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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第四章【南国諸島編】
192/276

第183話 名も無き無人島へ

 今日も今日とて悪夢に蝕まれる。

 ザッ、ザッ、と暗闇に音が木霊し、少女はその音のする方へと無意識に視線を、首を回していた。

 そこには、無数に鉄の棘らしき物体に串刺しにされた青年が、喪服を着込んだ七人の子供達に生き埋めにさせられている光景だった。

 先程から聞こえているのはスコップで地面を掘る音、無造作に投げ捨てられた生き死骸が、虚ろな目で空を眺めては言葉すら発さない。


(また……)


 死を受け入れるために、敢えて何もしない。

 青年の身体から生える無数の棘が、生々しい血糊を被っている。

 ゴミを捨てるかのように、穴に捨てられて、死体処理するように埋められる。

 土が毛布代わりとなる。

 顔にも身体にも、重たく伸し掛かる。

 虚ろな蒼色の双眸が瞼という緞帳によって遮られ、死を受け入れて、そのまま餓死するつもりなのか、完全に埋められた状態のまま出てこない。

 それを良しとしない少女が一人いた。


「ノア君!!」


 掘り起こそうとした。

 しかし、やはり透過するから、スコップすらも持てずに時間だけが過ぎていく。

 藻掻いても彼女には手出しできない。

 餓死までの時間は三日、その時間は体感ではものの数時間であろうが、この悪夢は外とは時間の流れが異なり、三日という時間を生き埋めに捧げられる。

 緩やかなる死、それが催眠術によるものだったとして、彼は全て分かった上で死に従っている。


(これじゃ……ボクの方が可笑しくなりそうだよ)


 三日という時間を彼女は、埋められた場所の真横に腰を下ろして一緒に餓死を待つ。

 いつの間にか子供達は消えていた。

 取り残されたのは生き地獄を味わう二人、一人は穴の中で消えない罪に対する後悔を、一人は穴の外で自身の過ちに対する自責の念を、懺悔していた。

 誰に対してでもなく、ただ自分と向き合うために。

 そこには二人の心音だけが響き、偶然にも赤い糸で二人が心で繋がっている状態、少女は青年へと干渉できないが、それでも彼の側にいる今は複雑な気持ちで溢れそうだった。

 青年は少女の姿が見えていない。

 一人きり、誰もそこにはいないと思っている。

 しかし、だからこそ誰に話し掛けるでもなく、何をするでもなく死を待ち続ける。

 二人を分かつ死が、悪夢の中での三日という時を喰い、心が擦り減りながらも次第に微睡みより外界へと引っ張られていく。

 空腹、飢餓、二人の人間は緩やかなる死を迎える。

 最初に死を迎えたのはエルフの少女、能力も使えない身体は一般人そのもの、そして少女という華奢な体躯、喉はカラカラ腹は減り、水も無い状態で人は三日が最長であるため、意識も徐々に遠退いていく。

 それは呆気無く、彼女はご臨終召された。

 次に青年、三日という時間は長いようで短く、待ち侘びた死をようやく体感できた。

 意識は夢から現実へと、幽体離脱するように身体を捨てて外へ出ていった。

 その日、二人は夢の中で死を分かち合った。


「…ぅ……」


 それは静かな目覚めだった。

 少女は重たい瞼をゆっくりと押し上げて、いつも通りの日常を貪った。

 もう何も言わない。

 そういうものだと納得して、回らない頭のまま着替えを済ませ、フラフラと廊下へと出た。


「あ、フェスティ、おはよ――ってアンタ、ど、どうしたのよその顔!?」


 隣部屋から出てきた龍神族のセルヴィーネが少女へと挨拶しようとしたが、それができず、つい少女の顔に注目してしまう。

 三日という餓死体験を悪夢の中で行った。

 その精神的瓦解が、脳裏に、そして表情へと表出していたため、セルヴィーネも心配せざるを得ない。


「えぇ? セラちゃん、驚いちゃってさ〜、一体どうしたのかな〜?」

「……今日、作戦よね? アンタ、ホントに大丈夫?」


 朝から離島へと渡航する作戦が昨日練られ、日誌も読み、後腐れ無く事件に集中できる状態作りが完成し、彼女達がするのは万全たる体調管理のみ。

 しっかり寝て準備するだけだった。

 しかし、その寝て準備する彼女の行動は、現在星夜島の青年と繋がってるせいで、悪夢を見続けてしまう。

 だから体力面でも精神面でも、かなりの疲労がセルヴィーネ視点で見受けられた。


「だ〜いじょ〜ぶだよ〜」

「ね、寝惚けてる? まぁ、赤い糸みたいなものでレイと繋がってるようだし、こうなるって予感はしてたけど、本当に大丈夫なの?」

「辛い、そう言ったとしても何も変わらないよ。それに生物学者の能力で何とか眠気を抑えるから心配しないで、セラちゃん」

「え、えぇ……」


 辛いという言葉を吐けるのは、まだ心に余裕があるからであろう。

 もし本当に辛いなら、辛いとすら言えない。

 つまり彼女には千年の過酷な人生を歩んだ経験と、ノアという青年と会える喜びの二つから、まだ心を保っていられる状態であるだけ。

 いつ壊れても不思議ではない。

 追い打ちをかけるように、彼女は連日悪夢に精神を喰われている。


「それで、昨日はどうだったのよ?」

「どうって?」

「日誌よ日誌、ウルグラセンの日誌に犯人の手掛かりとかあったんでしょ?」

「そうだね……二人いるうちの船乗りの方、裏切り者の犯人が分かった、かな」


 すでに犯人のうち一人は彼女の中で特定されている。

 それが誰を指し示すのか、名前は無くとも行動と日誌の内容から把握できた。

 日誌の内容から、少なくとも一人の犯人の行動理念が綴られていた。


(クレッタという人を生き返らせるため、それが犯人の動機だった。童話の中の死者復活、暦の祭壇での儀式、三神龍の洗脳、黒き運命の戦士、そして特異点……)


 人の蘇生は職業能力でも稀だが、それ以上の人の復活、それは蘇生ではなく『再生』、或いは神龍の力による人体と霊魂の『創造』だが、それは禁忌以上の不文律であるのは犯人も承知の上だろう。

 侵してはならない世界における絶対的なルール、故人は生き返らない。

 しかし理解していても納得のできない事柄というのは、道端に転がる石のように何処にでも存在する。

 大切な者の蘇生を、大好きな者との叶わぬ再会を、掛け替えのない者への愛情を、犯人は諸島民を犠牲に儀式を行おうとしている。


(麻薬についても説明不足だ。何枚か破られてたから、そこに全部の答えが書いてあったはず……でも日誌にあったように、何で犯人は二人を殺さず逃したんだろ? 犯人にとってメリットなんて無いはずなのに、不思議だ)


 逃しても犯人には痛手にもならない、と見縊られたのだろうか。

 しかし結局最後は、何かがあって殺人衝動に蝕まれる結果となってしまった。


「ねぇ、セラちゃん」

「何よ?」

「もしも……もしも本当に死んだ人間を生き返らせる方法があるとしたら、君はどうする?」


 全てを見透かす新緑の瞳が、輝きを放つ深緑の眼と視線が交わる。

 そこでセルヴィーネの脳裏に浮かんだのは、この諸島で命を落とした親友、インフェルンの顔と数々の思い出、記憶がフラッシュバックする。

 記憶の中の後悔が、双眼を微かに揺らした。

 その質問が龍女には、心を見通していると思わせる口振りに聞こえた。


「君なら、どうする?」

「そ、それは……」


 当然、できるなら蘇生したい。

 それを口に出せなかった。

 だが死骸はすでに土の下、それはもう骨か、土の養分となっているだろう、更に加えて親友の霊魂もこの世界から消失してしまった。

 二度と会えはしない。

 もし生き返らせるとするなら、新しく構築する他無いのである。

 肉体も、脳も、精神も、魂魄でさえも。

 新しく作り直す、人を冒涜していると倫理観が働き、ながらも彼女は親友との過ごした時間が恋しく、理性と本能の狭間で彷徨う。

 それは本当に親友と同じ人間なのだろうか?

 それは、本当に昔のインフェルンと同一人物と言えるのだろうか?

 そう考えた途端、悍ましさが込み上げてきた。

 前に迷宮でノアと話した内容と似通う部分があり、転移魔法の精神性についての会話をして、セルヴィーネ自身は転移前と後の人間は同じだと語っていた。

 情報に還元されて再構築するという過程を挟む一種の転移魔法の、人間的同一性に関連する問題と、それはもう非常に酷似している。

 もし今回の話をそれと同類と当て嵌めたとすると、セルヴィーネの出した結論は、『転移前(生前)転移後(死後)のインフェルンは同じ人間である』、と語るのと意味が同じになってしまう。


「ボクはね、セラちゃん……友達の君には、間違えてほしくないんだよ」

「へ?」


 新しく作った人間が過去の人間と同一人物であるか、という質問はすでに、一人の龍神族の中にある解答欄に書き記されている。

 それは違う、と。

 悔しくとも事実は覆らない。

 サンディオット諸島という舞台で、少女は一人の親友との突然の死別を経験した。

 耐え難い苦痛が、何年も何十年も彼女を襲った。

 癒えぬ傷跡を胸中に残して、未だ過去を引き摺っている少女に、友達は語る。


「セラちゃんが誰かのお墓の前にいたのは知ってる。それがかつての君の親友の墓だったって事も、蘇生したいって思ってるだろう事も」

「そ、それは……」

「数百年越しの人間を生き返らせるなんて普通はできない。仮にできたとしても、それは数多くの犠牲の上に成り立ってるんだよ。君の気持ちが分かる、だなんて烏滸がましくて言わないけどね。ボクの場合は彼と再会できるのを予め知ってたから」


 彼女の過去に何があったのか、それをフェスティーニは知らずとも、僅かな親友の変化には気付いていた。

 過去の人物の蘇生、最早蘇生ではなく創生。

 新作されたインフェルンは、きっとセルヴィーネ達の知らない同一人物となる。

 顔や髪型、身長や体型、行動から思考判断、果ては動きや自己までが親友の少女を演じるが、何処まで行っても偽物は偽物、本物になり得ない。


「病気で死ぬ前にね、ノア君とこんな話をしたんだ。何故人は死ぬのだろうか? ってね。つまりは死の定義さ。セラちゃんはどう思うかな?」

「どうって、急に言われても……」


 突然の問いに上手く切り返せないセルヴィーネ、そんな彼女に微笑みながら、フェスティーニは持論を贈る。


「ボクはね、本当の意味で人は死なないんじゃないかなって思うよ」

「それ、どういう意味よ?」

「フフッ、まずは死の定義からだね。死ぬって、具体的にはどういう事を示唆するのかな?」

「聞いてるのはこっちなんだけど……えぇっと、死ぬってのはつまり……心臓が止まって、脳に酸素を取り込めなくなる状態を言うのかしら?」

「まぁ、そうだね。一般的にはそれが正解なんだろうね〜」

「違うって言うの?」

「ボクはそれが『死』だとは思わないってだけだよ。ボクからしたら、死はプロセス、つまり人間の一生における過程でしかないんだ」

「……は?」


 セルヴィーネの結論は、死=最終地点。

 フェスティーニの結論、死=過程とは異なる。


「前世における死の概念は一言で表すなら機能停止、もっと正確に言うなら呼吸と血液循環、脳の全機能が完全停止して、身体が蘇生不能な状態に陥って、その状況が継続した時かな?」

「それが、死?」

「うん、人は死ねば全部が止まる。肺も心臓も血流も、勿論脳も完全停止さ。ただ、面白い研究があってね、脳は人が死んだ瞬間直後からしばらくは継続して生きてられるそうだよ。確か最高七、八時間だったかな〜」

「つまり……まだ生きてるって言いたいの?」

「臨死体験は、数時間は意識がそこに紐付けされるんだ。要するに死んだ直後から数時間は肉体に意識が宿ったまま、死後も意識はそこにあるのさ」


 医療技術の発展に伴い、人類は心肺蘇生についても医学分野で進歩を果たしてきた。

 人間の不可逆な『死』は、今や一定期間内であれば可逆化する。

 更に言えば、この世界では死の概念は少し異なる。

 だから人の蘇生、創生も犠牲を伴えば簡単ではなくとも行えてしまう、それが今回の元凶の動機にも繋がり、同様に問題にもなっている。


「話が見えないわね、何が言いたいのよ?」

「意識があるなら、それは本当の『死』とは言えないんじゃないかな? 肉体的な死であるのは変わりないけど、そこには人間の意思が宿ってる。なら、その意識こそが『その人』であって、完全なる死亡後の意識は何処に向かうんだろうね?」

「知らないわよ。知ってたら、フェルンを………」

「なら、元の素体と同じ脳細胞や遺伝子配列で、意識も記憶も身体も全部がオリジナルと完全に同じだとしても、君は受け入れるかい?」

「決まりきった答えね……受け入れられる、訳がないじゃない」


 意識が向かう先はセルヴィーネには知覚しようもない。

 しかし転生という仕組みに則って、少女はこの世界に来たから、意識が向かう先の一部を記憶している。

 だがそれは、一部でしかない。


「暦の祭壇を使って、犯人はクレッタって人を生き返らせようとしてる。当然その人は二年前と姿形が一緒なだけの別人、セラちゃんのしようとしてる事と一緒なんだよ」

「ッ……」


 結局、人を蘇らせる都合の良い話は存在しなかった、という結論に至る。

 だったら何故意識がどうの、死がどうのと語ったのか。


「ボクは、死は人間の一生において過程でしかない、そう言ったね?」

「え、えぇ」

「それに意識は死後の肉体に宿ってる、とも言った」

「そ、そうね……」

「でも意識は完全に死んだ瞬間、そこから消える。消失するって言い換えるべきなのかな? だとしたら説明できない事象がある」

「それは?」

「ボクとノア君、転生者の存在さ」

「は?」

「ボク達には前世の記憶がある。ボクも、ノア君も、消失したはずの意識が、こうしてこの世界に紐付けされてる。しかも霊魂と一緒にだよ。不思議だよね〜」


 意識の消失、肉体的な死、それを超越して二人は転生して現代を生きている。


「人間は死亡直後、二十一(グラム)だけだったかな、体重が減るんだって」

「どうしてよ?」

「肺から空気が全部抜けたからとか、発汗による体重の喪失って線も考えられるし、実際に死亡直後の発汗現象が正解なんだろうね。けど、それだけじゃないかもしれない」


 転生の秘密、何故転生者達には前世の記憶があるのか、彼女は独自の発想を言葉に込めた。


「そこにあった意識が霊魂に宿り、それが肉体を離れて世界軸を超えて、こうして転生した。それなら転生と死骸の体重減少の一端の説明にも理由が付くと思うんだ」

「待って! じゃあフェルンも転生して世界を渡ったって言いたい訳?」

「それは分かんないよ。輪廻転生の概念なんてボクも詳しくは知らないし、これは持論でしかないんだ。転生なんて概念自体、そもそも観測できないしね。そうであれば良いねって話さ」


 しかし実例として、フェスティーニは転生した。

 それを看取ったのはノアで、彼に聞けば体重が分かるかもしれない。

 そこまで覚えてるかは不明だが。

 それでも可能性としては有り得る話ではないかと、龍女は熟考する。


「この世界には『観測者』って職業もあるらしいよ。それなら霊魂が何処に行ったのか見れるかもね」

「……そうね」


 本質が少しズレてきているため、話を戻す。


「さて、これで分かったかな? ボクが死を過程でしかないって言った意味」

「えぇ、こうしてフェスティ達が別の世界で生き繋いでるんだもの。アタシも、そうであってほしいって思うわ」


 人の死、人の生、それは何人たりとも手出ししてはならない世界の均衡、人を生き返らせてはならない、それは蘇生ではなく創生であるのだから。

 禁忌を犯す場所、それが暦の祭壇。

 倫理観も情緒も捨てて、犯人はただ愛する人に会いたい気持ちだけで今を生きている。


「けど、もしフェスティの言った転生論が正しいとするなら、意識の宿る霊魂を三神龍に引き寄せてもらって、創生した肉体に定着させる方法で蘇生させる、なんてできないかしら?」

「……どうかな、それは直接聞いてみないと何とも言えないだろうね」


 今回の事件は本人達にとって、重たい決断を迫られる。

 だからこそ、倫理の狭間で揺れる者達が現れる。


「でも、ボクからは何も言わないし、邪魔するつもりもないよ。ただ、大好きな人と会いたいだけだもんね。その気持ちだけは理解できる。だからこそ君には後悔して欲しくないんだ」

「……フェスティは、後悔してるの?」

「うん、千年間ずっと後悔してる」


 二人が風呂場で会話した転生の秘密について、彼女はずっと後悔の先にいる。


「ノア君は優しいから、きっと事情を話したら許してくれると思う。でも、ボクは自分が許せない」

「フェスティ……」

「会いたい気持ちを勝手に押し付けて、彼のこれから歩むはずだった人生を全部壊したんだ。そんな利己的な自分が嫌いなんだ〜」


 自然と笑みを繕うが、それが文字通り作り笑いであるのは誰の目から見ても明らか。

 心が笑っていない。

 逆に泣いている。

 その気持ちを言葉にしない、面に出さない。

 だから感情表現を自らコントロールして決して悟らせようとしない、それが親友だとしても、家族だとしても、最愛の人だとしても。


「さて、こんな辛気臭い話は止めにしよっか」

「そうね、これからだもんね」


 気持ち切り替え、二人は食堂へ。

 死は唐突にやってくるもの、それが今日なのか明日なのかは計り知れずとも、皆平等に訪れる。

 後悔という名の手綱を引きながら、二人は迷いを振り払うように階段を駆け降りていった。





 朝食後、すぐさま出発する。

 セルヴィーネ、オルファスラ、フェスティーニ、そしてフィオレニーデの四人は、屋敷より裏手に出て南東の小さな浜辺へと来ていた。

 誰もいない静かな浜辺に、荒波が押し寄せる。

 雷雨によって、近くの木々が焼け折れていた。

 そこに荷物を手にしたニーベルが不安げな感情を表層に滲ませながらも、彼女達四人の見送りのために雨を吸った浜辺へと現れる。


「お揃いのようですね」

「うん、準備はできてるよ、ニーベルさん」


 四人は気合い充分、これで後腐れ無く戦いに臨める。

 風が強まって、この場にいる五人は一旦ここでお別れをする。

 森人族フェスティーニ焔龍族セルヴィーネの二人は『名も無き島』を目指して。

 闇人族フィオレニーデ雹龍族オルファスラの二人は『雄叫びの無人島』へ行く。

 翌日には連絡を取り合って作戦を実行に移す。

 そのために今日明日で懸念事項はなるべく排除する、という目的を念頭に置いて、全員が一致団結して騒動の究明に当たる。

 緊張が雨場を包み、雷鳴が全員の背中を叩くように、ピシャッと轟音を届けた。


「では皆様、まずはこれをお渡しします」

「これは?」

「事件のお役に立てるよう、ご用意させていただきました。魔導具を幾つか専用のポーチに入れましたので、是非お役立てくださいますよう」


 それぞれが受け取ったポーチには、専用の道具が区分けされて納められている。

 魔工技師であるニーベル渾身の力作を貰い、全員腰のベルトや腿に取り付けていた。


「中に使い方の説明書が入っておりますので、時間がある時で構いません、ご活用いただければ」

「うん、ありがと、ニーベルさん」

「それから、このローブはユグランド商会から買い取った物です」


 特徴の無い普通のカーキ色のローブが、四人全員に譲渡される。

 暗雲立ち込める空のせいで、色合いは見えにくい。

 隠密には向いている色、それぞれがサイズ確認する前に身に纏うが、すぐに違和感に気付く。


「ねぇニーベル、このローブ、アタシの身体に最適なんだけど……」

「はい、皆様の採寸に関しましては、見れば正確に測れますので。その情報を元に動きやすく、身体を守ってくれる物を厳選しました。どうでしょうか?」

「いや、うん、ちょっと怖い」

「ウフフ、それは申し訳ございません。特技ですので」


 流麗な美女の笑みが、途端に怪しく見えるのは何故だろうか。

 彼女は身震いしながら、ローブを撫でる。

 サラサラとした質感に加え、とても軽く撥水性すら備わっている、見た目以外は高級感溢れるローブが、彼女達の身を守る盾となる。


「耐刃性能に加え、各種属性耐性、体温調節機能付きの高級ローブでございます。雷にも効果がありますよ」

「成る程、これなら雷の中を通っても問題無いのです」

「……ローブ、軽い」

「動きを阻害しない物ですので、お気に召しましたか?」

「うん、気に入ったよ。でもお金は良かったの? 結構高かったと思うんだけど」

「はい、この島の問題を解決して下さるのであれば、幾らでも投資しましょう」


 責任重大、受け取ったからには作戦失敗は許されなくなった。

 失敗するつもりは毛頭ないが、不確定要素も多い関係上、臨機応変な対応を求められる。


「何から何まで本当にありがとう、ニーベルさん」

「はい、頑張ってくださいませ」


 少女の背中から、身の丈に合った巨翼が生まれた。

 蒼白い龍神族の少女が、闇人の少女を背後から抱き着いて抱え上げる。


「少し我慢して欲しいのです」

「ん、問題、皆無……行ってきます、姉さん」

「うん、気を付けてね〜」


 先んじて二人の異種族が、猛スピードで日輪島を飛び出していった。

 その跳躍と羽撃きで、二人の姿は豆粒くらいの大きさにまで小さくなった。

 その二人に稲妻が降り注ぐ。

 雷を華麗にヒラリと躱し、紙一重の回避飛行を順守する二人のメンバーに、ハラハラとしながら残された二人も準備する。


「ボク達は二人共飛べるもんね、行こっか」

「えぇ!!」


 それぞれが種族の、そして能力による双翼を顕現させ、暫し地面に別れを告げる。


「じゃ、行ってきま〜す!!」

「またね、ニーベル!!」

「はい、ご武運をお祈りしております」


 身を翻した二人も目的の島へ、雷鳴落ちる領域を超えて荒海を横断する。

 長い時を生きる少女達は、太陽の光が当たる大海原へと飛び出した。





 そして、話は現在に戻る。

 名も無き島、この島には全くと言って良い程に人気を感じないため、本当に無人島なのかと思いつつも、二人は桟橋を離れた。


「それにしても、殺風景な無人島ね」

「うん、そうだね〜」


 小さな林が眼前にあるが、視界もかなり開けている。

 そのため、鬱蒼とした日輪島の森と異なり、殺風景という表現が自然と出てきた。


「浜辺を歩いてくか、それとも林を突っ切ってくか、どうするフェスティ?」

「う〜ん、セラちゃんの権能で確かめられるかな?」

「どっちでも良いんだけど……そうね、林を突っ切ってみるのも悪くないかもね」


 権能に従って、二人は林の中を歩く。

 足場も安定しており、しかし何故か余震が連続して続いていた。


「地震って言えば、バーバラが諸島の事件が始まった時にも、大きな地震が発生したって言ってたわね」

「地震が始まったのは一月七日だね。確かにリンダさんも言ってた」

「えぇ……でも、それだとバーバラの言ってた情報と食い違うのよ。彼女の情報だと地震の後に雨が降り始めたんだって言ってた」

「え? 地震は一月七日だよ? 雨が降り始めたのは六日じゃないか」


 最近では日輪島で地震が発生していなかった、いや雷震の影響で気にしなくなっていた事柄が、ここに来て初めて脳裏に蘇る。

 セルヴィーネが日輪島を訪れた当初、まだフェスティーニ達と再会する前、バーバラから情報を買い取った。

 地震が発生し、謎の『しど』という呼び声が聞こえ、それから雨が降り始めた、と。

 しかし実際には雨が降り始めたのは一月六日、一月七日に地震が発生していたのが確定だとすると、これまた矛盾してしまう。


(バーバラという人の情報、本当に一月六日だったのかな?)


 しかし雨が降り始めたら否が応でも分かる。

 それは年がら年中快晴である日輪島の住民であるなら、当然印象に残る。


「バーバラの発言だと、地震が発生してから雨が降った」

「けどリンダさん情報に、ウルグラセンの日誌の情報を加えると、雨が降ってから地震が発生した、ってなる」

「どう思う?」

「丸っ切り、矛盾してるね」


 どうなってると言うのか、ここに来て突然の謎。


「日誌は信憑性が高いから、一月六日から雨が降り始めたんだとしたら地震が発生したって情報も書かれてるはず。なのに書かれてない」

「そうなの?」

「うん、ボクはもう日誌の内容全部暗記したから、セラちゃんにあげる。読んでみてよ」


 セルヴィーネは受け取った日誌を開き、一月六日のページを捲る。

 そこには短文で書かれた内容が。

 それを黙読し、地震に関する記述が一切書かれてないと判明した。


「ホントだ、フェスティの言う通り、地震について全く触れられてないわね。どうしてかしら?」

「確かに気にも留めてなかった。大きな地震だったら普通気付くはずだし、書くはずなのに何で……」


 どちらかが間違っている?

 だが、その疑問点は大した問題ではない。


「ま、どっちにしても半年前の出来事だし、記憶が曖昧になってるとかじゃないの?」

「それも否定はできないけど、予想はできるかな」

「予想?」

「うん、バーバラって人が体感したのが、実は地震じゃなかったとしたら多分、説明が付くかな」


 しかし、それでも完璧には一月六日と七日の状況説明には不足している、そう思うものの口には出さなかった。


「地震じゃなくて、『雷震』だったら?」

「雷震?」

「そ、轟音響かせながら雷が落ちたとしたら、地震と勘違いするかもしれない。その人、外に出てないんでしょ? それか七日を六日と勘違いしてたとか、ね」


 しかし、六日には雨が降り始めている。

 地震は雨より前に起こっていると本人が証言し、ギルドでは七日に大きな地震があって被害も出た、と説明されてしまった。

 仮に一月六日の地震が雷震だったとする。

 轟音滾らせて降り落つる稲妻、それによって地響きを発生させ、七日に本当に地震が発生する。

 少し強引でもあるが、説明できなくはない。


「一月七日、その日の日誌には『雷が地面に落ち始めて被害も出てる』ってあるよね。これ、都合良くだけど一つ言い換えられると思うんだ」

「言い換えるって?」

「『一月六日、雷は海上に落ちていた』ってさ。地面に落ち始める前はどうだったんだろうか。けど、事実だとしても日誌に書かない理由は不明、これはボクの単なる推測でしかないからね〜」


 もしそうなら、迸る雷光によって住民達がもっと騒ぐはずである。

 これなら、まだ説明が可能。

 だが、逆にバーバラが情報を出し渋った、とも取れる。

 何故なら、彼女が体感したのが二回の地震、雷震と地震の二つとなるからだ。

 つまり、バーバラという情報屋は、敢えて情報を絞ってセルヴィーネへと伝えた、と一定の解釈ができる。


「雷が落ちてから雨が降って、それから地震が発生したとしても、それは一月六日と七日の別日に発生した自然災害だからね〜」

「普通に気付く、って訳ね」

「うん。さて、どれが正解なんだろうね〜」


 半年前の天候に関しては、この離島に手掛かりは無い。

 あるのは密航船に関する証拠、整理精査しても荒が見て取れる以上は、この会話も不毛なものでしかない。


「それよりも、もっと有益な話をしようか、セラちゃん」

「良いけど、何を話すのよ?」

「それは勿論、決まって――」


 先行していた少女の言葉が、突如行動と共に停止した。

 林を抜けた先に見えた光景が、まるで彼女の予想の範疇を超えたものだったからだ。

 森林を出て、切り開かれた大地に降り立った二人。

 そこにあったのは、廃墟と化した大昔の小さな街、すでに建物が風化して煉瓦も砂塵と化していた。


「何でこんなとこに村が……」


 一歩踏み出そうとした龍女の肩を掴み、少女達は咄嗟に物陰に隠れた。


「な、何を――」

「シッ……静かに」


 廃墟の一部へと身を隠す二人、その物陰からコソッと検知した反応の方向を覗いてみると、そこには見知らぬ女が一人、廃墟立ち並ぶ区画を悠々と歩いていた。

 諸島の人間ではないのは一目瞭然、軍服のような格好をしている。

 普通ではない。

 その異常さが際立っているが、ウルグラセンの日誌に書かれていた内容の一つと合致する事項がある。

 軍服、密航船のルート、日誌、二年前の事件、そこから一つの予測が立てられる。


(まさか、日誌にあった北西の帝国の人間?)


 取引のために、敢えてここに住んでいる?

 そんな馬鹿な話があるかと考えを一蹴するのは容易だろうが、少し離れた場所にいる軍人らしき女性を、流石に一般人と認識するには無理がある。

 ただし、逆にこんな廃村に用も無く現れる事態が不自然であるため、こうして潜伏に徹している。


「ねぇどうすんの? 捕まえるの? それとも見逃す?」

「取り敢えずは捕縛したいかな。こんな辺鄙な場所に人なんて、どう考えても可笑しいしね」


 この場に人がいるなら、それは船乗り達の作戦を聞いた者達か、犯人の一味のどちらか、それか確率は僅かだが漂流者という可能性も。

 だが服装から見て、やはり帝国人かと警戒度を何段階か繰り上げる。


(そこまでの手練れじゃないとしても……この事件、何処かの帝国が後ろ盾になってる?)


 だとするなら、それは最早諸島全土を軍事支配しようとしているのではないか。

 サンディオット諸島を手中に納めようとしているのではないか。

 嫌な妄想が引っ切りなしに浮かんでくる。

 その女性軍人が、東へと向かう。

 もしや密航船の停泊場へと案内してくれるのかと、二人は顔を見合わせて尾行を決心する。


(まだまだ闇が深そうだ)


 事件の背後に何が待ち受けているとも知れずに、二人は足音立てずに、廃墟を陰にして追い掛けていった。






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