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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第四章【南国諸島編】
169/275

第160話 迫るサンディオット諸島の謎

 俺は婆さんに言われた北方面へと行ってみろ、という指示に従って向かう決意をしてテント前に戻ってきたが、全員がこちらを見てくる。

 こんな時に一人で何処かに行けば怪しまれるのは必然というものだ。


「お前等、何処行ってたんだ?」


 ユーグストンからの質問は、お前が怪しいというニュアンスも含まれているだろうが、残念ながら俺は事件解決に奔走する身だ。

 それに放っておいても勝手に寿命が尽きて死ぬ。

 何処に行ってたとしても俺の勝手だが、ここは話を円滑に進めるためにも情報は共有しておこうと思い、俺はギルドカードを取り出してマップを展開する。


「ディオ、それは?」

「島の右上に反応がございますね……」

「あぁ、ジュリアが攫われた日に婆さんに頼んでな、予め探ってもらったギルドカードの追跡反応についてだ。この右上の五つの反応のある場所に、誘拐された連中がいるかもしれん」


 五つの反応以外に、六つの反応が現在地で明滅を繰り返している。

 聖女だけギルドカードを持っていないのだろう。

 誰がどの反応を示してるのかが分からないが、全員集まってるのだけは見て分かる。

 しかし婆さんとの会話通り、もしかしたらすでに殺されてて処分されてる可能性もある。


「ローニアめ……こんなんがあるなら、教えてくれても良かろう――」

「爺さん」

「む、何じゃ?」

「婆さんが北に向かえって言ってたぞ。『嘶きの海流』のある場所は、ここだな。ここに浜辺があるらしいんだが、離島に行ってみる価値はあるんじゃないか? もしかしたら手掛かりを得られるかもしれん」


 浜辺の場所を指し示しながら、説得する。

 これは千載一遇のチャンス、この機を逃すのは冒険者として三流以下だ。


「なら全員に聞こうかのぅ。坊主の意見に賛成の者は、挙手しなさい」


 爺さんを始めとして、五人の人間が手を挙げる。

 挙手しなかったのは提案した俺、そして疑惑を抱いているようなユーグストン、何かを考えているようだった彼だが、肩に乗っている真っ白な猫がニャーと鳴いて渋々手を挙げていた。


「うむ、では即座に準備を済ませて出発じゃ」


 殆ど片付け終わっているし、荷物を背負えば俺達は出発できるため、ユスティに大きなバックパックを背負ってもらい、そこに俺が飛び乗った。

 安定した座り心地であり、七人となってしまった編成をどうするのかと疑問が浮かぶ。

 こちらは決戦当日に体力を温存しておきたい。

 だが、それは難しいかもしれない。

 広大なダンジョンで、複数の異質な反応を感じていたので、なるべく戦闘を避ける形で北へ向かわねばならない。


「爺さん、二列編成はどうする?」

「そうじゃな、前衛はいつもの二人が斥候役を、中衛を儂と聖女様、それから貴様はそこに乗っとるから後衛は残った二人に任せ、聖女様を守る形にするかのぅ」


 まぁ、大体はいつもの通りだな。

 だがしかし、ダイアナが中衛から後衛に下がってきた。

 彼女が造園技師なら一定範囲の自由攻撃が可能であり、後衛からでも戦えるだろう。


「よろしくお願い致します、ユーステティア様」

「は、はい、こちらこそ」


 大分数が少なくなってきて、少数パーティー並みの数しかいない。

 だが、減った数少ないメリットの一つ、それぞれが動きやすくなるところだけは今の俺達には有り難い。


「貴方様は戦わないのですか?」

「こっちは寝不足に呪印のせいで、かなり衰弱してるからな、できるだけ体力を温存したいんだよ」

「そうでございますか」


 このまま逃げても最悪なコンディションで戦わされるだけなので、逃げずに体力温存に集中しながら俺は周囲を警戒していた。

 因みに凍らせておいたサンプルをどうしようかと思っていたが、アルグレナーが空間魔法が付与されたバッグを所持していたので、それを借りて現在腰に巻いてあるベルトに付けている。

 後でちゃんと返さないとな。

 それに今は寝たりするよりも余った時間を有効活用して、ギルドマスターから送られてきた文献とかに目を通して時間を潰すとしよう。


「『情報展開』」


 その鍵言によって幾つかの文献が開かれた。

 この国の伝承について、昔行われていた儀式について、三神龍の童話や記録、それから誰かの日記がギルドカードに入っている。

 機能はまるでスマホだな。

 空中投影されたものは本人の自由意志で、そこに登録された魔力以外の者には見えないようになっている。

 情報を見せたり、一部を秘匿したりもできる優れ物であるのだとか。


(お、これなんか面白そうだな……客観的に)


 面白いという感性は無くなっているが、まず初めに視界に入った書類へと目を通す。

 書類というよりは絵本だな。

 挿し絵と文章の本なので、形式は短編小説に近い。

 早速最初のページを捲って文章へと入る。


(えっと……『三龍神と海の民』、か)


 三『神龍』とは書かれておらず、三『龍神』という言い方で描かれており、もしかしたら龍神族との関係性があるのではないか、と直感が疼いていた。

 セラに再会したら聞いてみよう。

 取り敢えずこの絵本を読んでみようか。


(かつて人々は海の底で暮らしていた)


 それは薄暗い海の世界、人々は呼吸も知らず、日の光差す水面に憧れていた時代。

 陽龍神、海龍神、命龍神の三人によって土地が創造されると、人々は陸に上がり、三龍神はそれぞれ天候、広大な海、そして動物等の生命を創り、人の姿を象って海の民と共存し始めた。

 ある時、三つの島で誰が一番強い力を持っているかという議論が発生し、海の民達はそれぞれの島で代表を決め、三つ巴の戦いをする事となった。

 ただ戦って一番を決めるのでは面白くない、そう三龍神が言い、一つ勝者に『褒美』を授ける提案を持ち掛けた。


(三龍神は口を揃えてこう言った、『一番強い者には何でも好きな願いを一つだけ叶えさせてやろう』、と)


 それが本当なのかの判断は置いといて、俺は続きを黙読していく。

 代表達はそれぞれに野望を持っていた。

 太陽の戦士は『世界最強の力』を、深海の戦士は『巨万の富』を、生命の戦士は『死者の復活』を、勝利した暁に願おうと決めていた。

 そして戦いは七日間続き、満天の星々が青く綺麗な残光を携えて、一人の戦士が勝利した。

 そして一人の戦士はこう口にした。


『私は更なる高みへと至るために、新たな力が欲しい。どうか私に更なる力を』


 その新しい力が何なのか、それが次のページに書かれていた。

 読もうとするが、少し文字化けしてる部分があったので、読めるところだけ読んでいく。


(三龍神達はこう言った、『その野心、聞き入れた。貴様には新たな『 』を授けてやろう』、か。つまり褒美として戦士に異能を授けたってのか? そんな話は噂ですら聞かなかったが、何を授けたのかが読めねぇ。何て書いてあんだこれ?)


 その部分だけが何故か、黒いインクを垂らしたかのように塗り潰されているせいで解読は難しいが、恐らく異能とかだろう。

 三人の戦士が職業らしき力で戦闘を繰り広げ、一人の戦士が勝利したような挿し絵が入っており、三神龍も人の姿で描かれていて、それが巨大な門のような場所で行われたらしい。

 背後には大きな塔が描かれていて、もしかして暦の祭壇なのかと考える。

 この童話からでも不思議と連想できてしまう。

 そこから連想していくと、『登竜門の儀』と何か関係があるのだろうかと勘繰ってしまう。

 それに、この話が本当だとするなら、すでに『職業』や『異能』という存在は大昔より存在していた、と読み取れる。


(ともかく続きだな。えっと、新たな力を授かった戦士は強大な力を手に入れ、諸島で最強の戦士へと昇華した。そして彼は末代にまで語られる英雄へとなっていくのです……ってこれで終わりなのか?)


 こんな中途半端な状態で終わってしまった。

 大体の童話だと、最後には姫といつまでも幸せに暮らしました、的な定番なオチだろうに、この童話はその先が物理的に消されていて、物語が途切れている。

 次のページより文献が読めないよう、何故か細工されている。

 だが婆さんの仕業ではなさそうだ。

 文献のデータではなく、文献そのものが塗り潰されたような箇所が幾つもあり、それを前後の文章からなら予測はできるが完全に解析するには時間が掛かる。


(どうなってんだ?)


 何か知られてはならない事情でもあるんだろうか。

 それとも昔の人々は末裔にも知らせたくない事実を隠してしまったのか?

 長生きしているエルフなら何か知っていても可笑しくないので、もし機会があれば日輪島にいるであろう巫女様に会いに行きたいが、何となしに最後のページを捲ってみると、一つの文章と挿し絵が入っていた。




『三体の龍が天に昇りし時、暗澹たる蒼穹は白星に包まれ、黒き運命の戦士と共に、世界は新たなる時代を迎えるであろう』




 三神龍が空へ昇っていき、曇天より一筋の光が差し込んで三つの龍を照らしている挿し絵で、その下には一人の人間が空へ手を伸ばしているようなシルエットと、それから下には一つの塔が描かれている。

 ここが暦の祭壇なのは視認できたが、しかしこの挿し絵が何を意味しているのか。

 予言なのか、伝承なのか、とても意味深なものに感じられる。


(随分と古い文献のようだが、最後のページだけは他のと何かが違うのか)


 この童話、現代ではもっと分かりやすいストーリーとなっているらしいが、これはかなり古い童話で、特に後半につれて所々に修正点や辻褄の合わない矛盾箇所があり、複数隠蔽された痕跡がある。

 隠蔽された真実が何か、これ等からでは予測すらできない。

 しかしよく見つけてきたな、婆さん。

 見つけた、と言うよりはギルドに侵入した犯人によって調べられた結果かもしれない。


(他のも読んでみるか)


 幾つもの伝承や文献があるのだが、どれも似たり寄ったりで、しかしどれも消されてしまったのか、文献を無理に修復したみたいになっている。

 そして最後には同じ挿し絵と予言めいた文章が描いてあるのだ。

 これはまた、しっかり調べるべきだろうか。

 誰が何のために調べたのか、その思惑すらも複雑怪奇と化すだろう。

 主に二つからなる。

 一つ、ギルドに侵入した犯人が催眠術師である場合。

 二つ、ギルドに侵入した犯人が催眠術師でない場合。

 まだどちらかなのか判明してないが、恐らく別々なのだろう。

 一つ目の可能性だと、犯人がこういった文献を調べて、何かの力を手に入れようとしているのかもしれないと考えられるが、もし二つ目の可能性だったら、脅威が二つに増えてしまう。

 それが味方ならまだしも、敵であるとすれば想定以上に最悪だ。

 婆さんから送られてきた童話や伝承の数々を読ませてもらったが、どの童話もが犯人の手掛かりに繋がるものでもないような気がして、逆に童話を調べていた事実そのものが手掛かりとなるような感覚だ。


(さて、次は『登竜門の儀』とやらだな)


 登竜門とは、物事の達成のために越えねばならない難関を指す言葉である。

 先程の挿し絵に書かれていた門、その門が神龍の形を模したアーチ状の柱となっていて、三つの諸島を象徴する神龍達と相対する形で二匹の龍が対峙しているような絵だ。

 例えば星夜島なら象徴とするのは生命龍だが、星夜島に向いている登竜門は陽光龍と深海龍の柱となっていて、誰が創ったのかや材質が何なのかは不明だそうだ。

 さて、その登竜門があるのはやはり暦の祭壇だが、その儀式の内容がここに記されていた。


(『登竜門の儀』では、職業の昇華を執り行うために存在する、龍神族の試練の一つ(・・・・・・・・・)である、か)


 職業の昇華という話も初耳で、覚醒と別種の区分なのかもしれない。

 だが、その昇華がどういったものを指すか。

 覚醒の一般的な概念としては『人類の高次元的存在への進化』を体現し、職業そのものの昇華と進化概念の詳細は未だ解明されていない職業の魅せる神秘の一つ。

 職業の昇華条件は手持ちの記録に無い。

 情報屋でもいればと考え、一人の人物が脳裏に過ぎる。

 以前、グラットポートで情報屋と名乗るエルフの男と会ったが、そのエルフの知人は今頃エルシードに帰国しているはずだ。


「ソイツは確か――」


 ボソッと呟いた言葉を聞き取ってか、ユスティが顔を上へと向けるが、大きなバックパックのせいもあって俺の背中に視線が突き刺さる。

 セラがここにいれば、龍神族の試練について聞けたかもしれない。

 だが彼女は一人日輪島に独断渡航、飛行した。

 いてほしい時に俺の隣には人がいない、相変わらず俺は幸運と神様から見放されている。


「ご主人様、どうかされましたか?」


 ふと彼女の言葉で張り詰めていた意識が途切れ、頭痛がぶり返す。


「犯人誰かなぁ、ってな」

「貴方様が犯人では?」

「ご主人様が犯人な訳ありませんよ、何せ私達はついこの間までフラバルドにいたんですから」


 それはそうだが、フラバルドの事件も情報がギルドを通して出回っているし、商人達の間でも噂が伝播しているせいで『レイグルス』とも名乗れなくなった。

 だからクルーディオという偽名で活動しているのだが、ダイアナは超巨大迷宮都市での出来事を知っていたため、偽名使ってて良かったと思う。

 そのせいで別のベクトルで弊害が発生しているが、それは目を瞑る。


「フラバルドと言いますと、あの『冒険者連続失踪事件』でございますか?」

「はい、ダイアナさんも知ってましたか」

「えぇ、情報収集は私の趣味ですので」


 変なご趣味をお持ちで……


「それに情報収集は、冒険者としては必須能力ですので」

「そ、そうなんですね」

「はい。ですから、『ユーステティア』という名前を聞いた時はもしやと思ったのですが、どうやら他人の空似というやつでございましたね」


 彼女は俺達を知っている?

 だが、何故他人の空似と思ったのだろうか。


「フラバルドの情報では解決したのは四人、その四人の情報で合致するのは貴方様一人でございますから」


 あぁ、そういう訳か。

 まずその事件で解決したのは四人、俺『レイグルス』、ユスティ『ユーステティア』、リノ『リィズノイン』、そしてセラ『セルヴィーネ』である。

 まず、俺は名前と職業が違う。

 ユスティは合致しているが、俺と一緒なのが矛盾点なのだろう。

 そして残りの二人がいない。

 リノは同じ島にいるが昏睡状態故にホテルに置いてきたし、セラは日輪島に単独で行ってしまったので、そこもダイアナが勘違いする要因となって、ユスティがフラバルドで事件を解決した四人のうちの一人、とは思わなかったようである。


「同じ名前の人間は三人いると言いますし……」

「それを言うなら顔、でございますよ」


 動揺しているせいか、普段より尻尾が揺れているのが、バックパックに腰掛ける俺にも見えた。


「それで貴方様は、一体何を悩んでるのでございますか?」


 ダイアナに相談しても良いのか悪いのか判断に迷うが、彼女のあの復讐をしたいという言葉が本物だった以上は、似合わないが信じるのも有り、か。

 今は前の奴等と少し距離があるので、獣人であるリュクシオンを除いて人族である三人には聞こえはしないはず。

 多少踏み込んで危険に晒そうとも攫われた奴等の居場所が分かったので、ここは長寿で有名なエルフに二つの質問を口にする。


「ちょっとサンディオット諸島での伝統、特に童話について気になってな」

「童話、でございますか?」

「あぁ。何か知らないか?」


 長寿であるエルフは人間の十倍以上の年月を過ごす、だから彼女達の知性は人族よりも遥かに優秀で、俺達のような弱小種族は彼女達の知識には絶対に及ばない。

 文明力で言うなら、人族の方が優れているだろう。

 それは種族間の違いであり、自然を愛する者達とそうでない者達の区別があるからだ。

 そんな話はこの際どうでも良いので、できれば何か俺に知恵を授けてもらいたい。


「お姉様なら何か知っているとは思うのでございますが、残念ながらお姉様は国から出られない身、聞こうにも現在国は――」

「鎖国中、だろ?」

「……何故それを? そもそも私が何処の生まれかご存知なのでございますか?」

「森の国、そう言えば分かるだろ」


 敢えて彼女の国を口に出さずにいるが、それは彼女が身分を隠しているのに対し、こちらがワザワザ配慮した結果でもある。

 それに日輪島のレポートにあった、エルフが犯人かもしれないという事実を加味すれば、ここで発言して混乱を招けば後々の痼りともなるし、できれば今はこの進行を止めたくない。


「今お前の国の巫女が日輪島にいるらしい」

「お、お姉様が!?」

「あぁ、婆さんに聞いたから間違いない。婆さんが俺に嘘を吐いてなければ、だがな」


 そこは信じる信じないを彼女に任せて、彼女が知らないという結論の方へと意識を飛ばす。

 やはり相当古い伝承のようだな、この童話。

 他の作品とかもそうだし、登竜門についても何かがあるとしか思えない。

 ここは三神龍の加護が宿る島、童話は実話からかなり乖離した内容の物も多いため、参考程度に脳裏の片隅に仕舞っておく。


「何故お姉様がここに……」

「それは本人に直接聞いたらどうだ?」


 お姉様なんて呼ばれているエルフの巫女、セラが自分よりも四百歳くらい年上だと言ってたし、少なくとも千年は生きているであろう彼女の考えはきっと、誰にも分かるまい。

 それに誘拐事件の調査に乗り出したらしいし、何処かで会えたりして、な。

 ブツブツと何かを呟きながら自分の世界に入り込んでしまったダイアナを放置して、俺は次いで最後に残された一つの文書を開く。

 誰かの日記、それも最近のものらしい。

 何枚かあるのだが、その幾つかの日記のページが抜き取られていて、黒い染みもあるせいで、重要な部分が一切見れない。

 その日記を回転させて裏側を見てみると、誰かの名前が書き記されていた。


(船乗り『ウルグラセン』か。船乗りって事は、ユーグストンと関係あんのかな)


 これは航海日誌のようなものだろうが、それが記録として残されている。

 最後の用紙の前に一つの記録(データ)が挟まっていたので、それに触れてみると、たった四行の文章だけ中央で主張している紙が画像として開示される。




『お前がこれを読む頃にはもう俺は俺でなくなっているだろう………だから後は全部お前に引き継ぐ、この日誌記録を役立てろ。もし俺がお前の邪魔をするなら遠慮無く殺してやってくれ、そして土の下にでも埋めてくれ』




 これは誰かに宛てたメッセージ、その文章と船乗りの日記という二つの関係性から、この人物は何かを掴んだが、何かが起こって誰かに引き継ごうとした。

 仮に文章がユーグストン宛てで彼が犯人だとした場合、謎は幾つも現れるが、それ以前に疑問なのが、この日記が何故ギルドの情報管理室にあるのか、である。

 それから、この文章も違和感がある。

 それが何処なのかをハッキリさせる前に、先に日記から読むとしよう。

 一枚目は一月六日、つまり星夜島事件発生の一日前から記載されていたが、いざ熟読しようとしたところで、光が前方より差し込んできた。

 その方向は丁度森の途切れる部分からで、焼け野原のような荒野が一枚の木の葉を飛ばし、寂寥感を醸し出す景色を映した。

 森と荒野の境界線、森より先は火山地帯。

 全員が用心を重ねながらも、荒野へと出た。

 そのため、俺は一度ギルドカードの情報を閉じて、火山地帯へと降り立った。


「凄い荒地でございますね。水源も枯れてるようでございます」

「それにここの土壌、火山灰が豊富に詰まっとるぞ」


 地面に触れてるのは二人、アルグレナーとダイアナ、二人の職業なら地面の解析はお手の物のようだが、水脈も無く、土壌の何割かは火山灰の組成となってるそうだ。

 だが、火山灰だろうがそれ以外であろうが、島の崩壊を示唆できる情報には成り得ない。

 地面は罅割れて草木すら繁茂しない不毛の土地となっている上に、地面が熱を帯びてるようだったため、しゃがんで地に手を着きながら地下を覗いてみる。


(マグマによる地熱がここまで……掘っても温泉は出なさそうだが、これだけの熱量を持ってるとは熱エネルギーが凄まじ――)

「ひゃっ!?」

「な、何じゃ!?」


 地面を観察していると、リュクシオンが何もないところで尻餅を着き、アルグレナーの足元が隆起し、危険と判断した彼は飛び退いて回避する。

 すると一瞬前までいた場所が、間欠泉のように蒸気を噴いた。

 地面が、島が、かなり大きく揺れている。

 全員がその地震の規模に足がガクガク笑って倒れる者が続出したため、俺は転びそうになっていたユスティの手を引き、抱き寄せて身体を支える。

 ボフッとこちらの胸元に顔を埋めながら、彼女は周囲の音を耳で聞き分けて感知する。


「ご主人様、地面より下で大きな音が聞こえます」

「あぁ、そうだな。これはただの地震じゃない」

「そ、そうなんですか?」

「島内部に大きな亀裂が入ったようだ。このままだと亀裂が大きく広がって、島が複数に割れる」


 地震規模がデカすぎて想像に乏しい人間には理解の範疇を超えているだろうが、島の地下深くで巨大な亀裂が生じ、まさに今も地震によって亀裂が上昇中だ。

 まだ火山内の内圧は下がってはいないが、これは時間の問題か。

 などと思考を巡らせてしばらく、ようやく長い地震が収まったが、荒地が隆起、沈降し、亀裂から僅かなりとも蒸気が噴き出している。


(地殻変動の影響か)


 島内部が相当傷付いている、と言うよりも、島の土壌が全体的に生命力を奪われてるせいで、分子同士の結合力が消失している。

 足場も不安定。

 大気もこの通り、異様な熱量を携えている。

 余震が小さく波打ち、足元から全身の感覚を震わせて、俺と同じで島も限界に近い。


「先を急ごう」


 今日は二十九日、明日の夜から明後日の未明に掛けて密航船が現れるらしいし、捕まえられなければ俺達はゲームオーバーだろう。

 島が崩壊するまでに次のチャンスはもう来ない。

 だから、俺は先へと進む。

 全員が間欠泉のように噴き出す蒸気に気を配りながら、この物寂しげな荒野を駆け抜けた。


「でもさ、犯人は一体何がしたいんだろうね?」


 全員が目的地へと向かっている最中、最初に質問として話題を投げ掛けたのはレオンハルトだった。

 犯人の目的、一番気になっていたものだ。

 目的の無い犯罪があるとするなら、それはただの蹂躙でしかないが、何事にも行うに値するだけの理由、動機、目的というものが存在する。

 日常の行動どれ一つ取っても何かしらの理由が存在するのと同じように、犯罪にも動機は実在する。

 復讐のため、愉悦感のため、自身のため、他人のため、何かを成し遂げるため、その心内は暴かれず、大きな謎の一つでもある。

 故に、そのレオンハルトの話題は堂々巡りとなってしまうのは必至だった。


「皆はどう思う?」

「どうって言われましても、その方々の目的が分からない以上は、推察すらできないのでございますよ。ただ、何となくではございますが、復讐、と思うのでございます」


 ダイアナの発言に全員が注目する。

 復讐である、その彼女の発言がどうしても引っ掛かるからだろう。


「復讐なら特定の人物に行うもので、それを諸島全体に向けるのは筋違いなのは理解承知でございますが、仮に王族か、或いは人間そのものへの復讐だとするなら、国家転覆で滅亡を謀ろうとするかもしれません」

「復讐のために島を崩壊させると言っても、この諸島は中立貿易諸島、王族はいやしないし、人間そのものへの復讐としてサンディオット諸島を選ぶ理由が分からん」

「それはそうでございますが……ではユーグストン様は、どうお考えなのでございますか?」

「俺は……復讐とか、個人的感情に従っているような気がしない。逆に何かを手に入れるため、そう思う」


 ダイアナとユーグストンの意見は真っ向対立し、その二つどちらかが正しいのか、両方が間違いなのか、両方共が正しいのかは検討が付かない。

 しかしユーグストンの『何かを手に入れるため』という仮説も納得できる部分がある。

 それが、婆さんから送られてきた資料、童話の物語にあった『褒美』とやらだ。

 だがそうまでして手に入れたい宝が、このサンディオット諸島にいる全員を犠牲にするだけの価値があるのか、そこに焦点が当てられる。


「だから復讐ではない、と?」

「あくまで可能性の話だ」


 そう、何処まで話が進もうが、それは可能性の一つに過ぎない平行線なのだ。

 結局のところ、話し合いは無駄。


「それに、この中に犯人がいるとしたら、俺やクルーディオの能力は催眠術に近しい部分がある」

「俺も入ってんのかよ……」

「お前も犯人候補の一人なんだよ、自分でも理解してるだろうが」

「そりゃそうだな」


 ユーグストンの言う通り。

 俺も犯人候補に入れられている。


「アルグレナーは地質関係の能力、ダイアナも植物系に似通っているが大体は同じ系統だ。聖女を騙る利点はほぼ無いし、レオンハルトの職業は単純な物理系統の力、それから従者のお前は……お前の職業って何だ?」

「あ、私は狩猟師です。必要とあれば鑑定書を見せますよ?」

「いや、必要無い。この五日間で大体の力は分かってるからな。弓の正確射撃、近接での攻守、それから武器生成の能力を持ってるが、それが催眠術で俺達の脳に作用してる可能性もある。そこは俺達全員に当て嵌まるものだ」


 ユーグストンの推理は俺とほぼ同等のもので、しかし違うのはここからだった。


「だが、俺が一番怪しいと思うのはレオンハルト、お前だ」

「え!? 何で僕!?」


 レオンハルトが一番怪しい、それは俺とは真逆の推測となっていた。

 何故彼が怪しいのかと咄嗟に口から出そうになったが、俺が答えずとも、その疑問に対する解答はユーグストンの口から発せられた。


「格闘家は主に拳での戦闘だ。催眠術でそれっぽく見せてるだけかもしれない。それにお前だけがずっと犯人から最も遠い存在に見えてしまう(・・・・・・)、それが妙なんだよ」


 確かに俺もそう思ったが、左目と職業鑑定書も見た。

 それが本物であると言質も取っている。

 つまりレオンハルトには人を操るのは不可能、それは催眠術師が犯人であると判明している事実と矛盾するため、レオンハルトは除外されてしまう。

 だがしかし、腑に落ちない点はある。


「他の奴等は全員が怪しい部分を持ってる。アルグレナーはこの調査を立ち上げた張本人、クルーディオは薬物による睡眠導入剤の件、ユーステティアは薬物師が犯人だった場合の共犯者、ダイアナは同じテントの二人が攫われた事に対する疑惑、聖女は薬物中毒者の大量死との関係性、そして俺は調教による人の操作だ」


 捲し立てるようにして全員の不可解な部分を暴露し、全員が何も言えない。

 それに対してレオンハルトのみ、彼のみが怪しくない。

 だからこそ、不信感を抱かずにはいられない。

 疑わしきは罰せず、しかし奴のみが疑うべき点が見当たらない、とユーグストンは主張する。


「そ、そんな……で、ディオなら分かってくれるだろ?」

「ユーグストンの言葉も間違いじゃない。だが、初日の夜にした会話の内容が本当だとしたら、レオンハルトは犯人には成り得ない」

「どういった会話をしたんじゃ?」

「色々だが、ここで言うなら互いに職業を見せ合ったのは本当だ」


 そしてレオンハルトは『格闘家』の職業鑑定書を見せて、俺は『錬金術師』の職業鑑定書を見せた。

 奴の鑑定書に細工がされていなかったのは左目が看破しているし、自分は逆に職業鑑定書を偽装したため、俺のように偽装するための能力を持っているとすれば、レオンハルトは虚偽申告した事となる。

 しかし、そこには大きな壁があるのだ。

 俺は奴にこう聞いた。


『お前の授かった職業ってのは、本当にこの格闘家なんだな?』

『そうだけど?』


 この一つの会話が彼の無実を証明してしまっている。

 返ってきた回答は真実だったのだ、と霊王眼を通して伝わってきた。

 だが、コイツが本当に格闘家であるのは霊王眼有りきの情報なので、リュクシオンには話したが、これ以上他人に手の内を晒すのは遠慮願いたい。

 ただでさえ谷底の見えない超危険な吊り橋を渡っている最中だ。

 これ以上の情報漏洩は防ぐ。

 そのため地雷ならぬ桟橋を踏み抜いて自滅するのだけは、真っ平御免である。


「嘘かどうかはともかく、全員が犯人足り得る理由を持ってるんだ。ここでは決められない」


 レオンハルト犯人説だったとしても、それは主犯格ではなく、傀儡としての役割を持っているだけのはずだ。


(傀儡か……)


 レオンハルトの格闘家は催眠術で操られるにはメリットが少ない。

 精々、戦力になるくらいか。

 リュクシオンに次いで犯人からしたら役に立たない職業と言えよう、だからこそ俺やダイアナ、ユーグストンが攫われないのが不思議だった。

 全員が犯人かもしれない、全員が犯人の掌で踊らされているのかもしれない、そう思うと俺達はまだスタートラインにすら立てていないようだ。

 俺も杓子定規で物事を俯瞰する節があるため、思考を柔軟にしなければ犯人は捕まらない。


(難儀なもんだな)


 その難儀な事件を紐解くために、藁にも縋る思いで浜辺を目指している。

 全員の足並みは揃っていて、一時間程度走り続ければ正午という時間には間に合うはずだ。


「ならクルーディオ、お前は誰が犯人だと思ってる?」

「……」


 ユーグストンからの言葉が突き刺さる。

 犯人だと思う人物の名を告げるのはまだ早計である、と喉奥へと仕舞い込む。

 言葉を飲み込んで、体力を温存しながらペースを維持して走り続けた。


「チッ」


 俺の口から情報を引き出せないと理解した途端舌打ちしたユーグストンは、浜辺に辿り着くまで自ら口を開かせる事は無かった。

 それから荒野を移動して約一時間が経過する頃、俺達七人は崖下にある入り江へと到達した。






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