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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第一章【冒険者編】
27/275

第26話 換金から密談へ、そして運命の賽は投げられた

 ギルド、商会、自分に関わる事柄について、大抵は解決したと言っても良い。

 この街に知り合いなんて殆どいないし、後は日にちが来るまで講習と依頼を素直に受けて、四月初日にガルクブールを出発するだけだ。

 そのための計画も順調に進んでいる。

 準備は大体終了しているのだ。

 四月まで残り約一週間となった。

 Gランク依頼を幾つか受け続ける事にしたのだが、それだけでは旅費を稼げないため、今日は獰猛だった大熊の素材をギルドに売りに来た。

 実際にはダイガルトから二千万貰う予定なので、旅費に関しては充分な蓄えがあるが、金稼ぎに関しては、どれだけ金銭があっても困らない。

 だから、売れる時に売っておく。


「あ、ノアさん、今日はどのようなご用件でしょうか?」


 すでに顔見知りとなってしまった、一人の受付嬢が今日も対応してくれている。

 このガルクブールの華とも言える、金髪に銀色の瞳を持っている美人受付嬢が、今眼前で笑顔で受付に従事しているところだ。

 名前は知らないが、皆から『テルちゃん』と言われているらしい。


「あぁ、ハングリーベアを売りたいんだが……」

「ハングリーベアですか? 分かりました。では、素材を出してください」


 一般的なハングリーベアの討伐部位は、魔石と毛皮くらいだろう。

 だがしかし、魔境で育った巨大なハングリーベアに関して言うなれば、毛皮や魔石だけでなく、骨や鋭い爪、愛好家には頭部も売れたりする。

 武器の素材や芸術品になる。

 受付嬢テルちゃんは不思議そうな表情でこちらを見てきているが、それは普通のハングリーベアならば討伐部位をトレーに出せば済む話なため、俺が困惑して硬直状態となっているのに対し、不思議そうに首を傾げている。

 まぁ、俺が出そうとしてるのは、デカい毛皮とかデカい骨だからな……


「解体所で素材を出したいんだが、案内頼めるか?」

「え? あ、はい。では、こちらへ」


 漫画的展開ならば、この場で取り出して大型新人登場、みたいなシーンがあるだろうが、大きな素材は基本的に解体場で取り出したりする必要があるため、こんな場所で騒ぎ立てる気は一ミリも無い。

 そもそも解体場でもないのに、こんな衆目の場所で素材を取り出す方が非常識だ。

 この場での取り出しは、他者の迷惑を考えない人間のする愚行である。

 それにハングリーベアだけでなく、他の要らない素材とかも出して影の収納区域を一掃したいと思っていたので、できるだけ目立たない場所での取引を望む。

 最初は何処かのオークションに出品するつもりだったのだが、カタログがあるという現状、出品予約はすでに終了しているという示唆でもあり、もう登録云々も面倒であるためギルドに売却しようと考えた。

 別に拘りとかは無い訳だし。

 奴隷を買うための資金調達のためでもあるため、できるだけ高額での売却を願うが、ギルドは適正価格でしか売れないので、どうなるかは換金者の鑑定次第だ。


「こちらです」


 大きな扉の前に来て、重く閉ざされた門扉を押し開ける。

 錆びた音が体内へ振動として伝わり、その扉の向こうへと踏み込んだ。


「おぉ」


 初めて解体場へと入室したが、目に見える範囲には大量の木箱が沢山積み上がっており、その中には色んな素材が収納されているために、結構心躍る光景だ。

 棚に陳列してある区画は、まるで博物館のようだ。

 どうやって管理してるのだろうと考えながら、素材を取り出す場所へと立った。


「こちらに出してください」

「あぁ」


 影魔法に詠唱は必要無いため、イメージと魔力を練って影を広げていき、中から素材を取り出した。

 ズプズプと影から浮上してくる巨大な素材、ハングリーベアが姿を見せた。

 とは言っても、すでに解体は済ませてある。

 錬金術師という職業は物質への干渉から始まり、分子や原子レベルにまで解体や接合等、自在に変化させられ、解体もお手の物である。

 ただ、解体専門の職業保持者達に及ぶかは、技量と経験次第となる。

 要は俺の力量に左右されてしまうのだ。


「……へ?」

「何だよ?」


 何故か驚愕した表情のまま、固まってしまっていた。

 魔境育ちのハングリーベアなんて、倒せる者は一握りしかいないだろうし、受付嬢が目にするのは本当に稀であるのは分かる。

 だが、それで驚かれては困る。

 影にはまだまだ魔境のモンスターの素材が、それも数えるのも億劫となる程大量に保存してあるのだから。

 頭部は存在感を主張するように、今にも吠え出しそうな面のまま生首が置かれている。

 これはインテリアとして利用できる、か?

 貴族の考えとかは理解できないので、売却可能か、価格は幾らか、俺が気になるのはその二点のみ。


「そ、それが……ハングリーベア?」

「あぁ、魔境にいたから解体して持ってきた」

「ま、魔境!?」


 俺の発言によって、天を衝くように劈く声を上げて素材を凝視していた。

 非常にうるさい叫声だ。

 魔境はSランク以上の場所なため、そこの獲物を狩ってきた事実に当惑しているようだ。


「おい、驚いてないでサッサと査定してくれ。ここに全部出しとくから」

「えぇ!?」


 彼女の声を聞かずに、俺は影から必要分だけの素材を取り出していき、それを全て査定してもらう。

 鑑定作業を増やす。

 そこに罪悪感は含まれない。

 受付嬢の仕事だから、俺は遠慮という言葉を忘れ、常識範囲内で一定分の素材を出した。

 テルちゃんが周章狼狽としているが、それを横目に周囲の観察を続けていると、一人の幼女と、一人の中年冒険者の二名が倉庫を訪れ、俺と目が合った。

 途端に中年冒険者であるダイガルトが、親し気に手を振って笑顔で近寄ってきた。


「おう! ノア〜!!」

「何でアンタがここにいんだよ、ダイトのおっさん?」

「あぁ? 二千万、払いに来たんじゃね〜か」


 ギルドで冒険者用の銀行口座を作ったまでは良かったのだが、そこへの入金情報を渡してなかったから、直接手渡しに来たのだろう。

 両腕が健在であるが故に、左手をワザワザ使ってピースサインしてくるのだが、何故か鬱陶しく感じる。

 ただのウザ絡みのダイガルトだが、目的があったのか、彼がポーチから出した小袋を俺目掛けて投げてきて、反射で手が動いた。


「ほれ、二千万」

「っと……おい、急に投げんな」


 急遽投げ渡された財布袋をキャッチして、一応中身を確認しておく。

 中には、白い硬貨が二十枚入っていた。

 金貨二百枚分、この白い硬貨は『白金貨』と呼ばれている単位硬貨で、金貨十枚=白金貨一枚=百万ノルドという計算となっている。

 それが二十枚あり、二千万ノルドが俺の手元に渡った。

 左腕を治療によって生やした対価として、ダイガルトは俺に二千万ノルドを持ってきた。

 これで買い物は成立した。

 彼は左腕を二千万で購入し、それを俺が職業能力で売却したのである。


「……確かに二千万ノルド受け取った。ほれ、契約書だ。捨てるも取っとくもアンタの自由だ」


 もう、この書類に効力は無い。

 腕を治す代わりに二千万ノルドを貰ったのだ、俺達が互いに条件を達成するまでの間しか効力は無いため、もう契約書は要らない。

 俺から彼に提示する一種の領収書のようなものなので、後は好きにしてもらう。


「そんで、こりゃ何だ?」

「これはハングリーベアでしょうか? 確か魔境に一年いたと言ってましたね、ノア」

「おいおいマジかよ。って、この頭蓋骨デカすぎだろ」


 ラナとダイガルトの二人が、影から出したハングリーベアの素材に、鑑定紛いな真似をしていた。

 角度を変えて見たり、持ち上げたり、叩いたり、感触を確かめるように触れたり、魔力を目に宿してみたり、素材の扱い方がまるで素人も同然だった。

 鑑定方法は幾通りか存在する。

 例えば重量、その素材の密度によって重さが変化し、重量測定で算出された計測値に基づいた金額が設定されているはずだが、魔境素材はそもそもが希少だ。

 他には鮮度や傷の具合いだ。

 素材の分類に関する問題だが、例えば肉や血液、毛皮もそうだが、それ等の素材は時間経過で酸化したり劣化したりしてしまう。

 また、素材の中には簡単に傷付いたり壊れたりするものもあるため、傷の有無が冒険者の素材管理能力にも関係し、金銭にも影響すると言っても過言ではない。

 しかし、それは素人目での鑑定行動。

 本物の鑑定士は全くの別枠から、職業能力で計測する。


(アンタ等、鑑定士じゃないだろうが……)


 ラナは幻影を作り出したりして戦う『夢幻影士』、ダイガルトは戦闘と探索に特化した『特攻探索師』、どちらも鑑定能力は使えないはずだ。

 これでも二人はSランク+称号、それからギルドから正式な二つ名が与えられている。

 師匠であるラナは、白い霧のような幻影を生み出す能力と桃色の髪から『白桜』と言われている。

 ダイガルトは迷宮攻略のエキスパートであるため、その功績を讃えて『迷宮王』と名付けられた。


「ダイトのおっさんの用事は理解したが、ラナさんは何故ここに?」

「先日伝え忘れていた内容がありまして」


 先日と言うと、お茶会の件だろう。

 あれからすでに一週間は経過しているのだが、相変わらずのマイペースさに苦笑してしまう。

 それで、伝え忘れてた内容とは何だろうか?


「試験日に我々を襲った者達の素性が、とある有力筋から判明しました」


 全身の感覚が逆立つ。

 ギルドの試験で俺が人知れず戦闘を興じた、あの暗殺者の女、その正体に僅かながらに心当たりがあり、その彼女達の素性がようやく判明する。

 あの二人組の能力者……

 あの強さ、あの異能、あの技術、只者ではないと思っていたが、その素性が分かるとはギルドの情報網も流石だと思って、少し違うと考えを改める。

 ラナさん個人、独自で調査したのかもしれない。

 とある有力筋、と言ったのだ。

 彼女独自のネットワークを持ってるのだろう。

 俺には無い力だ。

 彼女の話を聞こうとした俺達だったが、確固たる自信を持った表情のまま口をキュッと結い締めていたため、彼女の視線を追い掛けてみると、その場にいた受付嬢へと三つの視線が突き刺さった。

 この場での情報解禁は、流石に漏洩に繋がる。

 だから、二人の視線からは『早く出ていけ』との暗示が内包してるように思えた。

 眼力が凄まじいが、その視線に居た堪れなくなった彼女は、苦笑いして後退りする。


「あ、アハハ……し、失礼しましたぁ!!」


 脱兎の如く逃げ出して、倉庫から消えてしまった。

 ギルドマスターとSランク冒険者がいるのだ、逃げ出したくなるのも仕方ない。

 それに加えて、情報を聞くという意味を詳しく理解している様子で、仮に情報の一部分でさえ耳にすれば、事件に巻き込まれると分かっているのだ。

 平穏無事な生活を送りたいなら、聞かぬが吉。

 世界には知らない方が幸せな事柄の方が多数あるから、彼女の行動はある意味では正しいのだろう。


「……それで、ソイツ等は何もんだ?」


 その二人組が何者なのか気になっていた。

 しかし、知り合いの少ない俺が情報屋を探すのは難しいため、あまり情報調査は遅々として進んでいない。

 だから予想しかできず、その答え合わせが彼女の口から発せられた。


「『魔天楼』、という組織を知ってますか?」


 知っているも何も、俺の予想した組織と合致した。

 やはり、彼等だったか。

 その組織は非常に極悪非道であり、一年以上前の俺でさえ名前くらいは記憶にある、超有名な暗殺組織の一つ、少数精鋭で構成された犯罪者集団だった。

 どんな依頼でも受け、任務の達成率は極めて高いのだ。

 貴族との癒着もあるが、依頼した側が殺害される場合や、重複して依頼を受ける場合もあり、かなり悪どいと有名だ。


「少数精鋭で、幾つもの国を滅ぼしたという史上最悪の犯罪者集団、そう聞いてます。予想してた通りですけど、まだ半信半疑ですね」


 団員の素性全貌は一切不明というのが、その組織の特徴でもある。

 だから、調査も一筋縄では行かなかったと思う。

 よく調べられたものだ。


「俺ちゃんも調べたんだがよぉ、流石に一週間じゃあ、組織全員の名前とかは分かんなかったぜ」


 ダイガルトの言い分も至極当然だが、魔天楼という組織が事件に関与している、その情報だけでも莫大な収穫があったと言えよう。

 値千金だと感じられる。

 しかし、よりにもよって魔天楼に狙われるとは、生き残れたのも運が良かった。

 それとも、俺の実力が彼等に匹敵していたから、か。

 何にせよ現状で、五体満足に呼吸できている、それだけで俺には充分すぎる報酬だ。


「私は知り合いの方に頼んで、一週間掛けて調べてもらったんです。リノさんのご両親とは元々知人関係にありましたので、彼女の故郷で何が起こっていたのか、老婆心ながら調査しました。彼女が心配ですから」


 だから親しい呼び方をしていたのかと理解できたが、彼女の人脈には脱帽する。

 長い年月を生きてきた彼女だからこそだ。

 幼女っぽい見た目なのは多分、エルフの血を持っているからだろう。

 エルフ的年齢層から推察すると、彼女はまだ幼女という域を出ていないので、精神年齢と肉体年齢が噛み合っていないのは数十年しか生きていないから。

 後何十年か生きたら、彼女の肉体は成長するはずだ。


「調べによると、彼女の故郷で起こった迫害に、王家が一枚噛んでいるようでして……」


 リィズノインという少女は半分が人間の血、残りの半分は半霊半魔の血となっている。

 そのため、迫害を受けていた。

 何故彼女が迫害を受けたのかは分かる、魔王が復活したからだろう。

 各地で魔族が暴挙に出ているのも、魔王が復活したという状況が原因の一端であり、魔族は全て敵なのだという偏見を以って人族が迫害を始めたようだ。

 魔族の中にも良い人間はいる。

 俺がそれを信じるかは別問題だが、人間も魔族も結局考える生き物だから、醜怪な『獣』に変わりない。

 醜い生き物故の差別行動。

 それ自体を咎めはしないが、物事に熟考せず、浅慮から行動に出るのは馬鹿のする行為だ。


「彼女の精霊の力は強大、職業能力で未来さえも見通せる逸材です。報復を恐ろしく思ったからなのか、それとも別の理由からなのか、裏の繋がりで王家が魔天楼へと依頼したそうです」


 未来を見通す能力は、国王にとっては必要不可欠なものであっただろう。

 国の変動や推移すらも見えるという事実に等しいため、民衆をどう導けば自分がトップでいられるか、どうすれば国を拡大できるか、どのようにすれば自分が裕福でいられるか、そんな人間の欲求が積もり、リノを手に入れるために丁度良い言い訳として『迫害』が適応された、と。

 迫害を止めたければ我の命令に従え、か?

 人間は一度贅沢してしまうと、その場から落ちたくないと考え、執着する。

 考えた上で取る行動は大雑把に二つ、一つは落ちないように対策を練る。

 もう一つは他人を蹴落とす(・・・・・・・)


(いや、邪推か……)


 流石にそこまではしないか。

 リノが本気出せば王家は一瞬で瓦解するだろうし、報復されたくなければ裏切らなければ良いだけ、要するにリノに対して待遇を悪くしない方が得策となる。

 魔族の迫害、精霊の迫害、そういった偏見は必ずしも全員が当て嵌まる訳ではない。

 しかし選択を間違えれば報復は起こり得る、それは俺達が人間だからだ。

 俺達人類は不完全であり、欠陥品である。

 それが俺の結論だ。

 完璧な人間なんて存在しないし、脆弱だからこそ、心があるからこそ、人は時には矛盾した行動を取ったりもする。

 人は、他者と見比べて生きている。

 意識的に、もしくは無意識に、人は弱いからこそ欠陥を補うために、他者の存在を否定する行為も厭わない。

 次第に迫害という逸脱した行為は、正当な理由を見繕っては意味を纏い、『善』へと押し上げられる。

 それが人間の醜さだ。

 反吐が出る。


「戦闘途中で敵二人が急に撤退したんだが、その理由って分かるか?」

「そこが厄介なところなんだよねぇ。実はリノちゃんの故郷、試験の日にはもう滅んでたのさ」

「……は?」


 サラッと言われた言葉が耳に入ってこなかった。

 多分、耳には入ったのか。

 入っても、逆の穴から通り抜けていったから、理解できなかった。

 それに加えて敵達が撤退した状況と、彼女の故郷が壊滅した理由の因果関係に繋がりが見当たらないため、どういう意味かと聞こうとするが、その前に隣から補足説明が為される。

 それは、理解不能な情報で凝り固まった脳を解かす、鶴の一声だった。


「魔天楼は依頼を受けると同時に、国の宝物殿を狙っていたのですよ」

「それで王様殺しちゃったって訳よ」


 そんな事態に陥っていたとは思わなかったが、国が滅びたという説明としては不十分だ。

 まだ足りない。

 国の一番偉い人間が消えようとも、後釜が現れる。

 試験開始日には国が滅びていたなら、もう少し説明を付け加えるべきだろう。


「国が滅びたんだろ?」

「あぁ、そこにいた人達はほぼ全滅だ。魔天楼の団員の一人、『爆弾魔』って職業を持つ能力者によって国が大爆発、一瞬で焦土と化したらしい」


 それも職業なのだろうか?

 爆弾魔という職業は初耳だが、絡繰り技師に似たようなものだろうか、それとも魔工技師か。

 勉強不足が否めない。

 俺の考えとは裏腹に、迷宮王が補足説明を付け加えてくれた。


「爆弾魔って職業は実際にある。だが、珍しすぎて殆ど知られてない状況だ」


 職業は千差万別、剣士にも多くの種類があるように、無限にある職業のうちの一つだそうだ。

 俺の知らない職業はまだまだあるため、爆弾魔なんていう職業も存在するのだと一つ学んだが、一瞬で焦土にできる程の実力の持ち主ならば、何故ターゲットであるリノを爆破させないのか。

 何か爆破に条件があるのだろう。

 そして、ワザワザ試験日に狙ってきたのは恐らく、その日に宝物殿に忍び込んだから。

 爆弾魔の能力保持者は、試験会場に来ていない。

 彼女を爆破させるには、対象に触れるという行動条件が必須に思えるが、そうするまでもなく、仲間が始末すると思ったのかもしれない。


「今ノアが考えてる通り、試験最終日の三月四日、その日に忍びこんだのさ」

「……人の思考、勝手に読むな」


 思考が読まれてたが、その考えは的中していたようだ。

 国を滅ぼすために、爆弾魔の能力者が試験の方に配置に就かなかったと考えると、辻褄が合う。

 いや、何故宝物殿に忍び込むのに国を滅ぼさなければならないのか、それがまだ結合しない。


「宝物殿に忍び込むだけなら、別に国を滅ぼす必要なんて無いだろ?」

「それが……彼等は他の国とも依頼を請け負っていたのですよ。その国を邪魔だと思っていた他国の王が、秘密裏に依頼したらしいです」


 何故にその情報を彼女が握っているのかはさて置き、リノの方へと目を向けていた国が背後から暗殺された、という不思議な構図となる。

 しかも宝を奪われた上で、だ。

 間抜けにも程があるが、因果応報、国が滅びるのも当然の報いだと受け取れる。


「じゃあ、その国が滅んだから依頼も破棄されて見逃されたって訳か?」

「まぁ、厳密に言やぁ、そうなるわな」


 本当に運が良かったと思える。

 しかし、依頼してきた国を裏切るとは何とも大胆な事をしでかしたものだが、まさかリノ殺害をカモフラージュに使ったのか?

 リノの依頼を達成したら金を払う、その状況では自分は殺されない、国は滅ぼされないと思い込んでいたから、その隙を突かれたのか……

 別に同情するつもりではないが、何と不憫なものか。


「彼等は大金を得ると同時に国を滅ぼし、そして報酬も貰い、何処かへと消えたそうです」

「足取りは?」

「掴めなかったってよ」


 結局は痕跡が途絶えてしまったようで、これ以上の情報は出て来そうもなかった。

 リノの依頼を目眩しに使ったのだとしたら、魔族迫害に関しても魔天楼が何かしら関わっていた可能性もあり、無数に考えがある。

 謎は多く残るが、俺の知るところではないし、無理に知る必要性も感じられない。


(これ以上は考えても無駄か)


 情報が少なければ少ない程、その小さな情報から全てを予測しなければならない。

 ここからは俺の領分外となる。


「しかし……何で俺にそんな情報を?」

「戦って生き残ったサンプルですからね。それに、愛弟子が死なれては困りますから」


 戦力分析にでも使うつもりか、それか俺に情報を与えて今後どうなるかのシミュレーションでも兼ねているか、どちらにせよ何かの意図はあるらしい。

 だが、俺としても願ったり叶ったり、この世界は広いが、再び邂逅を果たすかもしれないし、知っておいた方が選択肢も増える。

 ただし、先入観を植え付けられたから、ある程度の縛りは覚悟すべきか。


「それに俺ちゃんの勘だけどさ、金の猫ちゃんと戦ったんだろ? お前さんを意識してるんじゃないの?」

「まぁ……そう、だな」


 少なからず俺を意識してるのは、猫よりも戦闘中に現れた男のように思える。


「で、奴等の戦力は?」

「まずお前さん達が戦った相手だが、団員の名前は基本、トランプの番号で呼ばれている」


 トランプの番号、ならばエース、2〜10、ジャッククイーンキングの計十三人いる事になる。

 戦闘で、うち二人の名前が割れている。

 片方は七番、金猫族という種族的に考えても幸運の七番が彼女だったのだろうが、もう片方の十一番、あちらは兵士を意味するジャックを名乗っていた。

 ジャックの本来の意味は、宮廷に支える家来を表す言葉だったはずで、元々の単語は召使い(ネイブ)だったそうな。

 まぁ名前はともかく、その男がかなりの職業の使い手であるのは、あの場で分かっていた。


「猫の女はセブンって呼ばれてたな。それから、男の方はジャックだって言ってた」


 その言葉に従って、ダイガルトは持ってた用紙から二枚を探して俺へと見せてきた。


「セブンとジャック……あった。まずセブンだが、コイツは金猫族、職業は隠密者らしい」

「隠密者? 暗殺者じゃないのか……隠れるのが得意な職業だったな。で、ジャックの方は何だ?」

「そっちは普通の人族なんだけど、手品師だってよ」


 用紙を手渡されて、そこに書かれたプロフィールを読んで二人の情報を脳内へとインプットした。


「幸運の(セブン)、兵士の十一(ジャック)、か……」


 職業が普通とは言い難いが、変わり種の職業で物凄く強かった二人だった。

 自分の職業の扱い方が上手かったからこそ俺達は後手に回ったし、中でも手品師の方は三人掛かりでも止められなかったと言うではないか。

 職業の使い方以上に、恐らく職業に適した戦闘場所だったのも強さに起因するかもしれない。

 あの鬱蒼とした森では、隠密系統の能力者にとっては独壇場と言える。

 広範囲系統の能力でも持たない限り、容易には倒せない。

 いや、あの身の熟しだ、広範囲攻撃も察知して回避できたやもしれない。


「偽名だから本名は分からん。他にも何人かいるが、素性が明らかになってない奴もいるから、注意しとけ」

「……分かった」


 この魔天楼という連中は合計して十三人、リーダーであるエース、そして部下十二人という構成だが、彼等のような得体の知れない相手とは戦うべきでない。

 一対一でさえギリギリの状況、袋叩きにされたら殺されるという事の証明でもある。

 恐ろしいものだ。

 何の躊躇も無く国全体を焦土と化せる程の実力者集団とは、一体何の冗談か。

 俺ももっと強くならねばなるまい。


「ノア」

「うおっ、おい何だよおっさん、急に改まって……」


 纏められたプロフィールを一枚ずつ読んでいると、不意に後ろから肩を掴まれて、強制的に後ろを向かされた。

 目の前にダイガルトの顔があって絵面的に誰得だろうかと思うのだが、ここにいるもう一人が両手で顔を隠しながらも目を輝かせており、何の見世物だと溜め息を吐きたくなる。

 気持ち悪いから、俺から離れてほしい。


「今度、俺ちゃんは西にある迷宮都市フラバルドに向かうつもりなんだが……一緒にタッグ組まないか?」


 Sランク冒険者からの誘いは嬉しい反面、何かに利用されるのではないか、という相反する気持ちと考えがあり、急に誘われたので、感情が驚愕一色となり、何も言えずにいた。

 こっちも頼みを依頼しようとしてたのだが、先を越された感じだ。


「わ、悪いが俺はタッグを組むつもりは無い。アンタの腕を治して報酬を得ただけ、勘違いされちゃあ困る」


 もしも俺が普通の人間だったなら、普通の感情を有しているのなら、即座に彼の提案に乗っただろう。

 きっと疑いもしない。

 少なくとも昔の俺だったら、藁にも縋る想いで掴んでいたはずだ。

 しかし人の汚い部分を見続けてきたから、もう容易に他人を信用しないし、俺の目的と彼の目的が一致しないからこそパーティーは組めない。

 タッグで迷宮なんて論外だ。


「それにSランク冒険者であるアンタに依頼しようと思ってた事があるんだが……」

「依頼?」


 できるのならば、受け取った二千万を報酬として依頼を受けてもらいたいところだ。

 もしもそれだけでは足りないのならば、俺の提示できる条件を付け足せば良い。

 交渉は割と得意である。


「ユグランド商会、知ってるだろ?」

「あぁ、たまに利用する商会だな。それで?」

「キースの護衛を請け負ってくれないかと思ってたとこだ。奴は今、ナトラ商会から暗殺されかかってるからな、アンタに依頼したい」


 これは別に強制している訳ではない。

 無限に依頼として縛る訳でもないため、これはダイガルト自身が決める事となる。

 個別の、それもギルドを仲介せずに依頼するため、これは確実に闇依頼となるのだが、ここに仲介人として師匠(ラナ)がいるので、正式に依頼も可能となる。

 この場合は指名依頼、彼次第だ。


「報酬はアンタが支払った二千万ノルド、更にグラットポートのオークションが終わり次第、アンタと一時的にパーティーを組んで、フラバルドの迷宮攻略に参戦しても構わない。どうだ?」

「……」


 少しだけ待ってくれれば俺は約束を遵守して、彼とパーティーを組む。

 パーティーと言うよりはタッグ、まぁ奴隷が手に入ればタッグよりもパーティーらしくなるだろうが、不確定要素をここで言う必要は無い。


「良いぜ」

「ホントか?」

「あぁ、ただし……」


 何か条件を付けるらしい。

 その条件次第では、こちらが護衛依頼を取り下げる羽目になるだろ――


「報酬は要らねぇ」

「……はぁ?」


 何言ってんだ、コイツは?

 馬鹿なのか、馬鹿なんじゃないか?

 自然と警戒心が上昇していく。

 報酬を拒否するとは思ってなかったが、どういう意図があるにしても、無料(タダ)より高いものは無いという言葉もあるように、無料=ラッキーとはならない。

 要は、相手の画策如何で、戦闘も視野に入れなければならないのだ。

 メリットはあれどもデメリットの方がデカいはず、何を企んでるのやら。


「腕を治してもらったんだが、考えてみりゃ二千万はやっぱ足りねぇと思った」

「あ? 意味が分からん。なら報酬金額を吊り上げりゃ良かったじゃねぇか。何故そうしなかった?」

「いやぁ、腕失った時にカジノで大半擦っちまって……」

「馬鹿だろアンタ……」


 いや、そうしなければ気持ちを保てなかったのだろうと推察した。

 左腕を失って迷宮攻略も頓挫、酒を飲んだりカジノで金を擦ったり、発散方法は人それぞれだろうが、パーッと何かしなければ耐えれなかったはずだ。

 その方向がダイガルトにとって、カジノだった、というだけの話に過ぎない。


「ん? じゃあ、この二千万って……」

「あぁ、俺ちゃんのほぼ全財産だ」


 清々しい笑顔で言った。

 俺の手には、迷宮王の全財産が乗っかっている、こんなものを受け取りたくないんだが、契約は契約、カジノで擦ったのは自業自得だし、これは仕方ない。

 とは言っても、まさか全財産を賭けるとは思ってなかったが、それだけの覚悟があったのだろう。

 ダイガルトはSランク冒険者、元手をすぐにでも取り戻せるだけの実力はある。

 何故腕を失ったのか、興味も無いし、知る気も無い、聞きたくもない。

 どうせ聞いても忘れる。

 だから聞かない。


「ギルマスさんよ〜、指名依頼、受けても良いだろ?」

「分かりました。しかし我々ギルドとしては報酬の提示は必須、ユグランド商会長さんとも対話した上で決めさせてもらいます。それで良いですね?」

「俺ちゃんは問題無しだぜ〜」

「俺もそれで構いません」


 どうしてこのような流れになったのだろうか。

 確かここに素材売りに来たはずなんだよな?

 いつの間にか素材売却の用事より、こちらがメインとなってしまった。


「どうしました?」

「いえ、何でもありませんよ。とにかく話は後にして、先に換金お願いしても良いでしょうか?」

「そうですね。何人か呼んできますので、二人はここで待っていてください」


 ラナさんの計らいによって、俺とダイガルトが取り残されてしまった。


「なぁ、ダイトのおっさん」

「何だ?」

「アンタ、何で俺とタッグを組む気になったんだ? 出会って数日の俺より、伝手を頼って他の連中と組む方が得策だと思うんだが?」


 出会って大体二週間くらい、しかも講習時のみの関係性しか無いはずだ。

 あるとするなら、俺の治療能力。

 それを利用するという目的なら、まだ理解できる。

 だが、他にも何か理由がある気がする。

 彼目線からして、得体の知れない俺を信用できるダイガルトの神経を疑ってしまった。


「簡単な話、腕が治ったから恩返しだ……って言いたいが、無論そりゃ違う。お前さんの能力を買ってるのさ。腕の治療だけじゃない、あの魔天楼と戦って生き延びたんだ、充分強いのは証明されてる」

「俺が裏切るとか、考えないのか?」

「裏切られたら裏切られたで仕方ねぇ。俺が信じたんだ、それで裏切られても俺の目が節穴だった、それだけの話だ。別にそれで良いだろ?」


 そんな考えができる人間を羨ましいと感じる自分がいるが、俺には絶対できない考え方。

 裏切られたくないからという理由もあるが、損得勘定で考えた時、裏切られた時の損害を脳内構想する。

 彼一人が被る被害は高が知れている。

 だが、例えば仲間達がいた場合、裏切られて大切な仲間が殺されたら、仕方ないという言葉で済ませるのか、ふとそんな疑問が湧いた。

 気持ち的にも複雑な考え方だ。


「まぁ、無理に俺を信じろとは言わねぇよ。それでも、俺はお前さんと組みたい」

「……やっぱ、少し考えさせてくれ」


 信頼云々を話に持ってくるなら、タッグを組むという提案は一度保留にすべきと判断した。

 今の話を聞いて、流石にこの場で即決するのは不味いと思ったから。

 浅い判断で今後を決定付けて、後になって違う結果になれば大損だからという理由も勿論、しかしそれ以上に、まず俺がダイガルトという男を信用できない。

 そもそも風貌からして胡散臭いし。

 ここは冷静に分析してから決めるべきだ。

 そう考え、保留にしてもらった。

 ダイガルトと俺の考え方は異なり、この男のように楽観的に生きた代償が裏切りだったから、奴とは相容れない、そう思ってしまう。

 奴を信じずに、俺は俺で組むかを慎重に考える。


(さて、どうするか……)


 組むか組まないか、その判断で今後の俺の立ち位置にも変化が発生するであろう。

 自分が何者なのか探すため、旅をする。

 心の傷を癒すため、果てしない世界を見て回る。

 一期一会の旅路の果てに俺は何を得て、逆に何を失ってしまうのだろうか、そんな考えに陶酔して、今後の波瀾万丈に満ち溢れた日常と冒険の日々に想いを馳せる。

 俺はこうして前世の記憶を思い出した。

 魔境に飛ばされて、暗黒龍と精霊と契約を交わし、強さを携えて現世に舞い戻った。

 全てに意味がある。

 偶然か必然か、それは神のみぞ知る秘話。

 この不思議な世界で俺が何を成すのか、何のために生まれてきたのか、そして何故転生したのか、全ての謎を解き明かすためにも、俺は世界を冒険する。

 俺は俺のために、今後の運命に賽を投げる。


(はぁ……まだかなぁ、ラナさん)


 この静寂な時間、俺達は何をするでもなく互いに黙って彼女達を待ち続けた。






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