第28話 リィズノインの休日2
ギルドから徒歩で約一時間近く、ガルクブール中心地区の教会にまで強引に連行される我は、成されるがままに無抵抗となっていた。
どうせ彼に用事があったのだ。
とは言っても用事はつい先刻、終了したが。
ノア殿に連れられて、何故か我等は一つの孤児院へと訪れていた。
少し豪華な敷居の孤児院で、その表の方には大きな教会が建設されているのだが、恐らくはお布施や治療院とかで稼いでいるのだと思われる。
その教会を裏手に回って、裏口から勝手に押し入るノア殿に困惑しながらも、我も門を潜って敷居を跨いだ。
「ノア殿、ここは?」
「孤児院」
そんなの誰の目から見ても明らかだろう。
教会の裏手にある孤児院が大きいのは予想外だが、そのような当たり障りの無い解答を聞きたいのではない。
多分彼も説明が億劫となって、我の質問に無碍に答えたのだろう。
黙って見ていろ、そう言われた気がした。
まだ彼が孤児院を訪れた理由が不明だが、何かの依頼を受けたのは明々白々、今回は彼の動向を探る機会と捉えるのが無難かと考えた。
まだ彼について、知らない部分の方が多い。
ノア殿が何者なのか、それは正直何でも構わないが、精霊界への通路として彼を利用するために、ここ一ヶ月近く彼を探ってきた。
戦闘能力はどうか、どう行動思考するのか、一挙手一投足に目を配っている。
「いや、それは見れば分か――」
「おい婆さん、いるか〜?」
勝手に裏手へと回って、扉に向かってドンドンと強烈に叩いている。
こんな強引で良いのだろうか。
少なくとも迷惑行為に相当するように思えたが、彼は一切気にせず内部の人間へと示し続けていた。
早く開けろ、と。
「お、おい、そんな風に叩いて大丈夫なのか?」
「んなもん今更だ。おい婆さん、早く出てこい。この俺がワザワザ安い賃金で依頼受けに来てやったぞ」
孤児院施設の扉を破壊する勢いで、連続してノックを繰り返しているのだが、流石に止めた方が良さそうだと思ったところで、扉越しにズカズカと足音が接近してくる。
足音や大きさから、怒りの感情が窺える。
それもそうだ、ノア殿の行為は立派な騒音問題だ。
その大股の足音がより大きくなっていき、我等はドアから数歩離れた。
瞬間、強烈なノック以上の音で、扉が開かれた。
「バンバンうるさいんだよ!! 誰が婆さんだい!?」
「聞こえてんじゃねぇか地獄耳」
修道服に身を包んだ若々しい老婆が目の前に現れた。
眉間に皺を寄せる老婆、まだまだ元気が有り余っている様子の修道女が、彼と面識がある様子だった。
いや、この人は誰なのだ?
「ん? 何だいアンタ、この神聖な仕事場に恋人でも連れてきたってのかい?」
「アホか、人手欲しいって言ったの婆さんだろ」
勝手に会話しているのだが、その前に我に状況を説明してほしいものだ。
話に付いていけない。
この孤児院で何かしらの仕事をするのだろう、それは言われずとも理解できるが、残念ながら仕事内容を一切聞いてないため、是非とも教えてもらいたい。
だが、それ以前に面識の無い初対面同士、彼女が我を見て話を進めてくれた。
「んで? この子は誰だい?」
「申し遅れた。我はリィズノイン、冒険者になったばかりの新人だ。至らぬ点もあるだろうが、是非ともよろしく頼む。リノ、と呼んでくれ」
「そうかい。礼儀正しい子だね、あたしゃ好きだよ」
頭を撫でられて、されるがままとなってしまった。
ワシャワシャと撫でられるのは父上以来、懐かしさに浸ってしまう。
髪が乱れ、手櫛で跳ねた部分を直していく。
「おっと、こっちも名前言わなきゃだね。あたしゃ、クリスタってもんだ。クリスタお姉さんって呼んどくれ」
「ババァで充分だろ」
「あぁん!?」
「よ、よろしく頼む……」
個性が強そうな人だ。
流石にお姉さん、という表現方法は発話者も羞恥に悶えるであろうから、クリスタ殿、と呼ぶとしよう。
しかしガルクブールの立派で荘厳な教会には一度も立ち寄っておらず、足を運ぶ機会も数週間前の一件で失念していたため、礼拝していくのに丁度良いかもしれない。
久しく祈りを捧げていなかった。
依頼が終わったら参拝でもしようと考えて、ノア殿へと視線を向ける。
「それで、我は何をすれば良いのだ?」
「あぁ、説明してなかったか。餓鬼共の面倒を見なきゃならなくてな、俺だけじゃ足りなかったんだ。時間があるならリノも頼む」
と言われても、我は子供の相手等の経験は皆無に等しく、どうしたら良いのかは謎だ。
孤児院や施設に訪れたのも、随分と久方振りである。
だから、子供との接し方を知らない。
「いんや、今日は別件で呼んだんだよ」
「別件?」
「あぁ、ちょいと付いてきな」
そう言われて、中に通された我等二人は、クリスタ殿の後を静かに付いていく。
孤児院にしては随分と広いなぁと思いながらキョロキョロと見回っていくも、その孤児が何処にもいないため、何故だろうかと不思議に考え、廊下を渡る。
二階建てではあるが、多くの孤児達を匿うために横に広いのだろう。
廊下も大人が数人横に並んでも、余裕で通れる。
子供ならば尚更と言えるが、これは逆に掃除も大変そうだと感じていた。
「前に依頼を受けた時は見るも無惨な孤児院だったんだが、俺が職業能力で補修して、より広く改築したんだ」
成る程、だからこんなにも全体的に広いのだな。
しかし、広さの割には静寂に満ちている。
どうも何かが変というのは、我もノア殿も感じ取っているようだが、この孤児院を運営しているはずのクリスタ殿は、無言で歩き続けて何も教えてくれない。
いや、原因たる目的地へ向かっているから、見れば分かるとの意味合いが行動に含まれているのか。
「それから、補修作業の片手間に餓鬼共の対応をしてたら、何故かかなり懐かれてな、以来何度かこうして孤児院を訪れてるって訳だ」
「へぇ、意外だな。顔に似合わず、ノア殿は無類の子供好きだったのだな」
「別にそういう訳じゃないが……ってか、その言い方何か引っ掛かるから止めろ。俺が変態みたいじゃねぇか」
意外も意外、彼が児童と戯れるだなんて、そのような光景は想像し難いものだ。
基本ヤル気や興味の無さそうな無愛想な表情、言動、雰囲気が漏れ出ているノア殿が、子供と遊んだり触れ合ったりするというのは何だか嘘のように聞こえる。
失礼とは思うが、彼が子供に懐かれたと言うのは、見栄を張っているだけのようにも思える。
まさか我を揶揄っている、のか?
だとしたら一応の説明はできるが、果たしてノア殿が意味の無い嘘を吐くだろうか。
真実なら、逆にそれはそれで気色悪いが……
「それで、その子供達は何処にいるのだ? 先程から姿が見えないようだが……」
「俺に聞くな」
「良いから黙って付いてきな」
静謐とした様子で黙々と歩いているクリスタ殿だが、握っていた拳が微かに震えているため、何か事故か事件かが発生した可能性を視野に入れた。
そう思ったが、どうやらそれ以上の事態に発展してしまったらしい。
進んでいく先から、不穏な何かが流れてくる。
不吉な風のような悪意の奔流が、廊下全体へと波及して、体調が悪くなる。
気分が全然優れない。
何なのだろう、この気配は?
背筋を凍らせる気配が、この肉体を通り抜けていく感覚に慣れない。
一秒でも早く逃げ出したい気持ちが、心を飽和させる。
「うっ……」
「こんなとこで汚物撒き散らしたら、アンタ追い出すからね」
吐きそうなのに、どうして二人共平気そうな面をしているのだろう。
何かが奥の部屋からドロドロ流れてきているのに対して、身体に害が及び始めた。
精神的苦痛や肉体的な嘔吐感、悪意が働いている。
微精霊達も怯えているのを感知して、奥に向かうのは何故だか嫌だと躊躇いに染まる。
奥に行きたくない、そんな感情に包まれる。
「な、何なのだ……これ、は……」
気分が悪化して、同時に眩暈も併発してしまい、足元が覚束なくなってしまった。
この気持ち悪さが全身に不快感を催して片膝を着いてしまうのだが、何故孤児院に来てこのような気持ち悪さに身を晒さねばならないのか。
流石にキツい。
このドロドロとした不快な感情の流動に、足止めを食らってしまう。
そんな我の様子を気に掛けてか、ノア殿がポーチから薬瓶を取り出して、その錠剤を服用するよう勧めてきた。
「確かにこれはキツいな……大丈夫かリノ? これ飲んどけ」
ノア殿から渡された不思議な薬品を一粒、試しに飲用してみると、即座に気持ちが楽になった。
即効性のある精神安定剤のようなものか。
何にせよ、少しばかり負担が減った。
用意周到ではあるが、そもそもこの気味の悪い不吉な気配は一体何だろうか?
二人は気配の正体に一定の理解を示してるように思えて、しかしまだ気分を害して、質問できる状態ではなかった。
「おい婆さん、アンタ何したんだよ?」
「あたしゃ、何もしてないよ。何かしたのは、むしろ餓鬼共の方だよ」
子供達が何をしたら、ヘドロのような陰鬱とした気配を撒き散らすようになったのだろう。
奥の部屋から暗い靄が溢れてきており、薬品を飲ませてもらった我の肉体は、気分の悪さが未だ治っておらず、奥の部屋で何が発生しているのか、やはり不穏な気配のせいで踏み込むのを躊躇ってしまう。
肉体的にも、精神的にも、非常に気色悪い。
微精霊達も怯えてしまい、呼び応えにも一切の反応を示さなかった。
「これ、呪詛だろ? こんなもん、餓鬼共は何処で拾ってきたんだよ?」
「拾ってきたんじゃないよ、元々孤児院の地下に封印されてたもんさ」
「封印だと?」
「あぁ、たまたま餓鬼の一人が地下通路を見つけちまってね、そんで危険かも分からんうちに探索してたら、呪詛に纏わり憑かれた子が続出したらしく、アンタに治してもらおうって思ったのさ」
「何で俺に? 教会があるんだから、そっちで解呪してもらえば良いじゃねぇか」
ノア殿の言った通り、それが普通だ。
教会では回復や解呪に携わる神聖職が多く、そこで解呪してもらうのが無難でもある。
「そう天啓があったんだよ。それに、今教会の連中は出払っちまってて、人手不足なのさ。丁度解呪能力持ってる奴も星都に行っちまったしねぇ」
我には何が何だか状況把握が不明瞭ではあるのだが、どうやらノア殿の力が必要らしい。
呪いの封印を解いたらしく、それによって取り憑かれてしまった、と。
「呪詛の剥離に関してだが、試す機会なんて無かったから、結果どうなるか分かんねぇぞ?」
「あたしの天啓は間違いないよ。サッサと治しな、クソ餓鬼」
「人使いの荒いババァだこって……」
ノア殿がクリスタ殿の命令に従うように、部屋の奥へと突き進んでいく。
何等かの薬を飲ませてもらったとは言え、我が前へと出ようとしても強力な呪詛によって進む道を阻まれる。
いや、押し戻される。
呪詛というものは呪術師系統の職業使いが駆使する『呪い』であり、魔法とは違って怨念的な力が働いたりするため、人体に悪影響を及ぼしたり、意識を蝕んだり、身体を朽ち果てさせたりするのだ。
そんな中に平気な顔して入っていくノア殿、それから天啓とか言って彼を呼んだクリスタ殿は何者だろう?
そんな考えが表情に出ていたのか、クリスタ殿が教えてくれた。
「あたしゃ、『修道士』って職業なんだ。天啓ってあたしゃ呼んでるけど、その天啓が奴なら治せるって言ってたから呼んだのさ」
「だが、ノア殿はれ……精霊術師だろう?」
「そうだねぇ。何であのクソ餓鬼をあたしゃ呼んじまったんだろうねぇ」
ノア殿はクリスタ殿にそんなに嫌われてるのか、溜め息を吐かれているし、口も悪い。
そして遠い目をしながら葉巻きを咥え、聖火出現の技能で火を灯していたのだが、禁欲的な生活をしているはずの修道士が葉巻きなんて良いのか?
そもそも、職業能力をそんなのに駆使して大丈夫か?
疑問が絶えないな。
「済まないねぇ、リノの嬢ちゃん」
「え?」
「本当なら餓鬼共の面倒を見てもらうはずだったんだが、こんな事態になっちまってね」
謝られても未だに状況すら掴めていないので、何に謝られているのかもよく理解してない。
まず、いきなりノア殿に連れてこられて、そして中へと入ると呪詛的な何かが見え、ノア殿が一人勝手に奥へと向かってしまった。
今日はただギルドにいるであろうノア殿に会おうと思って、それから情報を集めようとしてただけのはずだったが、何故か成り行きで我はここに来て、彼は解呪に向かっていってしまった。
向かったは良いが、解呪方法でもあるのだろうか。
そこが不安の種として心に植えられた。
「数日前に地下の階段が偶然見つかってねぇ、あたしのいない間に餓鬼共が勝手に探索を始めやがったのさ。ったく、あれだけ入るなって注意したのに……」
やれやれと言いながらも、子供達の心配をしているような目でドアの方を見ていた。
偶然見つかった階段の探索、孤児院にいる子供達は近くに教会があるからこそ、冒険者になったりする人を沢山見たりしてるだろうし、一攫千金を夢見る子供も多いのは普通なので、こうして探索しようと言い出す児童がいるのは、多分仕方ないのだろう。
とは思ったが、正直世界には危険が蔓延っている。
今回の件で多少なりとも反省の色が見えるはず、そうでなければクリスタ殿に叱責を貰い、頭上から拳骨という名の雷が落ちるかもしれない。
「そんで、地下に封印されてたもんに触れた餓鬼と、それから近くにいた奴等が伝染する形で呪詛に掛かっちまったらしいのさ。まぁ、その場を見た訳じゃないんだがねぇ」
「だが、助けたのだろう?」
「天啓だよ。急に脳内に降ってきてねぇ、それで戻ってきた時にはこの有り様なのさ」
今日は休日のはずなのだが、こんな事態になるとは思ってなかった。
まぁ、取り敢えずは子供達が解呪されるのを祈るしかないのだが、ノア殿は錬金術師であって、解呪師や呪術関係の能力を持ってる訳じゃない。
どうやって呪詛を解くのだろうかと思って、奥の部屋へと視線を向けた瞬間、そこから途轍もない力の波動が発せられるのを全身で感じ取った。
力の奔流、そう取れる謎の力が、風のように何処か遠くへ旅をする。
「な、何なのだ今のは!?」
「あの餓鬼……本当に何者だろうねぇ、ヒッヒッヒ」
嬉しそうに白い歯を浮かせるクリスタ殿だったが、本当に成功したとでも言うのか。
しかし、本当に呪詛らしきものが消えている。
空気の澱みが無くなった。
精霊の血が流れている影響か、環境には敏感だったからこそ、ドロドロとした悪意感情が消失して、清純な空気が途端に換気される。
何をしたのだろうかと思って、自然と足が動いて奥の部屋への扉を開いた。
そして、そこに映っていたのは、呪詛に身体を蝕まれているノア殿の悲惨な姿であり、逆に眠っている子供数人が健康体へとなっていた。
「ノア殿!?」
「うっ……無茶、しすぎたな……」
袖を捲っていたのか素肌が見えてしまっているが、その傷痕塗れの肌には呪詛的な文字が刻まれており、禍々しいものが纏わっていた。
チリチリと肌が焼けているが、何をしたらこんな惨たらしいものとなるのだろう。
ボロボロではないか。
酷く辛そうな表情を繕うも、深呼吸をして状態を整え、彼は内部へと意識を向けている様子だった。
「貴殿、一体何をしたのだ?」
「まぁ、ちょっとな……」
目を閉じて意識を集中しているのか、徐々に呪詛文字が消えていく。
文字が煙となって消えていくが、この現象は今まで一度たりとも見た事が無いせいで、彼の肉体に何が起こっているのか分からず、何故か自身がアワアワと慌ててしまう。
身体に悪影響だろうに、自分の肉体を犠牲にしてまで呪詛を治したとは尊敬する。
だが何故だろう、行動と精神がチグハグしている。
他人に興味無さそうな発言、或いは人を嫌う発言の多い彼だが、それでも子供達を救ったのには何か理由でもあるのか、彼がより理解できなくなった。
「おやおや、男が情けないねぇ」
「うるせぇな、クソババァ……テメェが経験すりゃ、疲労さえ感じずにあの世へお陀仏だろうよ……ったく、七人分の呪詛を全部俺の肉体に移植させたんだ。感謝されこそすれ、貶される謂れはねぇぞ」
表情的に辛そうで、息も結構上がっている。
心臓部へと手を持っていき、服を掴んで激痛に堪えるかのように苦痛に喘ぎながらも、ユラユラと立ち上がった。
その目は意思を感じさせた。
「ババァ、地下に案内しろ……俺が、土で埋めてやる」
「の、ノア殿?」
遺体を見ても蘇生するか熟考していた人間が、無償で、或いは金だけで七人分の呪詛を自身の肉体へと持ってくるようにした、その行動が不思議に思えた。
それに、クリスタ殿が何も言わないのに、先んじて地下へと案内させようとする。
何を以って彼が動いているのか、彼の行動理念は何なのだろうか?
分からない、彼を一切理解できない。
「ち、ちゃんと金払ってもらうからな、ババァ……」
「分かってるさ。後で案内してやるから今は少し休みな、そんなんじゃあ、身が保たないよ」
流石はクリスタ殿だ、修道女っぽい。
「あたしゃ修道女だよ!!」
あれ、声が漏れてたのか?
「お前、結構顔に出やすいしな、普通に分かりやすい」
「そ、そうなのか!?」
「いや、知らなかったのかよ……」
ノア殿に改めて言われて、自分でも気付かぬうちに表情に出ているのかと、些かショックを受けてしまった。
まさか、その時の思考毎に情報が顔面に露呈していたのか、我の気持ち全部?
物凄い羞恥心を覚えて、赤面した。
火照ったように頬が熱を帯び、即座に逃げ帰りたい気持ちで満たされたのだが、だが今は自分よりもノア殿の休憩のために、配慮しなければならない。
だから彼の側で膝を着き、介抱する。
「と、取り敢えず何処かに座ろう、ノア殿」
「あぁ……」
「付いてきな、こっちだよ」
肩を貸して近くの部屋へとノア殿を連れていく。
待て待て、我はノア殿と教会の依頼に来たはずだ、それが何故こんな崩壊寸前な状態に陥るのか、一体この現状を誰が予想しただろうか。
呪詛を一気に肉体へと転移させた、と彼は語った。
方法を目撃した訳ではないので、無茶振りに対する叱責等も無闇に言えない。
彼が子供達を完治させたのなら、怒るのも筋違いだろうし、我には余計な口出しができないのだ。
「あたしゃ、子供達の様子を見てくるよ」
「あぁ」
しばらくの間はここで大人しく心身を休めていろ、という意味だろう。
気の強い修道士だが、お言葉に甘えるのが得策だ。
禍々しい気配は孤児院の中から消滅した。
だから微精霊達も、怯えていた様子から回復した。
恐怖感情は無くとも、ノア殿自身、死に絶え絶えの不健康状態で歩き続けるのは流石に無茶であり、徐々に肉体が回復している能力も正直気になりはするが、その前に我も少し休憩させてもらおう。
先程の呪詛のせいで、身体が重たい。
「それで、ノア殿はどうやって呪詛を取り除いたのだ?」
「単なる魔法だ」
先刻数秒の間に何があったのか、いや、どんな方法で子供達から呪詛を除去したのかは一切見当付かなかったが、魔法なのは本当らしい。
まだまだ、この男については謎に溢れている。
異様な能力を複数持ち合わせている彼に、底知れない何かを感じた。
精霊は怯えていない。
だから悪人ではないと判断できるが、彼自身が自分語りをしないため、錬金術師という職業にも関わらず多数の武技を扱えている理由も知らない。
我が体感した異質な力、意識がそこへ向かう直前、後ろ襟を引っ張られるように現実へ戻される。
「それよりお前、俺に何か用事があったんじゃないのか?」
「あ、あぁ、そうだな……」
突然、ギルドでの続きが開始された。
咄嗟に引き留めてしまい、ノア殿と一緒に依頼を受ける羽目になった訳だが、我の目的は精霊界へと通ずる未来を、必死になって模索しているところ。
彼を逃すとなると、我の目指す未来へと一歩遠ざかる。
これ、用事があった、と言うのだろうか?
「えっと……わ、我も……」
「我も?」
「我も、その……の、ノア殿に同行させてもらっても構わないだろうか!?」
まるで一大告白みたくなってしまったが、客観的に自分でも何を言っているのか、一瞬思考を放棄したい衝動に駆られるのだが、流石に現実逃避はできない。
眼前にある顔は美麗であり、正直言って好みの凛々しさを内包している。
いやいや、そんか馬鹿な思考回路を回転させている場合では無かろう、リィズノインよ……
これでは我自身何を言ってるのか、いや、この状況での告白だと、文面から『一緒に地下探索へと赴こう』と提案しているようなものではないか。
早く訂正しなければ――
「えっと……悪い、今一つ要点が掴めん」
不思議そうな顔を繕っていた。
何処か冷や汗を流しているようにも、錯覚してしまう。
地下探索へと同伴する、という意味に捉えられずに安堵すると同時に、自分の説明下手に辟易しながらも、どう説明すべきか必死に頭を回す。
よって、訂正等の前に一旦精神を落ち着かせて、言いたい内容を脳裏で整理した。
その内容は結構気恥ずかしさを持った。
しっかり言葉にせねば、相手に曲解を招かせる可能性があるため、自分の羞恥を我慢して口を開いた。
「ぐ、グラットポートに行くのであろう。ならば我もノア殿の冒険に加わりたい。だから、その……貴殿の旅に同行しても構わないだろうか?」
彼の性格からしたら、きっと我を信頼できないはずだ。
ここ三週間で信頼関係を構築しようにも、意外に隙を見つけるのも困難だった。
我も流浪の旅人、都市を去るのも吝かではない。
が、彼の信頼云々に、一切関係無いのだ。
無慈悲な目が、我を凝視したかと思えば、何かを考える素振りを見せ、我の旅同伴に対する利益や不利益について考察している様子だった。
案内人たる我の能力は未来予知、それから多少の精霊術の心得はある。
戦闘で足を引っ張る気は毛頭ないが、それでも彼は我を信じられないらしい。
「理由を聞かせろ」
そう、淡々と言葉が飛び出てきた。
理由、それは我がノア殿を精霊界への道案内として利用しようと考えていたからであり、利用されるのを酷く嫌う彼からしたら、事実を素直に暴露すれば拒否されるだろうとは火を見るより明確だ。
ならば騙し続けるか?
それは愚策も良いところだ。
虚偽申告した後に真実が露呈した場合、更に険悪になってしまうと、その可能性を危惧している。
だから嘘は吐きたくない。
「わ、我の未来予知……それでノア殿を視た時、精霊界に繋がっている未来線が幾通りか存在したのだ」
「精霊界?」
「精霊の生まれるとされる原初の異界、我の剣を精霊界へと持っていきたいのだ」
腰の剣を引き抜いて、信憑性を持たせた。
母が精霊剣と変化してしまい、その伝承とかは未だ発見されていないので、最後の手掛かりとして精霊界へと持っていくという目的があるが、実質それも微妙だろう。
本当に元の姿を取り戻せるのか、という不安が全身駆け回るものの、手掛かりは眼前にあった。
事実を述べた我ではあるが、仲間にするかどうか、彼は目を閉じて思索に耽っているよう。
だから催促する形で、聞いてみる。
「ど、どうだ? だ、駄目……だろうか?」
「精霊界、ねぇ」
我に選択権は無い。
これは強制ではないし、我自身彼に付き纏うと、彼に反撃を喰らうだろう。
ノア殿は能力的に非常に強いはずだ。
我を狙っていた賊共と対峙して、退けたのだから。
彼の戦闘技能の高さは目を見張るものがあるが、仲間としての目線ではなく、敵目線で語るから、非常に危険で魅力的な能力を持っている。
再生や蘇生ができる。
他にも物質を変換する不思議な能力の持ち主だ。
決定権が彼に委ねられたからこそ、賛同か拒否か、そのどちらの回答を選択するのかを予知しようとしたが、その前に答えが出た。
「精霊界か、中々に面白そうだな」
「お、面白そう?」
「良いだろう。どんな未来予知を視たのかは知らんが、行動次第では俺は精霊界と繋がりを持つんだろ? だったら、それを見つけるまでの間、別に付いてきても構わない」
許可してくれた、それは確かに嬉しい誤算だ。
一人旅を開始して一年以上経過するが、旅仲間ができようとは思っていなかった。
しかし彼が何を考えてるのか、何だか不穏な言葉が聞こえた気がしたのだが、大丈夫だろうか?
中々に面白そうって、精霊界に踏み込んで暴れたりしないだろうな?
この男にも常識はあるはずだ、それに賭けよう。
我の目的のためにも、暴れ回られるのは非常に困る。
精霊界がどのような場所かは我自身知識に無い未開拓領域に相当するため、気を引き締めるべきだ。
「付いてくるのは構わんが、その代わり、俺に『案内人』の能力を貸してもらいたい」
「と、言うと?」
「未来予知の性能は色んな場面で活きてくる。悪用する気は別に無いから、まぁ気にするな」
未来予知は、場合によっては危険をも孕む。
だから我自身狙われてしまった。
理解しているが、それくらいならお安い御用、精霊界へ行けるなら我は何だってする。
「俺は四月一日に財宝都市に行くつもりだ。予定は空いてるか?」
「問題無い」
「分かった。なら、これからよろしく」
「……あぁ、よろしく頼む」
この握手は互いに利益が存在するからこそ、組まれているものであり、我は精霊界へと行くために彼を利用し、彼は我の予知能力を利用する。
この関係が崩れないように、『案内人』として正しく導かなければならない。
そのために、まずはこの依頼を終わらせるとしよう。
とんだ一日になりそうだ、全く……ノア殿の周囲は退屈しなさそうだ。
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
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