第182話 ウルグラセンの日誌 後編
今日は二話掲載しています。
前話をまだ読んでない、という方がいらっしゃいましたら、是非とも第181話の方から先に読んで頂けると幸いです。
お間違えの無きよう、お気を付け下さいませ。
ではでは、日誌の続きをどうぞ!
2月22日 土曜日
約四日間、離島へと向かった。
しかし、そこで何があったのかを、俺達はどうしても思い出せなかった。
気付けば、俺は自宅で呆然と立ち尽くしていた。
荷物の中には薬瓶が幾つか入っており、日誌にも何も書かれていないため、俺達は四日間を棒に振るったようなものだった。
何故か記録していない。
いや、記録を無理に破いたような痕跡があるため、多分何処かに捨てたのだろう。
薬瓶と一緒に入っていた四つ折りの一枚のメモ用紙を開くと、そこには俺の字で麻薬製造方法の一部が書き記されており、必要なのが人間の心臓や小竜の魔石、麻薬の原料である脱法ハーブ、他にも幾つかの材料を潰して液体にして固めてから、錠剤にするのだとか。
これを飲めば結界も通れる、と書かれている。
名前は『天の霧』、筋力増強剤なのだそうだ。
こんなの俺は書いてない。
書いてないのに、俺の字で書かれてるという事はつまり、俺は犯人と遭遇したのか。
2月23日 日曜日
訳も分からない状況だが、取り敢えず俺は十個ある魔薬瓶を灯台にでも隠そうと思い、灯台内部に積まれてた木箱の二重底に仕舞っておいた。
久し振りに灯台に来たが、敵影は見えない。
その時、ヴェルゲイも見張りをしに来た。
俺は事情を説明し、記憶を封じられている理由が催眠術師にあるのではないかと話し、ついでに魔薬瓶の管理を任せておく。
その日は、結界についての実験をするヴェルゲイに付き添って、徹底的に調べてみた。
2月24日 月曜日
ヴェルゲイから、おおよその事情を聞かされた。
俺達が星夜島にいたり、離島へと向かった後の四日間だったりしてた時、船乗りの数がまた減ったそうだ。
誰かに攫われたのだろう。
特に変わった様子は無く、しかし裏切り者の存在に心当たりがあるとヴェルゲイが、犯人の心当たりの名前を俺に伝えてきた。
候補がバンレックス、グノー、それからギオハだ。
その三人である理由は、バンレックスはしばらく姿を見せなかったため、グノーは行方不明者達と一番親しげで攫いやすいから、ギオハに関しては行方不明者達と口論になってたから、だそうだ。
怪しい奴は沢山いるが、バンは無いだろう。
あの馬鹿に犯人役が務まるとも思えない。
だとしてもグノーもギオハも、犯人っぽいかと問われれば首を捻るだろう。
ともかく、今はまだ何も分からない状態だ。
2月25日 火曜日
孤児院の大人も二人攫われたため、また探してみる。
しかし結局、何処を探しても無駄足使っただけ、まるで霞に消えたような気味の悪さだが、犯人は何処に拉致してるのだろうか。
拉致、それかその場で殺害して死体を運んでいる?
謎だらけだが、少しずつだけど近付いている。
そんな予感がしていた。
2月26日 水曜日
今日は灯台での仕事だ。
自分から志願したが、人がまた減った。
どんどんと寂しくなるが、行方不明になった皆は生きてるのだろうか?
今日は一人で監視作業となったが、一人静かだと考え事が捗る気分だ。
雨と雷の音が木霊する。
心境に波紋が広がっていくような感覚が脳裏を優しく揺さぶって、意識がより鮮明となっていく。
その日は一日の大半を灯台で過ごした。
2月27日 木曜日
昨日より継続して灯台での監視が続いていた。
密航船が通らないか、不審者を目撃しないか、常に警戒を怠らずに監視任務を続行中だ。
連続して仲間が攫われてる状況だ、こうでもしないと落ち着かない。
やはり密航船は、もう通らないのかもしれない。
だが、行方不明者が増え続けている事実は変わりない。
平等な世界にするために人を攫う理由が不明だが、消えた四日間の記憶の中で知った事実が、あのメモ帳に書かれてるものならば、心臓目当てとするだけに攫ったのか?
少数の犠牲で大成を為す、その少数に選ばれたのが俺達諸島民ってのか?
クソ喰らえだ、と殴りたい。
だが、それも犯人が不明なまま、封じられた記憶を取り戻す方法を探すのが犯人へと繋がる手掛かりとなるだろう。
2月28日 金曜日
今日はどうしようかと思ったが、ヴェルゲイに誘われて宿泊施設へと向かった。
そこにいたのは、バーバラという娼婦だった。
彼女は情報屋を兼ねているようで、だらしない女に幾つかの質問をした。
一つ、犯人を知ってるか?
二つ、密航船について知ってるか?
三つ、味方である証明ができるか?
四つ、対価として何を齎してくれるか?
その四つの質問によって諸島の状況を正確に知れたが、島全体に猫を放って状況把握しているとは恐れ入ったし、状況によっては大いに利用できる。
まず彼女は犯人も黒幕も知らなかった。
密航船に関しては北側で発生してるために、猫の目では捕捉不可能だろう。
次に味方である証明として、無い、と言われた。
そっちに任せるわよぉ、だそうだ。
なら金銭の対価として俺達に齎すのは何なのか聞いたところ、情報屋として見合った情報を渡すと言われたため、そのまま情報を教えてもらった。
2月29日 土曜日
バーバラからの情報を頼りに、墓地へと赴いた。
墓地には手入れされた跡があり、花が供えられているが、供えられてると言うよりは筒に固定してあるため、これが誰によってお供えされたのかは判別できない。
貰った情報では、フードを目深く被っていた。
顔が映っていないから、動作や癖で把握しなければならないだろう。
しかし、特徴的な目立った動作は特に無い。
やはり一進一退、あまり事件究明が進まない。
なぁ、クレッタ……二年前から、俺達船乗り達は変わっちまったよ。
一体誰が犯人なんだろうな?
もしかして、お前の恋人だって奴なのか?
俺達には一切教えてくれなかったけど、恋人が犯人だったなら、お前はどうしてただろうか。
いや、きっと止めてくれてたはずだな。
その役目は俺が引き継ぐ、だから待っててくれ。
2月30日 日曜日
二月も終わり、明日から三月になるが、いつまで生きられるのか不安だ。
空白と化した四日間が、俺を不安にさせる。
ユーグストンも未だ何一つ思い出せないらしく、記憶解放のために医療班にも頼ったらしいが、難しいとの声によって断念したと言っていた。
今日も灯台での監視を続行中だが、三月へと暦が変わる直前に淡い灯火が肉眼でも目視できた。
それが密航船であるのも理解できた。
理解以前に密航船でなければ、あれは何だろうか。
何でも構わないが、あれが事件と関与してるかは俺には何とも言えない。
ユーグストンを連れて来れば良かった。
アイツは今、月海島に飛んでるらしく、何とか入れたと連絡があった。
結局、前回と同じ航路で通り過ぎていく。
俺達は船乗りだが、船を動かせないのでは船乗りとしての役割すら全うできない。
船……何かを忘れている気がするが、まぁ良いか。
3月1日 月曜日
月海島から連絡があった。
ユーグストンは月海島にいる連中と合流したが、その船乗りの大半も攫われたようで、数も減ったとも報告されてしまった。
月海島では、人々が職業能力を駆使して食糧確保に勤しんでいたが、少しずつ切り詰めていく方法を取っているようなのだ。
食糧運搬方法を考える必要があるそうだ。
それに加えて、喧嘩の勃発も増加してるとの事。
三月となった今、七月七日までにどうするか、時間も限られている以上は、行動一つ一つを慎重にしなければならないだろう。
そもそも七月七日、というのが些か微妙だが。
しかし、催眠術師の目撃情報報告を一度として受けてないので、月海島にいるのかさえ怪しい。
3月2日 火曜日
犯人が夜に活動してるため、午前は睡眠取って自然と夜に行動するようになっていた。
地下施設の転移部屋を利用すれば行き来は楽にできる。
犯人と接触するための目的もあるが、やはり中々に遭遇できない。
覚えてないが、接触できたのは忘れられた四日間だ。
しかし改めて考えると、何故俺達を殺そうとしなかったのだろうか?
良心の呵責?
俺達に対して躊躇した?
いや違う、なら記憶を封じるのではなく、監禁したりするはず……もしかして、職業の使用制限か?
逃げ切れたのだとしたら相手は戦闘系じゃないのかもしれない、それは測量技師でしかない俺が、こうして生きてるのが証拠か。
思い出そうとすると、頭痛が酷くなる。
思い出すなと脳裏が強く警告しているが、これは多分催眠術師によって掛けられたもの。
催眠術師について、もっと深く知る必要がある。
3月3日 水曜日
催眠術師の能力の報告は少ないが、少なくとも簡単に人を窒息させるだけの力はあるらしい。
つまり、普通なら逃げられるはずもない。
なのに逃走に成功した。
一人でいる時間が多くなっていたため、ヴェルゲイ以外とは殆ど顔を合わせてない状態で、だからこそ全部考える時間としている。
情報を得るためには実際に島を渡らねばならない。
なのに、催眠術師の野郎が見つからない。
離れ小島にいる可能性も考慮に入れるが、俺達では催眠術を防ぐ術は無い。
だから離島に向かえない。
島がどんどん悪化していく様を眺めながら、今日も一日を終える。
3月4日 木曜日
月海島に行ってみたいが、転移部屋は何故か日輪島と星夜島を繋ぐ一本道しか無く、月海島への連絡路は存在していなかった。
月海島の転移部屋が潰された、のではないか。
多分、神殿が海底にあるから海水で転移できないよう、安全装置が働いた結果のようだが、だったら深海龍の制御のために、そこに行かねばならないはず、最初にいた場所は何処だったんだろうか?
3月5日 金曜日
事件発生から二ヶ月が過ぎようとしている。
日輪島で船乗り以外の人を見掛ける事は無くなったが、住民達は外に出ないようにしている。
ユグランド商会には何人も人がいるが、諸島民は商会から食糧を買い込んで、それを商会側は魔法で直接家に届けてるそうだ。
だから住民達は家から出ない。
金を先払いして、荷物を転移させている。
魔法あっての仕組みだが、まさか荷物を転送するための部屋だったのだろうか、まぁどうでも良いな。
月海島へと渡航する術が無い以上、またユーグストンに来てもらう必要があるが、通信を試みるも何故か通信に応じないため、何かあったかと危惧した。
3月6日 土曜日
早朝、ユーグストンから連絡があった。
催眠術師らしき人物を目撃したそうだが、その捕縛のために動いていたからと、連絡ができなかったのだと。
犯人の特徴を聞いた。
血走った瞳に、常に柔和な笑みを浮かべている気味の悪い好青年らしい。
髪色はフードによって見えず、瞳を合わせて会話した途端に仲間が操られた、と言っていた。
つまり目を合わせて会話さえしなければ多分問題無いはずだが、他の特徴を聞いても記憶が曖昧となっているようで、分からないと答えていた。
その人物こそが諸悪の根源、この諸島全土を滅ぼしてでも何かを成し遂げようとする、最悪の催眠術師。
結局逃げられたそうだが、ユーグストンが無事だっただけ良しとしよう。
3月7日 日曜日
何故犯人が分かったのか疑問に思ってたので再度連絡して聞いてみたところ、偶然にも真夜中犯人達が突如として森の中を転移してきたのを、ユーグストンの使い魔達が見ていたそうだ。
転移したのは二人、一人は先の気味の悪い青年、もう一人は死骸だったらしい。
内臓を抜き取られた死骸、それも心臓、肺、肝臓、腎臓の四つだとかで、俺は悍ましい何かを感じ取ってユーグストンへと確認を兼ねて聞いた。
――もしかして、クレッタなのか?
しかし即座に否定され、彼女ではないと言われ、少しだけ安心した。
だがしかし、彼女は四つの臓器を吹っ飛ばされた。
他の臓器もグチャグチャだったし原型留めてないから、その四つの臓器を除去された死骸があるというのは、彼女の死骸を利用したのではないと分かる。
ならば何故二年前と同じ臓器が?
犯人のジンクスかもしれないが、彼女の死が起因とするならば、裏切り者の真意も気になる。
転移した、それが能力によるものなら、死骸の方に転移能力を備えているようだが、その方法が不明だ。
これが二年前と関係しているなら、嫌な気分になる。
3月8日 月曜日
考えれば考える程に、余計に謎が増えていく。
俺は探偵じゃないぞ。
二年前の事件を振り返るが、あの時は北西の帝国が孤児達を誘拐して、戦争のために人体実験を繰り返している様子だった。
まだ戦争は勃発してないが、内紛や小競り合いが相次いでるそうで、東大陸でも他国間の紛争地域がここ一年で増えているようだ。
勇者が現れたため、そして食糧飢饉問題による強奪行動が増加傾向にあるためだろう。
犯人が何の意図をして他国と繋がりを持ってるかは知らないし、他国とのいざこざに巻き込まれてるか、それもどうなのか。
不明に不明を混ぜ込んだようで、思考や行動が一人一人絡み合って出来上がっている。
匙を投げたくなるが、俺が守る……今度こそ、俺が全部守るんだ。
3月9日 火曜日
ユーグストンに頼み込んで、月海島へと向かってみた。
ただ、昼間だと面倒事に巻き込まれるため、日付け変わった直後くらいに隠密を心掛けてだ。
ユーグストンの職業によって、彼自身が小竜の姿になる。
その背中に乗って渡航するが、犯人も人攫う時に似たような感じで乗って移動してたのかもしれない。
だが、それなら攫った時の人間もいたはず。
竜の足に行方不明者が掴まれているとか、男の後ろに乗せているとかだが、肉眼で見た限りでは犯人は一人で竜に跨がってた。
どうやって行方不明者を攫って、移動のために乗せてるのだろうか、また転移能力者がいるなら、何故使わないのだろうかと疑問が湧いてくる。
3月10日 水曜日
月海島に来たが、人々が昼夜問わず騒ぎ立てていた。
それは海岸や街へとモンスターが入ってくるからで、海から発生する化け物の討伐を担う冒険者達が巡邏、警備、戦闘を行っている。
解放されたビーチ、本当なら観光客達でごった返してるはずなのに、遠くには深海龍の姿が見えるし、深海龍主導でモンスターを操ってるようにも見えるのは気のせいか?
月海島の領主自身が主体となって、陣頭指揮が取られていたため挨拶も兼ねて状況の確認をした。
この月海島でも観光客の数が少なくなっている、ような気がすると仰り、こんなにも多くの人間がいるのだから一人二人消えても違和感は少ない。
そして攫いやすい。
催眠術師がこの島にいたところで、攫った人間を何処に隠すのだ、という疑問点に行き着く。
しかし船乗り達は徐々に数を少なくしている。
月海島に出現するモンスターによって冒険者の大半が駆り出されてるが、中には死傷者も出てきていた。
早急なる解決が要される。
3月11日 木曜日
月海島滞在二日目、食糧的にも精々半年といったところだろう。
七月七日に事件が発生した場合、切り詰めれば何とか保つだろうが、冒険者達は粗暴な人間が多く所属していると聞くため、難しそうだ。
俺達は俺達で、事件に関係ありそうな手掛かりを探し回ってみた。
しかし、徒労に終わる。
ただ気になっているのは、海水に満ちる魔力が深海龍に集まっているというところで、とても苦しそうに見えるのは何故だろうか。
もしかしたら催眠術で吸収するよう命令を下されて、無理矢理吸収して容量(身体)に溜め切れず、こうして暴れて放出しているのかもしれない。
海は広い、何処までも広く、大きいものだ。
その莫大なエネルギーを取り込むのは無茶だ。
集めた力を何に使うのか、魔力や生命力を掻き集めさせて一体何をしでかそうと言うのか、犯人達の動機の更に奥深くに隠れている核心へと差し迫るような気がした。
3月12日 金曜日
月海島から星夜島へ、星夜島から日輪島へと跳躍を果たして、現在コンテナにいる。
何故か犯人の一番の動機と、童話の内容に引っ掛かりを覚えたからだ。
世界平等、それは過程でしかないのかもしれない。
犯人達が何か別の理由を企てているようにも感じられ、それが童話の中にあるような気がして、童話の数々を読み漁っている。
海賊キーラの財宝伝説、朧月に揺らめく君、星降る諸島、三龍神と海の民、等々……
多くの童話に目を通していく。
その中で断トツで目に入ったのは『三龍神と海の民』、その中の星夜島に伝わる伝承が、犯人達の狙いなのかもしれないと感じた。
暦の祭壇で試練に挑み、催眠術で試練を突破したと三神龍に錯覚させ、願いを叶えてもらう。
いや、これも可能性の話、必ずしもそうとは限らない。
なら犯人達が目指すのは何なのか、気になるが考える程に頭が痛くなっていくのは何故だろう、何故こんなにも気になって仕方がないのだろう……
3月13日 土曜日
今日は昨日から続く頭痛、それから長時間雨晒しとなっていたため、風邪を引いたので休む。
進展無し。
3月14日 日曜日
ふと犯人の立場になって考えてみた。
二年前の事件が切っ掛けなら、今回の事件は二年前の復讐を兼ねているのか、だとするなら他国へと進軍するつもりでいるのか。
そのために人を誘拐しているのか。
人を誘拐した後、ユーグストンの見たという死骸のように誘拐された者達がああなるのは、やはり操りやすくするためだろうか。
なら殺さずに催眠術を掛ければ良かったと思う。
そこにも何か理由があるのか?
麻薬を作るためにワザワザ心臓のみを摘出し、他の臓器は二年前の事件を参考に、そして死骸の状態で催眠術を掛けている。
なら脳が生きてる事になる。
食事も必要無し、睡眠も必要無し、それでは死骸と言えども無茶だ、莫大なエネルギーが無ければ動かすのすら無理だろう。
せめて死骸が手元にあれば解剖でもできただろうが、それが諸島民の確率は五割以上、大半は諸島民が攫われてるため、もどかしい限りだと思う。
3月15日 月曜日
今日もコンテナにいる。
何をするでもなく、ただ静かに情報を掻き集めていた。
日輪島では天候不良に誘拐事件、月海島では深海龍暴走から魔物大侵攻も起こりかけてるとか、星夜島では集団昏睡事件の真っ只中。
全体的に俯瞰すると、かなり諸島が危ない。
危険地帯、それが外へ逃げる者達の正当たる評価、どの島にいようとも身の危険が及ぶ以上、誰も手出しできないのも無理もない。
だが、諸島民たる俺達には逃げ場なんて無い。
ここで産まれ、ここで生き、ここで死を遂げる。
それを邪魔する犯人達は、俺達を道具とか生け贄としか考えてなさそうだ。
解決策は未だ発見できてない。
だが、犯人を捕まえて元通りの生活に戻れるよう尽力しよう。
3月16日 火曜日
今日は日輪島領主に呼ばれて、一人領主館へと赴く事となった。
日輪島の領主は、要領良い人間ではあるが少し臆病な一面を持つので、また護衛でもしろっていう無茶振りかと思ったのだが、今回は別の要件だった。
ニーベルにギルドカードで呼び出され、待合室で待っていると領主が入ってきた。
一つの相談事がある、と言われてだ。
その相談に乗る前に相談内容を聞かせてもらった。
領主の相談は一つ、今回の事件について。
と言うのも、このままでは『龍栄祭』ができなくなるからこそ、どうすべきかと俺に相談が来た。
月海島では連日迫り来るモンスターの進行、星夜島では集団昏睡事件、日輪島では天候不良と誘拐事件、他の二島に比べればショボい事件かもしれない。
誘拐は、侵攻や昏睡と違って、見て分かるようなものではないからだ。
裏で誰かしら誘拐されてる。
犯人側の基準は不明、領主様本人も噂を信じて閉じ籠もってたそうだが、俺達は働かなければ生活費を稼げないし、この事件を解決したい気持ちは一緒だ。
そのために一人事件に挑んでいる。
どうしようもない気持ちもあるが、それでもまだ諦めるには時期尚早だろう。
その日は領主様と日輪島について色々と議論を重ね、不明点や疑問点、そういったものを全部吐き出した。
3月17日 水曜日
対策を考えねばならないが、その前に一旦家に帰る事にした。
少なくとも二ヶ月くらい家に帰ってない。
最後に帰ったのはいつだったろうか?
床や机、椅子、調理場、お気に入りの釣り竿、作業部屋も全部埃を被っているが、掃除でもして気分転換しようと思ったため、一人掃除を行なった。
この家は元々俺のではない。
祖父が持ってたのを親父が譲ってもらってたが、親父は数年前に死んだから、今は俺の物となっている。
二階突き当たりの部屋は祖父の部屋で、今まで殆ど入ったりしてない。
変な趣味持ってたから、あの部屋については俺も知らないし、物置きだ。
余計な話になった。
部屋の掃除中、不思議な絵を見つけた。
題材の名前は『月の海』、大昔に誰かが職業能力で書いた水彩画の一つらしく、これは祖父が商船での輸入品から買い取った物品だそうだ。
綺麗で不思議な魅力を感じる絵画、しかし何故か悲しげな想いが伝わってくるような……いや、気にしても仕方ないだろうし、適当に飾っておこう。
最悪だ、今日一日、掃除の時間で潰された。
3月18日 木曜日
掃除のついでに倉庫の整理もしておこうと思ったため、倉庫へと足を運んだ。
やはり必要物質以外は捨てるべきだろう。
だが、何が必要になるか分からないし、地下への通路を隠しておく必要もあるため、ある程度の整理だけはしておこうと思って、家にあった使わない物品を倉庫に入れ、整理作業を数時間掛けて行った。
その間はずっと考え事だ。
誰が犯人で、二年前と関係あるのか、あったとしたら何を目的としているのか、不思議と事件について思考が引っ張られていく。
思考の海に浮かぶかのように、俺はひたすらに解答の出ない謎に悶々とする。
と、作業をしていると、ギオハが来た。
雨にずぶ濡れとなっていたが、彼女は沈んだ表情で聞いてきた。
――ウルグさんは犯人なの?
――何故そう思った?
――うーん、何となく……
本気なのか冗談なのか、とにかく彼女は彼女で何か思うところがあるらしい。
しかし雨によって全身ビチャビチャとなってたので、タオルを貸してやる。
何で家に来たのか聞いてみると、理由は特に無かったそうだ。
ただ、俺がここ最近船乗りの基地にも皆のとこにも顔を出してないために、行方不明になったのではないかと心配になった、とは言っていた。
3月19日 金曜日
今日は基地に顔を出した。
すると突然バンに殴られてしまった。
意味不明なのだが、俺が最近他の奴等と会話すらしてなかったため、心配させんなとの意思表示らしい。
何も殴る必要は無かっただろうに。
結構頬が痛かったが、生きてるって思えた。
その後は質問攻めにされたのだが、どうやらヴェルゲイもユーグストンも何も話してないらしく、手紙にも俺が月海島や星夜島にいた事は書いてないそうで、これ以上彼等を巻き込まないようにするために口を噤んでしまった。
この中に犯人がいるかもしれないからだ。
人が数多く減った。
親しい奴等も、子供達も、等しく攫われた。
船乗り達や冒険者の行方不明は結構多いのに、住民はあまり攫われてないのは特徴なのか?
ヴェルゲイには、お疲れ様、と。
グノーには、気を付けろよ、と。
まぁ、結構危ない橋を渡ってるので仕方ないっちゃ仕方ないが、それでも俺は何も言えずに黙ったままだ。
親友にさえ何も言えない。
済まないな、バン。
3月20日 土曜日
今日は久々に灯台にやってきた。
前に隠した物資の確認も兼ねて、である。
俺の衣服を退かして二重底を開けると、全十個の瓶が持ち出されず残っていた。
どうやら誰も気付いてないようだ。
船乗り達は交代制で灯台での監視を担ってるのだが、俺は土日のどちらかが基本だ。
前は担当の奴が行方不明になったために空きが発生し、自分から志願したのだが、今日までは灯台に近付きもしなかったのと、今残ってる連中で交代して灯台での監視を行ってたそうだ。
とするなら、ここに瓶があるのは要するに、犯人が探知系統の職業ではないという事になる。
この瓶にあるカプセル錠は、二年前に自爆した男の体内にあった魔石と同じ赤色をしている。
とは言っても、半分だけだが。
麻薬、『天の霧』、材料、頭に靄が掛かったような感覚だが何か思い出せそうな予感がして、俺は必死に脳を回転させて空白の四日へと意識を飛ばした。
すると直後、猛烈な激痛が脳を襲う。
痛みで立てないくらいだった。
思い出せそうで思い出せず、気持ち悪かった。
3月21日 日曜日
昨日から頭痛が治まらない。
何かを思い出せそうなのに、まだ何処か違和感が引っ掛かってる。
そして同時に『死』が背後霊のように逼迫してきてる、そんな気がしていた。
俺はもうすぐで死ぬのか?
有り得ないだろ。
今日は頭痛が治らないため、家で休む事とした。
3月22日 月曜日
今日も頭痛と嘔吐により、今日の日誌執筆はこれで終了とする。
3月23日 火曜日
今日も同様に気分が悪い。
ヴェルゲイが俺の状態を話したらしく、フーシーが見舞いに来てくれた。
料理人の彼女に頼んで精の出る料理を作ってもらったのだが、食欲が出ずに残してしまった。
面目ない。
その後は突如として眠気に襲われ、起きた時にはフーシーは家を出ていた。
四、五時間は眠ってたと思う。
もしフーシーが犯人なら、その間に部屋を物色して回るという行為も及べたろうが、彼女が犯人という可能性は多分低いだろう。
探知能力を持つフーシーなら、麻薬を見つけられたはずだからだ。
敢えて見逃した、なら話は別だが。
焦って間違えたら問題だ、故に慎重にならざるを得ない訳で、非常に面倒臭いものだ。
3月24日 水曜日
頭痛は更に酷くなる。
ズキズキと痛みが増していくが、突如として記憶が一部戻った。
それは、犯人達が離島にて会話しているところだ。
二人の人物が話し合ってるのを耳にした。
両方共が性別は男性、一人は特徴的な話し方をしてた。
もう一人は女性のような話し方をしていた。
一人称が『私』だったし。
会話が少し遠くて聞き取りにくいのだが、間延びしたような話し方、何となく棒読みっぽい部分があったため、もしやと思った。
信じたくない、だが記憶に残っている。
竜を操ってるし、あの職業なら可能ではないかと思ったので、俺は記憶の整理をして治らない頭痛で寝込んだ。
3月25日 木曜日
今日は情報屋の女の下へと赴いた。
何か事件に繋がる手掛かりは無いか、という藁にも縋る思いでバーバラのところへ向かった。
島に猫を放っている。
ならば彼女は島全体を見通しているはず、森から出ていくか、それか森に着陸する場面を映像として残しているかもしれない。
そう思って聞いたところ、案の定残っていた。
ファイルは一つ、その場で見てみる。
偶然猫が見ていたと補足説明され、その映像に目を通すのだが、一人で行動してる場面を映し、全身ローブ姿なので顔が窺えない。
なのにこの歩き方や動作、昨日の記憶もあり、犯人の姿を想像すると見覚えがある動きに見えた。
コイツは……
3月26日 金曜日
今日は夕方頃まで寝てた。
頭痛のせいだが、昨日の映像の真偽を確かめるためにも、身体を引き摺って孤児院に向かった。
何を聞こう、何て声を掛けよう、コイツが犯人なのかと疑問が埋め尽くされていく。
頭の中に浮かんだ嫌な可能性の数々が、どうか間違いでありますようにと考えていると、俺は孤児院に辿り着いてしまった。
ソイツは柱の上で林檎を齧っていた。
ぶっきら棒な態度で、俺を見下ろしている。
俺は聞いた。
――お前が、犯人なのか?
ソイツは何かを言おうとして、けどできなくて、口を開けたり閉じたりしたが、結局言葉が見つからなくて、首だけを振るった。
それも縦に、だった。
信じられなかった。
いや、信じたくなかっただけかもしれない。
でも、奴の行動に不自然な点があったのも頷けるから、俺は冷静に問い質した。
――何でこんな事を?
――クレッタを生き返らせるためだ。
そう即座に切り返される。
人は生き返らない、それが普通だ。
死ねばそれまで、クレッタを冒涜しているが、奴の言い分も聞かねばならないような気がしたから、時間を指定して森の中心で話す約束となった。
奴は約束だけは絶対に守る。
ただし、条件を出された。
俺一人で来る事……
ユーグストンに連絡したが何故か連絡取れず、ヴェルゲイも何処にいるか不明だったため、頷いて俺は奴の指示に従った。
もし奴が俺の思った通りの職業なら、俺に勝機があると思ったからだ。
時間を指定し、ニーベルに目撃者になってもらおうと考えて、屋敷に立ち寄って彼女に嘘の内容を話し、後で来てもらうよう誘導した。
あの結界については、結局俺には分かんなかった。
どうして俺が通れるのか、それは不明のままだ。
ニーベルに賭けたのは、彼女は先祖代々神像の手入れや管理を勤めてたため、その結界を通り抜けれるかもしれないと何となく思っただけ。
船乗りじゃないし。
それに、状況をすぐ理解してくれるだろう。
何かを俺達は話した。
話をした、はずだ……
何を話したのだろうか、覚えていない……
世界が平等になる、ような話なのか……
何だったか……忘れてしまったようだ。
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次のページを捲ろうとした時、何かが挟まっている厚みを手触りで感じ、三月二十七日のページを開くと、そこには一通の手紙が書き記されていた。
誰かに宛てた一通の手紙は、彼の遺書だった。
『お前がこれを読む頃にはもう俺は俺でなくなっているだろう………だから後は全部お前に引き継ぐ、この日誌記録を役立てろ。もし俺がお前の邪魔をするなら遠慮無く殺してやってくれ、そして土の下にでも埋めてくれ』
との文章が出てきた。
お世辞にも字は綺麗とは言えず、その必死さの窺える執筆は殺人衝動に苛まれた時に残したメッセージ。
そうフェスティーニは受け取った。
その紙に付随するのは、一枚のメモ用紙。
日誌の中にあった麻薬の説明書の一部、材料の書かれたメモがメッセージと一緒に残されていた。
(これが麻薬製造方法?)
材料は、原料となる脱法ハーブ、人間の心臓、小竜の体内にある魔石、竜の血、清潔な水、普通の薬草、そして薬師や医療関係の人間。
切れ端を破ったようなメモ帳だが、小竜の魔石の部分に沢山丸で囲われている。
(竜の魔石……)
重要な存在、と示唆する何重にも重なる歪な円が、より困惑とさせる。
その小さな用紙をベッドに置き、最後の数日間の物語を捲った。
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3月27日 土曜日
全部、すべて犯人に関する事を思い出せた。
正直俺は、こんなにも晴れやかな気持ちは初めてかもしれない。
空白の四日、二月十八から二十二までの離島探索記録を思い出した。
それは血気盛んな人間ですら血の気引くレベルの悍ましい光景だ。
探索した離島は、死骸だらけだった。
死骸達からは霊魂が完全に抜けてるように見えた。
催眠術師に、侵されて、脳を弄くり回された状態で強制労働だった。
悪夢だな。
記憶では、死んだ人間の臓器も刳り抜かれていた。
催眠術なのか犯人の名前を直接書こうとする。
しかし苛まれるのは、耐え難い激痛だ。
この頭痛はあとどれくらい続くのだろうか。
3月28日 日曜日
人を殺したい、という気持ちが芽生えていた。
それもかなり強く、だ。
筆を取るの辛いものだ。
昨日は夜にヴェルゲイが来たが、彼を殺そうと襲い掛かってしまった。
辛い…苦しい……
あぁ、人を殺したい……
3月29日 月曜日
殺したい…殺したい……殺したい……
……殺したい……殺したい……殺したい……殺したい
殺す……殺す殺したい……殺す殺す……殺したい殺……
殺す…殺したい
殺した……殺殺す殺したいたい……したい…殺す殺す
…殺すたい………殺す殺すたい…した殺す…殺したい…
3月30日 火曜日
……コロス…
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三月の最終日までを一通り読んだフェスティーニは、犯人が一体誰であるのか、大まかに検討は付いた。
まさか彼が犯人?
そう考えるも、ここにある証拠が正しいとするなら犯人の職業が自分達を欺いていたのだと、納得できる部分があるのだと思えた。
「凄いなぁ、この人は……」
殺人衝動に苛まれた、それでも最後まで筆を取った。
それだけ犯人を捕まえて欲しいと言っているかのように感じられ、彼女の闘志に火が灯る。
次のページからは真っ白、白紙の状態で物語は突如として終盤を閉じた。
それが指し示す真実は、犯人によって殺人衝動を植え付けられ、失踪ないし誘拐、或いは何処か人目の付かない場所で自殺した。
要はどう足掻いても、現状ウルグラセンと会話をする機会が得られない。
(もし犯人があの人なら、殆どの事項状況に説明ができそうだけど……矛盾もあるし、どうなんだろ?)
彼女は日誌の内容を記憶し、熟考し、逡巡し、反芻させて深呼吸を何度か繰り返した。
自律神経を整え、矛盾点を探す。
空白の二ヶ月間、その中にある更なる空白の四日間、全ての謎が離島に集約されている。
彼女は笑みを繕った。
何故犯人はウルグラセンをその場で殺さなかったのか、もしかして殺せなかったのか、最後の文章にも違和感を拭えないでいる。
きっと犯人の妨害もあるだろう。
しかし日誌が解答を導き出してくれた。
「……色々と疑問はあるけど片方の犯人は分かったし、後は明日明後日次第かな〜」
今日もきっと悪夢を見るだろう。
それでも彼に会えるのなら、彼女は煉獄だろうが、奈落だろうが、それこそ冥府だろうが、彼女は会いに身を投じる気概を持っていた。
日誌を仕舞い、ふと窓に映る自分の姿を目に映した。
十代の瑞々しい顔立ちだが、しかし疲労が溜まって目元に隈もできている。
「もうすぐで君に会えるよ……待っててね、ノア君」
恍惚とした表情は、一人の青年へと贈られる。
孤独な少年へと最高のプレゼントを携えて、彼女は毛布を被り、微睡みに溶けてゆく。
最愛の彼を迎えに、今日も彼女は悪夢を見る。
見えない赤い糸が紡がれた二人の戦いは、これより終局への扉を開く。
どうも、二月ノ三日月です。
自身の作品を読み返してて、少し不備があったので訂正させて頂きます。
『訂正前』
3月27日 土曜日
全部、すべて犯人に関する事を思い出せた。
正直俺は、こんなにも晴れやかな気持ちは初めてかもしれない。
空白の四日、二月十八から二十二までの四日間の離島探索記録は、血気盛んな人間ですら血の気引くレベルの悍ましい光景だった。
探索した離島は、死骸だらけだった。
死骸達からは霊魂が完全に抜けてるように見えたが、無理矢理催眠術師に侵されて、脳を弄くり回された状態で強制労働、記憶では死んだ人間の臓器も刳り抜かれてた。
催眠術なのか犯人の名前を直接書こうとするけど、耐え難い激痛に苛まれる。
この頭痛はあとどれくらい続くのだろうか。
『訂正後』
3月27日 土曜日
全部、すべて犯人に関する事を思い出せた。
正直俺は、こんなにも晴れやかな気持ちは初めてかもしれない。
空白の四日、二月十八から二十二までの離島探索記録を思い出した。
それは血気盛んな人間ですら血の気引くレベルの悍ましい光景だ。
探索した離島は、死骸だらけだった。
死骸達からは霊魂が完全に抜けてるように見えた。
催眠術師に、侵されて、脳を弄くり回された状態で強制労働だった。
悪夢だな。
記憶では、死んだ人間の臓器も刳り抜かれていた。
催眠術なのか犯人の名前を直接書こうとする。
しかし苛まれるのは、耐え難い激痛だ。
この頭痛はあとどれくらい続くのだろうか。
今回の物語で重要となる文章構成が少し変になってたので、多分これで大丈夫なはず……
一行二十六文字がベストかな、と思います。
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