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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第一章【冒険者編】
26/275

第25話 悪漢退治

 一階の入り口前に降り立った時には、すでに八人くらいの巨漢達が暴れていた。

 ドアも豪快に破壊されて使い物にならなくなっていたのだが、それより驚くべきなのは、人質を取っているという行動だろうか。

 人質は恐怖に震えている。

 職業によって他者を傷付けられる世界だから、能力次第では手も触れずに人質の首を一回転二回転させられる、なんて予想もできてしまう。

 だがしかし、強力な能力には代償が必要だ。

 何かしらの制限や制約が存在し、容易には人の首を触れずに破壊、なんてのは無理に近しい。

 だからと言って、錬金術師の能力を保持しているとしても、油断するような間抜けではない。

 安心はできない。

 時に人は、突飛な行動を取る生き物だから。

 もしもの場合のために、俺は人質救出を優先せずに相手の行動を観察する。


「オラァ! サッサと商会長を出しやがれ!!」

「出さねぇんなら、この女殺すぞ!!」


 二人の暴漢がナイフを掲げて、先刻俺を案内してくれた眼鏡っ娘の受付を人質にして、周囲へと有りっ丈の怒声を張り上げて警告していた。

 逆らえば、この女の命は保証しない、と。

 下手に刺激すれば、迷わず受付の首へナイフを添わせて血が噴き出すのは目に見えている。

 しかし、それより無駄に気になる事項が一つ。

 全員が同じ服装をしている。


(おいおい、ペアルック……いやユニフォームか、そんなん今時流行んねぇだろ)


 しかも格好が現代のニーズに合致しない、流行遅れの服装をしている。

 全員が山賊のような格好に加えて、口元を隠すためのスカーフか何かだろうか、全員色や形を統一してるところが何か小っ恥ずかしいと感受性を刺激される。

 個性の欠片も感じ無い。

 ワイルド感を出そうとしているのか、袖がギザギザしているパンクロックみたいな見た目で、彼等の中には何故かギターを所持している奴もいるのだが……

 まさか、音楽系統の職業だろうか。

 だとするなら、警戒しておくに越した事は無い。

 が、何故だろう、あまり警戒するのも馬鹿馬鹿しいと思うのは、俺だけだろうか。


「えっと……アンタ等、その人質放してやれ」

「んだとゴラァ!?」


 周囲が注目する中で話し掛けたくない。

 いや、俺を見ないでくれ、彼等のようなダサい価値観が移りそうで、非常に困ってしまう。

 交渉は得意なのだが、暴漢達には何を言っても多分無駄だろうと今の会話だけで理解してしまった。


「誰だテメェ? さてはユグランド商会の用心棒か?」


 俺の眼前に佇立するのは、暴漢達の中で一番大きな体躯を携えて、しかし俺からすれば肝っ玉の小さそうな顔の厳つい中年男性だった。

 肥大化している肉体が大きい割には、しっかりと筋肉を鍛えていないようで、見掛け倒しも良いところだ。

 筋肉は、適切な運動量、必要栄養素の摂取、運動時間や回復による成長、色んな要素で構成されている。

 下手に筋トレすると、筋力は確かに上がるが、効率が悪いために充分な力を発揮できない場合がある。

 俺の目の前にいる男もそう。

 一部を鍛えたような、微妙な不釣り合いが見て取れ、俺と腕相撲しても負ける気はしない。


「そりゃねぇぜ旦那。こんなヒョロっちい奴なんざ、役に立たねぇって!!」


 旦那と言われた男の隣から出てきたのは、肥大化した筋肉男よりも、小柄な身長をした小物じみた男だ。

 平気で裏切りそうな、顔にそばかすのある暴漢。

 暴漢らしくない人間に俺が弱者だと認識されているようだが、正直どうでも良い。

 コイツ等を倒せば、結局は解決する。

 頼まれたのは、敵の排除。

 相手が奪おうとするのだ、こちらも生命を奪っても文句は出まい。


「こんな奴、俺が一撃で――」


 その男の言葉は今後一切、続かなかった。

 錬成で生み出した短剣を握り締め、その銀の刃には穢らわしい血で赤く染まっていたから。

 何をしたのか、簡単だ。

 人の首を刎ね飛ばした、それだけの話。


「なっ!? て、テメェ! 俺の仲間に何しやがる!?」


 そのヒョロッとした胡散臭い男の生首が、宙へと舞い上がっては重力に従い、建物の床へと落下する。

 真っ赤な鮮血が、まるで噴水のように屍肉から噴出しており、それを身に浴びないよう精霊術で周囲へと落としていき、目の前に転がってきた小汚い顔面を踏み付ける。

 俺にとって一匹の雑魚の死骸にはもうすでに、人質としての価値は無かった。

 交渉は得意だが、話を理解すらできない人間とは、交渉の席にすら座らせない。

 どうせ必要も無いし、武力制圧の方が、俺としても性分に合っている。

 だから、巨漢へと返答する。


「見たら分かるだろう。テメェもこうなりたくなけりゃ、サッサと人質を解放しろ」

「巫山戯ん――」


 交渉する気無し、二人目の首が飛ぶ。

 二人も人を殺したが、大して驚愕は浮かばなかった。

 人間の最期を見た時も思ったが、どうやら感覚が麻痺しているというよりも、死に対する恐怖心、嫌悪、憎悪、そういったものが感情から消えている。

 まぁ、この世界は人がよく死ぬ。

 それも仕方あるまい。

 前世とは比べ物にならないくらい、危険極まりない、能力の世界だから。

 人が死ぬ、その非日常は、俺達の中ではすでに日常茶飯事であると、俺自身が認識してしまっている。

 血の雨が降り、足の裏が汚れていくものの、それで俺が思考行動共に停止したりしない。


(まさか……人格が変わりかけてるのか?)


 自分の慈愛の部分、自分の冷酷な部分、今はそのどちらも有している状態だろう。

 俺に慈愛があるかは甚だ疑問だが。

 しかし、自分の本来持っていた優しさの部分が少しずつ赤く染色されていくような、黒く塗り潰されていくような、そんな自分の闇が拡張されている感覚が、心の中に大いに燻っているのだ。

 右手の棘棘とした短剣に残る手応え、人を斬った生々しい感触は重たい。

 次は魔力を纏わせて斬ってみるか……


「こ、こっちには人質がいるんだぞ!?」


 そんな風に次善策へ思考を働かせていると、現在も受付の女性を羽交い締めにした男が、焦燥感を滲ませて、叫び声を荒げていた。

 女性が泣きながら命乞いをしているのだが、俺の雇用条件は騒ぎを止めるというだけ。

 人質救出までは条件に入ってないし、死なれても俺としては困らない。

 所詮は赤の他人だ。

 ただ、鎮圧によって暴漢達を全員殺して、偶然助かるという事態にもなるかもしれない。

 要するに、受け取り方次第。

 騒ぎの鎮圧が必ずしも殺害によって、ではないのは理解承知の上だが、俺的には手っ取り早く解決するための策略として、暴力を選んでいる。

 そうする方が、後々楽になるから。


「だから何だ?」

「……は?」


 人質は生きているからこそ価値がある。

 死んだ時点で次の人質を取ろうとする、その背中を俺が逃したりしない。

 人質が死んだ場合、全員殺した後で生き返らせて情報を盗れば良いし、人質が死なずとも全員を捕まえるか殺せば俺の勝ちだ。

 そして人質の価値というのは、相手と交渉するため、或いは相手の行動を制限するためのもの、しかし人質は対峙する者にとって大切な人間でなければならない。

 必ずしもそうとは限らない。

 例えば、非常に善良な人間がいたとしよう。

 その者は聖人君子のような人間であり、誰の手をも取ろうとする人物。

 仮に聖人君子が今の状況に遭遇した場合、そして人質なる人間と全くの面識が無い場合、その男がどうするか、考えずとも分かる。

 助けようとする、だ。

 つまりそれは、聖人君子にとって価値のある人間。

 だが俺からすれば、無駄な行動でしかない。

 価値のある人間を助ける手段は複数存在するだろう、しかしそれも相手次第、交渉のテーブルに座る前に刺し殺されれば無駄となる。

 だから俺は全員に警告する。


「別にその女がどうなろうと俺には関係無い。むしろ殺してくれた方が有り難いものだ。人質殺した時点で、テメェ等全員、この手で殺す」

「ヒッ――」


 冷めた殺意が全体を包み込んだ。

 自分の殺気だと言うのに、全身が打ち震える程に末恐ろしいものだ。

 周囲では、敵も、人質も、そして傍観者達すらも、俺を化け物のような目で見てくる。

 恐怖、嫌悪、傍観、色んな感情が渦巻く。

 早く終わってくれ、誰か助けてくれ、他力本願な情緒ばかりで不愉快極まりないが、きっと俺が自分を思い出すまでは彼等と同じ側に立っていたのだろう。

 彼等と違うのは、俺を助けてくれる人間は殆どいなかった、というところか。

 忌み子なのだ、助ける利益なんて無かったのだろう。


「さて、じゃあ……ユグランド商会を襲った訳、是非とも吐いてもらおうか?」

「誰が話すかボケェ!! 死ねぇぇぇぇぇ!!」


 残った六名の暴漢のうち、背中の大剣を引き抜いた男が、上から下へと斬り込んできた。

 俺は持っていた短剣一本で、頭上から降ってくる大剣を受け止め、逆に膂力のみで上空へと打ち上げた。

 火花と共に上がった鉄塊が、飛んでいく。


「なっ!?」


 クルクルと宙を舞う大剣が、近くの太く上階を支える柱へと突き刺さってしまった。

 俺を殺そうと剣を向けてきたため、躊躇せずに短剣を心臓へと突き刺した。

 躊躇なんて要らない。

 ただ、相手を殺すためには容赦は無用だ。


「グフッ!?」

「「「旦那!?」」」


 心臓を突き刺したが、寸前で神回避してか、狙いが多少ズレた。

 八人中二人の悪漢が死に絶えて、一人は瀕死の重態となっており、瀕死の旦那とやらが地面へと倒れる。

 残り三人の部下達が瀕死の男へと近寄って、男の怪我の手当てをしようとしていたが、治療に四苦八苦している様子が窺える。

 敵対意思を見せるものの攻撃してくる様子ではないので、放置して周囲を見渡し、辺りを警戒する。

 人質に刃を突き付けていた者は、そのまま刃を突き付けたまま硬直しているが、いつだって殺せる。

 短剣の方は魔力糸を結んであるため、引っ張って抜いて手元へと戻した。


「うっ……」


 旦那らしき男の断末魔が漏れ響く。

 手に戻った短剣の重み、引き抜いた時の感触、短剣の冷たさ、そのどれもを血と共に振り払った。

 その短剣で今度は、背後へと斬り掛かる。


「おっと、危ねぇ危ねぇ」

「……」


 ヘラヘラとしている、サングラスを掛けた男が後ろへと飛び下がった。

 姿形は見えなかった。

 しかし気配はあったし、八人中一人だけ姿が見えなかったから、警戒は解かずに待っていた。

 また消える能力者か……そんなのは金の猫で充分だ。


「何で俺が背後からアンタの首狙ってんの、分かったんですかい?」


 生粋の暗殺者か、闇に溶け込んだり気配消したりが上手いらしい。

 最初探知した時は八人いたのに、二人殺して残りは六人となるが、その六人のうちの一人が瀕死の状態、三人が介抱して一人は俺の眼前で人質を抱えている、必然的に後ろに立ってると思うだろう。

 それに金猫族の女のせいで、最近は周囲への気配察知とかが敏感となってる。

 彼女よりは気配が漏れている。

 僅かな殺意をも感知して、殺されるのを防ぐために攻撃を対処した。


「テメェも死にたいらしいな」

「おぉ怖っ……」


 ヘラヘラと微笑を繕う癖して、足運びや呼吸、周囲への気配察知能力、魔力操作、武器の扱い方、身体能力、判断力、殺気、そして職業、能力の全てが暗殺者向きだ。

 この中でも一番強いのは、油断もせずに常に警戒心を剥き出しにしている眼前の暗殺者であり、死んだ奴等達よりも二回り上の力を有しているのは見て分かる。

 ただ、試験の時と比べて影も使えるし、精神的にも肉体的にも余裕がある。

 それに守るべき奴もいないから。

 力を発揮するには充分だ。


「お前がリーダーだな?」

「……何で分かったんですかい?」

「人間、誰だって無能の下に付くなんざ嫌だしな。あの男が下っ端なのは、最初から分かっていた」


 見てくれだけの力なんざ一切怖くない。

 今にも死にそうな命を繋げようと、仲間が回復能力を駆使しているところだが、その瀕死に苛まれる生命は俺でないと繋がらない。

 繋げる気も無い訳だが。

 人から奪おうとするのだ、奪われる痛みを知るべきだ。


「テメェのお仲間の一人が死にそうだぞ? 死に目に立ち会わないのか?」

「ハッ、何の躊躇もせずに心臓に剣を刺した奴が一体、何言ってんでさぁ?」


 成る程、仲間を見捨てる……いや、仲間を信じているらしく、一切油断していない。

 お仲間の所有している職業を頼っているようだが、果たして効くだろうか?


「リーダー! 回復が効きやせん!!」

「はぁ!?」


 男の心臓部から血液がどんどんと流出していくが、そこには一つ細工を施してある。

 他人の死を見るのは別に面白くも何ともないのだが、簡単に生命へと手を掛けられる今、心臓に施した錬金術によって生殺与奪を握っている。

 方法は簡単だ。

 単純に錬成によって、心臓部への通路を外へと空けただけであるが、回復能力は効かないのは当然だ。

 回復能力の定義は、物体の元の状態への還元。

 つまり怪我を修復するという能力は、普通なら傷口を塞ぐ能力になるが、俺の錬成で傷口という定義を消去して、元から穴の空いていた状態にした。

 その結果、回復能力が適応しない。

 俺以外に治す方法があるとすれば、回復ではなく、干渉による物質変形能力、錬成関連の能力だ。


「もしも商会を襲撃した件に関する情報を話すんなら、そこに転がってる仲間の命だけは(・・・・)助けてやるよ。それとも仲間を見捨てるか?」

「ハハ……何つ〜笑顔でさぁ。悪魔っすね、アンタ」


 自分は今、笑っているのだろうか?

 そんな事、考えてすらいなかった。

 それよりも、自分が口角を吊り上げているのにさえ、一切気付かなかった。

 知覚すらできなかった。


(悪魔、か……)


 化け物だ何だと言われたりはするだろうが、まさか悪魔だなんて言われるとは思ってなかった。

 久方振りに呼ばれた。

 悪魔、悪魔の子か……

 何だか、昔を思い出してしまう。

 黒い髪、そして黒い瞳は不吉の象徴だったため、俺は神に忌み嫌われた存在だと周囲に罵倒されながら、何年も何年も育ってきた。

 そのため、昔を懐かしむと同時に自分が闇へと侵食されているような、そんな気がしたのだ。


「その黒髪も忌み子の象徴っすよねぇ」


 実際に、魔境に飛ばされる前までは黒い瞳だったので、不吉の象徴というのは間違いではない。

 俺が忌み子である事に対して不満は無い。

 両親がワザワザ俺なんかを産んでくれたのだ、運が悪かっただけなので今はもう気にしちゃいないし、この黒髪は結構気に入っている。

 前世でも俺は黒髪だった。

 瞳の色は、黒から青へ変色したが、両目共々魔眼となってしまった。

 悪魔と罵られても、今更の話だ。


「降参しますぜ、悪魔さん」

「……はぁ?」

「俺だって死にたくねぇし、仲間を見捨てるなんざ俺にはできねぇでさぁ」


 その選択を選ぶのか、何だか興醒め……

 いや違う、そんな風に思ってない。

 思考が次第に鈍っていくようで、気味が悪い。

 短剣を腕輪に戻して、思考を切り替えて情報を聞く体勢に入った。


「聞かせてもらう前に、人質を解放しろ」

「はぁ、分かりやしたよ。おい、解放してやれ」

「で、ですが――」

「つべこべ言うな。この男に殺されたくなけりゃ、サッサと放してやれ。俺も死にたくねぇんだよ」


 清々しい程に『生』に執着している。

 まさか盗賊らしき奴等に仲間意識があるとは思ってなかったのだが、裏切らないとは大したものだ。

 俺ならば裏切って攻撃に転じたり、色々と思考を巡らせるものだ。

 人質の眼鏡女子が解放されたのだが、恐怖から逃げるような走りだった。

 逃げるのは、その人質からか、それとも俺からか。

 恐怖感情の発露は、やがて全身を襲い、蝕み、逃走への行動回路へと働き掛けるようになる、それは人間に備わる本能だからだ。


(昔の俺みたいだな)


 昔の弱い自分を見ているようだった。

 貧弱で何もできない、無力な人間。

 それよりもだ、ユグランド商会を狙っている輩を探さないといけない。


「で、誰の命令だ?」

「雇用主を売るようで嫌なんすけどねぇ……ナトラ商会ってところでさぁ」


 全く知らない商会だ。

 ナトラ商会なんて聞いた事も無い商会なので、多分は大きくなってく過程で、ユグランド商会と商会長のキースが邪魔になったのだろう。

 多分、少しは大きな商会のはずなんだが、俺の耳には一度も入らなかった。

 昔も、今も、変わらず。

 世界情勢を仕入れるためにも、またナトラ商会とやらを調べるとしよう。

 その前に、まずは敵からだ。


「えっと……知んない?」

「あぁ、知らん。興味すら無い」


 コイツ、本当に盗賊なんだろうか?

 凄いフラットに対応している。

 盗賊団の中で一人だけ随分と性格が違うようで、何だか調子が狂ってしまう。

 感覚が麻痺していく。

 人を殺す日常が、異常を異常として受け入れる、だから違和感を抱きにくい。


「簡単に説明すると、ナトラ商会は商売する上でアンタ等ユグランド商会が邪魔らしい。だから商会長を潰そうと俺達に依頼してきたんすけど、こんな化け物がいるんなら受けなかったっすよ」

「それで終わりか?」

「へぇ、大まかなとこは」


 どうやら嘘は吐いてないらしい。

 左眼が反応しない。

 しかし、このまま商会を襲撃した敵達を放置、もしくは逃亡を手助けする、というのは容認できないため、錬成によって生成した鎖で雁字搦めに縛っていく。

 このまま、捕らえさせてもらおう。


「命だけは助けてやるが、捕まえない訳にはいかないからな、大人しくしろよ」

「ふぅ、俺も焼きが回ったっすかねぇ……」


 抵抗一つせずに、そのまま鎖に束縛されたため、拍子抜けしてしまった。

 戦う気満々だったのに、何だか恥ずかしくて居た堪れないのだが、盗賊団のリーダーだけは何故かヘラヘラ笑ったまま、大人しく捕縛されている。

 それが余計に不自然に見えてきた。


「随分と大人しいな。何故抵抗しない?」


 捕まえた本人が聞く内容ではないのだが、何故こんなにも抵抗しようとせずに呆気無く捕縛に従順なのか、俺はそこに興味を持った。

 人間とはつくづく不思議な生き物だ。

 死を拒絶するが故の行動か、それとも職業的に抜け出せる算段でもあるのか、どの道逃しはしない。


「そんなの、死にたくないからに決まってますぜ。背中向けた瞬間に俺達程度じゃ殺さちまうのがオチ、最悪拷問されて死んじまう」


 他よりも圧倒的に状況を理解しているらしい。

 やはり一番危険だと感じた俺の慧眼は、概ね正しかったようだな。

 警戒心だけは解かないでおこう。


「職業柄、俺は色んな人間を見てきやしたが、アンタみたいな人を射殺すような目をした奴は中々いねぇ。凄腕の暗殺者か何かかい?」

「別に、ただの精霊術師だ」

「嘘言っちゃいけねぇ。精霊術師にゃ鉱物を操作できねぇでしょう」


 核心を突くような発言だが、バレたところで俺が錬金術師である事実には変わりないし、誘導尋問や揺動に引っ掛かったり動じたりはしない。

 肉体も、心も、より成長してきた。

 だがしかし、成長によって暗黒龍の精神も混ざっているためなのか、不必要だと思うような軟弱な部分が奴のせいで消えていってる。

 少しずつ、心の形が変容していく。


「アンタ、何者ですかい?」


 その言葉を最後に、グラサンの男は雁字搦めだった鎖から突如として消えた。


(何だと? あの鎖からどうやって……)


 鎖を相手の身体中に巻いた後、鎖同士が接する面を錬成して繋げ、身動きが取れない状態を作ったはずだ。

 しかしながら何故か外へと逃げ出したらしく、姿は見えずとも少ない殺気をも感じ取れる直感が、脳から肉体へと命令を下した。

 横に回避した瞬間、地面に斬撃が現れた。

 周囲の何処かにいるのは分かるが、その居場所の察知までには時間が掛かる。


(落ち着け……仲間の生殺与奪を握ってるのは俺だ。向こうも人質が無駄だと理解してるから、直接俺を攻撃してきたんだろう)


 ならばこそ、俺はとっておきを用意するとしよう。


「傍観者共! 巻き添え喰らいたくなかったらサッサと外に逃げろ! それから誰でも良いから衛兵呼んでこい!! 戦闘の邪魔だ!!」


 俺の煽りによって来店していた客や、同じく店員達が慌てふためいて逃げ惑う。

 そんな様子にさえ気にも留めず、俺は魔力と精霊術、それから錬金術を利用した一種の合成弾を生成する。

 左手を上へと向けて、中心点たる掌へと空気を収斂させていく。


「アンタ、何する気っすか?」

「見てれば分かるさ。俺を止めないと死ぬのはテメェだ」


 何処かから発せられる声に反応して、一気に空気を集めていく。

 風が周囲から左手へと集まっていく過程で、台風のような渦が風の流れで完成するが、その突風の力によって全員の踏ん張りが利かずに、ズリズリと移動している。

 空気圧縮、周辺の空気を根刮ぎ集める。

 すると、周囲の空気が無くなる。

 無くなった空気は外から補充されてきて、外から内側へと強烈な風の流れが生まれて、まるで台風の目となる。

 圧縮能力はまだ未熟だ。

 しかし、今はこれで良い。

 透明化しているサングラスの男も、風力の強弱によって透明化がブレていた。


「そこか!!」


 拘束具として使用していた、足元に転がっている魔銀の鎖を手も触れず一部変形させて、鎖と針を操作、透明化がブレたと思った場所へと遠隔錬金の銀針を撃ち込む。

 すると、途端に針の部分から血が噴き出して、地面を赤く濡らしていく。

 逆に意識が途切れ、風の圧縮も解けた。

 本当なら集束させた風の弾丸を解放して、全員を吹き飛ばすつもりだったが、そんな無茶をせずに済んだらしい。

 かなりの空気砲となったであろう。

 この商会を壊さずに制圧できそうだ。

 加えて、俺に対して相手も結構萎縮しているため、思った以上に楽に任務を遂行できた。


「な、何で……」


 男は膝から崩れていき、そのまま地面へと倒れた。

 俺を最初からずっと狙っていたように、俺が情報を聞き出して油断している隙に背後から攻撃しようとしてきたため、普通なら死んでただろう。

 情報を俺に伝えたところで、口封じのために俺を殺せば漏洩にはならないから俺を惨殺しようと実行し、周囲に複数もの人達がいたのだが、彼等にまで聞こえてないはずで、もし内容を聞いていたら確実に殺される。

 しかし超回復すら使わなかったな、今回は。

 金猫族の女を基準にしてしまっている節があるため、気を付けねばならない。


「透明化が解けかけてたからな、簡単に見破れた訳だ。逆にどうやって鎖から抜け出したんだ?」

「か、から……だ、のか、関節、を……」


 身体の全ての関節を外して抜け出したようだが、人間技じゃない。

 今度は関節すら外せないような、独特の縛り方を模索すべきだろうか。


「俺が何者かって聞いたな?」

「……ぁぁ………」


 俺が何者か?

 そんなの自分自身ですら知らない。

 異世界の記憶を持ち、暗黒龍と精霊と契約した、単なる忌み子の一般人だ。


「俺はノア、ただの新人冒険者だ」

「……う、そ……っす、ね」


 新人冒険者というのは本当だが、どっちを嘘だと言ったのだろうか。

 俺が嘘を吐いてるのはノアという名前の方で、新人冒険者というのが本当だ。

 しかし相手からしたら名前が本当で、新人というところが嘘だと思っているのだと予想できるし、実際に八人相手に立ち回れる人間が新人だと聞いても、俺だって嘘としか思えないだろう。

 いや、もしかしたら、職業能力次第では可能だろう。

 現に俺のような存在がいないとも限らない。

 それに男の能力は隠密性能に長けているようだが、他にも隠し持った能力で俺の職業を看破したり、解析における道具でも持ち合わせていたのか。

 俺が考えても無駄な内容だが、どちらを『嘘』と宣ったのかは何故か気になった。


「なぁ、アンタは――」


 もう、その男は死んでいた。

 だから言葉が途切れてしまう。

 最後の力を振り絞って手を伸ばしていたようで、その先には男にとっての仲間がいた。


(俺は一体、何を聞こうとしたんだろうか?)


 先程、何かを聞こうとした。

 だが、その言葉は紡がれなかった。

 自分でも何を質問しようとしたのか、何を聞きたかったのか、脳裏に出現した疑問は結局口から出て来ずに、死んだ生命をワザワザ復元させてまで聞く利点も無いから、いやむしろデメリットしか生まないため、俺はこの場で蘇生能力を駆使しない。

 行使する能力の代償分の対価に見合わない、だから質問内容について、記憶から自然と消滅した。


「アンタの言葉通り、他の奴の命だけは助けてやるよ。こっからは尋問の時間だな」


 錬金術を駆使すれば拷問が可能だ。

 体内の神経に干渉して、地獄の苦痛を与えられる。

 一切手を汚さない拷問術だ。


「さて、と……」


 まるで俺が悪役になった気分だ。

 ともあれ俺は男達へと近付いていき、その場で一人ずつ錬金術を駆使して拷問を開始する。

 嘘を吐けば拷問、喋らなければ拷問、死んだら蘇生、本当の事を喋るまでは終わらない一種のループに、どれだけ耐えれるか見ものだな。

 それに加え、記憶に干渉すれば一時的に他者の記憶も覗き見るのも可能だ。

 だから俺の気が済むまで拷問する方針で、他に情報を持ってないか確かめるとしよう。









 男達から得た情報というのは有意義なものばかりだったのだが、拷問するまでもなく、簡単にある事無い事ペラペラと喋ってくれた。

 心晶眼があると、こうした情報の精査も簡単だ。

 相手が嘘を吐こうと、簡単に看破可能であるのは非常に便利である。

 それから、有益な情報を手に入れたところで、衛兵達がやって来た。

 なので、後は衛兵に任せた。

 俺は盗賊を三人も斬殺してしまったのだが、事情聴取の時に対応してもらった衛兵が言うには、市民を守った冒険者の俺は罪に問われないそうで、もしも刑罰に発展する場合は蘇生させていた。

 俺だって旅始めに捕まりたくはない。

 捕まったところで簡単に脱獄できるが、流石にそんな真似はしない。

 それに、ユグランド商会の商会長(キース)が証言してくれたため、俺に過怠は無い。

 盗賊団を衛兵達に連れていってもらった後は、錬成を駆使してドアや壊れた場所を都度修復して、幾何かの報酬もゲットできた。


「ノアさん、今回もありがとうございました」

「気にするな、依頼を熟しただけだ。それより、ナトラ商会って何処の商会なんだ?」

「結構有名な商会のはずなんですがねぇ」


 俺が知らないだけで商業界隈では有名らしい商会だが、耳にした記憶も全く見つからない。

 手に入れた情報はナトラ商会に関する事項ばかりだったのだが、どうやらグラットポートで開催されるオークションにも出品するそうで、尋問時には競売品も幾つか脳裏に思い浮かんでいた。

 ナトラ商会の弱点や経済、交易ルートといったものとかも何故か知っていたので、それを魔眼で吟味して全部本当だったので驚きだ。

 何故に雇われた奴等が知ってるのだろうか……


「そのナトラ商会のお抱え調教師がアンタを襲うよう命令したんだが、その調教師がどうも不審でな」

「どういう事ですかな?」

「盗賊達から記憶を漁ってみたが、調教師に関する記憶が不自然に消されてた」


 だから、調教師が誰なのかは誰にも分からない。

 グラサンの男の記憶から見えた唯一の手掛かりは、記憶を消したモンスターだ。

 ただ、記憶干渉によって洗脳されていたようで、そのモンスターの影響下にある映像を長時間見続けるのは、流石の俺でも危険だと判断して、即座に記憶映像への干渉を解除して今に至っている。

 記憶操作のモンスターなんて数える程であり、チラッと見えた姿から、答えを導き出した。


「『リーテール』ってモンスター、知ってるか?」

「えぇ、人の記憶を喰らうモンスターでしたか。まさか、そのモンスターの影響で?」


 フォルムは普通のトカゲのようではあるが、記憶領域に干渉し、調教師の命令によって記憶に靄を掛けた。

 だから盗賊達の誰も、覚えていない。

 相手は結構用心深いようだ。

 尻尾が異様に長く、相手に巻き付いて記憶干渉の能力を発動する。

 記憶操作に対抗する術は殆ど無いと言われているが、貧弱なので身体に電撃でも流しておけば、記憶を改竄される心配も杞憂となる。


「そのモンスターに一部記憶が改竄されてたようだ。黒くなってて会話時の状況が殆ど見えなかった」


 誰かと話してる記憶を覗いたが、記憶の途切れていた改竄箇所を発見、多分足元にでも巻き付かれたかして、気付かれないうちに記憶改竄されたのだろう。

 音を立てないのが厄介なモンスターだ。

 しかし、森の奥とかでひっそり生息しているため、人里では滅多に目撃しない。


(きな臭くなってきたな……関わりたくねぇな)


 その調教師の実力が不明瞭な以上は、あまり戦闘を繰り広げたくないものだ。

 だが、調教師との戦闘なら、多分何とかなる。

 職業による相性の問題だが、錬金術と精霊術、影の能力を合わせて使えば、接近戦に持ち込んで敵を排除するくらいはできる。

 けど俺は、キースの護衛でも何でもない。

 必要な情報を全て書類に纏めておいたので、これで俺の仕事は終了だ。


「情報は紙に書いて渡したし、俺の仕事はここまでだな。後は冒険者を雇うなり何なりしてくれ」

「はぁ……」


 俺はまだGランクなので、指名依頼を受けられない。

 ユグランド商会の沽券にも関わる問題でもあるし、大商会がGランク冒険者を雇った事実が周囲に漏れると、金が無いのか、なんて思われたりする。

 ブランドに傷を付けるのは忍びない。

 悪評や噂というのは、広まるのが意外と早いものだ。

 悪い噂が流れると、客層にも響いてしまうだろうし、余計な真似で迷惑を掛けたくない。


「残念だが、俺は手伝えない」


 指名依頼はFランクからとなっていて、Gランクは仮免許みたいなものなので、まだGランクのままの俺では指名依頼は不可能だ。

 まずギルドが認めないだろう。

 余計な制度が付いたものだが、規則は規則、諦めてもらうしかない。


「まぁでも、また何かあったら呼んでくれ。その時は格安で手伝ってやるよ」

「えぇ、何度もありがとうございました、ノアさん」


 白昼堂々と店を襲った奴等は消えたが、今度は夜に寝首を掻きに来るかもしれない。

 四六時中気を張るのは、冒険者でもないキースには難しいだろうし、いつ如何なる時に命を狙われるか不明な以上、周囲の警備を固めておくのも得策だ。

 早めに戦闘奴隷の購入をお勧めする。


「じゃ、またグラットポートで」

「はい、またグラットポートで」


 互いに握手を交わして、俺はユグランド商会の外へと出ていった。

 必要な情報を大体仕入れられたので、俺のキースへの用事もこれで終わり。

 ガルクブールでの出会いと邂逅、そして別れと旅立ち、次なる土地での出会い、それから別離、一期一会の旅が繰り返されるだろうが、そんな自由気ままな旅を、今はたっぷりと満喫するとしよう。

 次は財宝都市、グラットポートだ。






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