第2話 それぞれの道へ
眩ゆい光が収まって、ようやく視界も晴れてきた。
まさか裏切られるなんて思ってもいなかったが、この職業絶対主義の世界では『錬金術師』なんてよく分からない職業は不遇職とされているし、自分の出自を理解しているため、こうなる結末を予測しておくべきだった。
しかも自分の職業は、精々回復ポーションが作れるくらいの職業としか思っていないし、思われてない。
「回復ならケイティがいるもんな……」
僧侶の回復能力はポーションよりも遥かに高く、汎用性も極めて高いので、どう足掻いても役に立てるとは言い難かったし、彼女は俺の完全上位互換だ。
そのため、勇者パーティーとしての体裁を保つために、俺は戦闘以外でパーティーを支援してきた。
多くを勉強してきたし、慣れない雑事にも何度もチャレンジを重ねてきた。
結局、仲間だと思っていたのは自分だけだったと先程証明された訳で、しかし今はパーティーよりも自分が何処に飛ばされたのかを考えねばならない。
地面があるだけマシと言えよう。
酷い場合は、極寒地獄や灼熱地獄、氷の島とか天空という可能性だってあった。
そこは配慮してくれた……とは言えないか。
「どうしよう……食糧も殆ど残ってないし、モンスターが出てきたら一発で死んじまう」
バックパックに入ってるのは数日分の水と干し肉、それから着替えやポーションの類い、早めに人里に降りて補充すべき物資が大半不足しており、周囲を見渡してみても自分の居場所が不明。
見えるのは鬱蒼とした木々ばかりであり、背後には大きな洞穴がある。
パーティーで潜った穴よりも数倍大きな場所であると目測で計測したが、これだけの情報で自分が何処にいるかなんて分かれば天才だ。
どうやら、場所を探っても無駄らしい。
今夜は野営するしかなさそうだが、近くにモンスターが跳梁跋扈しているかもしれないし、もしかしたら洞穴がダンジョン化しているかもしれない。
非戦闘職には辛いが、三百六十度全方向を警戒する芸当は不可能なので、使いたくないけど仕方ない。
バックパックから小さな瓶を取り出して、それを周囲へと振り撒いた。
「く、臭いな……」
藍色の液体を周囲に振り撒いておく。
これはモンスターが寄り付かなくなるモンスター避けのポーションである。
難点なのは臭いところだが、こればかりは我慢するしかないので、訳も分からない状況で強襲に合わないようにするには臭いを我慢するしかない。
これから自分がするべき事は主に二つか三つだ。
一つは、生き残るためには食糧が足りないので、食糧となるモンスターを見つけ、その命を狩る。
一つは、自分が何処に飛ばされたのかを、せめて居場所だけでも確かめる。
方法は分からないが。
一つは、後ろの洞窟を探索する冒険行動だが、これはどちらかと言うと、『する必要がある』ではなく、『した方が良い』というものだ。
洞窟から大量のモンスターが出てきたりする可能性も充分考えられるので、生存を確立するためには自らが危険に身を晒さなければならない、そうデュークが言ってた言葉を胸に周囲を警戒する。
「デューク……」
死なないために、生き残るために、自分から危険へと突っ込んでいくというデュークの考えが今一分からず聞いた事があった。
重戦士であるデュークは、常に最前線で戦ってモンスターからの攻撃を一手に引き受けるため、怖くないのかと思って参考程度に聞いてみたのだ。
『簡単な事だ。危険な場所にいるって認識が、人をより敏感にする』
そう言っていた。
危険な場所に行く必要は無いのではないか?
なんて思ったのだが、人はいつ死ぬか分からないからこそ、常に周囲を警戒するのは当然との重戦士らしい考えなのだそうだ。
まるで暗殺者のような考え方だったので少々引っ掛かりを感じたのだが、その俺の顔を見て、友達からの請け負いだとも言っていた。
『不思議な霊魂が急に現れたと思えば……』
「な、何だ!?」
急に脳裏に直接話し掛けてきたような気持ち悪い感覚に、俺は咄嗟に周囲を警戒するようにして、腰に装備していた普通のサバイバルナイフを抜き放ち、それを逆手に持って辺りを警戒する。
頭の中に響いてきたのは少し嗄れている渋い老人の声、だが声には威圧感があり、身の危険を感じていると洞窟から一体の黒い龍が出てきた。
「ど、ドラゴン!?」
『ドラゴンと一緒にするな、醜き人間よ』
いや、どう見てもドラゴンにしか見えないのだが……
綺麗でツヤツヤな黒光りした鱗、大きくてボロボロとなっている翼、鋭い真っ赤な眼光が俺を睨んできて、睨まれた蛙である自分は肝を冷やした。
ドラゴンは、冒険者Sランクの人間が一人、或いはAランクパーティー四〜六人いて、ようやく対等に戦えるという理不尽的存在だが、非戦闘職な上に一人しかいない俺には万に一つの勝ち目も無い。
『このような奥地まで何の用だ?』
鬱陶しげに、その黒い龍は声を張り上げる。
重低音が脳裏に響いて、鼓動が跳ね上がっていた。
死が……目の前にある。
しかし回答しないのは即ち、人語を介する圧倒的強者への無視に当たるため、何とか声を捻り出す。
「へっ!? あ、いや、その……よ、用事とかは特に無くてですね、俺はただ――」
『また我を狙う不届き者かとも思ったが、どうやら違うようだな』
「ひっ……」
一歩ずつ近付いてくる大きな黒龍に、俺は腰を抜かして尻餅着いてしまった。
ガタガタと震える身体は脳からの命令を聞いてくれず、逃げろと必死に何度も命じて警鐘を鳴らしているのに、それすら反応しない。
これが本物の恐怖、先程戦った魔族とは全然違う圧倒的な強者が放つ本物の威圧に、俺は情けなく泡を吹いて気絶してしまった。
次に目が覚めた時、先程までのは全て夢だったのかと思ったのだが、目に入ってきた黒光りの鱗に、顔が青くなっていくのが自分でも分かった。
鏡があれば、自分が魔族ではないか、と疑うくらい青くなってるに違いない。
これは死んだな。
俺はこれから黒龍に食べられて死んでしまうんだ。
あぁ父ちゃん母ちゃん、親不孝な俺でごめんなさい、俺は今から黒龍さんのお腹の中でゆっくり溶かされて、黒龍さんの養分にされて――
『起きて早々、何を祈っとるのだ貴様は?』
「うわぁぁぁ――グヘッ……」
俺を囲うようにして眠っていた黒龍だったが、まさか起きていたとは思わずビックリして後ろへと後退りするも、龍の尻尾に踵をぶつけて後ろへと転んでしまった。
盛大に頭を地面にぶつけ、そのまま大の字となって地面に落ちた。
そして祈るようにして手を組みながら、ブツブツと呟いてしまう。
「食われる……骨までしゃぶられて死ぬんだ……」
『人肉なぞ、不味くて食えん』
その一言で、自身の肝っ玉は握り潰された。
え、こっわ、食った事あるって宣言してんじゃん。
マジかぁ……前に勇者パーティーで龍討伐に行った時なんか、赤い龍が美味そうにバリボリと人の頭蓋骨とか食ってたしな。
俺達が龍の肉を喰らうように、相手も俺達を捕食する対象である。
あの時の赤い龍はマジで怖かった。
だって俺達を視界に捉えた瞬間、爛々と目を輝かせて、涎と血を垂らしながらダッシュで襲い掛かってきたのだ、恐ろしいというレベルを逸脱して、怪奇だった。
『赤龍と戦ったのか』
「な、何で、それを……」
『我は最高位の黒龍である。故に人の記憶や感情、思考を読むのは造作もない事だ』
それは凄まじい力だが、黒龍だからできるという理屈は少し意味不明だった。
ジッとこちらを睥睨してきて一瞬怯んだが、俺の記憶を覗いてるようで、何故か急に静かになった。
人に、いや龍に記憶を覗かれるなんて非常に恥ずかしいものだが、抗う術を俺は持ち合わせていないので、見られるがままだった。
『……可哀想に』
「止めて!? 変に憐れまないで!?」
そして何か黒龍にまで憐れまれた。
俺の境遇とかは記憶を盗み読みしたために理解しているのだろうが、まさか記憶を読める龍がいたなんて思ってないかったし、人語を介する龍とは初対面だ。
黒い龍で、記憶を読めて、それでいて念話までして語り掛けてくる知能ある龍……
もしかしてと思った俺は、チラッと黒龍の方を見て、まさかと最悪の展開を想起してしまい、恐る恐る震え上がる声を出した。
「あ、あの〜、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
『我か? 我はゼアン、貴様のような小僧が数億集まったところで我には勝てんぞ』
何か力自慢しているのだが、そんな話よりも俺は聞きたくなかった名前を頭脳に刻んでしまった。
『暗黒龍ゼアン』とは、太古の昔から存在しているとされる神龍の一体であり、幾つもの国を滅ぼしたとされる魔王寄りの龍だ。
世界を創造した九つの龍の一体、姿を目撃された例なんて片手で数える程度だ。
しかしながら、確か百年以上前に姿を消したはずじゃなかっただろうか?
『我は勇者によって聖痕を付けられてな、身体を休めるために寝ておったのだ』
そう言いながら、ボロボロの両翼を大きく広げて俺に傷を見せた。
両翼の皮膜には穴が開きまくっており、それでは飛べないのが証明されたが、他にも身体の至る所に傷が付いており、まるで長い刃物で斬り裂かれたような傷を『聖痕』と呼んでいるのだろう。
『だが、変な霊魂が急に現れ、更に鼻が曲がりそうな程の臭いを感じ取り、こうして出てきたという訳だ』
「へ、へー……そ、そうなんですかー」
つまり俺のせいで寝てたのを叩き起こされた、と言いたいのだろう、こっち睨んでるし。
やはり不味くても、もっちゃもっちゃと美味しそうに食べられてしまうのだろうか。
そんな想像をして、吐き気を催した。
『貴様が忌避剤をばら撒いたのは分かっておるが、人肉は食わんと言ったであろう』
「そ、そうですか……」
食わないと言われても、もしかしたら後ろからガブッと捕食される可能性も無きにしも非ず。
いや、そもそも眼前に、神話時代の暗黒龍がいる事自体信じられないのだが。
傷付いて弱ってると言っても、暗黒龍の力であれば俺なんて紙のように肉塊を丸められてお終い、機嫌を損ねた瞬間、儚く命は潰える。
『そもそも貴様のような小児、食える身が全く無いではないか』
確かにそこまで身体は大きくない。
身長も低いし、筋力もそこまで無い華奢な体躯であるのは重々承知しているし、アルバートのような美男子、という訳でもない。
自分で言ってて泣けてくるが事実である以上、誰に対しても文句は言えない。
本当の両親の顔すら知らない自分からしたら、恨むなんてのもできない。
別に生みの親を恨んではいないが。
『それで、貴様はこれからどうするつもりだ?』
「どうするも何も……」
何かをしようと画策はしたが、今はとにかく裏切られた事を純粋に忘れたかった。
自由になったのだし、どうせならば一人旅をしたり美味しいものでも食べたり、伸び伸びとスローライフを生きるのも良いかもしれない、そんな事を考えていると暗黒龍が勝手に俺の思考を読んできた。
『成る程、復讐を考えんとは面白い奴だ』
力があれば復讐を考えたかもしれないが、非戦闘職なので逆立ちしても勝つなんて無理だ。
それに力があったところで、復讐するかどうかは俺には分からないし、復讐なんてしたところで自己満足の果てには虚無感しか無いように思える。
そんな人間達を、旅の間何人も見てきた。
だからこそ、復讐に身を委ねる人間がどういった存在なのかも、多少なりとも知っている。
『ならば少しの余興としよう』
「……は?」
何を言ってるのだろう……余興?
『貴様は『ウォルニス』で良いか?』
「ぇ、う、うん、親しい人は皆ヴィルって呼ぶけど……」
家族や友人からは普通に愛称で呼ばれていたのだが、錬金術師になった時に家族が落胆していたため、もう二年も疎遠となってしまっている。
久し振りに家族に会いに行きたい、と言いたいところなのだが、錬金術師となってしまった上に勇者パーティーから殺処分されたとなれば、もう二度と顔を合わせたりはできないと思うべきだ。
どうせなら自分は死んだ事にして、自由に生きるという道も選ぼうと思えば選べる。
俺を育ててくれた家族を思い浮かべていると、暗黒龍が自身の影を俺の影と繋いで動かして、闇へと俺を引き摺り込んでいく。
「え!? な、何だよこれ!?」
『安心しろ、次起きた時には目醒めているだろう』
「は!? 何言ってんのか分かんな――ちょっ、おい止め、止めろぉぉぉぉぉ!!」
自身の影に引き摺り込まれて、いや、影の方から多くの手が伸びてきて一気に包まれていく。
無数の黒い触手が、俺を縛っていく。
痛み、苦しみ、憎悪や嫌悪等の感情が流れ込んできて、強制的に死を連想させられた。
やはり俺を食うつもりで影へと引き込んでいくのかと、影から必死に逃げようと足掻くも虚しく、泥沼に嵌まったかのように影に地面へと縫い付けられ、引き摺り込まてしまう。
影を操るとか何の魔法だよと文句を垂れようとしたが、そんな事を言ってる場合ではない、逃げなければここで人生が終了してしまう。
人生にリセットは存在しない。
しかし、もうどうにもならないくらい全身に絡み付いてきているので、もし太ってたら完璧ボンレスハムみたいな醜態を晒すとこだった。
そんな冗談考えてる場合でもないのだが、影の拘束する力が強すぎて、圧迫されたと同時に身体の骨が折れていく音が聞こえてきた。
「……ぐっ……」
断末魔を上げようとして、猿轡されるように影が動いて口を塞いできた。
息ができずに藻搔き苦しむ様を見て、何だかクツクツと嗤ってるように見えたところで、視界も影によって暗転してしまった。
もうすでに周囲の光景も、それから暗黒龍の姿さえも何も見えない。
視界が眼前に消えてしまった。
あぁ、父ちゃん母ちゃん、何だか訳の分からない状態だけど食べられるようです、俺に力があれば逃げられたかもしれないのに……
『ククク……果たして、これは何処までが仕組まれたものなのだろうな。精々我等を楽しませろよ、小僧』
何を言ってるのかが分からなかったが、食われるのならば最後に文句の一つでも言ってやろうと思って、そこで俺の意識は限界を迎えた。
人間の羸弱な肉体が、バキボキと奇天烈な怪音を打ち鳴らして、沈んでいく。
意識が途切れかけた瞬間、暗黒龍が穴の空いた翼で飛び立ったような気がしたのだが、そんな思考さえも暗闇へと放り投げて、俺は激痛に耐え切れずに、不覚にもそのまま意識を手放してしまった。
一方で、ウォルニスを転移させた勇者パーティー達は、洞窟で休憩していた。
転移魔法を駆使した弊害が表れ、勇者達が冷たい地面へと臀部を降ろしている場面。
「ふぅ、何とか遠くに飛ばせたね」
剣を鞘に仕舞い、勇者であるアルバートは地面へと胡座を掻いて、ケイティに身体を回復してもらう。
体力のみならず、聖剣を酷使して戦ったために魔力までも消耗してしまったため、念の為にアルバートの判断で全員が休息を挟んでいた。
その隣では燃費の悪いランダム転移を使ったシーラが、寝転がってアルバートの膝へと、小さな頭を乗せて歪んだ嗤いを繕っていた。
「安心して。ランダム転移での転移先は予め設定してあるわ。片方はアドラー大監獄の第二回廊に、もう片方は誰もが嫌う『魔境』よ」
「魔境っすか!? まだ監獄の方がマシっすね〜」
魔境は、討伐難易度Sランクをも超えるモンスターが徘徊する森の迷宮であり、戦闘職であっても生き残る確率は一桁を下回ると言われているくらいの危険地帯、許可無く侵入するのは禁じられている。
転移によって魔族を、アドラー大監獄と呼ばれる大監獄へと送り、ウォルニスを魔境へと強制的に転移させた。
ランダム転移を弄って創り出した、シーラのオリジナル魔法が、ゴミ捨てに役立った。
「アイツが生きてる可能性は万に一つも無いわ」
「酷いですね、皆さん。ヴィルも元は仲間だったはずでしょうに」
「仲間〜? あんなのが仲間な訳無いでしょ。誰かアイツの事、仲間だなんて思った〜?」
「無いな」
「無いっすね〜」
「無いですね」
「無いね」
全員、ウォルニスという少年を仲間だなどと思った事は、一度たりとも無かった。
ただ自分達の所有していた便利な家畜が死んだ、その程度の認識でしかなかったのだ。
だから浮かべたくもない笑顔を顔面に貼り付けて、数年間ウォルニスを騙し続けていたが、世間を何も知らなかった彼が騙され続けていたのは、彼等にとっては一つの余興でもあった。
いつバレるのか、いつ彼の顔が絶望に染まるのか、それをチップに賭け事までしていた始末だ。
「賭けはオイラの勝ちっすね〜。じゃ、それぞれ頂こうかなっと」
「チッ、何だよつまんねぇ」
デュークは持っていた財布から賭けた分だけ金銭を投げ渡し、それに続いて他の三人もレットへとそれぞれ金銭を渡していった。
金儲けに成功したレットは、今夜の娼館への貢ぎ金として使おうと決めて、一枚の金貨を上空へと弾いてクルクルと回転させ、掌へと収めた。
「魔族の方はどうなったっすか?」
「アドラー大監獄の第二回廊、魔封じの牢獄に入れられたわ。一応看守の人達に念話も送っといたから、処刑の日までずっと牢獄の中よ」
「それは良かった。これで悪い魔族がまた減ったね!」
キラキラと、まるでヒーローに憧れた無邪気な子供のような表情に、仲間達は呆れてしまう。
ヒーローになって魔族を滅ぼすために活躍している、自分は英雄で平民達は単なる下僕なのだと、勇者である彼は理解している。
自分は魔族達に抗うために遣わされた、神様の祝福を得た英雄なのだから、選ばれた存在だから何をしても許される、そう思い込んでいる。
だから平気で仲間だと思ってない荷物持ちを裏切って捨てる事ができてしまう、それはある意味では魔王よりも恐ろしいと、デュークやレットは感じてしまった。
人間として歪んでいる、そう思う。
しかし、それは口に出さない不文律。
敵に回してはいけない仲間だと認識しているから、誰も彼には逆らえない、逆らおうとしない、勇者の言葉が絶対的に正論であるからだ。
「さて、そろそろ行こうか」
彼の号令によって全員が休憩を終えて立ち上がり、自分達のいるべき場所へと帰還する。
「あのゴミの事は忘れよう。アレは死んだ」
アルバートの表情に曇りは無かった。
いつも通りの笑顔で、全て忘れようと仲間達へと提案して、普通の日常へと戻る。
国に魔族を討伐したと報告すれば勇者としての名声が更に広がっていく事になるため、アルバートとしてはウォルニスを転移で殺処分した事に関して、世間に知られたら勇者が失墜してしまうとも理解している。
だから威圧的な笑顔によって、全員に黙秘を強要していたのだ。
アルバートとウォルニスは生まれも違えば住む環境も違ったし、好みの食べ物も、性格も、容姿や能力も、職業だって雲泥の差があった。
しかしウォルニスは必死に生きて諦めようとしなかったから、アルバートにとっては目障りな相手に見え、だから裏切りが最大の蜜の味だと思った。
それは、歪んでいる。
途轍もなく歪み切った考えが、幼少の頃からの教育で矯正されずに形成されている。
「もし、バラそうだなんて考えたら……殺すから」
彼の言葉には深い重みがあり、それに逆らった瞬間、彼に殺されてしまうという未来を、全員が見た。
殺気を漏らしている姿はまさに魔王のよう、教会の命令でパーティーに入っているケイティには、アルバートが勇者とは程遠い存在のように見えてしまった。
強い力を手に入れてしまった幼い子供、それがケイティの心に抱いた印象だった。
「さて、帰ろっか」
「は〜い! あたしお腹空いた〜!」
「ならば、何処かの店にでも行くか?」
「それ良いっすね〜」
殺気を消した途端、ケイティを除く三人が勇者と肩を並べて歩き出して、彼女だけ出遅れてしまった。
「ケイティ、先行くよ〜」
勇者の先程の言葉が重たく肩に伸し掛かり、仲間であろうとも裏切り者は容赦無く殺す、と明言していたため、自分の身が危険に晒されている可能性を感じた。
もしかしたら近い未来、自分達は勇者に殺されてしまうかもしれない、そう予感した。
けれども一人の人間を殺してしまった、そしてそれを皆で黙認してしまった、だから後には引けない。
引き返す意思も持てていない。
ただ流されるだけの少女は、勇者パーティーという甘い果実に毒されていく。
「今、行きますよ」
ケイティは勇者達仲間の元へと走り出した。
二度と引き返す事のできない地獄の道へと、勇者パーティー全員が足を踏み入れているという予感に、彼女は目を逸らして、そこに蓋をした……
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
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