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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第四章【南国諸島編】
170/275

第161話 煌めく海の先へ

 正午目前となって俺達七人は崖の下、『嘶きの海流』の見える砂浜へとやってきた。

 白い雲は何処までも遥か彼方に高く高く綿飴のように膨れ上がり、蒼穹のキャンバスに白く塗り込んでいる入道雲が夏の始まりを連れてくるような気がして、清涼感のある少し強めな風が春の終わりをそっと告げていた。

 遠くに島も見え、突風が海を荒々しく波立たせる。

 今一度ギルドカードに内蔵された地図を開いてみると、右から三つ目の島に反応がある。


「つ、疲れましたの……」

「お前、途中からバックパックに乗ってたよな?」


 運動音痴である聖女様が、ユスティの背負う荷物の上で息を乱していた。

 彼女は走り始めて五分程で俺達に付いてこれなくなり、ユスティが快く背負うのだと引き受けて、それで二人の獣人娘が一緒に湾岸へと足を踏み入れた。

 俺も走ったが、体力回復薬(スタミナポーション)を飲んで回復している。

 白い砂浜は石英でも含まれてるのか、太陽光を反射してキラキラと星のように煌めいている。

 入り江の構造上、そこまで強い波は入ってきていないのだが、三日月状の入り江の先は珊瑚礁によって蓋が閉じられたような状態で、ラグーンと呼ばれる場所だ。

 水域は浅く、非常に穏やかな波で、遊ぶには持ってこいの秘境とも言える。


(婆さん、よくこんな辺鄙な場所知ってたな)


 だが、絶景なのはまず間違いない。

 海水が透き通っていて、水に触れるとヒンヤリと涼しげな感触を右手で感じられる。

 左手も突っ込んでみたが、温度は最早感じられない。

 左手付近にまで侵蝕率が迫っていて、腕を捲れば肘辺りまで気持ち悪い幾何学な紋様が広がってたため、悠長に待ってはいられないのだが……


(こんな光景、初めて見たな)


 心無しか、ユスティとリュクシオンの二人が遊びたそうにウズウズしていて、裸足となって波打ち際でチャプチャプ水を足で弾いて遊び始めてしまった。

 我慢できなかったか。

 だがまぁ、楽しそうで何よりだ。

 彼女達は精神的にはまだ子供の域を出ていないであろう、前世でなら高校生くらいの年齢しかないので遊びたい気持ちを解放している二人に何も言わず、このまま少し遊ばせておくのも良いだろう。

 その間に俺は離島の様子を観察するために、入り江となっている崖へと跳躍して、遠くの島を眺める。


「右から三つ目だったな」


 ギルドカードと合わせて確認を取る。

 入り江より外側が見えるが、晴天に反抗するように海は幾つもの渦潮ができあがり、船を組み上げて渡る方法は物理的に無理そうだ。

 十中八九と言うか、絶対船が転覆する。

 もう一度婆さんに連絡すべきか迷ったが、まだ正午まで後十五分程度時間が余っているため、少しだけ対策を考えようかな。


「小僧、どうじゃ、何か見つかったかのぅ?」


 俺が崖の上から離島、それから海流の状況を俯瞰していると、爺さんも一足飛びで崖へと音も無く着地した。


「いんや、何も。あの海流域は婆さんの言ってた『嘶きの海流』なんだろうが、その先へと行く方法がサッパリでな、爺さんの土流操作で何とかならないか?」

「無理じゃな。辿り着くのに四日は掛かるわい」

「そうか」


 錬金術師の能力が十全に使えていたら石橋でも架け渡して離島と結び付けられたのに、ここに来て無駄足とは本当に耄碌したか、あのババァ。

 立ち往生は歓迎したいところだが、制限時間のある中、それは重荷だ。

 今すぐにでも背中より放っぽり出して投棄したいところだが、それができれば苦労しないとも薄々勘付いてるので、諦観して次善策を巡らせる。


「さて、どうするか……」


 実は次善策なんて一つも考えちゃいない。

 ここで島が滅亡するまでバカンスに興じたい気もあるが、こちらは依頼を受けている身、逃げ出せば違約金幾らぶん取られるか。

 それにもう地質調査なんて関係無い。

 爺さんも大方当たりは付いてるようだし、先程の会話で気になるところもあったし、意外にも脳は冷静だ。


(身体が重く感じるのは変わらずか)


 鎮痛剤や精神安定剤を服用してるにも関わらず、やはり効果は無い。

 しかし長時間晒され続けると身体が痛みに慣れてきて、次第に左半身同様に感覚すら麻痺していき、身体が不調なのか好調なのかすら判別できなくなってきた。


「って、アイツ等完全に遊んでやがるな」


 ユスティとリュクシオンに加えてレオンハルト、それからダイアナとユーグストンの肩にいた白い猫までが加わって水の掛け合いをしていた。

 全員満開の笑顔で、楽しそうだ。

 こちらはこちらで考えるとしようと思っていると、ユーグストンの姿が見えなかった。


「まだ時間があるようじゃし、我が輩は荷物整理でもするかのぅ」


 そう言葉を残し、爺さんは高い崖から飛び降りていく。

 この高さから落ちて平然と二足で着地するとは、とんだ化け物だな、あの爺さん。

 衝撃は身体を突き抜けるかに見えたが、飄々としているとこを見るに、膝を曲げて衝撃を地面に逃したようだ。

 しかし……あれは最早人間業じゃないな。


「薬物師」


 と、今度は姿の見えなかったユーグストンが背後に到達していた。

 気配も纏わせず、音も無い。

 声を掛けられて気付いたが、俺の探知能力も範囲が狭まっている影響だろう、普段ならできるはずの物事ができなくなっている。

 一瞬翼のようなものが見えた気がしたが、彼は着地と同時に俺をギロッと睨んできた。


「お前、何を企んでいる?」


 そう開口一番に意味不明な言葉を並び立てるユーグストンは、俺と三歩分の間を空け、警戒心を剥き出しに琥珀色の双眸が殺意に濁っている。

 大した敵愾心ではあるが、こちらに声を掛けてきたというならば俺との対話が目的、しかし俺を射殺すだけの威勢を放っている。

 その目は怒りに満ちている。

 その心は瞋恚に揺らめいている。

 俺はその姿をフラバルドで目の当たりにした。

 大切な人を殺されて、全てを失って、それでも死ぬのは自分の矜持が許さないから復讐の道に走る、ユーグストンはそんな人間と同じ顔をしている。

 もしかしたらダイアナの言っていた、犯人の復讐も強ち間違いではないのかもしれない。


「お前と二人きりで、こうして面と向かって会話するのはこれが初めてだな、船乗り」

「……」

「何を企んでる、か。一番怪しいのはレオンハルトじゃなかったのか?」

「お前も同立一位だ。まるで俺は関係無い、みたいな態度が気に食わん。それにこの島に関してどうでも良いとさえ思っている、その心意気が不自然だ」


 これ、ただの難癖では……


「本当に事件を解決する気があるのか?」


 本音を言えば、全く解決する気は無い。

 無いのだが、引き受けた以上は報酬分の仕事はするつもりだし、リノが倒れてしまったので結局は事件解決が一番の近道であるというだけだ。

 それに俺にとっては生命龍が何か俺について知ってるような素振りだったから、こうして身体を引き摺って探索している訳で、そこが気に食わない部分なのかもしれない。

 これは、人命を二の次に考えているからだ。


「俺には俺の目的があるし、正直事件に関してはどうでも良い。別に星夜島の住民全員死のうが、日輪島の住民全員死のうが、月海島の住民全員死のうが、このサンディオット諸島全土が海に沈もうが、三神龍が操られようが、それは俺には関係の無い話だ」


 何故なら、無関係の人間を助けるだけの力を俺は持ち合わせていないし、俺には全員を救うだけの義理も人情も持ち合わせていないから。

 全員を遍く救うなんて、それは夢物語だ。

 何処かで犠牲が出る。

 必要最小限に留められたから良いではないか、それを仮に亡くなった人がいた場合、その親族の前で果たして言えるだろうか?

 まぁ、言うだけなら簡単だ。

 それに対する怒りの矛先を俺に向けられるから、何故もっと早く助けてくれなかったのだと理不尽を述べられるから、そう考えてしまうから俺は誰かを救おうだなんて傲慢は基本考えない。

 あるとするなら、そこに利益が生じた場合のみ。

 稀に不合理な行動を取ったりもするが、それは過去の自分と重ね合わせてしまうからだ。


「相当なクズだな、お前。お前のような人間、本当にいるんだな……」


 彼の言葉通りだが、まるで自身はクズではないと言ってるみたいだ。

 何様のつもりかは知らないが、聞き流すか。

 人間皆がそうではないが、現在俺達は犯人の術中にいるから猜疑心を抱かずにはいられないし、ユーグストンがそう言うのも当然予想していた。

 それだけの薄い害意が粘っこく張り付いているし、気付かない彼でもない。


「俺を犯人だと思ってんなら筋違いだ、信じるかどうかは任せる」

「犯人じゃない根拠でもあるのか?」

「そっくりそのまま返すよ。まずはそっちから情報を開示するべきなんじゃないか? お前の本当の職業、目的、行動理念、持ってる情報、ありとあらゆるものを曝け出してから聞くべきだろ」


 俺は振り返らずに、ただ渦潮の中心を見つめながら、ユーグストンへと返答する。

 犯人ではない根拠、それは俺がそう思っていても奴からしたら根拠となる理由を持たないものかもしれない。

 つまり、仮に提供した情報が不足していた場合、俺は犯人かもしれない男に手の内を晒した、なんて事態に陥る。

 重要な部分について俺からは聞きはしないが、向こうから核心を聞いてくるなら、それ相応の対価を先に提示してもらわねば、釣り合いが取れない。


「……」


 そして、ユーグストンは気不味さを表情として曝け出し、見られたくないと思ったのか俯いて黙りこくる。

 それだけ俺を信じれないのだろう。

 信じてもらおうと努力してないし、そこは諦めている。


「人ってのは結局そんなもんだ」


 人には善と悪があるから、人は時に悪を垣間見る。

 人間の不合理で面白いところは、そういった善悪の矛盾を抱えているところだ。


「人を信用するしないの最終的な基準、何か分かるか?」

「いきなり何を――」

「自分自身の性格さ」


 慎重な奴や疑り深い奴なんかは保身に走り、逆に能天気な奴や相手に希望を持つ者は相手を信じる、たったそれだけの違いでしかないが、その違いが人間味というものなのだとつくづく思わされる。

 相手を信じようと思えば信じられる、そんな単純な人間の方が数少ない。

 特に俺のようなクズな人間には、相手を信じるだけの価値や理由、証拠があったところで、他人の内心を理解できないからこそ、百(パーセント)信じられる状況でも疑ってしまうのだ。


(いや、これは俺が病気なだけか)


 ここまでの人間不信、そうそういない。

 人を信用するのも、人を疑うのも、最終的に己が心に聞くしかない。

 少なくとも、俺はずっとそうして人を信じてきた。

 人には悪い部分だけじゃない、善があるのだと。

 それが間違いだったと気付いた時にはもう何もかもが手遅れで、だから後悔しないように俺は相手を完全に信用できたとしても、魔眼でその心を覗き見る。


「お前は俺と同じで慎重な性格だ。だから俺を犯人候補の一人だと思ってる以上、不利益を被るリスクを考えて自身からは踏み入れない。違うか?」


 何も言わないユーグストンに、そのまま俺は一人会話を続けていく。


「犯人の姿が見えないからこそ、その選択が正しいと俺も思う。もし俺がお前の立場なら、同じく情報は伏せるし、嘘を伝えて相手が嘘を見抜けるかどうかも考慮に入れた状態で複数のパターンを考える」


 相手が嘘を看破できたとして、それでどう行動が変わるのか、どんな矛盾がその行動に現れるのか、それを模索して解決に導くのが俺のスタイルだろう。

 だが、それは並大抵の観察眼では不可能だ。

 十数年で培ってきた人間観察がこうして役に立っているとは、皮肉なものだ。


「お前は俺を信じられるか?」

「……」

「だろうな。だから自分が不利益を被る情報を提供しようとしない。いや、できないんだ(・・・・・・)


 俺と大して歳も変わらない男は、核心を突かれたと表情を固めてしまう。

 それもここにおいて致命的だ。

 表情は人間の本心を表すもので、表情を偽る人間は強い人間だが、そこにも特徴が露出する。

 それを読み取れるか否かで話はまた変わってくる。


「難儀だな……俺も、お前も……」

 

 慎重な人間というのは、物事を多角的から見定められるという利点はあるが、いざという時に躊躇してしまう一面がある。

 それでも構わないと思う。

 それが人間という欠陥だらけの生物が持つ美しい特徴、個性の一つなのだ。


「話を戻そう。さっきも言ったが俺は事件を解決する気は無い。何処を見て企んでると思ったのかは知らんが、俺からしたらお前の方こそ何かを企んでるように見える」

「俺は別に何も――」

「夜中にコソコソとテントから抜け出してる奴が、何も、な訳ねぇだろ」


 俺達は視線を合わせないまま、会話だけを弾ませる。

 ただ、内容は互いを疑っているものだが、こんな世界一つまらない会話が何処にあろうか。

 疑心暗鬼は疲労を蓄積させるが、それでも俺は疑う。

 少しずつ渦潮の流れが変化してきているのを観察し、浮かんでいる月や周囲の魔力状況から、もしかしたら正午に何かが発生するのかと一歩前へ踏み出す。


(予測通りなら、多分……)


 正午まで残り数分だし、この先は何が起こるか予測できないので、こうしてユーグストンと面と向かって……はいないけど、話せたのは収穫だった。

 ここが折り返し地点(ターニングポイント)、そんな気がする。

 離島から微かに憎悪が風に流されてきて、渡り鳥のように島を横断していた。


「俺もお前も互いに怪しいから、この話は地平の果てまで進んだとしても平行線のままなんだろう。これ以上は時間を浪費するだけだ」

「……そのようだな、時間を無駄にした」


 そのまま、奴は獣の如く降りていった。

 ただし何故かさっきまで遊んでたはずの白い猫が一匹崖の上にいて、何かを伝えようと必死になって身振り手振りを始めた。

 何かを言おうとしているのは分かる。

 だがしかし、その内容は分からない。


『ニャ、ニャー、ニャニャ!! ニャーニャーニャー!!』


 何言ってるのか、マジでサッパリだ。

 だがしかし、身振り手振りで何かを伝えようとしている努力は感じられる。

 両手を振って二足歩行する白い猫、こんな猫を何処で拾ってきたのだろうか。


『ニャニャ、ニャー、ニャ、ニャー!!』

「いや、マジ何言ってんのか分かんないんだが……」

『ニャ、ニャー、ニャニャ!! ニャー、ニャ!!』


 怒り喚きながら俺の脛を引っ掻いてくる。

 発情期か、この猫?

 それとも何を伝えようとしているのか、少し考えて理解した。


(この猫、本当に何なんだ?)


 薄気味悪いが、取り敢えず猫の言いたい事が分かったので伝えてみよう。


「あぁ、分かった分かった。腹減ってたんだな、お前の主人には内緒だぞ?」

『ニャー!!』

「ぁ……俺の干し肉……」


 ポーチから干し肉を取り出して、それを与えてみた。

 しかしお気に召さなかったらしく、肉球で干し肉を弾き落とし、顔面を鋭利な爪で引っ掻こうとしてきたため、四日前と同じように首根っこを掴んで大人しくさせる。


「ったく変な猫だな。俺は犯人じゃないっての。まぁ、お前に言っても無駄だろうがな。ほら、主人のとこに戻れ」


 俺はその猫を風に包んで下へと投げ落とした。

 勿論、衝撃は風によって和らげているため、落としたところで怪我はしない。

 ユーグストンがそれに気付いてキャッチしたため、風繭を解除した。


「……静かだな」


 視界の先に広がる景色は喧騒が映り、珊瑚を超えた先では大海が荒れ狂う。

 ここ全域はジュラグーン霊魔海、師匠のところで目にした地図でバツ印が付いていた場所は、暦の祭壇のある中央場所付近だった。

 あの渦潮は無関係だろうが、あれだけの巨大な潮流がただの自然災害だとしても、あれを越えねばならない事実は変わらない。


(影を使う方法もあるが、距離的に考えても難しいか)


 波がフラダンスを踊り、遊んでいる彼女達の真っ白な御御足を濡らしていく。

 水色に輝く波打ち際は太陽光を屈折させ、天国に勝るとも劣らないこの世とは思えない程の絶景舞台を生み出し、それを外側にいる俺が俯瞰している。

 まるで舞台演者の演劇を眺める一般客のような位置付けで、俺は決して舞台には上がれず、俺の居場所だけが用意されない、この静かな崖先で一人佇む。

 風と波が道標を連れてきて、海流が徐々に向きを変えていく。


「……正午か」


 海の先へと置いていた視線を手にしていた懐中時計の秒針へと落とし、それに合わせてカウントダウンを取る。


「残り……五、四…………零」


 残りの数字を胸中に秘め、カウント零を迎えた瞬間、今まで猛威を振るっていた渦潮が流れを止めて海が左右に引いていき、さながらモーセの海割りのような景色が崖下より窺えた。

 この海域は元々浅瀬だったのかと一度推察するが、それは違うようだ。


(これは引き潮か)


 昼間に浮かぶ薄月は、真ん丸と肥え太って俺達を膨よかに慈愛の光で包んでくれる夜の主役だが、その主役も引力を持っている。

 月にも重力がある。

 地球では、月の重力は地球の約六分の一くらいだったが、こちらの世界では何分の一なのか、それか何倍なのか定かではない。

 月には星喰らいエルナスという宇宙の巨大なモンスターが棲み着いているが、エルナスが住み始めてから数百年が経過して月の重力が増えたとか減ったとか、諸説あるが地球の頃よりも引き潮は目に見える形で現れている。

 東空に見られる月の引力が加わり、かなり海面高度が下がっている。


(それに龍脈や風向き、地形や熱エネルギーの高低差なんかも奇跡的に組み合わさって、こうして波が引きやがるとは圧巻だな……これが『嘶きの海流』なのか?)


 嘶きか、水馬ケルピーという馬の精霊が棲んでいて俺達を助けてくれた、なんて有り得ないか。

 とにかく、進むべき道を見つけられた。

 だが、これで行ける、とはならない。

 何故か、そこを歩いていくとして大幅な時間が掛かり、辿り着く前に大海が道を太陽から隠して海の底へと沈ませてしまうからだ。

 無策で行けば、二度と帰ってこれない。

 海の藻屑になりたい自殺志願者ではないので、どうしようかと戻ろうとしたところで、森の中央に放っていた影鼠が何かを見つけた。


「『遠隔操作マニュアルシフト』」


 目を伏せて五感を飛ばすと、急に鼠の瞳に映し出された光景に俺は絶句する。

 現在一匹の影鼠は木の上に登って、その少し開けた森の中央を見下ろしてる最中なのだが、何とそこには小さな祠のようなものがあり、祠の奥には煉瓦造りの入り口があったのだ。

 その奥へと生命力が向かっている。

 意を決して向かおうかと思ったが、それよりも視界先に映るものが夢か幻であると思いたくなるようなワンシーンが投影されている。


(あのゾンビ兵共、一体何人いやがんだ?)


 そこには百体を超えるゾンビ兵で犇めき合い、そのどれもが生命龍の恩恵を得ているのを解析した。

 ここに来て結構重要な二択が到来したか。

 離島か祠か、どちらを調査するにせよ、大きな分岐点だ。

 祠に立ち入ってから離島へと向かうか、それとも離島で情報を入手してから祠へと仲間を引き連れるか、この身体だと百体以上もいる中に単独突っ込むのは自殺行為だ。

 だが、ゾンビ兵が大量にいる現状は、催眠術師にとってはかなり不都合な場所であろうとは予感する。

 影鼠で少し中へと入ろうかとしたところで、唐突にバチッと何かに触れ、消滅してしまった。


「痛った……」


 両目に衝撃が迸り、視界が明滅して火傷したかと錯覚してしまう。


「まさか魔法無効化障壁とはな……用意周到だな、ったく。何つ〜トラップだ」


 あの系統の障壁は勇者パーティーの自称天才魔導師シーラが好んで使ってたのを覚えてる。

 だが障壁のはずが、何故か罠として機能している。

 もし、障壁に異常が起こったのを察知する能力でも備わっていたら、俺が侵入しようとしたのが何者かに伝わってしまったかもしれない。

 侵入したのは影鼠で、俺の魔力は他のと違って追跡するための情報体が無いせいで、魔法追跡は遠くにいる俺には効かないはずだ。

 こういうところが便利で、同時に不便な体質でもある。

 だから影の魔法も受け入れられたのかもしれないが、やはり祠は単独では行けないし、かと言ってユスティを連れてくのはリュクシオンの護衛を担える信頼に足る人間がいなくなると同義、彼女の危険度が増すため、俺は自身のメリットやリミットを考慮して逡巡する。


(リノ、セラ……アイツ等がいてくれたらなぁ)


 決断に時間は掛けられないため、俺は即断即決でどちらに向かうのかを決めて、崖から身を投げて彼等の下へと降り立った。


「あ、ご主人様、崖で一人何をなさってたんです?」


 チャプチャプと遊んで水浸しとなった相棒が、こちらに子犬のように駆け寄ってくる。

 耳と尻尾が生えてるので、本当に犬のようだ。

 魔狼族って分類的に犬科なのかな。


「どうやって離島に行こうか思考を巡らせてたとこだ」

「えっと、歩いていけば良いのでは?」

「いつまで道ができてるか分からないし、溺れるかもしれない」

「あ……浅慮でしたね、すみません」

「いや、謝る必要は無いんだが、どうやって渡ろうかと思ってな」


 婆さんの放任主義には困ったものだ、何も教えられていないのだから、どうしようかと足踏みしてしまうが、その間にも刻限は迫る。


「あ、でしたら私が方法を提示しますの」

「シオンが? 回復しか役に立たない聖女様が?」

「ディオ君は失礼ですの! 私だって回復以外にも色々できるんですの! プンプン!!」


 そう言いながらも、彼女は両手を組んで祈るポーズを取った。

 彼女の体内を巡る神力が一気に膨張する。

 その膨大な神の祝福を一点に集中させ、前へと手を翳して放出した。


「『クライセントの書第三章・異界ノ鼓動』」


 その手は生命を守り、その手は万物を癒し、その手は慈愛に満ちている、それが聖女たる所以、しかし明らかに生命を生み出す能力を有してるとは、聖女恐るべしだ。

 彼女が生み出したのは、真っ白で艶やかな毛並みを持つフワッフワな白狐だった。


「『スノールナス』という聖獣ですの。これに乗って行けば早く辿り着けますの」


 生み出すのではなく、召喚だったか。

 これを初めっから召喚していれば、荒野を走ったりする必要は無かったのではないか、と思った。


「因みに聞きたいんだが、何で五匹?」

「契約時には五匹しかいませんでしたから。ご、ごめんなさいですの」

「いやだから、謝らなくて良いって」


 俺ってそんなに怖いのか?

 五匹しかいないようだし、二人乗りのペアが二つになるようだ。


「なら私はご主人様と乗ります! 奴隷の特権です!」

「まぁ、そうなるか」

「では私は、聖女様とご一緒させて頂きたく」

「わ、分かりましたの。ダイアナさん、よろしくお願いしますの」


 結局、男三人は一人ずつ、ダイアナとリュクシオンが、それから俺とユスティがペアで搭乗する手筈となり、荷物は狐が咥えてくれるようだ。

 かなりの力持ちなのか、軽々と大きなバックパックを咥える。

 かなりの巨躯であり、乗ってみると雲に乗ってるみたいな感触を味わえる。


「凄いのぅ……まさかこの歳になって聖獣に乗れるとは思っとらんだわい」

「ハハッ、フッカフカだ!」


 聖獣との契約は並大抵ではできないが、見た目ボーッとしてるような聖女様の潜在能力は天才級らしい、彼女の神力と相性が良いようで、回復能力を備えている雪狐が搭乗者の俺達の疲労を癒しながら出発した。

 珊瑚礁を飛び越えて、かなりのスピードで走り出した。

 白く凸凹とした砂の渡り橋を五匹の大きな綿雲が駆けていく。

 振動は揺り籠のよう、感触は高級ベッドで、風と太陽はまるで天然の毛布のように優しく包み、自然と眠気がやってきた。


「ご主人様、しばらくお休みください」

「……あぁ、着いたら起こしてくれ」


 寝不足の身体は睡眠を欲し、強制的に俺を夢の国へと連れ込もうとし、それに抗わずに静かに意識はボンヤリと曖昧になっていく。

 心地良い快適なベッドに身を埋め、目的地へと到着するまでの数時間、俺は滅びた夢の世界を渡り歩いた。





 同時刻、とある無人島に二人の異種族の女性達が上陸を果たしていた。

 一人は赤い髪を後ろで纏めた活発な龍神族、もう一人は金色の髪をそのまま下ろした神樹族、ドラゴンとエルフの二人が無人の島へと舞い降りた。

 龍翼を羽撃かせた龍神族のセルヴィーネは、着地したと同時に朽ちていた桟橋を踏み抜いて全身を濡らす。


「うひゃっ!? つ、冷たっ!?」

「アハハ、セラちゃん運悪いね〜」


 相方を軽く笑いながら、エルフの巫女フェスティーニも桟橋へと足を着ける。

 花びらで形成された大きな翼が解除され、それ等は形を保てずに風によって花吹雪と化し、空を彩った。


「かなり朽ちてるようだね〜」

「なのに何でフェスティだけ踏み抜かないのよ?」

「それは体重が……ううん、何でもない」

「いや、それもうほぼ言っちゃってんじゃん」


 種族の違い故に、体重の差は自然と出てきてしまう。

 しかし乙女心としては、誰もいなかったとしても恥ずかしいものは恥ずかしい。

 下半身を海水に浸けている龍女へと手を差し伸べ、引っ張り上げたフェスティーニは、穏やかで人のいない場所を見回した。


「う〜ん、やっぱりガセネタだったのかな〜?」

「さぁね。でも、ここにも何かあるかもってのは、この島に着いて分かったわ。アタシの権能が囁いてる」


 彼女達が現在到着したのは、『嘶きの海流』によって普通では辿り着けないはずの目的の島……ではなく、その左上にある小さな無人島である。

 そして、それはノア達のいる島とは別、彼等が目指しているのは彼女達のいる島より二つ右下だった。

 その目的の島には名前は無いが、島民達の間では『雄叫びの無人島』と呼称されている。

 その左右の島に分かれて上陸している、或いはこれから上陸のために向かっている。


「それにしても、海は荒れてるのに涼しいね〜」

「そう――」


 セルヴィーネが返答しようとした時、一際響く地震が発生して島にいた小鳥達が驚き、囀りが辺りから無数に聞こえ、一斉に飛び去っていった。

 騒がしい合唱が何処かへ渡り、それを見上げていると腹を冷やしたのか、龍女は盛大に嚔する。


「は…は……へっくしゅっ!!」


 寒そうにして、体内のエネルギーを肉体へと回して体温を引き上げる。


「大丈夫?」

「えぇ、ありがと」


 龍神族は人とのハーフだが、半分は変温動物の龍の血を体内に流しており、肉体的構造は従来の人のそれとは似ている部分もあるが、異なる部分もある。

 だから寒さに弱く、その寒さを補うために体内で体温調節もできる。

 暖かくなったところで魔法で服を乾かし、桟橋を渡り終えて枯れた島へと入島した。


「さて、他の子達が来る前にボク等で見つけちゃおっか」

「そうね」


 彼女達は密航船を捕らえるために、日輪島よりこの島まで飛んできた。

 勿論、島から出ようとすれば雷が彼女達を喰らおうと曇天から稲光が迸ったが、彼女達は雷で倒れる程弱くないがために楽々突破できた。

 他の面々が来ていないのは、日輪島に残ったからではあるが、他の仲間達は別の場所に赴いている。

 だから二人だけ、少数精鋭での入島作戦となった。

 この作戦において神の血を引く森人と龍人がいるから過剰戦力となっているが、二人だけでもサンディオット諸島を陥落させられる力を保有し、その危険性は彼女達自身も承知している。

 しかし今回は種族間問題、それが世界にどう影響するかは予測できない。


「気合い充分なようね、フェスティ」

「そりゃ、ボクとしても巫女の役目も一応は担ってるし、これも一つの試練のようなものだよ。セラちゃんの方こそ大丈夫?」

「……えぇ、大丈夫よ」


 サンディオット諸島は『龍』と関係の深い土地、セルヴィーネも大きく関係しているのをフェスティーニは最近になって知った。

 エルフの気遣いを受け止めて、自身の両頬を叩く。

 乾いた音と共に痛みが来て涙目になり、真っ赤に熟れた林檎の如く頬は紅くなる。


「締まらないね〜」

「う、うっさい! さ、行くわよ!」

「うん、そうだね……行こう」


 彼女達が何故ここにいるのか、何を知っているのか、それは四日前……彼女達が孤児院へと赴く二十五日の昼にまで話は遡る。

 運命が少しずつ動きを変える。

 運命は集い、そして収束していく。

 二人の戦士がこれから目にするのは果たして密航船か、それとも別の何かか、既にその物語は次のステージへと進み始めていた。






本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。

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