第158話 見えざる敵3
「君達、よく朝食なんて食べられるね……さっきの見たら食欲無くなっちゃったよ……うぷっ」
そう朝食を食い始めたところで、レオンハルトがそう言って手にしていたサンドイッチを皿の上に置いた。
君達、というのは俺とユーグストンとダイアナの三人を指していると思われる。
何故なら、俺達以外の四人は誰も食べてないから。
しかし俺達は人間、腹くらい減る。
「リュクシオン様の朝食、美味しゅうございますよ?」
「あ、ありがとうですの……」
苦笑いを浮かべる聖女様も、少し離れた場所に氷漬けにされた死骸を肩越しに見て、口を押さえていた。
嗚咽を感じているらしい。
「ってゆ〜か、ディオは躊躇無さすぎなんだよ。いきなり腹掻っ捌くなんてビックリしちゃったよ!」
「おい格闘家、朝飯中だぞ、飯が不味くなるからその話は止めろ。飯中に非常識だぞ」
「いや、君の方が非常識だからね!?」
ツッコミ役を一手に担ってくれているレオンハルトなのだが、そんなのよりもダイアナがボーッと食事を摂っているのが気掛かりだった。
さっきの中に知り合いがいた、どうやらそれが本当のようだった。
多分エルフゾンビだろう。
彼女を前に祈っていたから。
つまり彼女もエルフか?
左目を魔法看破能力に切り替えてみると、青薔薇のピアスから魔法を感知して、もっと目を凝らしてみると薄っすらとエルフの特徴である長耳が見えた。
(やはりエルフだったか……)
だから彼女は埋葬しようと考えたのか。
エルフの風習として、死者を埋葬すれば魂は世界樹に吸収されて新たな生命と肉体を授かる、といったものがあるらしいのだ。
世界樹の根は全ての土地と繋がっている、そう言われている。
だから森や自然の多い場所で埋葬されるのは、エルフにとって誇らしい最期なのだとかで、そして埋葬されて新しい生命となるのがエルフなのだと、前に知り合いの変態エルフが教えてくれた。
(それより、ここに来て謎が増えたな)
ここにおける謎は、ゾンビが襲ってきた理由や目的という本質的な部分と、それに付随するダイアナとユーグストンについて、更に最も重要なのはゾンビ達の胃の内容物のカプセル、最後にゾンビの連携だ。
特にエルフゾンビは俺が見えてないはずで感知系の魔法使いではないはずなのに、何故か魔法を俺の心臓に当てられたところだろう。
死角からの攻撃に即座に対応して炎の槍を放った、と見るべきか。
(本当に考えないとならない問題ばかりだな。全部合わせたら何個あんだろ?)
死角から明確に心臓を貫くだけのセンスが、その魔女にあったとは思えない。
理由は俺がどう動くかは向こうには分からないから、そして学習知能を持っているのならば一度目の銃での攻撃を防がれた経験を俺が持っていると予測し、その上で俺が無理矢理槍で首を刎ね飛ばすなんてしない、そう思うはずだ。
獅王族の背中は大きいため、俺が何処にいるかを予測して心臓にピンポイントで魔法攻撃を当てる芸当は、誰かが死角ではない場所から指示を出した、という可能性が浮き彫りとなる。
それは犯人の存在が内部にいると示唆しているのと同じだった。
(要するに、あの時森に逃げ込んでたアルグレナーとダイアナ、獅王族ゾンビの死角にいた二人以外は全員がモンスターに指示を出せたのか……)
指示の出し方も考えねばならないが、あれはまるで示し合わせたかのような攻撃だったので、誰かが俺の居場所を教えたりしたのだろう。
それか視覚を共有でもすれば、狙い撃つのは簡単だ。
だとするならアルグレナー、ダイアナ、それからユスティを除いた残りの三人のうち、誰かが犯人となる。
(攫われた奴等の中に犯人がいる可能性はこれで排除……できないんだよなぁ)
ガックリ首を落として、サンドイッチを頬張る。
相手は認識阻害を使えるだろうし、仮に俺が認識していなくとも近くで戦いを見ていたかもしれない。
だが、それにはジュリアの転移能力有りきの話であるために、彼女が犯人、って可能性も突拍子でなく考えられてしまうのが嫌なところだ。
誰が犯人でも変ではないってのが、また面倒だ。
事件に介入してから六日、地質調査より五日が経過したところで、手掛かりを得られただけで犯人に繋がるような推理推論には至れていない。
(ゾンビの連携は良いとして、ゾンビの胃の内容物で唯一見つかったカプセル……それも探らなきゃな)
問題点というか、そのカプセルに包まれていた薬物が麻薬だったのか、それとも麻薬ではなかったのか、その分岐で犯人に関する事実が少し変化する。
仮に麻薬『天の霧』だったとしよう。
時間が経過する毎に薬物依存症が発症し、連続的に服用すると筋力がどんどん低下していく代物であるその麻薬、獅王族の男が連続的に服用していたのなら、肉体はボロボロだったはずだ。
魔力も使っていないのに、あの膂力は凄まじかった。
脳のリミッターが外れていたのと、もしも麻薬を連続服用していたのなら、肉体が負荷に耐えきれずに自滅してしまっていたはずなのだ。
が、しかし、あの獅王族のゾンビは自滅するどころか、機敏に動き回っていた。
(そうだ、死んだ人間は時間経過と共に腐敗する。死後硬直もあったはずなのに、奴等は機敏で硬直を感じさせない動きをしていたし膂力、特に筋力が発達してた……)
そこから導き出されるのは、犯人が催眠術師以外にもいた可能性である。
それか催眠術師が他の奴等を操って、強制的に薬物投与なり何なりをした可能性が挙げられる。
これも百パー本当かは俺も知らない。
だが、薬物によって身体の腐蝕を止め、強靭な肉体を維持させていたのだとしたら、この推論は合っていて犯人が催眠術師以外にもいるという結論になる。
恐らく医療系統の職業持ちのはずだ。
(それにもう一つ考えるべきなのは、カプセルが麻薬以外だった場合か)
その場合、更に複雑怪奇と化していく。
強化剤だったのか、別の薬品だったのか、考える必要があるのだが、そのカプセルの欠片が出てきたのは獅王族の他にももう一体。
それは、人族の餓鬼ゾンビの胃の中から出てきた。
カプセルが麻薬ではなかった場合には、獅王族と人族の二匹に何の因果関係があるのか、それが肝かな。
(分岐が多すぎる……)
思いっきし思考領域を埋め尽くしているから精神は少し安定している。
だからなのか、よく頭が回る回る。
ただ、俺には平凡な頭脳でしかないので、見落としてる部分もあるのだと念頭に置かねばなるまい。
(天才だったら良かったが、まぁそこは仕方ないか)
知識はあれども、知能指数は中々上がらない。
そこに気を取られないうちに思考を切り替えて、次の題材に進もう。
俺が重要視している事柄は主に三つ、犯人は誰か、何を目的としているのか、そして三神龍を操って何をしようとしているのか、である。
それぞれの島で別々の事件が発生している。
全てを解決する気は無いが、せめて生命龍にリノと俺の身体を治してもらえるようにしたい。
(ポケットに魔力反応……婆さんからか)
飯を食い終わったところで婆さんからの通信が来たようだが、随分と時間が掛かったなと思いながら俺は人目の無い場所へと移動する。
周囲に気を配りながら、俺は気配を完全に自然に溶け込ませた。
それだけでは音漏れしてしまうが、それも一つの罠として機能してくれれば少しは良い方向に進むだろう。
だから一つの魔力反応を無視しながら、俺は通信をオンにして、大きな木に背を預けた。
「もしもし?」
『あぁ、ディ、お……ん? もしもし? 何じゃその妙な言い回しは?』
「いや、何でもない」
電話で使う挨拶の時の表現、申す申すが略されたものだったが、この世界ではそういった言い回しはあまり存在しないため、婆さんは不思議そうに聞き返してきた。
やはり知らないか。
ともあれ、本題はそれではない。
「さっそく聞かせてくれるんだよな?」
『お、おぉ、そうじゃな。幾つか分かったから、聞き逃すんじゃないよ?』
ここで婆さんに頼んでおいた、ジュリア達の居場所について聞けるようだ。
『まず一つ、頼まれてた職業についてと追跡魔法の情報開示だったね。今お前さんのギルドカードに情報を送り込んだから、それを展開しな』
「展開って……え、どうやんの?」
『ハァ……情報展開』
「うおっ」
空中に幾つもの情報が投影される。
俺とユスティを含めた地質調査に参加している冒険者十一名のプロフィール、星夜島とその周辺までの地図、月海島・日輪島で発生している事件についてのレポート、それから他に何かの文献が複数投影されていた。
「何だこれ、『登竜門の儀』?」
プロフィールよりも、マップよりも、レポートよりも、まず最初にそちらが気になってしまうが、婆さんに諌められてしまう。
『そっちは後にしな。事件と関係あるかもしれないってだけだからね』
「お、おぅ」
キツい口調で言われてしまい、その文献は後回しにしておく。
『まず、冒険者のプロフィールについてだよ。全員の職業が書かれとるから、そこに注目しな』
俺はプロフィールの映像を手前に持ってきて、それを一枚ずつ捲っていく。
プロフィールを見て脳内の情報を更新する。
書かれていたのを纏めると、事実を述べていたのはこの四人、アルグレナー、レオンハルト、ニック、そしてルミナである。
アルグレナー『地質学者 → 地質学者』
レオンハルト『格闘家 → 格闘家』
ニック 『英雄 → 英雄』
ルミナ 『古代魔導師 → 古代魔導師』
そして残りの五人が嘘を並べていたのだが、プロフィールを見れば一目瞭然となった。
嘘を吐いていた、と言うより本職を隠していたのは、青薔薇の三人とロナード、それからユーグストンの五名で、このようになっている。
カレン 『細剣士 → 氷彫刻家』
ジュリア 『空間魔導師 → 魔導手品師』
ダイアナ 『植物学者 → 造園技師』
ロナード 『魔剣士 → 黒魔導師』
ユーグストン『調教師 → 調教師』
ユーグストンの調教師だけは、絶対に嘘であるのは左目がすでに確認しているため、彼の職業についてはまだ分かっていない。
調教師と似た能力……何だろう?
「釈然としないな」
『何処がだい?』
「いや、何て言えばいいか、何かを見落としてるような気がしてならないんだ」
これで全てが分かった訳ではない。
俺のように職業を偽って書いている場合もあれば、本職を名乗って偽職を書面に残している可能性、それか両方共が違っている可能性だって有り得る。
そして俺が見落としているのは、そんなところではないように思える。
しっくり来ない、と言えば良いのか。
何かが可笑しい、何処かが違う、そんな気がしていて、もしも催眠術師がこの中にいるとすれば、誰かが嘘を記しているのだ。
「まぁ良い、それより職業に注目したが、それがどうしたんだよ?」
『ギルドに侵入した犯人について、何か進展あったかい?』
「進展どころか深みに嵌まってる状況だ。五人攫われて、今朝方ゾンビが出没した」
『……はぁ?』
俺は婆さんの説明よりも、まず先に今朝戦っていた相手についての情報を簡単に説明しておいた。
『……成る程ねぇ、それで死骸は今手元にあんのかい?』
「いや、そのまま置いてきた。流石に奴等のいるとこで収納できないからな」
これは俺の個人的な事情でしかないが、他人に手の内晒すとこちらが不利になってしまう。
だがまぁ、こちらも少しは情報を手に入れられたので、まずは一歩前進である。
「ん? 何だこのプロフィール……」
俺は一枚ずつ捲っていると、一つのプロフィールに目が向いた。
特に名前、それから種族欄だ。
名前が『ダイアナシア=エルシード=ソンブレシュカ』というエルフの女性、造園技師、そしてSランクパーティー『青薔薇』に所属している、このプロフィール。
ダイアナがエルフなのはさっき知ったが、本名がダイアナシアだったとは予想してないぞ。
ただ、造園技師という職業であるなら納得できる。
それでも参考程度に脳裏に留めておき、完全には信用しない。
『どうかしたかい?』
「あぁいや、何でもない」
だが、エルフだからと言って彼女が人間の姿をしている理由までは不明だ。
何かの理由で隠しているのだろう。
この世界では人族至上主義な人間とかは少ないし、エルフ狩りとかも行われてないし、種族が沢山混じっている国なんてものは幾つもあるため、この諸島では隠す必要は存在しない。
なのに何故か正体を隠している。
「ギルドに侵入した犯人については残念だが、まだ分かってない」
『そうかい……チッ!』
「おい今舌打ちしたろ」
『空耳じゃろ、耳でもボケたかい?』
「耄碌した婆さんに言われたかねぇよ」
婆さんの言った、ボケたのか、という発言は実際に当たってるかもしれない。
まだボケてないが、触覚を失いつつあるからな。
『まぁ犯人もそこまで柔じゃないってこったね。それより追跡魔法の地図を見な』
婆さんの指示に従い、星夜島全体マップを見る。
南西から北西に伸びる街エリア、北東にある火山エリア、そしてその間にはダンジョンエリアがあり、北東より先は無人島や離島が多くある。
火山をグルッと回って調査は進んでおり、六日目に突入したところで火山は北西街とここを結んだ線より斜め右上側に聳え立っている。
つまり、このまま北に進むと火山が姿を現す。
数日間の調査では、北側エリアは予めアルグレナーが調査していたためもあり、途中でジュリアの転移能力で跳躍して帰還する予定だったらしいが、その本人も攫われてしまって日数はかなり伸びている。
だから現在は東方面に俺達は位置している。
目と鼻の先にある火山は現在地からでも見え、後少し先に行くと森が無くなって火山地帯となると地質調査中にアルグレナーが教えてくれた。
火山より先、離島の一つに五つの反応がある。
つまりジュリアの空間跳躍能力で星夜島から離島へと飛ばされた訳か。
『そこは『嘶きの海流』と呼ばれるところでねぇ、海に落ちればまず助からないと言われてる場所さ。まぁ、そこの海流を正確に覚えてる阿呆もおるが……そこより先に向かってみてはくれんかのぉ?』
「それは構わんが、それって密航船云々の話と繋がってるのか?」
『そうじゃ』
密航船か、少しずつ繋がりを見せ始めたらしい。
心臓、肺、肝臓、そして腎臓、それを運んでいるとしたら臓器売買の組織があるかもしれない。
それに麻薬についてもまだ何一つ解決していない。
『臓器売買の可能性がある。月海島で人が消えとるのも、もしかしたらそれと繋がりがあるからかもしれん』
それは五日前に婆さんと会話した内容にあったものだ。
星夜島に日輪島と月海島の領主達が集い、二人が婆さんに相談したいと言っていた、と。
それがホントか嘘かは置いといて、そちらも聞いておかねばならないらしい。
「婆さん、領主達に聞けたのか?」
『あぁ、バッチリだよ。けどねぇ……領主様にもよく分かっておらんのじゃよ』
「どういう意味だ?」
『言葉通りさ』
彼女はサンディオット諸島で発生している事件をそれぞれ説明し始めた。
まず月海島の事件についての概要から、月海島で発生しているのは漁獲量の大幅低下と渡航不可による輸出入の完全停止、更に行方不明者続出となっている。
次に日輪島の事件についての概要、日輪島では主に謎の天候不良とそれに付随する治安悪化、そして孤児行方不明事件と密航船の領域侵犯なのだそうだ。
だが、日輪島のレポートには誘拐事件と書かれている。
何故かと思いながらも婆さんの説明では、それは日輪島の領主が箝口令を敷いたためだと言った。
『日輪島の領主邸にエルシード聖樹国の巫女様がいるそうだよ。犯人がエルフかもしれないからって、巫女様が犯人確保に動き出しとるそうじゃ』
約三百年前だったか、錬金術師が現れると予言したセラの友人……あ、そうか。
(懐かしい気配がするって言ってたけど、もしかしたらそのエルフの巫女様に会いに行ったのか)
ここでセラの行動理念の一つが判明したが、エルシードの巫女様……フェスティーニだったか、彼女が事件捜査に乗り出したとするなら、そこにいるはずのセラも捜査に協力しているかもしれない。
それか彼女が暴走して先んじて事件に介入している場合もある。
だが、事件の犯人がエルフかもしれない、そこがどうも引っ掛かる。
もし催眠術師がエルフでない場合、俺が犯人だとすれば今朝みたいにエルフの死骸を操って攫わせたりもできるはずだろうし、その方が人材的に楽だ。
それはそれで催眠術という存在の力量次第となるが、その操り人形は死骸でしかないからこそ脳は働いていないし、死そのものを錯覚させていた場合も細かい指示を出したところで完璧に作動しないはずだ。
(死骸を操ってた場合、尻尾切り状態になって、犯人が誰かなんて誰も分からないだろう)
エルフが犯人かもしれない、そうだとするなら種族間問題に発展するのは巫女なら理解してるはずで、だから調査に乗り出した。
エルフだと証言したのは一人の少年のみだと、そうレポートに書いてある。
「このエルフを見たと証言した奴は何者だ?」
『日輪島の領主が言うには、日輪島の『船乗り』という自治組織集団がおるそうじゃ。その船乗りの一人らしい』
船乗り、その言葉を俺は一度聞いている。
それを言っていた人間は、初日に自分の身分を明かしていたのだと、今になって気付く。
『俺はユーグストン。ただの……船乗りだ』
この言葉が嘘偽りないというのは、この龍の目が確認している。
ならばつまり、ユーグストンは日輪島出身、或いは日輪島から何かの目的のために島を渡り、ここまでやって来て地質調査に参加しているのか。
だが何のために?
何を目的として地質調査に参加した?
頭痛で鈍っている思考だが、それでも事件の中核へと手を伸ばしているのだ、自然と脳の回転がどんどんと加速し続けていく。
(仮に船乗りの中に犯人がいたとしたら、ユーグストンが協力者で、通信のために夜な夜な抜け出してるのにも説明できるが……)
催眠術師は一人だが単独犯だと思わないのは前回の事件から教訓を得ているため、今ではあらゆる可能性を想定しようとしているが、そのあらゆる想定外に犯人がいるような気がしてならない。
俺は何を見落としている?
どれだけ脳を稼働させても、その落とし穴に土葉が被せられているせいで、気付けない。
「分からないな、これだけの大掛かりな事件が一人の人間によって引き起こされたとしても、その最大の目的は一体何なんだ?」
『それは本人に聞けば良いじゃろ』
「その本人は何処にいんだよ?」
『儂が知っとる訳ないじゃろ。自分で探すんだね』
「……」
突き放されてしまったが、今は犯人の動機よりも他に話し合う必要のある内容が幾つかあるため、俺は一旦自分の考えを止めて、婆さんの話に再度耳を傾けた。
『月海島の領主からの相談は、食糧物資の輸入についてなんじゃが、それがどうも難航しててねぇ』
「は? 何で?」
『空輸、海運、陸送、どれも難しいのさ。そもそも陸路なんてもんが無いせいで船か飛行船、気球の類いで物資を運ばなくちゃならない』
それも大量にな。
『だが、海におられる深海龍様が邪魔するんじゃよ』
「邪魔って?」
『海に幾つもの竜巻を作って船も飛行船も巻き込んで壊してしまうんじゃよ。それに魔導師を派遣しようにも深海龍様が直接狙ったりして危険なんじゃ。じゃから冒険者にとっては割に合わん仕事じゃし、他の奴等も神龍との相手はできんと辞退する者ばかりで――』
「転移能力持ってる奴にやらせりゃ良いだろ」
『それはそうなんじゃが……』
何かできない理由でもあるんだろうか。
転移能力や空間接続能力を駆使すれば自由に島と島を行き来できるライフラインが確保され、外部から多くの支援物資を望めるはずなのだが、どうも歯切れが悪い。
『運ぶには月海島までかなりの距離があるんじゃよ』
「そうなのか?」
『たとえ運べたとしても大量の荷物じゃ、一度に運べる数も決まっておるし、中々難しいんじゃよ』
距離的な問題はあるだろうが、それは個人の力量によって距離は長くなるし、それに一度に運べないなら何度かに分けてしまえば良いのではないかと提案する。
『じゃが、転移しても海の上じゃと……』
「何言ってんだ、打ってつけの島があんだろ、このサンディオットには」
『打ってつけの島じゃと?』
そう、それこそが中立地点となる転送場所であり、俺が提案する場所はたったの一つだ。
「『暦の祭壇』、そこを中間地点とすれば、後は座標転移できる魔導師を使って月海島に転移し、月海島を情報として記録させた空間魔導師なり転移能力者なりを使って物資を運ばせるだけで良いだろ。そうすればリクドを相手にせずとも良い」
『も、盲点じゃった……』
「いやいや、普通気付くだろ」
島がこんな状況では、そんな考えすらも出てこなくなるのも納得できようが、催眠術師の介在によって祭壇の認識がすり替えられていたとなれば、月海島にも何か重大な秘密があるのかもしれない。
深海龍が船や飛行船の類いを襲っているのも、催眠術師の影響だとしたら、よっぽど月海島には近付いてほしくないようだ。
星夜島だけで手一杯のはずが、何故か月海島日輪島の問題にも手を出している。
婆さんに送ってもらった資料の数々を後で読むとして、今は領主達の証言の続きを教えてもらわなくては一向に話が進まない。
「そこは領主達と相談して決めてくれ。それより日輪島の領主は何て言ってんだ?」
『そうだねぇ……この前、龍が空を飛んどるって話をしたのは覚えてるかい?』
「あぁ、デッカい龍が海上を飛んでるって話だったか」
大きな龍が空を飛んでいる、それが一体何を意味しているのかはまだ不明ではあるが、錯乱状態から脱したのであれば何かを聞いているはず。
だが、目撃情報も信憑性が皆無なせいで、何も分からないままだろう。
『巨大な龍、少なくとも三神龍様ではないようだよ』
「その根拠は?」
『ワイバーンのような風体だった、そう領主様が言ってるのさ』
それを信じろと言われても、難しいな。
ワイバーンが飛んでいたとしても、何故そんなところを飛んでいたのかと疑問が生じた。
しかも悪天候の日輪島の空は曇天なはず、雷も鳴っているようだし、それが地面に落ちて『雷震』なる現象となっているとレポートには書いてある。
そして雷震による地震も発生しているとの旨が記載されていた。
「ワイバーンはそこまで巨体ではないだろ。亜種でも出たのか?」
重たい身体に鋭い爪、それがワイバーンで、翼竜というタイプのモンスターの一種である。
モンスターを操っているのだとしたら、調教師であるユーグストンが犯人でも結び付く。
『海上で、しかも夜中だったそうだから、そこまで正確には目視できなかったそうじゃよ』
「一応二つ聞いておきたいんだが、領主はそれを何処で見たんだ? それから海上にいたであろう龍はどの位置を飛行してた?」
『夜中に目覚めて厠に行こうと廊下に出たところで、領主邸の窓の外に見えたそうじゃよ。飛んどった場所は日輪島と星夜島の間だそうじゃ。月海島方面から飛んできおったそうじゃな。それで、無人島の方へと向かったとも言っとったよ』
月海島で女子供が行方不明になってるのと何か関係があるのだろう。
夜な夜な何処かに行ってるとしたら、その時間帯とも合致するし、ユーグストンが犯人という可能性が濃厚となってきたな。
それでも脳裏が警鐘を叩いている。
待て、それで良いのか、と。
「もう少し聞きたい」
『何じゃ?』
「正確な時間を教えてくれ。何時頃見たんだ?」
『確か夜中の三時半頃だったそうじゃよ。雷で空が光った時に見えたらしい』
日輪島は雨や雷なんてのとはほぼ無縁の場所だそうだが、現在は何故かずっと雷雨らしい。
そのせいもあってか、人は殆ど出歩かない。
攫われる可能性も孕んでる訳だし、ワザワザ外に出ようだなんて考えはしないか。
「もう一つ、その龍の背に誰か乗ってなかったか?」
『む? それはもしや、その龍を操っとる奴がおるという意味か?』
「そうだ。毎晩何処かに行ってる奴が一人だけいるから、もしかしたらって思うんだよ」
どんどん情報が統合されていくが、答え次第では俺の考えが間違いだと証明される。
『あぁ、龍の首部分に変な影が見えたと領主が言っておったな。毎晩抜け出しとる奴が犯人という訳かい?』
「あぁ、だがまだ確証は無い。だから断定できない」
『えらく慎重じゃのぉ……フラバルドの時もそうだったのかい?』
「慎重って言われても、俺としては普通に過ごしてるだけなんだがな」
慎重にならなければならないのは昔からだったが、俺は認識の甘い餓鬼んちょだったため、今とは違う考えを持っていた。
だが、それでは駄目だと気付いた。
だから俺は慎重な時は慎重に、チャンスがあれば大胆に行動して、前回も事件をゴールまで進められたし、今回も前回と同じだ。
そう、結局何も変わりはしない。
こうして話している中でも未だ婆さんを信用できていないため、困ったものだ。
「話が大きく脱線したな。えっと、この星夜島全体を描いた地図の右上に五つの反応があるが、ここに攫われた連中がいるんだよな?」
『あぁ、おるじゃろうな。それか荷物が処分されてギルドカードだけ残ったか、そこに捨てられたか、それとも犯人に埋められたか、そんなとこじゃろ』
「冷酷な事実だな」
『悲観しても仕方あるまい』
悲観とか、そういう意味で言ったんじゃない。
犯人がそうしているなら、俺達の一枚二枚どころではない枚数上手にいる。
つまり、一瞬たりとも油断ならないのだ。
『この先に小さな浜辺があると思う。そこまで行ってみるとえぇじゃろう』
「浜辺?」
『そうじゃ。『嘶きの海流』では普通の船ではいけない場所があるんじゃが、もしかしたらそこも何かあるかもしれんのじゃよ』
「何処の島だ?」
『五つの反応を示しとる島の左斜め上の島じゃ』
マップが自動で海流図に切り替わった。
物凄い海流が入り組んでるのだが、それも島の地下にマグマの熱が籠もっているせいで昼と夜ではかなりの温度差が生まれて縦に複雑に動き、それに加えて風力によって更に複雑化しているらしいのだ。
地球にいた頃もそうだ。
水は温かいところから冷たいところへと流れる性質上、赤道から北極南極へと流れていた。
だが、縦の動きは世界規模の広さだったので、ここまで圧縮された複雑怪奇な海流図はあまり見ない。
「これ、本当にこういった流れなのか?」
『そうじゃ。時間によって風の向きは変化するし、地形がかなり歪となっとるようじゃから、少しの変化でかなり違った動きになる』
「落ちたら二度と助からないって訳ね……だが、この斜め上の島だけは船でも行けないのか?」
『そう聞いとるが、実際には分からん』
何だそりゃ、真相は闇ならぬ海の中ってか。
『とにかく正午までには海岸に行け、そしたら分かる』
「分かるって言われてもなぁ……まぁ良い、どうせ当ては無いんだし乗ってやるよ」
密航船がいるであろう島の近くでもありそうだし、一網打尽にできるかもしれないが、俺達はあくまでも催眠術師の特定である。
ここまで情報を得られても何も解決しないとは、つくづく俺は頭が悪いらしい。
やはり俺にはそういった才能が無いようだ。
探偵とかの職業を持つ者もいるらしいが、ソイツをここに寄越せば良いのではないかと考えてしまう。
『まだ何か聞きたい事はあるかい?』
「う〜ん……あ、そうだ」
『何だい?』
俺は他の投影された情報を切って、残った文献の数々を一斉に視界に入れる。
色んな伝承や、儀式のようなもの、他にも誰かの日記だったりが情報として俺のギルドカードに登録されていて、スマホ並みの記憶媒体から一つの文献を取り出した。
「この『登竜門の儀』が事件と関係あるかもしれないって思ったのは何故だ?」
さっき婆さんが言っていたが、その口振りが気になってしまった。
できれば教えてもらいたいものだ。
どうして婆さんがこんな文献を手に入れられたのか。
何処からこれを知ったのか。
『ギルドに侵入されて何回目かは知らぬが、お前さん達が調べた情報より一つ前の履歴にあったんじゃよ。誰かがその文献を調べとったんじゃ』
「……情報管理室って、遠隔操作とかできるのか?」
情報管理室に忍び込める人間はそうそういない。
基本、俺のように許可申請でギルドカードに魔法を仕込まれてロック解除で入室できるような場合を除いて、他では侵入不可能のはずだ。
実際霊王眼で幾つもの魔法トラップが仕込まれているのを見てるし、入れる人間がいないと考えて、俺は情報管理室を遠隔操作できるのかと聞いた。
『儂の持つ情報パネルなら可能じゃが、それ以外での接続は禁止されとるし、弾くよう設定してある。その履歴後お前さん達が来るまで起動すらしておらん』
「じゃあ、どうやって……」
催眠術師ならできるだろうが、その場合は履歴すらも消しておくはずだ。
それに隠れたりする必要も無いし、状況がややこしい。
(もしかして侵入した犯人はギルドカードに、俺と同じように文献情報を登録したのか?)
だとして、何故これを調べられたのか、何を目的として調べていたのかは読めば分かるか。
『儂はちと別の用事があるから、また何かあれば連絡しとくれ』
「あぁ、分かった」
これで会話が終了し、前回と同じように婆さんが切るのかと思ったが、一向に切らない。
だから俺の方から通信を切ろうとしたところで、婆さんから優しげな声が届いた。
『気を付けるんだよ、ディオ……いや、ノア』
そう言われて、やはり婆さんの方から通信が切れてしまった。
気を付けろ、そう言われるとは思ってなかった。
だが、気を付けるだけでは犯人は絶対見つかりはしないだろうし、フラバルドの時と同じように危険を冒してこそ冒険者というものだ。
だから俺は冒険者として、すでに踏み込み始めた足を更に前へ進ませる。
「さて……本名聞かれちゃ、もう黙ってはいられないな」
俺はギルドカードをポケットに仕舞い、木から背中を離して近くの大木に拳をお見舞いする。
一気に内部破裂して、その木は横に倒れてしまった。
「うひゃ!?」
ドサッと尻餅を着いた一人の少女へと、俺は銃口を突き付けた。
「一体ここで何してる?」
射殺さんと眼光を鋭くして、一発威嚇射撃として彼女の真横へと撃ち込んだ。
地面に目にも止まらぬ速さで魔力弾が貫通し、小さく煙が舞い上がる。
聞かれてしまっては、もう引き返しはしない。
だから俺はその少女へと警告を促して、引き金に再度手を掛ける。
「次は当てる……もう一度聞くぞ?」
別に彼女が犯人だとかで銃口を向けている訳ではないのだが、それでも俺は盗み聞きしていた彼女を怪しく思い、こうして銃を向けている。
そして俺は彼女に再度質問した。
「一体何の用だ、リュクシオン?」
金色の髪が垂れ、綺麗な碧眼が潤んでいる、先程まで盗み聞きしていた聖女様がそこにいた。
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