第175話 夜空に舞う二頭の竜
ニーベルが目覚めるまでの数時間、その場に留まり、休憩を挟みながら、吐いた血も綺麗に拭き取って痕跡も隠滅しておいた。
彼女が目覚め、フェスティーニと二人で巨塔の点検の続きをして、その作業すら終えた頃には、もうすでに夕方に差し迫ろうとしていた。
茜色に空が染まってゆく。
地平線の彼方に沈む太陽が、ジュラグーン霊魔海全てを緑色に輝かせ、絶景を二人に見せた。
「綺麗だけど、この景色も諸島と共に消えちゃうかもしれないんだよね……」
「えぇ、それだけは回避しなければなりません」
巨塔の上から見下ろす景色は色鮮やかで、まるで鏤められた宝石箱のよう。
美しき光景に添えられるは巨鯨が魅せる浮上行動、夕陽をバックに跳ねる水飛沫が光を屈折させて、夕焼け空は虹色に煌めく。
星々を携えた鯨船が荒れ狂う星団の海を掻き分けて、次第に宵闇が流離いの旅を終えて姿を現す。
「海が荒れてるはずなのに……とても静かだ」
「はい」
二人の声も、その波が攫っていく。
美しき景色は鳴りを顰め、代わりに到来したのは流星群の数々と膨よかな三日月。
森閑とする巨塔で、周囲に敵影は無い。
「結局、祭壇に不備は無かったね。けど、龍栄祭は今年は中止になるんでしょ?」
「恐らくは……」
「どうなるの? っていうか、どうするの?」
「……」
回答を詰まらせるニーベルに、フェスティーニは再度海を眺めて、暫しの沈黙が来訪する。
「領主様方の意向に従うつもりではありますが、多分中止のままでしょう。事件の犯人が捕まらない限り、現状維持のままですね」
「そっか〜、残念だね〜」
「龍栄祭の初日に儀式を執行する理由は三つあります。一つは七月七日が物語で言うところの、戦士達が戦った最終日ですから、その戦士達の鎮魂の祈りも含まれます」
現領主達の祖先が、諸島の最強の戦士達であり、彼等祖先への鎮魂を願っての儀式という意味も持っている。
神器を奉納し、祈りを捧げる。
それが祖先達への礼儀の一つとなる。
「二つ目は、七月七日が異世界では『たなばた』という行事だそうで、星に願いを託す、という意味合いもあるからなのだと祖母から聞きました」
七月七日、その日こそが、星々と関係性の深いサンディオット諸島に幸福を齎すと考えられ、七月七日の龍栄祭初日に儀式が行われるようになった、のだとか。
これは先祖代々より伝わる話で、真偽は定かではない。
だが、三つ目の理由を含めると、儀式は初日に相応しいと思わせる。
「そして三つ目に、七月七日からの一週間は夜空が青く輝いて、綺麗な星空が見られるからです」
「あぁ、成る程ね〜」
七月七日より一週間、夜空は特殊な景色を魅せる。
それを以前調べた時に知ったフェスティーニはニーベルの説明に納得して、是非とも見てみたいものだと夕闇に想いを馳せる。
その道のりは困難を極める。
何故か、犯人が捕まってないから。
複数いると確信した彼女だが、その裏切り者についても彼女は熟考し続ける。
「これ以上は、犯人の出方を窺うしか無いのかな……」
存在したはずの潜水艇の破壊も視野に入れ、今回祭壇に来た時のように空を飛べたら楽だろう。
もし潜水艇があれば、海底より侵攻できた。
その手立てを破棄し、残るは異種族の乙女達の飛翔能力が希望の翼となる。
「ハァ……前途多難ですな〜」
愚痴が漏れる程、彼女達も逼迫している。
龍栄祭中止の可能性が現実味を帯びてきたため、これでは諸島の安全も危ぶまれ、諸外国より無防備に隙を曝け出すも同然だ。
中立諸島ではあるが、貿易産業を担う以上、周辺諸国も大打撃を受けている。
これはもう諸島内だけの問題には留まらず、貿易参入国大多数にも影響を及ぼし、それはたった一人か二人かの人間の行動が起因となった。
(今日明日で様子を見ても、明後日が密航船拿捕の最後のチャンスになるかもしれない……)
三十日に実行するのでは間に合わない。
だから現状有効なのは今日を捨て、明日二十八日か明後日二十九日に離島へと渡航するのが得策。
密航船発見は三十日から暦を跨いで、一日の夜中に発見される。
「うぉぉぉ!! やってやるぞぉぉぉぉ!!!」
海の向こうへと少女は吠える。
意気込みを口に出し、大きく叫ぶ少女のいきなりの奇行に驚愕した。
「と、突然どうされたのですか?」
「いや〜、まだ解決してない謎も手元に残ったままだし、鬱憤も溜まっちゃうからさ〜、誰もいないとこで叫んでストレス発散でもしようかなってね〜」
ウルグラセンの日誌は彼女の手元にある。
まだ読んですらいないが……
他の残された手掛かりは離島を除けば主に三つ、日誌と謎の光、フーシーに預けた魔石となる。
謎の光に関しても状況判断から察して、ツギハギ竜の眼光かとの推測も為され、現状全く手を付けてないのが日誌のみとなっていた。
持ち帰った魔石に関しては研究が終わっていても、フーシー自身が気絶して休養中であるため、明日にでも聞きに行くしかない。
(ノア君の件は一先ず後回しにして、先に準備だけでもしとかないとね)
これから大きな戦いの予感がするため、全力で戦うために戦闘用の魔植物や生物兵器を用意しておかねばと、脳裏に必需品を浮かべる。
取り揃えるならば、ユグランド商会で。
ノアの知人に頼めば、必要な物資を手に入れられるはずだと、今後の予定を組み立てる。
(離島に行くのは二十八日か……いや、二十九日の方が良いのかな?)
三十日に移動するのは論外、三十日から一日に掛けて拿捕に動くのに、その日に移動はしない。
せめて前日か前々日かで離島に渡り、一日、二日で調べるべきかと思い、計画に組み込む。
(船乗りの人達に関しては、また明日にでも話を聞けば良いから、残りの問題を解決しようかな)
ウルグラセンの行動の全貌を暴くためにも、帰ってから中身を開ける。
「さて、帰ろっか」
「はい……しかしまた、あの樹木の竜に乗るのですか?」
「ニーベルさんを抱えて帰っても良いんだけど、その場合ボク達雷に打たれちゃうかな〜」
「……樹木の竜で良いです」
乗り物酔い二度目の体験を回避したくとも帰る方法が限られているため、ニーベルはフェスティーニの助力無しでの帰還ができないと判断し、渋々従う。
空間鞄の中から種子の入った瓶を取り出し、それに魔力を注ぎ込んでから地面へと落とすと、成長して巨大な翼竜が完成する。
大人しく暴れもせず、エルフの少女の魔力を糧とした翼竜は、二人を乗せるため首を下げた。
それに二人で搭乗し、ニーベルはフェスティーニにしがみつき、その彼女は命令を下す。
「『創られた木翼竜』、発進!!」
その言葉を樹木の竜が聞き、命令に付き従う。
木翼を羽撃かせて、屋上からの飛翔を開始した怪物が日輪島へと帰還する。
夜空を舞う巨大な竜が、暗闇の中を突っ切っていく。
風を肌で感じ、二人はしばしば遊覧飛行を楽しむ。
「う、うぷ……」
訂正、若干一名は楽しめていなかった。
「ニーベルさん、大丈夫?」
「も、申し訳ございません……ふ、船とか、乗り物に酔いやすい体質でし――うっ」
吐き気を催した三半規管の弱いメイドに、異世界製の酔い止めを手渡した。
水筒を取り出し、蓋を開け、そこに精霊水を注ぐ。
瓶から一錠の白い固形薬を手に出し、水と一緒に飲み込んだ彼女は大人しくフェスティーニの背に身体を預け、夜景を視界に収めていた。
「ボク特製酔い止めはどうかな? 少しは楽になったんじゃない?」
「はい、驚きの回復効果です。まるでポーションのような効き目ですが、一体何を材料にしたのですか?」
「酔いを鎮める花蜜に普通の薬草混ぜただけだよ。薬草の使い方は幾つかあるけど、副材料として使った場合は主素材の効能を倍増させたりできるんだ。ま、手間が掛かる方法だし、あまり知られてないけどね〜」
薬草の使い方は主に三つ、そのまま食べて回復、擦り潰した後に純水と混ぜてポーションにする、他と混ぜて効能を高める、である。
他と混ぜる方法では、薬草の特性を深く理解していなければならない。
だが彼女は生物学者として、生命の一つである薬草の扱い方は専門家と言っても過言ではなく、この世界で蓄えた知識量と人脈による魔法薬精製の経験が活かされている。
「この世界は面白いね、見た事無い生き物だらけだし、千年経った今でも世界の半分すらボクは知らない。この世界は途轍もなく広いんだ」
「今まではどのような場所を旅してきたのですか?」
「色々だね〜。異国の地を巡ったりしたし、一度だけ東大陸にも渡った事があるんだ〜」
それは荒廃した土地で飢饉に苛まれ、戦争に略奪、強盗に人身御供、宗教に洗脳、そこには法という法が存在しない無法地帯だった。
だから東大陸には一度しか足を踏み入れていない。
彼女が入ったのは東大陸の中でも比較的荒廃度が凄まじい南の内陸部方面であり、北側へと進むと治安も良くなり、種族的差別は少なくなる。
彼女は職業能力を駆使して人族の姿に変装し、東大陸へと渡った。
その時に見た光景は今でも忘れられない。
人が死に絶え、腐敗臭塗れで、食い扶持を稼ぐ事すらできない、まさに死の大地だったのだと語る。
「東大陸は他と比べても発展途上が過ぎるんだ。あそこは人族至上主義だから、他種族の文明や知識を取り入れようとはしない。ボクのような他種族には、あまり肌が合わない感じかな〜」
貶している、という訳ではない。
ただ、彼女の身体がエルフであるから、入るのを遠慮するというだけ。
変装変身で入国しても日常生活での方言や文化の違い、色んな条件から種族がバレてしまう、という可能性すら有り得る。
そうまでして何故、そんな危険地帯に行こうと思ったのかと理由を問うた。
「何故、東大陸に行ったのですか?」
「……珍しい花があるって風の噂で聞いてね、奥地まで探しに行ったんだ。結局、無駄足だったけどね」
冒険の一環だと彼女は語った。
寂寞を纏う少女の無言の迫力に、小間使いはそれ以上の踏み込みを躊躇して、呆気なく会話は終了した。
『――』
脳裏に突如としてノイズが走る。
その感覚を知っている少女は、木翼竜の飛行速度を上昇させて、日輪島へと近付き、通信範囲内へと突入する。
『――さん? 姉さん?』
『フィオちゃん、聞こえるよ。一体どうしたの?』
『ん、船乗りの人、起きた』
滔々と綴られた言葉が、彼女の脳を直接揺さぶる。
聞きたい内容が二つあったから、彼女はフィオレニーデとの会話を続行する。
『全員いるよね?』
『三人、いない』
『三人?』
『ん、タオル、トゲトゲ、モジャモジャ』
意味不明な言葉だったが、全員の髪型や特徴を述べていると考え、その一つずつの特徴から全員の姿を想起する。
タオル、首に掛けられたものを愛用するのは船長のバンレックス。
トゲトゲ、黄色いツンツンとした髪をしているから、ヴェルゲイ。
モジャモジャ、これは赤髪の癖っ毛の多い飄々とした男、グノー。
つまり残っている男連中三人が何処かへと消えてしまったのか、或いは消されたのか、誘拐されたのか、即座に妹へと確認を取る。
『フィオちゃん、その三人の行方は分かる?』
『知らない。フィオ来た時、いなかった』
『他の三人は?』
『ん、二人、寝てる』
二人寝ているならば残りは一人、六人中三人は起きて何処かへ雲隠れし、床に伏す三名はシャルへミス、ギオハ、そしてフーシーの三人となる。
しかし二人寝ており、三人が行方知れずとなれば、残りの一人はフィオレニーデの側にいる、と読み取れる。
誰が寝て、誰が起きたのか、把握するために事実確認を最優先事項として語り掛けようとした瞬間、耳障りな声が脳裏を劈く。
『起きてんのはオデだべさ!!』
『ふ、フーシーちゃん……』
独特の訛りを持つ料理人が、二人きりの意識世界に介入してきた。
『フィオレさに意識繋げて貰ったべな。急遽フェスティさに伝えねぇとって思っただよ』
出し抜けに響いた甲高い声が、頭の中を横切った。
フィオレニーデの保有する三種類の職業のうちの一つである『霊媒師』、霊的存在と人間を直接媒介できるという特性を持ち、その能力でフェスティーニとフーシー二人を霊魂単位で繋げ、精神での会話を可能にしている。
仲立ちとしてフィオレニーデの霊魂が、総受信総発信のための基地局の役割を担い、フーシー、フェスティーニの霊魂の波長を合わせている。
並の人間ではまず扱えない力に平気で遠くから送信している彼女だが、フーシーにも多少の負担を強いる。
『うん、何かな?』
『実は――』
「フェスティーニ様!!」
会話を始めようとしたところで、周辺に霧が発生しているのに気付いた。
いや、霧深い海上に突入した、という表現の方が語弊が少ないが、何にせよ現在日輪島南方の海域で濃霧発生は異常事態である。
フェスティーニが霧で連想したのは、バンレックスとの会話、謎の光の目撃証言だった。
もしかして、と逸る感情が彼女を急き立てる。
仮定でしかないが、霧と夜闇に包まれている中で見える一筋の光こそが犯人への道標を担うだろう。
しかし、物事はそう上手くは行かず――
「なっ!?」
「ッ……」
突如として、フェスティーニ達の真横から、一匹の竜が霧を破って現れた。
その竜は水晶玉の見立て通り、ツギハギだらけで今にも崩れそうな表皮を持ち、彼女達同様に一人のフードの人物が騎乗している。
水晶玉に映った第三者の敵、その敵との遭遇は彼女でさえも予測できずに固まった。
突然の接触に先行して反応を示したのは敵だった。
行方を眩まそうと画策し、再度霧に紛れる。
逃げる、その一択を選び取った人物の行動は、理に適ったものだった。
「逃がさないよ!! しっかり捕まってて!!」
「は、はい!!」
振り落とされないよう家政婦が少女へと抱き着き、木翼竜は移動速度を上昇させ、追跡を開始する。
「『神星翼』」
黄金に輝く木翼竜が、尋常でないスピードを体現する。
風を切り、空を駆け抜け、飛行する樹木の塊は鋭利な牙と剛翼、そして二人の荷物を携えて、先行する竜と騎乗する人物の影を捉えた。
スピードは互角に近い。
追い付くには切っ掛けが必要と判断し、フェスティーニは能力を駆使する。
「『狙撃手の白雪花』」
木翼竜の背中から巨大な花が咲き誇った。
白色の花弁を持ち、花の中心から長くて真っ白な筒が這い出てきた。
中には螺旋状の溝が彫られ、さながら鉄砲のよう。
植物砲台の銃口が一点に向けられる。
木翼竜を介して、フェスティーニの体内から魔力が白花へと充填されていく。
その膨大な魔力に気付いたフードの人物が、急旋回して上空へと逃げようと動き出した。
「に、逃げられますよ!?」
「大丈夫さ、ボクが狙いを定めるから」
親指人差し指で長方形を作り、ピントを合わせる。
距離、空気抵抗、弾速、風向、飛行による揺れ、相手の動き、様々な条件を組み込み、何処で撃てば当たるのかを即座に暗算していく。
(距離約五十メートル、風向はやや北向き、不規則な動きをしてるけど、弾速は直線距離的に考えなくても良いか。重力値を計算から省いて……空気抵抗値も距離的に問題無いだろうし……うん、当てられる)
生物学者としての知識、そして経験、更に審美眼が、彼女の力を後押しする。
射撃の名手が放つ一撃。
手を翳し、逃げる獲物を狩る。
「『一点射撃』」
白い銃身から出てきた種子の弾が一発、空気を突き破って海上を飛び、ツギハギの竜に打ち当たって衝撃で飛行が不安定となり、海に落ちる。
倒したか、と思ったのも束の間、水面から飛沫を纏って飛び出した縫合竜が上空へと逃げる。
濃霧を身体から噴き出しながら舞い、竜に搭乗する人物はフードを目深く被って正体を隠す。
竜に空いた穴から肉片と血液が落ちる。
しかし、墜落する気配が無い。
もう一射撃しようとしたところで精神通信が再開され、妹から声が届く。
『姉さん……何か、あった?』
『ちょっと、南の海上で戦闘中でさ〜。水晶玉に映ってた第三者と偶然遭遇しちゃったからね〜、一つ布石を打ったから見逃しても良いんだけど……』
それに気付かれたら、この絶好の機会が水泡と帰す。
他にも何か手を打ちたい、そう思うのは自然だが、何事にも欲張りすぎると身を滅ぼす要因にもなるため、彼女は迷っている。
速度低下により、徐々に近付いている。
だが、追い付くギリギリで日輪島の雷震圏に入ってしまうため、そして同時に神速のスピード上昇に注ぎ込む魔力燃料の減りが激しいため、無茶できる時間にも制限が生まれてしまっている。
早期決着が求められる。
脂汗が風に潰されて置き去りに、霧が視界を覆い尽くしていく。
少し遠くの海に雷雨が降り注ぐ。
逃れるために、縫合された竜がワザと自らの意思で雷轟海域に突っ込んでいく。
「絶対に逃がさない!!」
何かの目的のために人の尊厳を弄ぶ人間達を、彼女は絶対に許さない。
報復を受けろ、その新緑の原石のような瞳が見据える。
真っ白な銃花を消して、次いで能力を駆使する。
「『月星に還る菖蒲鳥』」
尻尾の長い大きな鳥が一羽、花より生まれた。
黒紫主体の体毛に、金色のラメが入ったような模様の綺麗な鳥が、流星を模っている。
手から旅立った小鳥が、花弁のような翼を広げて空高く舞い上がる。
華麗な姿が夜を照らす。
何をするつもりか、ニーベルにはフェスティーニの考えが読めない。
「一体あの鳥で何をするおつもりなのですか?」
「見てれば分かるさ……」
口笛を吹き、それに反応して小鳥が流星となって犯人の元へ向かってゆく。
チャンスを手にするため、彼女は奮闘する。
更に速度を上げる木翼竜と一緒に、二人の同行人が闇の中を渡る。
「『陽光龍の裁き』」
男のような声が微かに聞こえ、空を覆う暗雲の隙間から真っ白な雷槍が飛来する。
音速をも超える雷が、二人を感電地獄へ誘う。
が、それを急旋回して避ける木翼竜、雷は連続してフェスティーニ達を窮追した。
(クッ……)
連続して襲い来る稲妻を錐揉みしながら躱し、犯人も逃がさない。
小鳥がフードの人物に追い付き、その男に金色に輝く鱗粉を撒き散らして攻撃する。
鬱陶しげに、その人間は腕を振り払う。
バシッ、と薙ぎ払われた鳥は花びらとなって形を維持できなくなり、空気に消え、犯人らしき人物達も霧に紛れてしまう。
「小鳥のお陰で時間稼ぎできた、行くよ!!」
「うわっ!?」
ツギハギの竜に乗る人物目掛けて、フェスティーニ達は霧に突っ込み、その牙を剥く。
「『断咬牙』!!」
それは空間そのものすら抉り取ってしまう牙、猛スピードで夜空を煌めく一匹の竜が、縫合された可哀想な竜を喰らうために力を発揮する。
そこに存在した全てが、咬む力によって消失する。
だが、違和感があった。
(噛んだところが……消えてない?)
ツギハギ竜の翼を喰らった。
はずなのに、何故か噛んだ跡が無く、抉り取られた痕跡すら存在しない。
攻撃が避けられた?
その正体が分かる直前に、フェスティーニの上空にある雲から蒼白い雷が裁きを加えんと、唸りを上げ、二人共が天空の雲を見上げる。
顔を前に向けると、目の前にいたはずの敵は、音も無く姿を消していた。
何処に行ってしまったのか、周囲に生体反応が感じられない。
まるで狐に抓まれたような錯覚感が襲い、次に来たのは雷の攻撃、意思を感じさせる動きの連続に、フェスティーニは已む無く追跡を断念する。
これ以上はニーベルも保たない。
このチャンスタイムは終了したのだと、彼女は思考回路を転換し、脱兎の如く逃げ始めた。
「ニーベルさん! もうしばらく我慢しててね!」
「は、はい!」
雨と雷の音が近く、大声を出し合った二人の密着度は増した。
雨が視界を塞ぎ、雷が鼓膜を塞ぎ、それでも感電しないようにと、彼女達は海上を逃げ惑う。
上空の雷、天候不良の原因は陽光龍にあるなら、それを操った先程の人物はやはり犯人側の人間であり、南方の海上を飛んでいたなら、また誘拐事件かと勘繰る。
だがしかし、それなら時間が気になる。
バンレックス達の証言によると、見たのは深夜の三時過ぎ頃だとか。
(いや、今はこの雷から逃れるのが先決……)
『姉さん』
『フィオちゃん丁度良かった、転移鍵で空間ゲートを繋いでくれるかな?』
『……分かった』
精神での対話で、即座に移動が決まった。
雷を避け、十数秒後には眼前より一本の鍵が出現して、それが空間同士を繋ぐ転移門を形成した。
そこに躊躇せずに飛び込んでいく。
転移先に出た彼女達は巨木にぶつかりそうになり、咄嗟に右に方向転換し、木翼竜の木でできた翼が折れながら不時着する。
木々を巻き込んで、巨躯が地面を滑って自然を破壊していった。
ニーベルを抱えて、フェスティーニは地面を更地に変える竜から降りて、一人が深呼吸する。
「ニーベルさん、大丈夫?」
「ご、ご迷惑を、お掛けしました」
新鮮な空気を吸い、落ち着いた家政婦は抉れた地面の先を見た。
そこには、見覚えの無い建物を破壊して止まった木翼竜の姿があった。
「何とか直撃は免れたけど、あれは意外だった」
「繋げた場所、失敗」
近くに立っていた褐色肌の瓜二つの妹に、感謝の言葉を伝える。
「失敗じゃないよ、だから落ち込まないで。ありがとフィオちゃん、助かったよ」
「ん、犯人、捕まえた?」
「うっ……つ、捕まえられなかったよ」
犯人には逃げられてしまった。
ただ、布石を二つ打てたため、御の字だろうと楽観的に考えて周囲を視界に収める。
「ここは陽光龍のいる場所の真上、島の中心地のようだけど、何でここに?」
「アタシが頼んだのよ」
溌剌とした声に、フェスティーニは反応する。
赤い髪を後ろで団子にして留め、大きな二本の角が特徴の龍神族、セルヴィーネが雨に濡れている。
手には木彫りの竜を持っている。
結界の媒体となっている木彫りの竜、側に置かれている神像の裏にあった代物。
「まさか君がここにいるなんてね。アスラちゃんは?」
「アイツは基地に置いてきたわよ。それより二人はどうしたのよ? 暦の祭壇に行ってたんじゃないの?」
「うん、行ったよ。けど、特に事件と関係するような手掛かりも無いし、殆ど無駄足だったね。帰り道にはツギハギだらけの竜に乗った人がいたじゃない? その人と遭遇しちゃってね〜」
「そ、それで倒したの?」
「ううん、すぐに逃走を図られたから、捕まえられなかったよ。変な技使ってきたし」
攻撃が効かず、幻影のように突如として消えてしまったため、逃げられた。
それを二人に説明した。
そして逆にフェスティーニには複数の疑問が浮かぶ。
その対象は謎の人物ではなく、ここに立つ二人の少女である。
「それで、二人は何故ここに? さっきまで基地にいたんじゃないの?」
「ん、いた」
「いたけど、基地に転移門を繋げたら大惨事になっちゃうでしょ? アタシが止めて、ここに移動させたらどうかって提案したのよ。それにアタシもここ、ちょっと気になってたしね」
低く転移門を設定したのは、雷に襲われている状況を危惧したフィオレニーデの独断、転移先でも雷に襲われたら意味が無いために、故意に低く転移門を築いた。
姉なら何とかなる、と。
その結果が、地下への入り口の崩壊である。
木翼竜がヨロヨロと起き上がり、その場に子犬のように待機している。
「お疲れ、『創られた木翼竜』」
頭を撫で、権限を解除すると、種に戻ってしまった。
雨晒しにされる大きな種を広い、空き瓶に収納する。
「それより疑問が一つある。何でセラちゃんもニーベルさんも、この結界の中にいるの?」
「それは……どういう意味でしょうか?」
「だって、認識阻害が掛けられてるのに、二人共平気なんでしょ? でもニーベルさんに関しては前に行ったけど入れなかったって聞くし、矛盾してる」
何かしらの条件があるはず、しかし分からない。
ウルグラセンは入れた。
犯人も入れた。
しかしフェスティーニとフィオレニーデ、ニーベルに関しては入れなかった。
もしかするとフーシーもグノーも入れなかった。
セルヴィーネに関しては謎でしかない。
この差は何だ?
条件は何だ?
謎に次ぐ謎が立ち止まっては現れて、彼女を嘲笑って翻弄している。
「セラちゃんはフィオちゃんのように転移門で入ったのかな?」
「いえ、普通に結界を通り抜けたけど、別に何も起こらなかったわよ」
ならウルグラセン達のように、セルヴィーネには何かがあったと考えるべきだ。
通り抜けるための許可証を持っていたのか。
それとも体質なのか、或いは認識阻害に掛かる前に通り抜けるスピードで入ったのか。
考え得る可能性は複数ある。
のに、どれが正しいのか不明と来たものだ。
しかし何か共通点があるはず、その条件を考えて彼女は思考を広げていく。
(二回来たのはボク、フィオちゃん、ニーベルさんの三人のみ。ボク達はそれぞれ共通点以外で入ったし、ボクもフィオちゃんも職業使って強引に入ったから除外。残るはニーベルさんだけとなる)
彼女は二回接近し、一回目は認識阻害のせいで入れず、二回目は何故か入れた。
ウルグラセンは普通の人間のはずで、彼が入れた理由も分からない。
セルヴィーネに関しても平然としているため、ウルグラセンが龍神族というのか?
(二回の違いは何だろうか?)
自然とそこへと意識が向かう。
この結界は何を意味するのか、どうして二回目になってニーベルは入れたのか、一回目との違いは何か、これも犯人特定に繋がる気がする、そう感じた。
しかし入れたから何だと言うのか、入れなかったから何だと言うのか、ここにはもう用事は無い。
「セラちゃんの気になってた事って?」
「あぁ、この神像の裏にあるっていう結界の媒体、これが気になったの。それに、さっきまで地下に行ってたわ」
「何か感じた?」
「権能が物凄い反応してたけど、それ以外は特に何も。こっちの触媒の方にも権能が反応してるけど、外にも出せないのに何で反応してるのかしらね」
要するに、そこには重要な何かがあると言っているのと同義だった。
権能の定義はかなり広い。
しかし、ここで言う『反応』とは、犯人を示す手掛かりの一つ、として観測される。
「取り敢えず、帰りませんか?」
「うん……そうだね」
これは後に判明する犯人の職業にも関与する手掛かり、船乗り達にいるであろう裏切り者が施しているなら、基地にいない男達が犯人なのかと想像する。
バンレックス、ヴェルゲイ、そしてグノー。
誰が何の目的で外に出て、犯行を繰り返すのか。
しかし時間も限られている以上、一つ一つに手間を掛けられないのも事実。
ニーベルから聞いた『平等』とは一体何なのか、犯人は一体誰なのか、ますます強くなる雨足が、事件が佳境へと入っていくのを如実に伝えているようだと、エルフの少女には感じられた。
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
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