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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第四章【南国諸島編】
187/275

第178話 一筋の光明

 外は嵐のように雨が続き、少し歩けばブーツの中も水で一杯になるくらい、酷い状態だった。

 そんな中で、セルヴィーネはフィオレニーデを連れて再度宿泊施設へと足を運んでいた。


「それでぇ? 今度は何が聞きたいのかしらぁ?」


 情報屋バーバラ、娼婦をしている女性で、彼女は眠たげな眼を擦って欠伸を漏らし、今も着崩れたドレスを身に纏う生活感の無さが窺える。

 二人の間には最早言葉はいらない。

 龍女の要件は、自分の情報なのだと明確に伝わっているためだ。


「猫ちゃんの目を介して、二人が来るのが見えたんだけどねぇ……貴方は誰かしらぁ?」

「ん、フィオレニーデ、フィオで、良い」

「そ、そう、よろしくねぇ」


 表情が変動しない不思議な子、そんなイメージを持ったバーバラだったが、彼女が危険な存在であるのは前々から知っていた。

 それは、彼女が遠くから二人を監視していた時、唯一フィオレニーデだけが殺意の視線を猫に向けたからだ。

 その恐怖心が多少身体に染み付いている。

 恐怖で身が縮こまりそうだが、それを我慢して平静を装いながら要求を聞く。


「昨日から今日に掛けて、船乗りの船長バンレックス、ヴェルゲイ、グノーの三人が何処行ったか教えてくれる?」

「えぇ、良いわよぉ。今回は情報に見合った金額を頂くからねぇ?」

「問題無いわ。早速初めて頂戴」


 一回目はバーバラに金貨を渡し、二回目には情報を、そして今日三回目の対価は何か、それはバーバラから齎される情報によって増減する。

 お馴染みの水晶玉を用意して、そこに魔力を注ぐ。

 情報が更新されており、新しく昨日の分がファイルに追加されていた。

 セルヴィーネの持つ予備の水晶玉にも情報を送り、手早く操作したバーバラは、沢山の情報の中から三つのファイルを取り出した。


「これねぇ」


 一つはバンレックスの、一つはヴェルゲイの、そして一つはグノーの、三人の行動を纏めたファイルが新たに形成されていた。

 まず、バンレックスの映像データから。

 出てきたのは二つの映像、片方はギルドへ直進する場面だった。

 十数分もの間、船長はギルドで何かをしていたが、流石に中まで入らず木の上へと登っていく猫の映像が、一つの部屋を映し出す。

 そこにいたのはギルドマスターのリンダだった。

 同じくギルド職員(アンゼッタ)も一緒にいる。

 何かを話し、十数分後には修復師の少女と共に、何処かへと向かっていく。


「……これ、いつ?」

「昨日の朝方だったわねぇ」

「それで、二人は何処に行ったのよ?」

「次の映像が教えてくれるわぁ」


 そう言いながら二つ目の映像を開くと、基地から少し離れた場所にある倉庫へと入っていった。

 その後、二人は一切出てきていない。

 どれだけ時間を進めても、二人が出てくる様子は皆無だった。


「この倉庫は?」

「船の修理に使われる造船所ねぇ」

「船の修理……」


 だから修復師の少女を呼んだのか、と彼女は納得した。

 しかし何を修復しているのか、考えられるのは一つだけだろう。

 記憶を思い出したなら、壊されたはずの潜水艇の修復に決まっている。

 だから修復に長けた力を持つ少女を頼った。

 特に怪しい点は見られない。

 だが、本当にそれだけか?


(中で何かしてるかもしれないし……次行こうかしら)


 バーバラに頼み、その隣のヴェルゲイの行動録の映像を開くと、そこには三つのファイルが入っていた。

 そのうちの左端から見ていく。


「ここは……灯台?」


 彼が起きたのは昼過ぎ、時間帯で言えば午後三時頃だっただろう。

 猫の映像が幾つもの視点で切り替わり、暗雲は暗がりと稲光を地に落とす。

 ヴェルゲイが最初に向かったのは、セルヴィーネが日輪島に入島した初日に雨宿りに立ち寄った、あの高い灯台、猫の映像が灯台へと一瞬で切り替わり、入り口にいた監視員らしき者と会話した彼は中へ。

 それから数十分後、再び入り口に姿を現す彼は、何かを持って何処かへと向かう。


「映像、拡大できる?」

「勿論よぉ」


 何処を拡大するのか、それは説明せずとも理解できる。

 映し出されているものの中で、圧倒的に気になるのはヴェルゲイの持つ物質。

 それを解析しようと考えるのは至極当然の思考回路で、バーバラも探偵気分となり、ワクワクしながらサンディオット諸島の謎の究明を急ぐ。

 拡大された物体、それを見たが、暗くて見えない。

 止まっていた映像を再生し、その動きを追い掛ける。

 約十秒後、天からの照明が注がれたヴェルゲイは雷光に飲み込まれ、手にしていた物体の正体も判明する。


「あれは……瓶?」


 解像度があまり高くないから、瓶のようなものしか見えなかった。

 それくらいだろう。

 だが、瓶と聞いて前回の出来事を思い出していた。

 それが迷宮都市フラバルドでの麻薬に関係する事件、凄惨な出来事が蘇る。


「薬の、瓶」

「『天の霧(ヘブンズパウダー)』かしらね」


 催眠術師の関わっていたとされる、冒険者が八十七人も亡くなった陰惨な事件。

 それが最終的にノアを追い詰めた。

 身体に呪いを宿し、命が刻々と削られている。

 その間接的な原因が『天の霧(ヘブンズパウダー)』であり、その麻薬がサンディオット諸島という舞台に、今回の事件に彩を与える役者達を集結させた。

 これも導かれた結果だったのかもしれない。


「けど、何でヴェルゲイが灯台から持ってきてんのよ?」

「さぁねぇ、私はただ見てるだけだしねぇ」


 人間の行動には絶対、何かしらの理由がある。

 だとするなら、ヴェルゲイが灯台に行ったのも薬瓶を持っていたのも、何かしら理由があるはず。

 答えを求めるため、次の映像に。

 三つのうちの真ん中、そこをタップする。

 次に映った場所は、海の見える墓場だった。

 中央で輝く巨大な精霊石の結晶が見えるところから、そう予測できるが、ヴェルゲイがそこに立ち寄ったのは何故かと疑問が巡り巡っていく。


「あの墓場……ねぇ、何でコイツ墓場にいんの?」

「それは本人達から聞いたらどうかしらぁ。私の口からは言えないわねぇ」


 人には秘密があるから、本人に聞け、と娼婦は映像を見ながら素っ気無く伝える。

 彼女も何か知っているのか。

 この島の人間達は、何故か隠し事が多い。

 知っていても、何かに怯えるようにして口を噤み、情報も正しいとは限らない。


(ま、バーバラに嘘吐くメリットが無い以上、信じても良さそうなんだけど……)


 無意識的な嘘、つまり相手の罠に嵌まっている状況が意図的に作られていたら、非常に不味い。

 しかし権能がまだ何の反応もしていないため、このまま会話を続ける。


「コイツ、墓の前で何分佇んでんのよ?」

「ザッと一時間ねぇ」


 一時間もの間、ヴェルゲイは一つの墓の前で微動だにせず、その墓は苔生して手入れもされていない。

 墓に刻まれた名前も隠れて、誰が埋葬されているか判別不可能だった。

 寂れた墓場は、幽霊でも出そうな静けさ。

 その一つの墓が雨に降られている。

 暗い空が、ヴェルゲイの涙を代弁するように悲しみに濡れていく。


「トゲトゲ、何、してる?」

「思い出に浸ってんじゃないの?」


 強い雨足に、海の向こうでは竜巻が幾つも作られ、状況が悪化し続けているのが窺える。


「あ、移動、始めた」


 闇エルフの指摘通り、ヴェルゲイは何処かへと移動を開始していた。

 それは虚ろな足取りだった。

 彼の行動理念は何処にあるのか、墓場から出た船乗りの男の行き先を三人が確かめる。

 途中で映像が途切れたため、三つ目の映像に移る。

 結界のある森の中、そこにヴェルゲイは映っていた。

 またかと思った彼女達だったが、彼は一直線に森を突き進んでいき、一定の人間しか通れない条件付きの結界前まで訪れた。


「コイツ、もしかして結界に入れるの?」

「見てれば分かるわよぉ」


 ヴェルゲイが結界に触れようとした瞬間、何故か彼の動きが止まった。

 後ろを振り返り、驚いた表情を晒し、口が動く。

 猫が見やすい場所へ移動しようと動き、しかし誰かに抱え上げられ、映像がグラグラと宙を彷徨った瞬間それは真っ暗闇となった。

 つまり眠らされたか、或いは殺された。

 ここでの疑問点は二つ、一つはヴェルゲイと会話していた人物について。

 もう一つは、猫を抱え上げた存在について。

 これは一人ではできない芸当で、二人でなければ成立しない。


「ちょっと、これ何よ? 見えないじゃない」

「仕方ないでしょう、私の可愛い猫ちゃんが殺されたんだからぁ」


 殺された、つまり見られてはならない何かをしていた、という事実が浮き彫りに。

 だが、ならば猫を殺した人物は何者か。

 視界は持ち上がり、ブツッと意識が途切れた。

 状況的に背後より忍ばれ、不意打ちを喰らって無惨にも命を奪われた。


「猫の能力を知ってたって事よね?」

「でしょうねぇ。けど、結局黄色い船乗りさんが何処に行ったのかは知らないのよぉ」


 行方不明、日輪島で発生している事件の一環で、ヴェルゲイも巻き込まれた。

 何かを知ってしまったか、催眠術が解けたせいで隠さざるを得なくなったのか、解像度の低い映像からは情報が得られなかった。

 だから一先ずは先送りにして、残された映像ファイルに触れた。


「最後はグノー……って、何で一個しか映像無いのよ?」

「そんな事言われてもねぇ」


 文句を垂れながら、唯一の映像を再生する。

 最初は基地から出るところ、そこまでは三人全員が一緒であるが、グノーが目指したのは孤児院、雨に濡れた階段を登り、家に辿り着いた彼はそのまま屋敷の扉の奥へと入っていった。

 その後、彼は部屋に入るなりカーテンを閉め、屋敷から出てこなかった。


「えっと、これだけ?」

「えぇ、これだけ」


 他には何も無いのだと言うバーバラ、よってグノーは孤児院に戻った後、部屋で過ごしたとなるが、それが逆に怪しく見える。

 しかし騎士系統の職業なら、特に気にする必要は無さそうに思えて、直感が働く。


(何してたのかしら?)


 直接本人に聞かねばならないものばかりだが、グノーが何をしていたのか、何故か気になってしまった。


「他に聞きたい事あるかしらぁ?」

「フィオ、質問ある」

「なぁに?」


 会話や映像から何かに気付いたのか、セルヴィーネは隣に座る少女を見遣る。

 感情の無い双眸がバーバラという娼婦を熟視した。


「バーバラ、何者?」

「ええっとぉ、普通の娼婦なんだけどねぇ」

「職業、は?」

「ち、調教師だけど……」

「犯人?」

「直球!! 何言ってんのアンタ!?」

「ん、強引に、でも、聞いてみる」


 掌を真正面の彼女に向け、能力を行使する。

 手元に現れる紫色の光源が、周囲に波動を生む。

 怪しい光にバーバラの瞳が暗く沈み、フィオレニーデの能力が精神を一時的にバーバラを蝕んだ。


「『精神剥奪アストラルシアー』」


 糸が切れた傀儡人形のように、バーバラは首を俯かせて気絶した。

 次には操り人形となり、その糸を掴んでいるも同然のダークエルフの少女は、情報屋の少女に語り掛け、内情を探り始めていた。

 その技能を、龍女は人生で一度たりとも見た事は無く、霊媒師の能力とは別の能力に見えた。

 また、その能力を見た瞬間、フィオレニーデという存在に対して、全力で権能が警鐘を鳴らして逃げるよう伝えてきたからこそ、その能力が如何に危険であり、脅威であるかを知覚してしまった。

 それは、隠された職業。

 霊媒師の能力、と言い訳するには少し苦しいもので、しかし使わなければならない。


「アンタ……その職業、一体何よ?」

「ん、霊媒師、の職ぎ――」

「アタシに嘘は通用しないわよ。その職業は霊媒師じゃないでしょ? かと言って、鍵技神の能力でもない。ならそれは一体何?」


 フィオレニーデの主張を遮り、仲間のはずの少女に対して目を光らせる。


「アンタ……本当に何者よ?」


 友人と瓜二つの顔立ち、三つの職業持ち、不思議な霊魂、フィオレニーデという存在そのものに疑惑、怪訝さ、不審さが増していく。

 本来この島の事件に関わる必要の無い人物、飄々とした態度で、セルヴィーネよりも強く、他者を操るに長けた力さえ持っている。

 これは危険すぎる。

 今は姉であるフェスティーニに従っている。

 だがしかし、二人の目的は何か。

 ノアを求めているが、その真意は言葉の裏側に隠されているから、親友であれども権能の方を信じる。


「何者だと、思う?」

「……フェスティーニの言葉、それからアタシの持つ権能から、何となくだけど一つの予感があるわ。アンタは――」


 その正体、彼女は口にしようとする。

 それを手で遮った闇のエルフは、首を横に振る。


「今、そんな話、する時間、無駄」

「アンタが聞き返してきたんでしょ……まぁ良いわ、アンタの言う通り後にしましょうか。それで、バーバラをどうするのよ?」

「ん、もう、終わった」

「……は?」

「精神の、奥、見たから」


 赤い瞳が紫紺色に鈍く光っている。

 バーバラの瞳も同じく濁った魂のような色合いで、能力の接続を切った途端、床に突っ伏してしまった。

 それは乗っ取られた意識が途絶え、眠らされた意識が身体に戻るまでの空白を表し、精神の眠りから覚めるにはもう少し時間が掛かる。

 逆に、少女の脳裏にはバーバラの私生活、情報、精神的感情といった全てを手に入れた。


「けど……黒幕、誰か、分からない」


 セルヴィーネにはできない他人への干渉が、フィオレニーデにはできてしまう。

 結果的に、全部の情報が少女の頭脳に収まった。

 最初から連れて来れば遠回りせずに済んだが、ここまで能力を多種多様に用いる彼女を、より恐ろしく感じるセルヴィーネだった。


「ん、情報、手に入った、から……帰る」

「アンタこれどうすんのよ?」

「放置を、推奨、どうせ、暇人」


 記憶を読み、彼女が最近暇を持て余しているのも知っているため、放置しても大した影響は無いと考え、バーバラを床に放置して部屋を出て行った。

 床で睡眠中の娼婦を横抱きに持ち上げた龍女は、側に備え付けてある寝台へと寝かし、情報の報酬として金貨の袋をテーブルに置き、部屋を後にした。

 龍神族は気高き生き物である。

 だから、正当なる情報には正当たる報酬を渡すのが道理だと、自分の信念を曲げずに対価を置いていった。


「さて、じゃあ時間あるうちに次行くわよ」

「何処に?」

「灯台よ。まだ何も調べてないし、ヴェルゲイも灯台に行ってたようだしね。それにウルグラセンが灯台に行ってたかも分かるかもしれないわ」


 それは、フェスティーニの持つウルグラセンの日誌を開けば良いだけだが、ウルグラセン本人が操られてるかもしれない事実を鑑みれば、実際に確かめるのが自分を信じる最大の情報となる。

 それに加え、何故薬瓶が灯台にあったか。

 霧と謎に包まれる日輪島は、刻々と死へと迫っている。

 有限の時間を活用するべくして、セルヴィーネは宿泊施設を出て灯台を目指した。





 サンディオット諸島は三つに分類され、それぞれ一つずつ高い灯台が海を守るために存在している。

 本来は儀式のために使われる灯台、現在では海を監視するための櫓の役割を果たし、灯台を管理しているのは自警団や冒険者を引退した人間、他にもギルド職員や様々な人間が携わっている。

 その灯台はかなりの高さを誇り、内部は簡単な造りとなっている。

 そこにセルヴィーネ、フィオレニーデの二人が訪れ、それを予感していたかのように、一人の人物が入り口を開けていた。


「よぉ、テメェ等」

「ヴェルゲイ……アンタ、何でここに?」


 日輪島にある灯台の入り口、その扉に背を預けていたヴェルゲイは、腕を組んだ状態でセルヴィーネ達を待ち構えていた。

 雨に濡れて、レインコートが暴風に靡き、フードも外れて全身が水浸しとなっている。

 だから、黄色いツンツンとした髪も雨で垂れていた。


「テメェ等と話がしたかった。だから、ここに来ると踏んで待ってたんだ」

「いつ、から?」

「昨日の夜からな。それより、どうせバーバラの野郎んとこに行ったんだろ?」


 まるで見てきたかのような発言で、ヴェルゲイは雨宿りも兼ねて中へと案内する。


「ほら、んなとこで突っ立ってないで、サッサと入りやがれテメェ等」

「う、うん……」


 状況を深く飲み込めないまま、案内される形で二人は灯台の内部へと入らせてもらった。

 あるのは塔のような魔導具、その中心の柱に沿って螺旋状に階段が存在している。


(今度は登るのね)


 森の中心で陽光龍を調べる時は地下へと降りたのに対し、今度は登るために螺旋階段を利用する。


「で、アタシ達と話ってのは?」

「あぁ、黒幕についてだ。朧げだが記憶が戻ったから、一応伝えとこうと思ってな」

「記憶が戻ったんなら、すぐにでも黒幕とやらを教えて欲しいんだけど?」

「悪いが、犯人と接触した記憶も無ければ、接触した奴の顔も思い出せん。封じられて時間が真新しいようで、それも曖昧になってて、記憶が歯抜けになってんのに今朝方気付いたよ」


 螺旋階段を登りながら、ヴェルゲイは自身の状況説明を開始した。

 彼が目覚めたのは昨日の昼過ぎ、時間からして午後二時直前で、それからすぐに基地を出たのだと彼は語るが、それが不自然であるのは先の映像から読み取れる。

 二時に出たなら、ヴェルゲイは灯台に行くまで一体何をしていたのか。

 基地から灯台まで、そこまで道のりは長くない。

 精々二、三十分で辿り着ける距離で、灯台の様子は空の状況から三時過ぎと判断した。


(時間的矛盾ね……)


 空が昼も夜も大して変わらないため、厚い雲によって全体が暗い。

 が、大して変わらないのは逆に言い換えると、多少の変動がある、となる。

 そして時間設定については、完全なる主観。

 ヴェルゲイの話を元に振り返るしかない。


「俺が目覚めたのは午後二時直前、記憶が一時的に戻ったから慌てちまった。衝動に走った結果、俺は最初に墓場へと向かっていたらしい」

「ちょっと待って、灯台じゃないの?」

「あぁ、バーバラに昨日の深夜に映像見せてもらったが、間違いねぇ。あの空の様子からして、俺は最初に墓場に向かったんだろうが、記憶に無い。『気象観測(ウェザーサイト)』は、俺の持つ技能の一つでな、映像であったとしても天候の把握ができるんだ」

「そうだったのね……じゃあ、灯台はいつ行ったの?」

「墓の前で考え事してたらしいし、三時半くらいに灯台に行ったはずだ」


 空模様の観察ではヴェルゲイには敵わないと教えられ、それが嘘でないのも権能から判別できた。

 それでも、注意だけはしておく。


「灯台から何か持ち出してたようだけど?」

「ウルグさんに秘密裏に教えてもらった麻薬だろうな。何でかは知らねぇが、あれが無いと結界の中に入れねぇらしいし、俺も確かめようと思ってな」

「それで、森に向かったのね……その森では誰と会話してたの?」

「さっきも言ったが、犯人と接触した記憶が封じられてるんだ。無理にこじ開けようとすると脳が壊れるし、何より用意周到に事件に関与してた奴だぞ? 顔を隠してたに決まってんだろ」


 映像は途中で切られていた。

 それは要するに、映像に映れば誰だか特定されてしまう事情がある、という意味なのか。

 螺旋階段の途中には見張り台に繋がる扉があり、そこを開いたヴェルゲイは、海や街の見える場所で遠くを眺めながら、手摺りに身体を預けていた。

 続いてセルヴィーネ達も、その高い光景を眺める。

 南口に繋がっており、視線の先には星夜島が見えて、南東方面へと目を向けると月海島がある。

 どちらも晴れ模様だ。


「目が覚めた時、何故か俺はこの場所で眠っていた」

「どういう、事?」

「時間差で記憶を封じられてたから推測になるが、多分話し合いが決裂して必死に逃げたんだろう。腹にも穴が空いててな、傷は手持ちの回復薬で何とかしたが、それでも何も覚えてない」


 ベストのジッパーを下げ、腹の傷を見せる。

 そこには手当した跡が残っていた。

 低級ポーションでは傷跡までは塞げないため、ヴェルゲイは命を優先して助かった代わりに、この傷を戒めの跡として残した。


「目が覚めた時間は深夜頃だった。即座にバーバラに行動録を見せてもらったが、それには不可解な点があった」

「不可解な点って?」

「灯台を出た後さ。墓地を出て、灯台に向かい、その後すぐに森に向かったんじゃねぇのは、空の様子で分かった。大体二時間くらい時間的に空白ができてる。その二時間の間に何処かで何かをしてたはずなんだが……生憎、その記憶も消えてやがる」


 ヴェルゲイの記憶は昨日一日全部、犯人に蓋をされた。

 だから忘却状態で、思い出せない。

 必死に思い出そうとしても、蓋をされて時間が経過していないから、困惑している。


「アタシ達に伝いたい事ってのは?」

「……もうすぐで俺も(・・・・・・・)失踪する(・・・・)

「は? ど、どういう事よ!?」

「言葉の通――グッ!?」


 手摺りを強く握り締めて膝を着いた青年が、息苦しそうに首を抑える。


「ど、どうしたのよ!?」

「クソッ……さ、催眠で、俺は……殺人衝動を、植え付けられた。抵抗する、と……息苦しくなる」


 人を殺したい、そう考えるようになる。

 現在のヴェルゲイの心中にあるのは、人を殺したいという殺人衝動、そして否定する自制心、二つが相反し、次第に催眠術に支配されようとしている。

 いつ掛けられたのか、映像を見たセルヴィーネが予測して答える。


「森で誰かと喋ってた時に掛けられたのね?」

「多分、そうだ……それに、微かに森に二人いた記憶が残ってる。不完全に催眠術に掛かってる状態で、蓋も不完全なんだが……どうやら、殺人衝動は止められん、らしい。まだ俺が正常なうちに……情報を、渡しておく。付いてこい」


 藻掻き苦しむ様は、犯人の悪意に蝕まれた者の末路、息苦しく感じ、やがて最後は自身の心に殺される。

 ヨロヨロと起き上がった船乗りは、上の部屋に続く螺旋階段を登る。


「昨日、俺は二つの事象を確かめるべく、ここに寄って、森の結界に向かったんだ」

「何を確かめたの?」

「一つは覚えてるが……もう一つは、忘れた。ここに寄ったのは、ウルグさんが何回か、灯台に来てたからだ。知人から直接、聞かされたんでな」


 壁に手を着きながら、彼は階段を一歩ずつウルグラセンの死と覚悟を以って踏み締めていく。

 重たい足取りを前へ、ヴェルゲイは階段の頂上まで到達して、部屋の中へ入る扉を開ける。

 入室した三人を待っていたのは、一つの巨大な魔導具。

 光を受容し、それを二方向に向かって放出する特殊な魔法道具であり、予めフェスティーニから聞かされていた、暦の祭壇と灯台を光で繋ぐ特殊な結界発動装置。

 これを古代の人々が使っていた事実は、とても信じ難いものだった。

 周囲には多少の保存食や武器、衣服といった必需品が木箱に詰められており、その衣服の入った木箱の前に跪く。


「これを、見てくれ」


 衣服を全部取り除くと、そこは空っぽに見えたが、少し違和感を覚えた。


「何だか、見た目より容量が少ないような……」

「ん、二重底」

「正解だ、ダークエルフ」


 その木箱、外から見れば容量があるように見えるが、内側を見れば外よりも容量が少ない。

 だから、底の蓋を開ける。

 すると底に隠されていたのは、複数の薬瓶だった。

 そのうちの一つを手に取る。

 半分赤く、半分透明のカプセルが大量に保存されている透明瓶に、権能が警鐘を鳴らし、戦慄する。


「な、何よ、これ……」


 震えから、滑って瓶を落として割ってしまう。

 部屋の中で、大きく割れた音が反響し、その瓶から出てきた薬品を一つ手に取ったフィオレニーデが、そのまま飲み込んだ。


「ちょっとアンタ何してんの!? それは危険な薬物よ吐きなさい!!」

「ん、大丈夫、フィオ、姉さんと、同じ」

「意味分かんない事言ってんじゃないわよ! それがどんなに危険な物か――」


 知っているのか、と聞こうとしたが、フィオレニーデの真っ赤な瞳に怯んでしまったセルヴィーネは、言葉が喉に引っ掛かる。

 それだけの威圧感が、彼女にはあった。

 無謀な行動だが、フィオレニーデという存在を知らない彼女だからこそ、何も言えない。

 途端に狼狽えていた自分が恥ずかしくなった。


「フィオ、麻薬、効かない」

「そ、そうなの?」

「ん、だから、気にしない、で?」


 とは言え、いきなり麻薬を食べる馬鹿は普通いない。

 薬物を口に含み、飲み込んだために身体に作用が起こるはずだが、少女の身体には何も変化は無い。


「まさか何の説明も無しに、食っちまうとは……ぶっ飛んでんな、テメェ等」

「勝手にごめん。それで、これは一体何なの?」

「分かってて聞くなよな。麻薬だよ麻薬。現在、世界中に広まりつつある麻薬、『天の霧(ヘブンズパウダー)』だ。ウルグさんは、どっかから、これを手に入れた。それ持って森の結界に入ったりできる、らしい」


 苦しげに、ヴェルゲイは首を抑える。

 息も荒くなり、視界も少しボヤけていた。


「ウルグさんは何故か、結界を通れたが……俺は通れなかった。だが、これがあれば、通れるって思った」

「どうしてよ?」

「エルフの女が倒したゾンビ共、奴等は全員……麻薬中毒者だ。殺される直前も、飲んでたとしたら、あの場にいられたのも、納得できる」


 つまり何が言いたいのか、セルヴィーネはヴェルゲイに答えを聞いた。


「もしかして、その麻薬を持ってれば……入れるの?」

「原理は知らねぇがな……多分、できる」


 理由は不明、なれども麻薬が結界攻略の鍵となる、それが何を意味するのか、話を聞いていても答えは一向に見えてこない。

 だから、その麻薬を再び手に取ってみる。

 権能は危険信号を出している。

 受動的に権能が反応しているため、彼女も何故反応してるのかと疑問が芽吹く。


「ここにあるのは十個の瓶、ウルグさんが持ってたのを、拝借した」

「彼はここに何回か来てたのよね? ここで何してたの?」

「密航船を追い掛けて、だろうな」


 だから高台にいる。

 ここに物資を隠しているのも、見つからないようにするため、同時にヴェルゲイのように受け渡しのためでもあるだろう。

 この灯台は、色々な役割を担っている。

 見張りだけでなく、ウルグラセンに関係する者の避難場所でもある。


「ウルグさんと仲良かったのは、ユーグ、魔物使いの男、それから自意識過剰って、訳じゃねぇが、俺だ。そこまでベッタリじゃ、なかったがな。三ヶ月前も、あの人の所有する、コンテナに行った」

「ん、何しに?」

「……あの人の様子を、見に行ったが、俺と同じ、だったんだよ」


 壁に背を預けて腰を下ろしたヴェルゲイは、最早立つ気力も残されていなかった。


「殺人衝動を、植え付けられてたよ」

「……だから、三ヶ月前にいなくなったのね?」

「あぁ、失踪したよ……あの人は、近付きすぎたんだ」


 知られざる真実が徐々に明らかとなりつつある。

 ウルグラセンが誰かと会話して、殺人衝動を脳裏に植え付けられたなら、その日に彼を見ていたのは二人、フーシーとニーベルか。

 それとも、事件発生より数日後にでも催眠術師と接触していたのか。

 セルヴィーネは考える。

 ウルグラセンという人物の謎に一つの小さな光が差し込んだから、彼女は好機を逃さない。


「最初に一つ聞かせて。アンタは一体、何を知ったの?」

「……何故そう、思うんだ?」

「何かを思い出したからこそ、アンタは何かしら行動に走った。昨日の記憶を封じられても、それ以前の記憶はあるんでしょ?」

「どうやら、頭は回る方、らしいな」


 徐々に侵蝕される殺人衝動に抗いながら、ヴェルゲイは話を続ける。


「俺が墓に向かったのは……とある女性の記憶を一つ思い出したからだ。彼女の名前は、クレッタ、孤児院にいた俺達の同期、船乗りだった奴だ」

「話が見えないわね。その女性が何だって言うのよ?」

「……記憶が抜けてるから、分からん。だが、何故か彼女が関係してる、気がした」


 ここに来て新しい人物の名前、クレッタとは何者なのか、犯人の言葉『世界は平等となる』が何を意味するのか、少しずつ事件の片鱗が暴かれていく。

 セルヴィーネは、倒れかけのヴェルゲイに、知り得る内容を引き出し始める。


「全部教えてくれるのよね?」

「……あぁ、もう、そうするしか、道は無さそうだ。何から聞きたい?」

「じゃあまず、アンタが思い出した事について、教えてくれるかしら?」

「良いだろう、だが話す前、に……一つ、約束しろ」


 次第に二人を殺したい、殺さねばならない、という気持ちが湧いてくる。

 感情も思考もグチャグチャと攪拌され、話すのも辛くなっていく。


「俺が殺人衝動に喰われたら……迷わず、殺してくれ」






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