第21話 冒険者への道へ
俺がいるこの異世界クラフティアだが、実はこんな説話があるそうだ。
この世界は、九体の龍が創造したと言われている。
神の眷属である九神龍は、それぞれ天空、大地、深海、時空、冥界、自然、生命、太陽、そして暗黒を司っていると伝承にある。
神が九つの龍を創造し、その九つの龍が世界を創り、見守り、時には人里に降りて娯楽に興じる。
自由に世界を放浪したり、加護の対象として祀られていたり、数千年もの間ずっと眠っていたり、九つの龍達はその時が来るまでは基本姿を晒さないらしい。
一之龍:天空龍ローディア
二之龍:地動龍ウル
三之龍:深海龍リクド
四之龍:次元龍ザンドゥーハ
五之龍:冥界龍ニヴ
六之龍:大樹龍ユグドラ
七之龍:生命龍スクレッド
八之龍:陽光龍ジア
九之龍:暗黒龍ゼアン
この九つの神龍が現れる時、世界に変革が訪れると言い伝えられており、そのうちの暗黒龍とは一度だけ会って契約を交わし、異能を授かった。
いや、遺伝子レベルで体質を変換させられた。
この身体は案外気に入っている。
使い勝手が良いし、超回復は戦闘において生命線でもあるからだ。
改めて図書館で調べ物をしてみて分かったのだが、俺の超回復と影魔法は異能の類いではなく、『権能』と別の表現で記載されていた。
ならば影『魔法』と思っていたのは、実は魔法ではなく権能だった、のか?
表記に関しては魔法、と記されてはいる。
だが、使用中の俺も実質理解できていない。
更にページを捲ってみたが、この太古の文献の中には契約を交わして神格を得て、契約者の中には半龍神と化した者もいる、とも書かれていた。
契約の内容は知らない。
俺は暗黒龍から契約の証として、能力を授かったというだけの話だから。
(あの野郎、何の説明も無しかよ)
随分と勝手だと思ったのだが、そのお陰で職業能力も強化されたし、肉体も強靭となったからには、最後まで責任持って生きていくしか道は残されてない。
だが、解せない。
図書館で文献を漁っているうちに、九神龍の伝承が書かれている本が何冊か本棚に並べられていたので、手に取って読み始め、現在に至る。
何気無くページを捲っていくと、そこには何かの儀式のようなものが、少しだけ書き綴られていた。
「えっと……神龍となりし魂、九つの祭壇に登り……何だ? 字が霞んでて、これ以上読めねぇぞ」
古い文献を漁っていたら、大昔に誰かが書いた日記のようなものがあったため、読み耽っていた。
しかし、かなり古くて保存方法も雑だったせいか、これ以上は字も掠れて読めなかったのと、後半の方はビリビリに破かれていて、一切見れなかった。
この日記を書いた書記官は一体誰だったのか、何故破って後に読書する者達に見れないよう細工したのか。
そして、そこに何を記載したのか。
何か重要な書記のはずだろうに、破ったのには何か理由があるはずだ。
「誰が何を書いたのかねぇ……」
九つの祭壇なんて寝耳に水だが、そんなものがあれば、とうの昔に誰かが騒ぎ立てているはずだ。
『九』で思い浮かぶとしたら、ナインボールだとか野球だとか、そんな前世のものばかりだ。
他に思い浮かぶものは、例えば九つの蛇首を持つ『ヒュドラ』、目が九個浮いている『ナインアイズ』という岩のモンスター、九尾を持つとされている狐『玉藻前』という種類の獣人種、九神龍で言うなら、九つの生命を保有するとされている生命龍スクレッド、そんなところか。
しかし、どれも違うような気がする。
(他は無し、か)
かなり古い文献であるが故、古代文字で書かれている部分も多く、解読には膨大な時間を掛ける必要がある。
日記の多くは一般的な文系体で綴られているが、中には複数文字を駆使して暗号化させる日記もある。
その日記の大抵が財宝だ。
今手にしている日記も大半は解読可能なのだが、暗号化されている箇所までは読めなかったので、本棚の元の位置に戻して別の書物を探す。
解読するだけ時間の無駄だろうし、興味無いから。
「えっと……あったあった、種族一覧」
俺が探していたのは、先の戦闘で対峙した『金猫族』についての異能や権能の類いの書本であり、今では生き残りは試験の時の奴だけかもしれない。
戦いの最中に見た彼女の不死能力について、何か書かれていないかと思って調査に来たが、生物学の種族一覧に載ってるはずだ。
この種族一覧、生物学者が記載したものらしい。
種族分類されている目次を見て、金猫族の場所を探して指でなぞっていくと、項目を発見。
(もし次戦った時に、対策すらできないと困るもんな)
攻撃しても死なないというのは判明したが、解決していない部分も課題として残留している。
対策を練るのは基本的な考えだ。
きっと相手も俺の戦闘スタイルを体験して、次はこのように動こう、こうしてみよう、なんて脳裏で試行錯誤しているに違いない。
考えてなかったら好都合だが、そう事を上手く運べる程に世の中は簡単にできていない。
足を掬われないよう、精進あるのみなのだ。
「……これだな。死んだ瞬間、その肉体は死ぬ直前いた場所にまで行動を逆算し、選択肢を再度選び直せる因果能力の一種、対象は自身と自身の身に付けた物品に限る」
との内容だった。
この能力にも名称が付けられているそうで、金猫族の中ではこう呼ばれていたらしい。
「『不可視の黒箱』か」
シュレディンガーの猫という有名な思考実験とリンクしているのだろう。
この説の提唱者はオーストリアの物理学者エルヴィン・シュレーディンガー、量子力学の分野における光子や電子の波を波動関数で表して、その関数の物理学上での従うべき規則を、エネルギーや運動量という粒子性質と共通する属性を介し、数学的に記述しようとシュレーディンガー方程式を提唱した人物である。
前世でも結構な有名人だったので、一度は誰だって耳にしたはずだ。
方程式に関しては、ド・ブロイの物質波や波動関数、数多くの事項を説明しなければならない。
が、今回は金猫族の話、こっちは関係無い。
シュレディンガーの猫、観測者が箱を開けるまでは猫が生きているか、それとも死んでいるかは観測するまで不明であり、その対局とも言える二つの項目が重なって存在している、という一匹の猫の生死に関する思考実験だった。
方法は以下の通りである。
1.まず大きな箱の中に、『一時間以内に半分の確率で崩壊を引き起こす放射性原子』と『放射性原子の崩壊を感知すると毒ガスを発生させる装置』を投入。
2.その中に猫も入れ、閉じ込める。
3.一時間後に、中の様子を確認する。
半分の確率で箱の中で猫は生き、半分の確率で箱の中で猫は死んでいる状態が不可視、つまり見えない観点において二つの相反する事象が重なっている状態が、その思考実験の肝となる部分だ。
半分の確率でどちらかであるが、第三者の観測が無ければ二つの状態が重なったまま、それは箱の中で猫は生きているし、そして死んでいるという一種のパラドックスが完成している。
彼は、『放射線を放出する/しない状態』が重複して波状に存在している原子が、第三者によって観測された瞬間に状態か二つから一つに決定されるという、『コペンハーゲン解釈』を否定するために、この思考実験を提唱したと記憶している。
前世の記憶なので、曖昧な部分はあるが……
実際にその観測実験に対して、どちらの説が有力かは定かではないが、今回の話は箱の内部に異能が関連してくるのだと着目する。
それは要するに、金猫族は一種の戦闘空間という『箱』の中では生きているし死んでいる状態の、相反する二つの事象を抱えた状態で、死んだ瞬間に片方の事象が決定し、その不可視の箱の概念が崩壊する。
崩壊を元に戻すために、生と死、どちらもが存在する一定時間前にまで彼女の時間を巻き戻して、再び選択肢を与える、といった能力となるらしい。
つまり能力は観測する前の、両極端の性質を孕んだ場所にまで戻れると解釈でき、恐らく観測者は彼女自身、死んだという『認識』が第三者が箱を開けた行為に相当し、結果は一つに収束される。
収束されたのは、死、である。
それを無にする、凄まじい能力だ。
(条件もあるのか……)
それを発動するための条件が幾つか設定されているそうで、生き返るための条件が五つ書き記されていた。
一つ、指定した空間の外で死んだ場合、生き返らない。
二つ、蘇生時、魔力を肩代わりする。
三つ、負ったダメージは蘇生時、精神に蓄積される。
四つ、霊魂が消滅しない限り、何度でも蘇生可能。
五つ、十秒前まで時間遡行が可能である。
基本的なのは、その五つらしい。
指定した空間というのは、自分の認識範囲内の戦闘フィールドを表しているだろう。
ならば、指定空間外へと飛ばしながら殺すと、因果から外せて死滅させられそうだ。
蘇生時に魔力を肩代わりするのは、五つ目の項目に関連するからだと思われる。
時間遡行に必要な魔力を一定以上注いでいくと、注いだ分だけ時間が巻き戻る、要するに十秒も戻れば魔力が大分減っていくという表れで、俺が魔眼で見た時は明らかに減っていたため、そういう事だろう。
この能力の攻略法は幾つか見えた。
だがしかし、体力が減る、という項目が何処にも見当たらないため、その体力減少は精神が削れた事実に直結していると予測した。
彼女の能力を知った。
次は試してみたくなった。
例えば、指定した空間を切り替えられるか、負った肉体的攻撃の度合いが変換される精神的蓄積の振り幅にどう影響するのか、十秒以上固定しながらナイフで肉体を刺したままだった場合どうなるのか、閉鎖空間内で毒ガス撒き続けたらどうなるのか、気絶状態からの能力行使は可能なのか、考えるだけで試行錯誤を講じれないのは歯痒い。
(しかし……不可解な能力だな)
精神的ダメージを負うのならば、彼女は何度も死を追体験した事になり、それでも精神を保っていられるのはメンタルが強い証拠だ。
だが、その能力を使い熟すには、魔力分配が結構重要となろう。
戦って魔力を殆ど使ってしまったら、攻撃を受けて死んだ場合生き返れないだろうし、魔力を渋って使わなかったら勝てないかもしれない。
何と不思議な異能だろうか。
(まぁ、今は指定範囲外で殺せば彼女は死ぬ、それだけ分かれば大丈夫だな)
今すぐ襲われる、とはならないだろう。
もしかしたら二度と会わないという可能性もあるし、この調べ物自体が無駄足となる場合だって有り得るため、頭の片隅にでも置いておくとしよう。
対策のためには、戦術の幅を広げる必要がある。
いや、使用しなかった職業能力の解禁、と言った方が言葉としては正しい。
物質の分解や構築は勿論、圧縮や電磁力操作、物質干渉による探知等、多彩な技能を秘めているが、修練を積まねば自身の身を滅ぼしかねない。
だから職業伸ばしのため、鍛錬は欠かせない。
強くなるための一歩だ、そのために錬金術の実験用に奴隷購入も視野に入れておく。
「さて、全部棚に戻さなきゃな……」
すでに四、五時間近く図書館に入り浸っているせいで、テーブルには大量の本が積み上げられていた。
多くの書籍を読み漁った。
その収穫は得られた。
もう午後八時を回っており、数時間前には太陽は地平線の底へと眠り、今は黄金色の三日月が夜空を明るく照らしているだろう。
館内にある窓の外では、夜の喧騒が。
長時間同じ体勢でいたために、背中や腰が少々痛い。
背中を伸ばして身体を解し、宿に帰るために本棚へと本を片付ける。
カバーの背表紙に番号が振られていたので、その番号に相当する棚へと律儀に戻して、数十分後には全ての書籍を片付け終わった。
「帰るか」
図書館を後にし、夜の繁華街を練り歩く。
一週間近く木漏れ日亭に帰ってなかったため、金だけ払って空き部屋状態となっていた。
女将達からしたら、何もせずに金だけ手に入った状態だろうが、金銭的問題はどうせすぐに解決する。
影の中には大量に物資が収納されている。
当然、金銭も物資に含まれている。
だから現在大金持ちを通り越して、超富豪とでも呼べるのでは無かろうか。
子供時代では考えられない金銭が、この手にある。
明日の朝ギルドに行って講習を受けて、それから受付で影に仕舞ってあるハングリーベアや魔境で採れた素材の換金を済ませるとしよう。
(幾らになるかな……)
換金のコツは同じ物を多く売らない事、である。
例えばモンスターのコアとなる魔石、大中小と様々な大きさに加えて、モンスターによっては瘴気を含んだ禍々しい性質を持つ魔石もある。
見分け方は、魔石の中にフヨフヨと漂っている粒子の色が金色なのか、それとも黒いのか、だ。
瘴気は人体に悪影響を及ぼす一種の毒素だそうで、身体に取り入れると一日で朽ち果ててしまうくらい腐食性が強力なのだとか。
話が逸れたが、魔石を多く売却すると市場に出回り、値崩れを引き起こして、次に売りにギルドを訪れた時には初回より安く買い取られてしまう。
物価高騰に関して言えば、市場の値崩れは今後の売買に影響するので、俺も気を付けねばならない。
(ハングリーベア級の魔石なんて、魔境かドラゴンくらいだし、馬鹿みたいに売らなきゃ大丈夫だろう)
影には一年間で大量に狩った魔境のモンスターの魔石や素材、魔境でしか採取できない秘薬草等が、大量に保管されているのだ。
その中でも、魔石の内包するエネルギーは他地方で取得可能な魔石と比べて、比にならない程有しており、それだけでも売れば一財産稼げる。
拳大くらいの魔石ばかりなので、売却時には並々ならぬ注意が必要だ。
『ノア!!』
「うおっ!? いきなり出てくるな、ステラ……で、急にどうした?」
『あそこから良い匂いがするの!!』
ステラが急に精霊紋から出てきたと思ったら、匂いに釣られて近くの屋台へと飛んでいく。
彼女の言う通り、食欲唆る良い香りだ。
このガルクブールでは、朝から晩まで賑わい騒然としている繁華街が結構有名で、雑踏は昼より少ないが、数多の人間が夜中に騒いで酒を飲んだり、娼婦で夜遊びしたり、賭け事に興じていたり、と色々娯楽がある。
賭博は重度のものでない限り、合法らしい。
付近の酒場では、トランプで遊ぶ者達の姿も見え、ババを引いた男が椅子から転げ落ちて、他が笑いを繕っては酒を呷っている。
賑わいは、所々で散見された。
そしてステラが燐光振り撒きながら匂いに釣られて向かった先は、この国を初めて訪れた時、木漏れ日亭を紹介してもらった串焼きの男の店だった。
「お前さん、二週間前にガルクブールに来たって坊主じゃね〜か!!」
「俺の事、覚えてたのか?」
「ったりめぇよ! 木漏れ日亭とは縁があってな、ミリアの嬢ちゃんが『カッコいいお兄ちゃんが来た!』って大層喜んでたぜ!!」
「そ、そうなのか……」
何か気恥ずかしいものだ。
ミリアは可愛らしい子供であり、恐らく串焼きの男からしたら、娘のように思って可愛がってるのだろう。
紹介してもらった手前、再び買いに来たのも何かの縁。
ステラも非常に物欲しそうな目で、串焼きに熱い視線を送っていた。
『ノア! ステラ、これ欲しい!!』
涎を垂らしながら、彼女が俺の髪を引っ張っては要求を急かしてくる。
そんなにも串焼きが欲しいとは……いや、この串焼きの屋台が凄いのか?
彼女の食事情は、俺の魔力さえあれば生活に影響しないはずだが、毎日料理して魔境で色々と食していたせいか、舌が肥えている。
魔境の肉は舌が蕩けるような、頬が落ちるような美味の塊だったと記憶している。
この店も、負けていない。
「精霊の嬢ちゃんも食うかい? サービスするぜ?」
「分かった、なら十本くれ」
「あいよ! ちょっと待ってな!!」
この串焼きの店は人気店の一つなのか、俺の他にも大勢の客が並んでおり、そして精霊が屋台の周囲を舞うせいで、より多くの客足が精霊に興味を示して立ち止まり、匂いに釣られ、雑多で溢れ返ってしまう。
ステラは精霊だが、可愛らしい容姿と愛嬌があるため、それに珍しいからこそ屋台に人が集まって来ている。
集客の才能があるやもしれない。
もし屋台を出すなら、彼女に飛び回って客寄せするのも一手だろう。
まぁしかし、そんな予定は無いのだが……
(精霊効果、凄いな……)
人の邪魔にならないよう、適当に屋台の隣へと身を滑らせて、人の様子を眺める。
売り手は多忙、買い手は満足。
そんな構図を横目に、俺は串焼きの香りを鼻腔で味わいながら、完成を待ち続ける。
「そう言やよぅ、冒険者ギルドで何か大きな事件があったんだってな。街中噂だらけだぞ」
人混みを意味も無く眺めていると、隣から急に話題を振られてしまった。
冒険者ギルドで事件……恐らく、いや十中八九、俺達が殺人者達から急襲を受け、大量の死傷者を出した数日前の事件についてだろう。
凄惨な出来事だった。
六十人もの人間が消された訳だ。
原因や発端については大した情報網を持たない俺には、想像以外何もできないが、すでに師匠ラナが星都ミルシュヴァーナに報告に向かったそうだ。
悪いのは殺人者達だ。
しかし冒険者の試験としては、管理者側にも責任が付き纏うもの。
果たして何処に責任が擦りつけられるのか、容易に想像できてしまう。
噂がどの程度まで広がっているかは街を練り歩くだけでは知る由もないが、噂が伝播しているなら、箝口令は敷かれてないようだ。
噂の出所は不明なれど、考えられるのは俺達生き残った冒険者数名か、口の軽いギルド職員、もしくは殺人鬼達が撹乱のために流した、とか。
考え過ぎだろうか……
「冒険者登録のための試験で、受験者六十人が殺人鬼二人に虐殺されたそうだ」
「……おい、それマジか?」
「あぁ、本当の話だ」
六十人、その数は大国や都市からしたら極少数に見えるだろうが、冒険者ギルドからしたら、いや俺達冒険者からしたら大損害となる。
六十人の若き者達が死に絶え、中には帰るべき場所のある若者もいたと思われる。
それが快楽殺人者達の毒牙に掛かったのだ、理不尽な殺戮に巻き込まれた者達は、浮かばれないだろう。
「俺もその場にいた」
「ホントか!? って、生きてるって事は……」
「試験には合格したが、俺も殺人鬼に襲われてな。何とか退けたが、試験終了後三日間ぶっ倒れてたよ。数時間前に治療院で目が覚めたばっかだ」
試験には合格できたが、ガッツポーズなんてすれば殺害された奴等に恨まれそうだ。
まぁ、別に他人に恨まれようが正直どうでも良いが、手放しで喜べないのは、あの場面で金猫族の女を始末できなかった結末に対してだ。
俺もまだ強者の域に達していない。
殺された初心者については、尊い犠牲だった。
赤の他人ではあるが彼等一人一人にも人生があり、帰るべき場所も存在していたであろうに、逆に帰るべき故郷も知らない人間が生き残った。
しかし、まさか六十人もの人達が無惨に殺され……ころ、され…………
(あれ?)
ちょっと引っ掛かった。
受験者は合計して六十四人いたが、俺達生還者を除外すると丁度六十人、その数が二人もの殺人鬼によって殺された犠牲者の人数となる。
しかし金猫族の女と手品師の二人の姿は、受験者の中にいなかった。
集合した場面で、殺害された六十人の外見は記憶しているが、二人の殺人鬼を俺は目にしていない。
そこまでは良い。
紛れ込んでいなかった場合、外から侵入を試みた、と解釈できるから。
しかし不可解な現実として一つ、ならば何故、あの時あの場面において、二次試験開始前に受験者の中から悪意を感じられたのだろうか。
職業能力を駆使したとする。
手品師の能力も、金猫族の能力も不明瞭だ。
いや、彼女の職業は多分だが隠密系統。
つまり潜伏や隠形が得意な能力を保持しているはず、あの場面で姿を消していたのかもしれない。
「神妙な顔してどうした?」
「ぇ、ぃゃ……」
声が途切れてしまったが、俺は自分が何故そんな簡単な矛盾を見落としてたか、冷や汗が噴出する。
あの悪意は手品師のものか、それとも金猫族のものかは判別できないが、もしも隠密者の場合は透明化の能力でも持っているはずだ。
それか気配を遮断して、潜伏に徹していたか。
手品師の仕業だとしても、どのように身を隠したかが不明であるため、もう少し調査が必要である。
(ラナさんに会いたいものだが……)
彼女と会って話し合うべきだ。
あの濃密な悪意に気付いていたのは俺と、あの突っ掛かってきた女のパートナー、灰色の髪の男だけだ。
そう、Aランク冒険者が三人、同じく総試験監督官が一人の合計四名の監視がありながら、相手に翻弄され、まんまと逃げられた。
Aランクが殺意に気付いてなかった。
それか察知していても微弱だったから無視していた、の二択だろう。
「何を考えてんのかは知んねぇが、考えても分からない時は食え!! 一本サービスするぜ!!」
「お、おぅ……」
代金を支払って、受け取った串焼きを小袋から取り出して口へと運ぶ。
やはり肉に絡み合うような特製のタレが、最高に美味いと舌を喜ばせる。
ステラも小さい身体をサイズ変換で少し大きくして、串焼きを頬張って笑顔を見せていたので、より多くの客が押し寄せる結果となった。
集客効果が半端ないな。
「美味っ……」
奴等が何者なのかは殆ど知らないが、あの男の言葉にも重要なワードがあった。
(リーダーって誰の事だ?)
何処かの組織に組しているという情報を与えられたようなものだが、何処の組織なのかが正確に分からない以上、リノ経由で情報を洗うしか無い。
可能性として二人の名前、特徴、そして依頼という言葉通りなら、あの組織だが……
唯一の手掛かりが彼女なのだから、死なれては困るとギルドの者は思うはずだ。
これからどう変化していくのかは予想できない。
なので、今のうちに別の街へと向かう計画を練っておいて、ラナとの茶会を済ませたら即出発しよう。
「串焼きサンキューな、おっちゃん」
「おう!!」
串焼きを食いながら宿への帰路に立つ。
ステラも美味しそうに串焼きを食べながら、俺の頭上で寛いでいるが、食べ滓とか零さないでもらいたい。
串焼きのタレが髪に付着する感覚があった。
髪の毛ベトベトだぞ、おい食うの止めろ。
『あ、見てノア! 流れ星だよ!!』
「ん? あぁ、綺麗だな」
綺麗に輝きを灯す夜の街、街灯は明かりを宿して、喧騒は風に乗って飛んでいく。
今、俺は旅の醍醐味を味わっているところだ。
それは今までの旅路とは違う、自由気ままな物語の一端でしかないが、この俺の進むべき道は夜の賑わいを纏い、磁針を動かしていく。
少し遠回りして帰ろうと考えた俺は、ステラと他愛の無い話を奏でながら、喧騒の響き渡る星夜の街並みに二人、溶け込んでいった。
翌朝、小鳥の歌声に目を覚ました俺は、いつも通りの道を歩いて、目的地へと到着していた。
今日はギルドが開催している講習だ。
基本月木で行われる講習会、それに参加しないとGランクからFへ昇格しないのだとか。
ギルドの講習が行われるため、一次試験会場と同じ場所に行けと受付に言われて、俺は遠路遥々ここまでやって来た訳なのだが……
「アンタのせいで、アタシ達まで危険に晒されたんでしょうが!!」
「巫山戯るな! そんなものは殺しに来た奴か、或いは依頼した奴に言え!!」
と、教室で取っ組み合いをしている紫髪の魔導師の女、それから青髪の精霊剣士のリノがいた。
取っ組み合いがより過激となり、教室入り口で放心していた俺の方へと剣戟が飛んできて、咄嗟に後ろへと避ける羽目になった。
危険どころの話ではない。
何故に喧嘩してるのかは会話で理解できたのだが、馬鹿馬鹿しい水掛け論だ。
「お前は……」
喧嘩を回避しながら教室へと入ると、近くに一人の男が着席し、女同士の醜悪な争いを眺めていた。
灰色の髪をしている灰色の瞳の青年、名前は知らないが、合格したうちの一人なのだろう、だからこの講習会場に現れている。
「あのキレ女のパートナーしてた奴か。見てないで止めてやれよ」
「何で俺が?」
「どうせ、そっちのパートナーが突っ掛かったんだろ?」
「あぁ、その通りだ」
本当に嫌そうな表情をしていたので、俺と同じく関わりたくないのだろう。
見ている分には面白い。
男の喧嘩よりも醜くて、本当にシュールな光景となっているが、攻撃に使う精霊剣と魔法の攻防戦が、この教室を半壊させている。
錬成させれば半壊した教室を即座に直せるが、コイツ等の馬鹿な喧嘩で俺が尻拭いしなければならないのは流石に願い下げであり、面倒な作業は二人がすべきだ。
止める気力さえ湧いて来ない。
「席は自由なのか?」
「知らん。俺に聞くな」
「……」
苛立ってるような気がするのだが、俺はコイツとほぼ初対面だったはず、何で怒ってるのだろうか。
灰髪の男は、こちらを鋭い眼光で一瞥する。
怒りや嫉妬のような感情が灰濁る双眸に宿っているが、理由を聞いても回答は得られなそうだ。
(それにしても、コイツ等いつまで喧嘩するんだ?)
こっちにまで攻撃が飛んでくるので、防御のために魔力操作で障壁を形成して、自衛している。
錬成を駆使しないのは、再錬成で壁を元通りに戻すのも億劫と判断したからだ。
稀に椅子や机とかが飛んできて多少驚きはするが、本当に喧嘩のレベルが低次元すぎて笑えてしまう……いや、全然笑えないな。
何故なら、人が大量に死んでるから。
「お〜いクソ餓鬼共〜、集まって……って、まさか俺、場所を間違えちまったか?」
服を靡かせて、指導教官らしき男が入ってきた。
見覚えあると思ったが、一次試験開始前に見た、新人との訓練で滅多撃ちにしていた男ではないか。
気怠そうな表情を隠そうともしない、黒髪赤目のダンディーな中年男性が入室したのだが、それに気付いた様子も皆無で、リノ達はそのまま喧嘩を続行していた。
「お前がニックとノア、だな?」
「あぁ……」
「あれ、何なの?」
「アホ女が相手に難癖付けて攻撃したのに対し、青髪の女が反撃して、放置してたら過激化した」
アホ女って……
ニックと言うのか、コイツ一応パートナーだよな?
どう四日過ごせば、こんなにも敵愾心剥き出しにできるのだろうか。
「あ〜、お前等〜、喧嘩止めなさいよ〜」
「「うるさい黙れクソジジィ!!」」
「ぶへっ!? な、何で!?」
二人の呼吸の合った攻撃を顔面と鳩尾にそれぞれ受け、地面に倒れて身悶えていた。
鉄拳を加えるとか、女は恐ろしい。
しかも初対面の相手に鳩尾にパンチを加えるリノ、それから顔面にキックを加える紫髪の女、本当に何してるんだろう、この子達は。
「イタタ……初対面の人に『クソジジィ』は無いでしょ〜が。どうなってんのよ、最近の子はよ〜?」
殴られて顔面に蹴りが減り込んでいたはずの男は、顔を押さえながらも、ヨロヨロ立ち上がっていた。
タフだなと思うが、少し身体が震えている。
「で、アンタ誰よ?」
「おいおい〜、殴ったり蹴ったりの謝罪は無しか〜? おじさん悲しいよ〜、泣いちゃうよ〜?」
「黙れ、見苦しい。何者だ貴様は?」
「えぇ? 何で剣を持っちゃってんの? 何で俺の首に剣添えちゃってんの〜!?」
ムシャクシャしているせいで、その男性が殺されそうになっている。
が、口調からして結構余裕そうだ。
それに加えて、あの隙の無い立ち振る舞い、リノ達では束になっても勝てないだろう。
「リノ、それから名前知らんけど、アンタも止めろよ。餓鬼かテメェ等」
「三日間気絶してた誰かに言われたくないぞ?」
「いや、お前戦いすら知らなかっただろうが。テメェの尻拭いしたの一体誰だと思ってんだ? 俺が一目散に逃げてたら殺されてたのテメェだからな?」
「うっ……そ、それは悪かったが……」
完全にブーメラン発言が突き刺さっているが、彼女の顔を見て罪悪感が少しばかり芽生えた。
別に彼女は悪くないだろうに、言葉が過ぎたな。
悪いのは依頼した連中と、それを受注して殺戮紛いな行為で試験を乱した奴等だ。
「まぁ別に構わんがな、互いに無事だった訳だし。それよりサッサと講習始めようぜ、おっさん。アンタが誰か知んないけど」
「釈然としないんだが……はぁ、分かった。うっし、じゃあ始めるか〜」
面倒臭そうな、まるで死んだ魚のような表情をした冒険者の男が教壇に立つ。
熟練の冒険者の風格がある。
しかし、一切ヤル気を感じない。
俺達は並んで椅子に腰を据え、女子達は喧嘩するからと俺とニックを挟んで着席させる。
「え〜、まず俺は……まぁ、ダイトって呼んでくれや」
何だか適当だな、このおっさん。
この中年冒険者が教官で大丈夫なのかと一抹の不安を抱えるものの、実力的には申し分無いのは理解している。
この男、教室へと入ってきた当初からずっと、隙が一切見当たらない。
ここで強襲しても、難無く防がれそうだ。
「それじゃあ次はテメェ等だ。それぞれ自己紹介しろ〜。じゃあ右のお前から」
「……ルミナよ。職業は『古代魔導師』で、あの勇者パーティーの誘いを蹴る程の実力がある女よ!!」
一瞬だけ心中に殺気が湧いた気がしたが、今は魔導師の女を気にするよりは、講習に集中しなければと思考を綺麗にして、一旦勇者達については忘れる。
「俺はニック、職業は『英雄』だ。まぁ、よろしく頼む」
英雄、結構レアで強力な職業だ。
羨ましいと昔の俺なら羨望の眼差しを向けたであろうが、今の俺はそうじゃない。
俺には錬金術師の職業能力に、暗黒龍、精霊との契約で得た能力があるし、魔境で培った能力に膨大な魔力、他人を羨ましがる頃の俺じゃない。
次は俺の番となったので、簡単に自己紹介を済ませた。
「名前はノア、『精霊術師』だ」
名前も職業も嘘で塗り固められたが、これまた仕方のない事情だと割り切る。
今世での名前に関しては捨てて基本的に名乗りはしないし、ある意味では精霊術師で間違ってないし、この名前は前世で使用していた名前だ。
嘘を吐いてる訳じゃないし、職業も現在従事しているもので回答するなら『冒険者』でも言い訳が可能だ。
「我はリィズノイン、『案内人』だ」
四人共、意味合いは違えども、珍しい職業で構成されているようだ。
古代魔導師なんて殆どいないし、英雄は単純に強いだけではない、案内人は導き手である不思議な職業で、錬金術師は悪い意味で珍しい。
「そうか。まぁ、大して興味無ぇわ」
「「「「だったら何で聞いた?」」」」
つい、全員そう聞いてしまった。
この男……ダイトという名前、何処かで聞いたような名前な気がした。
そして記憶から情報を呼び覚ます。
それは勇者パーティー時代の、冒険者ギルドで情報収集していた頃の噂、迷宮探索を専門とする一流冒険者の一人だった男だ。
魔王討伐に必要な人材かは判断しかねるが、それでも強者であるのは確からしい。
「まさか……『迷宮王』か?」
「何だよ知ってたのかよ……まぁ、それは半年前までのもんだ。俺ちゃんはもう戦えねぇよ。戦力外通告、受けちまったからな」
よく見ると、左腕が途中から無くなっている。
成る程、確かに彼の言う通り、戦力外通告を受けたという話は本当らしい。
迷宮王は単なる渾名、二つ名であり、この男は俺が物心付いた頃からSランク冒険者として、迷宮を探索して一人で何度も生還していた男で有名だ。
本名はダイガルト=コナー、特攻探索師という職業の持ち主のはずだ。
「アンタ、片腕でも迷宮探索はできるだろ?」
「無茶言うなよな〜、こんなんで仕事できる訳ねぇでしょうがよ〜」
切断された腕を治せないというのは、不便なものだ。
職業の中には、回復系統の能力がある。
例えば聖女や僧侶系、他にも生物に冠する能力や錬金術師のような物質構築能力を持つ能力者なら、腕の一、二本は朝飯前で治療できる。
しかし、俺は『精霊術師』だと先刻自分で口にしたばかりなので、腕を生やしましょうか、なんて間抜けな提案はせず、諦観に徹するつもりだ。
それに腕の修復に消費する労働力が、その対価が見合っていない場合、治しはしない。
「それより早速講義始めるから、寝んなよな〜」
こんなグダグダな状態で始めるのかよ、何て思ったりもしたが、Sランク冒険者なら多分安心だ。
経験豊富な教官がいるため、色々と聞ける。
迷宮での攻略法や、Sランクにまで通った過酷な試練の数々、身近にいる最高峰の冒険者の一角がこの場にいるのは新人冒険者からしたら幸運に違いない。
俺を除く三人はヤル気だけはあるようで、俺は退屈な時間を過ごしながら、S級の中年男性ダイガルトの講義を耳にしていった。
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