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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第四章【南国諸島編】
182/275

第173話 突き詰めた先に見えた光

 船乗り達との会議が突然の終幕を迎え、フェスティーニは一人、屋敷の居間で水晶玉の記録を一つずつ再生させ、この半年間の事件の概要を調べていた。

 居間には彼女以外誰もいない。

 セルヴィーネとオルファスラの二人は食堂で夕食を、フィオレニーデは部屋で就寝中だった。


「もう三時間も映像を凝視しておりますが、少しお休みになられたらどうですか?」

「ありがと、ニーベルさん」

「どう致しまして」


 彼女の大好きな紅茶をニーベルが用意し、数十分休息を貪り始めた。

 スタンドに置かれた宝石のような焼き菓子(マカロン)を摘み、口に含む。

 甘く、優しく、ブドウ糖が脳を活性化させる。


「それで、何か進展はございましたか?」

「いや、特に何も。日輪島の事件に関しては正直打ち止めかな〜」


 日輪島に関する情報はほぼ出揃った。

 熱い紅茶が、雨で冷えた身体を内側から温める。


「けど、正直船乗り達の記憶操作、それからウルグラセンという人が結界を通り抜けられたのか、その二つが少し引っ掛かっててね」

「どういう事でしょうか?」

「えっと、まず船乗りの人達が密航船を捕えようとしてるんだけど、何回か失敗に終わってるそうなんだ。記録も無くて方法も無い。ボク達がいたから、『飛んでいく』って方法が自然な流れで会話に出てきた。そのせいで船乗り達も触れなかった一つの事実がある」

「……つまり『本来あったはずの渡航方法』、その忘却ですね?」

「うん、強制的に忘れさせられてた」


 問題なのはここから、記憶を封じるというのは要するに犯人が何かをさせたくないがための処置、それは今回で言うなら『離島へと行かせないため』である。

 予想外の異種族達の乱入により、犯人側も焦ったはず。

 船乗り達に記憶封じを掛けたのは催眠術師か、それとも別の職業か、そこは今は大した問題にはならない。

 目を向けるべきは、潜水艇を隠していた事実。

 もう一つは、何故誰も触れなかったのか、である。


「誰も触れなかった、というのは重要なのですか?」

「シャルちゃん達が作戦を練ってたとして、それが一回だけ実行された訳じゃないってのが肝心なとこなんだよ」

「つまり、その何等かの方法が今回の作戦会議で議題として上がっていなかった、それが問題だと?」

「だって考えてもみてよ、船乗り達の密航船拿捕には乗り物が必要不可欠、そのはずなのに作戦を練っていて誰も潜水艇の存在に気付きもしない。明らかに異常だよ」


 そこから何が考えられるか。

 状況的には、元々は船乗り達だけで作戦を決行しようとしていた。

 飛べる人間もいない、転移能力者もいない。

 ならばどうやって捕まえれば良いのか?

 それが分からず、必ず行き詰まるはずの到達点で立ち往生するどころか、彼等は気付きもせずに作戦を練るだけに集中しているみたいだった。

 まるで思考を違和感無くループさせて、ゴールを隠したみたいだ。

 そして今回は異種族の特徴『飛翔』の力が、思考をそちらへと誘導してしまった。


「これでハッキリした……あの船乗り達の中に、裏切り者が潜んでる」


 あの六人の中にいるのか、それとも攫われたロディが犯人なのか、どちらにせよ背中から強襲する相手が何食わぬ顔で紛れ込んでいる。

 薄々予感していた裏切り者の存在が、これで明確となった。

 連続的な催眠暗示に掛けねば、フェスティーニ達が来る前に気付いていたはず。

 なのに気付かない。

 それは催眠術によって、気付いたはずの記憶まで消されているから、と考えられた。


(けど、何で攫わないんだろ?)


 強い催眠暗示で彼等を縫い留める理由が一切合切不明、そもそも非合理的すぎる。

 攫ってしまえば、暗示で記憶を封ずる必要も無い。

 そこが不明確すぎた。

 猫の目の映像の大半は事件とは無関係な映像ばかりだったが、幾つかは有用な映像として手元に残る。

 しかし、黒幕らしき人物の映像は日輪島ファイルの何処を漁っても見つかりはしなかった。


「やっぱり星夜島の映像かな」


 日輪島から星夜島へと切り替え、そのうちの一つの映像を示した。

 勿論声は聞こえない。

 地質調査隊の一日目と二日目の様子が映像として残されているが、その中にいた一人、黒髪の青年と画面越しで目が合った。


「ノア君……」


 冷徹な蒼眼と、その目下の隈、疲れと憎しみが混ざって世界を映している。

 疑心暗鬼となっている。

 人が消え、疑い合い、ノア達画面の向こうの人間は必死に戦っている。


「このお方は?」

「ノア君、ボクは彼に逢いにサンディオット諸島までやって来たんだ。セラちゃんからは月海島にいるって聞かされてたけど、どうやら彼も彼で事件に巻き込まれてるそうだね」


 音声が無いため、彼の声が聞こえない。

 どんな声だろうか、昔と同じなのだろうか、昔より低くなっているのか、それとも高くなっているのか、会いたい気持ちと会えない現状が彼女のストレス値を増幅させる。


「事件の整理が付いたと思ったら、また混乱する情報が舞い込んでくるなんて……ま、それでも不明点が幾つか解消されたと見るべきかな」


 催眠術を本人が直接孤児に掛けなかった理由、徹底的に自身を表に出さなかった理由、それがバーバラと呼ばれる情報屋の『目』を掻い潜るためだとしたら?

 ならばツギハギ竜に乗っていた第三者こそ、船乗り達のうちの誰か、と考えるのが自然。

 ロディはそのフードの奥を見て気付いてしまったから、攫われたのではないか、と予測もできる。


(辻褄が重なっていく……)


 犯人が星夜島にいる場合、この星夜島の調査映像の中の誰かとなる。

 なら第三の人物はやはり黒幕の協力者で、竜を手懐ける様子から職業は催眠術ではなく、調教師や魔物使いの類いに分類されるはず。

 ここでの問題点を挙げるなら、直接催眠術を駆使しない理由と船乗り達を攫わない理由の二点。

 催眠術を駆使せずに死骸に任せるメリットは顔を隠せるところで、そのメリットを補うには情報屋に関する能力の詳細を知ってる必要性が出てくる。

 ここで、バーバラと船乗り達に繋がりがあるのは確実となった。

 現にユーグストンが連れている猫の視界は水晶玉とリンクしているのだから、その仮説は正しいだろうが、違和感は残る。


(逆に死骸に任せるデメリットは多分、操れる人数が少ないのと、術者が何かの制限を担ってるからだ)


 霊魂の無い人間が能力を駆使する様は、まさに異様。

 いや、霊魂が無いと判断されてるだけで、実はまだその人は生きている?

 映像からでは分からないが、バーバラの能力を知った上で二重に仕掛けを施しているとしたら?

 方法は簡単、ロディの方ではエルフに見えるよう細工、猫の目を介した時には生きてる人間が死んだように見えるよう細工……


(いや、無いか)


 この島に猫が何匹いるかはさて置き、猫に何か細工された様子は映ってない。

 それにその細工は二度手間だ。

 その方法を実践するなら、もっと別の手立ての方が上手く立ち回れるはず。

 それにフェスティーニ自身催眠が効かないため、猫の目を介した時に見える景色が変化してる、とはならず、やはり二重の仕掛けは施されてないと取れる。

 そこから述べられるのは、やはり死骸は死んでいた。

 だとすれば、思考はまた最初の疑問点に帰ってきた。

 何故死骸が能力を駆使できるのか?

 その一点に尽きるというものの、彼女でも仕組みは今一理解できていない。


(今はそれは置いとこう。次に誘拐されてない理由についてかな)


 船乗り達は連続的に催眠術を掛けられていた。

 そのため、記憶の深い部分に触れたせいで反動を受け、皆気絶してしまった。

 催眠術師の特徴として、記憶の蓋は連続的な催眠暗示が無ければ徐々に記憶を取り戻してしまう。

 意味を反転させると、思考がループ、或いは別の方向に進んだままなのは、外部要因より記憶を連続的に処理させられているという意味合いになる。

 近くで監視しやすく、尚且つ、いざとなれば催眠術を掛けられ、隠れ蓑にも早変わりする場所こそが安全圏だという三重の布陣が築かれている。

 その牙城を崩す要因はまさに、犯人は船乗りの中の誰か、という爆弾だ。

 しかし、誘拐されてない理由には成り得ない。

 船乗り達全員を攫い、それに乗じて自分も雲隠れすれば済む話だからだ。


(犯人は誘拐しなかったんじゃなくて……したくとも誘拐できなかった?)


 死骸なら操れるが、生身の人間では操るには能力の強制力が足りないから、とか?

 それとも催眠の支配下にいる人数を圧迫してるから?

 誘拐不可、そこには犯人の不都合があるはず。

 味方を騙し、他人を欺き、自身を隠し、悪党が船乗り達の中に潜み続けているとして、大きな壁に衝突する。

 犯人は誰だろうか?


「あの、一つ宜しいですか?」

「へ? あ、うん、何かなニーベルさん?」


 ここで行き詰まる意識がニーベルへと向けられる。

 彼女は彼女で、事件解決に向かうフェスティーニをサポートすべく、質問を投げ掛ける。


「この猫を操る彼女を誘拐してしまえば、こんな手間の掛かる作業もせずに済んだのでは?」

「うん、ボクもそう思ったよ」


 それが先程経験した違和感の正体。

 監視の目を潰せば、顔を隠し、直接催眠術で孤児を操れば良いだけの話。


「仮説ならある。犯人の協力者がバーバラという人の存在を知らなかった場合さ」

「……どういう意味でしょうか?」


 その説明を必死に読み解こうと苦心するが、ニーベルには理解力が不足していると痛感し、追加説明を要求した。


「船乗り達と繋がりがあるのは、ユーグストンの連れてる猫が証明している。けど、だからと言って必ずしも船乗り全員が彼女を知ってる訳じゃない。過程は何であれ、何かしらの方法で常に島全体が監視対象にある、と知った」

「……だから犯人はバーバラ様を攫えなかった、と?」

「しっくり来るし、辻褄も合うからね〜」


 もしくはバーバラ自身が犯人の協力者、か。

 ユーグストンとグルで犯行を実行してるとなれば、バーバラを攫わなかった理由には説明が付くが、他の説明に矛盾が生じる。


「矛盾、ですか」

「うん、そもそも基地にいた船乗りの中に犯人の共犯者がいるって話だったのに、星夜島にいるユーグストンが犯人でバーバラがグルってのは話が合わない。それに共犯者が複数人いたとしてもユーグストン自らが手紙で『犯人が星夜島にいる』、なんて伝えるのも変だ。だったらユーグストンは犯人側の人間じゃない、バーバラも違う、船乗りのうちの誰かが犯人の共犯者ってのがボクの見解さ」


 手の届く範囲にいて、しかし手の届かない範囲で嘲笑っている。

 時間稼ぎか、離島に行かせたくないという意思だけは強く行動に現れている。


「では、彼等を気絶させたまま残してきたのは、少し不味かったのではありませんか? 攫われでもしたら元も子もないのでは……」

「恐らく裏切り者は攫わないだろうね。自ら隠れ蓑を剥がすよりは、そのまま潜んでる方がまだ賢明だよ」


 それに制限があるはずで、だから自らが攫ったりもしなければ記憶封じに留めている。

 そしてもう一つ、孤児院に何人も子供がいたにも関わらず、映像の中では一人しか誘拐しなかったのが、何か職業に制限があるからだと睨んでいた。

 そして彼女達の利点は、犯人が六人の中にいる、という事実を知らないと思われている点にある。

 犯人の特定が絞れてきている。

 それを知らない犯人は、フェスティーニ達に観察の機会を与えてしまう。


「では、潜水艇とやらで向かうのですか?」

「ボクが犯人ならそんな便利な乗り物、最初に壊しちゃうけどね〜」


 破壊されていなければ、それだけの相手だった、と思うまで。


「かなり絞れてきたけど、まだ根本的な問題解決には至ってない。それに船乗り達の身体が心配だね。記憶の整理のためにも一日は様子を見るべきかな」


 記憶が混乱したまま作業を行えば、効率は格段に低下してしまう。

 心身のケアを要し、その残った時間は作業の見直しに充てる。


「でしたら明日一日を、私めにお時間をいただけませんでしょうか?」

「それはまぁ、別に構わないけど……何するの?」

「『暦の祭壇』へ行きます」


 その発言を聞き逃さず、視線は自ずとニーベルへと向かった。

 暦の祭壇はサンディオット諸島の儀式において、最も重要視される場所で、前に領主から聞いていた話を思い出していた。


「確か日輪島の天気が不調な理由が『神器』にあるって話だったよね? それと何か関係が?」

「いえ、毎年龍栄祭開始より十日前には整備を行ってますので、祭壇へと渡りたいのです。そのために貴方様の力をお貸し頂ければ、と」


 龍栄祭開始日は七月七日、今日は六月の二十六日であり、明日が丁度龍栄祭より十日前となる。

 毎年の流れで彼女達整備士系統の職業持ちが行っている作業だが、今回は龍栄祭が行われない。

 しかし、点検だけでもしておかねばならない。

 そのためにメイドは、フェスティーニの力を必要とした。


「ボクじゃなくて、セラちゃんに連れてってもらったらどうかな?」

「いえ、先程セルヴィーネ様にお聞きしたところ、『フェスティが適任よ』とのご指摘を頂きましたので、こうして頭を下げに参った次第です」


 もしかすると事件に関与しているかもしれない。

 何か手掛かりを得られるかもしれない。

 元々調べるつもりでいた暦の祭壇、こんなところでチャンスに恵まれたフェスティーニは、その大きな魚を逃しはせずに提案を受諾する。


「分かった。なら明日一日はニーベルさんに付き合うとするよ」

「ありがとうございます」


 波の荒さで船が使えないため、誰かに協力を要請するつもりだったニーベルにとっては文字通り、フェスティーニ達が渡りに船、魔工技師は偶然流れ着いた助け舟に搭乗する。

 それが泥舟だろうと、豪華客船だろうと、家政婦には興味の対象外だった。

 沈没しないか、たったその事象だけを気に掛ければ良いのだから。


「ニーベルさんは真面目だね〜」

「それが私めのお仕事ですので」


 定められた仕事を粛々と熟すだけ、その仕事を請け負うに値するだけの実力を持ち、それを命令したのは勿論領主である。

 だが領主は何を知ってるのか、何故姿を眩ましたのか、何故神器が関係してると思ったのか。


「領主さんにも話、聞きたかったな〜」

「お話ですか?」

「うん、ボク達入れ違いで来ちゃったから、詳しいのは殆ど何も聞けてないんだ〜」


 フェスティーニがこの島に来た初日、その日すら数時間さえも領主に御目通り叶わず、しばらくの滞在を許可されて神器が怪しいという領主自身の考えを聞いたのみ。

 一体何しに出て行ったのか?

 何処へ消えたのか?

 そんな疑問ばかりが脳裏を通り過ぎる。

 誰にも行き先を告げず、領主が星夜島にいるのを彼女達は知らない。


「でしたら簡単にですが、私めが状況をご説明致しましょうか?」

「ニーベルさん……何か知ってるの?」

「はい、お聞きになりますか?」


 静かに首を縦に振った。


「私が知っているのは二つのみです」

「二つ?」

「はい。私が知り得た今回の事件に対する情報、そのうちの一つは領主様が巨大な龍を目撃した、との事です」


 それは後にノアが知る情報であり、それを握るニーベルの言葉は新たな解法へ繋がる光だった。

 夜中の三時頃、厠に行く最中で見た窓の外の景色、その様子を領主から聞いたまま、ありのままにフェスティーニへと伝える。


「……巨大な龍に、そこに乗ってた影?」


 まるでツギハギの竜に乗ってた人物が、その影の人物であると言ってるような気がして、彼女は水晶玉のファイルから一つを取り出して見せる。

 そこに映るのは、孤児が攫われる場面だった。


「もしかして、これ?」

「どうでしょう。私が実際に見た訳ではありませんので、何とも言えません。ですが領主様が、『あの龍に睨まれた、もう私はお終いだ、きっと殺しにやって来るだろう』と仰っていたのは覚えております。ほんの数日前です」


 異常な怯えが、日輪島領主を行動に走らせた。

 しかしフェスティーニの持つ観点はそこではなく、別の視点へと定められた。


「……あの龍に睨まれた……もう私はお終いだ……きっと殺しにやって来るだろう……」


 何回か口に出して、その文章の違和感を払拭しようと意識的に自身の言葉に耳を傾ける。

 あの龍に睨まれた。

 もう私はお終いだ。

 きっと殺しにやって来るだろう。

 この文章で最初に気になったのは一行目、あの龍に睨まれた、というフレーズだった。


(あの龍に……『睨まれた』? 真夜中の、しかも大雨の中で何で睨まれたって分かったんだろ?)


 そういった感知系の職業かと思ったが、ニーベルに釘を刺される。


「因みに、領主様の職業は純粋な戦闘系の職業ですので、フェスティーニ様のお考えの可能性はございません。特段目が良い訳でもなく、睨まれたのが普通に見えた、というのが正確な状況かと」

「あの、うん、心を読まないで欲しいんだけど、なら何で睨まれたって分かったのかな?」

「話によると、雷が光った数秒後に龍の眼がこちらを向いた、との事です」


 まるで話に付いていけない。

 一体どんな状況なのか。

 雷が落ちた瞬間こちらを向いていたなら雷光によって見えていても不思議ではないが、雷が落ちた『後』に龍がこちらを向いた、それが暗闇の中で見えたのに引っ掛かる。


(う〜ん、何が何だか……)


 空中に投影される縫い目だらけの竜、目が強く光り、その黄色い瞳孔が暗闇を明るく切り裂いている。

 もしこれが海上を飛んでいて、雷が鳴った時に領主が窓辺に立ってるのが見え、その後にそちらを向いた、という状況なら多少変でも筋は通っている。

 もしツギハギの竜が西から東への飛行中を領主が見て、同時に犯人側からも見えてしまっていたら、領主の言っていた言葉にも説明が付く。

 そもそも海上を飛んでいるのが龍の時点で、この可能性以外は考える必要は無いだろう。


(謎の光=竜の眼光、と仮定してみると色々と辻褄が合っちゃうけど……)


 竜なら水平に飛ぶのも容易で、その化け物が水面ギリギリを飛行していたところをバンレックスに見られ、その眼光を領主も見た、と繋げてみる。

 速さ、光の強さ、霧深い日に見たバンレックスと、雷が鳴った時に見えた領主の違い、確かめねばならない事象が増えてしまった。

 が、今までの話を統合して状況的物証の数々を組み合わせると、それが自然な気もすると思った。


(月海島でも誘拐事件が発生してるのは、コンテナにあった月海島考察レポートに書いてあったし、竜で誘拐して運んでる最中に日輪島南方を飛んで、その竜の目がバンレックスさんと領主さんに見えてしまった、ってとこかな?)


 謎の光が実際に夜中に見てみないとどうも言えない部分があるため、これは仮定に留めておく。


「で、ニーベルさんの知ってる、もう一つの事実って?」

「はい、事件が始まって数日後でした。ウルグラセン様に一つ頼まれ事をされたのです」

「頼まれ事?」

「はい。初めはギルドより依頼されていたのですが、何処から聞き付けてきたのか、端末機を何台か貸してくれ、と頼み込んできました」


 コンテナにあった端末機、ギルドから盗まれた物ではなかった。

 だったら何処から持ってきたのか。

 いや、或いはどうやって造ったのか。

 答えは彼女が持っていた。


「当然お断りしましたが、事件解決のためだと仰られ、引き受けていた修理依頼に加えてウルグラセン様用に端末機を何台か製作しました」

「へぇ、そうなんだ……ん? いや、今の話は可笑しいよニーベルさん」


 フェスティーニはそこにある矛盾に気付く。


「何で君に依頼したんだろ?」

「それは、私が『魔工技師』だからでは――」

「いや、ギルドにはアンゼッタって『修復師』の子がいるから、ニーベルさんに修理依頼する理由が分からない」


 何故ギルド、特にギルドマスターのリンダがニーベルに依頼したのか、そこが不思議に感じられた。

 近くに修繕を得意とする職業持ちがいる。

 それを使わずに外部へ持ち出した。

 作為的な行動に、フェスティーニは同族リンダがこうした理由を探る。


(アンゼッタちゃんに何か問題でもあった? それとも何か別の……)


 そうする必要があった理由を、彼女は瞳を暗闇に仕舞って思考を深く深く潜らせる。

 しかし考えても無駄なのは毎度の事で、すぐに思考を放棄する。


「それで結局はウルグラセン用にと、何台か端末機を創ったんだね?」

「はい。ギルドから設計図をお借りできましたので」

「もしかしてコンテナにも行った?」

「いえ、それは知りませんでしたし、彼を三度しか見ていませんので」

「三度?」

「はい、依頼をされた時、端末機を渡した時、そして森で最後に見かけた時です」


 フーシーと同じ事を言っている。

 森で最後に見かけた、その後行方不明となった。


「いつ見かけたの?」

「三ヶ月程前でしょうか……あぁそうそう、確か船乗りの方が何かを落としていましたね」

「何かって?」

「はい、組み紐のようなものが付いてたので、恐らくペンダントかと」


 これで話は繋がった、やはり森でウルグラセンがペンダントを落としたのだ。

 そして、彼女は何故か森へと赴いていた。

 しかし何故か?


「どうして森へ?」

「中央にある祠、あの神像と小神殿は昔から親、祖父母、曽祖父母、その先祖代々に渡って管理してきました。その祠に異変があるとウルグラセン様より知らせて頂きましたので、そこに向かおうと思い、森へ」

「結界の奥に入れたの?」

「いえ、あれが結界なのだと思いますが、私の力では入れませんでした。夜だったので辺りは暗く、時々雷のお陰で道が照らされたのですが、結界の向こうに二人程誰かがいました。片方はウルグラセン様です」

「もう片方は?」

「声からして男の方のようでしたが……森の木々が邪魔で見えませんでした。大雨と雷鳴で声もほぼ聞こえず、途切れ途切れにしか声が届かなかったんです」


 それは、ウルグラセンが行方不明となる直前の話、そこで二人の人物が何かを話し合っていた。

 行方不明になった原因がそこにあるのではないか、そう捉えられる。

 しかし調査は難航する。

 舵輪を失い、航路は迷い、密航船を捕らえる話と混同している部分も何箇所か見られる。

 日輪島、月海島、そして星夜島、このサンディオット諸島に加えて、更に離島、中央にある暦の祭壇、一体この島は何があるのか。

 そして何処に向かうのか。

 フェスティーニは話の続きを聞いた。


「ただ、一言だけ聞こえました」

「聞こえた? どんな言葉だったかな?」

「それは……」


 言いたくない、そう顔が言っている。

 何かがある、そう思わせるような感情表現が、少女の深き新緑色に染まる瞳に投影された。

 目を逸らし、言いたくないと言わんばかりだ。

 しかし前に進むためには聞かねばならない。


「教えてくれるかい?」


 優しく問い掛ける。


「……はい。ウルグラセン様とお話しされていた方が仰ったのです」


 その言葉は、彼女達の間の空気を悪くするものである、それをニーベルは語る。

 息を吸い、そして空気を震わせ発された言葉は、ハッキリとエルフであるフェスティーニの耳にも届いた。






「七月七日……世界は平等になる(・・・・・・・・)、と」






 ピシャッと窓の外で一際強い雷震が発生し、雷は夜空を駆け巡り、その甚大なる眩い光が日輪島を昼のように照らして消えた。

 彼女の言葉だけで、悪い想像は幾重にも予想される。

 それは不平等な世界だからこそ、その意味は悪意に蝕まれる。


「それは、本当なのかい?」

「はい、ハッキリとその言葉だけは聞こえました。それに対してウルグラセン様が怒り狂って誰かを罵倒してました。いえ、罵倒というよりは説教、が近いでしょうか」


 それだけ対話の内容を理解できず、受け入れられなかったのだろう。

 それが、ウルグラセンの考え。

 そして、犯人の考え。

 世界は平等となる、曖昧ながらも明確な意思が『悪意』に支配されていて、ウルグラセンはその悪意に偶然か必然か、そこに触れてしまった。

 だから攫われてしまったのか。

 考えに次ぐ考えが彼女の脳を疲弊させ、側に置かれていたマカロンを口に含む。


「あれ? また辻褄が合わない箇所がある……」

「そうなのですか?」

「うん、ニーベルさんの言葉が正しいとするなら、フーシーちゃんの言葉は一部分が食い違うんだ」


 ウルグラセンについての会話で気に掛かる部分が、脳裏で再生される。

 よく山で山菜採りをしていた。

 そして、その日も森に入り、ウルグラセンを見かけた。

 そうフーシーから聞いた。

 その話自体では昼か夜か、どちらの時間帯に入ったかは定かではないが、山菜採りは基本夜には行わないため、フーシーとニーベルで話が食い違う。

 見かけた時間帯が昼と夜の二度、二度も森に入る理由は何なのか、もしも二人が同じ場面を見ていたならば、何故時間帯に変化が起きているのか。

 外はいつも夜と変わらない暗さである。

 上空にある雲がそれだけ分厚いせいで、太陽の明かりが島に降り注がない。


(もし同じ時間軸なら時間帯の矛盾が、違う時間軸なら二度森を訪れた理由の説明が付かない……どちらが正解にしても必ず矛盾や謎が発生してしまう)


 ここでの事実は、ニーベルが夜にウルグラセンと誰かを見たという場面。

 それを信頼するなら、この解は二つ。

 一つは、同じ時間帯でウルグラセンの様子を見ていた。

 もう一つは、ウルグラセンが森へと二回立ち入った。


(いや、明日聞けば良い、孤児達がお腹を空かせている、そう言ってた。なら夕方から夜に掛けての時間帯かな? それなら二つの辻褄が噛み合うかも)


 そこでニーベルに質問する。


「正確な時間帯を教えてほしい」

「お見かけした時間帯は恐らく……午後七時前でした。その時は懐中時計をこの屋敷に忘れてしまったので、体内時計で申し訳ありませんが」

「いや、充分だよ」


 夕方から夜に掛けての時間で、フーシー、ニーベルの順番で見たのならば辻褄合わせが可能となる。

 筋書きとしては、森に入るところをフーシーに目撃され、その後何かがあって話し合っているところをニーベルに見られた。

 そして行方不明になった。

 つまり最後にウルグラセンを見たのは、このニーベルとなる。


「でも何でその時間に、君は神像の異変を見に行こうだなんて思ったのかな?」

「お昼は仕事でしたし空いている時間はそこしかありませんでしたから。それに神像を管理する身故に、放置はできません。しかし結界に阻まれて中へは入れず……」

「……」


 心音は至って正常、嘘も吐いている様子は無い。

 しかし違和感が拭えずにいる。

 悪意に満ちた日輪島で、一体誰が何をしようとしているのか、そして何故協力者として行動しているのか、事実と謎が交差する。

 甘いお菓子が舌を魅了して、甘味は脳全体に行き渡る。

 重たい空気を誘うように、紅茶の表面から静かに湯気が立ち昇る。


「事件の片鱗が見えてきたね〜」

「ですが、まだ分からない事だらけでは?」

「まぁそうなんだけど、ニーベルさんのお陰で少しは前進したかな〜。犯人の動機……は、まだ分かんないけど、少なくとも彼等が何をしようとしてるのかは朧げながらも理解できたと思う」


 そして彼女は、いや、彼女を含めた全人類は犯人を止めなければならない。

 共犯者、背信者、第三者、彼方者、沢山の謎を抱える。


「後は行動あるのみ、だね」


 暦の祭壇に赴き、船乗り達の様子を見つつ、準備を済ませる。


「今日はもう夜遅いです。湯浴みの準備はできてますので、どうぞごゆるりとお寛ぎください」

「うん、そうするよ、ありがとね〜」


 煮詰め、考え、脳が活性化を終える。

 脱力感に苛まれながら、彼女は身体を癒すために浴室へと向かっていった。

 そして就寝し、彼女達は翌日を迎え、暦の祭壇へと向かう事となった。






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