第43話 落札
頬が痛むが、それは致し方の無い事だ。
歯を食い縛ってて良かった。
「ノア殿、何故ワザと殴られてまでして、あんな事を言ったのだ?」
隣からリノが不思議そうな目で見てくるが、答えるべきか答えないでいるか、そう考えていると彼女は納得したような顔をしていた。
コイツ、ワザと質問をぶつけやがった。
「あ、テメ――俺を予知しやがったな……」
「うむ。こんな使い方もあるのだ、便利だろ?」
彼女の質問に対して、俺が答える選択肢を取るか、答えないでいる選択肢を取るか、その二択の未来が彼女には見えていた。
つまり、答える未来を読み取って俺の意図を理解したのだ。
自分の予知はまだ曖昧な癖に、他人のはハッキリと見えるらしい。
「要するに少しでも怒りの矛先を向けて、心を守ったのだろう?」
「あぁ、あのままだったら確実に自己嫌悪に陥って自壊してた」
見たら分かる、俺の魔眼がそう言ってるのだから。
「やはり優しいな、ノア殿は」
「優しいって訳じゃない。ただ、エルフの考え方は本当に俺をイラつかせるものばっかだって思っただけだ」
エルフは温厚な性格をしている。
故に仲間意識が強いのは分かるが、それを俺に当て嵌めるのだけは許さない。
俺はエルフの仲間になった覚えは無いし、助けたりする義理も何も無い。
一回助けたら次も助けてくれる、そんな甘い世界だったら俺はこんな風に歪んでなかった事だろうが、この世界が俺を変えた。
温厚な性格で生き抜けるんなら、俺だってそうしてる。
「ってか、オズウェルに利用された……」
「どういう事だ?」
「戻ってきてからグローリアは落ち込んでたし、アイツの方が付き合いは長いからこそ、後の展開も分かってたんだろう。だから俺に矛先向けやがった」
だから先に俺へと質問して、俺は嘘吐かずに普通に答えたのだ。
いや、俺が否定したところで、十人目の十億スタートの奴隷買うって事をエルフ達は知ってるから、結局は十億以上持ってる事になる。
まぁ、話に乗って俺が殴られた訳だが、殴られるのは別に良い。
すぐ治るし。
「俺を利用してサンドバックにしたんだ。言葉だけでな」
「殴り返せば良かったのでは?」
「この会場内は暴力禁止だぜ? んな事したら俺が奴隷買えなくなっちまう。あの野郎、そこまで考えて俺に面倒なのぶつけてきやがった」
どっちにしろ逃げ道なんて無かったのだ。
殴られるのが嫌だったのと、丁度良い逃げ道がいたからこそ、それを利用した。
本当に殴り返したい。
まぁ、俺も思うところがあった訳で、乗ってやったのだが、そのために感謝の言葉を述べていた。
「全く、エルフってのは変人ばっかだな」
「そ、そうだな……」
何故か目を逸らされるが、俺も変人と思っているような目だ。
とにかく、アイツは少し外で頭を冷やすべきだ。
オズウェルも付いてる事だし、そっちに任せておいて俺はただオークションを楽しむとしよう。
エルフの次はアマゾネス、女性だけの戦闘民族であるアマゾネスは男を攫って子種を産むというもので、生まれてくるのは女性だけ。
何とも不思議な生態だ。
そして褐色肌である上に、鬼人族にも負けない脅威的な身体能力を有している。
(アマゾネスは七億五千万か……)
結構な金額だったな。
初期の金額が五千万だったのに対して、七億まで金額が上がっていった。
黒い髪に褐色肌であるが、目は紫紺色、アマゾネスは魔狼族にも似ている赤や紫色の瞳となるそうだ。
大昔にどっかで遺伝子的分裂した結果なのだろうか?
(次はおチビの妹か……)
今度はアトルディアの妹である少女が出てきた。
金色の短髪に翡翠色の瞳、可愛いのだが小人であるが故にロリコン趣味の人間にしか買われないような気がして、アトルディアに睨まれていた。
「妹に対して変な事考えてただろ?」
「いや、別に……」
シスコンか、コイツ?
今時シスコン属性なんて妹が可哀想だろ。
いや、もしかしたら妹がブラコンだった場合は、余計な事は言わない方が良いな。
この世界には近親相姦すらある、兄妹で結婚、夜伽さえも容認されているそうなのだ。
「ノア殿……未来が変わった」
「は?」
急に彼女が口にした言葉は、俺の予想を覆すような意味を持っていた。
未来が変わった、それがどういう事を表すのか。
彼女の言葉の続きを聞きたいのだが……
「小人族の少女はアトルディア殿の金額で買えるぞ」
「ホントか!?」
「我の指示通りに動いてくれ」
「わ、分かった」
二人が結託しているのを見ながら、俺は考える。
未来が変わった、つまり何等かの『別の行動』があったのだろう。
本来の道から外れた事でアトルディアが妹を買えるようになるのは喜ばしいが、それは変だ。
(リノの他にも予知能力者がいるって事だよな?)
予知能力者が同時に予知した時、その予知に起こる影響は計り知れない。
予知同士が絡み合って新たな道が完成する事も、予知がぶつかって消失してしまう事も、予知によって未来が引き延ばされたり収縮したりする事もある。
今回は新たな道が形成されたパターンだろう。
相手側の予知に何かあったから、行動を変えて、こっちの予知にも影響が与えられた、そんな感じだろう。
「三億ノルドで百九十四番さん落札です!」
「うっし!」
ガッツポーズを決めるアトルディア、ギリギリ三億で買えたらしい。
だが何故だ?
ナトラ商会が急に金額を掛けるのを止めて、結局は小人族を買わなかったのには何かしらの理由があるはずだ。
(『闇這う影鼠』)
掌に影鼠を生み出した。
この場にナトラ商会がいるのならば、その来賓室へと行けば何か分かるかもしれない、そう思って俺は影鼠を自律稼働にして放った。
影へと沈んだ鼠が黒い線を引きながら、静かに会場を出ていった。
「あぁ、良かった……シンディア……」
偶然にしても、助かったのは良かった。
逆に、これを聞いたらグローリアの心は完全に壊れてしまうだろう。
「さぁ次に参りましょう! 次は闇に紛れる暗殺に長けた戦闘種族! 闇に愛されしダークエルフでございます! では! 五千万ノルドでスタートです!」
基本一億がスタートとなっているようだが、中には数億先から開始価格として設定されてたりする。
逆に五千万からスタートするような場合もあるが、ダークエルフの場合は不吉の象徴、血で手を汚す種族だと嫌悪の対象となる偏見があるため、五千万となっている。
そもそも、ダークエルフは希少種でもあるため、こんな競売に掛けられるのも珍しい。
「……」
しかし、誰もが買おうとしない。
彼女に五千万よりも上の金額を賭けようとしないが、一人だけ金額を吊り上げた者がいた。
「六千万ノルドで二十六番さんが落札となります!!」
やはり金を掛ける人も少なかったか。
まぁ、人殺しの種族を買いたいと思う人間はここには殆どいない事だろう。
俺の場合は単純に興味は無かったのだが、構わない。
銀色の髪に真っ赤な血のような瞳を持った褐色美少女なのだが、彼女は無愛想にというか、本当にボーッとしてるような表情でステージの奥へと引っ込んでいく。
(何だったんだ、アイツ?)
まるで興味の無さそうな表情をしていた。
このオークションが茶番だと言うような、そんな感情を瞳に宿しているように見えた。
「さて! 次は天空の覇者と謳われた古代からの最強種族である龍神族でございます! 秀麗な見た目と強靭で豊満な肉体! 入札開始価格は五億ノルドです!」
麗しの龍神族、天空を統べる覇者と言われている空を支配する最強種族だ。
昔は天使族という最強種族がいたのだが絶滅してしまったために、それ以来は龍神族が最強種として現在まで残っている。
ダークエルフと同じように希少なので、こんなところで目にするとは珍しい。
奴隷堕ちする事さえ本来無いくらい強いのだが、何故奴隷堕ちしてしまったのかが謎だ。
入札開始価格が五億だったのに対し、少し時間が経過しただけで過去最高額十七億を超えて、二十億をも超えてしまった。
(そして結局ナトラ商会が買う、と)
俺も何度か金額を吊り上げて提示しているのだが、それでもやはりナトラ商会の財力は侮れない。
ってか、どうやってそれだけ金を掻き集めてきたのだろうか。
考えられるのは麻薬か。
麻薬売買は違法だが、裏ルートで取り引きされてたりするので、警邏隊や近衛兵でも取り締まる事が難しいように偽装までされている。
奴隷購入には一番、それから六番と十五番も参加しているのだが、彼等もまだ購入できてない。
(他にも購入しようと躍起になってる奴等もいるが……)
初日や二日目、そして三日目午前の部で金を使いすぎて最高金額に届かない者や、後半の残り二人に集中するため温存している者、とかもいる。
霊鳥族がどれくらいの値段となるのかは知らないし、その後に続く魔狼族にどれだけの価値があるのかも分からずじまいだ。
けれど、大金掛けてるのは一握りの存在であると、スクリーンに映された番号で分かる。
「はい! 二十五億出ました! 他にいませんか!? ではでは! 再び二十六番さんが落札となります!!」
二十五億、最高金額での落札となった訳だが、やはりナトラ商会が競り落としたか。
小人族を急に競り落とすのを止めたり、競り落とすつもりの無かった龍神族を急に競り落とす気になったり、向こうは何を考えているのか、全く不明なのが恐ろしい。
「なぁ、ノア殿。霊鳥族とは何なのだ?」
「知らない人も多い種族だからな……霊鳥族ってのは、不死鳥の血を持つ羽翼族の一種だ。脅威的な再生力と聖炎を纏う身体が特徴なんだ。鳳凰族なんて呼ばれ方もあったらしい」
霊鳥族は北の大地、つまり魔王軍のいる場所が元々の住み処だったのだが、そこを追い出されて現在では居場所が分からなかった。
その霊鳥族がこの場にいるというのは、確率一割未満の激レアカードを連続で引き当てるようなものだ。
種類としては獣人、有翼族に該当する。
他にも天狗族、怪鳥族、白鴉族、天翼族、色々いる。
「見てみろ」
指差す先、一人の霊鳥族が現れた。
スカイグレー色をした灰髪に、白い瞳を持つ小さな女の子だ。
「髪の色は大抵あんなのだ。白い瞳ってのも珍しいがな」
遠くから見ると、殆どが白目剥いてるようだが、近くで見ると綺麗なパールホワイトだ。
「残り二品となりました! お次は伝説の不死鳥の血を受け継いだ聖炎を纏う一族! 霊鳥族の末裔でございます! 彼女は七億ノルドからスタートさせていただきます!」
今回のオークションで出てくる希少種が何匹かいるのだが、それ以上に予想よりも多くの金が動いているため、七億スタートの金が数多の入札者の増額によって一瞬で十七億をも超え、更には二十五億までも増えていく。
それに加えて、更に増え続ける金額によって三十八億にまで膨れ上がっていた。
「す、凄まじい勢いなのだな、霊鳥族……」
「そうだな。で、誰が購入するんだ?」
「七十四番だそうだ。三十九億で購入するらしい」
誰かは知らないが四十億近くも金を積むとは、何処の馬鹿だろうか。
俺も同じ事を次にしようってんだから何とも言えないのだが、ここまで奴隷達を超高額で買う理由としては、幾つか存在している。
まず奴隷全員の戦闘力が極めて高い事にあり、それぞれの固有能力のようなものがあったりする。
そして全員が見目麗しい。
男としては綺麗な子と一発――
「ノア殿? 何か変な事でも考えてなかったか?」
「いや、何も……」
勘の鋭い女だ。
結局は三十九億ノルドで奴隷が購入された。
こんなにも高額な取り引きがされるのは、やはり王族がいたり、イレギュラーが何人も紛れていたりしたからだろうな。
多くの人間がここにいる。
大半が有象無象の集まりだが、一握りの上位の存在も烏合の衆を蓑に紛れている。
「はい! 三十九億ノルド!! 七十四番さんが落札となりました!!」
これで残りは一人となった。
「今回のオークションも残り一品となりました!! 最後の奴隷は珍しき白い魔狼族! 彼女を手にした者には幸せを運ぶ事でしょう! さぁさぁ全員! 残りの金を全て吐き出せ! その手に掴め! 十億ノルドでスタートとなります!」
口調が荒々しく、ここに王族がいようとも誰であろうとも金を吐き出せと宣った。
それにより、この会場全体のボルテージが最高潮にまで達した。
「それでは出てきて頂きましょう! 最低価格十億の奴隷だぁぁぁぁぁ!!」
司会の声によって最後の一人、鎖と尻尾を揺らしながら一人の少女が舞台へと舞い降りた。
目には包帯、薄汚れた乱れた白髪、大きな狼耳と尻尾、遠くからではあるが、肌艶も良さそうだ。
瞬間、彼女が俺の方を向いた気がした。
「十一億!」
「十二億だ!」
「十五億出すぞ!」
「俺は十七億!」
「十八億ノルド!」
「二十億ノルド!」
「二十二億!」
「二十三億!」
「二十四億出す!」
「二十五億!」
どんどんと金が膨れ上がる。
多くの金を注ぎ込み、より多くの人が一人の奴隷を、より質の高い奴隷へと価値を吊り上げていく。
見ないうちにどんどんとスクリーンが更新されていき、すぐに四十億さえも超えてしまった。
(それだけ幸運能力が欲しいらしいな)
俺としては別に幸運能力は必要としない、それが無かったとしても、結局俺は彼女を大金積んで購入しようとしただろう。
獣人としての強靭な身体、発達した五感、戦闘センスも良さそうだし、俺の護衛としては申し分無い。
「おっとここで六番さんが四十二億となりました!! 他にはいませんでしょうか!?」
俺はまだ金を掛けてない。
理由は、周囲の人間が彼女をどれだけの価値として見ているかを確かめるためだった。
そして俺の魔眼と直感が間違ってなかったのだと、それを知る事ができた。
ならばこそ、俺は迷わず彼女へと金を捨てられる。
「四十三億」
「二百五十三番さん! 四十三億出まし――おっと! 二十六番さん四十四億です!」
「四十五億」
「またもや二百五十三番さん一億プラスされました!」
ここまでで四十五億、普通に払える金額だが、これは彼女が奴隷として俺に返せる金額は一生分を超えてるように思える。
そこまで価値があるのか、等と聞かれる事もあるだろうが、価値はある。
幸運能力なんてものを抱えてるんだ、きっと彼女も悩みに悩んで舞台に立っている事だろう。
「四十七億……八億……五十億………五十二億……五十四億……五十七……五十九億……」
「ノア殿……」
「どんだけ金持ってんだよ、コイツ?」
うるさい野次も聞かず、俺はどんどんとチップを掛け続けていく。
六十億、七十億、八十億……白金貨でなら八千枚も用意しなければならないのだが、それよりも更に上の魔銀貨、その上の王金貨ならば八十枚で事足りる。
「二十六番さん! 八十二億です!」
「八十三億」
「の、ノア殿! これ程までに金を持っているのか!? 嘘だった場合は貴殿が奴隷堕ちと――」
「持ってるよ。アイツ、数百年で相当な金額集めてやがったからな。心配するな」
ゼアンが残していった財宝の中に王金貨も、その先にある聖紋貨さえも大量に残されてたため、そこまでしていく理由が分からなかった。
後で返せと言われても、もう遅い。
ここで使えるだけ投資してやろう。
どうせどっかの国破壊して強奪してきたものであると分かっているからだ。
「他に……他にいませんでしょうか? 八十三億!! 何と史上最高金額十七億をも圧倒する八十三億ノルドで落札となりましたぁぁぁぁぁ!! 二百五十三番さん何処の豪商!? それとも大貴族様なんですか!? 私もビックリですよこんチクショウ!!」
いや、俺もビックリだよ。
泡食らっちゃってるよ、マジで。
当初は二十億くらいかなぁ、なんて予想してたのだが、その四倍もしたのだから、とんだ散財だ。
金を掛けすぎたとは言え、後悔はしていない。
良い買い物だった。
前世でも、今世でも、こんなにも金額を投げ捨てるような買い物は今回限りだろう。
「こ、コホン……さてさて! これで今回のオークションは終了となります! 落札者様方はこの後、スタッフの案内に従って会場裏の特設場へと来てくださいませ!」
八十三億もの金で買った。
国家予算の数分の一くらいする金額を掛けるとは、これからどうなるのかは幾つか予測できるが、まずはスタッフの案内に従って向かうとしよう。
「これにてオークションは終了となります! ご参加! 本当にありがとうございましたぁぁぁぁぁ!!」
聖紋貨八枚と王金貨三枚だな。
魔銀貨より上の金は国を買ったり売ったりする時くらいにしか本来使わないのだが、奴隷売買で使う事になろうとは予想外も良いところだ。
「リノ、お前はどうする? 立ち会うか?」
「う、うむ、付いていこう」
「あ、俺も付いてくぞ!」
浮き足立っているアトルディアは、段差に足を引っ掛けて転びそうになっていた。
「そんな燥ぐなよ、みっともねぇぜ、おチビ。妹に顔向けできんのかよ?」
「誰がおチビだ!!」
さっきまで落ち込んでた奴が急に元気になりやがって、と思ったが、妹を救う事ができたのだ、手放しで喜んでもも不思議じゃない。
が、エルフの方は同胞を手に入れらなかったので、その感情を面に出し続けるのは止めるべきだ。
外に出したのに、俺が殴られた意味すら無くなってしまうではないか。
「では、ご案内させていただきます」
「あぁ、頼むよ」
スタッフの男によって俺達は案内されていく。
鬼の青年や鍛冶屋の女、それからローブで全身隠した奴とかもいたが、それぞれが先に会場を出て案内に従っていった。
それぞれの思惑、それぞれの信念、それぞれの希望を持って大きな会場を後にする。
「ノア殿……本当に払えるのか?」
「払えるって言ったろ。どんだけ信用無いんだよ、俺」
信用してくれとも言ってないので信用されないのも無理は無いが、払えなければ俺が奴隷堕ちとなる。
当たり前な事だが奴隷だって生きているのだから、その甲斐性も無しに奴隷なんて買う訳が無いだろうし、まだまだ金は影に入ってる。
この世界で豪遊しようが何を買おうが、全てが自由だ。
その自由の一つ、単なる気紛れだ。
「こちらです」
突き当たりの荘厳な扉が開かれて、俺達はその奥へと進んでいく。
そして風景がガラッと変わって、奴隷達が幽閉されている場所へとやってきた。
奴隷を受け渡す代わりに俺達は金を支払う事となっているのだが、その奴隷商人が奴隷の幽閉された鉄格子の目の前に立っていた。
「貴方ですか、この奴隷に八十三億もの金額を掛けた馬鹿は?」
紳士然とした格好の老人がいた。
ちょび髭を生やしており、シルクハットを脱いで俺達の方へと会釈してきた。
「いきなりだな。俺が馬鹿? 確かに、奴隷にそこまで金を掛ける奴は馬鹿以外の何者でもねぇな」
「ヌォホホ、これはまた面白い客人を引き寄せましたね、この子は」
そう視線を向けた先には、俺が競り落とした獣人の少女が膝を抱えて座っていた。
こちらに目を向けず、ただ静かにしていた。
「そこにいる貴方が……私のご主人様となる方ですか?」
透き通るような声、近くで見ると本当に艶の良さそうな肌をしている。
抑揚の無い言葉に何て返そうかと思い、一つ聞いた。
「お前、名前は?」
「……」
彼女は答えない。
いや、答えるのを許されていない。
「奴隷に名前を名乗る事は許されていませんよ。常識のはずなのですがねぇ、ヌォホホ」
「んなの知ってるよ」
分かっている。
しかし、奴隷にだって名前があったはずだ。
もしも無いのならば……
「ご主人様……無礼を承知で、一つお願いを聞いてくれませんか?」
「……言ってみろ」
鉄格子越しに俺達は会話する。
立っている俺の世界が光で、座っている彼女の世界が闇なのか、それとも忌み子である俺が闇で、神子である彼女が光なのか。
どっちがどっちであるのか分からない。
これから先、この関係がどうなっていくのかなんて分からない。
「私の……」
彼女は言い淀む。
奴隷が主人へと質問するのが本来ならば烏滸がましいという事を理解しているのだろう。
何を答えるのか、俺は彼女としっかり向き合った。
「私に名前を……いただけませんか?」
つまり、彼女は奴隷としての新しい名前が欲しいのだと言った。
自分の名前を言いたくない、のか?
まぁしかし、新しい自分として生活していくために、過去を捨てる気持ちも分からないでもない。
現に俺がそうだし。
(ふむ、名前か……苦手なんだよなぁ)
あんまり他人に名前を付けたりするのは得意ではないのだが……
どっちかと言うと苦手な分野だ。
しかし、精霊に付けたように特徴から考えてみよう。
彼女の包帯を巻いた容姿、彼女の幸運能力、そして彼女の白い全体像を合わせると、ローマ神話に出てくる、正義の名を冠する目隠しをした女神ユースティティア、が脳裏に思い浮かんだ。
正義の女神である彼女、裁きを下すための剣と天秤を持っていたと言う。
白の意味の中に正義もあったし、それを少し変化させて彼女にこの名前を送ろう。
「なら……ユーステティア、それがお前の名前だ」
それが忌み子である俺と、神子である彼女の出会いとなった。
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
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