第42話 奴隷を買う者達
『ねぇ、ルゥ』
『はい』
暗い鉄格子の中、二人は心の中で会話する。
片方は耳の長い森人族であるコルメチア、もう片方は白い姿をした獣人のルゥシェノーラ、二人は今日、誰かに売られていく。
三日目の昼までは普通の品が競売に掛けられ、午後からは彼女達の品定めが始まる。
『とうとう……来ちゃったわね』
『そうですね』
二人共、未来は見えない。
ルゥシェノーラに至っては、目を火傷した事で本当に何も見えず、包帯が巻かれている。
目も見えず、希望さえ無く、二人は恐怖を紛らすために念話を使って退屈を凌いでいる。
『私には同胞がいるけど、貴方は一人なんでしょ?』
『……えぇ』
同胞が自分の身を買おうとしていると知っているコルメチアに対し、その同胞、知人すら盲目の獣人であるルゥシェノーラにはいない。
目も、家族も、手を伸ばしても今更届くところにはいないから、彼女は諦めている。
誰が主人となろうとも、彼女には生きる希望を見出だせない。
『ですが、同胞が貴方を買えるかは分かりませんよね?』
『まぁ、そうね』
『私には家族も、友人も、仲間さえも……誰もいません。独りぼっち、孤立無援、本当に孤高の狼ですよ』
彼女は自分の立場を深く理解していた。
奴隷として買われたところで未来なんてやって来ないのだと。
自分の能力を使えば自分だけが幸せになれるかもしれないと分かってはいるが、そのせいで家族は死んだ、そのせいで他の奴隷達が不幸になる、そう考えてしまうからこそ彼女は使うのを止めてしまう。
たとえ自分がどうなろうとも他人の事を考えてしまうため、彼女は能力を使わない。
『優しいわね、貴方って』
『……別に優しくはありませんよ』
ただ怖いだけ、ただ戸惑ってしまうだけ、ただ……
『臆病なんです、私』
『臆病?』
『はい。この力は人を変えてしまいます。手を伸ばそうとしても絶対に私の欲しい物は手に入りません。だから使えない……使うのが怖いから』
手が震えており、彼女は能力の恐ろしさを知っている。
職業という力を持っていない彼女は特異な存在、獣人として生まれ、稀有な力を有してはいるものの、彼女には何も無かった。
他人が持っていた物を、彼女は一つたりとも持ってなかったのだ。
『人は持ってない物を欲しがる生き物です。私は本当の幸せというものが何なのか、それを知りません』
家族は自分を愛していたのか、自分は家族を愛していたのか、それすらも分からなくなってしまった。
孤独となり、希望を失い、昼も夜も見えぬ暗闇に身を投じた彼女はただ一人、鉄格子に閉じ込められ、見世物となり、心も身体も鎖に繋がれた。
『だからこそ、私は自分の価値を探したいんです。奴隷となってしまった今では叶うかは分かりませんが』
奴隷は夢を語ってはならない、希望を考えてはならない、家畜として生きねばならない、主人に逆らってはならない、価値を持ってはならない。
奴隷は人とはなれないからこそ、その五箇条を最初に教え込まれる。
奴隷らしく鞭打ちされたり、愛玩動物のように飼い慣らされたりする。
ルゥシェノーラにとって、奴隷となった瞬間から覚悟していた事ではあるが、それでも未だに未練を断ち切れないでいる。
『もしも幸運能力が無かったら? 私に何処までの価値があるのでしょうか?』
『ルゥ……』
『人の幸せを歪めてしまう力なんて、私は欲しくなかったです』
彼女にとって幸運能力は幸運能力ではない。
彼女からしたら凶運能力、自分を忌み嫌うのには充分な能力だ。
この能力を使えば自分が幸せになる代わりに、誰かが傷付いてしまう、それが我慢ならなかった。
『馬鹿ねぇ、貴方』
しかし、そんな彼女の苦悩をコルメチアは一蹴して鼻で笑う。
『その力は貴方の物、つまり貴方がどう使おうが自由、他人が不幸になったからって、それが貴方のせいとは限らないじゃない』
神子の能力は神聖なるものとされてきた。
その事を知っているエルフからのアドバイスを、獣人の少女はゆっくりと反芻、そして咀嚼する。
『言ったでしょ、他人に分け与えるなんて事は傲慢なんだってね。だから自分の能力を使うのに躊躇なんてしちゃ駄目よ』
『コルメチアさん……』
『それに、貴方が能力を使った事で誰に買われるのか、少し気になるしね』
薄暗い中、コルメチアは笑顔を繕っていた。
たとえ相手に見えなくとも笑顔を絶やさない、それがエルフとしての彼女の持つ一つの矜持、逆境を乗り越えるために得たものだ。
笑顔を絶やさずにいる事が、そのまま諦めない事に繋がっているからこそ、エルフは笑う。
『何となくだけど……貴方の能力って本当に幸運の力だけなのかしらね?』
『それはどういう――』
その言葉に違和感を持った彼女が聞き返そうとしたところで、会場から大歓声が渦巻いているのに気付いた。
今までよりも凄まじい熱狂に包まれているのだと、肌で感じ取っていた。
『どうやら、そろそろのようね』
『そう……ですね』
昼を過ぎれば、いよいよ奴隷達のお披露目会となる。
薄汚れた自分達が誰によって買われていくのか、中には怯えている者や泣いている者、不安を心の中で飼っている者がいたり、逆に楽しみにしている者や希望を持ち合わせている者さえいた。
奴隷商人にとって奴隷が高額で買い取られるという事は誉れである。
しかし、それは奴隷の意思とは全くの別物、誉れなんかではない。
幾ら金額が高かろうが安かろうが、自由を求める大多数の奴隷達からすれば、金銭的な問題よりも重視すべきところがある。
それが主人となる者の性格、つまり奴隷をどのように扱うかという事だ。
「檻から出て一列に並べ」
そのスタッフの言葉と、他のスタッフの行動によって、一部の奴隷達が檻と鎖から解放される。
逃げ出した瞬間、身体に刻まれた奴隷紋が発動して、激痛が身体を蝕んでいくからこそ奴隷達は逃げ出す事ができない。
順番に並ばされ、エルフは四番目に並ぶ。
そして盲目の獣人は十番目の位置に着こうとした。
十人全てが異なる種族であり、人族以外の奴隷達全員の種族が被る事は無かった。
「貴方はオークションに出品されないのですか?」
彼女の隣にいた人族の女性は解放されなかった。
何故こんなところにいるのかと彼女は考えるが、よく周囲を感知してみると、彼女達以外にも多くの奴隷がいたりするのを知った。
「あぁ、アタシは出品されないよ。いや、出品してもらえないってもんさ」
彼女は人族であり、奴隷でありながら、ここに立っている奴隷達とは違った。
「アタシ達は廃棄される運命なのさ。奴隷としての価値はもう無い」
それがどういった意味を示しているのか、同じ奴隷として彼女には分かってしまった。
心音はゆったりとしており、形もハッキリとしている、しかし目に見えないからこそ彼女には分からなかった、病巣に蝕まれた身体の変化に。
「アタシはもうすぐここで死ぬ」
「……辛くはないのですか?」
「痛みももう無いよ。不治の病さ。感染はしないから安心しな」
声が掠れている、限界が近いのだろう、そう彼女は理解した。
「そこの白いの! 早く並べ!」
そう言われた彼女は列へと並ぼうと、鉄格子に繋がれた病人へと背を向ける。
この薄暗い世界で死ぬというのは、悲しい最期だ。
それも運命、しかし彼女は足を動かそうとして動けずにいた。
「何してんだい……いきな、アタシを忘れてね」
「……忘れませんよ、きっと」
彼女は歩みを再開させ、列へと並んだ。
そして全員が並んだところで再び手枷が嵌められ、本当に囚人のような格好となった。
「付いてこい、奴隷共」
全員がスタッフの言葉に従って、その後ろをゾロゾロと付いていく。
ジャラジャラと鎖が揺れ動く。
足取りも重くなっていく。
先程の言葉が脳裏に留められた。
(貴方はどちらの意味を持たせたのですか?)
『生』きな、と言ったのだろうか?
それとも『行』きな、だったのか?
分からない。
そして恐らくはもう聞けないだろう、彼女は後ろ髪引かれる思いを胸に、前へと進んでいく。
そして辿り着いたところはステージの真横であり、カーテンの間から光が漏れていた。
「呼ばれたら一人ずつステージに出ろ。余計な真似はするな」
その言葉を最後に、スタッフは何処かへと行ってしまった。
そして別の人員が側に着く。
何も語らず、仮面を被り、石像のように動かない。
『ねぇ、私達が会えるの、これで最後かもしれないし、私の番が来るまで話さない?』
他事を考えていたルゥシェノーラの脳内にエルフの声が聞こえてきた。
遠くにいたところで影響度合いが強力であるため、多少離れていたとしても念話魔法を繋ぐ事ができるが、その事を知らない少女は、いきなりの通信に少し耳がピクッと動いて尻尾も少し膨らんでしまった。
『いきなりビックリするじゃないですか!』
『ごめんごめん。でも、時間はそこまで残されてないし、正直私も不安だし……』
声に微かな震えが見られるのに気付いた。
気丈に振る舞っていても、確実に買ってもらえるか分からないからこそ不安となり、そして煩慮する。
それが人間として普通の事だと彼女は分かっていたが、それでも彼女には不安なんて無く、あるのは絶望だけであり、これが自分なのだと冷めてしまっていた。
『不安なんですか?』
分かっていながら、敢えて彼女は聞き返す。
『不安よ。オークションにおいて、確実なんて存在しないもの』
同胞が買う、それが本当だとしても確実に買える保証等は何処にも無い。
オークションでは財力が物を言う世界である以上、確実に買うという約束はできない。
したところで口約束となる。
結局は約束を守れずに破ってしまう。
『一人ずつステージへと上がっていく。そして私の番となった時、どうなるのかはステージに出ないと一切分からないから、身体が震えてるの』
その笑顔は貼り付けた仮面だった。
笑顔を絶やさない、それはつまり、本心を隠しているという事であり、自分すらも偽っているという事だ。
目を失った彼女には笑顔が見えないが、音によって形が分かるため、その笑顔が彼女には引き攣っているように見えてしまった。
この空間に満ちる心音も、耳を研ぎ澄ませば全て届いてくる。
(悲しい心音……)
荒い息遣い、早まる鼓動、震える空気の流れ、そのどれもから不安や恐怖、そういった感情が伝わってくる。
ルゥシェノーラは絶望の淵にいたからこそ、そして他人の感情を知覚したからこそ、冷静でいられた。
『ルゥ』
『はい』
『貴方は貴方の道を進みなさい。誰かを踏み台にしても、誰かを犠牲にしても……貴方はルゥシェノーラよ』
その言葉の意味を彼女は理解できなかった。
自分がルゥシェノーラというのは最初っから分かっていた事だ。
自分のままに生きろ、そう言ってるのかと、聞き返そうとしたところで脳裏に言葉が届いた。
『じゃあ行ってくるわ、私の可愛いお友達さん』
『あ、こ、コルメ――』
通信が途切れ、一人のエルフが光差す舞台へと歩いていく。
奴隷には道を決める権利を持ち合わせていないから、次に会えるかも、もう二度と会えぬかも、この場の誰にも予測できない。
その道行く先で瞼の裏に何を映し出すのか、エルフの友人へと別れの言葉を思い浮かべながら、白い獣人の少女は自分の順番を待った。
オークション三日目、今日は奴隷の少女を買う事と決めているのだが、他の三人がピリピリしていた。
今日、競りに掛けられるのは二人、一人はエルフの同胞であるブレスヴァンの住民らしく、七億までならば出せると言っていた。
そしてもう一人は、小人族の男の妹、何でも両親の借金の担保として売られていったそうなのだが、三億まで出すと言っていた。
「んで、未来予知した結果は?」
「……」
さっきグローリアとアトルディアの二人がリノに予知を頼んでいたのだが結果を彼女達は聞いていない、そもそもリノ自身が予知する前に『聞かない方が良いのでは?』と言ったからだ。
そしてオズウェルとリノが席に残っており、残りの二人が何処かに行ってしまった。
ここに残っているという事は、オズウェルには聞く覚悟があるという事だ。
「二人共、二十六番に……つまり、ナトラ商会に買われてしまうようだ」
「……そうであるか」
このまま行けばそうなるのか。
「それにナトラ商会は他にも海人族とダークエルフも買うらしい」
つまり、四匹買うという事だ。
どれだけの金を持っているのだろうか。
「それだけの財力があるにも関わらず、狙っていた魔狼族をノア殿が競り落としているな。凄まじい財力だ」
いや、十人目の奴隷を買うだけの金を持ってないってだけなのではないだろうか?
五人も買おうとして、散財しすぎたか。
彼女の口振りからすれば、俺は獣人を競り落とす事ができるらしいため、取り敢えずは安心した。
「それぞれどれだけの金で買うのか、言うべきか?」
「必要無いのである。吾輩の事は気にするな」
彼女の言葉からオズウェルも分かっているはずだが、俺に提案や相談、頼み事をしてこないという事はつまり、俺が金を貸さないと分かっている証拠だ。
一縷の希望に手を伸ばす事もせずに、ただ腕を組んで事実として受け止めるだけのはずだが、これは達観しているとは言えないな。
ただ諦めてるだけだ。
「何度も君に借りを作る訳にはいくまい。だから吾輩は諦めるのである」
「あっそ」
頼まれても金は貸さなかっただろう。
「まぁ、世の中厳しいってこった。勉強になったな」
「……そうであるな」
結局は五匹の奴隷をナトラ商会が買うのだろう、そして最後の一人である白い獣人も買おうとする。
だが、それが叶わない。
俺が買ってしまうからだろう。
「それより、あの二人何処行ったんだよ?」
「知らぬよ。自分でも分かっていたのであろう」
要するに、心がモヤモヤしてるから今この場にいないというのか。
現実というのは非情、それは昔から決まってた事だ。
どの世界でも、平等というのは理想であり、夢物語であり、そして絵空事である。
もしも平等なんて世界があるのならば、それは誰も感情を持たない世界か、或いは強者による支配に満ちた苦しい世界だ。
「情報屋、二人の居場所くらい知ってんだろ?」
「……聞いてどうする?」
「別に。馬鹿やって俺にまで飛び火するのは勘弁願いたいからな」
「安心するが良い。二人は奇行には走らぬよ」
手に入らないのならば襲ってしまおう、なんてバイオレンスな考え方をして非行に走ったら俺達にまで被害が及ぶ可能性があるし、彼等が奴隷堕ちとなる。
まぁ、そこまで馬鹿じゃないだろうし、何も起きないだろう事は目に見えていた。
「お、戻ってきたか」
二人がトボトボ帰ってきた。
もう諦めムードとなっているのだが、この中で俺は十億以上の金を声に出さなきゃならないとは、何の罰ゲームだろうか。
「グローリア殿、大丈夫か?」
「だ、だいじょーぶだよ……」
虚ろな目をこっちに向けてきた。
重症だな、これ。
「お、おいチビメイス、落ち込むなよ」
「うん……」
まさか馬鹿にした事にさえ意に介さないとは、コイツ等席立ってる間に何があったんだ?
「お昼の部の残りは十体の奴隷達です!! 全員が見目麗しき女子達! 彼女達を手に入れるのは果たして誰か!? さぁ行ってみましょう!!」
今回出品されるのは、鬼人族、海人族、ドワーフ、エルフ、アマゾネス、小人族、ダークエルフ、龍神族、霊鳥族、魔狼族、その十体だ。
最初に出てきたのは鬼人族の女の子だった。
白に近い桃色の髪と二本の大きな角が特徴的な子、手枷を嵌めてステージへと上がる。
「最初は鬼人族の少女です! 強力な膂力に加えて妖術も使える戦闘種族! さぁさぁ! 一億ノルドでスタートです!」
見目麗しいというのは本当らしい。
綺麗な琥珀色の瞳に、仏頂面ではあるが可愛らしい顔、小柄な身体に似つかわしくない力を有しているようで、一億スタートだった金額はどんどんと吊り上がっていく。
そして二桁を超えたところ、十二億で購入された。
購入したのは同じ鬼人族の青年、和服のような着物を着ている美男子だった。
「お次は海の子である海人族! 水流操作に長けた使い手です! こちらも一億ノルドでスタートです!」
青い髪を乱雑に垂らしたエラを持つ美少女、水を操る事に長けており、更に水中での活動が可能な亜人種だ。
スタートが一億に対し、鬼人族よりも一億少ない十一億で落札されていった。
落札したのは二十六番、やはりナトラ商会か。
だが、何で五体も必要とするのだろうかが分からないために、違和感が心の中で燻っている。
狙ってるのは海人族、エルフ、小人族、ダークエルフ、そして魔狼族という、何の脈絡も類似性も見当たらない適当な五匹だ。
(何に使うつもりだ?)
しかもエルフとダークエルフの二体も買う事に決めていたらしい。
互いを忌み嫌っているはずのエルフとダークエルフ、その二体を揃えるというのは可笑しな話……いや、単に仲悪いだけで奴隷には関係無いか。
人権すら無いんだから。
「次はドワーフ……」
ドワーフという種族は勘違いされがちなのだが、別にずんぐりむっくりという訳ではなく、土の妖精の血筋を持っており、高度な鍛冶技術や酒を作る能力に長けた種族なのだ。
種族的に身体は大きいという事も無いが、手先が器用であり、全体的に見ると小さかったりする。
「はい! 八億で五十七番さん落札です!」
買ったのは鍛冶師っぽい大柄な女の人、つまりは鍛冶師として働かされるのだろう。
ふむ、優秀な鍛冶師か、錬成できる俺とは相性が悪そうだな。
「さぁお次は! 自然をこよなく愛する森人族! そして聖なる力を宿したライトエルフでございます! 彼女は三億スタートとなります!」
いきなりだな。
七億しか持ってない彼等では買えないわな。
今回、こんなにも高い金額にしているのには一つ、王族とかに買ってもらえるかもしれないという出品者の希望が反映されているらしい。
これもグローリアの情報によるのだが、まぁ確かに今回は例年よりも多くの王族や貴族が挙って参加しているそうだ。
売るためにも必死なのだろう。
「六億!」
「こっちは七億五千万!」
「八億」
「九億ノルドだ!」
「十億!」
「十二億!」
どんどんと吊り上がっていく金額だが、もう一般人が関われるような金額を超過している。
まぁ、周囲を見渡す限りでは殆どが貴族であるため、俺達のような冒険者はあまりいない。
結局エルフの女性は十五億ノルドで二十六番、ナトラ商会が購入した。
「ノア、君ならば買えたのではないのか?」
「あぁ、買えただろうな」
「やはり……そうであるか」
オズウェルに質問されたので普通に答える。
その言葉を聞いた瞬間、俺は胸倉を掴まれてグローリアに引っ張られた。
「どうして……何でなのさ!?」
「お、おい、いきな――」
「金があるんなら何で……何で私達を助けてくれないんだよ!!」
急に怒り出して唐突に何を言ってるのだろうか、何で助けてくれないのかだと?
「船の時だって助けてくれたじゃん……」
「それは状況が状況だっただけだ。俺がお前を助けたところでメリットは無い。良い加減、手ぇ放せ」
結局は金を持った者が勝つ世界だ。
俺はただ運が良かっただけで、錬成によって幾らでも金を増やせるので、彼等に金を渡してエルフを買う事もできただろう。
しかし、その金を分け与えても俺の利益にはならないため、手を振り払った。
「俺は金銭的にお前等の手助けはしない。金を貸して返ってくる保証なんて無いしな。それにお前等は昨日の秘宝も落札していた。両方得ようだなんて、そんなのは無理だったのさ」
認識が甘かっただけ。
ここはグラットポート、大金の動く都市である。
二兎追うものは一兎も得ず、それよりかはマシだろう、満足するならまだしも俺に突っ掛かられても困る。
「お前、俺が善人に見えたか? エルフの奴隷売ったのは一体誰だ? 人族だ。俺も同じ人族、卑しい卑しい人間だよ。テメェ等に力が無かっただけで、それを俺にぶつけるな。醜いぞ」
「そ、それが……人間だって?」
「あぁそうだ。俺も、お前も、結局は自分を正当化したいだけのク――」
思いっきりグローリアに殴られた。
鈍い痛みが頬に伝わってくるのだが、それによって周囲にいた警備員らしき者達がグローリアを取り押さえる。
そういや、ここでの暴力は禁止だったな。
「は、放せ!」
「諦めろ。お前じゃあ誰も救えない」
俺は席に座り直して、競売の続きを見ていく。
グローリアは退場、ここに残った者達にとって俺は悪役に見えただろうか?
だとするなら、これもまた仕方ない事だ。
「ノア殿……」
「放っとけ。気にするだけ無駄だ」
競売には俺も参加している。
人の物を捻じ曲げて自分のをというのは、些か都合が良すぎるというものだ。
彼女の怒りの矛先は俺へとぶつかった。
いや、俺がそう仕向けた。
「ありがとう、ノア。吾輩も外へと出ていよう。後は楽しむと良い」
「あぁ」
オズウェルだけは俺の言動を理解したらしい。
彼を見送り、残された俺達三人は、そのまま競売に参加する。
頬に残る鈍い痛みが消える頃には、競売は終わっている事だろう。
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
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