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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第四章【南国諸島編】
183/276

第174話 暦の特異点へ

 暦の祭壇とは、かつて海の民達が戦った場所であり、同時に儀式を行うための施設でもある、三神龍によって創られた神殿で、そして現在そこには二人の女性が木翼竜に乗って参上した。

 諸島の海は怒り狂っている。

 深海龍リクドの影響が強く反映しているからだ。

 中央の島とも呼べない島、巨大な灯台だけが存在する場所に降り立った木翼竜は、種へと退化していった。


「す、凄い能力ですね、生物学者とは……」

「これでも数百年の研究有りきの力だからね〜」


 彼女が使用したのは『創られた木翼竜(バーティフィック)』という、翼竜を品種改良した種であり、それに乗って迫る雷雨を神速飛行で突破した。

 そのため、ニーベルは若干の乗り物酔いに苛まれて顔面蒼白となっている。

 口に手を当てて、吐き気を抑える。

 この神聖な場所で吐く訳にはいかないため、晴れ渡る水色の空を仰ぎ、深呼吸して気持ちを鎮める。


「えっと、大丈夫?」

「は、はい、ご心配お掛けしました……」


 久方振りの晴れの空はとても懐かしく、青空に浮かぶ真っ白な綿飴がお日様を半分隠していた。


「それにしても、ここには初めて来たけど……こんな風になってるんだね〜。童話と遜色無いや」


 立派に建造されている白い巨塔、三つの入り口があり、指輪が無ければ最上階の祭壇には行けないよう、特殊な魔法が設置してある。

 また、日輪島方面から来た事もあり、島の端には龍の巨門も建っていた。

 アーチ状となって、柱が龍の形を模している。

 フェスティーニの立つ場所から見て、左手には生命龍、右手には深海龍が向き合って柱の役割を果たしている。


(小さな人工島のようだし、塔の外周もそこまで大きくないようだね)


 すぐに端っこへと辿り着く、ただの大きな塔。

 童話の最後に描かれているものを不意に思い出す。


「『三体の龍が天に昇りし時、暗澹たる蒼穹は白星に包まれ、黒き運命の戦士と共に、世界は新たなる時代を迎えるであろう』、か」


 それがどういった意味を示すかは童話の何処を見ても描写説明が無く、解釈次第では百八十度回転する一文。

 三体の龍は三神龍。

 暗澹たる蒼穹、というのは日輪島の暗雲を指すのか?

 それが白星に包まれる意味も不明。

 黒き運命の戦士、これが誰を指すのか、フェスティーニには少し予感があったが、新たなる世界を迎えるという状況も今一理解し得ない。


「今の言葉、童話の最後の一節ですね?」

「うん、ニーベルさん何か知ってる?」

「いえ、私もあまり詳しい訳ではありませんので」


 伝承、童話、その類いの最後に描かれる挿し絵と文、それが世界における新時代との転換点となるのか、真偽はどうあれ、事件と関わりがあるのかすら微妙だった。

 ただ何故か、黒き運命の戦士、が気になった。


「それで、これからどうするの?」

「はい、まずは中に入ってみようと思います」

「え? でも入るためには領主達の持つ鍵、指輪が必要なはずだよね?」

「そうです。なので、持ってきました」


 ポケットから取り出したのは、一つの太くゴツゴツとした装飾された指輪だった。

 赤色の菱形の宝石が埋め込まれ、青黒い指輪を塔の扉前に翳してみると、その扉が淡く光を帯びたと思った瞬間、消えてしまった。

 まるで結界が解かれたかのように。

 内部に入れるようになったが、何故ここに指輪があるのかという疑問が彼女の脳裏から口へと飛び出た。


「どうしてここに指輪が?」

「これは予備でございます。万が一領主様が指輪を失くされたとしても入れるように、予備が何個かあるのです。そのうちの一つを持ってきました」

「指輪ってそんなにあるの?」

「はい、鍛冶場に依頼しましたので」


 依頼を受け、創ってもらい、それから塔の扉として機能させるために魔導具を読み取らせた。

 だから何個か存在している。


「では、行きましょう」

「う、うん……」


 巨塔へと入り、暗かった内部が二人の入室を確認し、壁や床、天井までもが真っ白に光を持つ。

 少し奥へと歩くと、中央が開けた場所に出る。

 部屋の中央の床には少し大きな魔法陣が描かれており、それに魔力を注いで起動させると、魔法陣が光り、魔法陣を中心とした円形リフトが上空へと登っていく。

 さながら、エレベーターのように。

 中心には階層を指定するボタンがあり、家政婦がいつの間にか最上階へのボタンを押していて、数箇所手摺りが付いているリフトが浮遊、上昇していく。


「凄いね、この施設……本当に三神龍が創ったのかな?」

「さぁ、どうでしょう。海の民が創ったという逸話や、エルダードワーフが建築技術の粋を注ぎ込んだ、という話もあります」

「そうなんだね。前に調べた時は、そこまでは知らなかったな〜」


 リフトの上昇によって空が近付いてくる。

 円形に開けた天井へと登っていき、最上階に到達した二人はリフトから降りた。


「へぇ、こうなってたんだ」


 最上階、それは強風に晒される屋上であり、リフトの周囲三方には何段か積まれた階段、そしてその先に何かを嵌め込む台座、そして依り代である三神龍の神像が見えた。

 台座の側、塔の外縁に沿って三神龍の像が中央を向いて置かれている。

 神器を嵌め込む場所はその台座で、台の上には魔法陣が描かれて、中央には窪みがある。

 大きさは人の膝辺り。

 全ての神器を穴に嵌め込めば巨塔全体が動き、結界を作動させるための魔導具が光を放ち、各諸島の灯台と連携する流れとなる。

 だがしかし、その神器を嵌め込む台座の穴が、円ではなく細い線だったりする。


「ねぇ、神器ってその指輪じゃないの?」

「いえ違いますよ。これはただの通行証、神器はまた別物ですよ」


 日輪島、月海島、星夜島でそれぞれ異なっている。

 日輪島では短い線が、月海島では十字穴が、星夜島では長い線が空いている。

 この三つの穴が祭壇の台座に空き、三つの祭壇のうちの一つに登る。


(ここから日輪島が見える。この魔法陣の中心に神器を嵌め込んで魔導具を作動させるんだろうか)


 祭壇の足場は円形だが、その祭壇に設置されている台座の下框したかまち上框うえかまちは九神龍を象徴しているのか、九角形となっていた。


(確か前世で言う、蓮華座っていう種類の台座だよね?)


 しかし所々知識と食い違う箇所があった。

 蓮華座が蓮華を彷彿とさせる形をしているのに対し、ここにある台座は三つ全てが蓮華とは無関係、日輪島の台座の蓮弁には天空の雲を飾りとして採用している。

 同じく星夜島では命の灯火として炎を、月海島では母なる海として波を飾りとしている。


(まるで転生者か転移者が伝えたみたいだ……)


 台座が用意され、そこに何かを差し込めば、塔全体が結界の魔導具として起動する。

 それを見てみたい、彼女はそう思った。

 しかし前世の知識を踏襲したような造り方に、違和感を禁じ得ない。


(月海島の名前の由来もそうだけど、この島に来た勇者って本当に何者だったんだろ?)


 この塔の床も大理石で形成されているのかツルツルとした手触りで、真っ白な床や祭壇、台座も含めて誰がどういう風に創ったのか、より気になってしまった。

 謎の多い暦の祭壇、何故『暦の』と付くのだろう。

 不思議にも何か関係があるのかと、他の台座も調べてみるが、手掛かりになりそうなものは何一つ無い。


「凄い施設だけど……う〜ん、手掛かりらしき手掛かりは無さそうだ」


 この島に何か細工されてるという訳でもなく、誰かが侵入した気配も無ければ、何か悪意を感じたりもしておらず、無駄骨だったのかと落胆した。

 だが、気分転換にはなった。

 鬱屈とした雷雨の数々が、山のように積み上がった手掛かりの数々が、この場には無い。

 解放された気分だが、いつまでも遊び呆けている場合でもない。


「って、あれ? ニーベルさんは何処に……」


 三つの台座ばかり調べていたせいで、肝心の家政婦が行方知れずとなっていた。

 と、リフトが下へと降りている。

 途中の階層で止まっているようだったため、穴に近付くと接近反応を感知したリフトが、一人でに登ってきた。


(うわぁ、便利だなぁ)


 どの階層に行ったのかを生命魔法で探り、その階層を指定して降りていく。

 少し階層を下ったところで、メイドを発見した。


「おや、フェスティーニ様、観察はもう宜しいので?」

「うん、流石に退屈しちゃうからね〜」


 点検を始めようとしていたニーベルだったが、リフトからエルフが降りてきた。


「今から始めるとこかな?」

「えぇ、侵入されてるとは思いませんが、念の為に点検は必要ですから。点検の間、お暇でしたら私めが話し相手になりましょう。聞きたい内容がございましたら、可能な限りお答えしますよ」

「それ、ニーベルさんが退屈を凌ぎたいだけなんじゃ……まぁ良っか」


 退屈を凌ぐために、彼女は他愛無い話を切り出した。


「そうだね〜、今は聞きたい内容も思い浮かばないし、一つ昔話でもしようか」

「昔話……どのような話なのでしょう?」


 楽しみだ、とエルフの話に耳を傾ける家政婦。

 対照的に、語り手は淡々と物語を描き始める。


「とある街に一人の少女がいました。その子は身体が弱く、いつも一人で星を眺める毎日。名を……『ソフィ』とでもしておこうかな」

「名前の由来は?」

「ボクの本来の名前を他言語化して、その単語を略した形になるのかな。さて、話を続けようか」


 彼女は語る、とある一人の少女ソフィの物語を。

 ある街に一人の少女がいた。

 名前はソフィ、黒くてサラサラとした髪に、月のような金色の瞳をした愛らしい子供で、身体が弱いせいで友達と遊べもせず、よく一人で過ごす子供だった。

 田舎の小さな家に生まれ、ほぼ何不自由なく育てられた少女は、唯一の不自由である身体に不満を抱き、いつも窓の外を眺めていた。


 ――あぁ、どうして私は皆とは違うんだろう?

 ――あぁ、私もお外で遊びたいなぁ。


 ソフィは外で皆と一緒に遊びたかった。

 自由に駆け回って、遊んで、笑顔を咲かせて、そんな窓の外の光景が羨ましくて、眩しくて、彼女は陽光が入る部屋で小さく咳を零す。


「そんなソフィの前に、一人の少年が現れました」

「少年?」

「その少年は向日葵のような笑顔で言いました、『僕が外に連れてってあげる』と。手を差し伸べて、少女を救いの方舟に乗せ、二人は星の降る丘に辿り着きました」


 瞬く星々が二人を歓迎する。

 ソフィと彼女を連れ立った少年は、星丘に大の字に倒れ、無窮の夜空を眺めた。

 初めて友達と外に出た。

 胸の鼓動が高鳴っていき、相反するように冷たい風が火照った身体の熱を冷ました。

 降り注ぐ流星群に願いを乗せて、少女は夜空に浮かぶ月へと手を翳し、その手を握り締め、ソフィは母親より聞いた言葉を少年へと言った。


 ――流れ星はね、私達の願いを乗せていくんだって。

 ――その願いは一体何処に行くの?

 ――何処までも、神様に私達の願いが届くまで……きっと何処までも宇宙を旅するの。


 二人は星の沢山見える丘の上で、横並びに一緒に願い事を星に乗せた。

 少女は祈り、少年は願う。

 胸中にある願いを実現させるために。


「二人は何を願ったのですか?」

「……決して叶わなかった絵空事だよ」


 少年は願った、また一緒に星を見に来よう、と。

 少女は祈った、少年の願いが叶いますように、と。

 だが、二人の願いは決して叶いはしなかった。

 少女はいつしか病床に伏し、少年は青年へと成長し、彼は毎日彼女のお見舞いのため足繁く通う日々が始まり、星を眺める幸せは過ぎ去ったのだ。


「真っ白な病室で少女はこう思いました。『私が彼を縛っているのではないか』、と」

「それは……悲しいですね」

「少女の余命は残り数ヶ月、長くても一年が限界、それを分かっていながら青年は毎日、飽きもせず毎日、少女の病室を訪ねました」


 ドアを三回ノックする音が、その病室に響き渡る。

 入室した青年は、優しい笑顔で静かに尋ねた。


 ――調子はどうかな?


 彼が来て嬉しいはずの彼女は、その日に受けた余命宣告で精神に余裕が無かった。

 調子はどうかな?

 見れば分かるだろう、最悪だ。

 好きな人は自分の死後も何十年も生きるだろう、なのに自分は彼の隣にいない、それを想像した瞬間、胸に歪みが生まれた気がした。

 その衝動が何なのか分からず、棚に置かれていた花瓶を彼へ投げ付ける。


 ――調子はどうですって!? 巫山戯ないで!!


 ハッと我が身を振り返った時、彼女はその言葉と行動を後悔した。

 花瓶の割れる音が室内に木霊して、その割れた音と共に散乱した花瓶が彼女を正気に戻し、恐る恐る顔を上げると、青年の額から血が伝い落ちる。

 目尻に血が到達し、まるで赤い涙を流す彼は、震える言葉を吐き出した。


 ――軽率な発言だった、許してくれ。


 彼は何も悪くない、なのに頭を下げさせ、謝罪の言葉を述べさせた。

 その日、彼の額には一生涯残る傷跡ができた。

 こんな形で彼に私を覚えてほしくない、胸が裂ける想いは言葉にならず、涙が込み上げて視界がボヤけていく。


「少女が恐れたのは、死、ではなく、彼と一緒にいられない事でした。あぁ、どうして私はこんなにも無力なのでしょう。どうして彼と共に歩めないのでしょう。彼女は日に日に想いが増していくばかり」

「……」

「そして次第にソフィは、彼と一緒にいる時間が辛くなっていきました。それも当然、彼女が死んだ後も青年は少女との思い出に縛られるのだから」


 青年一人残して死ぬ、それは青年に自分の最期を看取らせて、その後の人生を縛るかもしれないから。

 それは彼を苦しめる結果になる。

 長い人生を一人で歩ませる。

 そして、次第に自分も忘れられる。

 それが許せなかったから、彼女は嫌われるために、青年に当たり散らした。


「愚かにも、ソフィはまだ成人していない子供でした。だから何が正しいのかも分からず、彼に罵詈雑言を放ちました。嫌われて忘れてもらうために」


 鬱憤を晴らす目的もあったかもしれない。

 しかし青年は彼女の罵倒全て、文句すら一つとして言わず受け入れた。


 ――ねぇ、何で言い返さないの?


 分からない、嫌われる自信すらあったのに、どうして彼は何も返答しないのか。

 一つの答えが、彼女の胸に残った。


 ――君が好きだから、君の気持ちはよく分かる。


 嫌われようとしているのも、罵倒を繰り返したのも、忘れてもらおうと画策しているのも、全部分かった上で彼は彼女の言葉を一文字も聞き逃さなかった。

 その時、彼女はまた酷く後悔した。

 同じだ、同じ事の繰り返しだと、その日の夜は涙が止まらなかった。


「ソフィは泣いた、涙を全て出し尽くした。その後、彼女は涙を流す事は無くなった」


 その日から数ヶ月間、ソフィは畢生を燃やし終える運命の日まで、彼と最期の時を共にした。

 沢山の会話をした。

 窓から毎日星空を眺めた。

 愛する人との最期の日まで、彼女は長くて短い時間を過ごした。


 ――もう、お別れの時間だね……

 ――そんな寂しい事言わないでくれ。


 二人の最期の時間が訪れた。

 身体も起こせず、枕から頭を離せず、少女の手が青年の両手の温もりに包まれる。


 ――ねぇ……約束、覚えてる?


 少女は彼に聞いた。

 昔にした約束事を、彼女は青年の瞳を見つめた。


 ――覚えてるよ。君が死んだら僕がお星様になった君を、僕が死んだら君がお星様になった僕を、その星を探すんだ、って。

 ――だから……もしお星様になったら、私を……


 ソフィは最後まで言葉を紡げやしなかったが、青年には彼女の言葉が何なのか分かった。

 喉から出るはずの声は出ず、何かに口を塞がれる。

 柔らかく、温かく、そして悲しい味が最後に覚えた彼女の温もりで、蕩けるような接吻が死の間際に感じた彼からの愛だった。

 心電図の音がリズムを止め、青年は少女から顔を離す。

 少女は安らかな笑顔で、静かに息を引き取った。

 声が聞こえずとも塞いだ言葉の先を、彼は彼女の意図を汲み取った。


 ――あぁ、約束するよ。


 包み込んだ両手に涙が零れ落ちる。

 君を忘れない、君を覚えているよ、と。

 流れ星がキラリと窓の外で流れていき、ソフィの命を何処かへ運んでいく。

 少女の生命は終わりを迎え、流星群に攫われて、お星様となった。


「そして青年は少女との記憶を胸に、生きたのでした。めでたし、めでたし……」


 少女ソフィの十六歳までの人生は物語を綴り終えた。

 それで終わるはずだった。


「気付けば少女は真っ白な世界にいました。周囲には誰もおらず、ソフィの身体は霊魂のみとなって、意識はそこに収められていました」


 ここが天国なのか、と。

 もう二度と彼と会えないのだな、と。

 彼女は一人、誰も知らぬ場所にいた。


「すると目の前には、まるで当然のように一人の男性がいました。彼はこう名乗りました、私は偉大なる『創造神ゼルディノス』である、と」

「創造神……以前も創造神について言ってましたが、改めて考えると、神の中に創造神はいないはずでは?」

「これは物語だよ。まぁ、話半分に聞いてよ」


 創造神ゼルディノス、彼は霊魂のみとなった少女ソフィへと質問した。


 ――君は次の人生に、一体何を望むのか?


 彼女は答えた。


 ――私は彼と会えればそれだけで充分です。けど、それはできない。私は死んでしまったから……


 生命の輪廻とは、時には残酷な運命を辿る。

 それを享受していたから、彼女は会いたいという言葉を望んでも、その神様とやらにお願いする気は無かった。

 しかし、その男神は口角を上げる。


 ――君が望むなら、その願いを聞き入れよう。ただし、君は元の世界には帰れない。そしてその願いのためには対価を頂こうかな。

 ――何を差し出せば良いのですか?

 ――君は今何も持っていない。いや、君のその男の子との大切な記憶、もしさっきの願いを叶えたいなら、それを全て頂こうか。どうする?


 少女は悩みました。

 青年との想い出を残して転生するか、青年を忘れてもう一度出会うか、彼女は悩んだ。

 忘れたくない、忘れてはならない。

 その彼女の義務感が、一つの解答を導き出した。


 ――私の名前を貴方に捧げるという方法、それでも構いませんか?

 ――あぁ、それでも構わないけど、そうしたら君を覚えていた彼も、君の事を忘れてしまうかもしれないよ? それでも君は、自分の名前をこの私に捧げるのかい?

 ――はい、それで彼と会えるなら。


 少女ソフィは、自分の持つ真名を創造神へと捧げ、約束事を取り付けた。

 神と交わした契約によって、彼女は新たな世界へと送られる。

 そこで生きるために、神からの餞別を戴いて。

 そして彼女はとある世界に産声を落としたのだった。


「はい、お終い」

「……」


 ニーベルの手は完全に止まっていた。

 あまりにも少女の話が重たすぎて、何と言えば良いのかと迷ってしまう。

 その話について、感想が追い付かない。


「もっと楽しげな話かと思ったのですが……その話は、誰かの史実なのでしょうか?」

「うん、ある一人の少女の史実さ」


 一人の少女が青年と別れ、転生したというだけの話。

 神と出会い、この世界に新たなる生を授かった、一人の少女の物語。


「さて、ニーベルさん」

「はい?」

「手、止まってるよ」

「……おや、私とした事が、貴方様のお話にすっかりと傾聴してしまったようですね」


 少女の数奇な運命は、一人の少年を巻き込んだ。

 彼と会いたい気持ちが、そうさせた。

 だから彼女は後悔と歓喜の反発する二つの感情に揺れ、混ざり、一つの新たな人格を形成する。

 ニーベルは、内部の構造の点検を続けながら、フェスティーニとの会話を楽しむ。


「ですが、悲しい運命にある二人が幸せになるのを、私めは陰ながらお祈りしております」

「……そうだね。けど、そのせいで青年を危険な目に合わせているとしたら? 少女は悔やみ続けるだろうね」

「悔やんでおられるのですか?」

「何故ボクに聞くんだい?」

「いえ、何となくそう思っただけですよ」


 巨塔内部のチェックを進めながら、二人は下の階層へと移動していく。

 魔導具の魔力伝達の配線ケーブルの異常、魔法陣の乱れ、魔導具の老朽化の点検等を繰り返し、その巨塔に異常が無いと判断した。


「大まかに確認しましたが、誰かが侵入した形跡はありませんでしたね」

「じゃあ、一年以内に誰もここに来てないんだね?」

「えぇ、そうです」


 暦の祭壇に関する手掛かり、天候不良の原因等はやはりここには無かった。


「あ、一つ聞いといても良いかな?」

「はい、何でしょう?」

「領主さんが言ってた、神器が怪しいってどういう意味なのかな?」


 領主館を出る直前に言われた言葉、行き先は誰にも告げずに消えてしまった領主の残した言葉の意図とは、一体何だろうか。

 できるなら、神器を見てみたいとも考えていた。

 どういった存在で、どのような価値があるのか、そして犯人は狙ってこないのか、とか。


「日輪島の神器は地下に大切に保管されています。雨が降り始めて二日目でしたか、神器が急に共鳴するかのように震え始めたのです」

「それを見た人は?」

「私と、それから領主様のみです」

「どうやって知ったの?」

「地下で急激な魔力膨張を観測しましたので、その様子を見に行ったところ、神器が何かに反応して震えていたのです。しかし振動はすぐに収まり、それ以降は微動だにしませんでした」


 どのような神器かは知らずとも、フェスティーニには何となく想像できた。


(やっぱり……犯人達は神器に興味が無さそうだ)


 あるなら、とっくの昔に領主館を襲撃している。

 けど、そうなっていないという事は、犯人達の目的は神器ではなく、別にあるという。


(雨が降り始めて二日目、つまり一月七日にそれが発生したはず。じゃあセラちゃんの言ってた事件発生は一月七日だった?)


 一月六日から異常、雨が降り始めた。

 しかしセルヴィーネだけが一月七日ではないのか、と問うていた。

 権能か、それとも本能か、諸島を急襲する厄災が一月七日に始まったのだと、確信を得た。


「あ、ニーベルさん、事件とは関係無いと思うんだけどさ、暦の祭壇について、何で『暦』って名付いてるのかな? 理由を知ってれば教えて欲しいんだけど……」

「その名前が付いている理由は二つ、一つは月、星、太陽の島の中心点にあって、その三つの島と繋がっているからだそうです」

「……はい?」

「時計回りに波が発生してるのは知ってますか?」

「それは聞いたけど、波と関係あるの?」

「日輪島の太陽、つまりは昼を、星夜島の星と夜、陽が沈んで映る夜と星を比喩に、そして月海島の満月、月が夜空に昇る。その波の向きと島の立ち位置、それを循環、つまり一日と考え、一年を契機に結界が発動する。その理由から『暦』が最適だとか」


 それを考えたのが太古の人々、彼女は先祖代々から伝わる話を聞いたに過ぎず、真偽は不明だとも説明を付け加えておいた。

 その比喩表現は、所謂こじつけである。

 そうフェスティーニには思えたが、何故このような場所を三神龍が創ったのか、疑問が尽きない。


「それって例え、だよね?」

「はい、例えです」


 詭弁、屁理屈、だが名前の由来とは、そういった主観から生まれるもの。

 話自体を理解するだけに留め、もう一つの理由を聞いた。


「もう一つは、暦の祭壇がこの世界の(・・・・・・・・・・)特異点になるから(・・・・・・・・)、だと言われています」


 暦の特異点、つまりは歴史の境界線となり、それが今回で言うところの七月七日、運命の日。


並行世界(パラレルワールド)、それか立体交差並行世界論のような枠組みみたいだね。それを伝えた人は何者だろうね〜?」

「ぱら? り、立体? 知識不足で申し訳ありませんが、教えていただけませんか?」

「パラレルワールドっていうのは、もう一つの歴史が存在したのではないか、という並行世界を指す言葉だね。例えば、ある少年が二つの道の前に立ち止まったとしよう。右の道、左の道、二つある」


 その二つの道のうち、少年は右の道を通った。

 すると少年は道端の石に躓いて転んでしまった。


「もし左に行けば転ばなかったかもしれない。右の道を選んだ歴史、そして同時に左の道を選んだかもしれない歴史、二つは同時に存在しない。けど別の時間軸、時空軸には違う歴史があったかもしれない。それがパラレルワールドっていう概念さ」

「少しは理解できた気がします。では、立体……何とか、とは?」

「立体交差並行世界論、これは簡単に言えば別の時間軸、空間軸に存在する幾つもの歴史が、ある一点で立体的に交わるって話かな。例えば史実A、史実B、史実Cがあったとしよう。史実Aでは少年は剣聖に、史実Bでは少年は賢者に、史実Cでは少年は錬金術師になる歴史だと仮定してみようか」


 史実Aでは剣聖となった少年がいて、史実Bでは賢者となった少年がいて、史実Cでは錬金術師となった少年がいて、それぞれの少年は別々の場所で生まれ、別々の人生を送り、別々の史実をなぞる。

 その全ての歴史は並行世界、決して交わりはしない。

 世界軸が『横』であるなら、時間軸を『縦』として考えを転換する。

 その三つの歴史を横ではなく上から俯瞰すると、平面上で一点に交わる臨界点が存在し、そこには一本の時間軸が三つの世界軸に突き刺さっている状態となる。


「臨界点、それが何か分かるかい?」

「……特異点、ですか?」

「ピンポ〜ン、半分正解だよ〜」


 正解した回答は欠けており、その特異点を現在の話と合併させると、その時間軸の交わりで複数の歴史の収束点と分岐点が重なり合う、そういった解釈となる。

 それが特異点である、と。

 ただ、その説明だけでは欠けている部分を埋められはしない。


「半分正解? では、残りの半分とは?」

「さっき三つの史実を紹介したよね? その史実の臨界点とは何処だと思う?」


 ニーベルは、千年の賢人からの問いに熟考する。

 三つの史実で交わる点は何処か、別々の人生を歩み、その三つの史実を繋ぐ一点を探し出す。

 生まれ、人生を歩み、職業を得て、歴史上の役割を果たした少年の一生涯の中での唯一の臨界期、彼女は彼の三つの歴史を脳内で動かして、縦に重ね合わせる。

 その三つの史実が一点に交わる部分が、たった一箇所だけ存在した。

 それは思いもよらぬ部分であり、それはこの世界の成り立ちにも起因するものだと、心臓の鼓動が高鳴った。


「ま、まさか……『職業選別の儀式』、が?」


 神が人に授ける儀式、職業を得られる十五歳成人の日の儀式が、特異点になり得るのか、と感情が追い付かず、自分でも訳が分からずに混乱する。

 だが、もしそれが事実だったとするなら、世界で特異点だらけ、穴だらけとなってしまう。


「それも正解だよ。けどね、一人の人間が受けた職業選別の儀式こそが、この世界における特異点になったんだよ。いや……ボクがそうしてしまったんだ」


 何を言ってるんだ、とニーベルは混乱した頭がパンクしてしまう。

 彼女の話は支離滅裂であるはずなのに、いや、全ては繋がっていたのだと、エルフの少女の話によって家政婦は理解させられる。

 憂いた表情の彼女は目を伏せ、後悔と懺悔の念を押し殺して、フェスティーニは答えを話した。






「ノア君が、彼こそがこの世界(クラフティア)に……いや、この現世界(クラフティア)を含む世界軸上の多世界全てにおける、最大の特異点の一つなんだよ」






 グラットポートの英雄が、ノアという人間が、大きな穴であり、この世界における『異物』であるのだと、フェスティーニは語った。

 ノアとは何者か、フェスティーニとの関係は何なのか、世界における謎と共に、彼女の口から語られようとした瞬間、少女は頭を抱え、膝を折る。


「グッ!? あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

「フェスティーニ様!? 一体どうされたのですか!?」


 介抱しようと近付くが、足元に水のようなものを踏み付けた感触が音として聞こえた。

 薄暗い場所で、太陽の光が液体に色を付けた。

 赤く染まる血が、彼女の口から垂れている。

 頭が焼き切れる程の痛みが彼女の目を血走らせ、苦痛が彼女の脳裏を壊そうとする。


「け、契約……の、ち、から…か………神、め……ご、ごめん、ね、ニーベルさんっ!!」


 苦し紛れに、両手を合わせて一つの種子を新芽へと発芽させ、綺麗な花の剣を咲かせる。


「『忘却の龍星花(グラディオブリス)』」


 地面に突き刺さる一振りの剣を抜き放ち、真っ赤な剣身をした花宝の剣で、ニーベルを両断した。

 龍星花の意匠が凝らされた鍔から生える剣が、赤い残光を描いた。


「カハッ……」


 白目を剥き、メイドは気絶した。

 血を噛み、剣を支えに、彼女は立ち上がった。

 頭痛が治まり、乱れた息を整えた少女はニーベルを抱えてリフトを降りる。

 足元覚束ない彼女は、呟きを零す。


「今はまだ契約中だったのを、すっかり忘れてたよ。ごめんね、ニーベルさん」


 一人世界の真実を知る少女は、一階の玄関より外で日光を浴びる。


「ケホッケホッ、この仕打ちは酷いな〜。忘れさせたから契約は一時的に元に戻ったけど……」


 この話はニーベルという一般人にしてはならない規律、それを破った彼女に与えられたのは契約という名の激痛、だから彼女は罰を受けた。

 その罰を調整するために、ニーベルから記憶を切り刻んで消去した。

 脳が縛り付けられた。

 二度と味わいたくないものだと思い、この話を無かった事にして彼女は休息を挟む。


(ノア君、ごめんよ……ボクが君を特異点にしてしまったんだ。だから、ボクが君を救ってみせるよ)


 巨塔が少女を見下ろし、少女は空に誓う。

 今度は自分の番だと。

 この運命の輪廻に彷徨わせた張本人だからこそ、彼女は青年に対して愛情と、責任を感じている。

 安易に神に頼んだかつての自分を恨みたい気持ちが、彼女の心を傷付ける。


(弱音は吐いちゃ駄目だよね)


 沢山泣き、沢山傷付けたからこそ、今度は抱き締めて、謝罪と愛の囁きを彼へ贈り、あの時叶わなかった願いを一緒に叶えるのだ。

 だから彼女は起き上がる。

 悪意に包まれた日輪島で、何度転んでも立ち、恐怖へ突き進んでいく。

 その運命の日は歴史上の特異点となり、青年という特異点とが重なって、巨大な歪みを生み出す。

 その歴史は決まっている。

 どのような結末を迎えようが、青年はその日まで死なず、その七月七日は世界の転換期となる、ならば彼女ができるのは備えるだけ。


(さて、ニーベルさんが起きたら、もう少しだけ点検を続けて、帰るとしようか)


 眠る家政婦を横に、久方振りの日光浴を楽しむ。

 荒波が防波堤を殴り、波の叫びと風の騒ぎ声が一時を埋める音楽と早変わりする。

 その場に腰を下ろし、過ぎ去る雲を眺めながら、少女は時に身を任せた。






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