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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第一章【冒険者編】
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第19話 殺人者vs冒険者4

 炎と炎の衝突によって、周囲の地形を完全に変化させるにまで至り、生態系も動植物も何もかもが灰燼に帰し、焦土と化した地面に寝転がっていた。

 流石にやり過ぎた。

 戦闘中に数キロ別地点でも同様の事態が発生したが、あれ以上の大惨劇が俺ともう一人近くで倒れている少女によって引き起こされた。

 地面は大陥没し、しかしリノのいる場所から離れていたお陰で向こうに被害は及ばなかったようだ。

 影で確認が取れた。

 先程まで気絶していて、意識が外界を感知した時にはもうすでに朝日が昇り始め、空を焼いていたが、その時間帯から察するに俺はどうやら、気絶より数分間だけしか経過してないようだと判断できた。

 それか、一日以上経過しているか、だが。

 それは有り得ないだろう。

 もし仮に一日経過してたら、他の仲間が少女を連れ去って俺も殺されてただろうし、仮にギルマス達が勝利した場合は俺は今頃治療院の寝台の上だろう。


「ハァ…ハァ……ハァァ……」

「にゃ……にゃ…にゃ………」


 不規則ながらも、呼吸を、心音を整える。

 俺も敵も、全身全霊の炎を生み出した結果、体力的に限界を迎えてしまった。

 だが、ここで終わる訳にはいくまい。

 何故なら、まだ勝負は決してないから。

 地面で寝転がってた奴が、起き上がった奴に殺されてしまう、両者それが分かっているから、俺達は同時に立ち上がって武器を用意する。

 俺は短剣二振りを、敵は鉤爪を。


「ま、まだ……やるか?」

「…にゃ……」


 お互い不用意に間合いを詰めず、距離を取りながら睥睨を送り返す。

 体力的な問題の他にも、俺には精霊力的な問題があり、魔力と合わせても残り三割くらいしか肉体に残存してないため、このままだとジリ貧だ。

 これ以上手加減して、敵を捕縛するのは難しそうだ。

 かと言って全力に出すには絶好調とは言い難く、肉体の疲労感が半端ない。


「『錬成アルター』……」


 影から取り出したミスリル鉱石を錬成し、二振りの短剣を用意して、切っ先を向け構える。

 肺が焼けるような熱さであるために呼吸するのも辛く、ゆっくりと肺に酸素を取り入れる。

 周囲は焼け野原よりも酷い有り様となっている。

 ただ、木々はボロボロとなっているが幹はしっかりしており、樹冠が禿げてしまったために、もう普通の森林ではなく枯れ死んだ森だ。

 生物も蒸発したのだろう、見当たらない。

 気配も数名を残して、他は一つも感じられなかった。


「まさか……さっきのを生き延びるにゃんて、驚きにゃ」

「……黙れ」


 剣戟の音が周囲に響き渡る。

 焼けた木の幹を足場にして連続で跳躍していく敵から目を離さずに、二刀の短剣で防御に徹しながら、疲れた肢体を引き摺って戦闘を続行する。

 火花散る朝焼けの世界、繰り返される斬撃の嵐に、疲労困憊の体躯を無理に動かす。

 弾き弾かれ受け止めて、四方八方縦横無尽の赤爪を、回避して喰らわないよう注意を払う。

 こちらは満身創痍だというのに、向こうはまだまだ元気一杯だと自慢するように、跳び回っている。

 正気を疑う行為だ。


「さ、さっきより鈍いにゃよ、おみゃあ」

「……」


 俺の相手である金猫族は絶滅危惧種、いや絶滅したはずの幻の種族の一つであるため、どのような能力を持ってるかは俺も知らない。

 正直、戦いたくない相手だった。

 隠密によってなのか、現在も足音や息遣い、そこにいる気配さえも彼女から放出されておらず、言うなれば彼女は世界から消滅した。

 その隠密精度が尋常でなく、こちらの神経を余計に周囲へ使わせる。

 迫る斬撃を受け止めて鍔迫り合いに縺れ込むも、彼女が薄らいで見えるのは、やはり錯覚等ではなく職業能力だろうと理解に及ぶ。

 彼女は隠密、或いは盗賊系統の職業だ。

 そこには太陽の力も、転移能力も無いから、多分彼女には太陽の力の他に別の異能も持ってるはず、しかし暴くには俺の体力が先に尽きそうだ。

 俺の予想通りか、相手の言葉にすら言い返せないくらい体力が消耗していた。


「うにゃ!!」

「ぐっ!?」


 戦闘が始まってから気絶してた時間も含めると、もう数時間経過したような気がする。

 何百何千何万と連続で切り結び、気付けば夜明けだ。

 さっき放った精霊術によって脱力感が強く、今は超回復が追い付かなくなってきており、肉体に疲れが溜まっているのだが手足は何とか動く。

 肉体の稼働限界が迫っている。

 俺は火力に耐えられる肉体に再構築を繰り返していた影響もあって、あの時の熱量に身体が溶けはしなかったが、異常な熱量を内部に溜めるのは自殺行為だ。

 何故人体は基本三十七度近くで保たれてるか、それは人間の活動におけるバランス良い熱量を誇るのが、その数値だからである。

 高すぎても低すぎても、駄目。

 肉体にいる菌類が生きていける体温、タンパク質や細胞にダメージを与えない温度、その最適体温が三十六度七分だったはずだ。

 それを超過して炎で数百万度にまで熱を齎した。

 俺は熱で灰燼と化してしまうはずが、超回復が即座に対応して再生修復を続けていた。

 だから、二度目の火力は放てない。

 体力的にも気絶して、最後に隙を晒す羽目になる。


「フッ!!」


 重たい腕を振り上げて、相手の攻撃を弾く。

 両腕が軋むが弾かねば首が刎ね飛ぶから、何度も向かってくる敵対者の鉤爪を弾き返し、しかし反撃に転じるには多少回復を要する。

 相手は木々を跳んでは攻撃を加えて、また木々の陰に身を隠す戦法を用いている。

 まさに一撃離脱(ヒット&アウェイ)、これは俺と彼女の種族的優劣、職業的相性によって決まってくるが、身体能力に加えて彼女の隠密的能力によって、夜の森林という戦場が庭となっている。

 彼女の庭に迷い込んだ俺は、さながら誘われた蝶々のように蜘蛛の巣に嵌まってしまった訳だ。

 翅を捥がれた気分だが、こちらも無抵抗ではない。


(クソッ、目で追いきれねぇ……)


 魔眼も使ったりして彼女から発せられる微量の魔力残滓を追い掛けているが、それでも追い付かない程に機敏な立体機動をお披露目し、こちらを翻弄してくる。

 舞台にスポットライトは当たらない。

 真夜中の講演会は彼女の独壇場だ。

 人族と獣人族の違いは、五感、身体能力、そして種族的能力を有しているか否か、にある。

 五感の中でも、視覚、聴覚、嗅覚が特段優れており、毒物も嗅ぎ分けられて効かず、肌で感じ取れる何かがあるのか第六感も優れている。

 身体機能は獣の遺伝子があるからこそ、人間よりも遥かに高レベルの身体能力で攻撃してくるので、攻撃毎に腕が痺れてしまう。

 そして種族的能力だが、これは『異能』とも呼ばれており、古代種や希少種なんかは獣人特有の能力が備わっている場合が稀にある。

 だから最初は分からなかった不思議な能力も、異能なのかなと予測分析を続ける。

 謎の転移擬きも何か絡繰りがあるとしても、条件が存在するはずと考え、それを暴くために自己防衛に回る。


「フッ!!」


 こちらへと攻撃をしてきたので即座に短剣を腕輪に戻して、両手の腕輪を繋げるようにして鎖を生み出し、それで手甲鉤をガードして動きを封じる。

 更に精霊術で超高威力の電撃を身体に浴びせたのだが、突如としてその場から身体が消失して、少し離れた場所に立っていた。

 やはり攻撃を当てた時に転移している。

 それも瀕死に繋がるような、重篤症状を全部無かったかのように、彼女は大して傷を負っていない。


「またか……」

「にゃはは……お、おみゃあの力も大した事無いにゃ」


 戦闘中、何度か同じような場面があった。

 俺が瀕死の一撃を与えた、と思ったら別の場所に転移していて、逆に反撃を食らってしまう。

 しかし、身を削っている代わりに少しずつ能力の詳細を理解していき、俺の疑念を解消してくれる要素(ピース)が着々と揃って整理されていく。

 彼女の能力の詳細は大きく分けて三つ。

 一つ、俺が瀕死の一撃をお見舞いすると、彼女の能力が発動して転移する。

 二つ、能力を駆使するのは、俺が攻撃してから。

 三つ、能力を駆使する毎に体力が消耗する。

 だから彼女は息切れを引き起こしていて、それが跳躍機動によるものでないと悟らせないよう、彼女は敢えて連続で動き回って攻撃を加えていた。

 急遽体力を激しく損耗しているのは、能力を発動させたからだろう。

 動きが格段に鈍った。

 まだ判明してない事項も残ってるので、もう少しだけコイツの異能について調べようと思い、更に連続して攻撃を加えていく。

 一つの仮説を立てた上で、攻撃を仕掛ける。

 精霊術で強制的に反射速度を上昇させ、能力をより高次元に使用できるよう細工する。


「『錬成アルター』」


 俺は右腕に大量の鎖を生み出して、その先には短剣を繋げておき、跳び回る彼女を狙うように徐々に足場となる焼けた木々を薙ぎ倒していき、それ等の大木を力の限り上空へと投げ飛ばした。

 その行動の意図が分からなかったようで、彼女が鎖の波を縫って俺の首を狙ってきたので、ワザと首を晒して斬られるに至る。

 鮮血が頸動脈から溢れ、即座に治療が施される。

 その間鎖で短剣を引き戻す。

 引き戻された短剣を手にした瞬間、逆に地上に足が付いてない状態の彼女の、無防備な腹へと攻撃を繰り出し、殺人鬼の胴体を切断してみせた。


「にゃ、はは………無駄にゃ無駄にゃ――ぶへっ!?」


 だが、やはり彼女の死骸は瞬間的に消える。

 息を整える間も無く、彼女は突如として転移する。

 消えた肉体は、丁度大木が落ちてきたところに現れて、勢いのままに顔面から衝突し、地面へと落下した。

 やはり死なない限りは、能力は発動しないようだ。

 つまり、嬲り殺しにしてギリギリのところで始末すれば解決だろう、なんて考えたが、恐らく全て帳消しにされて元通りになる可能性も残っている。

 非常に厄介な能力だ。

 まぁ、大体の条件や内容が判明したので、ここからは行動を起こすとしよう。

 その能力に対する反撃方法なんて、清濁の基準を無視して考えれば、幾らでも思い浮かぶのだから。


「テメェの能力はもう分かってる、大人しく観念しろ」

「それはハッタリに――」


 後ろから狙ってきていたので、それを半歩右にズレて鎖で腕を絡め取り、地面へと振り回して落としてやる。

 女だろうが何だろうが、容赦はしない。

 男女を差別しないし、俺の邪魔になるなら誰であろうと殺すし、場合によっては尋問拷問も辞さない、それが魔境での生活時に決めたルールだ。

 人間に男も女も関係無い。

 戦場に立てば、誰であろうと同じだ。

 俺に利益があるなら、彼女の肉体も精神も、霊魂でさえも破壊する。


「にゃぶはっ!?」


 地面に落ちて背中を強打したが、彼女の姿は俺の予想通り掻き消えなかった。

 鎖で何度も振り回して、彼女を縛った状態で木々へとぶち当ててダメージを蓄積させていくと、ついに肉体が消えてしまい、鎖から抜け出した。

 警戒しようとして、次の瞬間には俺の心臓部に刃が突き立てられた。

 胸から三本の手甲鉤が生えて、口からも胸からも血が溢れ出していく。

 突然背後に出現し、弾丸のように心臓を抉り取ってきたようで、耳元に苛立った声が届いた。


「グフッ……」

「イッテェにゃ! おみゃあ、巫山戯んにゃ!!」


 これで合点がいった。

 彼女にあった土埃や傷は一切合切消えており、そして傷や痛みといった俺の与えた攻撃の数々が消えたにも関わらず、痛いと口走ったのだ。

 つまり彼女は、死ぬ直前までの痛みを(・・・・・・・・・・)蓄積した状態で(・・・・・・・)過去へと戻る(・・・・・・)、という能力だろう。

 時間遡行能力、いや、分岐点まで戻る異能、と言ったところか。

 だから炎の中で死んで、炎に焼かれる前まで怪我が元に戻ったと推測した。

 痛覚を蓄積しているのは精神的問題であり、肉体的には元に戻るのだから本来は痛くないはずという部分から、分析と予測した結果が出た。

 彼女の能力は、因果を巻き戻す能力だ。

 要するに死ぬ瞬間の運命を戻して、一定分岐前にまで肉体を移動させる技能、代償は体力か。

 胸部に激痛が走り、彼女が刃を引き抜こうとしていた。

 だから、これ以上の能力の封印は危険と判断し、その鉤爪を掴んで錬金術を発揮した。


「『分子解体セパレート』」

「にゃにゃ!?」


 自身の突き刺さってる部位を分子レベルにまで破壊していき、手甲鉤の根本を伝達して彼女の肉体にまで破壊を伝播させたが、やはり消えてしまった。

 彼女の肉体は解体されたから。

 死んだから、彼女は異能を受動的に発動させた。

 そして俺へと攻撃する前にまで位置、それから肉体の時間情報が巻き戻っていた。

 手甲鉤を破壊したはずが何故か胸から抜けて、それが彼女の手に握られていたが、体力の限界か、魔力を駆使したからなのか、息を少し切らしていた。


(胸に穴が空いてるのは戻らないのか……)


 超回復によって傷は治っていくのだが、つまり彼女の能力は自分の肉体や身に付けているものを対象とし、手甲鉤が折れたとしても、その折れた先までもが能力の対象に入るのだと実証された。

 彼女の持つ武器を破壊しても、彼女が死ねば彼女の武器も腕の一部と判別されて時間遡行の対象となる、か。

 逆に他者の肉体や武器、物を壊しても、それは空間そのものの遡行ではないから、対象外らしい。

 心臓を貫かれた傷や破れた服、出血、そういった外部要因には作用しない、と。

 環境に作用しない内的効果能力の一種だろう。


「お前の能力、死ぬ直前の分岐点にまで戻る、みたいな能力っぽいな」

「にゃ!? 何で分かったにゃ!?」

「いや、何回も殺そうとしてりゃ普通分かるだろ。逆に分からん方が可笑しい……」


 能力を見破られて驚愕としている。

 今までは相手が即座に死に絶え、異能さえ使わなかったから誰も見破れなかったのだろうが、俺は死ねない身体なので、長い時間切り結び、看破できた。

 彼女の能力にも制約や制限はあるだろうし、何の代償も支払わずに連続で行使できる程、異能も職業同様に甘くないと知っている。


「テメェの能力は死亡時に発動し、一定時間前までにいた場所へと巻き戻り、怪我や傷が消えているが即死でない場合は痛覚とかが蓄積される、そんなとこか?」

「にゃあ、それは――」

「それに能力行使するに連れて体力が減り、その遡行時間範囲は消費魔力に比例する。違うか?」

「うっ……」


 明らかに魔力量が減っている。

 それに、過去へと戻れるとは言っても記憶までは戻らないようで、痛みに関しては曖昧なところがあるが、まぁどっちでも良い。

 要するに何度も殺せば、いつかは本当に死ぬのだろう。

 だが、もう余力は無い。


「……」


 肉体はいずれ回復するが、火傷を治すのに能力を浪費しすぎたようで、超回復を酷使した影響が出てきている。

 全身が軋んでいる。

 火の精霊術を超高火力で放ったのが、回復能力を落とした根本的な原因だ。

 この回復も能力なのだ、代償や弱点はある。

 何度も無尽蔵には治せない。

 回復速度の低下に伴って身体的な疲労感が海嘯のように押し寄せ、後何回か首でも斬られたら流石に回復が適応されず、命が尽きる。

 真正面から捻じ伏せる方法を取るべきじゃなかった。

 のに、俺はそれを選んだ。


「の、能力がバレたとこで、おみゃあにはどうせ何もできにゃいはずにゃ」

「あぁ……そうかもな」


 身体が重たい。

 こんな無様な姿を暗黒龍(ゼアン)にでも見られたら、奴にこっ酷く笑われて馬鹿にされるだろう。

 契約で力を授かったのに、こんな醜態では奴に顔向けすらできない。

 全身激痛で悲鳴を上げているが、それを無視して前へと進むために一歩踏み出そうとしたところ、奥の方から誰かの気配を感知した。

 悠然と歩いてきたのは、一人の男性。

 不気味にも笑顔を携え、その感性が腐敗したと思わせる嗤う形相があまりにも気色悪く、ありったけの虚勢を張って武器を構える。


「セブン、戦いは終わって……ないようだね」


 血塗られたようなオールバックの赤髪、真っ赤に燃える両の瞳、そして鍛え抜かれた体躯が特徴の、道化師のような男が出てきた。

 彼は『セブン』と言った。

 同業者、ここにいる事実を加味すると、先程の白光の中心源にいた殺人鬼であり、対戦相手を無力化させたのか殺したのか逃げてきたのか、師匠ラナと同等の強さを持っている。

 そんな気配を纏って、隙だらけの男は俺を一瞥し、再度セブンとやらに目線を飛ばす。


「ジャック……向こうは、良いのにゃ?」

「あぁ、随分前に戦いは終わってるよ。それよりリーダーからの通信、『帰ってこい』ってさ」

「にゃあ……やっと終わったにゃね」


 会話を終えたのか唐突に武器を仕舞い、俺に対して背中を向けた。

 途端に膝から崩れ落ちる殺人者セブン。

 彼女も体力的に限界な様子を見せていたが、その彼女の肩を支えて、ジャックという男は誰かの命令の遵守のため、何処かに帰ろうとしている。

 狙ってくださいと言わんばかりの隙、しかし少女を支える男が極めて危険だと第六感が告げたため、俺が手を出した瞬間、即刻戦闘が開始され、俺は瞬く間に殺害されてしまうのだろう。

 だから、その纏われた殺意に俺は何もできないでいた。

 こちらも体力的に限界だったし、その殺意という合理的な理由を発見した結果、脳が疲れを認知して刃を収めるに至ったのだ。

 人間は疲労の時、尤もらしい理由があれば、そこに飛び付きたくなる衝動に駆られる生き物で、俺も同様だった。


「あぁ、君は確か、標的(ターゲット)のパートナーだったよね。『もう君に用は無い』って彼女に伝えといてくれないかな?」

「はぁ? んなもん、自分で伝えやがれ。それに逃げられると思ってんのか?」

「あぁ、逃げれるさ」


 俺は武器を構えて、逃げるのを阻止しようとした。

 戦闘が終わりを告げるが、その終わりは要は敵の逃亡の成功を意味するため、戦果無くして俺達は帰れないから、逃しはしない。

 だから限界の肉体引き摺って、一足飛びに駆け出す。

 しかし相手は一枚の硬貨を上空へと弾いて、自然と目線が回る硬貨へと向かってしまった。

 何かの能力を発動するのかと思い、警戒して背後へと跳躍したのだが、ニヤッと嗤っていたため俺は奴等の目的を刹那のうちに理解した。

 だから、背後への跳躍をキャンセルして、身体の向きを前方へと変える。


(クソッ、間に合え!!)


 逃すものかと足に力を込めて地面を踏み、今度は彼等へと向かっていく。

 蹴った地面が割れ、刃を振り被る。

 だがそれも、一瞬の判断ミスで間に合わない。


「『消える硬貨(コイン・バニッシュ)』」

「ま、待て――」


 手を伸ばして銀刃をお見舞いするも、斬れたのは空気、後一歩のところで二人の殺人鬼はシュッと消失し、何処かへと行方を晦ました。

 勢い余って、俺は変な体勢で転がっていた。


(逃げられたか、クソッ……)


 起き上がり、脅威が去ったために武器も元通り腕輪へと変形させた。

 と、夜明けの日差しが森に降り注がれた。

 何かが光を反射して気付く、一枚の金色の硬貨だけが残されているのだと。

 拾ってみると、そこにはピエロのような絵柄が描かれていて、指で弾くと綺麗な音色が周囲へと響き渡り、太陽の光を反射して一瞬の輝きを誇っていた。

 それを掴んで、硬貨を開くと表を向いていた。

 舌を出して愉快な表情を繕った道化師の絵姿が、脱出成功を意味しているよう感じられた。


「…はぁ……」


 疲労や脱力、倦怠感がドッと激しく音を立てるように押し寄せて、俺は仰向けに倒れ、東雲燃えて明るさを取り戻しつつあった星霞む空を見上げた。

 疲れた、その一言が浮かぶ。

 あの二人の素性に何となく目星は付いてるが、狙いがリノだったと男が口走ったお陰で判明した。

 状況も何も理解できぬまま騒動が終結したように思えるのだが、あの二人組は一体何だったのか、何でリノを狙ったのか、依頼を失敗しても構わないとはどういう意味だったのか、結局あの女の異能は何だったのか、そんな沢山の疑問が浮かんでは、泡沫のように消えていく。

 リノに聞くのが一番だろうと思ったが、俺は巻き込まれただけで、敢えて深く聞かない方が俺のためだ。


「……釈然としねぇな」


 こんな中途半端に終戦してしまうとは、言語表現の構築が非常に困難だが、心の中に歪な戦闘意欲が表出している様子だった。

 結末が呆気ないのが証拠だ。

 いや、炎の真っ向勝負以外に咄嗟に戦法が見つからなかったため、あれで後悔はしていないが、業火を相殺するために精霊力を酷使したし、筋肉や精霊回路にも多大なる負担が掛かってしまった。

 ただ今回は全体的に問題もあったし、魔境を出てからの初陣は多くの課題が残った。

 乱れた呼吸を整えていると、精霊紋が淡光を発して、緑色の粒子が放出される。

 そして精霊少女ステラが出現した。


『ノア?』

「ステラか……どした?」

『大丈夫?』

「……まぁ、何とかな」


 急に彼女が精霊紋から出てきて、空中を優雅に泳いで様子を窺ってくる。

 極限まで戦闘に集中していたせいで、彼女の存在を完全完璧に忘れていたなと、今更ながらに俺はステラの存在を認識していた。

 あれ、もしかして彼女の力を行使すれば、より簡単に炎を相殺できたのでは?

 いや、ステラはあまり戦闘を好まない性格だから攻撃に助力を求めても無駄だったろう、なのでプカプカ浮いてる彼女を眺めながら戦闘の余韻に浸る。


(考えるのは止めとこう……今更だしな)


 これで良かったのだ、うん、きっとそうだ。

 俺は五体満足で辛うじて生還を果たしたし、リノも無事守り通せた、これで一件落着ではないか。

 何が不満なのか。

 戦闘はステラ同様に好きではない、むしろ嫌いの部類に入ると思っているが、自分が戦闘中に醜悪さを孕む笑みを繕っていたという事実が、一番不思議だった。

 強くなった、強力な暗殺者達と渡り合えた、昔と比べて俺は多くの能力を扱えている。

 これは何よりの武器となるだろう。

 今後に備えて、もっと強くならねば駄目だ。

 もっと敵を簡単に屠れるように、誰にも馬鹿にされないように、誰からも石を投げ付けられないように。


「はぁ……疲れた」


 再度萎れた息が零れ落ちる。

 溜め息を吐くと幸せが逃げるとか言われてるが、溜め息を吐くと交感神経を落ち着かせて、自律神経を整える働きがあるため、心身をリラックスさせられる。

 今はただ、生還に対する光栄に感謝するとしよう。









 地面へと倒れてから十数分が経過して、今度は優しげな魔力の持ち主が訪れた。

 それは俺の知る人物の魔力。

 戦闘痕の中心地点で仰向けに倒れている俺は、その接近する者に対して、歓迎できずに無様な様子を晒して、ただ自己修復に集中していた。

 そして知覚後数秒には、焼けた森に声が轟く。


「ノアさん!!」


 肉体を休めて目を閉じていると、不意に可愛らしい声が耳朶を打った。

 呼んだのは、俺の名前だった。

 瞼を開けると、そこには可愛らしいゴシックドレスを纏った幼女が佇んでおり、俺を労るようにボロ雑巾となった肢体の治癒を開始していた。

 持っていた回復薬を俺に浪費する。

 全身へと振り掛けて、肉体に染み渡るポーションの効果が発揮されて、快癒していく。


「ラナさん……」

「へ?」

「あ、いや、えっと……ギルドマスター、ですよね? 魔力で何となく判断したんですが……」


 俺の眼前には見目麗しき師匠が、麗しきって言うよりは見目可愛らしきって言い直した方が語弊はあって無いようなもので、俺の師匠ラナがいる。

 ギルドマスターとして、舐めた態度を取る冒険者が出ないよう職業能力で変身していたのだ。

 だから彼女本来の姿を見るのはいつ振りか、なんて感動の再会とはならない。

 残念ながら、今の俺はウォルニスではないため、彼女が俺を認識できるとは思えない。

 肉体的性質、魔力的性質、色々と変化したから。

 彼女は俺を過去の弟子(ウォルニス)と判断できず、初対面として接している。


「この惨状、一体何があったのですか?」


 何があったか、それは監視カメラとモニターで判別可能だろう、とは言わない。

 恐らく監視カメラの方が俺達の発した熱によって壊れて記録不可になったと思われるため、ここでの惨劇を知っているのは最早俺一人、説明したいところだが、今は身体の治療を優先したい。

 しかし、伝えるべき情報は伝えておく。

 今後の対応として、簡潔に彼女へと情報を共有する。


「奴等の狙いはリノでした」

「リノさんが……」


 そう言えば、何で彼女がリノを愛称『リノ』と呼んでるのだろうかと気になった。

 親しい者はリノ、と呼ぶのは彼女から聞いたものだが、冒険者組合の長であるラナが彼女と知人関係にあった、そう解釈もできようが、違った場合はリィズノインという名前を略すなら、普通リィズとかだろう。

 それをリノと呼ぶため、どうでも良い事のはずが、多少気になってしまった。

 本当に知人関係にあるのかもしれない。


「相手は金猫族の生き残り、招き猫の種族でしたよ」

「はい、それはモニターで確認しました」


 ならば、後は説明する事はあまり無い。

 彼女が視覚的情報で殆ど内容を仕入れてしまったのだ、俺の持ってる情報と彼女の持ってる情報が被ってる割合の方がかなり高いはずだ。

 なら、説明する部分をかなり削減できる。


「それから、赤髪オールバックの男が女を支えて何処かに消えてしまいました」

「そうですか……リノさんは無事ですか?」

「えぇ、一応は」


 影魔法の一つ、『ブラックドーム』という魔法を保護対象に行使したため、万が一誰かが中に侵入したら一発で分かるよう細工してあるので、彼女が無事なのは遠距離からでも識別できる。

 まぁ、当の本人はスヤスヤと熟睡中のはずなので、起こしに行って惨状の説明をすべきだ。

 だが俺はまだ動けないし、俺を担ぐより彼女の元へ向かうのを優先させる。


「治療は充分です。俺は少し休息を挟んでから向かいますので、貴方は先に彼女のとこに行ってやってください。拠点は向こうです」

「……分かりました」


 本当なら俺が起こしに行くべきだろうが、もう少し身体を休めておきたい。

 彼女の走り去っていく俊敏な姿を横目に捉え、俺は再度瞼を下ろし、斜めに降り注ぐ朝日を全身に浴びて、日光浴へと洒落込んだ。

 四日目、つまりギルド登録試験が最終日へと突入したという状況を太陽が示し、後数時間で試験は終了するのかと考えた時、生き残った人間は何人いるのだろうと、ふと疑問が芽生えた。

 それは単純に、水面に小石を落として浮かべた波紋のように、薄く広がっていく。

 無駄な思考だ、蘇生する余力は今の俺には無い。


(多分、全員の蘇生は無理だしなぁ……)


 現実的に考えて不可能だ。

 初日に殺された奴や身体がバラバラと斬り刻まれた奴、腐敗していたり霊魂が無ければ俺でも蘇生は不可能で、だから脅威が消えて生還した人間の数を、無情にもギルドは正確に数えねばならない。

 死体に損傷があってはならない、霊魂が定着していなければならない、その二つが大原則として付いて回るために運が悪かったら蘇生不可、諦めが肝心だ。

 疑問は多いが、藪を突ついて大蛇を呼び覚ます真似だけはしたくない。


「これじゃあ、スローライフとは真逆だな、全く……」


 今の現状は俺としては不本意なものだ。

 リノといたら、また刺客を差し向けられる可能性が高いだろうし、あまり歓迎すべき話ではないため、歎息が溢れてくるばかりだ。

 戦闘に関しても、モンスターとの戦い方は心得ていたのだが、やはり人間相手となると戦闘における判断力や技の駆け引き、能力分析といった様々な要素要因で一歩遅れを取ってしまった。

 首を斬られ、右腕と左足を取られ、全体的に見ると失態ばかりだ。


暗黒龍ゼアンの能力が無けりゃ、死んでたな……)


 奴から授かった異能が無かったら、傷も回復できずに即死していたのは間違いない。

 この場にアイツがいたら確実に笑い話の肴にされていただろう、それだけは屈辱なので、もっと強くなって奴に頼らないくらいにまで成長しようと思った。

 それに今の自分では、何も守れないから。

 強くならねば生き抜けないと理解したから、俺はもっと修練が必要だ。


「なぁ、ステラ」

『ん〜?』


 夜番をしていたために全然寝てなかったので、少しずつ睡魔が襲ってきた。

 黄金色の空を見ながら、俺は微睡みへと沈んでいく。


「世界は、やっぱ…広い……な…………」


 脅威は去ったが色々と限界が到来したため、このまま夢の国へと旅立った。

 まだ俺は何も果たせていない。

 今回は生還したが、今後同じような目に遭遇しても対処できるよう、もっと錬金術師という職業を磨いて、強くなっていこう。

 そう誓いを立てて、深い眠りに着く。

 そして俺は、三日間の睡眠を無意識下で貪った。









 コインの置換により、二人の殺人者は廃墟のような場所へと転移していた。

 かなりの距離を移動したが、息切れを見せない赤髪の道化師に対し、化け物だなと率直な感想を抱くセブン、肩を貸されている分際から独り立ちする。

 体力も僅かに回復した。

 だから肩を借りるのはお終い、後は自分で歩けると少女はジャックから離れた。


「にゃあ、もう大丈夫にゃ」

「そうかい? そうは見えないけどねぇ」


 肩を組んでいたジャックとセブンだったが、少女はフラフラした足取りで一人奥へと進んでいく。

 その後を男は付き従う。

 先程の戦いで何度も死に、何度も生き返り、そして二つの能力を使ってしまったために、身体が負荷に耐え切れずに膝を着いてしまう。

 肩で呼吸する彼女は、治癒能力を持つジャックに能力を要求した。


「だったら、おみゃあの能力でサッサと治せにゃ」

「僕を治癒師と勘違いしてないかい? まぁ、君は仲間だから、特別に治してあげるよ」


 顔面に貼り付けたような微笑みを浮かべ、ジャックはトランプの中の一枚を取り出して、そのカードの絵柄を彼女へと向けた。

 ハートの(クイーン)が、彼女を治癒する。

 そのカードから淡い翡翠色の光が漏れ出して、それがセブンの全体を慈愛を込めて包み、光の粒子が上へと昇っては消えていく。

 体力の回復した少女は、息を吹き返すように元気が戻ってきた。


「にゃあ……おみゃあの能力、汎用性高くて便利にゃね」

「まぁ、そうでもないよ。条件はあるからねぇ」


 トランプ一枚一枚に条件がある訳ではないが、それでも幾つかのカードには代償が必要となり、この場合は魔力を肩代わりして傷や体力魔力等を癒すものである。

 そのためジャックは倦怠感を覚えて、能力を止めた。

 まるで少女に体力を奪取されたみたいに、大幅に体力が減少していた。


「これくらい回復させれば、後は金猫族の治癒力で何とかなるだろう?」

「ケチ臭いにゃ……まぁ、歩けるだけマシにゃね」


 頬に付着していた煤を拭い取り、二人は奥の方へと向かっていく。

 今にも崩れそうな廃墟には朝日が差し込んでおり、まさに秘密基地アジトと呼べるような、不思議な雰囲気を醸し出していた。

 埃が舞い、窓に差し込む光が直線に伸びる。


「それで、さっきの子と戦闘しててどうだった? 強かったかい?」

「みぃとは違う能力ってのは分かったにゃけど、あのノアとかいう奴、ハッキリ言って不死身にゃ。それに能力も意味不明なものばっかだったにゃ……加えて、おみゃあと同じ人種にゃよ、あの醜悪な笑顔は狂気的にゃ」

「そんなに褒めないでよ、照れるじゃないか」

「いや、別におみゃあを褒めてる訳じゃねーにゃ。って、あの男も別に褒めてねーし」

「アハハ。君が太陽の力を使ったんだ、それだけ強かったって意味だろう?」

「それでも倒し切れなかったにゃ。それに変則的な戦い方だったし、能力も不明、何度も死んだにゃ」


 敏捷性を上昇させて縦横無尽に翻弄して戦っていたが、それでもノアを真っ向勝負で殺せず、ムシャクシャして近くにあった瓦礫を殴り壊した。

 八つ当たりによって壊れた瓦礫が、粉塵を巻き上げる。

 ポタポタと手の甲が怪我で血を垂らしていたが、太陽の光を浴びて能力が発動した。


「金猫族ってのは不思議な種族だ。太陽に身を晒すだけで回復するんだから」

「この力は金猫族でも稀な体質にゃ。仲間からも不気味がられてたんだがにゃね……」


 金猫族の中に稀に生まれる特異体質が彼女には存在していたのだが、それは自分達とは違う異質なもの、として迫害されて捨てられた。

 そして現在に至る。

 人を殺すのが日常と化している生き残りの猫は、暗闇へと歩いていく。


「……」


 その後ろ姿をジャックは追い掛けていく。

 悲しい背中だ、とは思わない。

 誰がどのような人生を歩んできたか、それは自分の目的のためには一切関係無いからこそ、彼は彼で他者を慮ったりせず、闇の道を歩み続ける。

 少女の殺意も、ノアの放っていた殺気も、魅惑的な調味料として全身で味わう。


(あぁ、ノア君、今度は万全の準備をして全力で戦いたいものだねぇ)


 餌のお預けを喰らった犬のように期待に満ちた目を宿し、爛々と輝かせた鋭い目が未来を見据え、そして醜悪な嗤い顔を繕ったジャックは今後の活動方針をどうするか、その計画を練り直す。

 今後誰と戦い、誰を殺すのか、そしてどうノアを待ち受けるか。

 強者との戦闘に生き甲斐を感じる特殊な変態は、身震いして感情が昂っていた。

 彼等は誰なのか、何者なのか、何故リィズノインを狙ったのか、ノアが彼等を知るのはもう少し後の話である……






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― 新着の感想 ―
[一言] 物語としての初戦闘で大苦戦した上に逃げられて草。最初の見せ場がダサ過ぎる、ダラダラと講釈垂れたりしてた分余計にダサく感じる。というか敵の能力のバランスがおかしいな。ドラゴンボールのキャラがヒ…
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