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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第四章【南国諸島編】
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第157話 見えざる敵2

 俺が相対するのは二匹の敵、片方は無骨な鎧装備に身を包んだ巨躯に大戦斧を手にしている金色獅王族の男、もう片方は小柄で耳の長い桃髪エルフの魔女、二匹が連携を取って攻撃を仕掛けてくる。

 俺は二匹の屍人と対峙した。

 心臓が熱いが、俺は二振りの蠱刃毒で戦斧の兜割りを受け止める。


「お、重っ……ヌゥッ!!」


 上へと弾くと、巨体の背後から魔法が放たれる。

 連続して射出された火炎弾を蠱刃毒で切り飛ばしていくのだが、これではキリがないために蠱刃毒よりも大きく質量のある猛毒を武器へと変える必要がある。

 蠱刃毒では攻撃が軽すぎる。

 そのため武器を新しく作り直すための素材を、薬草鞄から取り出す必要が出てきた。


「一旦離れやがれ」


 まずは相手を引き離すところから、俺はホルスターに仕舞ってある錬成銃の銃口を向けて、引き金を引いた。

 発砲により射出された魔力弾が獅王族へと当たるかと思われたが、そうはならず、何かの障壁にぶち当たって弾かれてしまった。

 まさか魔法使いの使う防御壁か。

 だったら先に倒さなければならないのは、エルフの方のようだ。


「『風纏』」


 身体に風を纏い、獅王族の真横を駆け抜けてゾンビエルフへと特攻を仕掛ける。

 しかし動きを読まれていたのか、向こうも風魔法を駆使して俺を吹き飛ばし、近くにあった自身のテントに突っ込んでしまった。

 テント、壊れてないよな?


(チッ、ならば……)


 蠱刃毒では効かない、ならばもっと強く頑丈な毒を使おうと、そこに置いてあった薬草鞄から一つの毒薬を取り出した。

 取り出すは銀色のミスリル物質、魔銀に猛毒と混ぜ合わせた特殊な『超重量水銀毒』は数十キロある毒物だが、毒性はそこまで強くない。

 傷付いたとしてもこの毒は一種の神経毒なので、相手を麻痺させる程度でしかない。


(『錬成アルター』)


 超重量物質を槍へと変形させる。

 ここでは腕輪の錬成使用を控える。

 この腕輪は汎用性が高いが、腕輪の変形は精霊術でも薬物師でも不自然だから、敢えて使わない。

 どうやら、このエルフゾンビは攻撃と防御に魔法を極振りしたようであるため、防御を仲間に付与しながら奴自身が遠距離攻撃でのサポート役を務めている。


「『風龍扇』!!」


 槍に風を纏わせて、エルフの身体を吹き飛ばす。

 暗黒龍が俺の身体に憑依して魔神と戦った時使っていた技を、槍として扱う。

 記憶としては朧げだが、覚えている。

 しかし魔神を吹き飛ばすだけの威力が出ないため、この技は俺が使うには未完成なのだろう、それでもエルフの体勢を崩せたから良しとする。

 横薙ぎの風でフラついたエルフゾンビに、連続刺突の技を繰り出した。


「『ジルフリード流魔力制御術・波紋/五芒星』」


 星の頂点である首筋、両手、そして両足を星の軌道に沿って突いた。

 一点に力を収束させた貫通力のある衝撃波によって、その脆くなったゾンビの身体に五つの穴が空いた。

 しかし急所であるはずの首を貫いてもまだ動いている。

 だから最後に心臓部へと槍の穂先で衝撃波を与え、それを近くで戦っていたアルグレナーと対峙する敵の一体へとぶつけた。

 戦士系ゾンビより魔法使い系ゾンビの方が、圧倒的に肉体が脆いようだが、それでも倒し切れない。


「助かったわい小僧!」

「戦闘に集中しろ爺さん!」


 背後から迫る獅王族の大戦斧を避け、それが地面に亀裂を走らせた。

 それだけの重量の武器を振り回すせいで、動きが鈍い。

 俺は振り向き様に獅王族のゾンビを倒すべく師匠より習った技を当てる。


「『ジルフリード流魔力制御術・波紋/一極星』」


 極限まで魔力の衝撃波を圧縮させ、獅王族の巨躯を吹き飛ばすのではなく心臓周辺を消し飛ばすつもりで放った一撃だったが、どうやら魔法障壁のせいで衝撃波が突き抜けなかったらしい。

 いや、反射魔法の一種だな、あれ。

 物理攻撃を弾く魔法があると何処かで聞いたが、ゾンビが持っていようとは……

 ゾンビと言えどもエルフはエルフ、侮れない。

 物理の反動により、踏ん張っていた地面が罅割れる。

 身体にも衝撃が抜けた。

 長槍を持っていた右腕に痛みが生じ、ピキッと骨に罅が入ったような音が微かに聞こえた。


「痛っ――あぁクソッ、頑丈な奴だな」


 まだエルフゾンビが生きているせいで、魔法の影響が残っているようだ。

 他の奴等も苦戦しているが、こっちもまだ倒せていないと思っていると、エルフゾンビが違う魔法を撃ってきて、俺はそれを突き技で消滅させる。

 水属性の魔法、飛んできた水玉を全弾弾き落とす。

 しかしそれがブラフなのだと気付いた時には、エルフゾンビと獅王族ゾンビ以外のもう一体の小さなゾンビが懐へと入ってきて、攻撃が放たれる。

 そのゾンビは、人族だった。

 人族であるが故に、その小さな身体が何を意味しているのかを理解する。

 それは武器を持った、子供の死骸だった(・・・・・・・・)


「ガッ!?」


 避けようとした瞬間にもまた心臓が握り潰される勢いで感覚が湧き出し、心臓以外が熱を持ち始めたため、その熱が発生した腹へ視線を落とす。

 鉤爪のような武器が右腹部を突き刺していた。

 三本の鋭利なクローが右腹に穴を開け、そこから生命の雫がドバッと溢れ出す。

 超回復で少しずつ傷口が修復されていくが、治りが前より遅くなっている。


(どうなってんだ、この身体は……)


 寿命を少しでも引き延ばそうと、無意識に超回復を限界まで生命維持に回しているのか、霊王眼を内部解析に使ってみようとして敵に攻撃を受ける。

 少しずつ身体が朽ちようとしているが、戦闘の真っ只中であるため、解析は後にするか。

 解析するなら、ゾンビ兵共の倒し方を模索しなければならない。


「『風纏刃エアロヴァーナ』」


 槍の穂に鋭利な風刃を形成して、横に薙いだ。

 それを小柄な身体を生かして避けた子供ゾンビは、素早い動きで翻弄しようと左右に動き回っており、果敢に攻めてきている。

 周囲でもユーグストンやレオンハルトも二体ずつ相手取っている。

 他は俺から死角となっている。

 背後にはユスティとダイアナが俺に背を向けた状態で敵と対峙し、アルグレナーは森に入っていった。


「貧乏くじを引かされたか……」


 七人で十五匹ものゾンビ兵を相手にするために、一人だけが三人を相手取らなければならない。

 その貧乏くじを身体の不調な俺が引き受けている。

 敵は俺の身体なんて気遣っちゃくれないらしい。

 いや、この中にいるかもしれない催眠術師が俺を狙っているのか?


(とにかく戦うしかないか。まだ倒し方とかは分からないけど……)


 鉤爪を槍で防ぎながら一気に三体を倒すべく、俺は突撃する。

 ユスティは二刀に炎を纏わせて焼き尽くしていた。

 最初に会敵したゾンビは炭化させたら死んだため、何処かに弱点があるのだろうが、そもそも俺と同じように回復しようとしている。

 先程貫いたはずのエルフゾンビの身体が、少しずつ自然治癒されていく。


(恐らくゾンビ共の超回復は生命龍の力……俺と似てるが……まさかこの超回復も生命龍のちか――)


 戦闘の最中なのに自分の持つ超回復の本源がまさか生命龍だったのだろうか、そう考えるが、だとするなら何故暗黒龍が持っていたのだろう。

 思考が脳裏を駆け巡るが、その時には獅王族ゾンビの大戦斧に袈裟斬りを喰らっていた。

 斧の一撃で、左肩から右腿までをバッサリ斬られ、大量の血が飛び散る。


「グッ……」


 薬草鞄はテントに置いたままなので、腰のポーチに入れていた予備のポーションを取り出して、それを自身へと振り掛けた。

 自作のポーションはやはり効果が高い。

 自画自賛ではなく、事実としてポーションによって切り口が数秒で塞がっていく。


(ったく、何なんだコイツ等は?)


 ダイアナとアルグレナーは森に逃げ込み、ユーグストンは敵を隷属させようと光る鎖を取り出し、レオンハルトは拳で殴りながら敵を牽制、ユスティは俺の真後ろでリュクシオンと協力して敵を無力化している。

 しかし誰も倒しきれていないため、どうすれば倒せるのかを霊王眼で探る。


(やはり生命力が注がれてるようだな。ならコイツ等は催眠術師の手駒か?)


 そうとしか考えられないが、まさか職業を手にしてない餓鬼まで手駒として利用するとは思ってなかった。

 やはり内臓を抜かれている。

 この世界において内臓は魔術媒体や薬品生成、或いは手術用ドナー素体としても使える上、それが子供の臓器であればより価値は高まる。

 随分と金儲けが好きなようだ。

 目から赤い涙を流しながら殺そうと向かってくる餓鬼ゾンビに穂先を向け、刃を振るい首を刎ねようとしたが、できなかった。

 その子供が、その瞬間まるで夢に出てきたフィーに似ていたから。




『また、私達を殺すの?』




 そう幻聴が耳朶に残る。

 ギリッと奥歯を強く噛み、迷いを断ち切るように槍を強く握り締めて子供の首を刎ねた。

 小さな頭部が上空を舞い上がる。

 その状態からでも再生するのかと身構えるが、その子供ゾンビは再生せず、身体共々朽ちて塵一つ残さずに死滅してしまった。

 霊王眼で確認すると、どうやら俺はこの槍を強く握り締めた時に生命力を流し込んでいたようで、それで敵の生命力の流れを断ち切ってしまった。

 意識的に行えなかったが、それはまたフィーを殺してしまうのかと葛藤した結果、無意識的に槍へと生命力を流し込めたのだろうか?


「……そういう絡繰りか」


 やはり弱点はあった。

 生命龍の影響下にあるという事は、奴等も体内で生命力が流れている。

 その生命力パスを斬れば動かなくなるだけでなく、無理に動いていた反動で消えてしまうようだ。

 それか首を飛ばせば多分、動かなくなる。

 当たり前だが首を刎ね飛ばせば死ぬのは人間としては当然の結果、先程は上半身のみで活動していたので弱点は無いのかと思ったが、分離した下半身は動いてなかったから、脳も弱点の一つのはずだ。

 脳と接続されていない部分は電気信号が切断される関係上、動かなくなる。

 そこは人間と同じだが、屍人でありながら催眠術を掛けられているからなのか、痛覚を遮断され、人格も取り払われたと左目が教えてくれる。

 そして首を刎ねれば死ぬ、と。

 生命力を断ち切れば死滅する、ならば生命力を扱わずに首筋を狙えば良い。


「試してみるか」


 攻めてくる二匹の化け物のうちゾンビエルフを先に狙おうとしたが学習機能もあるらしく、今度はエルフを守るようにして立ちはだかる。

 鬱陶しい相手だ。

 こっちは絶不調というのに戦闘を余儀無くさせられているから、身体が泣いている。


『アァァ!!』


 大戦斧による洗練とされた連続斬りを紙一重で回避し、今度は俺が懐へと入った。

 狙うのは首、丁度エルフの死角となっているため、このまま首を狙おうかと思ったが、死角のはずのエルフゾンビが炎の魔法で獅王族の巨体ごと俺の心臓を貫いた。


「なっ!?」


 まさか味方ごと攻撃してくるとは、俺は考えが甘かったらしい。

 コイツ等は普通の人間じゃない、それは戦い方が俺達のようなものとは別種という意味だ。

 油断していた。

 それと同時に攻撃が来ると分からず、行動に移すための反応が一歩ばかり遅れてしまったせいで、心臓を炎で撃ち抜かれてしまう。

 超回復がまだ働いているから、辛うじて動ける。

 しかし上級魔法並みの威力によって、心臓周辺も焼けてしまう。

 痛みをあまり感じなかったが、脳が一瞬だけ思考停止に追い込まれる。


「ディオ!!」

「薬物師……」


 俺の視界の左右で戦っていたレオンハルトとユーグストンが異変に気付き、いつの間にやら俺の方を見ていて、真後ろにいたユスティ達もこちらを振り返るが、敵の不意打ちを受け止めて視線を戻した。

 ある一方(レオンハルト)は叫んでいるが、もう片方(ユーグストン)は怪訝な目をしている。

 俺を怪しんでいるのだろうか、それとも俺を殺そうと命令を出したのかは知らんが、こんな情けない姿を見られる訳にはいかないな。

 足を一歩後ろに持っていき、倒れるのを阻止した。

 上体を起こし、槍を手に再度首目掛けて突撃を仕掛けて振るい上げる。


「フッ!!」


 獅王族の首へと攻撃するが、やはりエルフの防御壁が守っているようだ。

 しかし俺も一歩も引かず、無理やり防御壁ごと攻撃を捩じ込んでいき、遂に何かの割れる音が響いて獅王族の首を斬り飛ばせた。

 そして、やはり予想通りの結果となった。

 首だけが動いているが、胴体は全く動かずに地面に倒れて血が垂れていく。


(やっぱり首を狙うのが一番なのか)


 俺の攻撃を見た二人が、それぞれに首を攻撃してゾンビ戦を攻略していく。

 これが攻略の鍵だと即時理解して行動に移したのだ。

 流石だが、攻撃を受けすぎたようだ。


(腹と心臓、それから斧の袈裟斬りを受けちまうとは、普段の俺ならあんなの喰らわないが……)


 身体機能が著しく低下傾向にあって頭痛と倦怠感でフラフラで、思うように身体が動かないという最悪に最悪が重なった状態が現在の俺なのだが、それに毎日悪夢を見るせいで思考も正常ではない。

 後は魔女のみ、俺は魔力操作で脚力を強化して飛び出していく。

 何故奴等は俺達を狙ってくるのか、初日に出たハングリーベアと何が違うのか、犯人は何がしたいのか、疑問が尽きずに脳を稼働させていた。

 槍を握り、敵だけを見据え、展開しようとする防御よりも疾く速く駆け抜けて、目にも止まらぬスピードのまま斬り裂いた。

 そのエルフは背後にいた俺へと振り返り、魔法を放とうと手を翳しているが、その瞬間、彼女の首筋に一本の斜めの線が入り、ズルリと滑って地面に頭が落ちる。


「頭を潰せば消えるよな?」

『ァア――』


 その頭が何かを口にしようとしたため、俺は槍の上下を反転させて、穂先を下にしてエルフの顔面へと突き刺し、その機能を停止させた。

 やはり脳を潰せば動かなくなるようだ。

 だからまだ戦っている奴等にも伝わるよう、奴等の弱点を晒した。


「奴等は首を刎ねれば動きが停止する!! 脳を潰せば機能全体が止まるようできてる!! テメェ等脳か首を狙え!!」

「脳、か……」


 近くにいたユーグストンが頭を焼き切る技を使うのかと思ったが、何故か鎖を使わずに別の能力を使うため、それが不自然に見えた。


「『怪物擬態ミミックアニマ』」


 魔力が皮膚より泡として噴出し、それが一気に膨張したユーグストンの身体はスライムのように変質し、巨大な狼となった。

 俺達の数倍は高い巨大な狼が戦っているダークエルフの首へと瞬く間に喰らいつき、そのゾンビを喰い千切った。

 首と胴体が離れ、首より下の身体は地へと倒れる。

 ユーグストンを殺そうとしていたはずの人形は、頭を食べられて動かなくなり、そしてもう一体の敵には巨大な魔力の爪攻撃によって頭全体が消し飛んだ。


(アイツの職業は調教師じゃなかったよな……調教師じゃないなら、あの職業一体何なんだ?)


 奴の職業が分からない。

 多彩な使い方ができるのだが俺とは系統がかなり異なっているため、奴の職業を初めて見たせいでもあるのか、ユーグストンという男の職業を自身の知識領域と照らし合わせてみた。

 しかし職業を引っ張り出せなかった。

 その職業を分析するなら、調教師に似た職業なのかもしれないが、調教師の領域を超過している。


(いや、今はそれよりも他の戦いを……)


 縛りプレイは流石に辛いな。

 錬金術は他の奴等を欺くために殆ど封印し、影の魔法は影鼠を稼働させているせいで使えず、生命力は不完全、毒は屍人には効かないため、俺が使えるのは精霊術と魔力制御術の二つだ。


(他に敵は……いないようだな)


 重たい長槍に突き刺さっているエルフの顔面を踏み、この槍を引き抜いた。

 他の敵も、森に入っていった奴等以外は全てが倒れているので、サンプルは充分に集まったと言えよう。


(不覚、取っちまったな。まさか一匹ずつそれぞれから攻撃を貰うとは、醜態も良いところだな)


 服がボロ雑巾のようになってしまったではないか。

 精霊術で染みていた血を抜き取って、背中から地面に大の字に倒れた。


「ハァ……朝から何だよ、ったく」


 腹部を貫かれ、身体を斬られ、心臓を焼かれ、今日は朝から散々なスタートとなったが、これも手掛かりの一つとなるならプラマイゼロだと思うとしよう。

 ユスティはサンプル云々を考えずに全部焼き尽くしたようで、褒めてくれと言わんばかりに尻尾を揺らしながら、俺に何かを期待するような視線で見てくる。

 だが済まないユスティよ、俺今動きたくない。


「ディオ君、大丈夫ですの?」


 聖女が俺を上から覗いてくる。


「正直大丈夫とは言い難い」


 左目を閉じ、自身を内部解析する。

 右腕、心臓、腹部、その三箇所を中心に内臓全体がグチャグチャだった。

 全身に鈍い痛覚を持っているが、それに全然気付かずに戦っていたようで、その原因は槍での攻撃の反動を喰らった時に衝撃が身体を突き抜けたせいだろう。

 右腕の骨は罅が入ったまま放置、心臓は火傷した部分を少しずつ修復中、腹部はすでに回復していたから傷穴が完全に塞がっていた。

 痛いはずなのに、心臓の痛みも含めて左半身に痛覚が生じていない。


「回復させますの?」

「いや……ポーションがある。ユスティ、テントからブレスレットの付いた鞄を持ってきてくれ」

「分かりました」


 逆に右半身に過剰な痛覚が集結しているのか、右腕と袈裟斬りによって受けた斬撃痕の右側だけが痛い。

 左側だけが痛みを持たず、右側にのみ痛覚が残っているのは異常だ。

 しかし呪印のせいで痛覚すらも失われたのだとしたら、左半身にある呪印が関係しているのは自明の理というものであろう。

 少ししてユスティがブレスレット付きの薬草鞄を持ってきた。

 そこから特級ポーションの中身を半分身体に振り掛けて、残りはラッパ飲みする。


「ふぅ……取り敢えず回復はしたが……」


 味覚同様にやはり痛覚、いや触覚までもが失われてきている。

 五感は味覚、触覚、嗅覚、聴覚、視覚の五つだが、そのうちの前二つに影響が及んでしまっていて、残りの三つも呪印によって奪われてしまうかもしれない。

 奪われたところで五感以外で周囲を感知すれば良いだけの話なので、いずれ魔力という恩恵に縋るだろう。


「おぅ、貴様等も闘い終わっとったか」

「爺さんも無事だったか」


 ズルズルと両手に屍人共の足を掴んで引き摺って戻ってきたアルグレナーは、近くに落ちている他の死骸へと投げ捨てる。

 頭は無くなっていた。

 森に捨てて養分にしたのか。

 できれば持ってきてもらいたかったが、俺の調べたいところは実は脳ではない。


「ん? 地面なんぞに寝そべって何しとるんじゃ貴様?」

「休憩中だ。敵に不意を突かれてな」

「ディオ、クリムゾンランスで心臓貫かれてたもんね」


 レオンハルトの言葉を聞いた爺さんが、胸部へと視線を送ってくる。


「何じゃ、貫かれた痕なんて無いではないか」

「ポーションで回復したに決まってんだろ」


 前に魔族に心臓を潰された時と同じくペンダントも焼けたはずだが、多少熱を持っているだけで罅が入ったりもしていない、綺麗な貴石のままだった。

 ペンダントの組み紐も強靭なのに作り替えていたお陰で無事だ。

 昔の傷痕以外は全部回復しているので、もう動ける。


「あれ、爺さんダイアナと一緒に森に逃げ込んだろ。ダイアナは何処行ったんだ?」

「嬢ちゃんなら、ほれ」


 指差したところには、エルフやダークエルフ、獣人や人族の亡き骸を前にしているダイアナの姿が見えた。

 膝を落とし、手を組み、祈禱を捧げる。

 冥福を祈るその光景は清廉としていて、とても美しく見えた。

 森にいなかったはずの精霊達が彼女の周囲を飛び回っているのを左目が捕捉したが、何処か憂いた表情は後ろ髪引かれる思いを携えている。


「森の女神の名の下に、安らかなる癒しと眠りを」


 そう彼女が言葉にして立ち上がる。

 立ち上がったと思ったら、テントに一度戻ってから出てきたが、何故かスコップを担いでおり、そしてまた何故か急に地面に穴を掘り始めた。


「おい、何してる?」

「……見て、分からないのでございますか? 穴を掘っているのですよ」

「馬鹿野郎、俺が聞いてんのは目的の方だ」


 一心不乱にとまではいかなくとも、懸命に地面に穴を掘っている姿は痛々しい。

 何となく予想はできるが、彼女が何故そのような行為に出るのかを彼女の口から出させる。


「亡くなった方全員を埋葬するのでございますよ。少なくともエルフの亡き骸は埋葬してあげるのが一番でございましょう?」


 まず、亡くなった人間を埋葬するという考えに俺は賛同できない。

 考えられる理由は少なくとも四つある。

 一つは亡き骸が犯人探しの手掛かりとなるため。

 一つは亡き骸をギルドで照合する必要があるため。

 一つは埋葬後に犯人に利用されるかもしれないため。

 一つはそもそもダイアナという女を信用できないため。

 理由四つめに関しては、彼女が亡き骸を地面に埋めて証拠隠滅を図ろうとしているようにも俺達視点で見えてしまっているので、全員で提案してから埋めるならまだしも、独断専行して埋めるのは許されない。

 だから止めようとして、俺は彼女の肩を掴んで後ろへ引っ張った。


「お前……何故、泣いている?」


 ダイアナの目尻には涙が溜まり、雫が地面に吸い込まれていった。

 涙を目の前で見た。

 その目は潤んでいて、スコップを振り回す。


「離せ!!」


 手を離す代わりに、スコップの柄を掴んで動かせないように力を込める。


「埋めるならダンジョンにではなく、しっかりとした場所に埋めてやれ。今ここで埋葬しても死んだ奴等に安らかなる癒しと眠りなんて来ないぞ」


 森の女神の名の下に来たる安らかなる癒しと眠り、その文言は昔何処かで聞いたものだったが、まさか彼女がそれを知っているとは。

 やはり彼女は――


「その手を離しなさい!!」


 スコップから手を離さない俺に痺れを切らして、腹へと蹴りを入れてくるが、俺はそれを空いた左手で受け止めてスコップを思いっきり下げる。

 体勢を崩して無防備を晒すダイアナを転がし、地へと縫い付ける。


「あの武器以外はてんで駄目だな、アンタ」

「は、離しなさい! 離して!!」


 涙は流れ続け、力は弱々しくなっていく。

 それは彼女の本当の涙に思え、感情が左目を通して流れ込んでくる。

 憎悪や悲哀が渦となって、彼女の身体から噴き出していたのだ。


「何故泣く? 所詮は赤の他人……いや、もしかして知り合いでもいたか?」


 微かに彼女は身体を震わせて、目を逸らしたまま何も言わなくなってしまった。

 こんなとこで涙を流す理由も不明、何に涙腺を刺激されたのかも不明瞭、だがそれは実はどうでも良い。


「黙ったままでいるのは構わん、好きにしろ。ただ、一つだけ俺の問いに答えろ」


 俺が聞きたいのはたったの一つだけなのだから。


「今回の事件、そのゾンビ共を操ってたのは恐らく催眠術師だ。内臓が無いのは戦闘で分かっているし、薬物でも流石に屍人を動かすのは不可能だ」

「何が言いたい……の、でございますか?」

「お前は催眠術師をどうしたい?」


 彼女の心の本源へと問い掛ける。

 彼女がこの島に来たのは偶然ではないだろう、だからダイアナという女に質問する。

 犯人をどうしたいのか、と。

 心を曝け出せ、何も隠すな、それが今のお前にできる唯一の足掻きだ、桃色の薔薇(ダイアナ)よ。


「私は……私は、大切なものを侮辱した犯人を、この手で殺してやりたい……そう、思います」


 霊王眼、この左の蒼色に塗られた一隻眼は全てを見通すらしいが、しかし未来や過去といった事象を見抜く能力を有してはいない。

 だからダイアナが何者なのか、何故涙を流しているのかを左目が見極めるなんてのは不可能に近い。

 だが、暴かれた心を読み取るくらいなら可能だ。

 彼女の憎しみは本物で、犯人を殺すのだと言葉が証明している。


「そうか……」


 俺はスコップを彼女に返した。

 奪っておきながら、ダイアナは返されたスコップを受け取って困惑している。


「埋めるのは、その目標を達成してからにしろ」


 大切なものを侮辱した、その意味は恐らく、この死骸の中に親しい人か、或いは家族か、それか恋人か、そんな近しい大切な人間がいたのだろう。

 それが奪われ、踏み躙られた。

 それは何にも変え難い怒りなのだろう、それが涙と言葉によって明かされる。

 しかし俺には結局無縁の話だった。

 だから彼女の大切な存在であろうとも、俺は自分のために彼女の大切なものを踏み躙る。


「おい爺さん、手伝え」

「うん? 構わんが、何する気じゃ?」


 俺達がすべきなのは一つだけ。


「亡き骸の腹を開いて、どの内臓を失ってるのか、それからどうやって動いてんのかを確認する」


 霊王眼が解析した結果として、その屍人達の内臓が全て抜き取られているのだと判断したが、それでは不明瞭な点がある。

 それに霊王眼も完璧ではない。

 だからこの目で直に見て、初めて内臓が全部刳り抜かれている、或いは何かが残っていたと判断する。


「小僧、そんな死者を冒涜するような真似――」

「もうこれは地質調査の領分外だが、調べないとより面倒な事態になるぞ?」


 それは爺さんも承知しているはず、この調査団のリーダーでもあるからこそ、アルグレナー本人にも責任を担ってもらわねばならない。

 それにさっきの戦いで不自然なところが少なくとも二箇所はあったから、それについても一度考え直さねばならない。


(ユーグストン、お前が犯人なのか(・・・・・・・・)?)


 まだ聞けないが、それでも最も催眠術師に近しい人間がいるとするなら、それは調教師だと偽って地質調査に参加したユーグストン、ただ一人だけ。

 現状最も警戒すべきはユーグストンかもしれない。

 だから俺は奴の動向を監視する。


(だが……何がしたいんだ、催眠術師は?)


 死骸へ近寄り、獅王族のゾンビの身体を長槍で引き裂いてみる。


「うわっ!? 急に何してんだよディオ! 人肉広げるなんて……」

「スプラッタが苦手な奴は目ぇ閉じてろ。確かめたい事があるからな」


 獅王族の命を踏み躙る行為だと分かっていたとしても、迷いなくズバッと斬り裂いてみたが、やはり内臓が幾つか切り取られている。

 無くなっているのは心臓、肺、肝臓、腎臓の四つで、胃や他の臓器は抜き取られていないものの、完全に腐敗して鼻を劈くような臭いが漂ってくる。


(だから、この目でも臓器だと認識できなかったのか)


 霊王眼での透視解析は、現在は臓器に限定している。

 つまり四つの臓器が抜かれて他が残っていようとも、それが原型を保っていなければ臓器として認識できず、解析には反映されない。

 最初に襲ってきた奴、そして俺達を襲ってきた多数の敵を解析したが、どれも内臓が全て抜き取られているように視認した。

 しかし腐っていたせいで中身が全て無くなっていると錯覚したのだ。

 仮に臓器を保存した場合、保存許容時間は心臓で四時間、肺が八時間、肝臓は十二時間、腎臓でも一日か二日程度だったはずで、人間の臓器は普通の方法では保存しても数日で使い物にならなくなる。


(だが、この世界には時間や空間を操る魔法や呪法、職業や異能の類い、それに魔導具があるもんな)


 だから保存方法は幾らでも考えられてしまう。

 それにこれが臓器売買ではないとしても、何かに使われているのだとすれば、考えられるのは……麻薬だな。

 麻薬の中には人間の脳味噌を材料に作ったものや、臓器を擦り潰して媒体にしたり肥料にしたり、非人道的な方法での植物生成や危険薬品も存在する。

 今回関係しているであろう『天の霧(ヘブンズパウダー)』は、臓器の中でも心臓を材料に作っている、と前に師匠から聞いた事がある。


「何だこれ?」


 俺は躊躇せずに人肉の中へと手を突っ込み、それを引き抜いた。

 全員の顔が歪む。

 血塗れとなった手は後で洗うとして、俺は握り締めていた手を開いた。


「これは……」

「何でございますか、それは?」


 俺が手にしていたのは、一つの小さな透明カプセルの破片だった。

 胃の中から取り出せた。

 幸運にも胃の機能が停止していたために残ったのだろう、中身の粉はすでに身体から消えてるし、飲んでから数時間で消えるはずなのにカプセルの方だけでも残っていたのは奇跡に近い。


「これ、多分麻薬のカプセルだ」

「な、何じゃと!?」


 名前は――


「『天の霧(ヘブンズパウダー)』、ですの?」


 答えたのは聖女シオンだった。

 そういや彼女は星夜島に駐在している医療班に、麻薬に対抗するための解毒剤精製の買い出しを担ってたな。

 そりゃ、知ってるか。


「この状況だし、そう考えるのが妥当だろうな。この男の他にも麻薬を飲んでる奴がいるかもしれん。全員、胃の中探すぞ」

「……分かった」


 最初に手伝うと言い出したのは、ユーグストンだった。

 少し違和感がしたが、一人で十一体も調べるのは骨が折れる。

 十五体のうち四体、ユスティとリュクシオンの分はユスティが全部焼き滅ぼしてしまったので、残りは十一体となっている。

 腕を捲り、隣のダークエルフの肉へと手を突っ込もうとするが、止まってしまった。


「おい薬物師、短剣貸せ」

「お前……腰のを使えよ」

「さっきので刀身欠けたんだ」

「あぁ、そう」


 腰から短剣を引き抜いたが、その短剣が欠けていた。

 俺は重量のある毒槍を短くして短剣にしているため、腰にある予備の短剣を鞘から抜き、刀身を指で摘んで手渡してやった。

 基本使わないし、手入れもしてあるからな。

 奴はそれを躊躇せず屍人の腹にぶっ刺し、グググッと下へと開いていく。


「え、ユーグ君!?」

「何だ格闘家、できない理由でもあんのか?」

「うっ……な、無いけどさぁ……」


 嫌そうにしながら、レオンハルトも自分の荷物からサバイバルナイフを持ってきて、苦虫を食ったような顔で捌いていく。

 これ、何というか……傍から見たらヤバい集団だよな?

 うん、考えないようにしよう。

 俺達は死骸の胃の内容物を調べる。

 とは言っても、すでに数日という限度を超えた腐敗日数であるため、探すのはカプセルのみだ。

 その一時間後には全ての遺体の体内を調べ終わった。

 しかし結局見つかったのは僅か二人のみ、その中から発見されたカプセルも殆ど原型を留めておらず、これでは手掛かりにはならないだろう。


(いや、まだ手掛かりはある)


 一先ずは、休憩にしよう。

 まだ朝食も腹に入れてないし、流石に何かを食べなければ午後の探索も身が締まらない。

 だから精霊術で完璧に凍らせておく。


「『極氷晶クリュジェラス』」


 後で埋葬するつもりではあるが、これは俺達にとってはか細く垂らされた糸だ。

 それを捨てたり埋めたりはしない。

 綺麗なオブジェとなった氷塊を横目に、ユスティが今後の方針を問うてきた。


「ご主人様、これからどうするのですか?」

「そうだな……朝食済ませてから考えようかな」


 一応だが方針はある程度決まっているため、それを爺さん達に聞いてからユスティに伝える形となろう。

 仮にここで意見が対立した場合は、俺はこの地質調査から抜けるつもりでいるが、俺の話を聞いたら先に進もうと言ってくるかもしれない。

 だから俺は手に入れた証拠を空き瓶に入れてアイテムポーチへと仕舞い、即興で作ってくれたリュクシオンの朝食で腹を満たしてから、行動を再開させる。

 敵が見えずとも少しずつ近付いている。

 誰が味方で誰が敵なのか、それを見極める上で今日がその分岐点となるかもしれないと、そう俺は予感していた。






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