第172話 突き詰めて、突き詰めて
船着き場、自警団船乗り達のいる造船所内部、そこでは密航船拿捕に向けた作戦会議の前、森へと向かおうと全員が集結していた。
いないのは、フェスティーニとフィオレニーデの二人。
闇人の少女が森にいるのはセルヴィーネ、オルファスラ二人が知っているが、森の巫女である少女だけは未だに姿を見せていない。
何処かで迷子になっているか、犯人に誘拐されたか、どちらにしても集合時間を大幅に経過していた。
「フェスティさ、大丈夫だべか?」
「さー、どうだろーね?」
外を覗きながら、フーシーはフェスティーニの帰りを待っている。
共同墓地より帰還した龍神族二人から、それぞれの行き先を聞いており、バンレックスを初めとする船乗り六名は全員フェスティーニ達の行方を知ってはいた。
だが、時間になってもフェスティーニ本人の姿が現れないため、誘拐されたかと不安が過る。
ギオハもフーシー同様に外を覗き見るが、人っ子一人見当たらない。
「どうすんすか、船長? アイツ等、もしかしたら何か計画してるかもしんないっすよ?」
逆に犯人の可能性もまだ否定しきれていない、とヴェルゲイはバンレックスへと目線を向けた。
対して、その本人はダンベルを手に考え事の真っ最中であり、自身の世界へと入り込んで何かを思案している様子だった。
筋肉の詰まった腕が、力強さを物語る。
だが、その筋肉とは裏腹に精神的には仲間の安否で一杯となっていた。
「船長、どうしたの?」
バンレックスの僅かな震えに即座に勘付いた少女シャルへミスは、作業を中断した。
作戦会議の場ではあるが、そのための情報整理も彼女の仕事。
しかし指揮する立場の船長が震えている。
これは只事ではないため、そのための一助となるために話を切り出したが、その想いは届かずに心配させまいと船長はドラム缶から腰を浮かせた。
「……いや、何でもねぇ。それよりシャルへミス、そっちはどうなんだ? 密航船、捕まえられそうか?」
「正直微妙ね。ウルグさんのコンテナにあったらしい資料があれば良いんだけど、それを持ってるのはフェスティーニなんでしょ?」
チラッとセルヴィーネへと目配せすると、その視線に反応を示した。
「えぇ、ほぼ徹夜で資料を書き起こしてたから、後で教えてくれるはずなんだけど……来ないわね。どうせどっかで彷徨い歩いてるんでしょうけど」
「そうなんだべ?」
「えぇ、フェスティは稀に放浪癖出るから。何処かで手掛かりでも見つけてるんじゃないかしら」
フェスティーニは昨日今日で殆ど寝ていない。
寝たのは精々二時間程度だが、その時間は悪夢を見ていた時間と同期し、身体的には休まっても精神的にはまだ疲れが見え隠れしている。
だが、泣き言は零さない。
起きていた時間の大半は、必要な情報の精査と情報の書面化であり、屋敷への帰宅後も風呂での休憩時以外は常に書類と睨めっこ状態。
食事中までも、書類を書き起こす始末。
休む暇も無く、職業で身体的疲労を抜いても精神的にはガタガタだったりする。
それ故に抑えていたはずの、自由に歩き回る放浪癖という悪癖が再発したかと、セルヴィーネは親友の帰りを静かに待つ。
死んだ、とは微塵も考えてはいなかった。
「何処かで野垂れ死んでなきゃ良いけどね」
冷たく突き放すような言葉を吐いたシャルへミスは、密航船の大まかなルートに目を向けていた。
だが、その作業も途中で止まってしまう。
それは姉であるギオハが、シャルへミスを抱き締めて撫でていたからだ。
「ごめんねー、こう言ってるけど、シャルちゃんなりの心配なんだよねー。だから大目に見てあげてほしーんだよ」
「ちょっと止めてよお姉ちゃん……」
鬱陶しげにして、ギオハの腕を振り払うシャルへミスの頬は赤くなっていた。
気恥ずかしさから赤面していた、という事実は誰にだって分かるもので、セルヴィーネも例に漏れずギオハの発言の意味も理解している。
「分かってるわよ。あのフェスティ達が野垂れ死ぬとは思えないしね」
「……ふんっ」
バツが悪くなって、悪態吐いた少女は外方を向いた。
だが、彼女の言った言葉が正鵠を射ているのもまた事実であり、何処かで死したところで不思議ではない。
それでも生きているのだと、そうセルヴィーネには感じられた。
しかし現在は、その問題よりも別に議題とすべき内容があると、グノーは赤いボサボサの前髪に隠れた瞳で全員を眺めていた。
「けどまぁ、なぁんでウルグの野郎が密航船の行き先知ってたのかぁ、その本人はどぉこ行っちまったのかぁ、分っかんねぇ事だらけだよなぁ、ククク」
「グノーさ、不謹慎だべよ」
「いや、実際グノーの言う通りだろ。密航船の出航地点から終着地点、そこがまだ不明だが、ウルグさんは知ってたそうじゃねぇか。ウルグさんに直接聞けりゃ良かったんだが、あの人何処行ったんだ? それにあの人どうやって一人で調べたんだ?」
ウルグラセンという人物像を形成できず、ここにいる本来部外者の龍神族二人には顔すら浮かばない。
「そりゃ、職業じゃないの?」
「職業ってなぁ、あの男『測量技師』だぞ? 一番付き合いの長い俺でさえ、最近のアイツの行動には気付かなかったんだ。オメェ、どうやってその職業で調べんだよ?」
「そんなの言われたって私、職業違うし分かんないわよ。一番知ってるはずの船長が知らないんだったら、もうお手上げでしょ」
「……」
測量技師、それは様々な物の長さ、距離、大きさ等を測る技術力を持った専門的な職業であり、その男の能力も船長でさえ知らないところが多い。
測量でどう調べたのか、それも船乗り達にとっては謎の一つに相当する。
だが、セルヴィーネ達長寿な民族にとっては、その職業で調べたなら納得できる部分があった。
「測量技師とはまた、中々に面白い職業を授かった方がいたのですよ」
「知ってるだべか、アスラさ?」
「えぇ、測量技師というのは主に、物質や土地、認識領域内の物全ての測量を行えるです。そして認識領域における絶対範囲、要するに視認範囲は授かる前と後でかなり異なると聞いた事があるですよ」
その説明で理解できた者はこの中にはいなかった。
そこにセルヴィーネが補足説明を加える。
「つまり測量技師ってのは探知能力に長けてるのよ。より繊細に、より広く、より正確に物事を見極める『目』があるのよ。それに、測量技師の技能の中には視界を飛ばせるものもあるそうよ」
「なっ……視界を飛ばせるだと? アイツ、そんなの一言も言ってなかったぞ」
バンレックスでさえ知らない能力。
しかしながら、もし視界を飛ばせる能力があるなら、測量技師という力で密航船を見つけられたのも頷ける。
だが聞いてない、その言葉が嘘でなければウルグラセンは視界を飛ばす能力を使えなかったはず、だとしても視認範囲内の物質との距離を測れるなら、より高い場所で経過観察していたに違いない。
この島における高い場所、それは一箇所だけ浮かぶ。
「灯台……じゃ、ないかしら?」
「灯台だと?」
「えぇ。仮にだけど、ウルグラセンが視界を飛ばす能力を持っていなかったとしたら、見つけるためには高い場所から俯瞰する必要があるわ」
その絶好のポジションが灯台である、そうセルヴィーネは語る。
灯台で休憩を挟んだ彼女の経験則が、事実を裏付ける。
遠くまで見えた、と。
「視界に収めさえすれば距離の測定は容易だろうし、灯台に通ってた可能性はあるんじゃない?」
「……ウルグならやるかもしんねぇな」
「あの人行動派でしたもんね、船長」
「あぁ、それにユーグも一緒に行動してたから、アイツなら何か知ってんじゃねぇか?」
「ユーグはねー、現在地質調査中だよー」
「そうだったな。止める間も無く、星夜島に渡っちまってたな」
部下が多数攫われて、現在は殆ど動かせる駒が無いにも関わらず、ユーグストンは単独行動をして星夜島へと渡航してしまった。
この雷雨の中を突っ切って、彼は一人敵地へと赴いたのである。
犯人が星夜島にいるかもしれない、という情報はすでに船乗り達で共有されているが、誰が犯人かはまだ不明、ここから手助けもできず、精々こちらの情報を渡すくらい。
ユーグストンの考えは他とはズレが生じており、だから彼は単独を好む。
「そのユーグストンなんだけど――」
バーバラより預かった予備の水晶玉を取り出そうとしたところで、外に二つの気配が突如出現した。
その気配は懐かしく、昔から変わっていない心安らぐ新緑の気、龍女はようやく帰ってきた二人を迎え入れるため、扉を力強く開け放った。
そこには外套に身を包んだ二人組が佇み、その暗闇の奥には見知った顔があった。
「や、やぁセラちゃん……た、ただいま〜」
「ん、ただいま」
「フェスティ、フィオ、アンタ等何処行ってたのよ? もう大分時間過ぎてるんだけど……納得できる説明、してくれるんでしょうね?」
明確な集合時間は定めてはいなかったが、昼に集合との約束時間は、もうとっくの昔に過ぎた。
だからセルヴィーネは、ここで昼食を済ませていた。
他も然り、近くに置かれていたバスケットには、料理人フーシー作のサンドイッチが二人分残されている。
「ちゃ、ちゃんと説明するから、その笑顔を止めてくれないかな〜アハハ……」
鬼気迫る笑みは恐ろしく、千年間でも滅多に見ない威圧感があった。
親友の悪癖に溜め息が抑えきれず、怒りも何処かに飛び去ってしまった。
「エルフの嬢ちゃん、ようやく来たか」
「せ、船長さん、待たせたね〜」
「それで書類はあるんでしょうね?」
「うん勿論、ちゃんと数枚ずつ用意してあるから、落ち着いてよシャルへミスちゃん」
「……シャルで良いわよ」
打ち解け合いはしていないが、セルヴィーネからエルフが犯人ではない可能性を示唆されていたため、フェスティーニに対する警戒心は残れども、多少は信用してみようと歩み寄る。
それが人の成長。
シャルへミスは、彼女を『エルフ』としてではなく、フェスティーニという一人の『人間』として接する。
しかし急に態度が変わった訳ではなくとも、前回と今回の会話で違和感は拭えず、不思議そうに首を傾げるフェスティーニだが、その前に一つだけ遅刻理由を報告しなくてはならない。
「それで? フィオはどうせ森だったんでしょうけど、フェスティは何処で何してたのよ?」
「えっと、ボクはギルドに用事があったからリンダさんに会いに行ったんだけど、その後はフィオちゃんに連れられて森の中心部にまで行ってきたんだ」
「森の中心だぁ? んなとこで何してたんだぁ?」
「森の中心……オデ達も探したんだども、何も見つかんなかっただよ?」
グノーとフーシーの様子から、結界を通り抜けられなかったかと察し、先に事実から述べる。
その事実は島民にとっては驚愕し得るものだった。
「陽光龍ジア……この島の守護龍が祠の地下でね、鎖に繋がれた状態で眠らされてたよ」
絶対嘘だ、その時全員がそう思った。
しかし純粋な眼が、フェスティーニの話が本当だと思わせる。
「本当なんだな?」
「うん、本当だよ。祠の近くに石……いや、煉瓦造りの建物があってね」
妹に連れられて来たところから説明していく。
結界の中で犇めいていた動く屍人達を倒したフィオレニーデに連れられ、彼女は祠へとやって来た。
入り口近くの死骸数十体を回収し、道を開け、他は残したまま地下へと降りていく。
本来なら全部回収するところだが、魔法の鞄にも容量の限界が存在し、妹の能力に頼るのも失念していたため、地下へと降りたところで戦わされる羽目になった。
起き上がるとは思いもしなかったための油断。
再生能力があったせいで数の減りが遅く、それから攻略法を見つけて全部倒し、回収に成功する。
戦闘中の様子は省き、地下にあった陽光龍、爆破後の部屋の様子を伝え、説明を終了する。
「マジかよ……」
「まさかウルグさん、それ見たから攫われたのか?」
「さぁ、そこまでは分かんないよ。けど、もしそうだとしても疑問が残る。結界の認識阻害を受けなかったのか、そこが肝だ。もしかしたら職業で解決したっていう可能性もあるけど、彼の職業は?」
「測量技師だ」
なら、どうやって入れたのか。
不明点が大きい。
見たのか見てないのかすら不明なせいで、この話は停滞の一途を辿る。
「陽光龍が操られてた事実は分かった。が、それで他の島も操られてる、とは限らないだろ?」
「ううん、深海龍が暴れてる事実と生命力が循環する死骸、その二つから生命龍スクレッドと深海龍リクド、その両方ともが操られてるのはまず間違いないよ」
「じゃあ、犯人が全部操ってんのか?」
「多分ね。けど、犯人が催眠術師なのかどうか、そこはまだ不明かな」
似通った職業により、魔物使い、調教師、催眠術師の可能性を示唆する。
そのうちの魔物使いが、船乗りの仲間であるユーグストンを示していると船長には分かってしまった。
「いや、ユーグに限ってそんな事は……」
「あるかもしんないぜぇ」
不敵な笑みを浮かべて、グノーはユーグストン犯人説を肯定した。
「あの男がぁ何考えてるか分かんねぇしなぁ」
「けどさー、ユーグストンが操ってるとしてもさー、こんな手紙を寄越す必要は無くないかなー?」
ギオハの持つ紙は、ユーグストンが鳥を利用して送ってくる手紙であり、この文からして何故ユーグストンが送ってくるのか理解できない。
ユーグストン犯人説を唱えるグノーと、それを否定するギオハで意見が対立する。
「とにかく現時点での犯人像は、ロディ君の証言のみ、になるのかな?」
「あ、そうそう、その事なんだけどさ、朗報を持って来たわよフェスティ」
エルフと思っていたフェスティーニと違い、すでに全員の認識は一歩先へ進んでいた。
彼女はセルヴィーネから一つの手土産を渡される。
「水晶玉?」
「島で知り合った情報屋から借りてきた魔導具よ。その映像を見れば分かるわ」
水晶玉を起動させると、空中に画面が投影された。
幾つかのファイルに分けられ、そのうちの日輪島のとある映像を選択して再生させる。
「……」
孤児院から森へと向かう二人の人間の姿が流れ、数分後には誰かと合流して飛んでいく。
その光景を一目見て、彼女は確信した。
死んだ人間が催眠系統の能力を保持している、と。
だが、その仕組みまでは看破できなかった。
(どういう状況だろう? 子供が虚ろな様子で付いてくのは催眠術のせいだとして、あの死骸の女性はどうやって催眠術の能力を使ってるんだろ?)
目下の問題その一、霊魂が抜けている死骸が能力を使える理由について。
目下の問題その二、子供を攫っていくツギハギの翼竜とフードの人物は何なのか。
目下の問題その三、その時間にロディが外に出ていた理由について。
「……」
自然と巻き戻して最初から再生を始めていた。
一言も喋らず、その映像を凝視する。
まるで動かぬ石像のように、彼女は目に焼き付けるようにして何度も再生を繰り返した。
「その映像見る前に、資料渡してくれないかしら?」
「あぁうん、そうだったね」
魔法の鞄から書類の束を渡して、情報を共有する。
コンテナで入手した情報を、そのままを書き写して纏めてある。
フェスティーニから託された書類を一枚ずつ捲って、密航船に関する書類を数枚抜き取った。
「これね……かなり正確のようだけど、この情報、本当でしょうね?」
「うん、生物学者として保証するよ。映像記憶はボクの特技の一つでね、目に入った全てを写真のように全部記憶できるのさ。安心して良いよ。船乗りさんが偽情報を掴まされてない限り、その情報は正しいよ」
「凄いのね、エルフって」
「これも職業の力だけどね〜」
職業があるからこそ、人間は能力を超えた能力を手に入れられる。
フェスティーニは生物の身体へと干渉し、身体能力や記憶力の強化、五感や反射神経、回復力の増強、といった肉体に作用するあらゆる能力を底上げしている。
それを可能にしているのは、前世を含む多様豊富な知識と彼女の神のエルフという強靭な肉体の二つの条件が揃っているからである。
書類を渡したら、彼女は再び映像の解析に集中する。
映像は雨のせいで視界が悪く、解像度もそこまで高性能ではない。
(陽光龍を操ってる職業を三つに絞った時、その三つは調教師と魔物使い、そして催眠術師。もし縫い目だらけのワイバーンも同じ職業で操ってるとしたら……)
画面に映る第三の人物こそが黒幕となるが、その場合、何故自分で子供を攫おうとしなかったのかと別の疑問が浮かんでしまい、その可能性が低い事実が第三の人物と黒幕が別人であると考えた。
つまり、ここからでも犯人が二人以上だと判断でき、犯人がエルフでないかもしれないという情報も手に入った。
「あれ、ロディ君が映ってるね」
映像の奥で、ロディという少年が塀から顔を覗かせていたのを発見した。
「やっぱりロディって子だったのね」
「そっか、セラちゃんは直接会ってないんだっけ。そ、この子だよ。エルフが犯人だって言ってたけど、どうやら能力で幻を見せられてたようだね。それが催眠術によるものなのかどうか……」
だが、霊魂を持たない死骸に能力が使えるのは、どう考えても変だ、と思考はそちらへと移行する。
「死んだ人間は職業の力を使えない。けど、この映像を見る限りだと、子供を操ってるようにしか見えない。セラちゃんはどう思う?」
「アタシとしてはロディが犯人って可能性と、ロディが犯人じゃない可能性が浮かんだわ。けど、もしここにレイがいたならきっと、別の見解を示したでしょうね」
自分では頭脳が足りない、だから犯人探しに関してはフェスティーニに任せる。
彼女が権能で教えろ、と言われれば潔く教えるつもりでいた。
「フェスティは?」
「ボクも同じ考えなんだけど、星夜島に犯人がいるってユーグストンの手紙からの可能性も捨てきれない」
「けど、ユーグストンが犯人なら、あの手紙もブラフかもしれないわよ?」
「だとしても、犯人なら手紙を送る必要は無いよね。だから信用できるんじゃないかな?」
それは何も、ユーグストンの手紙を信頼したから、というだけではない。
自分ならそうする、という判断からでもあった。
それに行動によっては矛盾するため、その可能性を排除して残されたのが、ユーグストンが犯人ではない、という結論だった。
「でも、あの職業ならアタシ達の能力を掻い潜れるわ。それは分かってるでしょ?」
「うん、確かにあの職業が関わってるなら、ロディ君も十歳通りの年齢じゃないかもしれないね。それにユーグストンという人の職業も魔物使いじゃない、かもしれない」
「……つまり?」
「うん、彼が嘘を吐いてるって可能性。慎重な性格だったら偽職を教えてるかもしれないし、実際にそうしてる人も結構数いるからね〜」
これでは探偵も廃業だ、と自嘲気味に笑ってしまう。
だが、それでもやり遂げなければならない。
「けど、エルフが犯人じゃないかもしれないというのは、少し前進したね。それに色々と分かってきたし、密航船とウルグラセンが何か関係してるのは間違いないんだ。後は日誌を読むだけ……」
この一冊に全てが集約している。
「日誌の前に、先に密航船を捕らえるために協力してくれない?」
キリッとした目でシャルへミスは二人を睨む。
すでにフィオレニーデ、オルファスラの二人は彼女の隣に立って、ルートからどう攻めるか、どう攻略するかを話し合っていた。
しかし、明確な位置や時間が把握できず、その話し合いも所々で行き止まる。
「それで、何処で行き詰まってるのさ?」
「矢印の先、島の何処で停泊するのかが疑問なのよ」
密航船の進むルート、つまり矢印の向かう先は曖昧となっている。
大きな矢印を描き、その矢印の先端に位置するのは二つの島の狭間、一つは島民の間で噂となる『雄叫びの無人島』、もう一つはその斜め左上の島。
二つの島は隣接している。
海流的関係から、普通の船では雄叫びの島に到達できないため、名も無き島で取引が発生してるとシャルへミスは睨んでいた。
「コンテナにあった地図もこんな感じだったのよね?」
「うん、そうだねー。こんなに正確には分かんなかったけどねー。エルフ様々だねー」
「お姉ちゃん……まぁ良いわ、取り敢えずはこの部分に船が来るって考えて作戦を練りましょうか」
矢印の先端に二重丸を印付け、その船を取り押さえるための話し合いが始まった。
「とは言ったけど、島に着く前に船を捕まえるのが妥当かもしれないわね」
「島に着いてからじゃないの?」
「飛べる人が何人かいるもの、なら海上での奇襲が一番良い作戦だと思うけどね」
この中で飛べるのは龍神族二人、それからエルフであるフェスエィーニの三人のみ、他は空を飛べない。
船での奇襲は波の荒さによって不可能。
奇襲作戦をする場合、時間によっては失敗する。
着地して休む場所すら無いのだから。
「なら私が氷を吐いて、足場を作るですよ」
「荒波なのよ? アスラの力でも無理でしょ」
「なら、どうするです?」
「そんなの聞かれても、アタシには分かんないわよ。だってアタシ、戦い専門なんだもん。探偵ならフェスティに任せた方が楽だし確実よ」
「他力本願なのです……」
誇り高き龍神族の風上にも置けない奴だ、オルファスラの心中から諦念の息が漏れ、霜が降りる。
冷たい息が空気に溶け、他力本願される本人に尋ねる。
「それで、その探偵さんはどうお考えです?」
「ボクとしては、この二つの島のどちらかに先行するべきかなって思うよ。雄叫びの島か、それとも名も無き島か」
不確実な密航船追跡よりも、先行しての密航船員の捕獲に専念すべきだ、とフェスティーニの意見にもリスクは付き纏う。
それを受け入れるか否かで、今後が左右される。
ぶっつけ本番の密航船奇襲、準備を施した上での離島への先行、どちらかを選ぶ必要があり、ならば準備段階で片方の道へと向かえる。
島に何があるかも調査すべき案件、その日を誰も待ってはくれない。
「時は金なり、時間は有限だ。多数決で決めたいと思うんだけど、どうかな〜?」
「……良いわ。けど、ここには十人いる。人数はどうするつもり?」
船乗り六人、龍神族二人、そして森人二人、合計十人が多数決すれば引き分けもある。
ならば、誰かは降りねばならない。
「なら、フィオが、降りる」
「良いの?」
「ん、フィオ、姉さんと同じ意見、だから」
ならばこれで九人、奇数での多数決となった。
密航船の渡航中に奇襲を仕掛けるべきか、離島へと先回りして捕獲の手筈を整えるか、手を挙げるのはどちらか一方のみ、人数の多かった方が採用される。
全員が大きな地図を取り囲み、目配せをしてフィオレニーデが審判を行う。
「じゃあ……シャルるんの意見が、良い人、は?」
少女の意見に賛成したのは、シャルへミス本人とギオハ、ヴェルゲイ、グノーの四人だった。
理由を一先ず先送りにし、次にフェスティーニの離島に赴く案に賛成したのは、バンレックス、フーシー、セルヴィーネとオルファスラ、そしてフェスティーニ自身、五対四でフェスティーニ案が採用される。
「一応聞いておきたいんだけど、四人はどうして奇襲作戦を選んだの?」
「船は夜中に現れるそうだし、この線の何処かで襲った方が確実だと思ったの。お姉ちゃんは?」
「んー、シャルちゃんとはちょっと違うけど、灯台でも正確な目撃情報は出てないからねー、なら海上で倒しちゃった方が有りかなーと」
シャルへミスとギオハの二人には明確な理由があった。
しかしヴェルゲイとグノーの二人は、外方を向いた状態で黙りこくる。
「もしかして君達、適当に手を挙げた訳じゃないよね〜?」
「と、当然だ! そ、それにウルグさんの描いた地図、密航船が北西の端っこから線が書かれてるが、その後は何処に行くんだって考えてな。領域外での戦闘は、こっちにも責任が問われる場合がある。もし北東に逃げちまえば俺達は手を出せない。何度か逃げられてるから、迂闊に近付けねぇんだよ」
「……ま、そういう事にしといてあげるよ〜。で、グノー君は?」
「まぁ、一つ言わせてもらうがなぁ、エルフさんの作戦にゃあデケェ穴があんだよなぁ」
欠陥と聞かれて、引き下がればしない。
全員がグノーの言葉に注目する。
「もしもアンタ等が犯人でよぉ、島に飛んでけるのもなぁ、アンタ等だけだよなぁ?」
「つまり、ボク達が証拠隠滅を図るかもしれない、そう言いたいんだね?」
「あぁ、そういうこったなぁ」
だがしかし、これでは結局は水掛け論、いつまでも議論は終わらない。
信じてもらう他無い。
「ちょっと待ちなさいよ! さっきエルフが犯人じゃないってアタシ言ったじゃない! ここに証拠もあるし!」
「それはエルフではない可能性が増えた、というだけなのですよ、セラ。状況から考えてもグノーさんの言葉は至極当然なのです。なら、海上で攻め滅ぼす方針に手を挙げるのも納得できるのです」
「んじゃあよぉ、アスラはなぁんでそっちに手ぇ挙げたんだぁ?」
「私としては離島の調査も含めるべき、と思っただけなのです。別々で行うより、続ける方が時間も手間も掛からないでしょう」
それがグノー、オルファスラそれぞれが手を挙げた理由であり、譲れない部分でもある。
だが最終的に、どちらかは妥協しなければならない。
「成る程ね。じゃあ、船長とフーシーは?」
シャルへミスに聞かれた二人がそれぞれ理由を答えた。
「俺は、ウルグの奴が離島にいるかもしんねぇと思ってな。だから離島に渡って探しに行きたいと考えた訳だ」
「お、オデもおんなじ理由だべよ。ウルグさ、もしかしたら生きてっかもしんねぇべしな」
ウルグラセン行方不明が、実は離島へと渡航していたためである、という希望を持って二人はフェスティーニの案を選択した。
フィオレニーデの選択権を入れたとしても六対四でフェスティーニが勝っている。
「残りの二人は?」
「アタシの場合は、権能でそっちの方が良いかもって思っただけよ。アスラ、アンタは?」
「海上で戦ったところで、あまり意味が無いと判断したのですよ」
その言葉はあまりにも予測外なものだった。
戦って捕まえる、その意味が無いと彼女は宣ったが、それは作戦自体無益であると言ったも同然、その言葉の真意を問い質す。
「それって、どういう意味かな?」
「言葉の通りなのですよ。もし取引で『何か』を受け取る前の密航船に踏み込んだとしましょう。捕まえた犯人達がシラを切れば、金しか乗ってない船に襲撃したと取られ、私達の方が悪者になる可能性もあるです。もし拷問して何も口を割らなければ? 積荷が無ければ? 悪い予測を考えた時、フェスティの案が妥当と判断したのです」
現にヴェルゲイの言った通り、矢印は一方通行しかない状態で、矢印は行き道を示している。
その航路中の船を襲い、もしも間違っていたら?
こちらに大損益が出る。
それは彼等が自警団でしかないが故に、そこまで突っ込めない事情があった。
「だからフェスティの案に乗ったのです。それに、下船したところを捕獲する方が一番確実なのですよ」
「……ボク、そこまで考えてなかったよ、アスラちゃん」
「なら、参考にすると良いのですよ」
主観客観で他人と自分の意見が鬩ぎ合い、協議の末に名も無き離島へと向かう、という結論に達した。
「残る懸念は……犯人の動機のみなのです」
オルファスラの発言、それは犯人の行動理念次第では全員がゲームオーバーとなる、という懸念。
死が隣にある。
陽光龍の忠告もある。
セルヴィーネの権能も強く反応している。
他の懸念よりもまず絶対に解き明かさなくてはならないのが、死と直結する動機、それを知れば事件解決に大きく前進するのは火を見るよりも明らか。
それができれば誰も苦労はしない。
しかし情報の集まりより、幾つかに絞れる。
「犯人の目的か。そんなに重要か? 捕まえちまえば良いだろうが」
バンレックスの脳筋思考に一同が呆れる。
「船長、相手の目的とか知れたら、先回りできるじゃないっすかー」
「そ、そうなのか?」
「そうっすよー。けど、人数不明、人種も不明、目的も、いつ行動してるのかも不明なんだよねー」
だが、それを把握するだけでも大きな利点、アドバンテージとなる。
ギオハが船長へと伝える傍らで、話し合いは続く。
「だども、島に渡れるのは三人だけだべ?」
「船も出せないしな」
ヴェルゲイの言う通り、船が出せない状況。
荒れに荒れている『嘶きの海流』に船を出す、すると即座に転覆、からの沈没となる。
「そして、何故ウルグさんがこの無人島に強く丸印を付けてたかね」
フェスティーニの描いた地図には、ウルグラセンの描いた地図と全く同じ回数だけ丸印で囲っていた。
その目的の島が、重大だと示すように。
ウルグラセンは何かに気付いた。
密航船捕獲のためには名も無き島に行けば良いだけ、しかしその先を見据えるなら、より重要となる雄叫びの島へ行かねばならない。
「……いつ、誰が、どっちの島に向かうかだね」
飛べるのは三人、全員を連れていけない。
フィオレニーデの能力なら島同士を繋ぐゲートを設置できる。
唯一の転移能力者であるため、彼女が今後を左右する鍵となる。
「先行できるのはボク達三人のみ。セラちゃんとアスラちゃんはどっちの島にする?」
「そうね……遠くからでも反応があるのは『雄叫びの無人島』かしら。こっちの島は反応が無いわね」
「それなら、セラちゃんは雄叫びの島かな?」
頷こうとしたが、何故か歯止めが掛かる。
雄叫びの無人島への渡航、そこに僅かながらの抵抗が胸中より生み出された。
これも権能の仕業か、セルヴィーネは自身の勘を信じて名も無き島を指差した。
「……いえ、こっちの島に行ってみようかしら。その後に雄叫びの島に行けば良いでしょ?」
「結局どっちの島も行くんだね」
「フェスティ、貴方はどちらに?」
「ボクは名も無き島だよ。こっちの方が何となく気になっちゃってね」
彼女はルドルフの部下グランドと会っており、彼から齎された情報で二つの島両方がきな臭いと思い、なら先に重要ではない島を簡単に調べる方が得策だ、と考えていた。
どちらが先か後か、それは未来の話。
どちらかを選んだところで、その時点で運命は見えないため、ならばと片方を選ぶ。
セルヴィーネとフェスティーニ、二人は名も無き島への上陸を選択した。
(それにセラちゃんの権能、もしかしたら反応が強すぎて他の反応を阻害してるかもしれないしね)
なら、名も無き島に行く価値はある。
「……なら、私は雄叫びの島に行ってみるですよ」
「ん、フィオも、行く」
丁度二人ペアとなり、それぞれで行くべき島が決まる。
セルヴィーネとフェスティーニの二人は『名も無き島』、オルファスラとフィオレニーデの二人は『雄叫びの無人島』への渡航が決定した。
そこに異論を挟む者はいなかった。
当然だ、彼等に彼女達の行動を制限する資格は無いのだから。
そしてフィオレニーデという存在がいなければ、自分達は離島にすら行けないのだから。
「フィオさんは私が運びますよ。目的の島を調べたら即座にそちらにお渡しするです」
彼女が一度行った場所、つまり視認した場所に行かなければ転移はできないため、オルファスラ自らが転移能力者の運搬役を担った。
そこでフェスティーニは一つ思った。
もし自分達が来なければ、どうするつもりだったのだろうか、と。
彼女達異種族がいるのは偶然の産物、セルヴィーネはノアが休養のために立ち寄り、フェスティーニの気配を感じて島へと来た。
そのフェスティーニはノアがここに来ると知ったから、こうして島に上陸を果たし、妹であるフィオレニーデも付いてきた。
オルファスラに至ってはセルヴィーネを追い掛けてきた帰り、海流に流されて日輪島に来て、フーシーに助けられてここにいる。
(これは偶然が重なった結果だ。何か一つでも狂えばこの結果には繋がらなかったはず。なら、彼等にはボク達が来る未来が見えていた? もしくは他に方法があった?)
だが、反応を見る限り、前者も後者も両方共が否定されるようだった。
(違和感だらけだ。不可解……いや、不自然すぎる。まるで意図的に時間稼ぎしたかのような……)
船が出せない、転移能力者もいる様子が無い、状況からして彼等には何もできない。
「ねぇ、船長さん」
「あ?」
「もしボク達がいなかった場合、どうやって密航船を捕獲するつもりだったの?」
その唯一の質問が、バンレックスの意識を思考の彼方へと追いやる。
だがしかし、彼は言葉を紡げなかった。
何かを喋ろうとしたが何故か、言葉が、声が、空気を震わす息が、喉元で詰まって出てこない。
「あ、あれ……俺達、どうやって密航船捕まえようとしてたんだ……お、おい! 誰か分かる者はいるか!?」
声に反応した人間は一人もいない。
全員が記憶を探るように自身の顔に手を当て、髪を弄り、爪を噛み、困惑を顔に出し、書類を漁り、目を閉じて意識を内部へと染み込ませる。
それでも、誰もが記憶内部に方法が記載されていない、正確にはその記憶に触れようとすると頭部に激痛を生じるよう細工されている。
「グッ!?」
ここで、深部にまで意識を潜らせていたバンレックスの意識が途切れてしまう。
「船長!?」
「しっかりするべ!!」
苦痛に耐えきれずバンレックスの巨体は地に伏し、ギオハとヴェルゲイも続いて意識が飛んだ。
三人の人間が気絶したため、何かの精神攻撃かと全員身構えるが、フェスティーニのみ理由が確認でき、その警戒態勢を解いた。
「大丈夫、どうやら記憶を無理に思い出そうとして、脳の防衛本能が働いたみたいだ。少し休めば問題無いよ」
「ほ、ホントだべ?」
「うん。けど、これ以上の会議は難しそうだね。今日はここまでにしておこうか」
身体への負担が大きすぎて、シャルへミスやフーシーの身体から大量の脂汗が滲み出てきていた。
記憶の混濁も相まって、嗚咽を催す。
グノーも力が抜けたかのように、側にあるドラム缶を支えにする始末、足が震えている。
「クッソ……何なんだぁこりゃあ?」
「多分、君達は誰かに催眠を掛けられてる。記憶を強制的に封じ込めてる。理由は多分時間稼ぎか、或いは島に渡られると困る方法でもあったんじゃないかな? 例えばそうだね……潜水艇とかね」
「「ウッ!?」」
途端にシャルへミスとフーシーの脳裏に激痛が走り、その場で吐瀉物を散布し、酸っぱい臭いが微かに鼻腔を刺激していた。
彼女の考えが正解だったかのように、そのまま残った船乗り三人全員が気絶した。
「ど、どうなってんのよ?」
「見ての通り、ボクの発言が鍵になったんだ。島を渡航するために使う船乗りの乗り物と言ったら、帆船か、或いは潜水艇や潜水艦、その類いだね」
「何で分かったのです?」
「正直、彼等には転移能力者がいない。なら帆船を使って海上で奇襲作戦を実行に移す事になるけど、それは難しい。なら海底から攻めるのかなってね。あの地下空洞やコンテナ施設が造られてるんだ、持ってても可笑しくはないかな、と」
他にも密航船のルート上で移動が可能なら、そのルートは実際に使用できる航路、海が荒れても渡れる道であると解釈可能で、その領域は『嘶きの海流』よりも場所がズレていると判断した。
その判断が正確なら、潜水艇でも移動ができる、と思ったのだ。
「飛行船とかはどうなのよ?」
「この雷だとすぐに撃墜されちゃうから、最初の時点で選択肢から除外したよ。ここに単独で来たんなら分かるんじゃない?」
「えぇ、確かにあの雷だと、飛行船じゃ避けられないわね」
天候不良がこんなところにも影響してくる。
複雑に絡み合った解決の糸口が、一本一本ゆっくりと解け始めている。
方法も分かった、一つの確信を得られた。
「それで、この子達どうすんの?」
「……取り敢えず、ベッドに寝かせてあげようか」
植物で天然の寝台を創り出して、そこに六人の肉体を優しく寝かせた。
強制的に起こす方法を心得ているものの、これ以上の会話は彼等の負担になるため、仕方なく書き置きだけ残して四人は船乗りの基地を後にした。
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
『面白い!』『この小説良いな!』等と思って頂けましたら、下にある評価、ブックマーク、感想をよろしくお願い致します。
感想を下さった方、評価を下さった方、ブックマーク登録して下さった方、本当にありがとうございます、大変励みになります!




