第164話 船乗りの家
船乗りウルグラセンの住んでいる家、二階建ての一軒家を個人所有していると船乗り達は語り、その少し大きな建築物の前に集合していた。
そこにフェスティーニも辿り着く。
「あれ、まだ入ってなかったの?」
「おぉ、フェスティさ、何してたんだべ?」
「少し街の様子を見てたんだ〜。手掛かりは特に無かったけどね〜。それより、早く入っちゃおうよ」
何故五人全員が門前で立ち往生しているのかと疑問に思いながら、入ろうと荘厳な門へと手を掛けるが、その門が錆びた音を放ちながらゆっくりと開いていく。
鍵が掛けられていない。
その不自然にギオハとフーシーの二人は腰の得物を引き抜いた。
一人は短剣を、もう一人は肉切り包丁を手に、警戒心をマックスにするが、その必要は無かった。
「だ、誰も……いないべ?」
「いないねー」
一先ずは大丈夫かとホッと一息吐く間に、フェスティーニとフィオレニーデの森人姉妹は躊躇一つせずに住居無断侵入を遂行する。
六人庭に入り、龍神族二人が念の為にと門を閉じる。
仮にここに敵が来たとしても、不自然さは隠せるはずだと考えての行動だった。
「それで、これって勝手に入っても良いの? 中にウルグラセンって奴がいるんでしょ?」
「う〜ん、どうやら人はいないみたいだね」
「「へ?」」
船乗りの二人がフェスティーニの生命探知の結果報告に意外だったとばかりに驚いてみせる。
ならば本人は何処に行ったのか、それが疑問点である。
三ヶ月前より閉じ籠もってからずっと家の中にいるものかと思ったが、まさか外出していたなんて、と驚きが疑問より勝った。
だがしかし疑問も当然、家にいない理由は何かとウルグラセンの捜索も項目に加える。
「扉の鍵も開いてるですよ」
「勝手に開けてるべ……けど鍵開けてくとは、ウルグさも不用心だべなぁ」
「そういう事じゃないでしょ」
しかし開け放たれた扉より奥は、物音一つしない。
人の気配も無くて、だからウルグラセンがいないのはフェスティーニの言う通りかと、ギオハを先頭に据えて四人連続して入っていく。
しかしフェスティーニだけは、雑草の駆除もされていない庭に目を向けていた。
「……姉さん?」
「ううん、さ、ボク達も入ろ?」
廃れた庭に何かを感じ取りながらも、後回しにして彼女は二階建ての家屋へと入っていく。
玄関より廊下と階段が見え、四人はそれぞれ一階から二階からと散り散りとなっていった。
靴を脱ぐ習慣が無い異世界人達にとっては何の違和感も無いが、前世の記憶からフェスティーニだけは靴を脱ぎそうになる。
他人の家に入ったりは普段しないため、彼女は人の家という意識が前世に引っ張られてしまった。
玄関より一番手前から部屋を見て回る。
廊下より左手に見えた扉へと手を掛けてドアノブを捻ると金属音が微かに聞こえて、内開きだった扉を押して部屋へ入室する。
「うわぁ〜、埃まみれだね〜」
「ケホッ……ん、汚い」
数ヶ月間一切掃除していない部屋は、私物がかなり散乱している。
船の設計図が図面として描かれている作業部屋、という印象が色濃く出ており、船乗りの関係書類や書物、資料が置かれていたりする。
作業道具類も多く、床や机に投棄されたような散乱の仕方だった。
(ウルグラセンって人は測量士だったのかな?)
完成間近の帆船の設計図が中途で放棄され、手付かずで置かれたために埃を被っていた。
もう完成しない一枚の設計図は、寂寥感を物語る。
真っ白な指先で絵をなぞり、その人の思い描く帆船を脳裏で組み立てていき、その素晴らしい船は想像の世界を大航海する。
「凄い船だね」
ここは作業をする人の聖地、これ以上は踏み入っては行けないと思い立った彼女は静かに部屋を後にする。
部屋の中身は全て頭にインプットされている。
だから残りは記憶で探れば良いだけ、絨毯などが無かったから地下への入り口は無し、作業机の他にあった棚や書類は現在は調べずとも問題にはならない。
あの作業のためだけに考えられた部屋を出て、今度は向かい側の部屋へと向かう。
「む、貴方でしたか、エルフの巫女さん」
「フェスティで良いよ、アスラちゃん」
「ではフェスティ、何か見つかりましたか?」
部屋の中を漁っているのは、オルファスラだった。
彼女も探検隊の一員として物色中、自由に好き放題触っているが、手にしているのは釣り道具、それが居間にあるテーブルに無造作に置かれた状態だった。
他にも埃塗れとなった工具箱、開かれたまま放置されていた。
「作業部屋らしき場所があったよ。船を作る仕事に携わってたんじゃないかな〜?」
「そうなのですか」
巻かれているリールが五つケースに収まり、そのうちの一つをオルファスラは手慣れた手付きで釣り竿に接続させていく。
できあがった釣り竿に釣り糸はまだ通さず、ルアーを投げるポーズを取る。
しなやかなロッドは新品同様、しかし埃を纏っていた事実からフェスティーニは察する。
(へぇ、隣のケースにはルアーセット……かなりの釣りマニアだったらしいね〜)
ルアーの一つを手に取るが、どれもが自作である。
しかし前世よりも種類が豊富で、魚一つ一つに相対する擬似餌が彼女の手にあるため、これは欲しい、と千年間で培った工作魂に火が付いた。
(後でボクも作ってみよ〜っと)
このルアーは家主の持ち物であるが以上、勝手に取るのは泥棒と見做される。
だからルアーを元の位置に戻す。
船乗りの家だけあって家中にあるのは海関連の道具や資料の類いばかり、長く海と携わっている証拠であり、その釣り竿が片付けられずに無造作に放置されているのが彼女にはどうしても考えられなかった。
もしかしたらこの家に誰かがやって来て、ウルグラセンを連れ去ったのではないか、と。
「うわー、食糧腐ってるねー」
三本置かれていた釣り竿の一つを確かめようと手を伸ばすと、居間から見える台所で、ギオハが冷蔵庫を開けて鼻を摘んでいた。
漂う腐敗臭が部屋に充満しそうになる。
換気しなければと窓を開けると、雷が怒り狂うような激しさを増していた。
突風もお邪魔し、空気が総入れ替えされる。
植物を生やして空気浄化、という方法もあるが、流石に人家に種を撒くのは些か常識に欠けるのではないかと脳がストップを掛けた。
いずれ匂いも出なくなる。
だが、冷蔵庫の中身が腐っているため、やはりと確信が得られた。
(ウルグラセンって人、やっぱり何ヶ月も前からここに帰ってきてない)
その結論はつまり、閉じ籠もっていたという噂だけが先行し、一人何処かに雲隠れしてしまったと結論付くが、では彼は一体何処へ?
目下の議題その一、ウルグラセンの行方。
森に行ったとのフーシーからの情報源より、森に姿を眩ましているかもしれないとフェスティーニは森の重要度を引き上げていた。
目下の議題その二、森に何があるのか。
どうして森に行ったのか、ウルグラセン視点になって客観的に見つめ直そうと彼女は思考をフル稼働させ、しかし情報不足が否めず、ピースが足りないせいで作業を一時停止させた。
(やっぱり駄目だね、まだまだ足りない。情報が少なすぎるんだ)
他に何かあるかと周囲を見渡した先、彼女は一つの絵画を見つけた。
居間に掛かる一枚の絵が主張する。
その絵画は心を魅了する魔力があるような、そんな絵が帆布一面に意気揚々と描かれており、金色の額縁に彩られた一枚の絵画の題名は『月の海』、大きな海底神殿が独創的で、煌びやかで、そして立体的に描かれている。
だから彼女は、綺麗だと、そう呟いていた。
月を飛び越えた巨大イルカを中心に、魚達が神殿を背景に優雅に泳いでいる。
赤や黄色を光の材料に、青や紫、そして黒の暗い配色を選んでいる絵画、その絵画に引き寄せられて彼女はそれに近付いた。
(凄いなぁ……前世の絵画と並ぶ美しさだよ)
素人目線での彼女の感想、しかし歴史的に見ても壁に掛かっている一枚の水彩画には、躍動感溢れる作者の想いが乗せられる。
何かを伝えるために、その作者は筆を振るう。
だが作品そのものの価値は計り知れない。
「ギオハちゃん、この絵画、何か知ってる?」
「あー、ウルグさんのお宝だねー。大昔の有名な画家が描いたっていう絵画らしいよー」
この世界では職業次第では歴史に名を残す偉人達が現れるだろう、その中でも絵画における天賦の才を持つ職業が入手できれば、どんな絵も神技レベルにもなる。
有名な画家、それが誰なのかと疑問を口にするとギオハが記憶から異人の名を掘り起こす。
「えっとねー、確か『セルシーク』って名前だったはずだよー」
「セルシーク……昔どっかで聞いた名前だけど」
しかし思い出せず、その絵だけが心に刻まれる。
癒しの絵、そう言わしめる魔力を文字通り内包しており、近くにいると精神や魔力が回復する。
つまり魔導具か、能力者によって形成された力の一端。
「手掛かりとは関係無さそうだね」
絵画は絵画、海の絵とは言ってもウルグラセンの趣味の一環でしかなく、それが値千金の情報になるかと聞かれれば答えはno、全く無関係としか思えない。
だからキッチンへと場所を移す。
台所には何があるのか、戸棚を漁っているギオハの背後に立った。
「何かあったかな?」
「何もなーい」
目ぼしいお宝が手に入らなかったと、肩を落とすギオハは脚立から飛び降りて、華麗に着地した。
「冷蔵庫も動いてなかったでーす」
「中身は何だった?」
「お野菜とか魚とかばっかだったねー」
しかし全て腐ってしまい、かなりの日数が経過しているせいで腐敗臭が冷蔵庫より這い出てくるようで、鼻がひん曲がりそうだった。
匂いを消すために、彼女はポーチから一つの薬瓶を取り出して振り掛けた。
「ただの消臭剤だけど……これじゃあ消えないか〜」
焼け石に水だったと悟る。
「これだけの臭いだったら異臭騒ぎとかになってても可笑しくないはずなんだけどね〜」
「つまり、この魔導具の魔石が全魔力を使い切ったのはごく最近、ならば冷蔵庫を分解して魔石と食糧の腐敗日数を調べれば、何日前までウルグラセンという方がここにいたのかが分かるですよ」
「おー、何だかめんどーだね」
だが、この中身をどうするのか。
食べれば確実に腹を下す。
しかし捨てるにも海に投棄するかどうかで迷うが、そこにセルヴィーネが通り掛かる。
「ねぇ、二階に金庫らしきものが……って何してんのアンタ達?」
「いやぁ、冷蔵庫の中身が腐ってるから、どうしよっかってね〜」
「ならアタシの炎で燃やし尽くそうか?」
「こんなとこで吹いたらボヤ騒になっちゃうね〜」
「では、燃え広がらないように私が周囲を凍らせてやるですよ」
龍神族のタッグは火と氷、ならばと肺に酸素を溜める二人に待ったを掛けるのはフェスティーニ。
こんな狭苦しい場所で吐けばどうなるか、想像に難くないがために止める。
燃えたり凍らされたりは御免被るのだ。
ならばと別の作戦を考案中、二階より残りのメンバーも戻ってきて、全員集合した。
「何、してるの?」
「おぉ、やっぱ腐ってたべか」
「二人共、丁度良かったよ〜。食べ物の腐敗日数と冷蔵庫の魔石から、何日前まで人がいたのか計りたくてね〜。ちょっと手伝ってくれないかな〜?」
「良いだよ。けど、どうすんべ?」
「フィオちゃん、施錠してくれる?」
「ん、分かった」
姉の指示に、フィオレニーデは職業の力を顕現させ、鍵束を出現させた。
その中の一つをパキッと外し、冷蔵庫の周辺空間そのものへと突き刺した。
「『万能なる鍵杖・施錠』」
ガチャリと鍵を回し、臭いの概念そのものを完全に封じ込めたフィオレニーデ、全員が自然と拍手を贈り、その先を考えていなかった。
鍵でできるのは異空間へと送るのみ。
しかし姉の望みは調査、つまり何処かに移す必要があるのだが、次の鍵を使用する前にフーシーが前へと出る。
「後はオデに任せるべよ」
胸をドンと叩いて、フーシーは手に虫眼鏡を創造し、腐敗物をレンズ越しに眺め始めた。
「『探索技能/食材観察』」
研究対象は腐敗した食材全般、虫眼鏡から発せられる淡い光線に当てられた食材が薄く輝き、その食材についての研究が虫眼鏡のレンズに映し出される。
食材の名称、原産地、成分や種類によっては何を食べて育ったか、どのような土壌で育ったかなど、そして腐敗速度から腐敗日数まで、調べられる。
しかし当然ながら研究であるため、時間が掛かる。
「食材の腐敗日数を逆算すんべ。この技能さ少し時間が掛かるべな、皆は他の部屋調べるだよ」
フーシーの超集中力によって、その後数分間誰が何を話し掛けようとも彼女は右耳から左耳へと聞き流し、全く反応を示さなくなった。
「フーシーはねー、一度集中しちゃうと周囲の声なんて一切聞こえないんだなー」
「凄まじい集中力、ってことかな?」
「フェスティちゃんそのとーり、だから放っといても大丈夫だよー」
ここは彼女一人に任せようとギオハが最初に部屋を後にし、彼女に続いて全員散り散りとなる。
オルファスラはそのまま一階居間に残り物色、ギオハとフィオレニーデも自由に探索する。
そしてエルフは、龍神族の話を聞きに廊下へと出た。
「それでセラちゃん、二階に金庫があったって?」
「そ、けどアタシじゃ開けらんないから、フィオを呼びに来たんだけど、アタシじゃお願い聞いてくんないし」
「あ〜うん、妹がごめんね〜」
「アンタ達どうなってんのよ? 顔は瓜二つなのに種族も性格も別々なんて」
「あ、アハハ……」
第六感の権能持ちに小細工や嘘は利かないため、彼女は苦笑するしかなく、目線を明後日の方向へと逃す。
二階へ続く階段を登って、突き当たりの開いている部屋へと入室した。
「うわぁ、凄いね〜」
部屋全体が暗く魔導灯も壊れているようで、スイッチを押しても反応しないため、この部屋だけは他より異質さが増している。
黒いカーテンに遮られているため、光は入らない。
奥が暗くて見えないため、少女は一輪の花を咲かす。
「あ、セラちゃん目は閉じといた方が良いよ〜」
「は? いきなり何を――」
「『煌めく金糸梅』」
黄金色に咲く梅花が、瞬間に光り輝いた。
閃光弾のように、刹那のうちに光を放出していき、数秒後には光が調節される。
閃光によって目をやられた人間が一人、両目を抑える。
「ギャァァ……目がァァ………目がァァァ……」
「って、何でアンタが光にやられてんのよ!?」
効果範囲を見誤り、フェスティーニ自身に閃光弾攻撃が見舞われる。
火打ち石から飛び出る火花のように瞳の奥がチカチカと明滅し、眩しさに目を潰されてしまう人間の光景を、セルヴィーネは視界の端に捉えていた。
「ご、誤算だった〜」
「フェスティ……」
目を抑えて苦しそうに身体を震わす少女、それに対してセルヴィーネは懐疑的な目を向ける。
昔も似たようなやり取りがあったなと感傷に浸りながら、龍女は言い放つ。
「実は何ともないでしょ、アンタ」
ピクッと反応したフェスティーニは、次には両目を開けて可愛く舌を出し、惚けてみせる。
「えへ、バレちゃった?」
「バレるも何も、出会った頃もそうやってアタシを揶揄ってたじゃない。変わってないわね」
前とは違うのだと、友人の悪戯を見抜いた。
それだけ二人の付き合いは人族にはできない年月続いているが、出会った頃にも同じようにされ、その時は騙されたと恥ずかしさが込み上げてきた。
しかし今回は騙されずに済んだ。
それだけでも成長したと言えるだろう。
「って、今はそんな事してる場合じゃないでしょ」
「いや〜、お約束は守らなくちゃね〜」
「そんなお約束いらないわよ」
ともあれ、明るくなった部屋は五面全てが宇宙のような暗い色調で塗り尽くされ、明るい色で星も散らばって描かれている。
自分達は宇宙に佇む塵かと見紛う美しさは、梅花の光に照らされて映し出される。
天体観測のための部屋、そうとしか思えない趣味の部屋が埃を被っていた。
床は魔法陣の描かれた黒い絨毯が敷かれている。
部屋の本棚には黒魔導書や闇に関する書物、悪魔召喚や宇宙の生物に関する記述書、一言で表すならオカルト、そこには目には見えない神秘が所狭しと置かれていた。
(凄いなぁ……完全に趣味の部屋だねぇ)
謎の鉱石、正三角錐の置物、大きな目のシンボルが描かれた壁、数多くの神秘物が乱雑に放棄され、この部屋が何なのかと不審に思ってしまう。
これがただの趣味とは、凄まじい。
だがそれも人、他人の趣味にケチを付けないフェスティーニは、目当ての宝を入手すべくキョロキョロと金庫を探すが、何処にも見当たらない。
「あれ、金庫は?」
「ここよ」
セルヴィーネが指差したのは謎の目の描かれた壁、それへと手を伸ばして触れて握る。
何かを掴んだと目にしたところで、一気に目が描かれていた貼り紙を剥がした。
「暗くて見えなかった……貼り紙だったんだね」
「そのようね。多分だけど、ここの明かりも故意に壊されてたんじゃないかしら?」
権能が無ければ見逃していたかもしれない。
完全に壁の色と同化していたせいで見分けるのが難しかったが、それでも空間探知系統の能力を持ってさえいれば簡単に見破られる。
しかし見破られず埃塗れとなっていたなら、もしここに侵入した人間がいるとすれば、その人物は探知能力者ではない、となる。
「でも埃被ってるし、侵入した人はいないんじゃない?」
「どうかな〜。数ヶ月で埃なんて溜まっちゃうし、例えば行方不明になった次の日に誰かが侵入したって可能性だってあるんだよ」
「じゃあ、どうすんの?」
「う〜ん……」
誰かが侵入したのか、それとも侵入しなかったのか、それが分かれば進捗があったと言えるが、そのためにはウルグラセンという人物理解が足りない。
ここで頼れるのはギオハ、フーシーの二人だが、片方は腐った食材の調査中であるため、人が侵入した痕跡を探すためにはギオハが必要となる。
「ハァ……ネロがいてくれたら良かったのに」
「ネロ?」
「えぇ、追跡の魔眼使いで、フラバルドで知り合ったの。足跡を探る魔眼だったかしらね」
知人の能力なら、ここで誰かが侵入したとしても足跡を探ったりもできたが、その人物はいない。
「セラちゃんの権能は?」
「無理ね。感知能力だから、過去の人物の追跡には向かないわよ」
セルヴィーネの持つ権能は『蒼穹へ響く波動』という第六感の能力、第六感で探知できなくもないが、彼女の苦手分野だった。
だから前回の時も化け物を追跡できなかった。
だがしかし、職業ならば代用はできる。
「ボクの職業ならできるかもだけど……少し難しいかも」
人間の証拠は指紋や足跡、汗、臭い、毛髪、唾液、血液、そういった生命から生ずる全部だが、それを計測したりもできるのが生物学者。
彼女は部屋を調べているうちに、その証拠が見つからないと知った。
正確にはウルグラセンらしき人物の生体反応が、ある程度前までから途切れている、といったところだ。
「ウルグラセンって人以外の反応が一切無いんだ。あるのはボク達六人の足跡とか指紋とか、そういった生体反応だけなんだよね〜」
「じゃあ、ここに忍び込んだ人はいないって訳?」
「……まぁ、そうかもね〜」
フェスティーニの脳裏に浮かぶもう一つの可能性、それを片隅に置いた彼女は金庫へと梅花を近付ける。
一から十までの数が書かれたダイヤルが正方形の各頂点に四つ並び、中央には一つの鍵穴が、その肝心の鍵が見当たらない。
中身を取り出すのは骨の折れる作業となる。
燃やすのは不可、セルヴィーネの肩を掴んでブレスを吐くのを止めさせる。
「開け方はちょっと分かんないかな……」
「適当に弄ってみれば?」
「適当に弄っても当たる確率は限りなく低いからね〜。できれば透視のような能力が欲しいね〜」
その本音が聞き届けられ、一人の少女が背後より金庫を覗いていた。
「ならー、私の能力使いますー?」
「気配で分かってはいたけど……ギオハちゃんって盗賊職だよね?」
「うん合ってる、『盗賊』だよー」
盗賊、現在欲しい職業ではあるが、棒読みのせいで正解か不正解かが微妙ではあるが、ここは彼女に任せてみようと二人は一歩下がる。
対するギオハは、持ち前の職業技術で金庫のダイヤルを弄り始める。
「うんうん、ほーほー、面白い構造ですなー」
「で、それで解錠できんの?」
「勿論、ちょっとだけ時間は掛かるけどねー」
船乗り二人を連れてきて正解だったと思うも、妙な違和感を孕んでいる。
ダイヤルを弄り始めたギオハをそのままに、フェスティーニは他に何かあるかと発光する梅花を浮かべたままにし、周囲へと目を移すが……
「ねー、これ下に持ってって良いー? ここ、その花があっても暗くってさー」
「そうだね、その方が良いかもしれないね〜」
金庫を持ち運ぶために、力持ちのセルヴィーネへと二人の視線が注がれる。
「あぁはいはい、分かったわよ。下に運ぶのね」
目で語り掛けられた彼女は了解したと、その小さな金庫に触れて持ち運ぶ。
「かなり重いわね、これ」
「もしかして本当にお金が入ってたりして」
「そりゃ金庫なんだし、そうなんじゃないの?」
「……ウルグさんの財産はギルドの銀行に入ってるから、家にあるとは思えないねー」
ならば中身は何だろう。
金銀財宝、宝物、彼が何を宝庫に隠したのかを探るために金庫を弄る。
しかし場所が悪い。
だから、金庫が運ばれていく。
「さて、他に何があるかな〜」
二人と共に階段を降りて、彼女は知るべき何かを見つけに居間へと戻る。
玄関へとやってきた彼女は、玄関先で立っている妹に声を掛けられた。
「姉さん」
「あれ、フィオちゃん。何処で何してたのさ?」
いつの間にかいなくなっていた妹が突如として、手に何かを持って現れた。
身体はずぶ濡れとなっている。
先程まで外にいたという証拠であるが、外にいたせいで少しだけ寒そうにしていた。
「倉庫、見つけた」
「倉庫?」
「ん、これも見つけた」
雨に濡れてしまっているが、一つの半透明の板のようなもので、何処かで見た形と酷似していると思った彼女は自身の記憶を漁ってみる。
すると答えはすぐに見つかった。
ギルドの情報管理室で見た魔導具、それとほぼ同じ。
材質も、見た目も、何もかもが類似しているのだ。
「他にも沢山、見つけた」
「そっか。お手柄だよ、フィオちゃん」
「ん」
よしよしと姉の慈愛で包み込み、優しく妹を撫でながら身体を温め合って暖を取る。
「日輪島のはずなのに、雨のせいで結構寒いよね〜」
「ん……姉さん、あったかい」
「あ、そうそう、フィオちゃんにお願いしたいんだけど、良いかな?」
「フィオ、何する?」
「金庫を見つけたんだけど、鍵が無くてね〜。ギオハちゃんの盗賊技能で開けられるかもしれないけど、万が一の場合はフィオちゃんの鍵で解錠してほしいんだよ」
「ん、分かった。でも……寒い」
「アハハ、まず服を乾かそっか」
フェスティーニが精霊術を駆使して水を操っていき、一人でに水分が服から取り除かれて、水の精霊がそこにいるかのよう。
エルフの身体故に使える自然の力、エルフであるからこそ使える能力である。
「ん、ありがと」
「どう致しまして」
情報が沢山集まってきたが、だからこそ整理するための時間が必要だと考え、妹を連れて四人が集まっている居間へと直行する。
扉を開けると、四人が金庫に群がっていた。
もう開いたのかと彼女達も近付いて、その蓋の上がった箱の中身を見て絶句する。
「こ、これは……」
中に入っていた代物、それは巻き物だった。
しかもただの巻き物ではなく、三神龍の魔力が混ざり合って形作られた『神器』のような気配を、自身の職業が感知していた。
何故直前まで感じ取れなかったのか、それは金庫そのものに施された金の装飾が封印の役割を果たしているから。
(これはもしかして、『登竜門の儀』の……)
その巻き物が何か分かっていなくとも間近にいるために気配を敏感に肌に受けているから、これは途轍もなく凄い代物、という認識が強い。
だが、この諸島の歴史を知るフェスティーニや龍神族の二人にとっては、何故こんなところにあるのか、という疑問が大きい。
だから誰が所有するべきか、という議題へと発展する。
しかし一般人には知らせてはならない、それだけの代物であるという理解を得ている。
「フェスティさ、何が知ってんだべ?」
「う〜ん、ボクもよく分かんないかな〜」
咄嗟に惚けてみせると、フェスティーニは何も知らないのか、と四人は思うのだが、その微妙な目線や仕草によって姉が何故誤魔化したのかと、妹だけは巻き物への評価を上げていた。
後で聞かねばなるまい。
しかし聞かずとも、巻き物はすでに重要性を孕んでしまっているため、何処かに保管すべきだと四人の異種族の心は一致した。
「これ、どうしよっか?」
「誰かが保管すべきなのです。しかし私が見つけた訳ではないですから、そこは見つけた者が……」
チラッと見つけた本人へと視線を向け、あからさまに溜め息を吐いてみせる。
「何よ? アタシじゃ文句があるっての?」
「いえいえ、貴方のような大雑把な性格の人に任せるのは反対、と言ってるだけなのです」
「それ、完璧に文句じゃない……ま、アタシも自分で持ち運ぶのは抵抗あるし、できれば他の人に任せたいわね」
独特な感情の流動に、機敏に反応したオルファスラは文句すら言う気力も失われた。
(二人に何かあったのかな?)
龍神族ならば諸島の歴史についての知識は伝わっているから、二人の龍神族の関係性と、セルヴィーネが孤児院で零した言葉で、何かがあったのは確かだと推測した。
孤児院での『フェルンの墓参り』という台詞、それが今回と関係しているのかどうかは二人の様子からだけでは察せない。
「どうすんだべ? ウルグさのもんだったから、船乗りのオデ達が預かる事もできるだよ」
「う〜ん……でも、セラちゃんが一番安全なんだよね〜」
権能による感知がある限り、不意打ちでの奪取は限りなく不可能となるため、真正面での戦闘となるだろうが、そうした場合は敵の正体を見破る時間を稼げる。
一番適しているのは、実はセルヴィーネである。
しかし本人は気乗りしない。
「……分かった、しばらくの間だけ持ってる」
「皆もそれで良いかな?」
「まぁ、オデ達よりも適任だべな。持ってるだけで危険そうだべよ」
「私も構わないよー」
船乗りの二人からも了承を得た彼女は、その魔法の巻き物を入手、管理する。
金庫の蓋を閉めると一人でにダイヤルが回転して、ガチャリと鍵が閉まる音がした。
「セラちゃんは盗賊じゃないし、解錠能力持ってないから開けられない。開けるためにはギオハちゃんの能力が必要になる。つまり鍵を他人に渡した状態で管理する事になった訳だね〜」
「そうね。丁度良いかもね」
「けど、そのまま運ぶの?」
「いいえ、レイから貰った空間魔法の付与されたポーチがあるから、そこに入れておくわ」
内部空間が広がっているため、小さな金庫も余裕で収納できてしまうため、彼女はノアに感謝してポーチへと金庫を仕舞った。
勝手に持ち出しても良いのか、という常識はすでに存在していない。
長い間、ここに家主すら帰ってきていないから。
だから分かっていながらも、この代物が船乗り程度の人間に持たせてはいけないと自分に言い聞かせて、次の方針へと移る。
「で、これからどうすんの? この家に来たから、次は森かしら? それともコンテナ? 謎の光を追うって話もあったわよね?」
「アハハ、気が早いよ。まだこの家で調べなきゃならない場所とか内容とかがあるから、ボクはもうちょっと探索したいかな〜」
「倉庫、も」
「おや、そちらの板は?」
「……知らない」
次に探索すべきなのは、その倉庫だなと全員顔を見合わせる。
この家こそが宝庫ではあるが肝心のウルグラセンが未だ見つからず、本来の目的そっちのけで家中を調べ回っていた結果、彼女達は大きく二つの事実を手に入れた。
ウルグラセンがしばらく帰ってきてない事について、謎の巻き物について。
だが、それは分かった、とは言えない。
それに森や貿易港については、もうすぐで夜の帳が下りる時間帯、まだ昼の方が幾分か明るいために今日の探索はウルグラセンの家で終いにする。
(さて、後は冷蔵庫と倉庫だけかな)
フーシーも腐敗についての研究を終えていたが、表情は芳しくなかった。
「腐敗した食糧についてだべが、腐り始めたのはここ最近だったべよ」
「最近?」
「んだ、だから冷蔵庫の魔石を最近になって使い切ったんだと思うべ。冷蔵庫の魔石を調べれば遡れるだよ」
「魔石は――」
「もう取り出してあるべ。後で調べるべな。先に倉庫に行ってみるべ」
綺麗な蒼い魔石をポケットに入れて、倉庫に向かうよう提案される。
時間は有限、ならばこそ倉庫を調べるべきだと即決したフェスティーニは、唯一の倉庫発見者にお願いする。
「フィオちゃん、案内してくれる?」
「ん」
外は夜になるに連れて更に暗さが落ち、逆に閃光が空を覆い尽くしていて、暗澹とした雷雲が日輪島上空を覆い尽くしている。
今更豪雨を見上げる物好きはいないだろう。
海に稲妻が墜落し、その光に包まれた六人の影が並んで倉庫へ向かって歩いていく。
「まさか外に出るなんてね……アタシなら見逃してたかもしれないわね」
「それは有り得ないのですよ、セラ。貴方なら第六感で見つけられたはず、今回それが反応しなかったのはダークエルフの彼女が先んじて見つけたからに過ぎないのです」
「でもー、大抵はこの雨だしさー、普通なら見逃してても可笑しくないんじゃないー?」
「オデも倉庫があるだなんて初耳だったべ」
「でも、倉庫に何かあるのは間違い無さそうだね〜」
フィオレニーデの手にしていた魔導具がそう如実に伝えてくる。
倉庫に来い、と。
大事な情報をお前達にくれてやる、そう言われている気分となった五人は、先導している少女の後ろを付いていき、グルッと家の裏へ回る。
雑草を踏み越えて、玄関口からは絶対に見えない場所に倉庫は立っていた。
「ん、着いた」
誰にも見られない場所にポツンと建っている倉庫は、シャッターが微妙に開かれた状態で放置されていた。
先導したフィオレニーデが先に入っていったため、全員それに続いて中の様子を窺うために身を屈めて、シャッターを潜り抜けて奥へと進んだ。
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
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