがってるのか。

 それにしても編み物か、趣味の範疇の答えだろうが、結構粋な趣味だ。

 今度、俺の服でも作ってもらうか?

 いやいや、今着てる黒い一張羅は耐熱性能とかに長けてるため、作ってもらう必要は無いな。


(編み物……魔狼族の風習か)


 魔狼族は、モンスターの皮を鞣し、糸を編んでブレスレットを作ったりする、伝統的手工芸が得意らしい。

 編み方や編む糸の色、種類によって意味が変わってきたりするそうで、それを相手へと贈る事で気持ちを伝えたりする、みたいな風習があったそうだ。

 確か地球でも、そういった伝統工芸品を作ったりするヨーロッパの先住民族がいたはずだ。


「す、すみません……」


 魔狼族についても勉強不足だ。

 また図書館とかに行って本でも漁ろうかと考えていたところで謝罪の言葉が耳に入る。

 俯いた様子で、ユスティが暗い雰囲気を醸し出していた。


「何故謝る?」

「だ、だって、役に立ちませんから……」


 まぁ、確かに戦闘面において編み物は殆ど役立たないのは誰にだって分かる事だ。

 編み物、糸を使う職業なら裁縫師や傀儡師といった職業があるのだが、俺も魔力を糸にして操るからこそ強い力を持っているはずだ。

 役に立つ立たない以前に、どの職業も使い方次第でどうにでもなると身を以って知っている。


「役に立つかどうかは分からないからな……俺だって糸とか使うし」

「糸、ですか?」

「あぁ、魔力糸による戦闘術だ」


 魔力の練り方によって伸縮性や斬れ味等を変化させているため、鋼鉄ワイヤーやピアノ線、ロープにもなるし、重宝している技術の一つだ。

 これは基礎を習っただけで、少ない魔力だった頃は使えなかった。

 いや、発現させられたが、強度が脆すぎたので使えるレベルではなかったと表現するべきか。


「世界にはまだまだ知らない事が沢山ある。お前が役に立たないと思ってる事でも、俺には役立つものだったりするし、世界なんてそんなもんだ」

「は、はぁ……」


 それに魔力で作った糸やワイヤーとかは半透明なので肉眼では殆ど見えないため、罠を張ったりするのが一番使いやすい。

 魔力糸は魔力操作の中でも万象型に位置する、使い勝手の良いものの一つ。

 魔力で剣や槍とかを創って戦う人もいるらしいが、俺は糸を創る。

 手に魔力糸を生成してみると、ギチギチと軋む。

 魔力操作を極めなければ、魔力糸がすぐ千切れたり逆に何でも斬ったりしてしまい使い物にならないため、魔力の精緻な技術が必要となる。


「興味があるんなら、また今度教えてやるよ」


 それより、今は服を何とかしなければならない。

 よって、俺達は服が売られている洋服店へとやって来た訳だが……


「ノア殿、我の見間違いでは無ければ……ここは超高級な洋服店のようだが?」

「半端な場所で買うよりは良いだろ」


 本来ならば、こんなところに奴隷を連れ込んだりしないのだが、安い店とかで買うよりは質が圧倒的に高い。

 それにユスティは八十三億ノルドの価値がある。

 彼女に釣り合わない装備や服装をさせるよりも、彼女の真価を引き出すための衣が必要だ。

 俺の目の前にある店の看板には、有名店の名前が飾られている。


「ブランドショップ・シーナ、魔法が掛かった特殊服を売ってる店だ。行くぞ」

「お、おい!」


 俺は後ろから聞こえてくる声を無視し、そのまま中へと入った。

 広い空間に多くの服が飾られているのだが、そのどれもが高級品である上に、タグには数万〜数十万もの値段が書かれていた。

 値段として釣り合わない。

 勿論、ユスティの価値が高すぎるという意味で、だ。

 内装はAランク相当のもので、白い壁に照明、従業員の質や周囲の客達、全てが高そうに見えるのだが、何だか拍子抜けしてしまった。

 大金叩いて彼女を買ったからだろうか。


「いらっしゃいませ、お客様。本日は一体どのようなご用件、でしょう……か………」


 即座に一人の若い男が出てきたのだが、ユスティの薄汚れている姿を見た瞬間、ゴミを見るような目で見られてしまった。

 あれ、これってドレスコードとか基準とかあんのか?


「あぁ、この奴隷に洋服をと思って来たんだ。見繕ってくれないか?」


 そう言ったのだが、周囲の客からの軽蔑するかのような視線、聞こえてくる陰口、陰鬱な場の雰囲気、そして魔眼を通して見える腐った奴等。

 ここは貴族御用達の店であるのだが、高ランクの冒険者が来たりする事もある。

 しかし、どうも歓迎されてる様子ではないな。


「はぁ……んだよ、薄汚ねぇ奴隷連れやがって」


 目の前の男は悪態を吐き、侮蔑の視線をこちらへと向けてくる。

 本性を隠そうともしないとは……

 やはり見た目からして、今のユスティでは信用ならないというのは間違いない。

 汚れてるし、包帯してるし、怪しさ満点だ。

 しかし従業員の立場として、客を見た目で判断するとは三流も良いところだ。


「しかも何だその目は? 気持ち悪りぃ。こっちの目が汚れちまう」


 ピクッとユスティのケモミミが反応を示した。

 コンプレックスを抱えているのは紛れもない、しかも彼女の場合はトラウマも同時に抱えている。

 両親と同時に失った目、それについての暴言は人として許されない。

 が、彼女は奴隷、暴言が許されてしまう。

 ただそれは自分の奴隷の場合であり、他人の奴隷に口出しや暴言吐かれるというのは、自分の所有物を馬鹿にされたという意味合いと取れる。

 ってか、奴隷入店禁止なら、店前に書いとけよ。


「とっとと帰れ! テメェ等みたいなゴミクズがシーナに来る価値なんざ無ぇんだよ!」


 拳を振り被って、顔面へと殴り掛かってきた。

 潔いと言うべきか、それとも単なる馬鹿なのか、どっちにしても殴り掛かってきた以上は敵であるため、俺が拳を止めようとしたところで、俺達の間に誰かが割って入ってきた。

 白い毛並みを靡かせて、彼女は男の拳を外側へと逸らして転ばせていた。


「ユスティ……」

「ご主人様をお守りするのが、ユーステティアの使命ですから」


 基本的に、主人である俺を護衛してもらうという命令が彼女に組み込まれてるため、こうして守ってもらっている訳だ。

 何というか、彼女を買っておいて思うような事じゃないが、戦えなくて残念だと思ってしまった。

 この身体が戦いたがっている。

 いや、蹂躙したがっていると言えるだろうが、その本能が理性を侵食し続けているせいで、闘争心が疼いて落ち着かない。


「何しやがる!!」

「いや、アンタが殴り掛かってきたのが悪いんだろ?」

「奴隷の分際で、人様に暴力を振るうのは違反だぞ!」

「ただの正当防衛だろ」


 相手が勝手に自爆しただけだ。

 ユスティは、パンチの軌道を逸らして足を引っ掛けたにすぎない。

 よって悪いのは俺達ではない。


「何だと……そうか分かったぞ! テメェ、自分が戦えないから奴隷に戦闘を任せてんだろ! 奴隷に守られるなんざ情けねぇな!」


 何かを勘違いしているらしいが、それならばそれで都合が良いので肯定しておこう。


「あ〜、まぁ大体は合ってるな」

「認めてしまうのか……」


 リノは呆れていたが、実際俺は錬金術師なので、好き好んで自分から戦いに行くようなもんじゃない。

 非戦闘職であるからして、前線に立つのは自殺行為に相当する。

 本来ならば、だがな。


「ユスティ、少し下がってろ」

「で、ですが……」

「良い。コイツが俺を殴りたがってるらしいからな」


 殴らせてやるつもりは無いのだが、殴られたら殴り返すというのは面白くないので、錬金術の一端を発揮するとしよう。

 俺は掌を上に向けて手招きするように、相手を挑発して攻撃を促す。


「掛かってこいよ、石っころ」

「い、石っころだと!? 自分で戦えねぇ癖に舐めた態度取りやがって!!」


 いや、舐めてんのそっち――


「ぶち殺してやる!!」


 殺意を向けられる。

 しかしながら全然脅威には見えないし、殴るという動作も何だか素人臭い。

 しかもフェイントとかも一切無く、明らかに顔面を狙った動きなので、俺は溜め息混じりに左拳を右手で軽く受け止めた。

 驚いた様子を見せる従業員の男だったが、暗黒龍の力を授かった俺の握力で拳を握り潰していく。


「いだだだだだだだだだだ!!」


 クズの必死になって藻掻く姿は何とも醜い。

 相手の握られた拳から骨の軋む音が聞こえてくるが、更に握力を強める。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 膝を着き、右手で俺の手を振り払おうと足掻いている。

 痛みによって涙が溢れており、顔がグチャグチャだ。


「ユスティ、一対一の戦闘において一番重要となる事柄は何だと思う?」

「……えっと、技の駆け引き、でしょうか?」


 確かに戦闘の応酬では、相手に対応した防御、それから反撃が必須となる。

 それが大事であるのは勿論、それだけではない。

 技の駆け引きでは相手を騙したり、二段構えでの攻防を用意したり、戦闘中に相手に気付かれないように罠を仕掛けたりする事もある。

 駆け引きは戦闘での要と言っても良いくらいだ。

 しかし、俺としては一番重要な事柄は他にあると思っている。


「お前の答えも正解の一つだろう。だが、戦闘では何が起こるかは分からない」


 戦闘では様々な事に気を回さなければならない。

 相手の位置、相手の持つ武器、罠の類い、地形、相手の強さ、能力、戦闘スタイル等々と、大変多くの情報を掻き集めて相手を分析したりするのが定石となるが、イレギュラーもある。

 もしも相手が強すぎた場合や、相手が絶対的な物を持ってたりする場合、即座に判断できなければ即死が待っているだろう。


「戦闘は油断一つ、一瞬の迷いで勝敗が決まる」


 だからこそ、柔軟な対応が必要なのだ。

 そして手元にある全ての情報から、状況の打開策を練れる情報を抜擢して、そして臨機応変に対応する、それが理想的であり、俺にとっては最重要事項だ。

 相手がどのような攻撃で来るか分からないから、戦いの中で集めるしかない。

 常に有利に立てるとも限らないし、戦いで予想外の攻撃をされた時は慌ててはならない。

 そう、最初に師匠ラナに教えてもらった。


(『分子解体セパレート』)


 相手の腕へと錬成を発動させる。

 細胞に干渉して接合点を崩すという、簡単に言うと腕を斬り取ったという事だ。

 ブシュッと腕の切断面から血が噴き出して、掴んでたゴミを地面へと捨てた。


「う、腕が……俺の腕がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「うるせぇな。腕の一本くらいでギャーギャー騒ぐな、みっともねぇ」


 魔力を周囲へと放出して、その場を完璧に支配する。

 空間を掌握して、目の前の男に飛びっきりの殺気を放ってやった。

 ガタガタと震え出し、小さな水溜まりと血溜まりが地面にできる。

 血は分かるが、恐怖で漏らしたか?

 圧倒的強者だと分かった瞬間に、謝るか逃げるかを選択していれば腕が取れる事も無かったろう、それに辱めも受けずに済んだ。

 見た目で判断する事の危険性も証明された訳だ。


「だから、臨機応変な対応が求められる戦場では柔軟な思考、判断力が最重要な事柄だと思った。これは俺の考えだから、技の駆け引きが一番重要だと思ったんなら別に構わん」

「は、はい」

「結局、人それぞれ違うもんだしな」


 それに生きてさえいれば良い訳だし、何が重要なのかは戦ってる個人にしか分からない。

 腕一本取られたからと言って、状況すら見極めれずに動かないでいるのは悪手だ。

 背中がガラ空き、臨機応変の『り』の字も無い。


「う、腕を返せ!!」

「はぁ?」

「俺の腕を返しやがれ!!」


 何を言ってるんだろうか、この男は?

 そこに落ちてるじゃないか。


「返すも何も、自分で拾えば良いだろ」


 指差した方向には、血塗れとなった左腕が乱雑に転がっていた。

 別に奪ってないので、勝手に拾ってください。


「さて、そこで突っ立ってる従業員共、コイツの二の舞になりたくなかったら、サッサと服、特に戦闘服を見繕ってくれ」

「で、ですが……そ、その……」


 従業員のうちの一人、小柄な人族の女性が殺気の中、前へと出てきた。

 怯えながらもチラチラとユスティの方を見ていたが、汚れてるから試着は不味い、みたいな事を言いたいのだろうと察した。


「まぁ、確かに汚れてるな。先に風呂に入らせるべきだったか?」

「ど、奴隷の私にお風呂なんて……」


 風呂の存在は知ってるらしい。

 雪国だからこそ、寒さを凌ぐために風呂に入ってたのかもしれないな。

 魔法が発展した世界であるため、即席の風呂を作って入る事もできる。

 実際に魔境では精霊術を駆使して毎日風呂に入ってた。

 露天風呂だったが……


「ほ、他のお客様も、い、いらっしゃいますので……流石にその汚れは――」

「なら、この場で綺麗にしちまえば良い話だ」


 先に綺麗にしておけば良かったな。

 奴隷を手に入れて舞い上がってたせいで頭から抜けてたな、と考えて精霊術を使っていく。

 お湯を球状形成して、ユスティの身体を包み込んだ。

 ゴボゴボ言ってるが、まぁ数十秒の辛抱だ、我慢してもらおう。


「お、お客様!? 一体何を――」

「綺麗にしたら試着させてくれるよな?」

「そ、それは、まぁ……」


 今この場を見た者はきっと、獣人の奴隷を水の球体に閉じ込めてるように見えるだろう。

 だが、これは彼女を綺麗にするためのものだ。

 基本、旅の間に風呂が無くても綺麗にできるため、重宝してる訳だ。

 その水に特製シャンプーを混ぜていき、一気に泡立てていく。


「前々から規格外だとは思っていたが……流石にやり過ぎではないか? いや、そもそもこんな場所でする事でもないような……」

「仕方ないだろ、オークションのスタッフにサッサと出てけって言われたんだから」


 だからこそ薄汚れた状態のままでここに連れてきたのだから、不可抗力というものだ。

 宿に帰ろうにもオークション会場から意外に離れてるために、宿に戻って綺麗にしてから再び外に出掛けようだなんて、時間の無駄だろう。


「プハッ!」


 お湯玉から出てきたユスティは、本当に真っ白だった。

 汚れが無くなって、シャンプーの良い匂いもフワッと漂ってくる。

 白い髪は一切の穢れが消えており、身体も綺麗に洗われている。

 一言で表すなら、神々しい、だな。

 周囲の客も、思わず見惚れてしまったというような表情となり、それに気付いて咳払いしたり明後日の方を向いたりしていた。

 やはりスペックが高いために、磨けば光るものだ。

 女性従業員も彼女が奴隷である事を忘れて、両脇から腕を取って奥へと連行していく。


「ご、ご主人様!?」

「金に糸目を付けん。色々と戦闘服を見繕ってもらえ」

「えぇ!?」


 護衛が主人から離れていく不思議な光景なのだが、服を選ぶのに男がいては邪魔だろう。

 店員達の悪意は消えていたので、後は任せる。

 大きな玉水を小さく収縮させて凍らせたのだが、こんなとこに捨てる場所は無いため、これは後でどっかに捨てておこう。


「あ、あの!」

「ん?」

「先程は失礼致しました!」


 小柄な女性店員が頭を下げる。

 急激展開の連続だが、別に彼女に頭を下げてもらっても意味が無い。

 それにもう威圧も解除してるし、怒ってない。

 いや、そもそも怒ってすらいない。

 ただ、相手が俺を殴って追い出そうとしたから、立場というものを思い知らせただけであり、所有物を馬鹿にされた事に対する罰だ。


「なぁ、ここって奴隷入れちゃ駄目だったのか?」

「い、いえ、そうではないんですが……彼は最近ここに配属された人ですから」


 いや、最近配属されたからと言って、奴隷差別するのは本人の問題だろう。

 従業員の躾もできてないとは、シーナもその程度か。

 男は他の同僚から止血手当てを受けており、腕は魔法で凍らされていた。

 後でくっ付けるらしい。


「お、覚えてろよ……」


 こっちを睨んでくるが、何故そこまで奴隷に嫌悪感を催してるのかを理解できない。

 しかし、客に対して暴力を振るってきた方が悪いだろうに、全く悪びれてない。


「誰も道に落ちた路傍の石の事なんざ覚えてないだろう、それと一緒だ。覚える気も無いな」

「な、何だと!?」


 脳は際限無く視覚情報を記憶し続けるが、不要な記憶は勝手に脳が処理していくため、恐らくは覚えてはいられないだろう。

 きっと記憶を自動で排除してしまう。

 覚える必要性も感じられないし、次襲ってくるのであれば手加減はしない。


「次に俺達にちょっかい出してくるってんなら、その時はテメェを殺すぞ」

「ひっ……」


 少し殺気を放っただけで腰を抜かしてるため、殴り掛かってくるにしては、流石に弱すぎる。

 その従業員は、睨みながら治療のために引っ込んでいった。


「なぁ、あの男、奴隷に何か恨みでもあんのか?」

「確か、脱走した奴隷に両親を殺されたとか何とか」

「ふ〜ん」


 聞いておいて何だが、全く興味が湧かなかった。

 知らなくても良い事だし、忘れるとしよう。


「あ、あの……ご主人様……」

「ん? もう戻ってきた……か……」


 小さな店員と話しながら待っていると、ユスティが着替えを済ませて戻ってきた。

 戦闘服を頼んでいたため、それに合わせて仕立ててくれたようだ。

 ユスティの後ろで三人の女性店員が嬉しそうな、達成感を思わせる表情をしており、そのうちの一人が合計金額の書かれた紙を持ってきた。


(高級シルクに魔法が編まれてるって訳か)


 数十万くらいするのだが、ポーチから合計金額分の金を渡した。

 ユスティの服装は冒険者風のものらしく、白の耐熱耐刃コートにショートパンツ、俺と合わせたように黒いシャツ等を着ていた。

 それから腰にはアイテムポーチと短剣までもが備えられていた。


「武器防具はお詫びです」

「成る程……どうだ、動きやすいか?」

「は、はい。非常に軽くて、とっても動きやすいです」


 他にも幾つか服を買ったらしく、その分の代金も別で支払う事となった。


「お客様、動きやすさとかの前に言う事があるんじゃないですか?」


 そう小柄な店員に言われたのだが、何か言う事でもあっただろうか?

 そう考えてユスティの方を見てみるのだが、何処か耳がピクピク動き、尻尾もソワソワしていた。

 女心が分からないという事でもないが、言うの恥ずかしいな……


「……似合ってるよ」

「あ、ありがとうございます」


 この雰囲気は何なんだろうか。

 勇者パーティー時代では、こんな清楚な雰囲気を持った奴はいなかったからか、慣れない。


「つ、次に行くか」

「はい」


 ここにはもう用事は無いので、サッサと次へと行こう。

 この調子では、日が暮れてしまうだろうからな。


「ノア殿が照れるとはな」

「うるさい」


 隣から野次が飛んでくるが、気にせずに店を後にした。

 耳が少し赤くなってる気がするが、きっとこれは気のせいだ。

 そう考える事にして、俺は次の店へと向かっていった。






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