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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第四章【南国諸島編】
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第188話 止まらぬ悪意

 飛び出す瞬間、俺は二人の位置関係を把握する。

 右手前方にレオンハルト、左手後方にユーグストン、雑木林での戦闘という事もあってか、木々が邪魔で敵の動きが幾何か制限されている。

 しかし俺やレオンハルトの職業なら、近接戦闘が実戦で使えるため、特に支障を受けない。


(一体何なんだ、あの化け物は? どっかの軍事兵器だって説明されりゃ、否が応でも納得しちまう外見だぞ)


 撹乱するため、俺は止まらず絶えず動き続ける。

 草木を蹴り、木々を踏み台に、縦横無尽に森の特性を活かして戦闘に持ち込む。

 ユーグストン達は戦闘の隙を探っているのか、身動きせず観察を続けていた。

 しかし、連続して俺にばかり攻撃を仕掛けてくるが、何故俺だけなのだろうか、考えながら避けて『蠱刃毒』で皮膚に傷を付けて猛毒を血液に流し込む。

 毒素が血中で溶けるのに時間は掛からない。

 のだが、何故かピンピンしている。

 毒耐性でも保持してるのか、容赦を知らずに攻勢に出てきて、息切れタイミングも皆無。

 連撃を毒刃で受け止めるのは流石に耐久度的に無謀でしかないため、敢えて回避からの隙を突く攻撃を繰り返して様子を見ている。

 体格差があるためパンチによる死角に入り、懐へと滑り込んで太腿に十字の毒印を残し、そこから背中を駆け上がって上空へと躍り出る。

 その間、他の二人が何か企んでないかと敵味方両者に意識を分散させていた。


「フッ!!」


 全体重を掛けて身体を捻って振り下ろした刃がいとも簡単に軽々と防御され、巨大な右腕に食い込んだ毒刃が跳ね返されて空中へと投げ出された俺だったが、身体の回転を利用して何とか着地できた。

 と、次には草の踏む疾駆音が注目を集めた。

 俺の横を抜けて、今度は格闘家の出番。

 生じた隙を見逃さず、彼は草に足跡を付けて一直線に敵の懐へ入る。

 レオンハルトは両拳に青黒い熱を纏いながら、その火力を上げて特攻した。


「『焔鉄拳/蒼黒天』!!」


 振り抜く攻撃が、化け物の脇腹に直撃する。

 衝撃の炎が突き抜けて背中まで炙っていたが、攻撃貫通の影響がまるで感じられず、化け物が再度殴り掛かって、振り抜いたままの体勢をした彼を叩く。

 それを紙一重で、糸にした魔力を引っ掛けて釣り上げたため、ギリギリ回避できた。


「た、助かったよディオ……けど、もっと優しくできなかったの?」

「戦闘に集中しろ、阿呆。この怪物、今までのゾンビ共とは何かが違う。可能なら生け捕り、不可能でも死骸を解剖して確かめるべきだ」

「……なら任せろ」


 そう言って今度はユーグストンが前衛に躍り出る。

 彼の能力を見極める上で重要な場となろう、魔力が内部から解放される。


「『魔導接続スキルダイブ投網虫(スパイダーネット)』」


 手から放出された粘着性の魔力糸が、網状になって怪物の巨躯を捕縛する。

 その攻撃方法にまたもや違和感に苛まれる。

 何故『鎖』を使わないのか。

 身動きを封じられた化け物を生け捕りにできたから良いものの、俺のように能力を隠しているのかと、彼に対する猜疑心が強まった。

 だがしかし、俺が目を離した一瞬の隙にソレは起き上がっていた。


溶けろ(トレム)


 呪文のような言葉を耳にして声の主へと目を向けたが、そこには捕縛糸が溶けて解放された怪物の姿が、一枚の光景として記憶に刻まれた。

 ケラケラと嗤う数十の口、虚ろな目をしてギョロッと俺達を見据える気色悪い化け物が、動き出す。

 沢山の口が動いて、一種の呪文が音として震える。

 魔力の籠もった呪言が、無邪気な子供の声が、俺達三人の耳に届いた。


速くなれ(エタレレッサ)


 不味いと、そう思った。

 その詠唱文が聞こえ、瞬間的に目の当たりにした力を理解して、目から入力された光の情報体が神経を通って脳へ一気に駆け登り、脊髄反射が発生する。

 記憶のプロセスが刹那のうちに脳全体を刺激し、それが運動神経を逆撫でした。

 一瞬の油断……

 危機意識の希薄……

 それが反撃に繋がってしまう。

 早変わりした危機的状況に際し、活きるのは乗り越えてきた実戦経験のみ、しかし背面へ跳躍しようと足に力を込めた直後、跳躍の瞬間に足首を掴まれた。

 握力に任せた力強い捕縛が、右足の骨を粉砕する。

 千切れそうな程の握力と、その後の振り回しと地面への叩き付けによって、肉体に損傷を被る。


「ガッ――」

「ディオ!!」


 レオンハルトの声が左耳から右耳へ。


腐り落ちろ(イーフェルタプ)


 老人の嗄れた声が災いの口から漏れ出たと思ったら、掴まれた足首からジュッと焼けるような音を醸し出し、直後右足を起点に黒く変色を齎す。

 脚部の細胞が腐り始めた。

 腐敗速度は遅いが、放置すると全身が溶けて死ぬ。

 連続で地面に落とされる中で、俺は自分の足に向かって錬成を発動させた。


「『分子解体(セパレート)』」


 腐敗してない場所で切断し、途方もない痛みが俺を襲ってくる。

 振り上げられた状態で切り離したため、身体は宙を舞って大樹の一つに身体をぶつけた。


「ハァ……何だ、急に速度が上がりやがったぞ」


 速度上昇に伴う猛進を避けようとして失敗し、足首を掴まれてしまった。

 不覚を取ったが、意識は先程の詠唱に。

 古代語のように聞こえた。

 古代語と言えば、古代魔導師の職業を持つルミナが思い浮かぶのだが、まさかと思って霊王眼を少し遠くから発動させてみた。

 左眼が熱を持ち、疼き出す。

 すると、その怪物の体内に不思議なエネルギーが集う場所を二箇所見つけた。

 胃部分から発される黄緑色をした流動線、それから中心で燃え盛る蒼白い火の玉、片方は生命力で、もう片方は霊魂だと推察した。


(あれが『核』なのか?)


 腹部に全エネルギーが集中して、その生命力の大部分が脳に向かって注がれている。

 それから、何故かルミナの霊魂が宿っていた。

 意味不明すぎる展開だが、彼女の霊魂が化け物に宿る理由は二つ考えられる。


(一つはあの怪物がルミナ本人って場合。もう一つはルミナの霊魂だけ別の肉体に器として移し替えられた状態。なら何処かに死骸が残ってるはずだが……)


 どちらが正解だとしても、ルミナという女の霊魂がそこにある以上、古代語での魔法発動も不可能ではない。

 とするなら、より面倒になった。

 これは危険だと、危機感知が騒いでいる。


「『再構築コンポジット』」


 左足を記憶から再構築し、動けるようになった。

 素材が全部影に入ってるから無茶ができるが、無駄な使用は控えるべきか。

 靴も影から出した材料を変換して、一応は元通りに戻ったと言えるだろうが、向こうは向こうでユーグストンとレオンハルトに攻撃が集中している。

 超回復が効いてる。

 傷の治癒も昨日より断然速い。

 毒の短剣を握り締めてたが、流石に薬物では限界があったかと、俺は蠱刃毒を瓶に入れる。

 前方では二人が懸命に戦っていた。

 先程まで執拗に狙っていた俺に目もくれず、今度は敵の側にいる二人へと蹂躙を開始していた。


「『反猫の盾(キャットパレス)』」


 巨腕を防ごうとする調教師の顕現した、猫顔の形をした盾が罅割れて、衝撃が彼を後方へと一気に弾いた。

 交代するように、今度はレオンハルトが前に出る。

 雄叫びを上げながら、拳に力を込める。


「『金剛拳/破砕甲』!!」


 硬い肉体に向けて放つ一撃は、致命傷には成り得ない。

 逆に反撃を喰らう。

 大量の口の一つが口角を吊り上げ、若々しい女性の声で呪言を発した。


爆ぜろ(エドルペクス)

「ギャッ――」


 レオンハルトの身体は爆発して、衝撃が彼の身体を強襲して地面を何度も跳ねる。

 火種も無いのに、急に爆ぜた。

 魔力が爆発したのか、それとも誘爆されたのか、真偽はともかく二人が地に伏した。

 攻撃が通用しない。

 毒も効かない。

 それでも、やるしかない。

 手加減して殺られたら目も当てられないが、敵が紛れてる中での錬金術は、却って危険かもしれない。

 だがルミナの霊魂がそこにあるし、彼女には俺に関する質問が残ってるため、金は後で請求するとして、仕方なく慈善事業に勤しむとしよう。

 遠くに飛ばされた二人、深刻なダメージを受けていたと思ったが、二人の身体に異常は大して見られず、まだ戦闘続行できるだろう。

 今度は近くにいる俺が攻撃されるのかと身構えるが、何故か攻撃してこなかった。


「何なんだ、あれは?」


 と、ユーグストンが隣に来る。


「多分、複数の人間を一つの素体として纏め上げ、職業能力を使えるよう調整された個体だ。普通のゾンビとは一線を画す強さのはずだが、どうも何かが可笑しい」

「可笑しいとは?」

「攻撃してくると思ったのに、何故か攻撃の手を止めちまった」


 さっきと比べて、足場は微動だにしない。

 上半身、特に目がキョロキョロ動いており、俺達と目が合っても逸らされ、何かを探してるみたいに視線が宙を彷徨っているのだ。

 強襲してきた敵が、今では俺達を見失っている。


「あれって、目が見えてないんじゃない?」


 今度はレオンハルトが爆発より立ち直り、ダメージを受けた身体を引き摺ってきた。

 目が見えてない、つまり盲目?

 そんな馬鹿な、こっちは正確に攻撃されたのだ。

 見えてないはずが……


「まさか、音か?」

「そうだろうね。だから音で誘導すれば勝機が見えてくるんじゃないかな?」


 だが足音で俺達の位置まで割り出すとか、獣人並みの聴力を持っていなければならない。

 だが、ここは雑草が生い茂る場所だ。

 奴の縄張り(テリトリー)、それか箱庭グラウンドか、緑の絨毯のせいで俺達は草を踏み、それが音として敵に伝播するのは、戦闘の場としては明らかに不利だ。


「けど、他の能力が分からない」

「そっちは多分、身体中にある口から古代語で魔法を使えるんだと思う。だから急に速度が上昇したり、俺の足が腐敗したり、ユーグストンの放った粘着物質も溶けた。どう考えても職業能力だろ」

「クッソ……厄介な能力だな」

「かなり面倒だが、勝算が無い訳じゃない」

「けど単一詠唱だし、格闘家の僕でさえ見切るのは相当困難だよ? 君の言った通り彼女の能力は厄介極まりない、一体どうするつもりだい?」


 それにも弱点はある。


「奴の弱点は恐らく、有効範囲の制限だ」

「どういう意味だ?」

「気付かないか? 少し離れた場所にいる俺達に、一向に魔法攻撃してこない様子を。レオの言う事実が正しいなら多分、視力が悪いから無闇に攻撃してこない。逆に俺達に肉薄する必要がある、これは最早魔法の有効射程範囲が狭いって明言してるのと同じだろう」


 盲目や視力の圧倒的低下が前提条件となるが、広範囲に魔法を放って無駄撃ちしないよう、催眠術で操作、統制されてるとしたら一先ずの合点が行く。

 それに二つ目の弱点がある。

 近くに落ちている小石を拾って怪物の背後へと投げてやると草叢に落ち、それに釣られて背を向けた状態で、豪腕を振り下ろしていた。

 やはり音に敏感なのだ。

 レオンハルトの言葉も強ち間違いでない。

 だったら、囮を一人か二人用意して、その間に誰かが倒す算段を付けねばならない。


「そもそも倒す必要あるのかい?」

「生け捕りにすべきだ。あれには情報が沢山詰まってるだろうからな」


 現状の奴の戦力を確認しよう。

 まず、目が見えない。

 逆に異常な聴覚器官を担っている。

 これは俺達の足音、つまり動く順番で攻撃していたという説が有力だろう。

 実際に俺が喋ってる最中に一直線に襲い掛かってきたし、盲目なら俺達への攻撃の順番を耳に頼っていた、という考えも頷ける話だ。

 この土地は草が繁茂しているから足音は結構大きく、足音立てずに、という動きは不可能に近い。


(次に奴は毒が効かない)


 俺の蠱刃毒を何度も血中に流されてるのに、動きが鈍るどころかより機敏になっている。

 だから毒攻撃は意味を為さない。

 また、これは推測なのだが、幾ら斬っても全然動きが鈍らないのは、再生能力も持ち合わせてるため、毒も侵された箇所から自然治癒が作動してると見た。

 それに生命力が流れてるし、ゾンビと同じ特性を持ってても不思議じゃない。

 斬った箇所から、血が流れてないし。


(それから奴は、職業能力『古代魔導師』の力を使って攻撃してくる)


 大量の口は多分、そのためだろう。

 人間の口、魔物の口、そこから無数の声が響く。

 その嗤い声もソナーの役割を果たしてるのかどうか、そこから発される呪言の種類によって肉体的な効果、それか外的効果を齎す。

 しかし、それには有効範囲があると思う。

 理由は、最初の溶解能力は身体に接していた糸を切るための能力、射程は零だ。

 次の速度上昇の呪言、三つ目の腐敗もそう、何処かしら接しているのだ。

 四つ目の爆破の言霊は、レオンハルトが接近していた。

 有効範囲内に入ってからの攻撃、遠距離攻撃できないと考えた方が得策と睨んだ。


(最後に、異常なまでの膂力だな)


 生命力が脳を媒介して、運動機能に影響を与えている。

 つまり脳のリミッターが外れてるのだ。

 これは戦った屍人と同じだが、腹部に見える生命力の塊が何なのか、霊王眼で透過させると胃の中から発されてるのだけは窺えた。

 中に何が詰め込まれてんだ?

 だがしかし、この怪物の様相を昔何処かで見たような気がして、忌々しい過去が一部蘇る。






 ――ウォる、にス……お、レを…………






 とある少年が俺へと手を伸ばす記憶、その屍肉が怪物へと成り果て、地面をのたうち回る姿形がノイズと共に強制的に呼び覚まされた。

 焼けた孤児院、死に頻した躯体、混じる悪意と人間の生への執着が、奥底に眠る『何か』を解き放つ。

 ズキッと頭痛がして、脳を刺激する。

 思考が鈍化していく。

 揺曳する意識の奥底で、齢十歳の少年だったウォルニスが封じた、贖罪の記憶に触れる。


「な、何だ今の……」

「おい、薬物師――」


 立ち眩みがして転倒しそうで、踏ん張るためにガサッと草叢を鳴らしてしまった。

 静かな森に響く雑音。

 吹く風が少量で、閑散とした場所に似合わない誇張されて響く足音を喰らうように、全部の口を開いて顔面から突っ込んできた。

 寂寞とした森林により、余計に音が響く。

 地面を破壊する一撃を自慢の脚力で回避し、樹木の太枝へと飛び移っていた。

 しかしその化け物の風貌に、封じた記憶の扉を何度も軽打して、雁字搦めとなった鎖が漸次解け始めている予兆が精神内に出現する。


『逃げ、ルのカ!?』


 ゾワッと身の毛がよだつ。

 懐かしき子供の声音が、九年前の思い出に残っている声色が、そう精神へと叫び掛ける。

 少し言葉が崩れてるが、その叫声には聞き覚えあった。

 だから混乱していた。

 いや、混乱ではなく確信したと言った方が正しいのか、俺はその怪物を見据える。


「まさか……」

引き寄せろ(トカルッタ)

「ディオ!!」


 大きく開いた掌に発生した引力で、この肉体が重力か磁力かに引き寄せられる。

 必死に抵抗するが、耐え切れずに浮いた。

 それをレオンハルトが俺の手首を掴み、逆に俺も彼の手首を掴み返して、俺と樹木の間に立つ格闘家が一番踏ん張るような構図となった。

 俺は引っ張られている。

 このまま離せば、俺は奴に捕まる。

 逆にレオンハルトも引力の影響下にあり、大樹に寄り縋る彼も苦渋を舐めた顔を曝け出す。


「て、手が、滑って……」


 右手首を二人掴んでいたが、次第に掌同士、更には指同士と徐々に接する面積が減り、直後俺とレオンハルトの繋がりは乖離した。

 引っ張られた身体が化け物に掴まれる。

 その巨大な手が俺の肉体と同等の大きさで、骨や内臓を押し潰そうと握力を込められる。


活力を奪え(イージラシヴ・エド)

「……」


 生命力が次第に強奪されていくが、抵抗する気力が湧かなかった。

 その耳障りな声が耳朶を、脳裏を揺さぶった。

 何故その声を保持してるのかは置いといて、このまま生命力を吸収されたら流石に死ぬ。

 生命力の排出で気力が湧かないが、その声で喋られるのは不快なため、生命力を内包する敵対者に向けて、精霊術との併せ錬成を発動させて脱出する。


「『磁力操作エーテライズ』」


 精霊術で奴の拳に電磁力を付与し、それを錬金術で操作して掌が握れないよう反発力を生み出した。

 バチバチと俺の肢体中心に外側に向かう斥力場が発生し、掴む拳を両手で抉じ開けた。

 流石に毒物のみでの戦闘は、手持ちのでは相性が悪すぎるため、駄目だと諦念を抱く。

 薬物単体での戦闘には限界がある。

 肉体の強化剤等はこの身体で使えば反動を喰らい、残り僅かな寿命が更に縮まってしまうため、それは却下、この状況では願い下げである。

 薬物戦闘は補助的使用に控えよう。

 戦闘方法を切り替える。

 錬金術に次いで強力なのは影、同列の強さを誇るのは精霊術であるため、体内に溜め込んだ電力を多少駆使してでも引っ捕える。

 幸い、他二人は大樹の上にいる。

 地面に接してる俺達の戦闘の余波が届く確率は、極めて低いと判断した。


『ま、まタ逃ゲる、のか!?』

「その声で……喋ってんじゃねぇよ」


 自身に雷を纏って運動能力を向上させ、地を蹴る。

 俺に響かない言葉が延々と紡がれるが、それに耳を貸さずに特攻した。

 電力によって身体機能を無理矢理上げているが、肉体改造で形成した不可視の『電蓄袋』という器官から、貯蓄した分の電力を吐き出させる。

 それにより大量の電撃を纏えるよう、更には操れるようになった。


速くなれ(エタレレッサ)


 また速度上昇の呪文を唱え、相手のスピードが何倍にも跳ね上がった。

 駆け出した足元の土が大きく抉れ、初速からの突撃は肉眼で追いきれず大拳を防御する形になり、両腕から背中へと衝動が穿通する。


「グッ」


 鋭利な打撃を受け、耐えられない一撃に両腕を破壊されてしまう。

 飛ばされ、連続して自然を壊していく。

 超回復が何度も傷を癒すため、血を流しても、骨が何本折れようとも立ち上がれる。


「テメェ等、足止めに協力しやが――チッ、作戦会議の暇も無ぇな」


 声を荒げると攻撃の的になり、俺も避けざるを得ない。

 流石に見てるだけ、というのは許容できない。

 チラッと一瞥すると、意気揚々とレオンハルトが樹々から降りてきて、俺に向かって駆けてくる。


「ディオ避けて!!」


 声の主の言葉通り、俺は膝を曲げて攻撃の軌道から外れて脱する。

 丁度、向こうのパンチが頭上ギリギリを掠めた。

 格闘家レオンハルトは右脚部に光を纏い、怪物の腕を縫って脇腹へと蹴りを入れていた。


「『金剛拳/光轍』!!」


 残光が空中に軌道を描き、脇腹の一撃に後退る。

 途端に今度は化け物の背中上方よりユーグストンが出現しており、逆手に持っていた水色の半透明と化した短剣二振りで刺突する。

 隙を窺っていた。

 気配を完全に消していた。

 だから戦闘中の俺でさえ奴を見失い、背中に魔物の翼を生やして忍び寄ったのだ。


「『強制隷属フォースレイブ』!!」


 突き刺した短剣から黄色い鎖が溢れ出て、それが怪物の四肢に巻き付いて一時的に動きを封じるが、ユーグストン自身相当苦しいようで、職業の限界に挑んでいる。

 多分、十数秒で解けるだろう。

 背中に食い込んだ刃が更に食い込んで、怪物は暴れ乱れていた。

 そこに激痛を体感してるのか、胸部がガラ空きとなって絶好の機会が到来した。


「薬物師!! 長くは持たん!! だから俺ごと攻撃を打ち込め!!」


 そう張り詰めた大声が、上空へと雄叫びのように吠え上がった。

 ならば遠慮も容赦もしない。

 蓄電器官から放出した電力量を加算させた雷撃を、その隙だらけの脂肪筋肉へと流し込んで、再起不能にしてから解剖しよう。


「『霹光靂ヘッコウレキ』」


 右手に圧縮させた超強力な数億(ボルト)もの電力量を、心臓目掛けて撃ち込んだ。

 瞬間、真っ白い光が場を包み込んだ。

 雷撃によって鼓膜も破れる寸前まで轟いた。

 右腕から射出された電光が醜悪な化け物の心臓部を貫通して、その雷轟はユーグストン、更に背後の雑木林へと進行して、最終的に森林の一定範囲内が爆散した。


「「「……」」」


 全員が押し黙り、その様子を見守る。

 動かなくなった敵が、うつ伏せに倒れた。

 まだ死んでないが、一時的に脳が電気ショックによって気絶状態にしたのだろう、一応は生きてる。

 だが、俺の雷は細胞回復を阻害していた。

 しばらくは安全だろう。

 その気絶した怪物の背中に刺さった短剣二本を抜き取り、雷で感電したはずのユーグストンはケホッと黒煙を喉奥から吐き出して、こちらを睥睨する。

 持っていた水色の短剣の切っ先も向けて、だ。


「お前……俺を助けたり逆に遠慮せず攻撃してきたり、巫山戯んなよ」

「いや、助けたのは無意識に動いただけで、雷叩き込んだのは『俺ごと攻撃しろ』だなんて言うから、何か秘策でも隠してんのかと」


 それで死んだ場合、墓でも作ってやろう。

 そう考えたのは口にしなかった。


「……やっぱ右腕はまだ痛覚残ってんな」


 この白雷の一撃は反動を喰らうため、右腕の神経回路が切れてしまい、超回復が仕事して元通り修復された。

 それより、流石に疲れたな。

 今日だけで何回戦闘させる気だろう。

 生命力もコイツに奪われたし、午前から散々だ。

 錬金術を駆使する感覚は一歩一歩死に迫るような不気味なものだったが、錬成に磁力操作、戦闘はなるべく控えた方が良さそうだな。

 が、今回の戦利品は極上の物だったから、逃す手は考えていない。


「うっわ、凄い電力だねぇディオ。森林一帯がかなり開けたようだよ」


 化け物の攻撃先は、空気を迸る電気が辺りを駆け回るような、そんな帯電が含まれた焦土化した大地だった。

 ここまで帯電してやがる。

 バチバチと空気中に電力が放出されたまま、磁力も地面に付与されている様子だ。

 緑の『み』の字まで焼き尽くしたか。

 森全体に轟音響き、ユスティ達にも聞こえたであろう、しかし彼女から精神での通信連絡が来ない。

 心配性の彼女なら、こういった時に真っ先に俺に連絡してくると思ったが、どうやら彼女の方でも何か発生しているようだ。

 レオンハルトが焼尽して壊滅した土を踏み締め、何故か笑って走り回っていた。

 遠くまで探知してみたが他は特に怪物が見当たらず、一先ずは安心できそうだと、早速戦利品である化け物に触れようとして、伸ばした手を止めた。


「何の用だ、ユーグストン?」

「薬物師、さっきの戦闘中に怪物に向かって独り言喋ってたが、何処か頭でも打ったか?」

「……どういう意味だ?」


 独り言、ユーグストンは確かにそう言った。


「餓鬼の声で戯言宣ってただろうが、この化け物、『逃げるのか?』って。お前も聞いてたろ?」


 腹立たしくも、忘れられない餓鬼の声が鼓膜を溶かしていくようで、犯人への憎悪が膨らんだように思う。

 何だろうか、この気味悪く不自然な状況は?

 ユーグストンへと目を向けるが、彼本人の顔を鏡で見せたいくらい、眉間に皺を寄せた非常に困惑とした表情をこの場に晒していた。

 そして放たれる、予想外な一言。

 俺は彼の言葉を一言一句、聞き漏らさなかった。


「何を言っている? 喋ってなかったぞ(・・・・・・・・)?」


 喋っていなかった、喋った、ここで矛盾が生じた。

 俺は確かに声を聞いた。

 だがしかし、ユーグストンの言葉も嘘八百を並べ立てるものでもなく、俺の持つ霊王眼という虚偽看破能力が、その矛盾を証明してしまう。

 なら俺の幻聴か?

 だが、ハッキリと挑発を受けたのは事実、無根ではないと断言できる。


「……本当か、それ?」

「あぁ、俺にはお前が一人でその怪物に喋り掛けてるようにしか見えなかった」


 霊王眼が教えてくれる、この偽調教師の言葉は全部本当である、と。

 聞こえていない、とは考えにくい。

 遂に幻聴も同様に耳にするようになったか、これは精神的疾患かもしれない。


(いや、そうじゃないだろ……現実逃避すんな俺)


 奥歯を噛んで精神の逃避行を封鎖し、現実的に戦闘中の状況を分析する。

 その声を聞き間違える、という可能性は潰す。

 今の自分なら声帯だけで誰かを当てるのは造作ない、だから九年前の短い期間に何度も耳を震わせた男の声も、しっかり覚えている。

 いや、思い出した、が正確だな。

 やはり、犯人は俺の推測通りだったか。


「それで、コレどうするんだ?」

「解剖は俺がやるから、その間二人は周囲を見張っててくれないか?」

「……チッ、良いだろう。妙な真似だけはするなよ」


 その言葉を置き去りにして、ユーグストンはレオンハルトのところに向かった。

 それと監視役なのか、一匹の猫を置いていった。

 ニャーニャー鳴いてる猫が不思議そうに俺を凝視してくるため、俺は適当に猫の鳴き真似をして、戯れてみようと思って猫真似を披露する。


「ニャニャーニャニャニャ、ニャーニャーニャー、ニャニャニャーニャニャー、ニャニャーニャニャ、ニャーニャ」

『ニャ?』


 ニャーニャー自分で言っておいて煩わしいが、この猫をモフりながら会話しようとするが、何故か猫が一言もニャーと鳴こうとしない。

 逆に、何故か多少引かれてる。

 適当にニャーニャー言ってるが、猫語はやはり俺には分からない。


「ニャニャニャーニャニャー、ニャニャーニャニャ、ニャーニャ」

『……』


 干し肉を手に猫へと渡してみたが、バチッと雷に弾かれてしまった。

 その後、地面に落ちた干し肉を凝視した猫は俺の餌やりの意図が伝わったのか、コクリと頷いて可愛らしく咥えて主人の元へと持っていった。

 猫は気紛れ、前は肉球で弾いたのに。

 今度は持っていってくれた。


(さて、解剖しよう)


 の、前にすべき作業がある。


「『霊魂干渉ソウル・マニピュレイト』」


 ルミナの霊魂を引き剥がす作業、腕に青白い雷が出現して鈍い痛覚を味わうが、慎重に引き抜きに当たる。

 霊魂に干渉して、蒼白い光玉が肉体から剥離する。

 肉体との紐付けを断ち切り、俺の手元にはルミナの霊魂が漂い浮いていた。


(これを影にある『悪喰の剣(ソウル・グラトニア)』へと保管して、後は器を見つけた時に霊魂を還元させて肢体を蘇生させるか)


 霊魂の操作干渉はグラットポートの戦闘で使い、悪喰の剣の機能はフラバルドの事件での吸収と葬式時での放出に駆使したが、一時的な霊魂の避難先に指定したのは強ち間違いではないようだ。

 二人から背を向けた状態で、掌の霊魂を影で包み込んで内部の剣へと保管した。

 さて、これで何の憂いもせず、眼前の素体を好きに解剖したり研究に使ったりできそうだ。


(霊王眼を内部透視に変換……)


 瞬きして能力を生命力視認から透視へ変化させ、内臓や筋肉の中身をザッと目にしていくが、やはり胃の中に何かがあった。

 腰の短剣を引き抜き、腹を掻っ捌いて切開部を開く。

 舞う血飛沫を精霊術で弾いて、袖を捲った腕を内部へと突き入れ、柔らかい感触の中で硬い物に当たり、それを引き抜いてみる。

 握った手を解くと、やはりと言うべきか、それとも意外と言うべきか麻薬が多少溶けた状態で発見された。


「この麻薬……やっぱ『天の霧(ヘブンズパウダー)』か。けどこれ、生命力と魔力の塊だな。何と配合したら、こんな気色悪い物体ができんだ?」


 精霊術で血や汚れを取り払うと、赤と半透明のカプセルが現れた。

 中身に関しても胃液でさえ溶けてないのか、結構薬塊として成分が残ってるようで、それに加えて、この内包する生命力量は尋常でない。

 除去したお陰か、生命力の接続が途切れた。

 脳への生命力経路が絶たれ、今ようやく怪物は永遠の眠りに誘われたのだ。


(つまり、この麻薬が原動力だった?)


 素体の生命力が切断され、脳が完全停止していた。

 それを電気信号と脳波視点で確認したが、霊王眼が不自然な揺らぎを検知し、無意識に生命力視認へと切り替えて素体を目にする。

 体内に残存していた生命力が、丹田辺りにある魔力袋へと収斂される。

 それは魔力を巻き込んでの膨張、嫌な予感、胸騒ぎ、虫の知らせ、そういった第六感が警告音を鳴らし、走馬灯が脳裏を駆け巡る。

 それには既視感があった。

 デジャビュ、というものだった。

 浮揚した回り灯籠に映る暗影が、絶望の未来を情報として脳内へ伝達し、全身が震え出した。


(まさか――)

「逃げろ薬物師!!」


 ユーグストンに言われ、直感に基づき、余裕も無いままに俺は思考を回転させる。

 逃げる時間は無い。

 かと言って他に打てる手も、錬金術を一度発動させるくらいが関の山、なら何をどう錬成するか想定して爆発から逃れる方法を構想する。

 地中の鉱物を壁に?

 それとも爆発の衝撃全部を圧縮?

 いや、流石に両方無理だ。

 勝負は一瞬、頻繁に変化する思考が一つの解答へと導かれて、自身を中心とした空間に錬成を発動させた。


「『立体空間湾曲(インフレクト・エア)』」


 残念ながら、二人を守るのは距離的に不可能。

 そこまでの余裕も無かった。

 即座に隔離空間を指定して、干渉領域を隔てて爆発から身を守るための真空膜を張った瞬間、死骸が膨張させた生命力と魔力を暴発させた。

 世界が真っ白に染まる。

 その爆破が至近距離にいた俺の錬成領域を超過し、ユーグストンとレオンハルトの二人にまで到達し、白光が全てを飲み込んだ。


「クッ、思ったより威力が――」


 空間湾曲によって生まれる歪みを維持するのに、全力で錬成を発動させている。

 だが、強度に問題があった。

 咄嗟に形成したものの、すぐに亀裂が入る。

 そこを修正して、傷付いて、修正してを循環させると、唐突に限界が去来した。


「うっ……ゲホッ、ゴホッ…………」


 体内に激痛が走り、錬成が限界点に達した。

 視界にチカチカと火花が散り、口からは大量に血が吐き出され、地に膝を着いた。

 臓器が超回復で治癒される。

 が、やはり錬成が不安定である。

 使う度、自分の中の寿命が削れている。

 左上半身はすでに感覚機能停止に追い込まれ、地面が真っ赤に血塗られた。


「……」


 大爆発によって、周囲に繁栄していた樹木の数々が完全消滅して、巨大なクレーターを形成していた。

 不自然な流れからの超爆破、もしかすると俺が麻薬を抜き取ったから自爆装置が起動し、本来のシステムとして組み込まれてたのか。

 例えば、死ねば自爆して敵を道連れにする、とか。

 だが、これはまるで……

 能力が衝撃で自然解除され、垂れた血も拭わずにクレーターより空を見上げる。


(結構広範囲に爆発したか)


 地面が脆かったのか、深く広く抉れ落ちた。

 一気に上空へ跳び上がると、クレーターの範囲外に二人が土埃塗れとなって尻餅着いていた。

 この二人は爆発直前、距離があったから何かしら行動できたのだろう。


「ケホッケホッ……ディオ、無事だったんだね」


 咳き込むレオンハルトは動悸が激しいようで、胸を抑えて肩で息していた。

 それだけ危険だった、と窺える。

 対してユーグストンは飄々としていて、肩に付着した土を払い、そこに猫が飛び乗って身体を預けていた。


「そっちは?」

「問題無い、爆発は予測済みだ」


 二人の身体は土塗れだったが、外傷は特に無かった。

 俺の手には一つの麻薬が握られている。

 手掛かりが爆散したので骨折り損の草臥れ儲け、ただ疲弊しただけとなった。

 手掛かりが、この麻薬一つとは。

 だが、この麻薬にも秘密がありそうだ。

 念の為、空瓶に証拠品として仕舞っておき、後で解析するよう記憶しておく。


「……それより、先を急ぐぞ」


 ズボンに付着した土も落とし、ユーグストンは森の奥先へと向かった。

 ギルドカードの反応がある場所まで距離は近いが、強まる悪意に歯止めが利かない。

 何処か焦りを見せる彼を、俺達二人は従者のように付き従って、三人仲良く森の奥地に進み、その反応を確かめに冒険するのだ。

 俺達は冒険者、危険を顧みずに宝探しに行く。

 その先に待つ悍ましい存在をまだ知らず、俺達男三人衆は悪意へと急接近してゆく。






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