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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第四章【南国諸島編】
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第180話 異変蠢く

 日が高く昇っているはずなのに、空を見上げれば目に入るのは雨と雷、そして分厚い雷雲、不吉を予感させる象徴たる空は、昼間を忘れさせる。

 月夜から掛け離れた暗雲が、遠吠えを発する。

 ゴロゴロ、ピシャーン、そんな音が幾度となく聞こえては止む。

 もう慣れ親しんだ音の数々が、脳裏から離れない。

 足場も水浸しのまま、雷が落ちたら感電する危険性が非常に高い。

 絶縁体たる真水ではなく、不純物の混じる雨に雷が落ちると発生する放電現象により、全員が感電するだろう。

 だが、異種族故に彼女達には傷一つ付かない。

 歩き続けて数十分と経過した頃に、四人はいつもの自警団アジトへと辿り着いた。


「船長さ〜ん、いる〜?」


 大きな鉄扉を叩くと内側で鍵を解錠する音が響き、物々しく開かれた扉の先から、石鹸のような香りと共に誰かが出てきた。

 現れたのは、グノーだった。

 首にタオルを巻き、髪や身体が水に濡れている。


「船長なら今ぁ、潜水艇直してるとこだなぁ」

「……じゃあ、いないの?」

「あぁ、ここにゃぁいねぇなぁ」


 すでに潜水艇の修復作業を終わらせたものかと思っていたが、流石に大きな魔導具の修繕には時間が掛かるため、最後の話し合いには欠席となる。

 事前連絡によって、グノーはバンレックスが来ないのを知っていた。


「来たべな、皆!」


 グノーの背後からひょっこりと、割烹着の少女フーシーが現れ、笑顔を見せた。


「うん、今後どうするかを話し合うためにね。身体は大丈夫かな?」

「んだ、全員無事だべ。記憶が戻ってたもんで、ちょっとしたショック状態に陥っただけだども、潜水艇以外はまだ殆ど思い出せてねぇべ」

「そっか、無理しないようにね」

「了解だべ。さ、そんなとこいたら風邪引くべ、中に入るだよ」


 独特の訛りで料理人は、玉杓子レードルで席に座るよう示した。

 すでに舞台は完成している。

 キャスター付きコルクボードには、日輪島から名も無き島までの船の航路図が書き記され、それを軸に話し合いを進める手筈を整えていた。

 近くのソファにはギオハが仮眠を取っており、その彼女の腿枕を担っているのは妹のシャルへミス、小さな妹は月海島と星夜島の事件考察についての書類を読み、内容を頭に叩き入れている。

 残り六人のメンバーも、すでに四人に減っていた。

 船長バンレックスは潜水艇修復に、魔物使いユーグストンは星夜島に、ウルグラセンは行方不明、更にヴェルゲイは殺人衝動によってバンレックス預かりとなった。

 閑散とした中身が、雨と雷でより寂しい雰囲気を醸し出している。


「あら、来たのね」


 素っ気無く答えるシャルへミスは、捲っていた紙から目線を上げて、客人、もとい仲間達を歓迎する。


「船長から話は聞いてる。ヴェルゲイの事、礼を言わせて貰うわ。仲間を助けてくれて本当にありがとう」

「アタシ達じゃ、催眠術を解くのは無理だったわ。だからフィオの能力で一時的に抑えてあるわ。そうよね?」

「ん、眠った、まま」


 バンレックスより、全員に通達が行き渡っている。

 ヴェルゲイが殺人衝動に駆られている事実、それを止めたのがセルヴィーネとフィオレニーデの二人、そして鍵の能力で気絶状態を固定した状況、全部聞いた。

 その上で、全員が犯人に対して鬱憤を持っている。

 何故そのような酷い仕打ちができるのか、と。

 それは犯人の動機の部分で、根底にある歪な想いが現在の結果を反映させている。


「じゃあ、これで全員なのかな?」

「そうよ。早速作戦を練りましょうか。ほら、お姉ちゃんも起きて」


 基本的には離島に渡り、物的証拠を押さえた状態で敵を一網打尽にするだけ、作戦を練るだけ無駄ではないのかという気持ちもある。

 普通の人間との戦闘なら武器を振り回すか、それとも弓矢や魔法での迎撃か、という基本二択での戦いがメインとなり、職業という不確実性を排除した場合は作戦に意義が生じるが、職業はたった一つで軍隊を壊滅させられるだけの能力を持つ。

 それは、神の御業の再現。

 それが、厄災の火種となる。

 現に犯人は平等な世界実現に向けて、不可能な世界を職業で強引に改竄しようとしている。

 人の道理から外れた非人道的な行為、それこそ厄災の第一歩だ。


「ふぁ……おー、皆さんお揃いでー」

「結構余裕そうね」

「んー、そうでもないかなー。船長から聞いたけどー、クレッタちゃんの死が原因なんでしょー?」


 その言葉によって得も言われぬ雰囲気となり、少しの間、沈黙が続いた。

 それを切り裂く勇気を持ったフェスティーニが、続きへと進める。


「ま、まぁ、とにかく今は密航船を捕らえるために、話し合おうか」

「……そうね」


 対策会議をするために最初にすべきは状況の整理、日輪島の考察レポートを取り出し、それを元に状況の説明をシャルへミス主体で行われた。


「今回の作戦は密航船拿捕、今年の一月末に密航船が日輪島の北部を航海しているのが、灯台より目撃されたのが始まりね」

「その報告した人って、誰か分かる?」

「えぇ、最初に見たのは船乗りの仲間の一人よ。行方不明だけどね。消えたのは二月始まってすぐ、それ以来仲間が何人も行方不明、状況からして攫われてるでしょうね」


 滔々と語るが、その胸の内は推し量れない。

 仲間が消えていく恐怖や不安、それを味わいながら、密航船を捕らえる準備を進めている。


「航路はウルグさんのコンテナにあった情報と、灯台の目撃情報を組み込んで、こうなってるわ」


 コルクボードに四隅を画鋲で留めた大きな地図に、魔法のペンで航路を記入していく。


「ルートはこうね。北西から東方面の名前の無い離島、そこに向かってる。そしてそのまま北東の国に向かってく。この離島にいる時に捕まえるのが大前提の作戦、ここまでで質問ある人いる?」

「バンレックスが潜水艇直してたけど、それって作戦に組み込むのかしら? って言うか、かなり破損してたけど時間までに直せるの?」

「船長なら意地でも直すでしょうね。だから作戦に組み込むつもりでいるわ」


 潜水艇を作戦に組み込むならば、海底からの奇襲が予測できる。


「実行は三十日から一日の夜を跨ぐ期間、攫われず残った船乗り全員と、貴方達異種族の総攻撃で敵を全員捕縛する。敵の戦力は未知数、毎月船一隻だけど人数的には結構数いるはずよ」

「そっか……この人数で大丈夫なの?」

「ウチ等はともかく、貴方達なら数なんてものもとしないでしょ?」


 二匹の龍神族と二匹の森人族、職業を使い熟す四者がここに集い、一網打尽作戦に参加する。

 職業には終着点は存在しない。

 つまり、能力を伸ばし続けても終わりが見えない。

 ここにいる四人の異種族娘達は、少なくとも五百年以上の年月を過ごし、ひたすらに職業という未知に挑んだ結果として、極上の『質』へと成長した。

 だから大抵の相手ならシャルへミスの言葉通り、捕らえる自体は可能。


(裏切り者に背中を刺されなければ、だけど……)


 この中にいるであろう敵対者は誰か、それともバンレックスが潜水艇を直すフリをして爆弾でも仕掛けているか、緊張感が場を包む。


「フェスティとセラ、貴方達二人は名前の無い島に渡って調査、同時にフィオとアスラの二人は『雄叫びの無人島』に向かってもらう。その後、調査を終えたら『名も無き島』で合流、転移門を形成してもらって、潜水艇を運ぶわ」

「もし、不測の事態が発生したら、どうするの?」

「例えば?」

「潜水艇が修復に間に合わなかった場合だよ。その時は人のみを転送するって感じかな?」

「そうね、できれば転移場所を作っておいてもらえると助かるわね。潜水艇が完成したら、それか完成せず時間が来たらギルドカードで合図する。フィオ、貴方のギルドカードを出して。製造番号を登録するから」

「フィオ、持って、ない」

「……」

「あ、なら当日はフィオちゃんにボクのギルドカードを貸しておくから、こっちに登録してもらおうかな〜」


 その方が都合が良いとの考えで、臨機応変に即座に対応するフェスティーニは、空間鞄(マジックバッグ)から黄金色のカードを取り出した。

 一握りの冒険者のみが許されるS級冒険者証明カード。

 本物の称号に、その場の船乗り全員が密航船拿捕に希望を見出だした。

 シャルへミスのギルドカードは青、彼女はCランク冒険者である。

 二人が通信名簿にそれぞれ登録したところで、セルヴィーネがもう一つの提案を持ち掛けた。


「フェスティがギルドカード渡したら、不測の事態に陥った時、こっちに連絡が来ないのは不便じゃないかしら?」

「まぁ、確かにそうだね〜」

「だからシャルへミス、アンタのギルドカードにアタシの製造番号を登録してもらうわ」


 現在、セルヴィーネの持つギルドカードはEランク、つまり緑色のカードとなっている。

 本来ならBランク以上になれる好機もあったが、フラバルドではノアはAランク打診を蹴ったため、彼女もEランク止まりとなっている。

 だから、異種族で強いはずの彼女がEランク、という状況が不自然に思えた。


「貴方……Eランクだったのね」

「そうよ、って言っても手に入れたのは二ヶ月くらい前だから、そこまで時間は経ってないわ。それに殆どまともに依頼すら受けてないしね」


 普通の冒険者は、一定の場所に留まって依頼を何回も受けるが、彼女達は旅をしているため、そして偶然にもフラバルドでの事件介入により、依頼はほぼ受けていない。

 そしてセルヴィーネは普通の依頼受注方法で昇格している訳でもない。

 だからこそ、強いにも関わらずEランクである。

 しかしランク=実力、ではない。

 数百年を生き存えた者達に対して、今更強さを測定もしない。


「当日になったら貴方のギルドカードと連絡を取る、それで良いわね?」

「えぇ、勿論よ」


 作戦当日はフィオレニーデ、それからセルヴィーネと密接に連絡を取り合う手筈となった。

 これで下準備は完了、中身に入っていく。


「さて、当日についてだけど、まずここに密航船が停泊してるって考えで話すわ。海流の関係上、きっと彼等は名前の無い島に停泊するはずだから、停泊中の船を動かせなくして逃げられない状況を意図的に作る必要がある」

「つまり壊せって事かな?」

「そうよ。簡単に言えば、舵輪ハンドルとか帆柱マストを壊せば船は動かせなくなるわ。船の破壊後、最初に倒すのは転移能力者、それか回復職、または指揮官のうちのどれかね。指揮系統や回復は勿論、転移されたら追えないから」

「でも、見分けとか付くかな〜?」

「そこはフェスティさに任せるべ。ある程度は分かるんだったべな?」

「まぁ、それなら……うん、分かった。因みに聞いときたいんだけど、君は何の職業かな? 武技アーツとか一切見てないから正確には分かんないけど、シャルちゃんの職業って盗賊系だよね?」

「本当に分かるのね。えぇ、盗賊から派生した『海賊』、船乗り向きの職業の一つよ。お姉ちゃんと似た職業なのが驚きだけど、能力の詳細はかなり違ってるって思っといて」


 盗賊職の中でも稀有なのが『海賊』、海が戦場の船乗りならばこそ、本領が発揮される職業と言えるが、姉妹両方が盗賊職に就くのは酷く珍しい。

 職業は完全ランダム、よって姉妹や兄弟、親子等の近親者同士で似通った職業になる可能性は確率的に薄い。


「海からの奇襲は得意よ」

「そうなんだね……あれ、じゃあシャルちゃんが潜水艇を操縦するの?」

「まぁ、場合によってはそうね。生き残りの中で操縦できるのは船長とウチ、それからユーグの三人だけよ」


 その話から察するに、船長とシャルへミスの二人が攫われた時点で戦況が完全に瓦解する。


「潜水艇での奇襲って、魚雷でもあるの?」

「よく知ってるわね。対魔導戦艦用特殊魚雷、もし潜水艇が完成した場合だけど、船が逃げたら魚雷を撃ち込むわ。逃げられるくらいなら密航船を木っ端微塵にするの」

「徹底的に、だね」

「えぇ、徹底的に、よ。まずここまでで質問のある人はいるかしら?」


 シャルへミスの説明より、全員がある程度の理解力を示した。

 その中で一人、質問をするため手を挙げた者がいた。

 二本の立派な角、猛々しい龍尾を携えた、明るい笑顔の少女が質問する。


「作戦に関しては了解したわ。こっちとしても作戦に不満は無いし従うけど、水晶に映ってた竜に乗ってる男が出てくるかもしれないわよ?」


 その人間は雷を操り、少なくとも陽光龍の力を保持している。

 また、霧を発生させる能力、飛行によって雄叫びの島へと向かったかもしれない。

 ならば十中八九、襲撃に備えていると考えるべき。

 船乗り達には裏切り者の話はしておらず、この中に裏切り者がいる、とは言えないために、『第三者の男』としてセルヴィーネは船乗りに配慮しながら会話している。


「もし出てくるなら潰すまで……と言いたいけど、多分ウチ等じゃ戦力不足かもしれないから、貴方達に任せるわ。良いかしら?」

「えぇ、分かった。けど、これって冒険者ギルドに話とか通すべきじゃないかしら? 勝手に動くのは流石に駄目だと思うけど……」


 フラバルドでは正式な依頼として受理され、迷宮内で自由に活動できたが、今回は冒険者ギルドの依頼で動いているのではない。

 冒険者ギルドを利用している、というだけ。

 情報源から情報を頂き、その上で勝手に密航船を捕縛するために結集している。

 だが、それも彼女達は対策済みだったようで、ニヤリと不敵な笑みが異種族娘達に向けられる。


「問題無いわ、船長が正式な依頼として受けたの。報酬は応相談になるはずよ」

「アハハ、成る程ね〜」


 水晶で見た光景として、バンレックスは昨日のうちにリンダと接触している。

 その時だろうと判断した。


「勝手に決めた事については謝ってたわ」

「ボクとしては別に気にしてないし、お金なんて昔に沢山稼いだから本来なら必要無いしね〜」


 臨時収入とでも思っておこう、そう心の中に仕舞って会議を再開させる。


「さて、一応の流れは把握できた。ここからは細かい部分を話し合っていこうか。監視役や斥候、そういったものも添えとくと良いかもしれないからね」

「えぇ、そのつもりよ。斥候職として最適なのはお姉ちゃんの持つ、『盗賊』の潜伏力ね」

「おー、頑張るよー!」

「船長とグノーの二人は奇襲後に突撃してもらうわ」

「あぁ良いぜぇ、オラにぃ任せとけよぉ!」


 今までの会話は大まかな部分の作戦構築であり、ここからは作戦に情報を付け足すという作業を行っていくため、まずはそれぞれの役割から。

 転移鍵を用いて潜水艇、船乗りを所定の位置に転移させたところからスタートする。

 まず最初に、ギオハが密偵役を担う。

 彼女の隠密、潜伏といった力で内部調査、証拠を取り押さえる。

 次にギルドカードでシャルへミスに連絡、それによって彼女達の潜水艇が奇襲作戦を実行、混乱騒ぎに乗じ、舵輪と帆柱の破壊。

 そして戦闘を開始。

 狙うのは転移能力者、回復職、指揮官。

 フィオレニーデの意識共有能力を駆使して、フェスティーニから全員へと能力の詳細を脳裏で送受信を図り、全員を一網打尽とする。

 途中で縫合された竜と裏切り者が出てきた場合、それ等はフェスティーニ達が相手取る。

 戦闘終了後は、リンダ達ギルド職員の仕事となる。

 彼等に犯人達を引き渡し、依頼完了となる。


 密偵役:ギオハ    (盗賊)

 操縦者:シャルへミス (海賊)

 看破役:フェスティーニ(生物学者)

 連絡網:フィオレニーデ(霊媒師)


 戦闘員:バンレックス (木工師)

     グノー    (騎士?)

     フーシー   (料理人)

     セルヴィーネ (魔法付与師)

     オルファスラ (???)


 立ち位置としては、一人を除いて全員が明確な役割を持っている。

 この中で、未だ完全に職業が判明していないのはオルファスラのみ、彼女に全員の視線が突き刺さる。


「私の職業は……『銀鏡師』なのです。鏡を扱う職業と思っていただければ、なのですよ。私は強いので、問題ありませんです」


 誰にも負けないという自負がある、それは彼女の職業と自身の潜在能力(ポテンシャル)の高さの表れであり、職業を授かってから数百年間で鍛え上げた能力は、何者の攻撃をも拒み、跳ね返す。

 それだけの実力がある。

 セルヴィーネと同じだった。

 しかし二人の違いは権能の有無、それぞれが強くなるために鍛え続けて、今ここに至る。


「索敵はあまり得意ではないのです。ので、単純に戦力として数えていただければ、と」

「銀鏡師……初めて聞く職業だねー。アスラちゃん、どんな事できるー?」

「言ってしまえば鏡による反射能力なのです。物理、魔法、異能、権能、神力や呪術まで、不可思議な力全てを跳ね返す能力なのですよ」

「無敵な能力だなぁ……弱点とかは無ぇのかぁ?」

「勿論あるですよ。ただ、それを教える程、私は甘くはないのです」


 職業には利点と欠点が同居している。

 それぞれ伸び代や、何かしらの代償を支払う力が一端に内包されており、代償の他に『弱点』は強力な能力に備わる平等性である。

 基本的には魔力枯渇による武技や能力の発動不可が、弱点の一つとなる。

 だが、それ以外にも弱点が何かしらに存在する。

 それは露呈すれば致命的なもの、仲間であろうと無闇に口にしない。


「アスラ、アンタの職業って弱点とかあったっけ?」

「あるですよ。まぁでも、他人に話した事は一度もありませんですが」


 弱点はあれども、その弱点を補うだけの能力が霊魂という器に収められている。

 だから、彼女の能力は未知数。


「アスラちゃんの職業も聞いたから、この際教えてよ。グノー君、君の職業って本当に『騎士』なのかい?」

「あぁ? どういう意味だぁそりゃあ?」

「ボクの能力で視た限りだと、君の能力は騎士系統に属するってだけで、ただの『騎士』じゃないような気がするんだよね〜」


 新緑に染まる瞳が、魔法陣を映し出す。

 騎士系統、そこまでは判明しているが、その先がまだ見えない。

 たとえ何の騎士であろうとも、催眠術師ではない以上、調教師でも魔物使いでもない職業なら、そこまでの心配は必要無いかもしれない。

 しかし、それでもハッキリさせておきたい気持ちも、多少は含まれる。


「普通の騎士じゃあねぇってかぁ?」

「そうだね、ボクもこの力はまだ使い熟せてないから、ハッキリと職業を測れないのが残念だよ。できれば教えて欲しいかな〜?」


 もし嘘を吐けばセルヴィーネの権能、そして自身の嘘発見の瞳が、グノーを捉える。

 そして、グノーは答えを発する。


「『聖騎士』、それがオラの本当の職業だなぁ。信じられねぇんならぁ、教えてやるぜぇ?」


 口角を上げ、手を振り上げる。

 そのポーズより、振り上げた拳から光が漏れる。


「『聖装纏(ヒエロファニス)』」


 それはまるで正義のヒーローが見せ場で変身する時のような、そんな現実感の湧かない光景だった。

 全身光に包まれたグノーの肉体は、次第に手や足、腕や太腿、下半身から胴体、そして首、頭、と順序良く銀白の鎧が姿を現した。

 シャキンッ、と効果音が幻聴として聞こえた。

 兜の目元が紅く光っている。

 その顕現した鎧甲冑の色は白銀、腰には一振りの剣が鞘に収められており、背中には槍も装備している。


「確かに『騎士』の武技アーツ、『外装纏(アーマファニス)』の一種のようだね……疑って悪かったね、グノー君」

「あぁ、構わねぇぜぇ」


 これで一つの疑いが晴れたとばかりに、グノーは鎧を解除した。

 すると瞬間的に光の粒子となって消えてしまった。

 それがグノーの『聖騎士』という職業、フェスティーニが孤児院の結界について考えていた通りの、予想した答えが返ってきた。

 しかし、そこに意を唱える者が一人。


「……変」


 声を発したのは、隣に立つ妹だった。


「フィオちゃん?」

「ボサボサ、可笑しい」


 ビシッとグノーに指を向けるフィオレニーデ、彼女の謎めいた自信ありげな様子に、全員が息を呑む。

 彼が可笑しい、そう言葉にする彼女。

 それに対して、疑惑の目が向けられた本人は苛立ちを彼女へ向ける。


「あぁ? 何が可笑しいってんだぁ!?」


 当然思い当たる節の無いグノーからしたら、突然変であると言われて、怒らないのは不自然だ。

 だから怒っている。

 実際に変と言われれば、それは即刻犯人である、と言われたも同然。


「ん、だって……」


 一拍置いて、少女は何が変なのかを語る。


「ボサボサの、アフロ……どうやって、兜に、収まった?」

「……へ?」

「物理的、に、不可能……やっぱり、変」


 至極真面目な表情で、彼女は青年の大きな髪型に懐疑的な目線を送る。

 先程の兜への変身で一瞬光が発せられたため、その後どうやって髪の毛を全部兜に詰めたのか、それが気になって仕方なかった。

 だが、それは作戦において全くの無関係。

 途端に拍子抜けしたグノーは、次いでフェスティーニへとギロッと睥睨し、文句を垂れる。


「テメェの妹はぁ、一体何言ってんだぁ?」

「ご、ごめんね? フィオちゃん、昔っから変なとこ気にしちゃうタチでね〜」

「ん、物理的、入らない……気になる」


 それだけの髪の多さ、いや大きさがある。

 だから髪が兜に収まりきらない理由が分からず、悶々として作戦会議に集中できなくなっていた。


「貴方ねぇ……真面目な話の途中なのよ? もう少し緊張感を持ってもらいたいわね」

「アハハ、フィオちゃんは長時間の集中が苦手だもんね」

「ん、集中、は、疲れる」


 眠たげに目を擦り、欠伸も漏らし、脳の活動が徐々に睡眠モードへと移行する。

 飽き性の彼女らしい自由奔放な態度行動だが、その彼女こそが作戦の鍵を担うため、機嫌を損ねられたら困るのは船乗り達。

 フィオレニーデは部外者の立ち位置、この作戦に協力しないでも問題視されない存在である。

 厄介な爆弾を抱えたものだと、シャルへミスは密かに溜め息を空気に溶け込ませた。


「とにかく、もう少し細かい部分を考えていくわよ。フェスティ、手伝って」

「勿論、任せてよ〜」


 サンディオット諸島安寧のために彼女達は数時間もの間、対策に対策を重ね、意見を交換し続けた。

 その数時間で、ある程度は決まる。

 だが、作戦に絶対は存在しない。

 作戦が無に帰すかもしれない。

 失敗に終わるかもしれない。

 それでも、たとえ成功しなくとも、彼女達は何が何でも密航船を捕縛するために考えを巡らせる。

 各々目的のために戦い続ける。

 その果てに得られる結果が、たとえ残酷な答えだったとしても……





 一方、とある廃墟にて。

 一人の男が通信機器を用いて、壁に映像を映し出し、そこに通信相手の男が映し出されていた。

 片目の眼鏡(モノクル)を装着し、貴族のような風貌をした紳士の男が、その映像の向こうから通信相手へと声を発していた。


『グランド、首尾はどうだ?』


 傲慢な態度で椅子に踏ん反り返るのは、冒険者ギルド七帝の一人、財務課のトップを務める『刻限』、ルドルフ=ギウス=リヴージャ、その人である。

 彼の目的は、ノアの持つ蘇生能力。

 最愛の妻と娘を亡くした日から、蘇生能力を持つ者を探し続けてきた。

 そして青年の持つ強大な蘇生の力欲しさに、手段選ばず青年を連れてくるよう部下に命令を下し、その経過報告の真っ最中だった。


「首尾っつったってなぁ……まだ本人のご尊顔すら拝めてねぇぞ。それに島の状況も些か厄介でな、デイトナも大怪我を負ってる状態だ」

『あの戦闘狂いが怪我? 一体何があったというのだ?』

「知らねぇよ。俺が助けに行った時にゃあもう、アイツは気絶してたんだ」


 フェスティーニがデイトナを倒し、その彼女と密約を交わしたという事実を、グランドは語らない。

 折角手に入れたチャンス。

 それを仇敵には言わない。

 虐げられるのも終わりだと内心考えながら、グランドは現状報告を済ませる。


「日輪島月海島にはいなかった。星夜島はまだ探してないけど、恐らくそこにいるんだろうな」

『ならば、早く連れてこい』

「無茶言うなよ。サンディオット諸島の事件に介入してるのをギルド職員から聞いたんだ。このままだと、七月七日に世界中が大混乱だろうぜ」

『どういう意味だ?』

「簡単に言っちまえば、二人の人間に世界中全員が隷属されちまうって訳さ。その事件解決に動いてるのがノア、つまりアンタご所望の蘇生能力持ちだ」


 何故事件に介入してるかはさて置き、ノアがギルドの依頼として引き受けているため、ルドルフは事件解決後に彼が自分の手中に収まるよう手筈を整えるため、脳裏でシミュレーションする。

 どうすれば彼を引き入れられるか。

 考えるが、しかしビジョンが見えない。

 金に靡かず、自由奔放に生きる青年の情報が、今一つ伝わっていないためでもあった。


『……グランド、お前は星夜島に行き、ノアという男を徹底的に調べ上げろ』

「あぁ勿論、そのつもりだ。その代わり、報酬は約束の倍は貰うぞ? こっちだって冒険者の端くれ、無償って訳にゃいかねぇもんな」

『何が望みだ?』

「別に、妹を治療するための金と人材、それだけだ」

『フンッ、相変わらず欲の無い男だ。良いだろう、また何か分かったら連絡しろ』

「あぁ」


 そのまま通信が終了する、かと思われたが、ルドルフから一つの情報が齎された。


『一つだけ伝えておこう』

「あ? 何だよ?」

『アルテシア教会の人間達がどうも騒がしい動きを見せている。もしかすると暗黒龍の使徒ノアが連行されるかもしれない。その前に何としてでも私の下に連れてくるんだ。できるな?』

「ちょっと待て、そりゃ、どういうこった?」

『そのままの意味だ。暗黒龍がエルフ達の棲む森に現れた、との報告が入った。それが関係しているらしい』


 突然の話に、グランドは付いて行けずにいた。

 他人の話というのもあるが、何より教会が動く事態にまで発展する人物、そして彼と関係性の深い暗黒龍の出現が事態をより深く、そしてより複雑に絡ませる。

 世界における異変が、すぐそこまで迫っている。

 暗黒龍がノアの下を飛び立ったのも、ノアが暗黒龍の力を身に付けて世界に名を轟かせたのも、そして今回三神龍と縁のある場所で一つの事件が起こっているのも、全部繋がっているのか。

 そして彼を取り囲む者達が増えている事実、アルテシア教会然り、黒龍協会然り、ルドルフや名だたる者達然り、謎のエルフ然り、ノアの一挙手一投足で世界は変化する。


(それにしても、暗黒龍がエルフの森に現れただと? あそこは鎖国中って聞いたが、どういう事だ? それにアルテシア教会が使徒様の連行を狙っている、と。ますます訳が分からないな)


 蘇生能力を持っている、その事実が露呈したのか、という勘繰りもある。

 蘇生は本来、聖女特有の能力のはず、それを他の職業で行えている事実そのものが、神に対する冒涜、死者への侮辱であるという捉え方をしているかもしれない。

 だから連行するのか。

 アルテシア教会との関わりが薄いグランドにとって、ルドルフの得た情報の信憑性を疑う。


『暗黒龍の使徒、奴の実力は計り知れん。細心の注意を払って行動しろ』

「んなもん分かってるって。それに俺の能力なら一瞬で逃げられる」

『……なら良い』

「で、さっきの話の続きだ。アルテシア教会が動く程だ、よっぼどの事情があんだろ? エルフの国に暗黒龍が現れた程度で動くはずもない。本当に何があった?」

『まだ情報を掴みきれていない。エルフの国への修繕費用の被害総額補填に関する報告書作成があるから、私も忙しい。だからギルド内も騒然としている』


 情報の錯綜により、冒険者ギルド内もかなり混乱に見舞われている。

 サンディオット諸島に人数を割けない理由の一つが、実はそこにあった。

 エルフの国付近でも暗黒龍が目撃されている。

 つまり、大多数の冒険者が駆り出されているのだ。

 それに加え、星都ミルシュヴァーナ周辺では現在、三体もの国際指定災害魔獣(ネームド)の脅威に晒されているため、その対処にも追われていた。

 怪我人の手当て、冒険者の選定、作戦会議、市民避難、やるべき仕事は幾つもある。


『グランドマスターも用事で星都を離れている。奴のいない今しか無いのだ。あろう事か、Aランク打診に関しても奴が一枚噛んだせいで、奴に干渉もできない。あの老人は最早正常な判断ができているとは思えない。暗黒龍の使徒を擁護する動き、看過できん』

「……切羽詰まってるようだな」

『何が言いたい?』

「いや、七帝も大変だなと思っただけだ。取り敢えず、こっちは何とかするから任せとけ。そっちはそっちでキッチリ仕事を果たすんだな。また何かあれば連絡する」

『あぁ、朗報を期待する』


 冷徹な目が、画面越しにグランドの心臓を射抜く。

 通信が途絶えて、ドッと汗が吹き出してきた。

 通信によって自分がルドルフ裏切るという情報を与えなかったか、表情には出なかったか、心臓の鼓動がやけに煩わしく聞こえる。

 デイトナは怪我と無茶した結果、未だ眠ったまま。

 ルドルフとも数日に一度の連絡であるため、自由行動し放題。


(世界もどんどん可笑しくなってくな)


 世界的な事件、その渦中にはノアがいる。

 世界の変革の兆しとも取れる騒動の連続が、ルドルフを焦らせる。


(ルドルフの野郎、かなり歪んでやがったな。暗黒龍を擁護する、か。まだグランドマスターの方が正常そうだ)


 たとえ暗黒龍の力を受け継ごうとも、平民は平民。

 貴族の方が立場が上だと錯覚するルドルフに対し、グランドは呆れて何も言えなかった。

 いや、触らぬ神に祟りなしという言葉通り、言わなかったという方が語弊が無いのかもしれない。


「グランド、テメェ……何で、あの女について……報告しなかった?」

「デイトナ、まだ寝てなきゃ駄目だろうが」


 真っ赤に燃える赤髪を振り乱し、包帯で身体を覆われている獅王族の少女が、憤怒を表情に出してグランドの胸倉を強引に掴んだ。

 フェスティーニはノアと繋がっている。

 それについての報告を怠ったグランドに、デイトナは怒りをぶつけている。

 それは負けた悔しさの鬱憤を晴らすかのよう。

 しかし身体を酷使したせいで猛烈な痛みに襲われて、手を離し、片膝着いてしまう。


「言わんこっちゃない……ったく、大人しくできねぇのか?」

「あの女、と、もう一度戦わせろ」

「負けるのがオチだぞ?」

「んなもん分かってる。だが、オレ様が負けっぱなしっ、てのも癪に障んだよ」


 威勢が良いだけで、身体は思った通りには動かない。

 全身の疲労と無理に動かした酷使による筋繊維の千切れが原因で、デイトナの戦闘力は半分以下にも下がってしまっている。

 ソファの近くに置かれた大剣すら、今の彼女には軽々と持てない。


「俺はノアを連れてこいって命令されてるだけで、ワザワザ話す必要も無いんだよ。それより寝てろ!」

「……チッ」


 ソファで会話の内容全部耳にしたため、ノアがどういった状況なのかを先んじて知れた。

 教会に連れて行かれた時点で、一戦交える機会が失われると彼女は理解していた。

 不貞腐れるように、背を向けた状態で眠ってしまう。

 それを見ながら毛布を彼女に掛けてやり、和風の男は雷鳴止まぬ空を窓から眺める。


(正直気は進まないが、調査だけでもしておくか)


 勝ち馬に乗るためにも、彼はより妹に利が生まれる方を選択する。

 ルドルフとの通信を終えたグランドは器具を片してから、自身の能力によって何処かへと転移し、情報収集のために廃墟から消え失せた。






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