第24話 次の都市への計画を
体内に流し込まれたグリーンローズが、程良く疲労を回復してくれるようで、中々に味わい深いものだ。
それは相手がいるから、でもあるだろう。
師匠であるラナと会話に花を咲かせている。
彼女と別れてから何をしていたのか、魔境でどのような生活をしてきたのか、基本俺が話して彼女が聞き手側に回って楽しい時間を消費していく。
だが、何故だろう。
楽しいと思った時間は、早く過ぎ去っていく。
参加者が二名しかいない小規模な茶会は、一刻千金と呼べるくらい俺には価値のある時間であり、しかし着実に終了が迫っていた。
紅茶を飲みながら時間一杯に寛いでいると、不意にこんな質問をされた。
「ヴィル……いえ、ノアはこれからどうするのですか?」
どうするのか、それは変わらない。
俺は勇者達に裏切られたために傷心旅行しようと決め、手始めに冒険者登録する目的でガルクブールを訪れたが、傷はまだ癒えていない。
少しは軽減されたとは言っても、まだまだ俺は世界を旅したいと思っているため、このまま次の都市へと向かうつもりでいる。
冒険は好きだしな。
それに世界だけじゃなく、自分自身についても色々と向き合う時間が必要だ。
「近いうちに、ガルクブールを出ようと思っています」
「そうですか……」
俺の返答に対して、驚愕の兆候や素振りは一切見受けられなかったが、彼女の形相から察するに、俺の考えを予測していたであろう。
俺が冒険者になった、という一つの現実。
そこから、俺達の生き方は決定された。
自由に大空を翔ける鳥のように、冒険者は神秘と浪漫と一攫千金を夢見て、何処かへ駆けてゆく。
何処に行こうかはまだ決めてないが、取り敢えずは別の場所への旅行計画を立案中、着想にまで至ってないのが残念極まりない。
無計画とまでは言わないが、行き先に関しては考えてなかった。
そう思慮を巡らせ反省していると、彼女が何処かから大きな地図を抱えてきた。
地図に邪魔されて前方が完全に視界不良となっていたのにも関わらず、片付け終わってない場所に敷こうとしていたので、カップやケーキスタンド等の茶会品は全て一時的に影へと沈めておき、空いた場所へと置いた。
見ると、中心をガルクブールとした周辺探索の地図なのだそうだ。
「これは、ガルクブール周辺の限定領域地図です」
ガルクブール周辺の広いマップがテーブル上に示されているのだが、幾つかの箇所にはバツ印が記載され、そのバツ印はどれもが地図の北方海域に付いていた。
最近では魔王軍が北の方で暴れているらしく、ここで考えられるのは陥落した都市とかだろう。
とは言っても、これは南大陸の地図である。
故に魔王軍の侵略とかは想像でしかなく、実際にその印の箇所で何が起こってるのかは情報不足なため、北方海域に関しては知らない。
距離的に、結構離れている。
だから噂も届きにくいのかもしれない。
「あの、北の海の真ん中にある、このバツ印は何です?」
「数ヶ月前くらいから、そのバツ印の辺りで巨大な渦潮ができたのですよ。なので他国で調査依頼とかが出てるそうなのですが……」
「芳しくない、と?」
「はい」
冒険者が危険な海中へと潜る行為自体が、まず基本的に有り得ない。
海の中で呼吸するための職業や魔法、異能の類いか、もしくはエラを持つ種族でない場合は、海中で自由に泳いだりするのは困難を極め、水中では抵抗力が強いから剣を振るうのも難しい。
困難というよりは、水の抵抗によって剣速が遅くなるので剣は役立たずの烙印を押され、身体の動きはどう足掻いても鈍臭くなってしまう。
精霊術を駆使すれば俺でも水中活動は可能だろうが、今度は酸素問題に突入するため、課題は多そうだ。
「ジュラグーン霊魔海という名前なのですが、潮流的には渦潮は発生しないはずと、地理学者が言ってたのを聞いた記憶があります」
「ジュラグーンって確か、サンディオット諸島のある海域でしたっけ?」
「はい。漁師達が渦潮のせいで魚が獲れないとボヤいてるそうですよ。被害で言えば、かなりのものだそうで」
サンディオット諸島というのは、世界的に有名な観光名所としても知られており、その土地は年中真夏のような場所らしい。
寄せる波打ち際、輝きを放つ砂浜、水着やアロハシャツみたいなラフな服で燥ぐ観光客達、そこは海が一番綺麗な島々だと言われているのだ。
確か三つの巨島が存在して、その島々にはそれぞれ伝統行事があったと思うのだが、行った事無いし知識でしか記憶してないので詳細は知らない。
陽光龍ジアを祀る祭壇があると聞いた。
太陽の国とも言われているようで、活気ある治安良い街なのだとか。
いつか行ってみたいものだ。
(こっからは結構距離が遠いから、まだ行かない場所ではあるが……それより今は周辺国だな)
このガルクブールを中心として、南は魔境なので論外、西に行くとザラ山脈、それから山脈を横に貫通させた洞窟を超えて、超巨大迷宮都市フラバルドがある。
東に行くとジーニャル草原、その草原を越えた先は小さな街らしい。
「ガルクブールは、ジートレア大陸の中央島北に位置してますが、この都市からなら一応東大陸にも行けますよ」
この南大陸は、幾つかに土地が分裂して海水が流れ込んでいるため、言うなれば巨大な島国みたいなものだ。
地盤沈下のせいで低地は海に沈み、いつしか貿易や他国への連絡として船が使用されるようになった。
それで沈んだ低地部分が海路となり、東大陸と海で繋がっているために、物流が物凄く盛んなのだと彼女は丁寧に教えてくれた。
「船、か……」
この一つの大陸は、『南』に位置している。
近くには東大陸がある。
その大陸へは連絡船を利用すれば渡航可能だそうだが、東大陸は俺の元住んでいた故郷でもあるため、その大陸にはまだ行かない。
いや、行くべきじゃない。
「それでしたら……東ではなく北方面はどうですか? 海路を北へと渡航すると、一つの大きな街がありますよ」
「大きな街?」
「はい、ここです」
彼女が指差した場所を見てみると、このジートレア大陸を真っ直ぐ北上すると見えてくる場所、とある街が地図に描かれていた。
名前は『グラットポート』、世界最大の財宝都市、があるそうだ。
陸路、空路、そして海路、そのどれもが財宝都市であるグラットポートへと物品が搬入されて、取引等が実施されているのだと何処かで聞いた。
財宝が運び込まれる巨大な街、だから財宝都市だと言われている。
「一月と四月、七月、そして十月の計四回、市場最大のオークションがあるんですよ」
「へぇ、面白そうですね」
記憶を漁ると確か、その四回は全部十五日に開催されるはずであり、つまり丁度一ヶ月後の今頃はオークション会場が湧き上がっている。
そのオークションでは、全ての物品が売られているとまで噂され、アクセサリー類や魔導具類、伝説の名刀だったり、神話時代の遺産、ダンジョンの財宝や呪具、果ては奴隷まで競売に出される。
しかもオークションである以上、新品同然の物が出品される場合が殆どなので、まず間違いなく能力の高い奴隷も購入可能かもしれない。
奴隷を買うのに、お誂え向きというものだ。
グラットポートは、南と西が海に面しているし、北と東は陸路となっているので、馬車や列車での移動もあるとの話なんだとか。
「グラットポート……決めました。俺、その都市に行ってみようと思います」
色んな物が売り買いされる場所か、何だか心躍るようで、心音が高鳴っていく。
「グラットポートに行くなら、造船所四番乗り場へと向かうと良いですよ。これ、チケットです。私は基本使いませんので、どうぞ使ってください」
「なら遠慮なく……ありがとうございます」
彼女から一枚のチケットを受け取り、それを影に仕舞って礼を述べておく。
本当は金を払う、と言いたいのだが、前に一度同じような遣り取りをして似たような状況で、一切金銭を受け取らなかった経緯がある。
だから、金は払わない。
その代わり、この貸しは今度何処かで返す。
これで残るは、次の都市へと行くために、準備を済ませるだけとなるだろう。
ガルクブールを出立する前に会わねばならない人物が一人いるので、明日会いに行ってみようと考え、窓の外へと視線を贈った。
もう午後五時、日が沈み始めている時間帯だ。
夕焼けに消え行く太陽が、外壁より下へと沈み込むようで、次第に闇が都市全体を覆い隠す。
やがて魔導灯が、都市全体を闇から守るために、灯り始める頃合いか、いつまでも長居していたら彼女の仕事の邪魔になるし、今日はこの辺で失礼しよう。
「いつまでもお邪魔している訳にもいかないので、そろそろ帰ります」
「……そうですか、寂しいですね」
折角再会できたと言うのに、もう弟子の俺は何処かへと行ってしまう、確かに彼女の立場からしたら寂寥感は溢れるばかりだ。
いや、俺の訃報を聞いた後の寂寞よりも倍増して、彼女の心を襲撃しているのやもしれない。
しかしながら、俺は自由を象徴とする冒険者だ。
自由に生き、そして自由に世界を見て、そして自由に自分の死に様を決める、それが俺達冒険者という生き物の性であるのだ。
「でしたら、これを貴方に」
再び彼女が作業机の方へと歩いていき、今度は引き出しから一つのペンダントのようなものを取り出して、眼前にまで戻ってくる。
小さく駆ける姿は幼児のようで、微笑ましい。
本人に言えば確実にパンチを喰らうだろう。
だから口を噤み、彼女の持っていたペンダントへと目線を落とす。
銀色に輝きを放つ小さなクリスタルのような石、それを目にした瞬間、何かを理解した。
それは俺が試験の時に探してた七十八番の品、中々手に入らない一種のお守りだ。
「それ、『銀星玉』ですよね?」
「はい。試験番号を見ましたので、試験の時に探しておきました」
彼女が採取したのは、俺の正体が露呈するより結構前、つまり彼女が俺のために採ってきた、という表現は些か不自然ではある。
仮に愛弟子のために、なら納得できる。
プレゼントとして加工して、ペンダントにできるから。
しかし、彼女が採取したのは俺の正体がウォルニスであると知覚する前。
ならプレゼント、という可能性は自ずと潰れる。
何でそんな真似をしたのだろうかと疑問に感じたが、恐らくは俺に関して興味を持っていた、だから好奇心の一環で採ってきて、取引に利用する気だったと思われる。
彼女らしいものだ。
考えられるのは、冒険者登録の手続き時に執務室で俺の魔力を感受した、といったところか……或いは何処かで擦れ違った時に俺を知ったか、くらいだろう。
もし俺と街中で擦れ違う時が来ても、お互いに気付きはしないだろう。
俺は魔力を抑えているため、彼女は職業能力で大人の姿に幻影体を纏っているため。
過程はどうあれ、銀星玉のペンダントを差し出され、素直に頂いた。
「これはお守りです。師匠から、弟子の貴方へ」
「ラナさん……」
銀星玉というのは、『スターバレット』という綺麗な鳥モンスターが落とす涙が結晶化した代物だ。
星の力を溜めているらしく、この銀星玉を持った者には不思議な力が宿るとも言われている超希少素材なのだが、まさかお茶会の場で出てくるとは思ってなかった。
とんだサプライズだ。
その加工された宝石に繋がっている組み紐を、首から下げて服の中へと仕舞う。
「大切にします」
「はい」
七十八番のお守りが、首にぶら下がっている。
何だか師匠の抱擁を受けているように思えて、心に安寧が生まれている。
希少であるし、師匠から頂いたのだ、大事にしよう。
「連絡船なら三日と掛かりませんから、講習を受けて、それから次の都市に赴くのが一番だと思いますよ。師匠からの一つの助言です」
「アハハ……分かりました。では、失礼します」
世話焼きな彼女からのアドバイスを頭に入れて、俺は執務室を後にした。
また会える、それだけで充分だ。
彼女との会話の記憶を脳裏で再生させながら、夜の支配者たる星空の下へ、俺はギルドの外へと出て行った。
宿に帰って食事を済ませ、ベッドへと就寝する、その一連の流れが即行で過ぎ去り、気付けば翌日、俺はユグランド商会の本拠地を訪れていた。
目的は一つ、奴への挨拶回りだ。
すでに知り合った奴等の大半は別の都市へと行ってしまったので、残る一つへとやって来た。
ガルクブールに来る前に、助けた商会がある。
それがユグランド商会という大商会なのだが、本拠地前に突っ立って、現在建物を見上げていた。
「デケェな……」
建物が六階建てとは、異世界建築でもあまり見ないくらいの巨大建造物だ。
さながら豪邸のような建物に、入っても大丈夫かと多少疑問に思ったのだが、他の客達も悠然と入店するのを目撃したので、俺も客に紛れて足を踏み入れた。
広くて開放感のある内装に、清潔感溢れるような壁の色、従業員もテキパキ働いている。
多く商会の建物では、物の売買を行っている。
中で露店を開く、まるでスーパーのような、自在に手に取って確かめたりできるが、この世界には職業が存在しているため、盗難に遭わないかと懸念が浮かぶ。
犯罪者の少ない都市ではあるが、魔が差す人間もいるかもしれない。
(ま、俺には関係無い話だったな)
あの業腹な商人だ、対策は打っているはず。
従業員の他には警護に雇った人間もいるのか、見張りをしている者達も逆に紛れている。
受付があるため商品を素通りして、現在空いている場所に滑り込む。
(確か都市に入る際、封書を貰ってたな)
キースから丸められた封書を預かってたのを思い出し、それを手に、カウンターへと赴いた。
「ユグランド商会・ガルクブール支店へようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「キースに、商会長に会わせてくれ」
俺の言葉にカウンター下から何かを出した受付の女は、俺へと怪訝な視線を向けながら、一枚の用紙へ指を這わせて確認を取っている。
多分、面会予定の記録表だろう。
時間的に考察すると、俺の名前が載っているのは時間通りの場所のはずが、しかし途端に不思議な表情へと変化していた。
「あの、面会のご予約はされてますか?」
「いや、今日初めて訪れた。が、キースから受付に封書を見せろって言われてな。取り次いでくれるか?」
面会するのに予約しなければならないとは、当然の措置だろう、しかし何とも面倒な制度だが、それだけ大きな存在なのだと理解できる。
ユグランド商会は世界的に有名な大商会であるが故に、誰かに命を狙われたりもするし、半月以上前にも鳥の軍勢を操作した誰かに襲われていたのも記憶に新しく、それに本人も多忙を極める。
だから、予約が必須であるようだ。
予約を取り付けてはいないが、この封書を見せれば大丈夫と商会長自らが口にしていたので、多分何とかなるだろうと考えて受付嬢の対応を見る。
大丈夫だろうと思いながら観察眼を働かせていると、封書を紐解いて中身を拝見した受付の女性が、見る見るうちに青褪めて慌て始めた。
「す、すすす済みません!! 即座に面談室へ、ご案内させていただきます!!」
「え、お、おぅ……」
封書の中身を見てないから何が記載されてたかは一切合切不明瞭ではあるが、あの慌て様から判断するに、相当なのでは無かろうか。
何が書いてあったのやら……
ともあれ、商会長へと面会できるらしいので、受付の女の後を黙って付いていく。
階段を一段ずつ踏み超えて、広い廊下を通ると、目的の部屋らしき場所へと到着した。
「ど、どうぞ、お、お入りくだひゃい!?」
緊張で舌を噛んでしまったようだ。
そんなに緊張せずとも良いのだが、本当に何が書かれてたんだろうか、あの封書……
「すぐ代表を呼んで参りますから!!」
俺が呼び掛ける前に、何処かへと走り去っていったため一人取り残され、仕方なく勝手にソファにでも座らせてもらおうと、ソファへと身を投げた。
フカフカのソファに腰掛けると、その腰がソファへと沈んでいき、高級感ある座り心地満点の長椅子だと即座に理解を深めて立ち上がった。
こんなとこに座ると逆に汚れてしまう、なんて貧乏臭い思考へ転換してしまった。
きっと孤児院や路上での掃き溜めの生活が長かったからだろうか、そんな考え方が過る。
(恥ずかしいものだな……)
金を持っていたところで、長年染み付いた貧乏生活の悪癖は抜け落ちない。
金銭感覚が鈍らないのは利点ではあるが、これからグラットポートに行くのに、貧乏気質が抜けないなら競売で欲しい品物を一つも競り落とせない。
それでは駄目だ。
椅子の前で右に左に歩き回っていると、丁度仕事を一段落させたのか、商会長が扉の向こうより降臨した。
「お待たせしまし……何をなさっているのです?」
「キースか……いや、何でもない」
貧乏だ汚れるだ等と、云々言ってられない。
それよりもユグランド商会には用事があったので、その用事を済ませるとしよう。
まずは挨拶から。
「取り敢えずは挨拶回りに来たんだ、一応馬車移動で世話になったしな」
「いえいえ、お世話になったのは私めの方ですよ、ノアさん。改めて、お礼申し上げます」
深々とお辞儀されて感謝の意を表されているが、大して何もしていない。
勝手に乱入して守ったに過ぎないのだ。
モンスターと一戦繰り広げただけで感謝されるのなら、世の冒険者は全員が毎日感謝され、お辞儀のオンパレードとなっているだろう。
そんな冗談はさて置き、ここからは取引のお時間だ。
「四月、グラットポートに行くからさ、アンタなら情報くらい仕入れてると思ってな。情報を買いに来た」
ここは商会、情報をも取り扱っている場所なので、先に仕入れておきたいと思った次第である。
このジートレア大陸は初めて来たため、情報は少しでも仕入れておいた方が安心できるし、何よりグラットポートについては雀の涙程度の知識情報しか持ってないのだ。
しかも一年前で情報は停止している。
だから、更新する上でも必要な行動だ。
オークション会場が何処にあるのか、とかは先に知っておいて損は無いし、何かの事件があるなら回避するための策を講じられる。
「ズバリ、世界最大のオークションですかな?」
まぁ、この時期にグラットポートに行く理由はそれが一番だろう。
いや、それ以外考えられない。
普通なら他の大陸への渡航のための寄り道、と考える場合もあるが、俺は冒険者になった身、当然彼も情報は仕入れているはず。
そこから類推して、オークションに行くと判断したのかもしれない。
「実は私も幾つか品を出品するのですよ、はい」
「そうなのか?」
「えぇ、オークション運営の方々に招待されているので、そこに幾つか出品しようかと」
初耳だが、オークションに出品するためには幾つか手順が必要となる。
しかし運営から招待とは、余程の大物でない限りはされないはずだ。
彼からカタログらしきものを手渡される。
分厚い冊子が、今回出品される全競売品の項目一覧なのだとかで、パラパラと捲っていく。
様々な物品が競りに掛けられるのだなと思いながら、ページが大きく三つに区切られていたので、これは何だろうかとキースに聞いたところ、世界最大のオークションが三日に分けられるそうで、そのための区分かと納得した。
一日目、二日目、そして三日目と分かれており、そのどれもがどれも面白い品物だらけだな、と記載された項目一覧を見て、率直に得た素朴な感想だ。
「なぁキース……アンタが、ユグランド商会が出品するのってどの品物なんだ?」
「はい、我がユグランド商会は世界各地から様々な品をグラットポートへと運搬するのですが、私自らは南方を担当しておりましてな、そちらで見つけた幾つかの珍品を競売に掛けるのですよ」
彼が向かい側からページを捲って、それを示してくれたのだが、一日目から三日目まで、出品順がバラバラとなっていた。
これは恐らく、誰がどれを出品したのかを悟られないようにするため、出品者本人が襲撃されて品物が奪われないよう配慮した結果だろう。
彼の示した出品物は合計五つ、ランプに聖剣、壺に鏡に絡繰り人形。
順番とか以前に、品物の分類までバラバラだった。
「アスランの古代遺産/魔神ランプ、聖天剣ストレーディア、ムゥノの海壺、魔法鏡、大和の絡繰り人形、か」
アスランの古代遺産というのは、太古の昔に魔法を開拓したと言われている人族アスランが、何かの目的で造ったとされている百八つの魔導具だ。
聖天剣ストレーディアは古代の種族間大戦争時に失われたとされる聖剣の一つ。
ムゥノの海壺は、海洋生物を入れられるもので、際限は無いらしい。
魔法鏡は、自身の心を映し出すと言われてるもので、謎の多い鏡だそうだ。
最後に絡繰り人形は、自動戦闘に特化した兵器のような強さを誇る、現代の絡繰りに偏才化した魔工技師が造ったとされる超有名な絡繰りなのだとか。
(大和……極東出身の人間か?)
カタログには写真とかが載ってるものの、大和なる人物についての説明も写真に関しては何も載っていない。
まぁ、当たり前か。
絡繰り人形については写真で載ってるが、こんなデカいの誰が買うのだろうかと思ったが、きっと買う物好きはいるのだろう。
(ってか、どれだけの品数、競売に掛けられてんだ?)
パラパラとページを捲ってくが、二百ページ以上もあるため、本当に凄い品数だ。
数多くの魔導具や宝剣、歴史的な貴重品から、呪われた物品まで様々で、しかし俺にとって何かが欲しいと思ったりはしなかった。
武器の類いは錬成で事足りる。
道具類も自作できよう。
財宝も影に入ってるからワザワザ買う必要も無し。
自然物生成も精霊術が可能にしてくれる。
貴重品を愛でる趣味嗜好も持ち合わせてないので、買う気も起きない。
つまり出品物の大半が俺から見ればガラクタ同然のゴミばかりなのだが、パラパラ流し読みして捲っていると、三日目のとあるページより先に、ずっと気になっていた情報が沢山載っていた。
「おぉ、奴隷品目でございますな。ノアさんは奴隷にご興味がおありで?」
「まぁな。なるべく強い奴が欲しい」
ここは合法的に奴隷が売買される場所であり、数えると合計して十人の奴隷が競売に出品されるそうだ。
見た目、年齢、種族、職業、身体的特徴から性格まで、そういった奴隷の情報が事細かに、本当に詳細に羅列されていたため、その調査力に脱帽する。
獣人種、エルフ、ドワーフ、海人族、小人族、龍神族、人族以外の十体が売られるらしいだが、全てが違う種族であるため、よく揃えたものだと感心する。
だが、十匹の奴隷全員を買う訳にもいかない。
奴隷ハーレムとかお断りだ、面倒極まりないし。
それに能力値を鑑みても何匹かに絞れるが、自身の直感を刺激する存在がいない。
「……ん?」
そんな考えを他所に最後のページを捲ると、そこには一人の獣人が写真として映っていた。
写真で見る限りでは、白い乱雑な長髪、栄養不足による肢体だがスラッとした痩躯、獣人種としては魔狼族という種族らしい。
何故か、俺はその獣人が気になった。
金猫族と同じくらい、いや、それ以上にレアな種族のはずだが、かなり妙だ。
(魔狼族って黒髪に赤や紫の瞳だったはずだが……)
プロフィールには魔狼族と書かれているが、彼女の髪や獣の特徴である狼耳と尻尾も白い。
純白の獣人、不思議なものだ。
神聖さすら纏っているかのようで、美しい。
だが、特徴のはずの瞳というか目元全体が包帯で覆われているため、何故隠しているのか気になったものの、下の説明欄らしき場所に理由が書かれていた。
それは、火傷によって爛れた肌を隠すため、らしい。
「火傷により目が見えない、か」
年齢は十六、職業保有記録無し、魔狼族なのに雪のように真っ白で、職業も無いのに固有能力が使えるらしく、是非とも欲しいものだ。
そんな感情が駆り立てられる。
彼女達に名前が無いのは、奴隷に人権が無いからであり、主人となる者が決められる。
十五歳になれば誰しもが職業を授かるはずなので、彼女に職業が無い理由は、単に職業選別の儀式を受けてないのだと分かる。
十五歳になる前に奴隷堕ちしたか、それとも奴隷商人が職業選別の儀式させなかったか、どっちかか。
一応、十五歳以上で職業を授かれる。
上限無し、つまり十六歳でも八十歳でも、好きに職業を授かれるが、下限は十五歳である。
それ以下は職業を入手できない。
「この奴隷が気になるですか?」
「まぁ、な」
目が失われているなら、あの実験ができそうだ……
彼女の目を治す、いや、それ以上の措置が、今の俺なら可能となる。
錬金術師の能力は、単に分解や物質変換のみならず。
「取り敢えず全部覚えたから返す、これで充分だ」
「え、あ、はい」
一応は情報を仕入れられたものの、オークションのルールに対する知識は乏しいため、そういった情報も精査しておきたいところだ。
事前準備からオークションは始まっている。
資金準備や物品の管理、有力な人物の参加から、何を競り落とすのか、そういった全てだ。
「何かルール的なのってあるか?」
「特にありませんよ。前日に会場登録しておかなければなりせんが、参加は誰もが自由です。まぁ、後は常識範囲内であれば問題無いかと」
騒がない暴れないといったところか。
そんな内容は誰しもが認知している規則的常識だろうが、参加者の中には犯罪者がいたりする場合もあるのだとかで、武器の所持とかは認められていない。
絶対に受付で没収されてしまうそうなのだが、俺ならば安心だろう。
俺は腕輪を錬成して武器にする戦法だし、もし仮に没収されても地面や何かしらの機材を錬成したりして即興武器を形成できれば、一応戦える。
それに、素材が無かったとしても人体を錬成させて、武器を生成できるし、簡単に武力行使が可能となる。
「因みにお聞きしますが、奴隷を購入されるので?」
「あぁ、何か問題あるか?」
「いえ、意外だと思いましてな。先程は強い者が欲しいと仰っておりましたが……」
ソロでも冒険者として普通に食べていけそうなのに、何故奴隷を買おうしているのかを、素朴な疑問として抱えているのだろう。
まぁ、確かにソロでも冒険はできるだろう、しかしそこまで悪目立ちしたくないのだが、最近は何故か自分の望みとは真逆に事が運んでいる気がする。
だから、奴隷を買って戦ってもらいたいのだ。
俺の代わりに戦闘に赴かせる。
あれ、何だか奴隷に戦わせて自分だけ楽しようとしてる俺って……絵面的に最低な気がする。
「ま、まぁ、仲間が欲しくてな……」
それに、実験台としても欲しかったところだ。
目が火傷して使えないならば、その目に関する実験をすればデータが録れるはずだ。
人間の目と魔物の目は異なる性質や構造を持っているのが非常に多いから、参考にならない。
「奴隷を買うのでしたら、恐らくは数億はするでしょう」
「そんなに高いのか?」
「今までの奴隷購入では、最高落札価格が十七億ノルドでしたね」
十七億もする奴隷って誰が買ったんだよ。
そう突っ込もうとしたが、僅かに変化した俺の表情から察して、先回りに解答してくれた。
「数代前の勇者様がご購入なさったとか」
「あ、そう……」
異世界人だろうか。
こういった行事も大体テンプレとしてあるだろうし、勇者召喚で召喚された勇者達には特殊な職業が宿っているだろうから、金稼ぎと奴隷購入に出した金額は、釣り合いが取れているはず。
十七億くらい、チートで何とかなる、はずだ。
真相はさて置き、俺の手持ちを確認する。
(まぁ、十七億なら大丈夫か)
影にある金を使えば買えるだろう。
単位が『億』ではないので、多少無駄遣いしても生活に支障は出ない。
ただ、目を火傷した職業も持ってない女を、誰か買いたいと思う奴はいるだろうか?
そういったのは物好きのみだが、俺も物好きだ。
職業ガチャ的な楽しみもあるだろう。
その少女がどんな職業を入手できるか、それによって戦闘的な対応も変化してくるだろうし、その少女を購入できた場合、育ててみるのも有りか。
役立ってくれそうだ。
「アンタもオークションに出るんだろ?」
「えぇ、当日と二日目に出品します」
「三日目は?」
「三日目は出品しませんが、欲しいのがありますので見ていこうかと思っております」
三日目は、その日に回された品物と奴隷十体が売られるはずだ。
何が欲しいのだろうか。
まさか俺と同じ奴隷を狙ってるのか?
「いえ、別に奴隷が欲しい訳ではありませんよ」
「なら何が欲しいんだよ?」
「三日目に売られるとされる絵画、『真夏の夜』というタイトルの絵画が欲しくてですね」
絵画か、中々に古風で良い趣味を持ってるようだ。
芸術というものには本当に無頓着なので、絵画や彫刻とか俺には風情を感じられないが、中には芸術を正しい審美眼で見れる者も多いらしい。
審美眼を磨いたところで贋作があったりするため、貴族のお抱えの中には目利き、鑑定士がいる。
ただ、特級の贋作師や芸術家の職業保持者は、本物と変わらない代物を創り出せる能力があったりするらしいので、鑑定で見破れない場合も有り得る。
それだけ職業には無限の可能性が秘められている。
職業能力による看破が上か、それとも贋作が上か、それはその人間達の力量で変化する。
「私の持つ奴隷の中には、鑑定能力に長けた者がおりますので、大丈夫ですよ」
「そ、そうなのか……」
鑑定能力は結構レアなはずだが、それよりは戦闘奴隷を買った方が良いだろうに……
いや、奴隷がいるなら、その者を側仕えとして従事させるべきだろう。
何故しないのだろうか。
「何で戦闘奴隷を側に置かないんだよ?」
「いやぁ、大丈夫かなぁ、と」
何という楽観的な考え方をしているのだろうか。
命狙われてるのに、随分と自身に対する警備が緩いな、この商会長は。
「アンタ馬鹿か……まぁ、前にも言ったが、それはアンタの自ゆ――」
喋っていると、下の階から喧騒が聞こえてきた。
商人である彼には聞こえないようだが、肉体が強化された俺には小さくとも声が耳朶を震わせ、探知してみると何人かの人間が下で暴れているらしい。
まさか刺客でも入店したのだろうか、商会の邪魔をしに来たようなのは探知で判明している。
刺客なら、堂々と来ないか。
ともかく何かが発生したなら、ここは商会長の判断に委ねるとしよう。
「一階で何かあったようだぞ」
「はい?」
「何人かが暴れてるらしいな。で、どうする?」
下階層には強い人間はいない。
森で戦った暗殺者と比べると、大人と稚児くらいの差がある。
つまり現在建物内には、下で暴動に走っている謎の集団より強いのは、実質俺しかいない。
「ど、どうするって――」
「ここに腕利きの冒険者がいるぞ。俺を雇用するなら……商会長、俺はアンタの命令に従わなきゃならねぇ訳だ」
「ノアさん……」
いつでも出られる。
だからこそ、俺は自分を売り込む。
「分かりました。では、従業員を守りつつ鎮圧した暁には、言い値で報酬をお支払うと約束しましょう」
「あぁ、その依頼、承った」
本当は闇依頼のような立ち位置になってしまうが、緊急事態であるため、また俺が個人的に動くだけの話だから、ギルドを通さずにキースからの依頼を受注する。
それに闇依頼と違い、正当性あるものだ。
受けても問題無かろう。
階段を降りると時間が掛かって仕方ないので、窓へと堂々と闊歩していく。
これから何をするか理解したようだ。
驚くキースを他所に、開いている窓前に立つ。
その開放されていた窓の縁に足を掛けて、そこから躊躇無く飛び出して、一階へと降り向かった。
キースには馬車で運んでもらった恩がある。
それに利用価値もあると判断した。
だから依頼を受けた。
さて、サッサと刺客達を退治して、商会長から報酬を頂くとしよう。
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
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