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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第一章番外編
28/275

第27話 リィズノインの休日1

 我の名は、リィズノイン=フォルグ=イクスレシア、新米冒険者である。

 親しい者からは『リノ』、と呼ばれている。

 貴族名ミドルネームのある我は、元々は貴族の家柄だったが迫害によって没落、そして父が殺され、母が我の身を挺したが故に精霊剣となってしまったために、元に戻すために精霊界へと連れて行こうと旅を続けてきた。

 まぁ、元に戻るかは分からないが……

 それでも一縷の希望を探して、国に束縛されるのを嫌い、一年以上も前に故郷から逐電した。


「ふぁぁ」


 我の一日は、日の出と共に始まる。

 太陽の熱光が宿の窓から入ってきて、暖かな陽気が我の目を覚まさせてくれるが、やはり眠気はまだ取れてないようで、欠伸が漏れてしまう。

 部屋の位置が高いため、窓を開放すると街の様子が視界に入ってきて、少しの間、意味も無く眺めた。

 小鳥が二羽、窓の縁に留まって羽を休めている。


「フフッ、おいで」


 人差し指をフックのようにして手を差し出してみると、そこに飛び乗って自分の身体の毛繕いを始めた。

 綺麗な青色の体毛を持つ小鳥だが、名前は知らない。

 小さく、可愛らしい。

 ノア殿ならば知っているかもしれないと思ったが、この宿にはいないので聞けない。


「貴殿は何という種類の小鳥なのだろうな?」

「クルッポ〜!」


 まるで歌うかのように、鳴き声を奏で始めた。

 可愛らしく歌っている二羽を見つめながら、我は朝の支度を始める。


「『ウォーター』」


 近くに置かれていた桶に水を溜める。

 生活魔法は魔法以下の魔法という立ち位置で、こういった旅には結構便利な能力である。

 魔法系統の職業使い達が、研究の末に一般的に誰もが扱えるよう公開したのが、この生活魔法という力で、魔力があれば単純な性質変化で冷や水、風や砂粒を生み出せる。

 しかし生活魔法なんて、使う者は殆どいない。

 理由は単純だ、魔石による魔導具や職業によって生み出す能力の方が強いから。

 言ってしまえば、使う場面が殆ど無い。

 そもそも魔法系統の職業持ちでない者の出す魔法は、何故か大半が不発であり、生活魔法でさえ並々ならぬ練習を積まねばならない始末だから、例えば火起こしならば火打ち石を用意する方が圧倒的に楽だったりする。

 我は微精霊の力を借りて、行使できている。

 ある意味例外的なものだ。

 子供の使う力だが、十五歳で職業を授かるため、それ以降使用しない者が大多数だ。

 また、長い間使わねば使い方を忘れてしまうらしい。

 職業的な制約でもあるのか、老人達は誰一人生活魔法を使っていないし、若者の中でも使用している人間は見掛けないために、いずれ我も使わなくなろう。

 この制限は、学者間では『魔法が職業という概念によって吸収された』、という見方もできるそうだ。

 例えば『火』の属性を持っている若者がいたとして、その者が十五歳で『剣士』の職業を獲得したとする。

 初めは若者も火の魔法で焚き火をしたり、料理したり、色々できたのかもしれないが、気付けば炎の斬撃や炎を纏った様々な武技(アーツ)が発展した。

 こういった例が古来より相次いでいる。

 だからか、無意識的に職業に魔法概念を落とし込んで武技(アーツ)を発展させた、という見方が考えられたそうだが、眉唾物として受け入れられなかったらしい。

 だが、強ち間違いでも無かろう。

 十五歳までに魔法を学ぶのは基本的に自衛のため、そして職業を不自由無く自然と扱えるようにするための練習として、大抵は学ぶのだそうだ。


(あれ? この話、誰から聞いたんだったか……)


 随分と昔に誰かが蘊蓄垂れていたが、記憶が曖昧なせいか、覚えていなかった。

 そんな考えを払拭するために、作業に集中する。

 ただでさえ魔法職ではないのだ。

 微精霊の力を借りて、指先から出てくる水で桶にある程度溜めたら、そのまま冷たいままの水を被り、洗顔する。


「……やはり冷たい方が気持ち良いな、母上」


 剣へと視線を向けて気持ちを改める。

 毎日毎日我が母へと呼び掛けているが、光景は変わらず、剣のまま喋り返してはくれない。

 しかし朝日が反射して、一瞬母上が応えてくれたようにも錯覚した。

 先日の件でまだ疲れてるのだろうか?

 あれから大分日数は過ぎた。

 もう三週間以上前の話だが、自分が未だ生きていられるのはノア殿のお陰か。

 今日は休日なのだが、いつもと変わらない。

 今日も情報収集に加えてクエストを受けるとしよう、そのためにはギルドで依頼を受けなければ、だ。

 彼もギルドにいるだろうか?


『リノちゃ〜ん! 起きてる〜?』

「あぁ、起きている」


 廊下側から声が聞こえてきたので、それに反応して自分から扉を開けた。

 扉前に立っていたのは、業務用エプロンを身に付けており、赤毛色の短髪を作業用の頭巾で隠した可愛らしい少女、我と同じくらいの歳の宿で働く娘である。

 この宿の看板娘で、名をシエナと呼ぶ。

 宿泊してから何度か会話して、仲良くなった経緯があるが、毎日朝餉のために呼びに来てくれるのだ。

 この宿屋はギルド提携である一般宿なため治安的にも安全ではあるが、女性客が少ないためか、同世代の女性冒険者が少ないせいか、話し相手になったのが切っ掛けだった。


「朝ご飯できてるよ、リノちゃん」

「了解した、すぐに支度を済ませよう」


 同い年という事もあってか、時間も経たないうちに彼女と仲良くなれたが、我が半分は精霊と魔族の血を持つ混血種だと知れば、どのような反応をするのだろうか。

 やはり我を見捨てるのだろうか。

 ノア殿は我が半分が精霊だと知っても見捨てなかったのだが、我が魔族の血を持っている事実は多分知らないはず、彼が我の正体を知った時、どのような顔をするのかと一種の不安が芽生えてしまう。

 心に新芽が生えてきた。

 不安の蕾が咲き誇るまで、あまり時間は掛からない、そんな気がした。


(いや、ノア殿に限ってそんな事は……)


 無い、とは言い切れない。

 魔王が活発的に侵略を始めていると聞いている。

 そのために国から迫害されてしまったのだが、もう一年以上も前の話だ。

 だが今回の事件について、何故今更我の居場所を特定して襲ってきたのか、それが理解できない。

 何度考えても、我には思い当たる節が見当たらない。


『リノちゃ〜ん、まだ〜?』

「あ、す、すぐ行くぞ!!」


 つい考え込んでしまった。

 服を着替えると共に気持ちを切り替えて、軽装備を身に付け、剣を腰に備えて部屋を後にする。

 階段を降りていくと良い匂いが漂ってきて、腹が空いているのに気付く。

 この宿は格安という訳ではないが決して高い訳でもなく、懐事情の乏しい自分からすれば極めて有り難い、冒険者の拠点となりつつある場所だ。

 試験開始前より宿泊している場所だが、良いところを見つけられたと思う。

 今では離れるのが名残惜しい。

 ここを冒険者としての活動拠点にしているが、我には旅をする目的があるため、そろそろ別の地へと移動すべき頃合いだろうと考える。

 いつもの席に腰を下ろして、カウンター越しに見える女将殿へと挨拶した。


「おはようだな、女将殿」

「あら、リノちゃん。おはようさん」


 朗らかな笑みを浮かべた、恰幅の良い身体をした女将がカウンターへと皿を提供する。

 食パンの間にレタスやハム、チーズ、何かの肉パテにトマト、自家製らしき濃厚ソースをたっぷり掛けた特製サンドが皿に乗っていた。

 崩れないよう、木の串が突き刺さっている。

 凄まじい圧を、特製サンドから感じる。

 ボリューム満点なのだが、朝からこれ程までに胃に重たい朝餉を食わされるのは少々苦しい。


「き、今日はこれ、か?」

「そうよ。ボリューム満点特製牛サンド、召し上がれ」


 味は美味しい。

 が、重い、胃が重たい……


(食欲が失せる)


 昨日の朝食は軽いものだったのだが、稀に女将の新作が出てきて食べさせられる。

 まぁ、シエナ殿に頼まれて自分から志願した訳だが。

 あの上目遣いの頼み事を無碍にできようか、いやできまい、と我ながら単純な思考回路で新作メニュー開発の一助となっているのだ。

 当たる確率は大体七割程度、ハズレが約三割近くであるために、稀に超不味いゲテモノ料理が飛び出てきて、卒倒してしまう時が何度かあった。

 しかし、これも面白い。

 冒険の中の楽しみの一つであろう。

 しかし実際に虫料理が出てきた時は、情けなくも硬直してしまった。

 そのまま気絶して、後になって羞恥心が表出し、結局虫料理はシエナ殿が美味しそうに食べていた。

 いや、あれは貪る、が正確な表現か。

 好き嫌いしては立派な大人にはなれない、母が口を酸っぱくして言葉にしていた。

 が、流石に虫料理は遠慮願いたい。

 うっ……さ、更に食欲が失せた。

 それ以上に吐き気を催してしまいそうだし、朝食も喉を通らなくなりそうだ。

 考えるのは止そう。


「今回のはどうだい?」

「まぁ、確かに美味であろうが……これを朝食に回すのか?」

「うん? あぁ、それ冒険者用の夜食さ」

「そうなのか、夜食……夜食? ちょっ、ちょっと待ってくれ、それを我の朝食に回すのはどうなのだ?」


 夜食を朝食として食べさせるのは如何なものか、流石に胃凭れしそうだ。

 いや、朝から虫料理を出されるよりはマシか。

 思い出すだけで背筋がゾワッとする。

 未だにシエナ殿の口端から、虫の脚が出ていた記憶が鮮明に残っている。

 嬉々として食べていたな、彼女。

 そう言えば、前に胃薬も持参しているとノア殿が言っていたような……後で貰おう。

 とにかく、今日の恵みを頂こう。


「豊穣と天恵を司る女神ルヴィス様に、感謝の祈りを捧げます」


 基本的にこの世界では、神様の恩恵によって我々の生活が成り立っている。

 豊穣然り、天恵然り、そして職業も然り。

 我等は神から授かる恩寵を駆使する。

 職業によって生活基盤を築いているから、神様への感謝は当然として、食事前には全員がそれぞれ祈禱を捧げるのが一般的な習慣だ。

 だが、中には祈りを捧げない者もいる。

 身近な例が、ノア殿だった。

 神に感謝して食べようとしたのだが、前にノア殿がしていた仕草と言葉が思い浮かび、自然と手を合掌して、彼の真似を踏襲してみた。

 神に感謝し、次に命へと感謝する、これが一番だ。

 優先順位は神様が一番、それは絶対であり、敬虔な信徒ならば神への祈り以外は不要だ。

 しかし、今は誰も見ていない。


「……いただきます」


 神様と目の前の命に祈りを捧げて、ズッシリした満点牛サンドを口に含む。

 噛む度にレタスのシャキッとした食感、それに加えてトマトの甘酸っぱさと特製濃厚ソースのピリッとした辛味が舌にアクセントを生み、トロトロの熱々チーズと肉汁たっぷりの牛肉は非常に美味しい。

 噛むと口の中で溢れる肉汁が舌を楽しませる。

 これは至福だ。

 想像以上の美味さに脱帽する。

 見た目が重たい以上に味は最高級に美味い、それにパンも少し蒸してあるのか柔らかくなっていて、食べやすく配慮されている。

 貴族の時に食した料理以上の価値がある。

 そう思えて、母上にも食べてもらいたかったと、気持ちが複雑と化した。


「リノちゃん、冒険者なんだろ?」

「へ、はぁ、ほほはえひはっは(この前になった)ははひははは(ばかりだがな)

「飲み込んでから喋りな」


 急に質問が飛んできたので、ついそう答えてしまった。

 食べている最中だったため口に食べ物を含みながら、行儀悪く喋ってしまった。

 貴族の頃の令嬢たる自分は、もう何処にもいない。

 今は冒険者リィズノイン。

 粗暴な冒険者、今の我にはお似合いだ。

 が、相手に言葉が伝わらなければ無意味であるため、咀嚼し、水と共に飲み込んで食べかけのサンドを一旦皿へと置いて会話姿勢に入る。

 だがしかし、流石に胃が……


「んぐっ、はぁ……この前になったばかりだ。それが?」

「いやぁ、今度グラットポートでオークションが始まるだろ?」

「そう、なのか?」

「何だい、知らなかったのかい?」

「あぁ、それは初耳だな」


 グラットポートという国自体は何度か耳にする機会はあったのだが、オークションがいつ執り行われるのか、開催日や期間等は聞いていない。

 概要は殆ど知らない状態だ。

 そこまで金銭に余裕がある訳ではないし、今後の旅に必要となる路銀のため、現在倹約中である。


「この前ね、旦那が腰やっちまってギルドに配達の依頼を頼んだんだけど、その時依頼受けてくれた格好良い男の子が言ってたのさ」

「男の子?」

「あぁ、何か前髪が白くって……えっと、確か青色の綺麗な瞳してた子だったよ」


 前髪が白くて青い瞳した格好良い男?

 あぁ、ノア殿っぽいな。


「配達の後で時間が余ったって事で、新作メニューの実験だ――試食してもらったんだけどね」

「今実験台って言わなかったか? 言ったよな?」

「それで暇潰しにって事で色々とお喋りしてたんだけど、話の途中で、今度グラットポートのオークションに行くって言ってたのさ」


 無視された、無視されたぞ、扱いが酷くないか女将殿?

 いや、それよりも今の話、ノア殿が言ったのなら、彼は間違いなく近日中に旅立ってしまう。


「何故グラットポートに?」

「さぁね。競り落としたい品があるそうなんだが、そこまでは聞いちゃいないね」


 グラットポートに行くつもりは無い。

 元々はここで冒険者登録して次の都市、超巨大迷宮都市と謳われるフラバルドへと向かおうと思っていたのだが、ノア殿の未来を見てから気が変わった。

 彼の未来の中には、精霊界へと繋がっている未来線もあったのだから、彼の行く先を見てみたいと考えていた。

 あわよくば、彼に同行して精霊界へ行ける。


「ふむ……他に何か言ってたか?」

「いんや、他は何も聞いちゃいないよ」


 我もグラットポートに同伴するべきなのか、それとも一人フラバルドに赴くべきか、自分の遠い未来はまだ曖昧にしか見えていない。

 いや、殆ど何も見えない、と言うべきか。

 理由は不明だが、普通の『案内人』とは何処か異なった立場にいるらしい。

 だからか、自分の未来を上手く予知できないため、今後どうなるかは未知数だ。

 どうすべきか迷いながらも、飯を食っていく。

 女将殿と他愛無い話をしながら牛サンドを何とか完食し、腹一杯になったために食休みも兼ねて、ギルドへと向かおうと席を立った。


「美味かったぞ、女将殿」

「あいよ、お粗末様」


 今回は当たり……いや、当たりなのか?

 まぁ、美味しかったので当たりだろう。

 ただし、これを朝餉に出品するのは間違いだ、胃が凭れてしまった。

 少し腹が苦しいものの、チェックアウトを済ませてから、剣を携えて宿屋を出た。

 お日様が燦然と輝いており、自分の髪と同じような色をした快晴の空が広がっている。


「……」


 空の下を歩いてる雑踏は、皆笑顔を咲かせていた。

 道行く野良猫が屋台の魚を盗んでおり、屋台の人が追い掛けていく。

 花壇で育つ花々は、風に揺られていた。

 開け放たれていた窓の縁に小鳥達が留まり、毛繕いして身を休めている。

 どれも生き生きとしている。


(自由だな)


 我は自分の血に囚われ、逃げ続け、ここまで来た。

 迫害を受けて貴族が没落したからこそ、こうして自由を謳歌しているというのだから、随分と皮肉なものだ。

 後ろから背中を押すように風が吹き、誰かがそこにいるような気がした。

 自由に生きる人々、野良猫、花々、小鳥達、そこに生きる全ての生命は我とは違い、何の悩みも苦しみも背負っておらず、本当に自由そうだった。

 あぁ、何故だろう、羨ましいものだ。


「なぁ、父上、母上……我は、本当に自由なのかな?」


 立ち止まっていては答えは出ない。

 他人の未来を見ても、無数にある世界のどれにするかはその人次第、自分の道は自分で切り開かねばならない。

 案内人が過去と未来に縛られるとは……

 そこに自由なんてあるのか、ギルドへと向かう道すがら我はずっと考え続け、ひたすらに足を進めた。









 ギルドには多くの部屋がある。

 ギルド本館、会議室、資料室、執務室、職員休憩室、情報管理室、魔導放送室、講習場、解体所、そして訓練場といった色んな小施設が存在する。

 朝から昼に掛けて、大体はギルドで過ごしている。

 ギルドは情報の温床、魔導具によって常に最新情報が舞い込んでくる。

 また、依頼も我等低ランクでは受けられる依頼自体少ないために、こうして情報収集も兼ねて、ギルドに足を運ぶのが日課となりつつあった。

 ノア殿が訓練場にいると感じたため、そちらへ。

 廊下を渡った先の扉を開けて、別館へと続く途中の訓練場にて、張り上げた声が炸裂する。


「オラオラその程度かテメェ!?」

「フッ!!」


 その訓練場にて、一人の男が声を荒げて相手と戦っており、その傍らで数人の観客が、面白そうに観戦していた。

 誰も止めようとしない。

 互いに本物の刃を握り、一切の手加減をしていないよう、素人目で見ても明らかだった。


「あれ、リノちゃん。今日はどうしたの?」

「いや、ノア殿を探しに来たのだが、ここにいると思ってな」


 ダークブルーの髪をポニーテールにした綺麗な僧侶、ココア殿がこちらに気付いた。

 隣には膨れっ面をした子供のような身長のナフィ殿、それからノア殿に蘇生された大剣背負う草臥れた一人の男ラージス殿、二人も観戦しているのだが、彼等の視線の先には二人の男の闘っている姿が見える。

 片方は迷宮王とまで言われた我等の講師、ダイト殿だ。

 もう片方は、二刀の銀の短剣で攻防を繰り返してる、我の探していたノア殿だった。


「何故二人が?」

「さぁ。私達が来た時にはすでに戦ってたんだもの。それで観戦してるんだけど、ずっと戦い続けて半膠着状態だから、まだ休憩すらしてないわね」


 今日は講習日ではないはずなのだが、何故か激戦繰り広げる二人を観察する。

 ダイト殿が持っている獲物は短剣、対してノア殿も短剣だが、それは一刀か二刀かの違い、必然と振るう短剣の軌道や手数が変わってくる。

 しかもノア殿と異なり、ダイト殿は片手が空いている。

 前まで左腕が無かったはずが、ノア殿の力なのか、完全に復元されて攻撃に利用される。


「『特攻する風塵(オッグダート)』!!」

「うおっ――」


 ダイト殿の左手から風の弾丸が射出された。

 『特攻探索師』の技能なのか、それとも魔法が職業概念に組み込まれたか、何にせよ、ダイト殿の攻撃が意表を突き、咄嗟の回避を迫られるノア殿。

 その武技(アーツ)を寸前で避けた彼だったが、体勢を崩してしまった彼に追い討ちを掛けるようにして、ダイト殿が飛び出した。

 その選択は、好機を見逃さない熟練の冒険者の如し。

 何年も実戦で磨き上げた経験が、ノア殿に迫る。

 崩れた背中を狙って短剣を突き出したところで、身体を捻って蹴り上げた一撃によって、短剣はギルド本館より高く空中を舞い、戦況に変化が生じる。

 ダイト殿は武器を失い、逆にノア殿の両手には短剣が握られている。

 武器を持つノア殿の方が圧倒的有利だ。


「いった!?」

「そりゃ悪かった、な!!」


 瞬きした瞬間にはもうすでに体勢を立て直していたノア殿が、いつ移動したのか、ダイト殿の腹に手を着いていた。

 それは目にも止まらぬ速さ。


「フッ!!」

「グホッ!?」


 ノア殿は特段何もしていないはずなのに、ダイト殿は背後へと吹き飛ばされた。

 これで決着が付いたと思ったが、バク宙して落ちてきた短剣を手に、地面を蹴って二人は距離を詰めた。

 それからも幾度となく刃を交える。

 持っていた短剣を振って、二人は急所である首を狙っては失敗し、反撃を加えていく。

 反撃を加え、その二人の攻撃が衝突し合って鍔迫り合いになったところで、互いに力を解いて、疲労感からか地面に倒れてしまった。


「おぉ、リノか……どうした?」

「貴殿、何故Sランク冒険者と戦っていたのだ?」

「剣の腕が鈍らないようにってな、それで訓練相手に丁度良かったから頼んだ」


 それで、このような悲惨な状況に陥っていたのか、ボロボロではないか。

 周囲を見渡すと、幾つもの窪みや斬撃が形成されており、短剣と魔力のみでの戦闘だけでこんな風になるとは、流石はSランク冒険者だ。

 それに対応しているノア殿も充分化け物だ。


「あぁクソッ……お前と互角たぁ、俺ちゃんの剣も鈍っちまったもんだなぁ」

「半年も短剣握ってなきゃ、腕も落ちるだろ」


 空を仰ぎ見ながら会話を交わす二人の男達、いつの間に仲良くなったのやら。

 いや、一方的なように見える。

 ノア殿の方は相変わらず、他者を警戒している様子だ。


「それで、リノは何か用事でもあるのか? それとも訓練しに来たとか?」

「あ、あぁ、ノア殿に少し聞きたくてな」

「聞きたい事? 俺に?」


 不思議そうにしている彼へと、今朝聞いた内容についてを話してみた。


「グラットポートに行く、そう聞いた」

「ん? あぁ、そうだが……何でお前が知ってんだよ?」

「いや、配達依頼受けたそうじゃないか」

「……ぁ……」


 忘れてたのか、この男は?


「そう言や、依頼で何処かの店の女将に喋った気がするな。だが、二人は知り合いだったのか?」

「まぁ、そうだな」


 知り合い以前に、そこの宿に宿泊している者だ。

 いや、自分の宿の居場所を伝えていないから、ノア殿は知らないのか。

 ともあれ、何とも偶然にも我の耳に情報が入った。


「それで? 何を聞きたいんだ?」

「あぁ、何か競り落としたい競売品があると聞いたのでな、少し気になったのだ」


 何を競り落とすのかは知らないが、我ならば役に立つのではないかと思ったのだ。

 相手がどれだけ金を掛けるかを予知し、無数の道の中で最善策の手順を踏めば、彼も最小金額で競り落とせるというものであり、精霊界への手掛かりが我が眼前にいるため、見す見す逃す手は無い。

 だから、ノア殿の欲する競売品について、小耳に挟もうかと訪れたのだ。

 だが、予想外の品物が口にされる。


「奴隷」

「……ぇ?」

「だから奴隷だよ、俺が欲しいのは。カタログ見て、良さそうな奴がいてな」


 奴隷、つまりはそういう目的で金を賭ける、と。

 奴隷に如何わしい事をして、自分の性欲を満たそうというのか?

 と、下卑た者への蔑んだ瞳を向けると、考えを読まれて先んじて言葉を打たれた。


「いや、お前の考えてる理由で買わねぇから」

「わ、我は別に気にしてにゃいから!!」


 想像して急に顔が真っ赤になった気がした。

 ノア殿が奴隷を購入して、如何わしく淫らに絡み合っている姿を脳裏に浮かべてしまい、途端に頭から大量に湯気が出てきてしまう。

 は、恥ずかしい……


「無茶苦茶慌ててんじゃねぇか。舌も噛んでるし。いや、別に性奴隷買う訳じゃないから」

「言い訳とは見苦しいぞ、ノア殿……」


 自分の瞳に侮蔑や嫌悪等の感情が宿っているのが分かるが、ノア殿がまさかそんな真似をするような、性欲に塗れた人間性を持っているとは思わなかった。

 やはり男は皆、(ケダモノ)だ。

 娼婦とかで発散すれば良いのではないか、なんて言おうとした瞬間、自分の何かが失われそうな気がしたので、黙っていようと思う。


「買うのは戦闘奴隷の方だ。カタログの項目に、そう書いてあったんだ」

「だとしたら前線で戦わせるのだろうが、そもそもノア殿自身強いのに、奴隷なんて必要あるのか?」

「実験に使うんだよ」


 実験、つまり錬金術師の実験か。

 その職業について詳細を知らないので、詳しい実験内容について分からなかったが、何となく機械的な場所で内臓を抉り取られたりするのかなと想像し、牛サンドが口から出てきそうになった。

 これは不味い、牛肉の特製サンドが胃から逆流してしまいそうだ……


「何を想像したかは知らんが、ここで吐くなよ?」

「む、無論だ……」


 戦闘奴隷を買う利益があるようには見えない。

 実質、ノア殿は大抵何でもできる。

 それは、ここ数週間観察し続けて判明した一面だが、彼自身が強いのに、何故そんなのを買うつもりなのだろうか、まるで理解に苦しむ。

 別に戦闘奴隷でなくても良いではないか。

 奴隷賛成派ではないのだが、そこ等辺に売っている奴隷を買えば良いのではないか?

 と、提案したい。


「そこ等で売ってる奴隷? それじゃあ駄目だ。なるべく強靭な肉体が必要だからな」

「強靭な肉体が必要って……おい貴殿、一体何の実験するつもりなのだ?」

「それは内緒」


 つまり教えられない外法を奴隷に施すという訳か、まさに外道だな。


「ってか、そもそも何で購入するのが女の奴隷だって思ったんだよ? 単に奴隷としか言ってないだろ?」

「なら貴殿、男の奴隷を買うのか?」

「いや、女の奴隷だな」


 やはり外道だ、この男。

 女子に如何わしい事をするとは、ここで成敗して――


「奴隷は裏切らないからな、旅の仲間に丁度良い」

「……」


 裏切らない、か。

 確かに奴隷ならば、主人に逆らったり裏切ったり不利益を被るような行動はしないだろう、裏切るな、とだけ命令しておけば良いのだから。

 ただ、その命令だけだと、ある程度の奴隷の自由と引き換えに認識の齟齬によって、行動後の不利益も増えるから、命令は慎重に行うべきか。

 しかし今の言葉から、ノア殿の闇が垣間見えたように思え、変な勘繰りも脳裏から立ち去った。


「さて、と。適当に依頼受けて帰るとするか……」


 立ち上がった彼の背中は、何処か哀愁を身に纏っているように見え、その瞬間我には引き留める事ができなかった。

 伸ばした手は空を掴み、何も手に入らない。

 遠くへと歩いていく彼の姿は、いつもより何処となく寂しそうな雰囲気を醸し出しているような気がして、目で追い掛けてしまう。


「ま、待ってくれ、ノア殿!!」


 しかし、自分でもどうすれば良いのかは分からない。

 だから我は、その答えを探すためにもノア殿の後を追い掛けていく。


「ったく、お前さっきから何なんだ? まだ俺に用件でもあるのか?」

「いや、あの……」


 咄嗟に言葉が出てこず、立ち止まってくれた彼に申し訳なく感じる。

 不思議そうに見てくるが、言葉が繋がらない。

 そんな我の様子を察したのか否か、提案が為された。


「……まぁ良い、少し俺の依頼に付き合ってくれよ。どうせ今日も暇してるんだろ?」

「へ?」

「ほら、行くぞ〜」

「え、あ、ちょっ――」


 彼に手首を掴まれて、そのまま引っ張られてしまう。

 強引な行動に一瞬だけ鼓動が跳ねたが、そんな胸中を他所に我等は一つの依頼を受ける事となった。

 これは、とある休日に起きた、他愛の無い話である。






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