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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第四章【南国諸島編】
199/275

第190話 想いは風に導かれて

 倒した怪物の巨大な図体に飛び乗って、フェスティーニは時間の無い中でじっくり観察し、異常を見逃さずに腹部へと触れる。

 触診、生命探知を発信する。

 すると、胃の中から尋常ならざる生命力が溢れているのを検知したが、そこにはもう霊魂が存在しなかった。

 つまりもう、蘇生は不可能である。


(胃の内容物を調べるべきかな)


 こればかりは後回しにはせず、集めた情報から類推して切開痕を探す。

 腹を中心に縦に縫われた痕が残っていた。

 しかし見えにくい。

 敢えて痕跡を残さぬよう手を加えた箇所があり、そこを切り開けば内臓が見えてくるため、迷わず解体のため、職業能力で虚空から短剣を生み出した。


「『変幻自在な花弁(キングスプロテア)』」


 花びらが掌に集まって、それが短剣の形を模した。

 鋭利な黒い刃物が形作られて、その刃を逆手にして腹へと躊躇無く差し込んだ。

 それをグググッと縫合痕に沿って、掻っ捌いていく。

 一般人が見たら卒倒しそうな光景に、流石のユーステティアも何も言えずにいた。


「あ、あの、私も何かお手伝いを……」

「ううん、気持ちだけ貰っておくよ。こういったのは専門家に任せなさいな〜」

「専門家?」


 生物学者として生物に関係する取り扱いは他の誰よりも心得ているため、だから第三者の介入を嫌い、やんわりと断りを入れた。

 屍肉であるため、大して血は出ない。

 適切に臓腑を処理してから、胃に切れ込みを入れ、内容物を水で綺麗に洗い流す。

 握られていたのは一つのカプセル錠剤、赤と白の危険な麻薬だった。


「それは、『天の霧(ヘブンズパウダー)』ですね」

「おや、よく知ってるね〜」

「ご主人様に教わりましたので」


 人体を蝕む蠱惑的な毒は、服毒者からしたら人を天へと誘う薬と化す。

 だが、その薬も連続服用すれば筋肉は自然崩壊する。

 そのはずが、今戦った者達は痛感する。

 筋力低下が嘘ではないか、と。

 だから彼女は生物学者の能力を駆使して、精密検査を腕や足、身体の筋肉中心に調査すると、一つの可能性、一つの事実を目の当たりにする。


(まさか、この薬の本当の効能って――)


 麻薬ではなく別の意図で創薬されたのでは、と脳漿を絞った結果が吐き出された。

 しかしその思考は、何者かの仕掛けた時限爆弾によって停止する。

 光が縫合痕から漏れ放たれる。

 それは命の燐光。

 蒼白い魔力の光、黄緑色の生命の灯火、二種の眩い光が腹部に集いて、急激なエネルギー膨張によって爆発まで時間が残されていなかった。

 生物として備わっている危機察知能力が、特に生物学者として増強された第六感の危機警鐘が、少女の全身を強く打ち震わした。


(爆発を上に逃がそう)


 その判断で、彼女は手を合わせる。

 草花を自在に創造する力により、爆発物の周囲に迫り上がった立派な蔦花が、三人の少女を守る。


「『防衛せし橘擬(ディフェカンサス)』」


 編み込まれる円柱の形を模した蔦檻、空を飛べない有機爆弾の衝撃を上へと逃がして、この場にいる全員を守るためだけに能力維持に焦点を当てる。

 瞬間、沸騰した死骸が膨張を経て、四散する。

 衝撃が蔦越しに感じられる。

 島を破壊する力を持った生命の一大花火が、青い大空を赤黒い粉塵で塗り染めた。


「ひゃっ!?」

「うっ……」


 爆発の衝撃が上に突き抜け、雲をも打ち破るが、その衝撃が二人の少女の肉体にも浸透し、ユーステティアは悲鳴声を上げて尻餅着いた。

 力の維持が思ったより困難を極め、収束するまで一息も吐けずに過ぎ去る十数秒間が、まるで極限まで引き延ばされる感覚を直に体験した。

 己の能力を過信しない彼女は、油断もせず、しっかり全員を守り切った。

 代わりに、音まで防ぐ余裕が無かった。

 それが巻き起こす弊害を、まだ彼女は気付かない。


「ハァ……な、何とかなったね〜」


 衝撃が通れば自分だけだなく、側の二人も塵同然の骸と化しただろう。

 削れた精神力を深呼吸で回復する。


「す、凄い能力ですね」

「千年間、ずっと鍛え続けたからね〜」


 それは途方もない時間、生まれて十六年しか生きていない少女には想像も付かない苦悩の連続、それが今文字通り身を結んでいた。

 唯一愛する者のために、彼女は努力した。

 来たるべき日のために、彼女は苦労した。

 転倒して砂浜に落ちた腰を上げて、爆破した惨状に疑惑を抱いた。


(爆発に職業の力を感じたけど……もしかして、『爆弾魔』や『花火師』とかの能力者が関係してる?)


 ならばコンテナの爆破も、ウルグラセンという船乗りの家の爆発も、同じ人間の能力が関係してるのかと、第三者の存在が蠢く様を感じ取った。

 催眠術師に共犯者、帝国と来て今度は第三者、その者が帝国の人間か違うかで話は変わってくる。

 仮に帝国民だとすると、目的は至ってシンプル。

 この島を手に入れ、東の大陸へ侵攻するための布石を用意するという目的がある。

 だが、違ったとしたら?

 もし本当に第三者、それも思惑から外れた存在なら、新たな唯一つの動機が混乱を招き、予想とは違った誰も想いもよらぬ結末を呼び寄せる。


「あの、大丈夫ですか?」

「……うん、大丈夫」


 しかし、やはり情報がまだ不足している。

 日輪島から始まった事件は予測不能に瀕するが、彼女は自分の目的を優先する。


「時間も結構迫ってるし、油売ってても仕方ないから、取り敢えず移動しよっか」


 弁慶草がダイアナシアの治療を終え、気絶した彼女を抱き起こして背負った。

 最早砂浜の探索は無意味。

 それを理解しているユーステティアは、息を呑んでエルフの女性に付いていく。

 広い雑木林に立ち入る。

 太陽が傾き始め、森も騒めいているが、エルフの肉体で感知できるはずの精霊の姿が周囲には一切感じられない、それが否応に胸中を掻き毟る。

 森が風に揺らめいて、囁きを増す。

 その森の震えを、遠くから響く爆撃の声も獣人の白耳が聞き届けた。


(遠くで……シオンさんのいる浜辺方面から爆発音? まさかあっちも同じ状況に……)


 この島で何が起こってるのか、全体が見えない。

 何が目的なのかもハッキリしない。

 見えない敵影に、不安が募ってゆく。


「不安かい?」

「ッ……い、いえ……」


 振り返りもせず、何の前触れも無く、心情を読み取られてしまった。

 咄嗟に言葉で否定する。

 だが、尻尾は正直だった。

 落ち着きの無い動きが彼女の感情の表れでもあり、心配事が増え続けるが、その感情の機敏を見るでもなく、謎の女性が察知している。

 フェスティーニという存在が余計に怪しく感じてしまうのだが、敵意が無いから何故この場にいるのか、それを問い詰めようと話を振った。


「あの、貴方は本当に……何者なんでしょうか?」


 先と同じ質問をする白き少女。

 その質問の意図は当然、フェスティーニにも伝わっているから、何と答えようか迷いが生じる。

 ノアとの関係性を隠すつもりは毛頭ない。

 だが、彼本人が仲間のはずの焔龍族(セルヴィーネ)に自身の転生について語っていない以上、同じ仲間の魔狼族(ユーステティア)に秘密を打ち明けているとも思えず、自分から言うのもどうかと言葉が濁ってしまう。

 だが、言わないのも失礼か。

 純真無垢な少女の顔を見れば、鬼胎を抱いた顔色が窺えるから対応に悩ましくも、セルヴィーネに転生者と伝えたのに同じ仲間の少女に伝えないのはアンフェア、不公平というものだろう。

 心の中でノアに謝り、前を歩く森人は自身の秘密を少女に暴露する。


「貴方がこの島に来た目的は何なのですか?」

「……ボクはね、君のご主人様に会いに来たのさ」

「ご主人様に?」


 そう言われても、まだ分からない。


「そ、ノア君に会いに来たんだ〜」


 名前を知っている、それに対して何故か胸騒ぎがして、これ以上聞けば自分の主人が遠くへ行ってしまうような、そんな予感がした。

 しかし、彼を知る者。

 彼の秘密を共有する者。

 秘密を知りたい気持ちは抑え切れない。

 眼前に秘密を背負う謎の美女、自分の気持ちに正直になってみる。


「ご主人様とは一体、どのような関係なのですか?」

「う〜ん、一言で説明するのは結構難しいんだけど、敢えて言うなら……そうだな〜」


 最適な言葉を選ぶため、彼女は自分達の関係性に一度整理してみる。

 そこから、最善の言葉を見つけた。


「運命の赤い糸で繋がれた、同じ転生者さ」

「……はい?」


 突然の意外なる暴露に、彼女の頭脳が一度停止して、再稼働させて彼女の言葉の意味を考える。

 運命の赤い糸、それを意味する内容は理解の範疇を超えているため不明だが、その次の『転生者』という重要そうな単語に引っ掛かる。

 しかし、知らない単語。

 それを知る彼女に真っ向から質問する。


「あの、転生者、とは具体的に何でしょうか?」

「簡単に言うと、前世の知識を携えた状態でこの世界に生を受けた存在、かな〜?」

「前世の知識?」

「前世で死んでから、記憶を保持した状態でフェスティーニとして魂がこの世界のこの身体に転生した。ボクと違ってノア君の場合は特殊な転生事情があるから、ボクを覚えてない可能性が高いけどね〜」

「特殊な事情とは?」

「それはボクの口からは言えない、彼の問題だからね。それに彼は……」


 語尾を濁して遠い目をしたフェスティーニは、首を横に振って話を続ける。


「ボクはね、前世でノア君を愛してた。そしてこの千年間、彼がこの世界に転生してくるのを待ち侘びてたんだ。けど、ようやく彼との約束を果たせる」

「……つまり、お二人は生まれ変わる前の世界で恋人同士だったのですか?」

「う〜ん、ボクは病弱だったから恋人らしい事とかもしてないし、告白もしてないからな〜」


 どのような関係なのか、釈然としない。

 幼馴染みで、約束をした間柄で、互いに愛し合っていたにも関わらず、二人は恋人ではなかった、と。


「……彼をあの世界に一人残して死んでしまう、その運命を簡単に予想できたから、恋人になるのはボク自身が許せなかったのさ。だから諦めた」


 それだけの覚悟を持って、彼女は恋人という地位を諦めて命を落とした。

 そして転生を果たした。

 どういった原理なのか、事件に集中すべきなのにノアとフェスティーニの関係、彼の謎が徐々に暴かれ、逆に謎も深まる話に混乱を来たす。

 こればかりは事情を全部話さなければ、前後もハッキリしない。

 しかし、彼女には話せない理由がある。

 只人でしかない獣人の少女には、些か荷の重すぎる問題でもあった。


「けど……初めて世界線を超えてボクは改めて願った。もう一度彼に会いたいって、そしてあの時交わした約束を果たしたいってね」

「約束?」

「だからボクは彼がこの島にいると感じて、別の離島から飛んできたのさ」


 その飛行航路上で、ユーステティア達が戦っているのが見えて加勢に入った。

 それが今回の顛末である。

 だから今、馳せ参じようと向かっている。


(それにボクは、彼をこの世界(クラフティア)に転生させた責任を、特異点にしてしまった責務を全うしなくちゃならないからね)


 彼女は契約で縛られているため、特異点云々の説明はできず、だからそれ以上は口を噤む。

 暦の祭壇で体感した契約による激痛、二度と味わいたくないから、胸内に秘めた。

 雑談を交えていると、とある場所に出た。

 森が途切れている。

 と言うよりは、森が一部抉れている場所に辿り着き、そのクレーターのある焦土化した戦闘跡に踏み込み、視界の開けた周辺を見渡してみる。

 だが、すでに蛻の殻。

 この場には誰もおらず、小さな血溜まりがクレーターの中心地に残されているだけだった。


「さっきまで戦闘があったとこかな」

「先程と同じような怪物が爆発したんでしょうか?」

「だろうね〜。因みに聞いときたいんだけど、森の探索を担ってたのは誰かな?」

「えっと、ご主人様とユーグストン、レオンハルトという方達の三人です」


 彼女が知っているのはノアとユーグストンの二人とダイアナシアの三人、星夜島から移動してきて彼等が過ごした六日間を、それから森探索に駆り出されたレオンハルトという男を、彼女は知らない。

 クレーターを滑り降り、地面を濡らす血を見下ろす。

 誰かの血、考えられるのは三人、少女の語った森探索を引き当てた者達のうち誰か。


(もしかしてノア君の?)


 防御によって不自然に足場が四角く切り取られているような形をして、空間を隔てた壁を作ったみたいだと、彼女は爆散した土地から出る。

 ここには大した証拠も無い。

 だから、三人の進んだであろう道を、彼女も足跡を重ねていく。


「んぅ……こ、ここは………」

「ダイアナさん!!」


 と、一歩踏み出すところで、背中の温もりが意識を取り戻した。


「やぁダイアナちゃん、健勝で何より……って訳ではないみたいだね〜」

「お、お姉様!? ど、どうしてここに?」

「ボクも事件解決に奔走してる身だからね〜。それにこの離島には個人的な用事があるから、人探しを兼ねて君達を助けたって訳さ」

「人探し、でございますか?」

「そ、前に君達に依頼で探してもらった錬金術師の『彼』にね、ようやく会えるんだ〜」


 運命の巡り合いだと、彼女は言った。

 ダイアナシアも、知人であり憧れのお姉様に会えた喜びが強く感極まり、しかし背負われている気恥ずかしさが今更蘇ってきた。

 降ろしてもらい、身体に異常が無いかを確認する。

 健康体そのもので、彼女は何故自分達が森にいるのか、どうしてこの場所だけ抉れてるのか、波のように疑問が押し寄せてきた。


「ま、とにかく今は先に進もうか。ダイアナちゃんも協力してくれるかな?」

「も、勿論でございます!!」

「うん、じゃあ行こっか〜」


 彼女達は森の奥地に向かった青年達の軌跡を辿るが、雑木林の先、もうすでに目的地まで手の届く領域にまで迫っていると実感できる。

 千年待ち続けた甲斐があった。

 一歩、また一歩と足が奥へと誘われる。

 茨の道が血塗られていようと、もう止まれない、止まりたくない。

 胸の鼓動を打ち鳴らして、彼女は追い風に背中を押されて草木を掻き分け歩き出す。


「今行くよ、ノア君」


 その呟いた小さな声が、森の囁きに運ばれて彼の下へと伝搬される。

 今向かう、と空気を震わせて彼女の想いが届けられ、その気持ちが乖離した二人を惹き繋いでいく。

 失われた日常を取り戻すために。

 消えてしまった願いを叶えるために。


「ノア君……」


 今一度、彼の名前を呟いた。

 愛しき彼に会うために狂喜乱舞と胸騒ぐ、心の躍動携えて茨の道を疾駆する。

 この手が血潮に染まろうと、彼女は遺人を探し出す。

 声が届くか届かずか不穏な影が揺らめいて、懐かしき彼を思い出し、想い溢れて恋焦がるる、生死を共に分かち合う二人が辿る物語。

 その物語は紡がれて、視線の向かう先を行く。

 恋する少女の想いを連れて森の息吹が囁き合い、それは一陣の風となり、先行く彼の背中を押した。





「ん?」


 誰かに呼ばれた気がして、風吹く背後へと首腰を回して眼界を変えた。

 背中を暖かな何かで押されたような、奇妙であり、しかし懐古の念に包まれる慈愛に満ち足りた感情の渦が、体内に流れ込んできた。

 そして、何故か前世の『彼女』が過った。

 ピクッと右手薬指が疼いた。

 だが今は、事件に集中しなければ。

 一面が緑景色の雑木林を俺達三人は、目的地を目指し続けていた。

 爆撃から数十分、すでに四時を長針短針が指し示していたが、懐中時計も確認せず日の傾きから時間が差し迫っていると辛苦するユーグストンが、彼の様相に何故か腑に落ちない部分があった。

 彼は空を仰ぎ、何かを確認しては己が思索に耽る。

 奴は何かを焦っている、その情動が足早となって回る行動に顕著に見られた。


「ユーグ君、何を焦ってるんだい?」

「……うるさい」


 先程からこれだ、爆撃あった場所から離れて、俺達はまたユーグストンを先頭に間隔空けてレオンハルト、そして俺と続いている。

 先頭へと果敢に花を咲かせようと、会話を待望しているのだが、残念ながら彼の心は鋼鉄の扉、閂を外さねば開かなさそうだ。

 口も閉じたまま。

 時折開くと出ていくのは悪態ばかり。

 焦りが行動に移るから、俺達の足も次第に早歩きになって体力も無駄に減り続ける。


「君が犯人なのかい?」

「……その男の戯言を信じるってのか?」


 戦闘前に俺はユーグストンに告げた、お前が犯人だと。

 根に持ってるのか、言葉の節々に苛立ちを感じさせる感情が多少籠もってるようだった。

 だが、格闘家の挑発めいた台詞が、調教師の男の足を止めて彼が俺達に前面を見せた。


「どうなのかな……でも、僕に一連の犯行は不可能だ。格闘家の僕には誰かを操るなんてできない。けど、君達の能力なら可能なんじゃないかな?」

「つまり、俺か薬物師が犯人だと?」

「残念だけど、僕はそう思うよ」

「……」


 俺達のうち犯人は一人、もし格闘家の仮説が正しいなら俺は犯人が似非調教師だと特定できる。

 俺は、自分が犯人ではないと一番理解してるから。

 逆にユーグストン視点で考えると二パターンある。

 一つ目は彼自身が犯人である可能性、二つ目は彼が犯人ではない可能性、二つ目なら奴は俺を犯人と考えてるかもしれないのだ。

 ただ、今回の事件はどうも釈然としない。

 腑に落ちない点は鏤められ、ユーグストン犯人説を裏付ける証拠も今一つ。


(だが、俺は一個だけ確信している内容がある……この事件は一人の人間が起こしたものじゃないって事)


 裏で暗躍するのは何者か。

 この話は結局、何処までも平行線だから。

 明確なる物的証拠が無いから、俺達は足止めを喰らってしまう。


「ユーグストン、お前の意見を聞こう、お前が犯人と疑うのは誰だ?」

「……貴様だ、格闘家」


 何故かレオンハルトを敵視する調教師の男は、一人憎悪を精神に滾らせている。

 あれは復讐心、殺意を纏う者の眼力を今まで何人も見てきたけど、彼のは一段と強く鋭くある。

 現状俺がユーグストンを、彼がレオンハルトを、それぞれ犯人と思い込んでいるが、まだ最後の一人の回答が曖昧となっていた。

 俺達二人のどちらが怪しいのか、まだ答えていない。

 傷付けないように、か。

 それとも単に迷ってるだけか。


「レオ、お前も答えろ。俺とユーグストン、どっちが犯人に近いかを」

「……さっきの戦闘で僕は一つ確信したんだ。ユーグ君は勿論怪しいけど、ごめん、君の方が彼より怪しいと感じたんだ、ディオ」


 信じたくない、そう目が語っていたが、それでも俺やユーグストンは職業を偽っている。

 何かを口籠もり、意を決した彼は一言発する。


「君の授かった職業は……薬物師じゃないね?」


 何で気付かれたのか、何処を見てそう結論に至ったのか、ユーグストンが意外だとばかりに俺達を交互に見る。


「ほぅ、俺が薬物師じゃない? なら俺は何の職業を授かったって言うんだ?」

「そこまでは分からない。けど、さっき君は爆発の中心源にいた。それを防げる精霊術を、人族でしかない君が使えるとは思えない」

「成る程な。だが俺は薬物師だ、精霊術の能力を増大させるポーションを作ってる、とは考えないのか?」

「あの状況で君が薬を飲めたとは思えない。咄嗟の判断で防御するには薬物師の能力じゃあ無理だろ?」

「物質を圧縮しただけだ。爆撃をギリギリまで圧縮、衝撃が全身に来ないようにしたが、流石に右腕だけは守りきれなくてな、ポーションを使う羽目になった訳だ」


 空のポーション瓶をポーチから取り出して、二人に見せておく。

 この嘘が何処まで通用するか。

 二人には……と言うより、レオンハルトには薬物師の能力で薬品精製を実演した。

 それに飲むだけが薬ではない。

 注射や吸入、皮膚感染での薬物作用もある。

 そこは各々の判断に任せる。


「ま、信じるかはテメェ等に任せる、勝手に判断しろ。それより、どうやら辿り着いたらしいな」


 反応の示す場所、森の出口へと俺達は到着していた。

 それと同時に意外な物を目にして、俺達はその森と平原の境界線を越える。


「な、何だこれは?」


 誰が発したか、俺達三人の思考を代弁した。

 視界に飛び込んできたのは、何かが大量に畑に生えている光景で、緑色をした不思議な作物が大量の葉っぱを付けて空高く育っていた。

 俺達の背以上もある作物だ。

 緑色の葉っぱの特徴は、ギザギザとした紅葉形、茎から五枚に葉が枝分かれしている。


「これは……何かの薬草か?」


 森から出て、ユーグストンが緑色の紅葉を手に、薬草かどうかを確認していた。

 目線を送ってきて薬物師の俺に調べるよう催促してくるため、俺もその葉っぱに触れ、何の薬草か、それとも何の作物なのかを観察、知識を模索する。

 ザラザラとした感触に、この五枚葉、紅葉のようだが大きさは二倍近くある。

 自分の身長より高く、約二メートルある。

 それに根と茎は細いのに安定している。

 気候は温暖湿潤で土は水捌けがかなり良く、それが辺り一面に広がって巨大畑を形成し、更に一番の特徴は虫が一匹も湧いてない。

 齧られた箇所も全く無いのだ。

 忌避剤を撒いてる形跡も見当たらず、無農薬栽培なのは仮にも薬物師を名乗ってるから分かる。

 加えて、魔力を地下から吸い上げて成長している魔植物、確か以前薬草書で読んだ記憶があり、そこから該当する名前を引き抜いた。


(この畑、そうか思い出した)


 冷静に考えて、ここは金の成る木そのものと言える。

 時価数百億ノルドにも上る、危険極まりない作物だが、俺達は遂に犯人に繋がる証拠品を見つけた。

 ただ、これは犯人を特定するのではない。

 犯人が麻薬売買人である、という確証だけ。


(だがこれで、麻薬売買人=催眠術師、そう描かれてた構図を完全信用できる)


 しかし、ギルドはどうやって麻薬売買人の居場所を特定したのだろうか。

 そっちは魔道具か何かで予知したのかもしれない。

 今は気にするだけ無駄だな。

 ともかく、これで幾つかの謎が氷解する。

 まず一つ目は、黒幕が誰かという点について、これは催眠術師で間違いなく、フラバルドの事件の引き金もソイツが引いたせいだろう。

 その証拠に、フラバルドの事件の主犯タルトルテは、麻薬に関する情報を彼女の姉から直接、記憶として受け取っていたのだから。

 二つ目は、麻薬売買人が何故日輪島に雨雲を呼び寄せたかである。

 魔草栽培において重要となる要素は気候、肥料、水、そして魔力の基礎四種。

 しかしここはサンディオット諸島で、日輪島の陽光龍ジアの加護で年中南国の暑さを保つ。

 加護という存在の除去で気温すら変わるのがこの世界、俺達が星夜島に到着した時に体感した涼しさは、陽光龍が操られて加護が消えた影響だ、と推測できる。

 だから気候は変動し、作物も育てやすくなった。

 つまり、この離島も範囲内。

 雨雲を呼んだのではなく、元々雨晒しの土地に太陽の加護が気候を調整した、と捉える方が自然か。

 前世では有り得なかった現象だ。


(犯人がアレなら、一通りの説明が付くが……)


 さて、三つ目だが、これは少々話が飛躍する。

 この諸島から麻薬が流出していたとすると、半年前から麻薬売買人として活動してた事になるが、『天の霧(ヘブンズパウダー)』自体はもっと前から出回ってた。

 そもそも、麻薬売買人は一月より以前にフラバルドで麻薬を秘密裏に販売しているため、ここ以外にも拠点があると見て良いだろう。

 しかし、なら何故ここで栽培を始めたのか。

 可能性は幾らでも予想できるので明言はしないが、隠れて栽培するのに理由があるはず。


(それがさっき手に入れた特殊な麻薬だな)


 もしかすると闇市場や裏派閥等で出回ってる麻薬『天の霧(ヘブンズパウダー)』は全部、欠陥品なのでは(・・・・・・・)無かろうか(・・・・・)

 そして程の良い実験場として、この場所は最適。

 観光客や孤児、老若男女攫い放題だ。

 しかも月海島は現在天然の牢獄と化したため、犯人側が移動手段を持ってれば簡単に連れて来れる。


(そのためにジュリアを攫ったって推測、強ち間違っちゃいなさそうだな)


 犯人の目星は付いてるが、今度は物的証拠を手に入れなければならない。

 農園に土足で入っていく。

 かなりの数の足跡が見受けられる。

 しかも真新しい物ばかりが大量に畑に残り、忽然と姿を消したみたいな……


「おい薬物師、お前これが何か分かったのか?」

「まぁな、前に読んだ薬草書でな」


 だが、これは薬草であって薬草ではない。


(いや、使い方次第で極上の逸品にも、厄災を呼ぶ毒にも変化する魔草……)


 近くの葉を一枚千切ってみせる。

 見た目は普通の葉っぱ、しかし効能がヤバすぎる。

 これをお湯に浸して煮汁スープ作って、その水蒸気を吸った無知な冒険者が中毒死した事件もあるくらい、葉っぱの成分は危険だ。

 初めは『天の水蒸気』なんて呼び名があったらしいが、それだと格好悪い。

 だから『天の霧』となった、とか誰かに聞いたのを覚えている。


(確か話してた奴の持論だったような……)


 この葉は手に取るくらいなら問題無い。

 すり潰して毒にもできるが、生産職の中で薬毒関連の職業種なら誰もが喉から手が出る程欲しがる一品。

 これは栽培しちゃ駄目な品だが、栽培すれば国が滅ぶ魔草も世界の何処かに存在する。

 そういった特殊な魔草を創り出して戦う、トリッキーな職業の使い手がいると、旅してる時に聞いたような聞いてないような、そんな噂があった。

 職業なら可能か、しかし職業で創り出すなら畑は不要だろうし、ここのは手間暇掛けたようだと分かる。


「これは脱法ハーブよりヤバい代物で、その上位互換、『違厄ハーブ』と呼ばれる栽培禁止薬草の一つ」

「違厄ハーブ?」

「そ、脱法ハーブと間違われる事もしばしばある。この魔草の名前は『天に憧れて(ロードレス)』、一番上を見てみろ」


 空高く生えている先、そこにも葉っぱが付いてる。

 それが天に手を伸ばしてる様子を表して、そこから名付けられたそうだ。


「地獄から這い上がって天に憧れた者が縋ったとされる魔草、いない神を求めて服毒死した男がいた事から、そう名付けられたんだとか」

「だから神不在(ロードレス)か?」

「さぁな。真意は知らんが、これは『天の霧(ヘブンズパウダー)』の原料の一つだ」


 一枚でも結構な取引がされているが、普通に売ったら犯罪、即座に逮捕される。

 だから裏取引でよく見掛けるのだ。


「こ、これが……だが、何でこんなと――グッ!?」


 違厄ハーブを手に取って霊王眼に透過させていると、突如ユーグストンが頭を抑えて苦しみ出した。

 片膝着いて、激痛に苛まれている。

 まさか記憶操作されていて、この違厄品が記憶に刺激を与えたとでも言うのか。


「おい、しっかりしろ」

「クッ……お、もい、出した………ハッ…ハァ……」

「思い出したって何がだ?」

「こ、こに……一度、来たこ、とが………」


 霊王眼が嘘に反応しない、つまり彼は一度この島に来ていたのは本当らしい。

 だが何故だ、いつだ?

 今回の事件は『記憶』が強く関連しているのは、語るまでもないだろう。


「大丈夫だ……ギルドカードの示す場所に急ぐぞ」

「お、おぅ」


 何を焦っているのか、何を必死になっているのか、俺には奴の思考が読めない。

 俺を目の敵にするかと思えば、何故か今度はレオンハルトを敵視し、この島で焦りが行動となって表れ、奴の目的も計り知れない。


「お〜い、二人共〜」


 麻薬畑の裏からレオンハルトの声がして奴の下に集ったのだが、離島の誰もいない場所に、一つの大きな建物が堂々と存在していた。

 如何にも怪しい。

 何故この人気の無い離島に建物があるか、答えは明々白々と言える。


「これ、どう思う?」

「ま、十中八九、敵の本拠地ってとこだろ。だが、人の気配が無いのが気になるな」


 そう、この本拠地に誰もいない。

 気配を一切感じない。

 そういった職業が作用してるのか、もしくは本当に誰もいないのか、入り口は固く閉ざされているが、入れなくはないと思う。


(ここに……何がある?)


 寂れた敵の本拠地へと踏み込む。

 掛けられた鍵を錬成で抉じ開け、固く閉ざした扉はこれより俺達を歓迎する。

 嘘と真実が織り成す屋敷の扉へと手を掛け、俺は取っ手を握って両扉を開け放った。






本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。

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