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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第四章【南国諸島編】
201/275

第192話 衝突する想い 序幕

 銀白色の腕輪が、望む形へと変貌を遂げた。

 鋭利で煌めく二振りの短刀が、両の手に顕現してずっしりとした重さが感触として伝わる。

 その二本の短剣へ、風の刃を纏わせた。


「『風纏刃(エアロヴァーナ)』」


 鋭利な刃物をより強靭に強化し、低空飛行する二匹の飛竜を紙一重で躱し、その首を二刀両断する。

 斬った感触で判明する。

 この竜達もすでに屍肉となっている、と。

 しかし躍動感溢れる飛翔が死んだと思わせない動きで、奴等の体内に本来存在するはずの魔石が、何処にも見当たらず、存在しない。

 それが不自然でならなかった。

 だが今、この戦闘の連続に思考を割く余裕は無く、前後左右、上空からも俺達を狙ってくる。


「クッ、数が多い……なっ!!」


 斬殺する優先順位を近い順に付け、最適な動きで無駄をなるべく削ぎ落とす。

 まずは背後から顎門を開けてきた飛竜を縦に両断し、空いた左手を横に振るって左からの攻撃を防ぎ、上空からの咆哮を背後に跳躍して、そこに飛んできていた怪物を踏み台に上へ飛び上がる。

 俺を食い殺す気概ある竜へ、身体を捻って一刀投げ、空いた右手で雷を生成、槍の形に保って投げ落とし、感電させ動きを鈍らせる。


「『磁力操作エーテライズ』」


 付与した磁力を操作して、一点へと引き寄せて化け物共を圧殺した。

 着地も一瞬で、地面の接地時間は零コンマ一秒未満、矢継ぎ早に精霊術を放ち、磁力操作で武器を回収、それから連続で斬り殺す。

 竜を足場に駆け上がっていく。

 階段を登るように、踏み台にして。

 躍り出た空中で身を翻し、竜の死骸に突き刺さっていた短剣を磁力で引っ張り上げた。

 磁力の通り道に電気が迸り、高速回転しながら磁力に引かれて戻ってくる。

 それの柄を掴み、空を泳ぐ怪物達へと斬り込んで、地面に汚らしい赤雨を降らせた。


(空飛ぶ相手に影が使えないのは、かなり不便だな)


 今は何処にいるとも知れない聖女様を影から守ってる最中なので、影の能力は使えない。

 いや、右目を酷使すれば複数同時使用は可能。

 だがしかし、何故か生命龍(スクレッド)に言われた言葉をこの瞬間、思い返していた。




『もしも貴方がまだ、只人としていたいなら……』




 その警告とも取れる言葉が芯に響き、右目の使用を躊躇してしまう。

 使えば化け物に成り果てる。

 使えば人として俺は死ぬ。

 そんな予感めいた疼きが、悪寒に混じって背筋をなぞり滑ってゆくが、それが自分の汗であるのに気付かず、ただ敵を殲滅するために心血を注ぐ。

 これ以上使えばどうなるのか、この先を予想できないからこそ、俺は使い所を考える。

 だから今は影無しで戦闘を掌握する。


「『大霆震ダイテイシン』!!」


 雷鎚を落として、近場にいた死骸の竜へと電磁力を付与していく。

 精霊術と錬金術のコンボで、一気に敵を叩く。

 使い続けるにも限度があるからだ。

 炎燃え盛る地上ではレオンハルトが格闘術で、翼を生やして翔けてゆく空中ではユーグストンが剣術で、敵を撃ち倒していく。

 その水色の刃は、次第に一際大きな縫合竜へと到達し、手にしていた剣で斬り結ぶ。


「貴様は一体何者だ!?」

「ッ……」


 未だ一言も発さない敵に突っ込み、ユーグストンは一人の男へと鍔迫り合いに持ち込んだ。

 相手が持ってるのは背負っていた槍、豪奢な意匠や装飾が凝らされている、その頑丈で強そうな長槍が振るわれ、更に吹き飛ばした調教師へと追い討ちを掛けるように武器を投擲する。

 あの神々しさからして、聖槍だろうか。

 流星のように瞬いて、ユーグストンは身体の一部、横腹を抉り取られた。


「ウッ……」


 脇腹を欠損させた彼は、飛翔能力を維持するだけの集中力を失って、背中から地面に落ちていく。

 かなりの威力を叩き出した黄金色の槍が、今度は槍先をこちらに向けて、遠隔投擲してきた。

 死骸の群れを隠れ蓑に、黄金の長槍が俺の心臓を貫こうと高速で飛来する。

 空に飛ぼうにも、大量の竜が敵への進路を妨害する。

 敵の手駒が多すぎて、敵に接近できない。

 非常に邪魔だ。


「『磁力操作エーテライズ』!!」


 近場の竜を引き寄せて、その投擲槍の攻撃線上に遠隔で投げ飛ばした。

 この磁力操作は便利で重宝している。

 ただ、磁力を付与してないと能力が発動しない欠点はあるが、それを精霊術で代用し、槍の進行方向を僅かながら逸らすのに成功する。

 その隙に別の角度へ跳躍し、脅威から逃れると共に空飛ぶ竜頭を足場に、真上に上がった。


「森に火ぃ回ってんのか……」


 高い位置からこの無人島を見下ろすと、前後砂浜で爆発による黒煙が立ち昇っている。

 そして前方、『雄叫びの無人島』から何百匹と渡り鳥のように飛んできている大群の死骸竜が、俺達に逃げ場を与えないつもりで包囲していた。

 この場を凌ぐ方法、即座に浮かぶのは三つ。

 死骸竜全部を灰燼に帰すか、低い確率に賭けて逃げ果せるか、それか黒幕そうなローブの男を殺すか、だ。

 問題は、逃げ場が火事と大量の竜によって防がれている部分だ。

 もう一つは、空に一個大隊を築いてるから、犯人にまで刃が届かない。


「グッ!?」


 左右から突貫する二匹、それから背中より心臓を喰らおうとする槍刃を、辛うじて紙一重で防ぐ。

 が、左腕が死肉の牙を突き立てられる。

 激痛が走る、そう思った。

 しかし、何も感じなかった。


(呪いのせいか……神経がイカれちまったな)


 左腕が喰い千切られる勢いで、上空へと飛翔される。

 その黒幕よりも高く飛ばされ、何をするか、直後その死骸竜が急降下し、地面に叩き付けるつもりかと、体内の雷を消費するに至っても逃げ出すべきと判断した。

 蓄電を解放しようとした時、異変が現れた。

 左腕に巣食う呪印が傷口から噴出して、それが死骸竜へと伝染していく。


『グォォォォ!!?』


 断末魔を上げる死骸が俺を咥えたまま落下していき、それと同じくして、屍肉へ侵蝕する呪印がその死骸の全身を容赦なく貪り尽くす。

 落下途中で、槍が漁夫の利を取ろうと飛んできたため、刃で受け流して、地面へと何とか着地できた。

 痛みが無いため、余計に気色悪い。

 だが、この呪いが俺の意思と無関係に動いて、何とか危機を脱した。


「何だこれ……」


 俺も知らない力、俺も予想だにしなかった効果、それに侵された竜は、肉を蒸発させて骨だけどなった。

 牙を抜き、自動治癒が施される。

 その骨も呪印の残滓が残り、溶け始めていた。

 死の呪い、フラバルドで受けたタルトルテの呪印が俺を助けてくれた、のか?


「余所見すんな!!」

「ッ!?」


 一秒後にはユーグストンに襟首を掴まれて、地面に突っ込んでくる化け物数匹から回避できた。


「チッ、借り作っちまったか」

「なら今返せ、薬物師」


 そのつもりで行動する。

 ユーグストンは空を目指し、その先に見据えるは一人の謎の男、俺は彼の意を汲んで先導役を担う。


「『錬成アルター』」


 鎖を大量に生成し、それを一本の鞭として魔力で操作して振り回す。

 味方には当たらないように、数秒先の未来を。

 腕輪に繋がっている大量の重量級の鎖が、周囲を飛ぶ死骸達に激突して時には絡まり、また時には翼を捥がれ、彼の道を形成する。

 ユーグストンは右手の五指を曲げて、自由に落下する死骸達へと攻撃する。


「『重竜爪ヘビークロー』」


 上空へ斜めに振るわれた魔力の鉤爪が、脆弱な肉体を軽々と引き裂いた。

 そのまま翼を生やして、敵本体へと飛行する。

 腕に纏わっている魔力が翼竜の大口を形作って、翳した両手より直線上の敵を全て捕食していく。


「『重竜牙ヘビーバイト』」


 両手を閉じ、敵が騎乗していた竜腹を噛んだ。

 魔力による攻撃で死骸の腹を食い破ったが、生憎と黒幕らしき人物は他の竜へと飛び移り、竜の腹壁を蹴ってユーグストンの真横へと突撃する。

 手元に戻っていた槍が、一突きしようと死を纏う。

 大技を発動させた反動か、動けず無防備を晒す調教師に槍の一撃が激突する。


「くっ!? 『反猫の盾(キャットパレス)』!!」


 猫顔の形をした魔力盾を、自身と槍の中間に展開して身を守ろうとしていた。

 だが、槍の特攻が一枚勝る。

 罅入る盾を遠くに目撃し、俺も加勢すべきと判断して、左手に持っていた短剣を投擲して更に磁力で投擲スピードを加速させた。

 それにより、槍の男は已む無く回避に専念した。

 ユーグストンも背中より落ち、しかし猫のようにクルッと回転して華麗に着地成功していた。


「逆に借りを作った」

「なら後で返せ、調教師」


 背中合わせに、俺達は駆け出した。

 まだまだ増え続ける竜の死骸に、どうすべきか対策を練り続けるが有効な手段が見当たらず、せめて影の魔法を扱えれば何とかなる。

 それだけ影魔法、絶影魔法に期待を寄せている。

 しかし、聖女の影に魔法を潜ませている。

 だから使えない。

 空を飛ぶのも、能力を掛け合わせるのも、何かと役立ってきたので聖女様が自力でここまで到達してくれたら、俺は思う存分影を操れる。


(今欲しいと思った物が手元に無いとは、つくづく運に見放されてんな、俺……もしかしなくても、俺ってそんなに神様に嫌われてんのか?)


 運命に見放された身としては、世知辛いものだ。

 しかし、そんな考えも吹き飛ぶような攻撃の嵐が、こちらに豪雨となって強襲される。

 何度も俺達に向けてダイビングし、その屍肉を挺して相打ち覚悟で殺しに来ているため、霊王眼と自分の頭脳をフル活用して動きを予測、確実に首を落として殺処分していったのだが、倒し切れない。

 何故なら、倒れた側から臓物撒き散らしながら、起き上がって地面に群がってるのだから。

 飛び上がって、邪魔な奴等を火葬する。


「『蒼火燐イグニスフレア』!!」


 次第に余裕も無くなっていく。

 蒼白い炎が火の粉のように舞い散り、地面を焦土化させながら、異形の怪物達を一網打尽に焼き払った。

 黒煙が視界を塞ぎ、島全体で猛威を振るう大火が自然を燃やし尽くす勢いである。


(チッ、まだ増え続けてやがる。この島に何匹呼び寄せる気だよ?)


 他の無人島に大量所有していたようで、その全ての竜が三人の抵抗者を射殺す勢いで睥睨し、その屍肉の檻の中で必死に抵抗し続けている俺達は非常に不利な状況だ。

 燃やしても、凍らせても、変わらない。

 奴等は不死身の再生力を持ち、術者に操作されてるから決して攻撃を止めはしない。

 殺意を振り撒いても、お構い無しに勇猛果敢に、いや、無謀な攻撃すら躊躇わない。


「『分子解体(セパレート)』」

『グギャッ――』


 近くに迫ってきてた化け物の攻撃を跳躍で躱し、一瞬だけ手で触れて、全身を細切れにしてみた。

 それで一体、消滅した。

 だが、それも焼け石に水。

 まだまだ貯蔵分があるのか、渡り竜が他の島から渡ってきている。


(さて、どうする――)

「ディオ君!!」


 何か策を講じなければ、と考えた矢先、俺を呼ぶ声が戦場に響き渡った。

 一斉にそちらへ意識が向いてしまう。

 森の南側から、二人の人物が息を乱しながら現れた。

 一人は地質学者の老人、迷彩服を身に纏うアルグレナーであり、もう一人は教会指定の修道服を着込んだ聖女リュクシオン、俺の秘密裏の護衛対象である。

 彼女が来てくれた、目の届く範囲に現れてくれた。

 ユスティの方が気掛かりだが、爺さんが守ってくれている間なら、影に忍ばせた影鼠を解除できる。


「シオンに爺さん! 話は後だ! あそこにいる黒幕を倒すから協力しろ!!」

「状況が些か不明じゃが、えぇじゃろう」


 敵は判然していて、俺達は一人の敵を見据えている。

 爺さんは、地面に手を触れて能力を発動させた。


「『遺跡の守護者(ギガンテスフィガー)』」


 地面から蔦草の生えた巨人が地面より出土し、周辺の木々も巻き込んで大層な自動人形を生み出し、その巨躯は約十メートル級となった。

 まるで映画に出てくるような巨兵。

 自然に生まれた人工物感が溢れていた。

 地質学者の能力を超越している。

 内包する魔力量は爺さんが地面に注ぎ込んだ分に相当し、それは巨岩の形成維持に使用されている。

 まるで生命のよう。

 だが、その一振りが、死骸の竜を一斉に除去していく。

 作られた好機、迷わず躊躇を捨て置いて、その巨人の腕を駆け上がる。

 気配を断ち、身を自然に溶け込ませる。

 丁度巨人が死角となった。

 一っ飛びに天を目指す。

 木々をバネに背中を踏み台に空へと駆け上って、傲慢にもこの地獄を見下ろしている神様気取りの男へと、一本の銀刃を投げ飛ばした。


「ハッ!!」

「ッ!?」


 崩れた体勢となった敵へ、足に力を込めて突っ込む。

 竜から落ちる敵へと残った一本の短剣で斬り込んだが、刃を浮遊する槍によって防がれ、投擲した短剣も一本何処かへ行ってしまった。

 空中で鍔迫り合いになるも、槍が回転して弾かれ、逆に無防備となる。


「クッ!?」


 蜂のように金槍が彷徨い回り、自由自在に閃刃を大気に残していく。

 その斬撃の軌跡を弾き曲げた。

 肢体は何度も宙を転がって、前から、背後から、左右上下から無数の刃が手足や内臓を狙い、懸命に『生』を奪い取ろうとしてくる。

 腰を動かし、腕を振るい、何度も回避する。

 火花を散らす刃の搗ち合いから、腕全体に重たい衝撃が響いて痺れる。

 片腕で防ぐ度に、服が、皮膚が、赤く汚い鮮血に染まっていく。

 そして僅かな時間で数百にも上る斬り返しが終わり、地面に着地した瞬間に左腿に槍が突き刺さり、慣性に従って金槍は左足を貫通した。


「ギッ――」


 左足の感覚は消え去り、太腿から先が吹っ飛んだ。

 地面に倒れたままの俺を、何匹もの死骸が襲ってくる。


「『ブラックハンド』!!」


 影鼠を解除して発動させられたが、潰したりはできないため、捕まえるだけ、地面から大量の手が飛び出して、影が竜達の動きを束縛した。

 しかし、その場の危機を脱しただけ。

 影手の間を縫って、何個もの空飛ぶ屍肉が、負傷した血塗れの生肉を狙ってくる。


(足が千切れたか……早く回復しないと――)

「『クライセントの書第八章・女神ノ癒シ手』」


 聖女シオンが左足を回収して滑り込むように俺の下に辿り着き、左足の横で地面に膝を着け、俺の足を接合させようと聖女の御手が発動された。

 暖かな感触を味わいながらも、危機迫る状況の打破のために能力を惜しげも無く酷使する。

 回復の機会だ、邪魔はさせない。

 手を翳して、錬金術師の能力を魂から引き出そうとした途端に、神経に無数の針で直接突き刺されたような、身を引き裂かれる感覚が強襲する。

 一瞬、視界の色が反転し、鼓動が一際高鳴った。


「ウグッ!!?」


 錬金術師の能力使用を停止して、錬金術を発動させられなかった。

 発動不可、俺では奴等の攻撃を止められない。


「『堆積層デポジット囲い窯(キルン)』!!」


 瞬間、土壁によって俺達は覆い尽くされる。

 土壁が四隅に生まれ、その空いた箱が何重にも渡る土層によって塞がれた。


「小僧、無事か?」

「も、もし俺が無事に見えるんなら……病院行くのを、お勧めするよ」

「フッ、まだまだ余裕そうじゃな」


 土のドームを形成したのは、爺さんの地質学者の能力。

 やはり俺の錬金術師にも似通る部分があるが、今は少女の眩い燐光によって辺りが照らされているから、この密閉空間は明るい。

 次第に足の繋ぎ目が接合され、光も消えてゆく。

 そして視界が完璧に暗くなったところで、外からの体当たりに地層から光が漏れる。

 足が修繕され、立ち上がろうとして膝に手を乗せ、しかし激痛で片膝を着いた。


「ウッ――ゲホッゴホッ………ブハッ!?」


 咳き込み、口を抑える。

 しかし大量の血が吐き出され、手を濡らした。


「と、吐血!? どうしたんじゃ!?」


 胸が締め付けられ、職業の酷使で他人に隠し通すのも困難となってきたが、まだ死ねない、死ぬとしても七月七日でなければならない。

 その日までは、まだ生きる。

 残り九日だから、彼等が生かしてくれた唯一の期限だから、俺は戦闘に身を投じる義務がある。

 無理をして、更に吐血する。

 胸に走る激痛で右手に持っていた短剣を落とし、地面に刃先が突き刺さっま。

 必要以上に血を失っていく様を、二人が困惑とした表情で見下ろしていた。


「ディオ君、もしかして寿命が、もう――」

「それ以上、言うな……まだ、戦える」


 地層も長くは保たない。

 光が外から中を照らし始めた。

 震える足を立たせて、視界も焦点が定まらないまま無意識に短剣の柄を掴み、血塗れの両手のまま俺は限界まで足掻くため、爺さんの土壁に触れる。

 そして、俺の原点を叫ぶ。


「『錬成アルター』!!」


 土壁に生まれた大量の棘が、一斉に射出された。

 外側が見えないが、大量の竜が上空へ逃げるのを魔力で感知できた。


「ハァ…ハァ………ゲフッ」

「無謀ですの!! 呪印に侵蝕されてる身体でそれ以上職業を使うのは――」

「うるせぇ……俺はまだ死ぬ訳にゃいかねぇんだ」


 まだ、自分が誰なのか、俺は知らないから。

 まだ九日の地獄を生き抜いてないから、逃げ出したり背を向けたりしない。

 死の味が、垂れ落ちる。

 今すぐにベッドで安眠したい。

 聖女シオンの言葉通り、無茶無謀で肉体的にも精神的にも職業使用はほぼ不可能に近いと言っても過言ではなく、肉体の回復速度と均衡して破壊が繰り返される。

 ただし、超回復のお陰で辛うじて動けているから、肉体が再起不能に陥るまで時間はあまり残されていない。


「俺にはまだ、やる事が………ゲホッ……」


 内臓や食道のうち何処かに亀裂が入ったのか、それとも腐敗しているのか、細胞破壊されて寿命が縮んで、吐血量が尋常でないレベルに達している。

 朦朧とする意識の底で、俺は実感する。

 あぁ、これが『生』なのか、と。


(生きてる……自分が存在してるって実感できる……俺がここにいるって、そう思えるよ、皆)


 死が隣にいるから、俺は残り僅かな『生』を噛み締められるのだ。

 戦いだけが、存在の証明に繋がる。

 楽しい気持ちも、喜びや達成感も、生きてるって証明にならなくなったから、俺は死と隣り合わせの戦場で僅かな生命の灯火を強く燃やす。

 命を削る戦いこそが、俺の居場所となった。

 だから、誰にも戦闘の邪魔はさせない。


「シオン、お前は爺さんの側を離れるな。爺さん、アンタは聖女様を頼むよ」

「あぁ、分かった……しかし小僧、大丈夫か?」


 症状的に考えても、大丈夫とは言い難い。

 呪印は猛毒となって左腕に、心臓に、果ては霊魂にまで侵蝕されて寿命が縮み、その呪毒は俺という器によって内部で禍々しく膨れ上がった。

 左腕から黒い炎が噴出し、黒腕に真っ赤な鮮血の線が浮き出ている。


「の、呪いが噴き出してますの……今すぐ治療を――」


 する暇すら齎されない。

 瞬間的に、殺意が上空から振り下ろされる。


「『天竜の裁き(ドラグニール)』」


 莫大な殺意と魔力を纏った黄金色の槍が、固められた地層へと裁きとして墜落する。

 強制的に連想される『死』、激痛を我慢してリュクシオンとアルグレナー二人を抱え、地層の壁を錬成破壊して何とか回避できた。

 だが、逃げた先にも竜がいた。

 一瞬前にいた場所には、地層を完全に倒壊した金槍が大地に逆さ状態で刺さり、脱出先には大口開けた竜が待ち構えていた。

 左腕に抱えた少女を上空へ投げ、その手で死骸竜の牙を掴んだ。


「『分子解体セパレート』」


 錬成出力を最大にして生物の肉体を再生不可能にまで完全分解した。

 呪印で黒くなっても、能力自体は使えるらしい。

 意識も何とか回復させ、少しは冷静と状況把握できた。

 上に投げ飛ばした聖女が自重で落ちてきたため、地面に触れる直前に抱き留めた。


「うひゃっ!?」

「……意外と重いな」

「し、失礼ですの!! 太ってませ――」

「爺さん頼んだ」

「ひゃぁぁ!? ひ、人を投げないでほしいですの!!」


 爺さんに投げた聖女が怒り奮闘としているが、身体から黒煙が噴き出しては上空へと昇っていく。

 精霊術を炎に、その炎が黒煙を醸し出し、大量の黒色の煙が暗雲を形成していた。


「……そろそろ良いか」


 数多くの化け物が、上空で犇めき合っている。

 絶望の真上から見下ろすのは謎の人物、攻撃の大半を周囲の竜に指示している。

 魔草のように天へと手を伸ばし、雷撃の龍を憧れの空へ昇らせる。


「『天喰電カラクイヅチ』」


 右腕で弾ける雷がジグザグに空を喰い、その軌道線上にいた屍肉達を貪り、その雷龍は上空で青空を隠す分厚い雲煙へと突入した。

 しかし、ローブの人間は竜の騎乗操作で、真横へと回避していた。

 雷によって一部が蒸発欠損した化け物達は地に還り、残った化け物達は旋回して待機状態。

 引っ切り無しに増加し続ける、大量の同種の竜。

 廻る火の手が逃げ場を塞ぎ、上空には餌を求める捕食者達、空気は熱を帯び、吸い込んだ空気が燃えて肺が焼けるように熱い。

 下手すれば全員火災によって焼け死ぬ。

 犯人は目撃者を全員消すために、俺達を捕食しようと躍起になってるらしい。

 それ等がまた腹を空かせて、俺の呪われた肢肉を喰おうと直角に降下してきた。


「全て焼き尽くしてやる」


 周囲には自然の不完全燃焼の炎が存在して、それを操るために周囲へと働き掛ける。

 蠢く炎が螺旋を作り、火の息吹が海嘯となる。


「『厄炎濤カラミティフレア』」


 精霊術で火を集めて、大火と成す。

 大火が俺の周囲を渦となって螺旋を作り、その厄災に風の精霊術を加えると青く輝きと熱量を増し、燃え上がる厄炎で死骸を消滅させた。

 集め放たれた熱波だけでも、森の木々に火が付いた。

 精霊術を併用維持しているため、操作が多少ブレてしまったようだ。

 だが、それでも一時凌ぎ、まだ死骸竜の兵団を残しているから、消しても消しても空を支配する。


「ステラ、良い加減お前も協力しろ、精霊紋の中で聞いてるだろ?」

『……』

「チッ、何なんだ全く」


 やはり契約した精霊ステラが、右手甲に刻まれた精霊紋から出てきてくれない。

 会話や戦闘状況は把握できてるはずなので、風の精霊術で遥か高空から氷結の空気を振り下ろせば、周囲の火災も消えると考えていた。

 しかし、やはり出てこない。

 何故かは俺も知らない。

 彼女の事情か、それとも恐怖からか、気紛れな精霊だからこそ、彼女の力を借りられない。


(今ので精霊力を大量に消費しちまったか、後数発撃てば弾切れだな)


 あまり戦闘を長引かせるのは、こちらが不利になる。

 精霊術も無限ではないから。

 残存精霊力で雷を操るのが精一杯、魔力も影魔法の維持のせいで常時消耗し続けていた。


(魔力回復が芳しくないな。残りの手札で、敵を切り崩すには……)


 内包する苦痛に今は見て見ぬフリをする。

 痛みで地面に伏すのは、犯人を暴いてからだ。

 と、次の攻撃に打って出ようとした時、犯人自らが俺達の眼前へと降り立った。


「何者だ貴様!? 正体を現せ!!」


 声を荒げたユーグストンは、水色の刃を振り被って自重を加えた強烈な一撃をお見舞いするが、それをさも簡単だと言うように片手で受け止めた。

 握られた金の槍が水色の剣と搗ち合い、熱く火花が空気に散らばる。

 何も反応を示さない敵の、無視した行為が彼の堪忍袋を刺激して、その袋の緒口が緩んでいた。


「何故ウルグさんを殺した!? 何故クレッタが保管されている!? 答えろ!!」


 それは最愛の人達を奪われた者の叫びだった。

 感情の籠もった言葉が、炎を揺らす。

 その言葉に対する答えが、ローブに隠れた口元から発せられた。


「邪魔だったからだ」


 変声器のような濁声が、耳を狂わせる。

 彼が答えたのは、ウルグラセンという男の答えだけ、クレッタとやらが何故保管されていたかは明言しなかった。


「あの人は俺達の正体を見破った。だから呼び出して、それから殺した」


 その言葉だけでも、かなりの情報源となる。

 体格から男と判断でき、その男の濁った声は正体を隠す一翼を担っているが、他にも認識阻害を掛けられてるのか、霊王眼でローブの奥を見通せない。

 かなり高価な魔法衣のようだ。

 物体透視が不完全なのか、左目が焼けるような熱量を帯びていた。


「お前は船乗りだな?」

「……何故そう思った?」

「さっきの言葉だ。『あの人は俺達の正体を見破った。だから呼び出して、それから殺した』、それが船乗りの一員である証になる」


 最初に、『あの人は』というフレーズ。

 あの男は、とかなら言葉の乱雑さから赤の他人とかでも普通に聞くが、『あの人』だったとするなら、それはウルグラセンという人間に近しい者の口調。

 赤の他人に対して、『あの人は〜』と答える人間はまずいない。

 次に『俺達の正体を見破った』という状況。

 犯人側の視点に立つと見えてくるが、一人称で『俺の』ではなく『俺達の』と答えた時点で、犯人が複数いるという証明になるのだ。

 そして正体を見破った、それは言い換えて先の言葉と組み合わせると、『ウルグラセンの近くに潜んでいた犯人の正体を掴んだ』と受け取れる。

 つまり、ここで犯人が『船乗りの中の誰か』である、そう推測できる。

 更に『だから呼び出して、それから殺した』という一文が妙に引っ掛かる。


(もしもウルグラセンが犯人の正体に気付いてたなら、のこのこ一人で向かうはずがない。それとも、彼は丸腰でも強かったのか?)


 呼び出して殺した、普通なら罠かもと警戒する。

 しかし彼の遺体は全身食い荒らされ、結局は殺害されてしまった。

 最終的に竜を用いて殺害したとしても、彼が馬鹿でないなら何か証拠なり何なり残していたはず。

 俺は自分の推論をユーグストン、そして敵に向かって説明してやった。


「さっきの言葉を分解して深読みすれば、テメェがウルグラセンとやらの近くに潜んでた人間ってのは分かる。ま、その彼に家族がいた場合は、『あの人』なんて話し方もできるだろうが……」

「いや、あの人は独り身だった。家族はいない」

「なら船乗りってのは信憑性が高くなるな。推測である以上は確証も何も無いが、言葉の組み合わせからテメェが船乗りって可能性が高ぇのさ。さぁ、どうだ?」


 ただの推測でしかないが、クレッタという女性とウルグラセンという男を大事に保管してあったから、船乗りか、それに近い人物であると思う。

 誓った場合は、それも情報の一つとなる。

 犯人を当てた訳じゃない、間違えても挽回できる。


「ククク……ご想像に任せるとしよう。どうせ、貴様等はここで死ぬのだからな」


 そう言って、男は懐から何かを取り出した。

 ローブの下から出てきたのは、細い筒状の銀笛、その咥え口を噛んだ彼は内部に息吹を送り込み、甲高い警笛音を辺りへと鳴らした。


「『召集ドラフト』」


 ピーッと、耳を劈く音が鳴り響く。

 それは更なる絶望を呼び寄せる単一の音楽、リズムも音程も無い、ただ一定の音だけが場を支配した。

 そして今まで戦ってきた死骸竜とは比べ物にならないくらいの、一体の縫合された巨大な竜が炎を消し飛ばす勢いで、暗黒の空に出現した穴から這い出てきた。

 羽撃かせる巨翼が火災を扇ぐ。

 生命力に満ちた死骸が、矛盾を抱えて存在する。

 炎を口に溜め、それは俺達に蔑視を含んだ視線を下へ向けていた。

 その背中に飛び乗った男が、巨竜に命令を下す。


「さぁ、第二回戦と行こうじゃないか!!」


 上げた腕を振り下ろし、攻撃の合図が襲い来る。

 戦いの序幕はすでに天に昇り、休憩無しの第二幕が開催される。


「俺の正体を見破ってみせろ!! 己が最愛の生命を踏み(・・・・・・・・・・)躙った(・・・)罪人共(・・・)!!」

『グォォォォォォォォォ!!!』


 叫び狂う男と同調するように、巨竜も空へと有りっ丈の啼き声を張り上げる。

 怒りか、悲しみか、男の心を代弁するようだった。

 それは誰に向けての言葉なのか、気の狂った嗤い声が天へと轟き、咆哮を奏でる巨竜の怒号がビリビリと肌を震わせて、雄叫び響かせる無人島で烈火の猛攻が降り始めた。






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