第22話 講習と対話と依頼とを
まさか迷宮王とまで言われた男が、こんな講習会に現れるとは思っていなかった。
予想外も良いところだ。
片腕無くしてからも、こうして冒険者の仕事を引き受けてるとは、やはり未練があるのでは無かろうか。
引退した冒険者の役割は基本、後任の育成である。
冒険者として活躍したイロハを、次世代に紡いでいくという崇高な使命がある、とギルドが懇願して冒険者引退の人間として参加するのは普通にある。
が、それはBランクやAランクの場合が多い。
理由はとしては、引退したところでSランクはSランク、ギルドが支払う金銭的問題もあるからだ。
「まず、お前達のランクについて話すぞ。全員ギルドカードを出しやがれ」
しかし、現在恐らく三十歳くらいの中年男性が早くも冒険者を引退するとは、やはり世の中の厳しさが垣間見え、その証拠が斬り取られた腕だ。
左腕を代償に、命だけは助かった。
代わりに多くを失ったであろうと予想できる。
いきなり口調が荒々しくなったが、本当に指導教官が務まるのか、ここはお手並み拝見と行こうではないか。
「まず、その白いカードはGランク冒険者の証、一番下っ端って意味だが、そのランクを上げるためには『依頼』を受けなくちゃならねぇ。依頼の種類は基本五つ、共通、指名、緊急、特殊、そして常設依頼の五つだ」
本当は他にも依頼の種類はあるのだが、ギルドとしては五つの依頼に分類されている。
それが基本だが、冒険者のルールには抜け道もある。
そこを取り締まるのも冒険者の務めだが、他にも塩漬け依頼だとか、闇依頼、二重依頼とかも存在する。
「『共通依頼』は自分の階層ランクの一つ上、一つ下までを受けられる制度のものだ。ギルドのロビーにある掲示板に貼ってある依頼票を受付に持ってけば、まぁ受けさせてくれるって寸法よ。詳しい内容は依頼票に書いてあらぁ。後で確認しとけ」
「適当だな、ちゃんと説明しろよ」
「面倒だなぁ。ってか、そんなもん数熟しゃあすぐ覚えるもんなんだよ。一応、お前等は最底辺だからFランクのみ受けられる、サッサと受けてFランクになれ」
適当どころの話ではない。
しっかりと説明する気は薄そうだが、確かに何度も繰り返せば即座に覚えるだろう。
身の丈に合った依頼票を受付に持っていく、実質それだけの行動だ。
掲示板には多くの依頼が貼り出されているのだが、依頼票はギルドカードと同じように色別に分類されており、それを取って受付に持っていくと依頼を受注できる。
勿論、依頼達成によって報酬を貰えるが、逆に依頼失敗によって違約金が発生して、払えなければ期限付きで奴隷堕ちとなってしまう。
「指名依頼は……まぁ、今のお前等には関係無いな」
「ちゃんと教えなさいよ!!」
「ったく、うるせぇなぁ。分ぁったよ面倒臭ぇ」
本音が駄々漏れであるが、本音がそもそも態度に表出しているため、完全に説明の手間を省きたいと考えているのは理解できる。
巫山戯んなと言いたいところだが、ギルドに関する基本的な情報は全てラナから一通り教えてもらったので、本当は講習なんて必要無い。
では何故ここにいるのか。
GランクからFランクに上げるためだ。
勿論それだけでなく、情報収集の一環として参加しているに過ぎない。
「『指名依頼』ってのは、冒険者としての名声が広まって有名になると発生するもんだ。ギルドに指名制で『○○君に依頼したい〜』みたいな感じで依頼されるもんだ。因みにだが、国や貴族からが多い」
「拒否ったらどうなるんだ?」
「最悪死刑だな」
受けるか拒否るかは冒険者の自由ではあるが、国からの依頼を放棄したり断ったりした場合、逃げたと判断され、国に泥を塗ったという名誉毀損で打ち首だ……なんて事態に突入する可能性が高い。
まぁ、裏技は幾つかあるのだが、最も簡単なのは他国へと亡命する。
それが一番手っ取り早く、一番効率的な方法だ。
そうすると、依頼主側は他国干渉する立場となり、おいそれと手出しできなくなる。
「だから、国からの依頼とか受けたくなきゃ逃げろ。他国に逃げりゃあ、問題も自然と解決する」
問題無いと言えば、まぁその通りではあるが、そんな情報今教える必要は皆無だろう。
俺達はまだFランクにすら立てていないのだから。
いずれにせよ、上級冒険者にでもなれば、嫌でも身に付く考え方だ。
他国へと亡命すれば外交問題に発展してしまうため、こうして冒険者は他国へと逃亡したりして、指名依頼を投げたりする場合もある。
そのまま他国の冒険者ギルドを根城にする、なんて話もあるくらいだ。
貴族を嫌う連中は、冒険者の中に結構いる。
野蛮で礼儀知らずな傭兵集団、貴族の大半からはそう思われているし、俺達も依頼主を選ぶ権利がある。
「では、『緊急依頼』とは何なのだ?」
「良い質問だな〜。例えば魔物大侵攻が起こったとするだろ? 国にいる冒険者を一箇所に集めるために、魔導放送室で一斉司令を出して、冒険者全員で対応に当たるのを言うんだよ」
何等かの原因によって発生した、国を揺るがす依頼に対してのみ有効で、国全体へと呼び掛けて冒険者を召集し、そして冒険者に見合う報酬を支払い、戦ってもらう制度だ。
緊急依頼は殆ど無いため、あまり気にするようなものでもないし、言葉があるってだけで基本は放送の指示に従えば良いだけだ。
拒否しても構わないが、それをされないようにギルドは報酬を弾ませる。
それにギルドマスターが陣頭指揮を取る場合や、その指揮官をA、Sランク冒険者が行う時もあるため、上位ランクの冒険者は報酬を上乗せされたりするそうだ。
「次は『特殊依頼』についてだ。これは、ギルドや国で集めた強者達に任せる、謂わば即興パーティーでの指名依頼に分類される。個人の依頼じゃない分色々と面倒だが、これも事前に説明されるから、あんまし気にすんなよ〜」
「なら最後の、『常設依頼』って何よ?」
「簡単に言うと、掲示板にずっと掲載されてるもんだ。ゴブリン討伐だとか、基本的な薬草採取だとか、常設依頼専用の掲示板も設置されてるから、そこの紙は剥がすなよ」
常設依頼に関しては先に受注する必要は無く、依頼完了の報告によって依頼達成となるため、初心者がよく利用したりする制度の一つだ。
常設依頼に関してはギルド側が覚えているため、報酬が勝手に上乗せされたりする。
「基本的な五つの依頼を覚えときゃ何とかなるが、他にも依頼は幾つかある。例えば教会関連の安価な仕事とか、報酬の割に難しかったり、全く旨味の無い依頼を『塩漬け依頼』って言ったりする」
「他には何があるのだ?」
「ギルドを介さずに裏で取引されてる『闇依頼』、魔族討伐や魔物殲滅作戦的なデカいものを『大規模依頼』、そのデッカい依頼の中で発生する条件付きの依頼を『二重依頼』とか言ったりする」
闇依頼というのは、殺人や強盗、犯罪スレスレの作業や犯罪を超えているのもあり、試験の時に襲ってきた奴等が受けたのも恐らく闇依頼だ。
依頼者が直接冒険者に受注したと見る。
ギルドがこんな仕事を要請するのも有り得ないし、闇依頼が濃厚だろう。
大規模依頼は、多くの人手が必要となった時に発生する依頼であり、こちらはパーティー限定、とかの条件が設定されている可能性がある。
勇者パーティー時代では何度か大規模戦線に参加したが、それも冒険者と協力しての依頼だったし、依頼した国がギルドと交渉して依頼料を決定していた。
そして、大きな依頼の中にある小さな別の依頼を二重依頼と言うのだが、これは『極秘依頼』とも言われており、例えば魔物殲滅作戦があった場合、洞窟の探索だとか原因の究明だとか色々とプラスされたりするため、上級者特権の依頼を指し示す。
「まぁ、取り敢えずはだ、最初の五つだけは覚えとけって話だ餓鬼共〜」
普通の依頼にさえ幾つもの種類があるため、一々そんな無駄な単語を覚える必要は無いし、覚えていない奴も結構多いだろう。
依頼なんてどれも同じ、だなんて考える奴が殆どだと思われる。
こんな事、知っていたところで大した意味も無い。
これ等の用語集は、ギルド職員が覚えるもので、大抵はギルド職員が一緒に説明するため、俺達冒険者側は仕組みさえ知っていれば運営に問題はあるまい。
「俺達冒険者はな〜、ギルドに仕事を斡旋してもらってんだから感謝しろよな〜」
「感謝、ねぇ……」
感謝しろと言われても、冒険者と国とは切っても切れぬ関係であるため、感謝するしないの話ではないと言いたいところだ。
仕事を貰っている立場である以上逆らえやしないし、ギルド内での喧嘩や乱闘は御法度、暴れたりしたら厳罰を食らってしまう。
テンプレ的展開で、何か酔っ払った冒険者が新人に絡むシーンがあったりするが、あれは本来ならば厳罰以上のもの、新人の邪魔をしている訳だから、仕事斡旋の妨害、営業妨害の一種となる。
反撃も以っての他、反撃した方にも厳罰が食らわされるという、世の中甘くないよと言ってるものだ。
因みに暴力沙汰によって厳罰を喰らうが、処罰における罪状の重さは異なり、当然加害者側の方が重たい。
「冒険者はパーティーを組んだりするのが殆どだ。俺の場合は基本ソロで活動してたが、こんな身体になっちまったからな、引退するしか道は無かったのさ」
「何故パーティーを組まなかったのだ?」
「俺ちゃん、誰かと組むの好きじゃないのよね〜。正直嫌いなのよ、誰かの顔色窺ったり誰かに顔色窺われたり、命令したりされたりがさぁ」
コミュニケーションが苦手、いや嫌いなのだと断言する表情からは、苦虫を噛み潰したような様相が、何かあったなと容易に考えられる。
俺もダイガルトの言い分を理解できる。
誰かの顔色を窺って生きるのは束縛されてるようで嫌いだし、誰かに裏切られる可能性もあるのならば、一人で生きていく方が気楽なのだ。
ましてや俺は忌み子、他人との対話や連携はあまり好ましくない。
「どっかのパーティーやクランに入るのも良し、お前等四人でパーティー組むのも有りだ。受付に言やぁ、申請書類出してくれるから、そこに名前書けば書いた時点でパーティー結成だ」
この四人でパーティー?
冗談じゃない。
パーティーなんて組んだら、気が狂いそうだ。
活動するならソロが一番、ダイガルトのような自由気ままな冒険を俺は望む。
「まぁ、そこはお前等の自由にしなさいよ。ソロでもおじさん構わないからさぁ」
俺は断然ソロ派だ。
一人で基本何でもできるため、仲間なんて必要無い。
いや、逆に仲間いたら仲間を疑ってしまう。
むしろ邪魔、足手纏いとなる。
有耶無耶になってしまったが、仲間を手に入れるなら奴隷の話に移行する。
そろそろどういった奴隷を購入するか、考えなければなるまい。
奴隷ならこちら側から好きに命令できるし、嘘や裏切りとかを一々考えずに済むからこそ精神的に楽だと、常々思っている。
「てか、何話してたんだっけ?」
講習会を開くなら、もう少し計画組んでから講義してもらいたい。
Sランクだから大丈夫?
誰だ、そんな馬鹿言ったの……あぁ、俺だったか。
「依頼についてとパーティーについて、その二つだろ? 他に無いのか?」
「他? あ〜、そうだなぁ……今回は依頼の説明だけにするつもりだったからさぁ、もうお前達に話す内容無ぇんだけどなぁ……」
この男、何も考えず超簡単に説明したせいだろう、話す予定の項目を全て消費したらしい。
本当ならもっと依頼についての区分云々、依頼の種類、依頼の流れ、沢山俺達に教えるべき内容があるはずだが、必要な部分だけを掻い摘んで指導したから、もう終了してしまったのだ。
何時間講習を行うかは知らないが、大分時間が余ってしまったように思える。
「これ、いつまで講義するんだ?」
「二時間ぶっ続けのお達しだからなぁ、後一時間半は講義するぞ〜」
朝の十時から始まって、午後十二時には終わりを迎えるらしい。
まぁ、そもそもとして三十分もまともな講義が展開されていないのだが、ともかくダイガルト教官の退屈な授業は続くらしい。
そして二時間みっちりと、退屈凌ぎのためにダイガルトの体験談込みの冒険譚を聞かされる不遇となろうとは思いもしなかった。
これって、講習……なんだよな?
冒険者というのは、知識と経験がものを言う一般的な人気職の一種であり、試験を合格する必要はあるが、誰でもなれる職業だ。
講習の大半は冒険者としての技術を磨くための新人に施された措置らしく、決して冒険譚を聞かせるために展開される講義ではないはずだ。
この約二時間の講義、俺的には時間を激しく浪費しているのだが、俺を除いた三人の新米冒険者はSランクの英雄譚を聞いて、興奮冷めやらぬ様子で傾聴していた。
「それで、俺は言ってやったのよ〜。『テメェに冒険者を名乗る資格は無ぇ!!』ってな」
「「「おぉ……」」」
適当に聞いていたので、現在何の話を繰り広げてるのかは知らないが、所々で冒険者としての必要最低限の知識が吐き出され、それは冒険者として役立つ生存術ばかりだったので、悔しいが何も言わない。
例えばダンジョンでのポーションの類いを失った時の即席ポーションの作り方、モンスターを捕らえるための原始的罠の作り方、職業関係無しに魔力による気配の消去の方法、職業による臨機応変な使い道、魔法以下の魔法である生活魔法の有用性、色々とある。
それはベテランだから、十年以上続けてきた冒険者の叡智が披露される。
事実として、間違いじゃない部分が殆どだ。
(流石はSランク、俺の知らん内容まで知ってやがる……)
ダンジョンに潜った経験が一度も無いので、知識として脳裏に記載済みのもあるが、例えば『階層喰い』とかいうモンスターの存在等は初耳だったりする。
希少性の高いモンスターだそうだが、階層の一部を食らって未開拓領域を形成し、そこに迷い込んだ冒険者を閉じ込めて数日掛けて喰らう、という恐ろしいモンスターがいるのは知らなかった。
中で喰われる冒険者達は、胃液なのか、他のモンスターによる強襲なのか、ともかく喰われて死ぬそうだ。
えげつないな、迷宮……
「おっと、もう時間か……今日の話はこれで終いだ。木曜は地理的な話をしてやるよ。んじゃ、これにて解散!!」
いつの間にか、二時間が経過していた。
時が経つのは早いものだと思うかもしれないが、この二時間は有意義とは言い難い。
知りたい情報知識は色々あったのだが、それをすっ飛ばして自分の武勇伝ばかり喋って自分語りしていたから、この男、もう少し新人冒険者に教えるべき内容があるだろうとは考えている。
とは言っても、必要な部分以外は聞き飛ばしたので、彼が何を成し遂げたのか、記憶には一切残存していない。
仮に残っていても職業能力で記憶を弄り、消去していたであろう。
「あ〜、そこの黒髪のお前、ちょっと待て。他三人は帰って良いぞ〜」
「はぁ? 巫山戯んな、何で俺だけ?」
「ちょっと話がある」
迷宮王から話とは、一体何なんだろうか。
面倒事だけは御免被るぞと思っていると、他三人が廊下へと出て行ってしまう。
薄情だとか、そういう愚痴を出す気は毛頭ないのだが、話を聞くだけならと考え直し、立ち止まった。
「それで、俺に話って?」
三人が一階へと降りていった頃を見計らったのか、真剣な眼差しで俺を睥睨して、空間が張り詰める緊張感に全身包まれていた。
大して恐ろしくはない。
殺意を向けられている訳ではないから。
ただ、気付けばダイガルトに肩を掴まれて、彼は俺に頭を下げていた。
「頼む! 俺の腕を治してくれ!!」
予想外の発言、懇願に硬直していた。
その言葉が出てくる辺り、俺の能力について事件に関する内情を知っているという裏返しであり、昨日寝ていた俺の病室を訪れたAランク冒険者の中の誰かが、彼に告げ口でもしたと思った。
他人の能力を勝手に吹聴する不届き者は、一体誰であろうか、正体探って後で一発ぶん殴ってやろう。
「……はぁ、俺の能力について、誰から聞いた?」
「ギルマスだ。俺の左腕を心配してくださってな、ノアに頼めって言われたんだ」
撤回、殴り掛かろうものなら、逆に返り討ちにされる。
今の段階で俺が師匠であるラナに、何処まで戦闘能力が近付けてるかは測定できない現状、予想値で推定するしかないが、それでも勝てる見込みは少ない。
俺がもっと錬金術師の能力を引き出せたら、彼女により近付けるだろうが、今強襲すれば反撃を喰らう。
それだけは分かる。
試験時の蘇生は緊急事態だったし、代わりに金銭要求する人物もいなかったために無料で治療を施したが、流石に今回はそうはいかない。
と言うか、ラージスの奴を蘇生させたのに対して、見返り要求するのを失念していた。
まぁ、蘇生能力に関して値段とかは基本付けてないので、場合によっては金銭事情が揺らいでしまうが、この力に関しては億単位での金さえ自由自在に動かせるだろうと理解している。
この能力は強大すぎる。
いや、蘇生のみならず、物質の構築や分解、数多くの能力は使い方次第で如何様にも変貌する。
生殺与奪なんて簡単に握れてしまう能力、他人が持っていたら危険だと感じるのも当然の話だし、ダイガルトのように利用しようと寄ってくる人間もいる。
能力も理解しないまま駆使して、『俺何かやっちゃいました?』と言うのは、その人間に問題がある。
勉強していない証拠だ。
世界情勢、経済事情、評価、危険性、ありとあらゆる多角的な視点から観察した上で、俺は能力を駆使しているし、幾つかは封印したまま。
自分の能力を過信、或いは自己評価が低い無自覚な強者というのは、その人間性を疑わざるを得ない。
要は、人間を生き返らせる力を聖職者でないにも関わらず保持しているため、危険極まりないのだ。
「俺の能力について、どれくらい聞いた?」
「……修復とか蘇生できる、って」
「チッ」
記憶改竄を図った方が良いような気もするのだが、まぁこれは仕方ない。
活動していく上で知られるのは問題とはならないが、問題なのは無料で迫られる場合だろう。
定着すると不味いのは、『他の奴は無料だったのに何で俺だけ金を要求するのか?』、なんて事態へと発展する場合であり、人間としての闇が見えてしまうのは流石に精神的疲労、ストレスが溜まっていく。
その人間を俺が殺してしまいそうだ。
それに、ダイガルトに俺の能力を喋ったのがギルドマスターなら、百歩譲って溜飲も下げよう。
「腕を治療するのは理解した。で、俺に何をくれる?」
「金ならあるぞ。幾らだ?」
「別に能力で商売する気は無ぇよ。こちらにもリスクが発生するしな。だが、金で解決するんなら自分の腕に値段を付けろ。一円でも良いし一億でも良い。ただし低すぎた場合は次回以降、二度と治療しない」
正直、自分の四肢や内臓等ならいざ知らず、他者の治療の場合は干渉して痛覚を追体験する訳だが、一円とか払われた時には麻酔とか無しで治してやる。
実際、神経を繋げたり生やしたりするのは、痛覚が伴うものだ。
よく漫画やアニメ等で、他人の傷を癒しているシーンとかがあるが、そう都合良く痛みを感じさせずに治療を施すのは無理な話だ。
この能力は、そう甘くない。
相手の精神が壊れる可能性もあるが、そういうのは言わない方が面白いだろうし、説明されてないのに答えはしないから、どのような結論を出すのか少し楽しみだ。
「さぁ、アンタの左腕の価値を教えてくれ。幾らで左腕を治療する?」
「……分かった。なら、二千万ノルド支払う」
口約束だけならば何とでも言えるだろうが、それを信じる程、俺はお人好しではない。
腰のポーチから二枚の羊皮紙を取り出して、この白紙の誓約書に必要事項を書いていき、用紙を手渡した。
「左腕の再構築に関する誓約書だ。治療を受けるんなら名前を書け。受けないんなら治さない」
「……ペン、あるか?」
「これを使え」
羽根ペンとインクを影からこっそり出して、それを渡し、誓約書に名前を書かせた。
受け取って名前を確認してから俺も自分の名前を書く。
そして金額をこちらが記入した。
二千万ノルド、通貨単位で換算すると約二千万円、数ヶ月は豪遊できる金額を左腕一本で受け取るに至るが、これで商売すれば自力で稼いだ金だけで億万長者も多分夢じゃないだろう。
子供時代とは大違いだ。
まぁ、こちらに負担が掛かるので商売は考えてないし、今後も営業はしないが。
二枚の用紙のうち片方を手渡して、もう片方は自分用に手元に保管しておく。
「俺は左腕を治療し、アンタは一週間以内に俺に金銭を渡す。他言も禁止だ」
「分かった。それで、本当に治せるんだろうな?」
「あぁ、目を瞑ってる間に終わってるさ」
「グッ!?」
彼の顔面を掴んで、脳髄に電撃を流して眠らせる。
腕一本のために二千万払うのだ、生半可な治療では俺も満足しないし、気絶させておいた方が何かと好都合、俺の能力も見られずに済む。
それに、暴れられても困る。
今回は二千万なので麻酔を施すが、意識が覚醒した時にはもう痛みも夢に消え、全てが終わっている。
「『再構築』」
ダイガルトという人間の肉体に干渉し、半年前まで記憶を遡って、腕を再構築させるための情報を得た。
神経、血管、骨、筋肉、皮膚、魔力回路、それ等を脳内で明確にイメージして再構築を開始、魔力を具現化させて物質へと変換し、腕を生やしていく。
俺の場合は超回復の権能があったので、生やすのは簡単だったが、他人の腕や足、内臓等だったら定着率とかも考えねばならないし、血液を通したり、動くようにしなければならないので結構大変だ。
精神がガリガリと削られていく中で、左腕構築に時間を掛けていく。
玉汗が頬を滑り降りていく。
丁寧な治療程に神経を使うから、かなりの労作業だ。
治療中は誰も入って来ないので、集中を途切らせずに十数分が経過して構築に成功した。
「……よし、これで完了だ」
奴に触れていた自身の左腕が反動で痺れてしまったが、これも超回復で根治する。
やはり他人の治療に慣れていない。
そのために反動が発生した。
記憶というものは、痛覚をも覚えている場合があるのだが、火傷が治ったのに火傷した箇所が熱かったりするのも、記憶による影響だと何処かで聞いた。
それと同じ現象が生じている。
だから左腕に異常が発生して、それに超回復が適応して回復していた。
「さて、目覚めるまで時間掛かるだろうし、このおっさん放っといて適当に依頼でも受けるか……」
今はGランクなので、受けれるのは教会関連の塩漬け依頼くらいしか無いだろう。
Gランク専用の依頼は存在しない。
基本はFランク以上となるため、一つ上まで依頼を受けられる制度的に、俺達四人はそれぞれFランク依頼だけを受注できる状態だ。
俺がギルド資格を取得したのは、別に稼ぐのを目的としてはいないし、面白そうな依頼でもあれば受注してみるのも悪くないかもしれない。
教会とかはあまり行きたい場所ではないが、選り好みできる立場でもない。
「じゃ、二千万よろしく頼むぜ、おっさん」
一週間以内に二千万払わなければ、治療した左腕ではなく命を奪うだろう。
そのための誓約書だ。
片方が無くしても、もう片方にサインがある。
だから普通では不正できないし、仮に不正した場合はこちらも容赦しない。
そうならないのを願って、俺は一枚の誓約書をポーチへと仕舞い、部屋を後にした。
本館の方へと戻るとニックとルミナの姿は無く、代わりにリノが一人掲示板のところで唸っていた。
何をしているのか、迷っているように見える。
彼女が立っているのは、Fランク依頼の掲示されている場所であり、足音から俺に気付いた。
「おぉ、ノア殿。話し合いは終わったのか?」
「あぁ」
後ろを振り向いた彼女の手には、二枚の依頼票という名の紙が掴まれていた。
唸る姿から、相当な内容らしい。
他の依頼は掲示されてないようで、どうやら彼女の手にしている依頼が最後らしいが、その原因の一端は先の森林での事件のせいだろう。
俺達は森を燃やしたし、犯人側の超爆発で色々と吹き飛んで生態系にも変化が出ている。
だから、下級ランクの依頼は少ない。
上級の依頼なら結構貼り出されているが、俺達にはまだ手出しできない依頼ばかり。
どちらかで迷っているようだが、その二つの依頼を手渡されて無理矢理に読まされる。
「片方は教会の掃除で、もう片方は薬草の採取か。これで悩んでんのか?」
「あぁ、Fランクはこの二つくらいしか無かったぞ」
ウーゼ森林の大半が蒸発してしまったので、低ランク依頼の大半が一瞬で消えてしまった。
半分は俺達のせいなのだが、生き残るために仕方なくやった事なので大目に見てもらいたい。
そして残されたのが、この二枚。
「ってか、片方塩漬け依頼じゃねぇか」
「なら薬草にするか?」
「したい方すれば良いだろ」
「そうだな。なら薬草採取にするか、ノア殿」
彼女の口振りから察するに、俺も同伴しなければ駄目なのだろうか。
薬草採取ならガルクブール東の草原でも手に入るだろうが、教会は止めた方が良いと聞く。
孤児院で冒険者を見た記憶は何度かあったのだが、本当に色んな作業をさせられていたなと、今更ながらに過去を思い浮かべ、薬草採取一択に絞る。
とは言っても、現在の依頼がこの二枚だけでは、Gランク脱却は難しそうだ。
「何を渋っているのだ、ノア殿? ランク昇格は講習を六回以上受けて、尚且つFランク依頼を計四つは受けなければならないのだぞ?」
「いや、知ってるが……」
顔を近付けて迫ってくる威圧感というものは意外と恐ろしく、俺は後退りして彼女と話せる距離を保つ。
女との距離感の測り方が今一分からん。
そこまで他人と接する機会も少なかったし。
そう考えると、青春時代には碌な目に遭わなかったなと、悲惨な回想ばかりが浮かんでくる。
「一人で受ければ良いだろうが」
「いや、まぁそうなのだが……」
チラチラと俺の方を見てくるため、少し様子が可笑しいのが窺える。
薬草採取の依頼は場所指定が二重線で潰されて、更に書き加えられており、書いてあったのはジーニャル草原、つまり東の草原だ。
そこの草原はDランク程度のモンスターしか出現しないらしいので、俺とリノの実力ならば油断さえしなければ万が一は有り得ない。
いや、俺一人で充分だ。
ただ先に依頼を手にしたのは彼女なので、優先権は彼女にある。
「そ、その……ノア殿がだな、い、嫌でなければ……」
「一緒に行きたい、と?」
「そ、そうだ。どう、だろうか?」
「……」
真剣に祈るようなポーズをしているのだが、誰に祈ってるのだか。
中々言葉を発しない俺の返答に痺れを切らしたのか、何をしようとしてるのか判断が付き、咄嗟に後ろ襟を掴んで引っ張り上げる。
そんな行為に及ぶのも、迷惑千万である。
周囲にあまり人がいない時間帯だが、噂はあっという間に広まりを見せる。
人の口に戸は立てられぬ。
人の噂も七十五日とも言うが、七十五日も待っていられないし、その頃には俺は別の都市に滞在しているはずだ。
「おい、何土下座しようとしてんだ、テメェ?」
「いや、両親からは土下座するのが、武人の正式な頼み方だと聞いたのでな」
「止めろ。それ迷惑なだけだし、俺からすれば余計鬱陶しいだけだ」
この女の羞恥心の基準は何処にあると言うのか、公衆の面前で何の躊躇いも無く土下座しようと地面に手を着いたため、後ろ襟へと手を伸ばしたのだ。
土下座させていると周囲から勘違いされかねない状況であるため、断れない選択に聞こえてしまう。
本当なら一人で依頼を受注したい。
誰かとパーティーを組んでも、正直連携部分で相手に合わせるのは行動制限が掛かるし、俺の能力を迂闊に他人に見せて利用されないとも限らない。
ダイガルトが良い……いや、悪い例だ。
あの男も、俺の能力を利用しようと大金を支払ってきたのだが、他言無用とした。
あれはあれで利用価値がある。
ある程度の能力公開は覚悟しているが、本当の危険な能力使用と公開は時と場合による。
「はぁ……分かったよ、どうせ暇だしな」
他人とパーティー組むのは非常に嫌だが、土下座されるのはもっと嫌なので、彼女に随伴する。
が、どうせ俺は依頼を受けられない。
「本当か!? 良かった、ならば早速手続きして行こうではないか!!」
「ちょっ――腕引っ張んな、おい!!」
そもそもパーティー申請すらしてない奴等が二人同じ依頼を受けるというのは、ダブルブッキングとなる。
二人で行うのは無理なのではないかと思って依頼をよく確認してみると、やはり参加人数は一人、つまりどちらかが薬草採取クエストを受けられない。
依頼を先に見つけていたのはリノなので、彼女には依頼を受ける権利がある。
俺は黙って身を引くとしよう。
「頑張ろうな、ノア殿!!」
嬉しそうに微笑む笑顔は、眩しく感じられた。
何処かへと導いていくように、彼女は俺の前を歩いて引っ張っていく。
彼女はどのような未来へと向かっていくのか、俺はどのような運命を辿るのだろうか、それはきっと誰にも見通せない数奇なる縁。
迫害を受けていたはずの少女は、何故か俺に心を開いている部分がある。
理解できない感性に俺は戸惑いを面に繕うも、それは一瞬だけだった。
「分かった、分かったから手ぇ離してくれ!!」
ただ、案内人である彼女の、こちらが毒気を抜かれる程の満面の笑顔を繕いながら先を急ぎ、俺は彼女の足跡を追い掛けていく。
人嫌いな俺と、人に迫害された彼女、不思議な関係のコンビが草原へと駆け出していく。
そして手続きを済ませた彼女は、俺の言葉も聞かずに外へと出て東門のある場所まで走っていくが、その前に換金だけはさせてほしい。
そう言葉にしようとしたが、彼女は振り撒く笑顔を携えては、手を振って嬉しそうに青髪を揺らす。
「遅いぞノア殿!!」
「……」
人の話を聞かないタイプだ、そのまま俺の事情も気にせず門まで駆け足で向かってしまった。
やっぱり俺は、女が苦手だ……
そう思って精神的疲労感から、空気に溶けていく歎息を捨てて、彼女を追跡し、街中を走り出した。
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