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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第四章【南国諸島編】
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第162話 謎は星屑のように鏤められる

 話は四日前、場所は曇天に覆われた空の下、セルヴィーネ達が船乗りの基地より孤児院へと移動しているところまで遡る。

 ノア達地質調査隊が三日目を迎える少し前、雨の降る日輪島では四人の他種族の女子達が目的のため、孤児院に向かって歩いていた。

 豪雨と雷震の連続によって、地震が発生している。

 雨によって気が滅入る中であっても、フェスティーニは軽やかなステップを踏み、水溜まりを跳ねる。


「いや〜、やっぱり雨って気持ち良いね〜」

「アンタ……何でそんな元気なのよ?」


 隣でセルヴィーネが呆れた様子で、彼女の回り踊る姿を眺めていた。

 ロディがいなくなってしまい、代わりに船乗りの一人であるギオハが茶髪を雨に濡らしながら一行と共に行動し、手掛かりの一つがあるであろう、少女の育った孤児院を目指していた。


「元気だねー」

「……身内の、恥」


 褐色肌をレインコートより外気に触れさせ、フィオレニーデが可哀想な目で我が姉の痴態を凝視し、耐えきれずに視線を外した。

 密航船を捕らえるため、行方不明となったロディを探すため、そして手掛かりを得るために彼女達は孤児院を訪れて話を聞こうと、そこへと続く階段を登る。

 雨に濡れているため、滑らないよう注意を払いながらショートブーツを鳴らし、軽快な足取りを奏でながら駆け上がっていく。


「この先、だよね?」

「そうだよー、この先に孤児院があるんだー」


 棒読みで適当な物言いをしているのではないかと聞こえてしまったセルヴィーネ達は、本当に孤児院がこの先に存在するか多少の不安を抱えた。

 ただ、ここにいるのは数百年を生きた猛者達、本能と直感に従って年端も行かない少女を信用する。

 階段の最上段へ一番乗りしたフェスティーニを歓待するかのように、霧より出ずる孤児院が彼女を圧倒するくらいのおどろおどろしい存在感を纏っている。

 まるで寂れた小さな洋館のよう、幽霊が出るのではないかという不穏な気配を醸し出すが、その一階や二階に複数の気配があるだけで特別変に思う箇所は無い。


「あ、あれ?」


 一番乗りで階段を登ったところで、フェスティーニは違和感に気付いた。

 手を水平にすると、雨が降っていなかった。

 何かの結界に入り込んだ、そう捉えた。

 誰かの結果の中に侵入したために結界を張った本人へと侵入が察知された、と感じた刹那、一人の青年がいつの間にか門柱の上に座って彼女達を見下ろしていた。


「あぁん? 何だぁオメェ等ぁ? こんなとこに女四人で何の用だぁ?」


 不思議そうに首を傾げて、その男が門柱の上に胡座を掻いている。

 誰も、それに気付けなかった。

 まるで降り頻る雨の一粒一粒に一々意識を向けないのと同じように。

 まるで地面を歩く蟻に意識を向けないのと同じように、それは極自然の摂理として、彼女等の目に映った。

 その者の気配はそこに存在していないかのような、幽霊かと疑う気配に違和感を感じていた三人、長身で前髪の長い男は手にしていた林檎を齧りながら、四人の来訪者を観察している。

 前髪の隙間から見える真っ赤な瞳は、その四人のうちの一人に注目した。


「……なぁんでギオハがここにいんだぁ?」


 伸びた声で、彼はギオハに質問する。

 フードで顔が見えないはずが、その青年にはギオハの歩き方や癖、歩幅等から逆算して見抜いた観察眼がある。

 だからこそ看破できた。

 しかし、理由が分からずに首を傾げた。


「院長にちょっとした用事だよー」

「用事ぃ? なら買い物に行っちまったぁ。ソイツ等は誰なんだよギオハぁ?」

「事件解決のために協力してくれるー……えっと……誰だっけー?」


 名前を忘れてしまうギオハが、背後にいた三人へと視線を向けてくる。

 こんなんで大丈夫か、と心にのみ留めて外部に出さなかったセルヴィーネだが、もう一度自己紹介しておこうと思い、フードを取って素顔を晒した。


「また龍神族とはぁ、珍しいねぇ」

「アタシはセルヴィーネ、んでこっちがフェスティーニ、そしてフィオレニーデ。孤児院で行方不明になった人がいるって聞いたから、手掛かりでもあるかもと思って探しに来たの」

「あぁ何だぁ、そういう事かぁ」


 それだけで全てを理解した男は、林檎の芯を握り潰して不敵な笑みで彼女達の前へと着地し、対峙する。


「オラはぁ……グノーっちゅうもんだぁ。船乗りの一人でなぁ、フーシーはこん中にいるだなぁ。院長よりぃ、奴に聞きゃぁ何か分かるかもなぁ」


 赤い癖っ毛だらけの髪を弄りながら、男は孤児院の庭を横切って、そのまま孤児院の扉を開け放つ。


「さぁ、入るだよ」


 手招きされた四人はグノーの後に続き、中へと入った。

 静かな空気感が充満している。

 それはまるで、本当に幽霊でも出るかのような……


「ゆ、幽霊とか、出ないわよね?」

「アハハ、セラちゃん幽霊苦手だったね〜」

「だ、だって……」


 幽霊の苦手なセルヴィーネは、金のエルフを盾に、背後に隠れる。

 盾にされたフェスティーニは周囲の様子を見て、ズキッと脳裏に痛みが、そして悪夢が蘇った。


(そうだ、ボクはノア君の夢を見てたんだった。この孤児院は燃えてたのと全然違うけど……)


 建物の構造が全然違う。

 特に何の特徴も無い木造の柱をボーッと眺めているフェスティーニ、その突然奇怪な行動に出た彼女が何かに憑依されたかと、セルヴィーネはギョッとして大丈夫かと意識確認のために肩を叩いてみる。


「フェスティ?」

「うわっ!?」

「きゃぁぁぁ!!?」


 集中していたところに肩に刺激が与えられ、驚愕に声を上げてしまい、それが連鎖してセルヴィーネも恐怖と突然の叫声に、ノミの心臓が縮こまってしまう。

 不規則な胸の鼓動が耳朶を連続して打ち、心音が次第に静まった。


「き、急に脅かさないでよ! 心臓に悪い……ま、まさか幽霊出たの!?」

「へ? あぁいや、何でもないから気にしないで」

「う、うん」


 その真剣な眼差しがセルヴィーネに言葉を飲み込ませた。

 日に日に増していく愛情、会いたい気持ちが、悪夢の様子を思い起こさせる。

 燃えていた。

 孤児院も、家族も、そして彼自身も、全てが燃え尽きて炭となり、彼はあの時あの場で本心を語っていた。

 生きている意味があるのか、生き恥を晒して生き続け、その先に意味なんてあるのか、と自身へと問い掛け、全てを諦念したかのような表情だった。

 その時の顔を、彼女は背後からしか見ておらず、それも炎の逆光でほぼ見えなかった。

 だが、その微かに震えていた声色は覚えている。


「ノア君……」


 自分を覚えてくれていただけで彼女は満足していたが、しかし夢の内容を思い出すと満足が器から漏れてしまい、その容量に空きができた。

 フェスティーニは、ただノアが自分を覚えてくれるのかどうかだけを考えていた。

 しかし、そうではないと思い知る。

 彼をここに連れてきてしまった罪悪感、それが彼の過去が重たい程に彼女の胸中で膨れ上がり、それがいずれ破裂してしまう。

 青年の過去に何があったのか、彼女は知らない。

 そして彼女でさえ、その過去に触れるのは禁忌であろうと考え、悶々とする。


(君はどれ程の闇を抱えてるのかな? ボクは君のいない千年を生きてきたけど、君は一体どれだけの歳月を繰り返してきたの?)


 木柱を撫でて先に行ってしまった三人を追い掛け、従者の立ち位置にセルヴィーネを連れて、奥の居間へと向かった二人だが、ここまでで子供以外の気配が職業で一切察知できなかった。

 孤児院には大人も何人かいるはず、そう思っていた。

 しかし知らない小さな子供の気配を少数二階から放たれているのみで、この一階奥から感じられる気配はとても異質だった。


「ここだね〜」


 そして扉より奥から感じられる者のうち、一つだけ膨大で氷の力を凝縮したような気配があった。

 セルヴィーネと似た波長の龍神族特有の魔力、フェスティーニが彼女を肩越しに見ると龍女は少しだけ震えていて、それが武者震いか、恐怖による震えか、どちらにしても肩を掴む握力が強くなっていた。


「セラちゃん……痛い」

「あ、ごめん」


 奥に何がいるのかを権能で感知してしまったセルヴィーネは、一瞬この場から逃走を図ろうかと迷う。

 その刹那にフェスティーニが扉のドアノブに手を掛ける。

 逃走計画を練ろうとした瞬間に、その開扉が視界に収まったために脳が混乱を来たし、咄嗟の判断で脳が身体に直接命令を下す。

 反射行動に出た龍女は間髪容れず、その開け放たれそうになった扉を勢いに任せて押し閉じる。


「どしたのセラちゃん?」

「いや、何か知り合いの気配がするんだけど……」


 セルヴィーネの最も会いたくない人物の気配が、扉一枚隔てた部屋の中に存在している。

 開けてはならないと考えている通り、彼女は部屋の主を知っている。

 パンドラの箱の中身を先んじて権能で見てしまった。

 そのズルによって、開ける気が失せた。

 知人であると同時に命の危機に瀕し、逃げようとクルッと回れ右して出口へと走り出そうとし、しかし幾ら走っても前に進まない。

 尻尾を握られている感触と、龍尾を握る一人の少女の柔らかい手がセルヴィーネの顔面を蒼白とさせる。


「逃げる必要は無いのですよ、セラ」

「あ、アスラ……」


 雪のような蒼白い光沢のある髪、愛嬌のある小柄な体躯、蒼色の冷え切った瞳、そして龍神族の象徴たる二本の龍角と一本の龍尾、セルヴィーネと同族であり知人でもある雹龍族の少女が扉を開け、逃げようとする彼女の尻尾を掴んでいた。

 逃すまいとする少女の膂力は、セルヴィーネに引けを取らない。

 焔龍族と雹龍族、二人の龍神族の邂逅にフェスティーニはただならぬ雰囲気を察知し、蚊帳の外へと自ら逃げ、一歩下がった。


「久し振り、そう言えば良いですか?」

「そ、そうね……久し振り……」


 予想外すぎる再会に、セルヴィーネの反応は固い。

 事実、掟を破ってまでしてノアを追い掛けたため、アスラと呼ばれた少女に命を狙われてしまったが、まさか自分を始末しに追い掛けてきたのかと身構える。

 しかし、龍神族の少女は凍った溜め息を漏らして、興味の対象を隣にいたエルフへと向ける。


「初めまして、私はカルナボルク大峡谷の長を務めております、『オルファスラ=インゼル=グロフィヴェイド』と申します。見ての通り、雹龍族です」


 慇懃な挨拶として、スカートを摘んでカーテシーをし、氷のような表情を持つ少女が華麗にお辞儀する。

 それは貴族然とし、フェスティーニは貴族と対峙しているのかと錯覚する。


「亡き姉オルファミラの愛称オルファと混同される方が多かったので、普段は『アスラ』という呼称を用いている次第です。以後お見知り置きを」

「ご丁寧にどうも……えっと、ボクはエルシード聖樹国の第四代巫女、フェスティーニ=グリーエルテ=シュトローゼムです。皆からフェスティちゃんって呼ばれてるから、アスラちゃんもそう呼んでくれると嬉しいかな〜。まぁ、とにかくよろしくね〜」


 互いに重要な立場同士で挨拶が交わされる。

 それぞれで立場的な問題があれども、歪み合いをしている訳ではなく、それ以前の問題としてサンディオット諸島の事件があるため、言い争いはしない。

 だが、それは種族間での話。

 セルヴィーネとオルファスラの二人は同族であるため、別の話となる。


「まさか生きていたとは……死体を探しても見つからないはずですね」


 セルヴィーネはノアと出会う前に掟破りの一つ、里抜けをして、三人の手練れに追われていた。

 しかし二ヶ月が経過しようとする現在、死体捜索は完全に打ち止めとなった。

 毒矢を受けて海に落ちたセルヴィーネが藻屑となって消えたと判断されたからであるが、まさか生きて因縁の島で巡り会うとは誰も予想していない。

 しかしこれも神の導き、神様の悪戯なのではないかとオルファスラは、その導きによって連れて来られた龍女へ歓迎の言葉を述べる。


「悪運の強さは相変わらずのようですね、セラ」

「……ハァ、ビクビクしてたこっちが馬鹿みたいね。そっちこそ相変わらずの氷の女王っぷりね、アスラ?」


 二人の龍神族は睨み合い、決して一歩も譲らない。

 睥睨対決が勃発している中で、先に入室したはずのフィオレニーデが扉より身体を半分覗かせる。

 無言で威圧し合っている二人について、どのような状況なのかと、姉に説明を求める。


「……何、してるの?」

「「……」」

「えっと、因縁の対決かな〜?」


 場所も弁えずに突発的に発生した二人の冷戦を面白がって止めずに傍観するフェスティーニは、これ以上は孤児院に迷惑が掛かると、龍神族二人の背中を押して奥へと押し込もうとする。


「セラちゃん、ここに何しに来たのさ?」

「わ、分かってるけど……」

「アスラちゃんも――」

「これは龍神族の問題、里抜けした者は誰であろうと、一度逃げ延びようとも、龍神族の掟に従って死んでもらうのです。どうか邪魔だけはしないで頂きたいですね、エルフの巫女さん」


 スルリと横に逸れて、オルファスラは神のエルフへと殺意を宿した目で語り掛ける。

 邪魔をするな、と。

 それを間近で浴びながらも笑みを絶やさず、真正面から敵意を受け入れた。


「邪魔する気は無いけど、今はそんな状況でもないってのは君も分かってるよね?」

「……」

「今回の諸島の事件を解決するためには、セラちゃんの権能が絶対に必要なんだよ。だから殺すのは少し待ってもらえないかな〜?」


 殺さないでくれ、ではなく少し待ってくれ、という言い回しが引っ掛かった。


「いや、あのフェスティ、せめて『殺さないで』って頼んでくんない?」

「だって里抜けしたのはセラちゃんなんでしょ? まぁノア君に会うためって気持ちは分からなくもないし、罰もそこまで重くないのにしてほしいんだけどね〜」

「のあくん? 誰ですかそれは?」


 彼女はノアが暗黒龍の使徒であるのを知らない。

 正確には、ノアという英雄の存在そのものを知らないのである。


「魔神殺しの英雄よ。暗黒龍の使徒って言うべきかしら」

「それは本当ですか!?」

「えぇ、実際に近くで暗黒龍の力の一端を見たし、アタシはレイの養生のためにサンディオットに来たんだから。それに懐かしい気配を辿って日輪島までね……後はフェルンの墓参りもしようかなって」


 しかし雷雨に加え、サンディオット諸島全体で不穏となっているので、墓参りすらできそうもない。


「アンタこそ、クレイともう一人はどうしたのよ? それに何で日輪島にいる訳?」

「……クレイとルーメイアの二人は恐らく、月海島にいると思うですよ。距離があるため、そこまでの感知性能は期待できないですが、微かに龍神族の気配が二つ感じるですからね」


 セルヴィーネを殺そうと追い掛けていたのは合計三人、龍神族を束ねている雹龍族のオルファスラ、電龍族の中でも屈強な戦士であるクレイワルト、グラットポートで生け贄にされていた電龍族のルーメイアだ。

 その三人に追い掛けられながらも、彼女はノアの下まで逃げ切った。

 しかし現在は側近である二人がいない。

 その理由を聞いたところ、オルファスラの口から出た言葉は予想だにしていなかったものだった。


「里に帰る前に月海島に立ち寄ろうとしたところで、深海龍様に襲われたです。それで海に落ちて潮に流され日輪島に着いたところで、フーシーという方に助けられたという訳なのですよ」

「フーシーって船乗りの……」

「オデの事だべさ!」

「うひゃあ!?」


 背後から突如怒号にも勝る声が耳を突き抜け、セルヴィーネは驚きのあまり腰を抜かしそうになる。

 権能により探知はできていたが、急に大発声での会話は予測外であったが故の油断、胸の動悸が収まらず、壁に凭れ掛かって腰を地に着ける。


「び、ビックリした……」

「おぉ、そんな驚かれるとはオデも腕が上がったのを実感するべなぁ。職業柄気配消して近付いちまうべさ、済まんかっただな、焔龍族のお方」


 部屋に入ってきたのは割烹着を着ている少女、おっとりとした雰囲気と糸目で、緊張感が何処かへと吹き飛んでいくような話し方をしている。

 小さな身体に似つかわしくない溌剌とした声と様相は、その笑顔に集約される。

 薄茶色の髪は真っ白な頭巾で纏め、頭巾の空洞から垂れる短い総髪は活発な証、同じく胸元まである横髪も動きに合わせて揺れ動き、初見の者へと自己紹介する。


「さてお客人の方々、オデはフーシー、ここにいるグノー、ギオハと同じ船乗りの一員だべ。よろしく頼むべさ」


 笑顔を絶やさないフーシーは、持っていたトレーを近くのテーブルへと置き、席に座るよう促した。

 何故セルヴィーネ達がここに来たのか、それを聞かねばならないからだ。

 特にエルフの特徴であるフェスティーニには、顔では笑っていても笑顔の裏側では警鐘を鳴らし、見極めなければと糸目に隠された瞳が隙間より姿を曝けた。


「それで、ここに何の用だべ――」

「その前に一つ良いかな〜?」

「えっと……何だべ?」

「二階から幾つか気配があるのは分かるけど、他に人はいないの? 結構な広さだから、もっといるかなって思ったんだけど」


 互いの認識の前に確認しなければならないと思った事を聞いてみた。

 気になっていたのは、大人と子供はそれぞれ何処にいるのか、である。

 フェスティーニは二階に意識を向けるが、そこまで人が多いようには思えず、質問を質問のままにしないように、状況を知っていそうな少女へと回答を求めた。

 その回答はフーシーにとって、身を切る苦痛を吐き出す想いだったろう、彼女は声を震わせながらも義務を果たすために回答を吐露した。


「大人は三人中二人、それに子供達は……かなり攫われちまったべ」


 悔しそうに拳を握り締め、血を滲ませる。

 それだけショックが大きかったのが全身に染み渡り、そう感じた失言を撤回できないから、フェスティーニはただ彼女の心に不躾に侵入した旨を謝罪する。


「失礼な事聞いちゃったね、ごめんなさい」

「いやぁ、別にオメェさんのせいって訳でもないだよ!」


 意外な発言に、つい聞き返す。


「ボクを犯人だと思わないの?」

「ロデ坊から話は全部聞いとるべさ。そんだけの強さ持ってんなら、オデ達は今頃この世にいねぇだよ。そうだべ、グノー?」

「オラに振んなよなぁ」

「オデ達が孤児院守ってからは攫われた奴はいないべさ。けんども、半年前までは沢山いたはずの子供達も皆消えちまっただよ」


 悔しそうにギリッと歯を食い縛るフーシーは、この孤児院では母代わりに孤児達の遊び相手や世話係、食事係も担っていたが、その孤児達が行方不明になり、孤児達が怯えてしまった。

 それを守れなかった自分が情けないのだと、そう歯痒く自身を責め立てる。

 迫る月末に、心が焦燥を生み始める。

 もし誘拐された子供達が他国へと売られでもしたら、自分では取り戻すのは確実に不可能なため、彼女は何としてでも誘拐した犯人を吊し上げねばならない。


「二階には十人ちょっとしか孤児がいないべさ。その子達を守るためだったらオデ、何でもやるべよ!」

「す、凄い意気込みだね〜」

「勿論だべ! オメェさん等もここに来た理由さ教えてくれんだったら、オデも全力で協力するべよ!」


 力ある笑顔が振る舞われる。

 しかし笑顔の底には強烈な怒り、悲しみで渦巻いているのは言わずとも船乗り全員の心に燻るもので、だから船乗りは自警団としての矜持に賭けて調査に乗り出し、そこへと光明が差した。

 それがセルヴィーネ達である。

 血が繋がっておらずとも、それでも絆で結ばれた家族が攫われたとあっては、黙って見過ごすのは龍神族の沽券に関わり、オルファスラもセルヴィーネも絶対に解決しなければと意気込む。

 それを互いに察知して犬猿の仲の睥睨対決を勃発させるが、それを横目にフーシーは立ち上がる。


「ここで立たねぇのは、船乗りの名折れだべ!!」

「フーシー、燃えてるねー」

「ギオハも協力すんべ!」

「……私、船長から密航船追うよう言われてるからさー、そっちはそっちでよろー」


 ギオハは、何処からか持ってきた湯呑みにお茶を入れ、喉を潤す。

 最大限寛ぐ彼女も、元々は孤児院出身であるため、何処に何が置かれているのかは把握している。

 子供の少ない孤児院となってしまい悲しくはあるが、彼女は船乗りの船長(バンレックス)から託された任務があるため、そちらを放っぽりだして別の事に注力する気は無く、自分の性格を一番よく分かってるとばかりに、彼女は気が乗らなかった。

 だから断った。

 同僚の性格によって、フーシーは渋々引き下がり、次に対面に座っている異種族三人へと視点を変える。


「オメェさん等は手伝ってくれるだべか?」

「勿論、そのためにここに来たんだから」


 船乗りと異種族が手を組む、そして事件を解決する、それは言葉では言い表すのは容易いが、内容としてはそれ程簡単ではない。

 犯人がいるのは全員周知しているが、その犯人の姿が見えないがため、厳戒態勢を取らざるを得ないのが普通であるが、それでは身動きできない。

 特にまだ初対面の域を出ない彼等にとっては、警戒心をフル稼働させねばならないのは当然の話であり、セルヴィーネだけはフラバルドと状況が似ていると考え、権能を最大限利用しようと画策する。


「それで一つ聞きたいんだども……」

「何かな?」

「結局オメェさん達、一体ここに何しに来たんだべ?」


 本題から話が逸れてしまっていたため、修正して事情を全て説明する。

 目的は日輪島の事件の解決、誘拐事件と天候による弊害を何とかするために、エルフが犯人という証言も鑑みて名乗りを挙げた。

 ここに来た理由は情報集めのため、勿論孤児院の院長に話を聞くという名目でだったが、その院長が所用により外出中であり、入れ違いで彼女達がやってきた。


「情報が欲しいべな?」

「うん、何か知ってたら教えて欲しいな〜」


 誰がどのような情報を手にしているかは、その者によって異なる。

 フェスティーニの聞きたい情報は、島の状況、事件発生より変わった事、日輪島以外でも構わない、何か知っていないかと逸る気持ちを抑え、促しはしない。

 本人の意思を尊重する。

 砂粒一つ一つに違いがあるように、彼女は砂に混じる金塊を見つけるためなら細部まで精査する所存だったが、それは全部ノアに会うためでもあった。

 早く終わらせて彼に会うのだと、そう彼女の心内をフィオレニーデただ一人見抜いていた。


「そっちと知ってる内容はほぼ一緒だべな……あ、だども二つ気になる事あっただよ」

「二つ?」

「んだ。一つは森にこれが落ちてただよ」


 金属の金具が付いた骨をペンダントにした一つの装飾品を懐から取り出し、テーブルに置いたそれを彼女達が観察する。

 不思議な魔力を持っていた骨は、龍神族達には見知った物であると感知する。


「これは……」

「ふむ、どうやら竜骨から造られたもののようです。龍の力を感じるですよ」


 赤色の龍が手に取って光に翳し、それを青色の龍が当たりを付ける。

 その竜骨はモンスターの骨であるのだとオルファスラは言い、そのペンダントを森で見つけたと言った彼女に事情を聞こうと竜骨を返す。


「これは仲間の遺品……いや、装飾品とでも言えばいいんだべか。自分の家に閉じ籠もっちまった仲間なんだども、知ってるだべか?」

「うん、名前までは知らないけどね〜」

「名前はぁ『ウルグラセン』っつぅクッソ強ぇ男なんだよなぁ。前に誘拐だと騒いでた奴さぁ」


 誘拐事件だと騒ぎ立て催眠術師に操られて壊れてしまったという、船乗りの仲間だった人物、その人物の装飾品と言われたが、それが日輪島の森に落ちていたのは明らかに変である。

 何が変なのか、森に落ちていた事実のみあらず、何故そこにフーシーは赴いたのかである。


「オデ、よく森に山菜採りに行くだよ。んでな、三ヶ月前にウルグさ森で見かけただよ。何してるか知んなかったし、子供達が腹空かせて待ってたもんで、明日聞きゃえぇかと思っちまった。その翌日には家に閉じ籠もっちまって声さ掛けらんなかっただよ」

「じゃあ、その時に落としたのかしら?」

「さぁな。けども、ウルグさが何しとったか気になっちまってオデもグノーさと一緒に森を調べただよ。けど、これ以外なんも見つかんなかっただ……」

「グノー君も一緒に探したの?」

「あぁ、そうだなぁ。半信半疑だったもんでなぁ、オラも探したのさぁ。んでぇ、コイツがそれを見つけたって訳なんだなぁ」


 そこで何があったのか、それを知る者はこの場にはいないため、一先ず保留にして話題を次へ移す。


「それで、もう一つ気になる事って?」

「んだ、これだべ」


 もう一つ、彼女は証拠を提示する。

 だがそれは、証拠と言うにはかなり異質すぎた。


「『食魔の宝地図(アルクトラス)』」


 彼女がテーブルに置いたのは、一枚の地図だった。

 羊皮紙にも似た不思議な材質で、しかし広げてみれば異質な魔導具のように、或いはギルドカードのように立体的で半透明に地図が展開される。


「これはオデの技能アーツだべ」

「それは……成る程ね〜、君は『料理人』だね?」

「おぉ凄いべ、初見でオデの職業見抜くなんて……フェスティさ、何者だべか?」

「アハハ、長く生きてると似たような人も見るからね〜、知り合いに同じ力を持ってる人がいたのさ」


 エルフの知識が、彼女の根底にある。

 それならばと、フーシーは興味から質問する。


「んだら、グノーさの職業分かるべ?」

「ん〜、ボクの職業は別に正確に職業を見られる訳じゃないからね〜。でも騎士系統の職業ってのは分かるね。どうかな、合ってる?」

「……合ってんなぁ」

「はぁ、凄いべな」


 フェスティーニという人間の力が卓越していると二人は実感した。

 だが、話が脱線してしまった。

 だから彼女はコホンと咳払いして、本題に舞い戻る。


「それで、地図に気になる事が?」

「ここを見てほしいべ」


 半透明の立体模型を回転させ、一点を示す。


「『目印起動ビーコン』」


 指先で地形をタップすると多角形のアイコンが出現し、二指で示された地形を拡大させる。

 そこは貿易によって積荷が格納されている、コンテナヤードと呼ばれる積荷集積所だったのだが、拡大された貿易港の一角に提示された無数のコンテナの一つにアイコンが浮かんでいる。

 バンレックス達の基地は、その集積所からは少しばかり離れていた。


「このコンテナは……何が入ってるか分かる?」

「いんや、知らないべ」


 予想とは違う返答に、話が見えなくなった。

 気になっているはずの証拠が分からない、それが気になっているという意味だろうか、そう質問を繰り出そうとした途端、フーシーは地図を更に拡大する。


「この第四番倉庫街には、衣類や家具とかがあるはずなんだべ。だども、何故か食材探知に反応したコンテナが一つだけあっただよ」

「……えっと、つまり?」

「セラは頭が悪いですね。要はそのコンテナに入っているはずの衣類やら家具やらから反応が出たのは、その中身だけが何故か食材となって擦り替えられたから、だから気になっているという意味ですね?」

「んだ、アスラさの言う通りだべよ」


 普通ではない、だが、それは半年近く置かれているもので、彼女自身いつ置かれたのかは定かではない。


「でも誰に擦り替えられたのよ?」

「犯人に決まってるですよ」

「その犯人って?」

「そ、それは……」


 口早に質問で責め立てるセルヴィーネに、タジタジとなって言い淀むオルファスラ、現状では誰かも判明していないから言葉を詰まらせる。

 孤児院の後に、ウルグラセンの家に行こうかと思っていたセルヴィーネとフェスティーニだったが、新たな目的地が脳内地図に書き込まれる。

 それが『森』、『第四番倉庫街』、の二つである。

 どちらから行くにせよ、まずはウルグラセンのいる場所に向かわねばと計画する。


「他には何かあるかな?」

「ん〜や、特に無いべな。あぁただもしオメェさん達、第四番倉庫街に行くんだったら、船長さに許可証発行してもらう必要があるべな」


 倉庫街には勝手に立ち入るのは禁止されている。

 実際に行けば分かるが、そこには大きなフェンスで区切られているため、彼女達は普通の方法では入れないよう区画整理されている。

 だから、もし無断侵入した場合、警報が鳴り響く。


「じゃあ、先にそっちに行けば……って、その船長とやらは何処にいんのよ?」

「秘密基地いなかったら、後はあそこだけだべ」

「あそこ?」

「んだ、船長お気に入りの場所さ。ギオハに案内してもらうとえぇべよ」

「えー? めんどーなんですけどー」

「……彼等に尽力したらギオハさの好物、作ってや――」

「よーし頑張るぞー!!」


 物に釣られ、ギオハの同行が決定した。

 これで行くべき場所が四つに増えてしまったが、それだけ多くの手掛かりが望めるものだと、フェスティーニは肯定的に捉えた。

 調査の足掛かりとして孤児院に来たのは正解だったと考えるフェスティーニと違い、妹であるフィオレニーデにとっては否定的に考える。

 それは、ここに来て思考が四つの事項に分担されてしまった、というところだ。


(……面倒)


 これは手分けする方がより効率的ではないか、そう考えても不穏な気配が胸中に募りつつあるから、常に最悪を想定しながら行動するフィオレニーデという闇の森人は、その情報を鵜呑みにしない。

 まるで誘導されているかのような感覚が背中に張り付いている。

 だからよくよく考え、自分なりに答えを引っ提げて姉へと愚見申そうと口を開いたが、そのか細き小声は姉の耳に届かなかった。


「……姉さ――」

「じゃあ早速、次に行ってみましょ!!」

「そうだね〜」


 セルヴィーネ達が立ち上がった頃には、もう全員の意見は一纏めにされていた。


(チッ……駄龍)


 背後から猛烈な殺気で睨みながらも、彼女はただ一つ考えた。

 これから行うのは島中に鏤められた事件の欠片を拾い集めるための作業、その欠片を求めるのは何も自分達だけではないから、彼女は悩みながら正解の鍵を見つけ、大きな壁としてたち開かる扉を解錠する。

 全ては姉のために、姉の最善のために、その鍵となる証拠を探し始める。


「心配しなくて良いよ、フィオちゃん」


 姉は心を見透かす専門家スペシャリストだと、妹は姉の見事な職業の力を垣間見る。

 全てを見通してしまう姉には隠し事はできない。

 常に感情を抑制している彼女は表情筋一つ微動だにしないが、それでも何故か看破されてしまい、毎度釘を刺されてきた。

 けれども、それは姉が妹を守りたい庇護欲からの言葉なのだとも妹として伝わってくる。

 だから自分の心配も、苦労も、この創られた感情全てが受け止められ、一言に集約されて返されてしまう。


「お姉ちゃん、全部分かってるから」


 その振り向き様の笑顔は反則だと、妹は一瞬心拍が跳ね上がった。

 その言葉に姉の想い全部が詰まってる。

 だからフィオレニーデは何も言えなくなる。


「さ、行こ?」

「ん」


 差し出された綺麗な白磁色の手に、日に焼けた健康的な小麦色の手を重ね合わせる。

 引き留められる、今なら引き返せる、だがそれは姉の望まない展開であり、彼女は自分の偽りの感情を全部押し殺して姉に付き従う。

 異種族姉妹は、小さな手掛かりを元に新たな欠片を求め、孤児院を後にして船乗りの家へと赴く。


「……どうやらこりゃぁ、色々と面白い事態になっちまったなぁ、ククク」


 ギオハとフーシーも孤児院を後にし、残された唯一の守り手である船乗りグノーは、前髪の隙間から全員の後ろ姿を見送った。

 その瞳は閉じられ、口からは鼻歌が漏れ出す。

 誰もいない居間より、グノーは何処かへと移動する。

 彼等船乗り達はそれぞれに秘密を抱えている。

 その秘密が敵味方を分ける重要な鍵であるのをまだ誰も知らず、グノーは不敵な笑みを浮かべたまま、自身の抱える秘密を守り続ける。


「もうすぐで七月七日かぁ、今年の『龍栄祭』はどうなんだろうなぁ……なぁ、ユーグストン」


 星夜島にいるであろう同僚を思い、彼は院長が帰ってくるのを待ちながら、一人門番を続ける。

 それが、門番を任された騎士の役目だから。

 再び外に出て門柱へと腰を下ろし、薄暗い曇天を仰ぐ。

 島が泣いている、そう感傷に浸りながらも彼は時が来るまで静かに怠惰を貪った。






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