第167話 迫るサンディオット諸島の謎2
空の王者グリフォンの絵が描かれた看板が目印の、大きな建物の前に到着したフェスティーニは、扉を開けて中へと押し入った。
普通ならば受付で確認を取ってからギルドマスターと謁見できる。
その条件の一つが高ランク冒険者でなければならない、というところだが、フェスティーニは受付カウンターを横切って二階へと登っていく。
「え、あ、あの! その先への勝手な立ち入りは禁止なんですけど!?」
昨日フェスティーニ達を受付担当した少女がアワアワと慌てて止めようとするが、フェスティーニは構わず二階への階段を一段ずつ登り、目的の執務室に到着したところで扉を叩いた。
「お〜い、リンダさ〜ん、い〜ま〜す〜か〜!?」
叩く、という表現は生易しく、ドンドンと激しい拳の打ち付けが扉を震わせ、乱暴なノックが部屋の中にいるギルドマスターのリンダを起こす。
大量の酒瓶に囲まれながら、だらしない格好をした酒癖の悪い女エルフがソファから落ちる。
額を床にぶつけ、垂らした涎に気付く。
同じく、外から連続してドアを叩いているフェスティーニが自分を訪ねに来ていると知る由もないリンダは、蹴破る勢いのノック音に驚いた。
「いっつつ……あぁ? このリンダ様の睡眠を邪魔する奴ぁ一体誰だ?」
二日酔いのせいで脳が締め付けられるような錯覚感に襲われ、昨晩に調子に乗って開けた酒瓶の中身が、胃から逆流してくる吐き気を催した。
流石に不味いと思っていると、扉の向こうからフェスティーニが扉を壊す強さで叩き続けて、くぐもった声が二日酔いでダウンした脳を揺さぶる。
『リンダさ〜ん? いるんでしょ〜? 扉開かないから開けてほしいんですけど〜?』
「これってフェスティの声、だよな……何で巫女様が昨日今日でここに来てんだよ?」
扉には鍵が掛かっている。
理由は単純明快、一人酒を飲んで酔っ払っていたからである。
仕事を怠けたせいで山積みとなった書類が、ここが現実だよと手招きしているような幻覚を見せる。
「うし、寝るか」
面倒事を放置して、彼女は居留守を決め込んだ。
ソファにある掛け毛布に包まって、惰眠を貪るリンダはギルドマスターにあるまじきエルフで、すっかり人間に染まってしまった彼女が微睡みへ逃げ込もうとした時、扉の外から不穏な会話がリンダの睡眠を割いた。
『へ〜、ほ〜ん、成る程ね〜、居留守を使う気か〜。ならボクにも考えがあるよリンダさん。三秒以内にここを開けないと、昔の超恥ずかしいリンダさんの秘密、沢山暴露しちゃいますよ〜?』
『え、リンダ様の秘密ですか? それは一体何です?』
扉の外ではフェスティーニが受付嬢へと何かを教えようとしている。
フェスティーニには生体反応を探知する生物学者の職業を身に有しているため、睡眠行動に及ぶのは外から感知されていた。
だから居留守を使うのも、寝ようと行動するのも、廊下からでも判別ができ、そのような話に発展した。
『う〜ん、そうだな〜……あ、ならリンダさんが前に退治した『グレネードボア』の自慢話からしようか』
「……は!?」
『ぐ、グレネードボア?』
『うん、リンダさんはね〜、小さい頃にグレネードボアを弓で一撃で仕留めたんだけど――』
「うぉい!! ちょっと待てぇぇぇ!!!」
身の上話を暴露される羞恥心がリンダの中にもあり、フェスティーニが普段から何を考えてるか知れたものでもないため、何を剔抉されるか気が気でない。
だからその先を話される前に、突進するままに扉を開けて何かとぶつかった。
「「あ」」
受付嬢の少女の額にドアがぶち当たり、不意を突かれた少女は気絶した。
「やっべ……おい大丈夫か!?」
「リンダさん、もっと淑女らしくした方が良いんじゃないかな?」
「う、うるせぇ、元はと言えばアンタのせいだろうが!」
責任転嫁甚だしく、フェスティーニが来たのが悪いと直接物申すが、それを無視して気絶した少女を中へ運び、ソファに寝かせる。
ソファ周りには大量に酒瓶が転がっており、一日で何本飲み干したのだろうかと、同じエルフとして彼女の身体を労わる。
「お酒を何本も飲んでると、身体壊しちゃうよ?」
「問題無いさ。絶対に毒が効かない体質を持っちまったからな。どんな猛毒も、それこそ身体がアルコールを毒と判断して肝臓で全部中和しちまう」
「あれ、そんな能力持ってたっけ?」
「国を離れてから手に入れたんだ」
酒瓶を蹴飛ばして、一人用ソファにどっかり座ったエルフは、同族の客人と対面する。
丸椅子に座ったフェスティーニへと一言問い掛ける。
「で、アンタ今日は何で来たんだ?」
「ボクが来るの、嫌そうだね〜」
「当たり前だろ、アンタに何度殺されかけたか……そうだ、グレネードボアん時もそうだったな!」
数百年が経過した今、思い出した怒りが沸々と湧いて出てきた。
リンダとフェスティーニの関係は弓を教え教わりの関係だったのだが、ある意味では仲の良い友達のように、彼女達は何度も苦楽を共にした。
共にした、と言うのはフェスティーニのちょっかいによって事故事件に巻き込まれた、という方が正しい。
「私達がまだ餓鬼だった頃、眉間に一発矢ぁ打ち込んで倒したグレネードボアを、調査だ何だと言ったアンタが不用意に近付いて爆破させたんだったな!」
「そ、そうだっけ?」
「ったく、忘れてたんかい」
「いやいや、リンダさんがあの時狩ったのって子供の猪だったじゃないか。それを大人の猪を狩ったから一人前だって国中に触れ回って、大人全員に温かい目で見られて羞恥心に悶えてるとこしか覚えてないよ」
「しっかり全部覚えてんじゃねぇか! あの時は子供の猪だって知らなかったんだ、仕方ねぇだろ!」
「いや〜、懐かしいね〜」
思い出に花を咲かせるフェスティーニだが、それは本題ではないために論点を戻す。
「って、昔話に浸ってる場合じゃねぇだろ。とっとと要件言いな、昔の誼みで聞いてやるからさ」
「それは嬉しいね〜」
「そんで、何か分かったのか?」
「うん、幾つかはハッキリしたかな〜」
フェスティーニは、リンダとギルドで別れてから向かった場所や出会った人々、昨日発生した二件の爆破について、ウルグラセンが残した遺産を記した書類を渡して、簡単に説明する。
リンダはリンダで、長らく探っても分からなかった事態が一気に進展したために、その情報全てを呑み込むので精一杯だった。
数分の時を経て、ようやく内容を自身へと還元できた彼女は、フェスティーニ作の資料を片手に、犯人のイメージを固めていく。
「話は大体理解した。しかし、一日でよくここまで調べ上げたな、アンタ」
「半分以上はウルグラセンって船乗りの功績だね〜、ボクはただそれを覚えて書き写しただけだから」
「つまり、約半年でこんだけの膨大な情報を調べ尽くしたってのか? それもたった一人で……」
それは一人で遂行可能な量ではなく複数人で相対しなければ綻びがあるはず、だから少なくとも二人以上で調査したはずと思い込む。
フェスティーニより概ね聞いた事情から、船乗りは誰一人ウルグラセンの行方を知らないと言った。
(だったら誰が協力したんだ?)
資料には彼女達が手に入れた情報がビッシリ書き込まれているため、かなりの進展が見込める。
だが、それでも犯人に繋がる手掛かりをまだ得られていない。
後もう少し、たった数歩先にいる犯人に届かない。
悪意は何処へ向かい、何を願ってその人物は事を成したのかを推測するが、結局は無駄な時間を浪費するばかり、手元に沢山の情報という宝が光っているのに彼女達には本物を見分ける力を持たない。
要するに、現在持ち得る情報だけでは一生犯人の姿を拝めやしないのだ。
「一つ気になったのは、何で月海島だけバツ印が中央から東にズレてるのかってとこだね〜」
「あ? そんなもん、そこに祠があるからに決まってんだろうが」
「祠? 何それ?」
「あぁそうか、巫女様は滅多に外に出ないから知らんわな、そりゃ」
何だか馬鹿にしたような言い方に、ムッと頬を膨らませるが、すぐに萎んでリンダの説明を耳にした。
「まず、月海島って名前の由来、知ってっか?」
「う〜ん……三日月のような形をしてるし、深海龍リクドの加護を持ってるから、『月』と『深海』の島、略して月海島って言われてるんじゃなかったっけ」
「殆どの奴はそう思ってんだろうな。けど実際には違うぜ、巫女様」
月海島の由来、それが何を意味するのか、この話がバツ印と関係しているのか半信半疑のまま、リンダがその回答を話した。
ただ一言、そこが島の中央なんだ、と。
「でもさでもさ、だったら月海島の祠が東にズレてるって可笑しくない? このバツ印、欠けた月のとこに付いてたから中央ではなくない?」
「ま、祠が陸にあんのは普通だな。けど、例外がある」
「それって?」
「月海島は元々満月のように円形だったとしたら、その説明も納得できるんじゃねぇか?」
月海島は綺麗な三日月の形を模しているが、その昔、島は綺麗な円形をした満月の島だったとリンダは言う。
スッと立ち上がったリンダは情報端末を弄って、バツ印を地図に記録してフェスティーニに見せる。
「見てみな」
「これは……あぁ、成る程ね〜」
そこに映されたのは、サンディオット諸島全体の地図、それも一昔前の地図だった。
日輪島と星夜島は大して変わりないが、月海島だけは三日月型ではなく、満月型となっていて、三つのバッテンが島の中心を指している。
ウルグラセンの調べた内容と、昔の地図が合致した瞬間だった。
(つまり、何かの影響で祠が海に沈んだ、って事かな?)
それが本当ならば、海となった部分に祠があったのも納得できる。
しかし実際に調べていないため、これもまだ信憑性に欠ける問題だった。
「今アンタが思った通り、地盤沈下によって海に沈んだ。そして月海島は本当の意味で月と海の島国になったって訳なんだが、面白いのは島名の由来さ」
「島の……由来?」
「あぁ、ここは異世界から召喚された勇者とも関係してくる話だ」
いきなり勇者の話が絡んできて、話が段々とややこしくなる。
勇者は、この世界で神託を受けた神に愛されし者がなったり、異世界から召喚された者を勇者にしたり、職業で手に入れた力に勇者の加護が宿っていたりして、何代にも渡って勇者は生まれてきた。
そのうちの一人がこの諸島を気に入って、島の名付けまで行った、とまで言われるくらいだと説明を加えて、島の名の由来を教える。
「まず、この島は元々満月型だったから、『満月島』って呼ばれてたんだ。しかし、ある時勇者様がここを訪れて地図を見た時、こう言ったらしい」
まるでクラゲのような島だね、と。
「……クラゲ?」
「そ、クラゲ」
「あのブヨブヨした毒持ってる……クラゲ?」
「あぁ、そのクラゲだよ」
「ゆったり海に浮かぶ触手の生えた……クラゲ?」
「だから、クラゲっつってんだろ」
クラゲが関係している理由が不明。
フェスティーニはリンダの不得要領の解説に、疑問を呈した。
「それで何で月海島だなんて名前になるのさ?」
「昔とある爺さんに話を聞いてな。何でも、クラゲってのは異世界だと『海月』と書くそうでな、海月島って名前になったんだ」
「あぁ、漢字だね」
「かんじ? が何かは知らねぇが、その呼び方にしようって話が出た時、他の二島が立派な名前なのにこの島だけクラゲの名前だと威厳が無ぇってんで、勇者様が『クラゲは『海』と『月』、なら月海島はどうだ?』って言葉を入れ替えて提案したらしい。それが島の由来なんだと」
満月のような形、しかしよく見れば多少のギザギザがあって、それでクラゲみたいだと思った勇者が名付けたところから始まった。
クラゲの島では、他の島のような『日』と『星』と並んでいるとは思えず、改名した。
だから現在、三日月の島は月に海が入り込んだ『月』を由来する『月海島』となった。
「元々満月のような形、クラゲのような形、まぁどっちでも良いが円形の島だったのが、逆三日月の形分だけ沈んだせいで中心地がズレ、更に小さくなった満月の一部が海になって今のような三日月形になっちまったのさ」
もっと大きかった島が大幅に海底に沈み、現在のような形となった。
「で、その元々の大きさだった島の中心が、そのビーチに隣接する海の底、そのバツ印って訳だな」
「だから、ここに印が付いてたんだ……」
小さな謎が解けたため、後はその『祠』へと向かってみるしかない。
月海島は海底に沈んでいるため、残るは日輪島と星夜島の二つのみ、だから森に行って調べてみようと決心する。
「話は終わったか? ならリンダ様は寝させてもらうぜ」
「ちょっと待って、まだ話は終わってないよ」
「あぁ? まだ何かあんのかよ?」
「当たり前でしょ。せっかく情報持ってきたのに、ギルドは何もしないつもりかい?」
「職員の数も冒険者の数も圧倒的に足りてねぇんだ、しないんじゃなくて何もできねぇんだよ」
話は終わり、もう寝かせろ、と言って毛布に包まってしまう。
もっと話を聞かせろと言おうとするが、今一度情報を整理しておかねばとテーブルに散乱する書類の束へと目を通していく。
この島に来て日の浅いフェスティーニには、幾つものハンデが磁石のように離れない。
土地勘の無さ、情報不足、そして雨天と雷、彼女には一つの真実へと辿り着くピースがまだ揃っていない。
(あれ、この資料……)
彼女が手にしたのは、『登竜門の儀』の手順だった。
そこには儀式を行うための手順が詳細に書き記され、隣には『三神龍の加護の儀』があり、二つを見比べてみる。
島の儀式では『神器』を使うのに対し、登竜門で駆使するのは『宝具』と書かれている。
(宝具……あの巻き物だよね?)
昨日ウルグラセンの家で手に入れた巻き物、現在はセルヴィーネが管理している宝が必要と記されていた。
つまり、新しい力を手に入れるなら少なくとも宝具が必要となる訳で、もし犯人がこれを実行するとしたら計画は途中で断念せざるを得なくなると考慮に入れる。
まだ犯人の狙いが不明であるため、それが狙いとは限らないが、先読みした内容は頭に留めておく。
(とにかく、祠があるって分かっただけでも儲けかな)
すでに寝てしまったリンダを他所に、彼女はソファに横たわっている少女へと声を掛ける。
「さて、起きてるんだったら、君に頼みがあるんだけど、良いかな?」
「……す、すみません、いつ起きれば良いのかと機会を逃してしまって」
「気絶してたんだから仕方ないさ。額、大丈夫?」
「はい、お陰様で……」
身体を起こした少女は橙色の綺麗な前髪を掻き上げて額を摩ってみるが、特に怪我は無かったため問題無しと頷いてみせた。
受付嬢の制服に身を纏い、そのサイドテールがポイントの童顔な少女、何の変哲もない普通の人族の少女は、仕事を怠けている上司から毛布を強奪する。
日輪島では仕事が無い。
正確には四六時中雷雨に晒されているためなのと、ギルドでの仕事が滞ってしまうから、仕事ができないと冒険者が近付いてこない。
生活面ではまだ余裕があるが、これが一年、二年と続いていくと食糧問題や仕事関係に更に支障が出る。
そのためギルドマスターも仕事を全うする義務があり、受付嬢兼監視役でもある少女が心を鬼にして上司を叱らねばならない。
「ギルドマスター! 寝てないで仕事してください!! 作業は山積みなんですよ!?」
「えぇ〜、私眠たいからシリカが仕事してくれよ〜、どうせ暇だろ?」
「どうせって何ですかどうせって!? 昨日も襲撃騒ぎで職員も紛失した資料作成に奔走してるんですから、ギルドマスターも手伝ってもらわないと駄目ですよ!!」
「あぁもう耳元で騒がないでくれ!! 頭がグワングワンする……リンダ様は二日酔いで仕事できねぇから、今日は休ませてもらうぜ!!」
「そんな堂々としておいて何が、休ませてもらうぜ、ですか!? 良い加減にしてくださいよ!!」
二人の口論が外にも漏れて、二人の職員が入ろうとしているが、その喧嘩に巻き込まれまいと様子を窺っているところだった。
そして二つ目の理由で、フェスティーニがエルフであるために入れないでいる。
(犯人もエルフ、みたいな証言があったし、ギルドでも情報くらい共有されてても可笑しくないか)
ギルドマスターの仕事は多岐に渡り、その仕事量は本来であれば一般のギルド職員よりも少し多い程度、ただし職務内容に幾何かの違いはある。
他地方への視察や、本部への情報通達、ギルド本部での会議召集にも応じなければならない。
しかし今回は異例中の異例、エルフが犯人かもしれない状況で外を出歩くのは御法度、彼女は大半をこの室内で生活している。
「ギルドマスターさん、仕事が待ってるようだよ〜」
「ったく、面倒だが……入ってきな」
リンダの指示で二人の職員が入室する。
一人は子供と見紛うくらいの体躯と鬼人族の証である二本の角が特徴の菫色の少女、もう一人は大柄でヤル気を見せない砂犬族の耳と尻尾を持った黄土色の男。
二人の職員がそれぞれ違った書類をリンダに渡して、仕事するよう催促する。
「ギルマス、仕事っスよ」
「す、すみませぇぇん! お、お願いしますぅぅぅ!!」
砂犬の青年が幾つもの紙の束をテーブルに置き、更にその上に鬼人の持ってきた紙束を重ねる。
片方はさも当然と言わんばかりに失望の色を宿し、もう片方は涙目で泣く泣く仕事をするよう嘆願する。
「そんで、こちらの美人なエルフさん、誰っスか?」
「あ? あぁ、まぁ腐れ縁ってやつだな。一応拝んどけ、エルシードの巫女様だ」
「「あ、ありがたやー、ありがたやー」」
「いや、ボクに拝んでも意味は無いんだけど……」
神の血を引いてはいるが、彼女も人間であるため、拝まれるのは慣れていない。
巫女であるため注目を集めるのはしばしば、しかし拝まれても良い気はしなかった。
彼女は風の妖精のような存在、何者にも囚われず、何者にも縛られず、何者にも従わない、それがフェスティーニという一千年の少女である。
ご利益は特に無いが、二人の職員がずっと拝んでおり、島の安寧を願う。
「どうか島の事件が解決しますようにっス」
「か、解決しますようにぃぃ!!」
盲信して祈る鬼の少女とリンダの嘘を看破する犬の青年、二人の相対する様子にリンダ本人は笑っていた。
「アッハッハッ!! おいおいアンゼッタちゃん、真剣に祈ってるとこ悪いが、今の嘘だからなー」
「ふぇぇ!? そ、そうなんですかぁ!?」
「こんな変人に祈っても無駄無駄。ってか私がお前等を毎回揶揄って楽しんでんのは身を以って体感してんだろ。なぁ、バーナード」
「そっスね……いや変人なのはアンタの方っスよね、ギルマス?」
「おいおい、リンダ様に変人は無ぇだろ」
「いやいや〜、リンダさんはボクより変人だよね〜」
「そっスよ、類は友を呼ぶっス」
「それ、バーナード君も変人って事になっちゃいますし、お二人に失礼ですよ、ギルドマスター」
「固い事言うなってシリカちゃんよぉ、どうせ誰も気にしちゃいねぇよ」
「そういう問題ではありませんよ」
どちらが変人なのかという論争に走るが、それでも職務からは逃げられはしない。
「さぁ、飲んだくれてないで、とっとと働くっスよ。本部との連絡事項について色々と纏める必要あるっスから」
「えぇ? バーナード〜、お前が仕事片付けてくれよ〜」
「嫌っス。もしこれ以上仕事しないんしたら、倉庫に密かに保管してる酒全部、海に捨てるっス」
「それは良い考えですね、バーナード君」
「そうっショ、シリカ先輩」
「お前等、何つ〜酷ぇ事考えやがんだ……」
酒が第一のリンダにとって、それは死刑宣告と同等の価値を齎した。
休みを取るか、酒を取るか、彼女にとって究極の二択であり、第三者であるフェスティーニからしたらゴミのような選択肢だと口には出さずとも馬鹿馬鹿しくなる。
結局は酒を選んだリンダは、泣きながら受付嬢アンゼッタの監視の下、職務を全うするために机に齧り付いた。
「んで、お姉さんは結局誰っスか?」
「ボクはフェスティーニ、『花園』って言えば分かってもらえるかな〜?」
「ッ……了解っス。先程は失礼な態度、すいやせんでしたっス」
Sランク冒険者に関する情報は、ギルド職員なら全員頭に叩き込んでいるため、その名前を出されただけで相当な実力者だと認知した。
バーナードは、失礼の無いようにと謝罪を込めて頭を下げる。
「けど、エルフの巫女様って外に出て良いんスか?」
「巫女なんて所詮、国の守護っていう名目で名前が広がってるだけで中身なんて無いのさ。ま、そのハリボテの名前を守るためだけにエルシードから出ちゃ駄目、ってお達しがあるんだけど……」
「それ破って良かったんスかね?」
「うん、ボクは自由を愛する冒険者だからね〜」
自由を愛し、自由に生きる、それこそが人間であると彼女は優しく語る。
「ボクはね、鎖に繋がれた犬じゃなくて、自由に大空を羽撃く鳥になりたいのさ」
「……」
「そのために、ノア君が必要なんだ」
自由を手にするために彼を必要とする理由は、彼女の口からは発せられなかった。
用事も残すところ一つとなり、彼女は作業中のリンダに一つ無理難題を頼む。
「ねぇリンダさん、ボクを情報管理室に入れてほしいんだけど、そのための手続きをお願いしても良いかな?」
「あ? あぁ、コンテナにあった情報端末についての調査だな?」
「そうだね。そして、その一つがこれだよ」
フィオレニーデから預かっていた情報パネルを、魔法の鞄から出してみせる。
情報端末、それもギルドの情報管理室にあるのと同じタイプの端末であり、ウルグラセンの家から手に入れていた数少ない証拠でもあった。
他にもセルヴィーネが巻き物を、フーシーが冷蔵庫の魔石を持って帰ったため、解決の糸口に繋がるかどうかは彼女の行動次第で変化してしまう。
パネルを渡されたリンダは、起動してみようと魔力を流していくが、反応は無かった。
「ありゃ、壊れてんな、これ」
「壊れてる?」
その半透明の端末は壊れていようが『魔導具』というカテゴリーに分類される。
そのため、リンダは一つの策を実行する。
船乗りから闇人の少女へ、その少女から巫女へ、そして巫女からギルドマスターへと盥回しにされた魔導具が、次にアンゼッタへと移りゆく。
「……アンゼッタ、頼む」
「は、はぃぃ!」
受け取った彼女は、異空間より荘厳な角ばったアタッシュケースを出現させた。
大きく重たく、酒瓶を退かしてテーブルに設置する。
「それは?」
「アンゼッタは『修復師』、何でも復元しちまうリンダ様の忠実なる下僕だ」
「た、ただの部下ですぅぅ!!」
テーブルに置いたケースの留め金を開け、中から修繕のための道具を幾つか手にし、端末の修復作業に取り掛かった。
最初に中身の透過から始める。
不具合の発生した箇所を発見するためゴーグルを装着して内部観察を行い、仕込まれた魔法陣の一部消失、魔導具の魔力回路の損傷、それ等を特殊な道具で修復する。
表面を擦り抜けて、半田鏝にも似た道具が中身に仕掛けられた魔法陣に干渉し、半壊した魔法陣が空中に浮き出てきた。
「へぇ、これが修復師の力……面白い能力だね〜」
「何度見ても惚れ惚れするっスねぇ」
「流石私のアンゼッタちゃんだ」
「貴方のではないでしょ、ギルドマスター」
膨大な情報量を持つ魔法陣が約半分欠けており、修復するには多少なりとも時間が掛かりそうだと直感し、修復完了までの時間を算出する。
約一時間、それだけの時間が必要となる。
しかし一時間は、彼女の実力を見抜いた上での予想。
魔法陣の欠けた部分を修復するのは至難の業で、そう思っての時間だったのだが、リンダがフェスティーニへニヤニヤとした卑しい笑みを向ける。
「まぁ見てな、巫女様。アンゼッタの本当の能力は職業に由来しない。アイツの才能は比類無き集中力と、欲を知らない探究心にある」
立体的に多重に浮かんでいる魔法陣、書類も何も無い状態で一から全てを修復し始めていた。
普通の修復師ならば資料や魔法陣の元々の完成図を参考に修復を開始するが、彼女はそれとは違い、何も無い状態から一人で修復を始めていた。
そして『修復師』という職業の力によって、破損した保存データの修復さえも行えるようになっていた。
「修復師の本質は『復元』、つまり破損した物でさえも元通りの状態に再現可能になるというところだ。爆破された船乗りの家とかも直そうと思えばできるが、負担がデカすぎるから貸し出しはできねぇぞ?」
「うん、それは別に大丈夫かな」
彼女の記憶倉庫には大量の情報が詰まっているため、修復依頼は必要としなかった。
だが、修復の力は凄まじく、極限の集中力が彼女の職業と呼応しているように見えた。
(凄いなぁ、職業がこんなに適応してる人、殆どいないはずなのに……)
職業を通して他人の職業を覗くが、霊魂が輝く蒼星のように視界の中で光り、三つの霊魂が職業と呼応するように揺らめいて、まるで炎のようだった。
職業を使えば霊炎が大きくなり、生命そのものが躍動している。
見る見るうちに立体魔法陣がアンゼッタという少女によって修復され、僅か数分で完璧に復元してしまった。
「アンタの事だ、アンゼッタが何時間で修復できるか逆算してたんだろ? どうだった?」
「うん、君の慧眼、恐れ入ったよ。素晴らしい職業の持ち主だよ、アンゼッタちゃん」
「あ、ありがとうですぅぅ……」
褒められ慣れていないアンゼッタが、恥ずかしさのあまり逃げ出してしまった。
「バーナード」
「っス」
「巫女様を情報管理室に入れてやれ。その後はこのリンダ様の仕事を手伝え」
「前者は了解っスけど、後者は自分でしてくださいっス。俺、ギルマスの駒遣いじゃないっスから、ツケは自分で何とかしてください」
「チッ」
「舌打ちしても駄目っスよ。まぁ、時間が余れば手伝いやすんで、まずは巫女様をご案内しますっス。付いてきてくださいっス」
先に下へ降りて準備するバーナードを追おうと、フェスティーニが廊下へと出て扉を閉めようとする。
その扉を抑えて、リンダが顔を近付けた。
「巫女様……いや、フェスティーニ」
「どしたの、リンダさん?」
「昔っから先走ってばっかだったからな、アンタ。くれぐれも無茶だけはするなよって激励をな。あぁ後これも、アンゼッタに感謝しながら有効に使いな」
「ありがと、リンダさん」
心配も不安も、そして修復完了した端末も含めて、全て引き受けた彼女は一階へと降りていった。
彼女が一階に降りたのを確認したリンダも部屋へ戻り、転がっている酒瓶を片してから一人用ソファにどっかりと腰を下ろした。
丁度良い沈み具合が彼女を仕事から遠去けようとするが、グッと我慢して仕事する。
フェスティーニに手渡された書類から、外部からの増援や物資支援等の交渉のため、彼女は溜め息と共に愚痴を空へと零す。
「ハァ、何で私がこんな事しなきゃならねぇんだ……ったくよぉ、早く事件解決してくれよな、フェスティーニ。そんでリンダ様に楽させてくれ」
「だったら愚痴零す前に手を動かしてください、ギルドマスター」
「へいへい」
「それにギルドマスターとしての仕事なら沢山ありますので休んでる暇はありませんよ」
「相変わらず手厳しいねぇ、シリカちゃんは」
「ギルドマスターが働かなさすぎなだけです!!」
机に散乱した山盛りの書類をものの数分で整理し終えた有能なシリカ受付嬢が、ギルドマスターへと資料や書類を手渡して、そこに自身の署名をする作業をリンダは愚痴りながら再開させた。
働くのを面倒臭がっては、いつまでもシリカの監視が離れない。
必要なものには名の記入を、必要の無いものには無記名を徹底し、何度目かの疲労困憊の酒息を吐き捨てて、リンダの気怠げな朝は過ぎていった。
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
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