第34話 船は先へと進んでゆく
アビスクラーケンとは、魔界と呼ばれる異界の土地から召喚されるのが普通だ。
野生の魔界イカなんていない。
つまり、これは召喚された上で使役されているという事だが、契約できなかったんだろうか?
(ともかく、まずは乗客を――)
と、思ったんだが全員が冒険者だったらしく、九人くらい落ちたのに対して、残っていたのは僅か二人、その二人も食べられそうになっていた。
近くにいた鮫のモンスターが大口開けていたので、そこに精霊術で形成した水の槍を投げ込んだ。
「ッ!?」
鮫の身体を貫通して、一体のモンスターが死滅した。
油断ならないな。
未だに二人の冒険者が海の藻屑となろうとしているからこそ、俺は水を操ってジェットのように動き回り、連続してモンスターを退治していくが、中には精霊術が効かないような亀モンスターや、小回りが利く小さな魚モンスターがいる。
厄介だな。
(なら、あの二人が邪魔だ)
俺はその冒険者二人の下へと位置付いて、水流操作で一気に地上へと投げ上げた。
「……」
本来、他人を助けたりしないはずなのだが、まだ俺の心の中に『善』でも残ってたらしい。
邪魔だと思っている中でも、精神の奥底の方では助けたいという気持ちが燻っているのだろう、ついつい無駄な事までしてしまう。
それと対するように、俺には『悪』が顕著に現れていると思う。
別に死んでも構わない、死んだところで俺とは関係無いのだから、そういった考えが脳裏に根付いてしまっているため、稀に俺は自分でも何してるか分からない時がある。
(チッ、考えが纏まんねぇ)
そして俺の心は反発する二つの思考の間に揺れている状態だ。
まだ『助けたい』という考え方があるのだが、それが闇に侵食され始めてるのも理解している。
暗黒龍が顎門を開けて俺の心を食らっていくような光景が見えるようだ。
「うっ……」
水中にいる人間はモンスターにとっては簡単に狩れる獲物に見えるのか、四方八方からモンスターが俺目掛けて攻めてくる。
こんなところで喰われて堪るか、と思っていると、左腕に鮫のギザギザした歯が食い込んで、そこから血が溢れ出てきた。
(光源ぶら下げた鮫……『チョウチンザメ』か)
前世にはチョウチンアンコウなんて魚がいたのだが、この鮫の頭部に突起物があり、そのガラス玉みたいな部分が青白く綺麗に光っている。
だが、この光は確か洗脳効果があったはずなので、見ないようにする。
(アレ、使うか)
ここならば誰にも見られないで済む、そう思って俺は全力でアレを駆使する。
これは他人に見せるべきでないと判断して、基本人前では使わなかったものだが、こんな水中を見れる人間なんてそうそういないだろうし、ここで俺が攻撃しなきゃ喰われて死ぬ。
(『肉喰い蟻』!!)
左腕に喰い付いた鮫に、影で作った無数の極小蟻を体内へと放ち、内臓を喰っていく。
魚がダンスを踊るようにクネクネと動き回り、縦横無尽に駆け回る様は面白いのだが、やがて疲れてしまったか、それとも体内を全て食い破られて死滅したか、動かなくなって水面へと浮上していった。
すると、その肉から溢れる血を求めて、他のモンスターも群がっていく。
(おえっ、気持ち悪りぃ……)
魚の共食い場面は初めて見たが、お陰で俺もやりやすくなった。
(行けっ、影蟻共)
俺の意識と少しリンクさせてあるのだが、影は自律稼働して他のモンスターの口から体内へと入り込む。
そして共食いしてた奴等の体内も食い破っていく。
しかし、何匹かは喰わずに俺の方へと向かってきていたので、それを避けながらも次の攻撃を繰り出して、相手を殺していく。
(『絶影龍』!!)
影を広げて巨大な暗黒龍のレプリカ、影の龍を形成して海の中を超速で泳いでいく。
俺が操作しているので、水圧や水の抵抗力に関しては気にせずに他のモンスターを咬み千切っていく。
こんなのを見たら、誰だって俺が暗黒龍だと錯覚してしまうからこそ、この魔法を見せる事はできないと判断したのだ。
まぁ、ダイガルトのような奴ならば見せても問題無さそうではあるが、それでも壁に耳あり障子に目ありというのだ、油断ならない。
(クソッ、息が続かない……)
浮上すべきだと思って、俺は暗黒龍のレプリカの翼部分を掴み、一気に浮上した。
「プハッ……ハァ…ハァ……」
水面へと上がった時には、海面は血の海と化していたようで、自分が物凄く血生臭いのに気付いた。
「ノア!! 何だそりゃ!?」
ダイガルトが驚いているのが見えた。
側には二人の冒険者もいて、片方は起きていたのか、ビックリしてるというよりも怯えているように見え、この影龍がそんなにも恐ろしいのかと考える。
格好良いよな?
まぁ、ベースがゼアンなので微妙に似ている部分はあるのだが、黒龍協会の連中に見つかったら面倒だ。
「俺の魔法の一つだ。もう少しで終わるが、多分揺れるから気を付けろよ〜」
「は!? お、おい――」
俺はダイガルトの声を無視して、再びレプリカと一緒に潜っていく。
この魔法は多くの魔力を消費する代わりに、強力な攻撃を加えたりする事ができる便利な魔法の一つなので、俺は一気にモンスターを殲滅する。
(行くぞ!!)
この魔法は厳密に言えば、影魔法であって影魔法ではない。
(そういや『絶影魔法』、そんな名前だったっけ)
魔法に初級、中級、上級とあるように、この魔法にも影魔法、絶影魔法、そして神影魔法とある。
まだ神影魔法は使えない。
とにかく影魔法の上位互換の魔法を現在この場で使っているのだが、やはり強い、強すぎる。
普段の影魔法の場合、ブラックストレージや、ブラックウォールといった小さな影での魔法だったが、これは魔力を三割以上駆使して扱う、超強力な魔法の延長線上にあるものと認識している。
『個』がこれを持っていて良いものかと戦慄すら覚えるくらい強くて汎用性高い魔法であり、本来ゼアンが使ってるのもこっちか、或いは神影魔法だ。
まぁしかし、強力ではあるものの、影魔法や絶影魔法は魔法併用が難しいので、今は並列起動はできない。
(ぐっ……身体が痛ぇな)
影魔法に反動は無い。
逆に、超過した力を持つ絶影魔法によって器が耐えきれないため、身体が悲鳴を上げている。
魔力回路も無理に使ってるので、痛いどころの話ではない。
だが、今後のためにも俺はそれを最大限活かす。
(残りは十一匹、ならアレで殲滅するか……)
俺は影の龍を消した。
自身の影へと戻っていった絶影龍を見たモンスター達が好機とばかりに俺へと飛び込んでくるが、それは大きな間違いだ。
こんなところで使うべき魔法ではないのだが、一気に殲滅するために使ってみよう。
右手の掌に生まれたのは小さな黒い球体、それをモンスター目掛けて撃ち出した。
(『終焉の月』)
小さな黒い月がモンスターの中央でバスケットボールくらいの大きさになり、そこへと全てが吸い込まれていく。
謂わば何でも吸い込んでいくブラックホールのようなものだ。
吸収されれば塵すら残らずに消えてしまう、そんな災厄の魔法だが、これを一度だけ使ってみたら魔境が半壊したため、封印していたものだ。
こんなところで、と思うかもしれないが、周囲は海だし被害は最小限に抑えられるはずだ。
環境にも優しいし、吸い込むのは海の水とモンスターだけだ。
(ハハハ……さぁ、どんどん吸い込め)
高揚感が心を支配する。
暗黒龍の精神が俺の精神を侵食して変えていく、いつしか俺は戦闘狂にでもなってしまいそうな予感がするが、目の前のモンスター達を見ていると、もっと戦いたくなってしまう。
さぁ、どんどんと掛かってこい、と思ってしまう。
それが嫌だと思う心と、喜ばしい心、その二つが鬩ぎ合っている。
心が壊れそうだ。
それに頭が痛い。
しかし戦いは呆気無く終わってしまった。
(終わった、のか?)
身体に走る物理的な激痛も、今は関係無い。
冷たい感触、それから苦しい胸の痛みが、俺の本来持っていた正義感さえも奪って冷ましていく。
(魔法、解除……)
未だに吸い続けていた終焉の月を止める。
この辺り一帯にモンスターの魔力反応無し、これで船旅は完全だろうと思って、俺は海面へと浮上する。
三つの絶影魔法を駆使した事で、八割近くの魔力を一気に失ってしまった。
使い慣れてないせいで燃費悪いな、身体が重たい。
「『錬成』」
鎖を使って甲板の縁へと引っ掛け、更に錬成で腕輪へと戻していく事で上昇した。
数分間で派手に暴れたらしく、甲板が穴ボコだらけとなっていたのと、ダイガルトが疲れた様子を見せていたので、どうやらイカと奮闘したらしい。
血によって臭いがキツいので、俺は自分の身体を精霊術で念入りに洗ってシャンプーも混ぜていく。
「ふぅ、サッパリした」
「おいおい、さっきの魔法だったか、何だよあれ?」
「固有魔法だ。久し振りに使ったから燃費悪くて、魔力が半分も残ってない」
スッカラカンという訳だ。
なので、自作したポーションを飲んで回復させた。
いつ如何なる時でも対処できるようにするための回復なのだが、こんな事が何度も起こっちゃ身が保たない。
これは本格的にナトラ商会を潰すしかないな。
「ダイトのおっさん、キースの依頼は予想よりも厳しいかもな」
「あぁ、俺もそう思ったとこだ……」
四月一日、この日に船に乗ってモンスターの大群に遭遇してしまった、なんて『偶然』は有り得ない。
明らかな作為的妨害だ。
「キースに言っといてくれ、『貸し一つ』ってな」
「あぁ、ちゃんと言っとくよ」
手に持っていた短剣を見ると、ボロボロとなっている。
アビスクラーケンの触手は棘が付いてるので、それを防ぐために無茶したのだと軽く予想した。
「はぁ……腕落ちてんなぁ、俺ちゃん」
「だが、後ろの二人を守ったんだろ?」
「昔なら、もっと簡単に倒せたんだが、もう歳かねぇ」
「アンタ幾つだよ?」
「俺か? 俺は三十三歳だ」
意外と若かった。
この世界で三十歳も生きれるんなら充分だと思うが、まだまだ身体は若々しいように、筋肉質である。
腕が落ちても迷宮に潜ったりすれば元に戻る。
それに左腕が治ったばかりなのに、よくもまぁ一ヶ月もしないうちにリハビリを終えたものだ。
「おっさんだな、やっぱ」
「何か傷付くなぁ、その言い方はよぉ」
傷付くと言われても、事実は事実なんだし受け入れるしかない。
人はいつか朽ちていくものだ、仕方あるまい。
「そんな事より、俺の魔法は特殊だから黙っててくれると有り難い。それと現れたのはイカだけで、倒したのはダイトのおっさんって事にしといてくれ」
「良いのかよ?」
「別に。目立ちたくて倒した訳じゃないからな」
俺がモンスターを倒したのは、単に俺の邪魔になると判断したからだ。
ゆったりとした船旅を楽しもうとした矢先に、それを打ち壊そうと襲ってきた悪漢もとい悪モンスター、潰すのは当然だ。
だが目立つのは嫌だ、対応が面倒臭い。
金が欲しい訳でもないし、俺の時間を奪われるのは不本意なので、ダイガルトへと白羽の矢を立ててやった。
「アンタも、助けたのはダイトのおっさん、って事にしてくれると有り難い」
「え、えと……」
助けた少女、いや女性か。
中立的な顔をしているウェーブ掛かったエメラルドグリーンの髪の冒険者で、魔法使いの持つ魔法杖を手にしている、耳の長いエルフだった。
「こんなとこにエルフか、珍しいな」
エルフはもっと北にある、とある大陸の大きな森に住んでいるとされ、こんなところにいるのは珍しいと思ってしまったのだが、まぁ人には事情がある、聞きはしない。
気の弱そうなエルフだが、魔法使えば助かったんじゃないのかと考える。
「あ、あの、先程はありがとう、助かったよ」
「お礼なんて一ノルドにもならないからな、俺に感謝するなら金を寄越せ。そうでないなら感謝するな、いらん」
魔眼で見てみると、使う魔法が自然系統の中の風魔法だったので、空気の無い海に落ちてしまったら万事休すとなるだろう。
この世界の魔法は詠唱が普通らしいからな。
勇者パーティーのシーラとかは詠唱をしないし俺も詠唱しない、それに彼女が弱いのではない、詠唱するのは一般的な魔法という認識があるだけ。
深く考える必要は皆無だ。
「隣で伸びてるエルフは知り合いか?」
「うん、彼はオズウェル=エルシード=ライナーデ、幼馴染みの冒険者だよ」
甲板で水浸しの状態で伸びてるのは、緑の髪をカチューシャで留めてる男、オズウェルとかいうエルフらしいのだが、水も滴る良い男というのは彼のような者を言うのだろう。
この場にはイケメン男とダンディー男、そして美少女がいる、凄い光景だな。
「お前は?」
「私はグローリア=エルシード=ミルドルシア、グローリアお姉さんって呼んでね」
エルシードという中間名は、『エルシード聖樹国』という国から来ている。
中間名を付ける理由は様々だ。
例えば貴族の意味を表したり、エルフのように森の国を愛するという意味で自国名を付けたり、他にも宗教的洗礼だったり、家族の名前や英雄英霊の名前を付けたりする事があるそうで、前世でもパブロ・ピカソとかが代表的だった。
あれは長いもんな、実際に自分でもあまり使わなかったらしいし。
ともかく、二人の氏名の間に『エルシード』と付いてる理由は、その国出身だという証なのだ。
絶対にそれを侮辱してはならない。
もしも侮辱したら殺される。
因みに、エルフの大きな集落は世界に三つあるとされ、エルシード、リングレア、ブレスヴァンが中間名として使われる。
「そうか。アンタ等、エルシードから来たのか」
中間名がそのまま出身紹介の意味も持つとは、メチャクチャ便利だ。
「うん。私達はグラットポートで開かれるオークション、そこで二つの物を競り落とそうと思ってるの」
「二つ?」
「一つはエルフの国の秘宝『精霊の渡り鏡』なんだ」
そんな物とかあったっけ?
「もう一つは三日目の奴隷、だね」
「エルフか」
「正解」
コイツは馬鹿なのか?
もしも俺がエルフを狙っていた場合、どうするのだろうかと言いたくなった。
だが、言わない。
言ったところで結局は意味無いからだ。
「エルフがエルフを買うとは、面白い構図だな」
「失敬な! 吾輩達は同胞を奴隷から救うために旅をしているのだ!」
側で気絶していた男がいつの間にか起き上がっており、格好付けたようなポーズで白い歯を見せて、大袈裟にアピールしてくる。
ハッキリ言ってナルシストだな、コイツ。
こういうタイプ、俺はあんま好きじゃない。
(しかし『吾輩』って……何処か胡散臭いな)
エルフがそのような一人称を使うなんて初めて聞いたんだが、更にナルシストとか、俺の思い描くエルフ像を壊すのは止めてくれ。
しかし、個性にいちゃもん付けるなんてすれば、俺が白い目で見られそうだ。
「吾輩、やはり水も滴る良い男のようだ!」
「コイツ、変人か?」
「一応良い人だよ?」
自前の手鏡を見て、気持ち悪い程に笑顔を浮かべてポーズを決めている。
だが、目の前のエルフはダイガルトよりも遥かに強いのは肌で感じられるし、魔眼からも、魔力からも分かるように、油断ならない相手だ。
重心を常に片足に置いているため、いつでも動けるようにという事だろう。
「「……」」
さっきまで気絶してた奴がこうするのは無意識下で警戒している癖が染み付いてるため、俺達を完全には信用していないという事だ。
抜け目無いな、変人だけど。
俺も、オズウェルも、互いに睨み合っている。
いや、向こうは鏡を見てるのだが、魔力で牽制してきている。
「グローリア、吾輩は先に部屋に戻っているぞ?」
「う、うん、私も後で向かうよ」
牽制が意味無いと思ったのか、それとも部屋で自分を堪能するつもりなのか、よく分からんエルフだ。
あんなのもいるんだな、ちょっと意外だった。
「君は?」
後ろを振り返って俺と目が合ったオズウェル、彼から声を掛けられるが、少し反応に遅れてしまった。
「ノア……錬金術師だ」
コイツには嘘は通用しない、そう思ったからこそ精霊術師ではなく錬金術師だと言った。
それに対して驚く事無く、オズウェルは手を振って甲板を後にした。
「ごめんね、気難しい性格なんだ」
「そりゃ、お互い様ってやつだな。この餓鬼も気難しい性格だしなぁ」
ダイガルトが俺の頭をワシャワシャと撫でてくるので、鬱陶しいために振り払う。
「そうじゃなくて、彼は二重人格なの」
そうは見えない。
人間、辛い事や悲しい事があって、感情の崩壊を防ぐために自己を分割したり新たに人格を生み出したりする事もある。
彼の過去に何があって、どうして二重人格となったのかには興味は無いが、そういう人もいるんだなという認識を持った。
「数十年前まで、オズウェルには一人の親友がいたわ」
「親友? あのナルシストに?」
「う〜ん、ちょっと違うかな。まぁともかく、親友はおちゃらけて、いつも自分大好きで、それでいて正義感が強くて……」
話を聞く限りでは、親友の方がナルシストっぽいが、何だか不思議なものだ。
しかし、その親友に何かがあったから、あんな風になってしまったのか?
「ある日、人族が国に攻めてきたの……」
エルフは長寿であり、見た目は基本麗しいままとなるため、奴隷として売れば大金が設けられる。
そのために攻め入ったのだろう。
人族はとんだクズばかりだ。
「私達は戦ったわ、必死になってね」
勝手に話が進んでるので、逃げ時を見失ってしまった。
「けど、その中に呪術師がいて、レーゼライドというナルシストの男が呪術に掛けられた」
「呪術か……んで、どんな術だったんだよ?」
聞くな、おっさん。
相手の悲しみを掘り下げても無駄だし、俺達にはどうしようもできない。
「洗脳、だよ」
それで全て理解した。
ただ親友を人族に殺されたんなら憎しみを抱くが、それだけだ。
二重人格ができるってのは、相当ストレスが溜まってたって証拠であり、それが意味する事は……
多重人格者の気持ちは俺にはよく分からない。
俺はそこまで追い詰められている訳ではないし、今はストレスとかは殆ど蓄積されてないからだ。
ストレスの対処法なんてとっくの昔に心得ている。
「つまり、洗脳を受けて同族殺しを始めたレーゼライドって男を殺したのが、あのオズウェルって訳か」
「……うん」
随分と暗い話だ。
それで、自分の手で殺した事実が自分を追い詰めて、最終的に自殺未遂、或いは自己破綻か。
人族よりも結束力の強いエルフにとって同族殺しというのは重責も同然であるため、たとえ国を守るためであっても同族を殺したという罪は消えない、そう自分で考えてしまい、自分の『善』と『悪』で板挟み状態となり、耐えきれなかった。
そんなとこだろう。
ハッキリ言って馬鹿な事で悩んでんだなって思う。
「下らねぇな」
その言葉をハッキリ言ってやった。
コイツ等は根本的に間違えているからだ。
「な、何だって!? 高が短命の人族の分際で、オズウェルの長年の苦しみを侮辱するのか!?」
「下らない事に下らないと言って何が悪い? 事実を受け入れろ、お前の幼馴染みは下らない事で悩んで自滅しただけだ」
彼は無駄な時間を過ごしたものだ。
いや、その時間すらも捨てて逃げたと言うべきか。
そう思っていると、左の頬にじんわりと熱と痛みを帯び始めていた。
グローリアが俺の頬を叩いたのだ。
「……やっぱり人族を信じた私が馬鹿だったよ」
結局はこうなるのだな。
まぁ、その男が自分で下らないと気付くにはまだ時間は掛かりそうだが、ここは間違いを言っておく。
「お前等エルフが同族殺しを重責だと思うのは分かる。親友に手を掛けたオズウェルって奴の気持ちは計り知れないだろう」
「だったら――」
「何を悩んでんのか死んないけどさ、高が十八年のクソ餓鬼でも分かる事をテメェ等は理解してない」
人族とエルフの寿命は違うからこそ、考え方も違ってくるものだ。
俺の言葉が届くのかは分からないが、俺は俺の考えを貫き通す事だけを考えるのみだ。
「俺でも分かる。レーゼライドって奴はオズウェルに殺してもらえて幸せだろうな」
「なっ……何でそんな事を言えるのかな?」
そんなの決まってる。
「自らの過ちを親友が止めてくれたからだ」
この世界における殺人の認識は薄い。
人を殺しても罪に問われなかったりする場合もあれば、人を殺す事で英雄にさえなれる場合もある。
「悩むのは大いに結構だが、それをしても親友は浮かばれないだろうな……可哀想に」
救いようの無い話を聞かされて、戦闘の余韻が完全に消えてしまった。
結局、何処までいっても人間は人間なのだ。
疲れたし腹も減った、なので俺は話を切り上げて甲板を後にする。
これ以上は話す必要は無い。
オークション前だってのに、本当に穏やかとは縁遠い船旅だな。
そう思ったが、しかしながらハプニング続きの旅はそれはそれで退屈しないからこそ俺は小さく口角を上げ、僅かに笑みを浮かべていた。
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
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