第191話 迫るサンディオット諸島の謎3
みなさんどうも、二月ノ三日月です。
今回で通算200話に到達しました!!
本当に嬉しく思います!!
まぁ実際にはまだ第191話なのですが……
ちょっとした目標でしたが、合計200話にまで到達する事ができたのは、ひとえに読者の皆様が応援してくださった賜物だと私は感じております。
本当にありがとうございます!
まだまだ彼等の大冒険は続いていきます。
皆様の応援を連れて、もっともっと面白く描けるよう精進して参りますので、これからも【星々煌めく異世界で】を、どうぞよろしくお願い致します!!
それでは、本編をお楽しみください。
両扉を力の限り引き、人気漂わない洋館の一階ロビーへと踏み込もうとした。
開け放たれた扉、そこで俺達を出迎えたのはメイド等ではなく、一匹の動く摩訶不思議な死骸ゾンビで、それに気付いた瞬間に一斉に飛び退いた。
「うわっ!?」
「『雷光』」
開いた瞬間に襲ってきた化け物の、その醜い形相に及び腰となった格闘家へ強襲する動く死骸に向け、練り上げた簡易電撃を浴びせた。
右手から射出された白い電光が、死骸の心臓部を焼いて一時的に停止させた。
その死骸が動きを止める。
それは、ただの動く屍肉だった。
先程戦った奴と比べると、酷く脆弱だ。
戦闘用じゃないのだろう、簡単に地面に倒れてしまい、手加減も何も無い。
最低威力の雷の精霊術でも精霊力を練り上げたから、高威力となって、その倒れたゾンビの胃を透視してみた。
「弱かった、ね……」
「そうだな」
その屍はまだ微かに動いてるが、電撃によって神経を狂わせたため、立てず地面を舐めている。
ただ、少しずつ回復していく。
ゆっくりと自己修復される肉体は、まだ生命力が切れてないため、生きてるのと同じ。
「って、一匹だけ?」
胃の中に何かある。
予想するまでもなく、麻薬だろう。
爆発する恐れもあるため、胃の内容物は放置して手出しせずに、凍らせる。
「『極氷晶』」
綺麗な水晶が完成し、それを爺さんから借り受けた空間魔法機能の付いたポーチへと収納しておく。
一匹だけ中を徘徊しているのも不自然だが、それよりもまずは、自分のギルドカードに内蔵された情報を開き、追跡機能の反応がある部屋へと赴く。
俺は幾つかの部屋を素通りする。
調べるべきだが、攫われた五人を蘇生させて記憶情報を読み取る。
恐らく何処かに死骸が保管されていた証拠、死体安置所か人体解剖の実験施設があるはず。
(っと、ここだな)
「ここに攫われた五人がいるのか?」
「……少なくとも、ギルドカードはこの先を指してる。行ってみるしか――」
扉を押し引きしたが開かず、中で何かが閊えているせいで内開きの扉を僅かしか押し開けれないようで、透視で扉の前に置かれてる何かを目撃する。
それは、血塗られた人間だった。
生体反応に引っ掛かり、防護服のような格好をした男、医療従事者のマークが背中に載ってる。
そのマークの形は、白い烏のシルエットが羽撃いて、翼と顔、尾羽が十字を象っている。
「開かないのかい?」
「医療従事者が伏臥状態でドアを塞いでやがる。しかもまだ生きてるぞ」
人気が無いのは、この男が気絶してたからか。
いや、それ以上にこの部屋が特殊なのか、完全密閉されてた部屋で、少し開いた隙間から人間の腐敗臭や血鉄の臭いが鼻を劈いた。
鼻が曲がりそうだ。
ここにユスティがいれば、涙目で鼻を押さえて蹲っただろう光景が想像できる。
「扉の向こう側で横たわってる男なんだが、多分……ギルド医療課の『聖母』メサイア=ゴッドヴァースが作ったとされる、『白十字医療機関』の職員だ」
「えっと、何それ?」
「その組織は戦場を中心に派遣される、ギルドが持つ組織の一つだ。あの時は気にしてなかったが、治療院で仕事してる奴等を攫ってきたのか……」
謎は後回しにして、先に扉を開けよう。
大っぴらに錬成は使えない。
さっき錬成で無理矢理解錠した時は、鍵の内部に干渉したから大して露見しなかったが、扉の奥に作用させるとするなら別の方法にすべきか。
能力を隠すのも一苦労だし面倒臭い。
しかし今は錬金術師よりも、薬物師として活動する方がベストに近い。
「『纏威電』」
電力操作で身体強化を図り、取っ手を力強く押し込んでいった。
数十キロの物体が放置されてるのと同じだから、力作業となるが、隙間が次第に人が通れるくらいの穴となり、人一人分通り抜けられるだけの空間を作れた。
それ以上は他の積荷によって、扉を押せない。
だがこれで、中に入れる。
「く、臭い……」
尻込みして鼻を摘むレオンハルト、逆に眉一つ動かさないユーグストン、その対極さの窺える様相は歪であり、しかし余計な口を挟まず腐敗臭の充満する部屋に入る。
臭いものは臭い。
我慢するのも辛いだろう。
しかし躊躇していては事態の好転は見込めないので、悪臭放つ実験場に入室してみた。
俺に続いて二人も入室する。
だが、レオンハルトは耐え辛いようで涙が目尻に溜まっている。
「臭いなぁ……早く出ようよディオぉ」
「我慢しろ」
この部屋、少し大きな実験室のようだ。
多くの化学器具があり、これから薬品を作ろうとしてる時に慌てて逃げ隠れた、そんな現場だ。
本棚は荒れて沢山の本が落ちており、床には魔草や紙切れ、箪笥のような場所の上には荷物が置かれていて、その荷物から複数の反応があった。
ポーチは合計四つ、攫われた人数と合致しない。
ジュリアを転移能力者として利用してるなら、四つでも納得できる。
「確かめてみるか」
本当に彼等の所持品なのか、ポーチの一つを手に取って中身を物色する。
ボタンに青薔薇の意匠が凝らされてるため、何となく誰のかは予想できる。
薬品や簡易的な採取道具、幾日分かの小さな保存食、それからギルドカードが入っていた。
「それ、攫われた奴のか?」
「……カレンの物らしい。これが証拠だ」
調教師へ手渡して、他の奴の攫われた証を探してみる。
全員のポーチを物色して、ロナード、ルミナ、ニック、それからカレンの四枚のカードが発見された。
つまり、ここに運び込まれたと立証された訳だ。
だが反応は五つある。
その反応箇所を拡大してみると、足元に一つのカードが落ちているのを発見し、確認を取るとジュリアのカードだと判明した。
犯人も誘拐後ここに訪れ、しかし誘拐された奴等が何処にいるのか分からない。
(手掛かりはこの部屋にあるはずだが……)
部屋全体を視界に収めてドアを背にするが、何かが足にぶつかった。
「あ?」
足元に男が転がっている。
医療用防護服を着込んだ気絶中の男の存在をすっかり忘れていたが、かなり衰弱してる様子で、男の医療ゴーグルを外すと目が閉じた状態だった。
昏睡状態となっている。
まるで星夜島と同じ状態に苛まれたような、不自然な状況だった。
「この人、何でこんなとこで倒れてたんだろ?」
「知らんが、この人間は後で星夜島に運ぶしかないな。貴重な情報源かもしれん」
今はカレン達が何処にいるか。
その男を退けて、改めて扉を背に全体を見定める。
右手側にある大きなテーブルの上に何かの薬品開発が行われている痕跡があり、左手には箪笥、その上には四つのポーチが、隣には本棚がぎっしり本を詰め、正面の壁には三つの掛け軸が垂れている。
時計が壁に掛けられ、すでに四時を過ぎていた。
箪笥は幾つか区分けされ、中には普通の薬草や違法魔草が瓶詰めされて収納されていた。
テーブルにある研究には、丸底フラスコやビーカー、三脚にバーナー、その隣には研究ノートが開かれた状態となっていた。
まるで化学室を連想させる空間だが、掛け軸だけは研究室に合わない。
(この掛け軸、横幅が広いな)
人一人分はある。
掛け軸の絵は、それぞれ太陽、月、星が空に浮かび、下に無人島が描かれている。
これはサンディオット諸島を示してるのだろうか。
だが、何故こんなところに掛け軸があるのか。
不思議、と言うより不審だ。
だが、これと似た機能を持つ額縁を、俺はグラットポートで見ている。
「そうかこれ、アレだな……」
「ディオ、何か言った?」
箪笥から瓶を手にして電灯に翳して眺めてる男が、俺の呟きに反応する。
一方で、もう一人の男は研究ノートを拝見して驚愕とした感情を顔に出して、それから何処か肝を冷やしている様子を見せていた。
ここに来たと言ってたが、この部屋は知らなかったのだろうか?
それともまだ思い出せてない?
ユーグストンの不思議な表現に関してより、一応彼の読んでる研究ノートを回収しておこうと思う。
それより、カレン達の居場所が分かった。
「テメェ等、秘密の隠し部屋があったぞ」
「本当かい!?」
「隠し部屋……何処を指してる?」
一瞬、二人の発言に違和感を禁じ得なかったが、話を先へ進めた。
「この三つの掛け軸だ。まぁ見てろ」
左から、星、太陽、それから月の掛け軸だ。
最初に右にある『月』の掛け軸に手を触れると、その手が絵の向こう側に吸い込まれていく。
何かに引き摺られるようにして、絵の中に入った。
それから、俺は一切予想だにしなかった光景を目の当たりにする。
「……見つけた」
入り込んだ月の掛け軸、そこは非常に極寒な部屋で、身体がどんどん冷えていく。
ユーグストンも俺に続いて、異空間へ入って来た。
そして体感温度の低さに驚いていた。
「息も凍る寒さだな……何なんだ、ここ?」
冷気の漂う部屋、俺達を待ち構えていた物体は、大きなロッカーのような場所だった。
全部魔導具なのか、蛍光灯が横に付随している。
何となく掛け軸の意味、それから部屋の存在意義が脳裏に文字として浮かび上がった。
少しロッカーを眺めて観察してから危険が無いのを見極めて、意を決して取っ手を掴む。
「このロッカーの中身を拝もうじゃねぇか、って鍵掛かってんのか」
ロッカーの一つを引いてみるが、鍵が掛けられているせいなのか、開かない。
鬱陶しいが、これも何かの対策なのだろう、丸い蛍光灯が何個か赤く染まっている。
俺が引いたのも赤く染まったランプ。
中に何かが収納されてるのだ。
それを抉じ開けたいが、鍵穴に差し込むための鍵が手元に無いから、先程と同じく錬成で開けようとロッカー全体に干渉した。
その直後、不思議な記憶が入り込んできた。
この諸島で楽しく笑顔で過ごしていた、そんな幸福そうな誰かの記憶が。
「ッ……」
眉を顰め、取っ手を握る手に力が込められた。
その金属製の取っ手が握力によって歪められ、二度程深呼吸してから錬成で解錠し、そのロッカーを引いて中身の寝台をスライドさせた。
すると冷気が下に溜まり、その冷気が瞬間的に地面を凍らせていた。
掛けられているのは、青色の布。
その下は予想が付いた。
不自然に盛り上がったブルーシートが、仰臥位となって放置されていた。
「うわ寒っ!?」
と、ここでレオンハルトが入ってきた。
「何してた?」
「いやぁ、掛け軸が物珍しくてつい眺めて……ってそれ中に何が入って――うわぁぁぁぁ!!」
来るや否やレオンハルトが勝手にシートを持ち上げると、そこには無惨に全身食い荒らされた一体の死骸が眠っており、刺激の強い一枚の絵面に叫び後退った。
オーバーなリアクションだ。
後退りした格闘家は、壁に後頭部を打ち付けて気絶してしまった。
ここは、死体安置所のような場所。
俺はシートを持ち上げ、男の死因を確認する。
至る箇所を齧られており、精神を病む者が続出しそうな外見のまま放置されていたが、腐敗防止の魔法を腕に刻印してあるため、腐ってない。
それに零度以下の環境に保管してあるため、状態が保存されてれば即座に蘇生できる。
(かなり寒いな、早いとこ済ませよ)
顔は半分程識別できた。
凶暴な顎と牙を持つ化け物に食い殺され、その食い跡や歯形が残っている。
「そんな……ウルグさん、何で………」
隣で呟かれた声、その名前から誰の死体なのか理解してしまった。
(ウルグってまさか、婆さんに送ってもらった日誌記録の著者ウルグラセンか?)
情報の宝庫である巨大な冷凍庫の、他のロッカーも調べてみた。
赤く灯るライトが付随してるスライド寝台全てを、急いで外部に晒した。
ブルーシートを引き剥がして身元確認すると、調べた遺体のうち四つは地質調査で一緒に行動し、そこで誘拐された奴等の顔だった。
全員が死んでいた。
しかし、四人の肢体は綺麗なまま。
その四人、最早語るまでもない。
地質調査が始まってから、毎日一人ずつ誘拐された被害者達が、この狭苦しい場所に収納されていたとは。
「ロナード、ルミナ、ニック、それにカレン……四つの死骸がここにあるって事は、やっぱこの部屋……」
他にも見知らぬ冒険者らしき人間の死骸が二個、この場所に氷葬されていた。
もう一つ、身元不明な女性の死骸が一つ、氷漬けにされて綺麗な状態で永眠している。
その死骸だけ綺麗な黒いローブを着せられ、今目の前に永眠中の彼女が気になって腹部を透過すると丁寧に縫合されていて、内臓は丁度四つ、心臓と肺、肝臓、それから腎臓が無くなっていた。
爆発によって失った後のような縫合処置がしてある。
それも精密に、まるで生きてるみたいに。
「ここに……いたんだな」
千鳥足となって、ユーグストンは立ち上がる。
非常に落ち込んだ面をしているが、彼はその女性の顔に触れて、何処か安堵したように涙を流していた。
だが、その様子だと、この寝台に眠る少女とは知人関係にあるのは明白か。
「気になるか?」
その少女の顔を凝視していると、隣からそう心に問い掛けられた。
迷える視線が、永遠に目を開けない少女に注がれる。
それは後悔の視線、しかし憑き物が落ちたような表情でもあった。
「彼女の名前はクレッタ、俺達船乗りの一員だった」
「それは、日輪島の自治組織だな?」
「あぁ、それに……」
天井を仰いだ彼は、涙を零さないように我慢してるみたいだった。
口元が震えて、彼は奥歯を強く噛んだ。
爪痕がくっきり残るくらい拳を握り締め、怒髪天を衝く殺意が彼の周囲を渦巻いていた。
その怒りは後悔の裏返しか、彼は次の言葉を絞り出して悲惨な真実を俺に教えた。
「それに……俺の恋人でもあったんだ」
彼のあまりにも唐突で衝撃的な発言に、俺は思わず二人を交互に凝視してしまった。
先程から彼が焦っていたのは彼女のせいか。
「恋人? 何故恋人がこんなとこにいるんだ?」
「彼女は二年前のとある事件で死んでいる。俺達の手で埋葬したはずだが、ここにいる理由は、誰かが墓の下を掘り返したからだろう」
「……墓の、下を………掘り返した?」
その言葉に俺は妙な、それでいて普通なら見落とす程の小さな違和感を孕んだ。
誰かが墓の下を掘り返した、という言葉が何故だか胸の奥底で、頭の深い部分で引っ掛かりを覚えて、何度も頭の中で反芻させた。
何に引っ掛かってる?
何処に辻褄の合わない部分がある?
思い出せ、今まで経験して得てきた情報の中に答えがあるはずだ、そこから解決の糸口が見える気がする、俺は必死になって目を閉じ、思考が脱線しているにも関わらず追憶に触れようとした。
そして違和感が氷解した時、ギルドの情報があまり役に立たないとも理解した。
「そうか分かったぞ、この違和感の正体……いやけど、あの文面だけじゃまだ………」
物的証拠が日輪島にあるはずで、これ以上の考察はできないため、脱線した話を一旦元に戻す。
船乗りの死んだ子が関係してるとしたら、犯人の一人が船乗りの関係者、となる。
ユーグストン、という可能性も捨て切れない。
だが、その涙と言葉は本物。
その記憶自体が偽りなら俺はもう何も信じられなくなるが、すでに霊王眼の虚発見能力頼りなので、根拠が無ければ何も信用できない。
ただ、墓下を掘り返す必要が何処にあるのか。
犯人の動機、それが彼女と関係がある?
(ウルグラセン、クレッタ、この二人を保管しているのは知人や友人、親しい人間と考えるのが自然。特にクレッタが埋葬から掘り返されたなら、掘り返すだけの、それ相応の理由があるはず)
そこが犯人の動機ではないか、そう思う。
ここで俺は唐突に、本当に突然と『三龍神と海の民』の一文が頭中を過った。
「『一番強い者には何でも好きな願いを一つだけ叶えさせてやろう』、だったか」
「それ……童話の一文だな」
「知ってるのか?」
「当たり前だ。孤児院でよく餓鬼共にせがまれてな、読まされたんだよ」
孤児院、それも今回の事件と関連性が高そうだ。
俺も、レオンハルトも、ユーグストンも、全員が孤児院出身とは妙に共通点が多くて気持ち悪い。
しかし孤児院で諸島出身なら、彼に童話関連の質問もできそうだ。
「じゃあ、『三龍神と海の民』について聞きたい事がある。俺より詳しそうだしな」
「構わないが、事件と何か関係あるのか?」
「それは……微妙なとこだな」
童話が動機になり得るのか、それは未だ不透明。
俺は最初に読んだ童話の内容を思い返す。
諸島にいた力自慢が三人、それぞれの島から選出された者達の願いを賭けた三つ巴の戦闘だったはずで、太陽の戦士が『世界最強の力』、深海の戦士が『巨万の富』、そして生命の戦士が確か……
「なぁ、その童話に出てくる生命の戦士が三龍神に願ったのって、『死者の復活』だったよな?」
「あぁ、そうだ」
「もしかしたら、それが動機に……いや、あの話は太陽の戦士が勝利して終わった話だったし、他の戦士が勝つストーリーなんて――」
「あの童話は基本三方式に分岐した特殊な童話だ。生命の戦士が勝利して幕引きする話もあるぞ」
俺の呟きを返すように、ユーグストンは俺の読んだ童話『三龍神と海の民』について簡潔に説明してくれた。
あの童話は三つ、日輪島では太陽の戦士勝利ルート、月海島では深海の戦士勝利ルート、同様に星夜島では生命の戦士が勝利するルートで伝聞されてるそうだ。
俺が聞きたかったのは、その星夜島ルート。
死者復活の権利を手にする物語、その童話の内容を詳しく聞きたい。
「なら、星夜島で伝わってる『三龍神と海の民』、その内容を教えてくれ」
「分かった」
そうして、俺はユーグストンの語る童話の内容に注意深く傾聴した。
かつて星夜島には一人の戦士がいた。
彼には最愛の恋人がいたが、その彼女は不治の病に侵されて、死を悟った彼女は海へ身投げするが、溺死体は海浜に打ち上がった。
死んだ彼女に何度も名前を呼び、抱き締めていた。
そんな彼に、三龍神が島で一番強い人間に何でも願いを叶える、という一報が舞い込む。
「それでだ、勝利した後の話を聞きたい」
「勝利した生命の戦士は、彼女の棺の前に佇んで、授かった力で恋人を蘇らせたそうだ」
「……その授かった力ってのは?」
「職業だと言われてるが、その職業は明言されてないから、何を授かったのかは誰も知らないが、誰が勝利しても全部同じ職業だったらしい」
だが、職業を授かったのは本当なようだ。
なら何の職業を授かったのか、その三人の野望全部が同じ職業でクリアできるのか。
(あの職種なら可能か)
とある職業が浮かび、そこから犯人が何をしようとしてるのかを類推する。
「その童話の恋人、蘇生されて棺から出てくる、そんな描写とかあったか?」
「いや……言われてみれば、無かったな。生き返って幸せに暮らした、とはあるが、それ以外は特に無い。そこら辺の描写は故意に暈されてて、不明点が多いしな。しかし、それが何か関係あるのか?」
童話だとしても、描写が無いなんて変だ。
恋人の棺前で佇む様子を文字に起こした描写はあったそうだが、その後恋人が生き返って幸せになった、というのは些か乱雑に思えてならない。
その場で蘇生したのではない、というのが真実なら授かった職業は……と言うより、『暦の祭壇』の本当の意味が浮き彫りとなる。
だから最後の決戦に『暦の祭壇』が選ばれて、七月七日という特殊な日に戦闘が終結した。
そのため、有力な動機を話せた。
「犯人はその二人……いや、正確にはクレッタだけ、蘇生を実行する気なんじゃ――」
「それ本当か!?」
「うっ……おい、落ち着け」
最後まで言い終える前に、服を掴まれて首が締まってしまった。
少しばかり首筋が圧迫されたが、咄嗟の行動を自分で諌めて手を離し、俺の口元に目線が下がる。
「単なる仮説ってだけだ。それに、童話についてもまだ謎が残ってる」
「謎?」
「その童話の最後のページに載ってた変な文章だ。そこだけかなり古かった。他の童話と繋げたみたいだった」
「……つまり、初版本ですら誰かの吐いた『嘘』?」
それも有り得る話だろうが、だとしたら、誰かが島の真実に気付いて歴史を改変させた。
そうしなければならなかったから。
それは、人の犯してはならない禁忌だったから。
俺の読んだのも初版本だったがギルドカードに入ってたのは、誰かの手によって幾つも内容が改竄された後、しかし考察を深めれば、それは改竄しなければならなかった、という根幹へと至る。
誰かの意図が絡んでるとは。
(すると、『暦の祭壇』って名付いた本当の意味は……いや、憶測の世界だな、突飛すぎる)
何か確証があれば良いんだが、今は脱線してる場合でもないな。
「済まん、話を戻そう。綺麗に保管されてるし、二年前に死んだ人間を掘り返すだけの理由、それが『死者の復活』が関係してるのかなって思った」
「だからここにあるのか……」
しかしユーグストンの反応はチグハグとしている。
ウルグラセンの時は『ウルグさん、何で』と言い、クレッタの時は『ここにいたんだな』だ。
つまり前後者共々ここに保管されてるのを知らなかったと捉えられる。
が、行動はその逆を示唆していた。
「お前、彼女がこの冷凍室に保存されてるの、実は知ってたんじゃないか?」
足早に森を急いだ、それも腑に落ちない点だった。
恋人である彼女が冷凍庫にいる、だから焦りが生まれて、こうして会いに来た。
彼女は死んだ、いや、殺された?
だがだとしたら、さっきの発言も矛盾する。
「そうだ。俺はここを知っていた……いや、徐々に思い出してる最中ってのが最適な表現だな」
ここは遺体保存冷凍室、そう出口の上に金属プレートで書かれて設置してあった。
(ここにある死骸は全部で八つ、全部霊魂が綺麗さっぱり消滅してやがる)
一つは食い荒らされたユーグストンの知り合いらしき死骸、一つは調教師の恋人だった者の死体、二つは謎の冒険者の遺体、残り四つは地質調査中に誘拐された者達の遺骸、合計八つもの存在全部、霊魂は抜けている。
その中で、ルミナだけは蘇生可能だ。
霊魂が手元にあるから。
他の三人の霊魂は持ってない。
だからルミナの器へと霊魂を入れておく。
ルミナが攫われたのは二日前、蘇生可能時間ギリギリであるため、特殊な錬成を発動させる。
(『因果錬成』)
死骸に錬成を手掛け、ルミナの肉体に職業能力を付与しておく。
これで一先ずは大丈夫だろう。
他の死体には手を付けず、一応寝台を元に戻しておく。
「ここは冷凍庫以外には何も無いな……情報整理のためにも一旦出るか」
「……そう、だな」
明らかに無理している。
だが、ユーグストンには諸々の事情を聞かねば収まらないと思う。
彼は事件の中核にいすぎる。
何故ここにウルグラセンと、クレッタという子の死体が安置されてたのか、ここに来たのが二度目な理由も、事件の根幹に関わってるのは自明の理だ。
それに加えて、記憶が徐々に戻ってきている、その言葉も霊王眼は反応を示さなかった。
義憤や動揺が、彼の思考を鈍化させていく。
凍えそうな寒さに、こっちまで思考が分散して纏まりが崩れそうだ。
俺はレオンハルトを背中の大きなバックパックに乗せ、一旦その部屋を後にして実験場に戻ってきた。
「お前、本当に何者なんだ?」
「言ったろ、ただの船乗りだとな。同じ質問をそっくりそのまま返しておこう」
「俺も普通の冒険者だ」
それにしては互いに職業を明かしてない、俺も、ユーグストンも。
「俺は少し、ここで休ませてもらうぞ」
その場に座り込み、休憩の姿勢を取った。
俺達の当初の目的はギルドカードが示す反応の追跡、それが半分達成できたので、後は掛け軸の残り二つを調べて帰還するのみ。
少し余裕が出てきた。
「暇なら、コイツも預かっててくれ」
「……分かった」
疲れたなら仕方あるまい、俺はレオンハルトを彼に預けて掛け軸の前に立った。
「さて、次は……真ん中の掛け軸でも見てみるか」
今度は中央、『太陽』の掛け軸へと手を伸ばす。
すると簡単に吸い込まれて、今度は薄暗い手術室のような場所に来た。
薄暗く、何だか空間が狭い。
「手術室か……」
手術台の上に、とある怪物が眠っていた。
目玉が額にもある顔、腕は巨大な翼を形成し、足も縫合されて怪鳥のような鉤爪のある脚部となっていた。
ここが何処なのかも、掛け軸が解決してくれた。
仰々しい手術用魔導具の数々に感嘆とした声が漏れ、その隣には鉗子類や鑷子類、ガーゼやメス等の医療器具が台座に所狭しと並べられている。
今すぐに手術を開始できそうな雰囲気だ。
いや逆か、もう終わったんだ。
それより更に挟んだ隣の台座に誰かがいた痕跡を発見し、長い青色の髪の毛を一本入手した俺は、手に取って霊王眼で詳細を調べてみた。
すると、カレンの毛髪である事が分かった。
まぁ、色で大体把握はできたが、カレンの毛髪が何故ここにあるのか。
(つまりコイツの霊魂が、隣の屍肉に移し替えられたとでも言うのか?)
爆散した死骸とは所々外見が違うものの、その中身が大抵一緒の怪物が眠りに着いていて、一切起きる気配が皆無で、まるで動かない屍のようだ。
いや、動かない屍って何だよ……
その化け物の腹部は縫合が完了していた。
胃の中に赤白のカプセル錠が内在している。
やはり麻薬だが、この麻薬からは異常なまでの生命力と魔力に溢れている。
やはり完成品か、しかし何故放置されてるのか。
森に放っても不思議ではないはず。
が、手術台の上で動かない。
霊王眼で確認すると霊魂が宿っていて、いつでも動き出せるはずが、何故か停止状態のままだった。
(カプセル錠は体内に入ってる。霊魂も搭載完了してるし、生命力も脳裏に通ってる。なのに何故か動かない……って、何だあれ?)
手術台に寝かされた怪物に目線が集中し、奥のカーテンに気付かなかった。
どうりで部屋が狭い訳だ。
赤黒いカーテンで空間が遮られてる。
入り口から正面の壁一面にカーテンが覆い、そのカーテンを取り払ってみた。
「へぇ、スゲェな……」
そこには、予想の範疇を軽々飛び越えた光景が視界を覆い尽くした。
手術室のその先には、ホルマリン漬けにされた多数の合成獣のような怪物達が、幾つもの巨大な試験管の中で浮き並んでいた。
醜悪な生物が、全部俺を見ている。
そのうちの四つが空っぽ。
まさに異常者の研究室のようだ。
悍ましい気配が入り混じっていて、本当に気色悪い空気感を醸し出している。
この台座に寝かされた化け物も、何人もの人間の気配を感じ取れ、同じくホルマリン液に浮いて稼働停止状態の奴等からも、複数の人間の気配を肌で感じた。
気味が悪い。
足を一歩前に踏み出して、そこで俺はようやく何者かの微かな生体反応を察知した。
人体実験動物達が眠る巨大カプセルの裏手に回ってみたのだが……
どうやら、一足遅かったようだ。
「……先回りされたか」
白衣を着た老人が、苦しむようにして死んでいた。
白衣の下に軍服を着ている。
(軍人? どうして……いや、そもそもこの爺さん一体何者なんだ?)
遺体に触れてみると、熱を持っている。
温かく、死後数秒ってとこか。
「つまり、さっきまで生きてたのか……まさか俺達が来たから自害したのか?」
奇妙なのは外傷が一切無く、口元から薬品の匂い、目元は涙を溜めている。
首元に手を添えられ、まるで麻薬中毒者が死んだ時のような状況。
遺体となった謎の老人の口元を大きく開けてみると、どうやら即効性の毒薬が仕込み奥歯に内蔵され、強く噛んで刺激を与えると中の毒が飛び出す仕組みのようだ。
暗殺者や諜報員が好んで使う自害方法だが、この爺さんは俺達が部屋に入った時にはすでにここにいた。
つまり掛け軸に入る爺さんの姿を見てないし、俺達も爺さんがここにいるのは知らなかった。
(自害したにしちゃ、何だか不自然だな)
服毒死した、その状況に変化無し。
やはり自害したと取るのが自然的だろうが、コイツは一体どうやって――
「薬物師!!」
その謎の軍人死骸に再度触れようとした瞬間、背後から声が響いてきた。
開けられたカーテンの向こうから、調教師が焦ったように勢い伴って入室してきた。
「ユーグストン……何の用だ?」
「不味い事態になった。ここも次第に火の手が回る、外に出るぞ」
火の手が回る、そう言われて火事かと意識が分散する。
色々調べたいのに、その暇さえ与えてはくれない。
先に退室した彼の慌てように、掛け軸が齎した空間の外側で何かが発生したかと勘繰った。
同時に、身体が火照ったように暑くなった。
この空間は一律して気温が一定に保たれているはずが、何故か身体から汗が噴き出し、この部屋全体の気温は上がり続けていた。
とにかく外に出て確認しなければ。
白衣の爺さんを凍らせて保管してから出口へ疾駆し、その通路の出口を通って実験部屋へと戻ってきたが、肺が焼けるような感覚に苛まれた。
「クッ……何だこの建物、燃えてんのか?」
周囲はすでに全員避難したようで誰もおらず、しかもこの実験室にまで火の手が回り始めていて、書物やテーブルにある品々、家具も燃え始めていた。
恐らく出入り口から入り込む高温の熱気で、発火物に火が灯った。
本棚に敷き詰められた本、それから薬品棚も大半が燃えてしまった。
噴煙も天井に溜まり、ここには窓が無いため換気もできない。
掛け軸にも火が付いて、それで先程いた異空間の部屋が異常な熱気を孕んでたのを知り、その掛け軸に水の精霊術で鎮火しておく。
これだけでも持ってかなくては。
壁から外した三つの掛け軸を巻き取り、それをバックパックに仕舞っておいた。
(建物の何処かが爆発したのか、外気が流れ込んでる。このままだと火事に巻き込まれちまう)
掛け軸以外にも証拠物品を持ち帰りたいが、そんな時間も無いようだ。
俺は開いてる扉から廊下へと出るが、すでに廊下も燃え広がり、何かが建物に衝突するような地鳴りと爆音が連続して響いていた。
まさか可燃ガスか何かに引火したか?
いや、だとするなら俺にも被害が及んでいるはず。
とにかく外に出よう。
「って、煙で何も見えねぇ」
煙を吸うと一酸化炭素中毒に陥る危険性があるため、なるべく吸わないよう注意し、低い姿勢を保ったまま外への出口を目指す。
玄関までの通路は覚えている。
煙を吸入しないよう注意を払い、俺は素早く外への出入り口へと赴いた。
そこから扉を開けて外へ出る。
「よし、脱出でき――クッ!?」
危機本能が働き、俺は全力で前方へと跳躍した。
その一秒後には、背後から巨大な爆発音と熱風が押し寄せてきて、俺はその熱波に吹き飛ばされた。
「爆発? 一体何、だ………」
立ち昇る炎の尻尾を目で追うと、それより上空には、信じ難い光景で埋め尽くされていた。
ゾワッと悪寒が背筋を滑り落ちる。
語尾も活力を失ってしまう。
医療者の一人を抱えて近くに佇んでいたユーグストンも、その空を覆い隠す飛翔物体の脅威的重圧に、足が竦んでしまっていた。
何故、どうして、そんな疑問は置き去りにされる。
何がどうなって、俺達は狙われているのか。
火の粉を振り散らして延焼し続ける建物が、自然倒壊していく。
「あそこに誰かいるよ!!」
レオンハルトの声、それから指差した方に意識が向けられた。
彼の指差すのは上空、そこには大量の縫合された竜が待ち構えていて、文字通り口火を切って俺達ごと建物を燃やし、証拠隠滅を図ろうとした、と取れる。
大きな図体を誇る死骸の竜達。
そのうち一際大きな死骸竜の上に、ローブとフードで全身を隠した人間が、静かにこちらを見下ろしていた。
「あれは……」
近くにいた調教師から言葉が漏れ、何か知ってるような口振りを耳にする。
「貴様は一体何者だ!?」
そう彼が問い詰める。
だが、その返答として出てきたのは、何匹かの竜達による火炎攻撃だった。
手を翳し、竜達に火を放つよう命令を下した。
肺から口元へ溜まり、ブレス攻撃によって俺達の背後にあった麻薬畑が全焼してしまった。
「証拠隠滅を図ったか、厄介だな」
「悠長に構えてる場合か、貴様?」
「それ君もだよね、ユーグ君……」
上空を飛んでるのは計数百匹を超える、複数の魔物で融合された魔物竜。
全部の竜口が狙い定めている。
数秒後には丸焼き確定だ。
すでに森の中にも火の手が回り始め、逃げ場も失われ、目の前の倒壊する建築物が、否応無しに自分の忌まわしい過去の記憶と重なり合う。
過去に燃えた孤児院が、過去に失くした記憶が今、脳を活性化させて再臨する。
「な、何だこの既視感………」
敵に集中すべきなのに、声も、音も、視界も何も見えないし聞こえない。
頭が痛い、何かをまだ俺は忘れている。
思い出さなければ。
激痛に苦しむ俺を他所に、その竜の背に乗った奴が右腕をバッと振り上げて、何かの合図に身構える瞬間、それは指揮棒を軽く振るうかのように下ろされた。
仕草一つで、天空より竜数百匹が一斉に雨となって降り注がれた。
「もう迷ってる時間も無さそうだな……ユーグストン、あのローブ野郎を引き摺り下ろすぞ。話はその後だ」
「……分かった」
この二十九日という厄日に抗うために、俺は両手の腕輪へと手を添える。
慣れ親しんだ錬金術師としての能力を活かす。
そして竜を操る何者かを捕らえる、或いは抹殺する。
だから俺はこう発し、腕輪を思い通りの形へと変形させて戦闘を始めた。
「『錬成』」
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